16、ゼパル
「えぇ!? 殿下、えー、お二人とも、無事だったんですか? えー!」
森で一夜が明け、私たちはとりあえず街道に出た。
とことこと町に向かって歩いている私たちの前方から、馬に乗ったお兄さんがやってきて、オルハンたちを見て、声を上げる。
「……え? この人……悪い人ですか?」
「うーん、判断が難しいけど……」
「一応味方だと思う」
私が警戒すると二人は困ったように顔を見合わせた。
「あれ? そちらのお嬢さんは? その子が助けてくれたとかですか? 誘拐犯はどちらに?」
茶色い髪に人懐っこい笑顔を浮かべる、胡散臭そうなお兄さんは軽い調子であれこれ話しかけながら、オルハンとリオンに怪我がないかを確認した。私のことは「浮浪児」と判断したらしい。
「彼女はカナン。それでダイン、状況は?」
「はい。殿下お二人が離宮から消えた件に関しましては、誘拐、あるいは暗殺、お二人の逃亡のどれかではないか、という噂になっています」
「なんで俺たちが自分で出ていかなきゃならねぇんだよ!」
「はっは、あはは、それは、殿下、リオンハルト殿下。他の二人の成人された王子殿下の優秀さに圧倒されて、勝ち目がないと、ならば殺されるしかないと恐れて逃げたと思われたに決まっているでしょう」
「はぁ!?誰が……第一、俺はあいつらに負けてねぇし!」
「それを判断されるのは国王陛下、並びに皇后陛下ですので、自分はなんとも……まぁ、オルド・ハンス殿下まで消えたので誘拐じゃないか、という見方が強いんですけど」
ちらり、とダインさんという騎士が私を見て、おしゃべりはどこまで可能かという視線をオルハンと交わした。オルハンは構わずに会話を続ける。
「ここまで手ぶらでノコノコ来たわけじゃないだろう?何か手がかりは?」
「そりゃ、まぁ。第一王子の派閥に、神殿勢と懇意にしている貴族家がいましてね。その辺が怪しいなぁと探ってたら、まぁ。殿下たちが死んでいたら一番ヤバイ場所はどこかなーと、馬を走らせてこの辺まで来た次第です」
「そう」
何やらオルハンは納得したけど、私はさっぱりわからない。
でも、二人ともダインさん、自分を守ってくれる大人が来たんだから、私とはここでお別れかな?
「じゃあダイン、僕らはこのままコルヴィナス卿のところに保護を求めに行くから、君は父上に僕らが生きていることを報告してくれ」
「え?」
「は?」
「なんで?」
と、私たちは三人で声を上げた。
特にリオンなど納得いかないようだ。
「はぁ!?なんでだよ、このまま……ダインと一緒に城に戻って、俺らを誘拐したやつを探せばいいじゃねぇか!どうせあのむかつく豚野郎が命令したんだ!」
「確固たる証拠はないよ。誘拐犯二人の死体は……ないけど、あったとしても役に立たない。僕も君も、兄上たちを犯人とできるだけの力がないんだ」
なんかこう、もう王族であることを隠さないので、情報を整理してみると……オルハンたちにはお兄さんがいて、そのお兄さんたちと、誰が王様になるのかで争ってるってことでいいのかな?
「でも、それならどうして、誘拐事件なんてしたんだろう」
「カナン?」
「そりゃ、俺らが邪魔だからだろ」
「そうかな。だって、そのお兄さんたちは「お兄さん」なんでしょ?」
おとぎ話とか、漫画とか、現実でもそうだけど、弟よりお兄さんの方が「偉い」したくさん貰えるのが当然なんだし。第一王子、第四王子って、順番が決まっているのなら、第一王子が「一番」じゃないのか。
聞いた感じ、二人と違ってお兄さんたちは「大人」で「優秀」なら、わざわざ自分より年下の弟を誘拐したり、死んでもらおうとしなくても……勝ちって決まっているんじゃないのか?
「ふん、そんなの俺たちがキョーイだからに決まってんだろ。あいつらが年上でも、生まれたのが先でも、俺の方が国王になるのにふさわしいんだ」
絶対違うと思うけど、リオンが自信満々に言うので否定したらかわいそうかもしれない。
私が黙っているとオルハンもにっこり笑って、やっぱり黙ってる。何か理由があるのをオルハンはわかってそうだけど、言わないつもりなんだろうな、というのはわかった。
「ねぇ、でも、それじゃあ、オルハンたちは私と一緒に行くってこと?」
「そうなるね」
「え?その子、コルヴィナス卿のところに行こうとしてたんですか?なんで?自殺志願者?孤児だからってそんな世を悲観するなって~、生きてりゃいいことあるぜ~?たぶん」
ダインさんはぽんぽん、と私の頭を叩いた。
あれ?
「……」
「どうしたの?」
「……えっと、なんか……怖くないから、変なの、って」
ダインさんは私に何も言わず、手を近づけてきたのに、私は怖くなかった。男の人なのに、大人なのに、すごいなぁ。やさしそうな感じがするから?
「手ってほら、ぶってくるから怖いんだけど、ダインさんの手は怖くなくて、すごいなぁって。……三人ともどうしたの?」
私が説明をすると、オルハンはぎゅっと私の手を握るし、リオンは怒ったような顔をするし、ダインさんは後ろを向いて「人類はクソ」とかなんとか言っている。
「おい、オルハン、やっぱりこいつは俺たちの使用人にしようぜ。それならもう誰もこいつのこと殴れないし」
「そういうわけにはいかないよ。カナンは自分でコルヴィナス卿のところに行くって決めたんだ。僕らも、卿に会うべきだしね」
そこでこそっと、オルハンは私に耳打ちした。
「……君が悪魔と契約していること、コルヴィナス卿なら何か、君を助けられると思うし……ダインには悪魔のことは言わないようにね」
今は私のことをかわいそうな幼女と思ってくれているらしいダインさんが、私が悪魔と契約している魔女だと知ったら、きっとあのやさしい手は怖いものになってしまうかもしれない。
私はオルハンの言葉に頷いた。
「と、そうだ。それはそれとして、オルド・ハンス殿下。なんだってコルヴィナス卿の元へ?気でも狂ったんですか?」
「そんなことはないよ。ここはコルヴィナス卿の領地でもあるのだし、僕らがここで彼の保護を求めるのは自然なことじゃないか」
「いや、そりゃ、ここが、そしてあの御仁が“普通”の人間なら、そうすべきだと思いますけどねぇ……あの御仁の人となりについては、リオンハルト殿下だって知ってるほどですよ?」
「俺だってってどういう意味だよ!?」
必死に考え直すように説得しているダインさんはリオンの抗議は無視した。
オルハンは私が心配だからついてくる理由を作ってくれてるのかと思ったけど……それだけじゃないのかな。
あれこれとダインさんが言うコルヴィナス卿の話は、私のパパの話になるので少し興味がある。
曰く、ルーカス・コルヴィナス卿というのは神殿に挨拶にもいかないし、自分の屋敷に籠って滅多に外に出ないそう。
領地も荒れ放題で、あちこちに盗賊とかが出ていても放っておいているから、危ないとか。
「そりゃ、戦争が始まれば英雄でしょうけど。あんまりに殺しすぎて味方からも恐れられるなんて、ちょっと、ねぇ」
「うん。ダインの言いたいことはわかるけど。だからこそ、僕らは彼に保護される必要があるんだ」
「……」
ダインさんは頑張ってコルヴィナス卿のネガティブキャンペーンをし続けたけど、オルハンはもう決まっていることを他人の意見で変えたりはしないみたいだった。ダインさんもそれがわかっているようで、ため息ひとつ、あきらめたように頭をぐしゃぐしゃとかく。
「まぁ、いいですけどね。まぁ、しょーがねーってやつですけどね。殿下が折角生きていたんだから、まぁ、まだ俺は殿下の騎士なわけですし、殿下がなさることを、まぁ、お手伝いしますよ」
「ありがとう、ダイン」
にこにことオルハンがお礼を言うと、ダインさんはまたため息を吐いた。




