15、森の中
バダン!
「…………おい、ガキが増えてるじゃねぇか」
落ち込む私が男児二人に慰められていると、乱暴に小屋の扉が開いた。
「あ、アニキッ……!こんな夜中に、おれぁ……おっかねぇよぅ!」
「バカ野郎!引き受けた仕事は最後までテメェでケリをつけるのが筋ってもんだろうが!」
ズカズカと入ってきたのはいかにも悪党です、というのを絵にかいたような大男に、おっかなびっくりとそのあとをついてきた、人相の悪い小男。
大男さんは私を見て顔を顰めた。
「……迷子か?ッチ……浮浪児が、森に……何か探しに来たのか。面倒くせぇな……」
そういう路線で逃げ切れないかと思うが、ここで「見たからには口封じだ」と絞殺される可能性の方が高そうだ。
この大男さん、たぶん小男さんの方がオルハンたちを始末できず小屋に放置して終わりにしたのを知って、わざわざ始末をつけにやってきてくださったのだろう。律儀なことである。
「待ってください!この女の子は……僕らとは無関係な子です。何もわかっていない、おろかな子なんだ。逃がしてあげてください」
オルハンが私をかばうように進み出て、自分を誘拐しただろう二人に頼む。
「あなた方の目的は僕と弟の死でしょう?平民の、それも女の子です。何もできやしません」
「……」
「そ、そうだぜ!俺たちの縄をほどいたのだって、俺たちがこのチビ命令したからなんだ!平民が貴族のいうことを聞くのは当たり前なんだから、こいつが悪いわけじゃない!」
なんならもう一度縛ってくれてもいい、とリオンでさえ私を庇う。
……なんで?
私は二人が、私の前に立って両手を広げて、小さな体で一生懸命隠そうとしてくれるのが、不思議で仕方なかった。
目の前の誘拐犯は二人よりずっと大きくて、大人で、二人はこの誘拐犯たちに殺されちゃうかもしれない、というか、そのつもりだとわかっているのに、なんでそんなときに私のことを気にするのか。
「彼女を逃がしてくれるなら、僕は抵抗しません。もともと、観念はしているんです」
「俺は嫌だけどな!でも、こいつは……女の子だしな。見捨てるのは、ダセェし……」
「……」
「ア、アニキ……こ、こいつら……やぱり、おれ、おっかねぇよ……こいつら、こんな子供だってのに……やっぱり、王族は俺たちとは違う、王族殺しなんかしちまったら……俺らの魂は地獄に落とされちまうよぅ!!」
押し黙っている大男さんに、うろたえる小男さん。
小男さんの方は信心深いというか、……今、王族って言いました?
「リオン!」
「わかってら!!」
しずしずと、大人しく従順な顔をしていたはずのオルハンが突然声を上げた。バヂバヂっと、何かがはじける音。
「トーマ!!!!!」
大男さんの怒声が聞こえ、私はぐいっと、オルハンに腕を掴まれてそのまま走り出すオルハンのあとに続いた。
「えっ、え!?」
何が起きたのか。
小屋の中が一瞬、すごく明るくなった。それで、小男さん、たぶんトーマという名前の人が膝から崩れ落ちて、その真横を通って、私たちは小屋の外に逃げ出した。
「え!?え、え?」
「走って!全力で……!!」
「で、でも……!」
子供の足で、あんなに大きな大人から逃げられるわけがない。
逃げられないのに、逃げたり、抵抗したら……酷い目にあう。
ぶるっと、私は体が震えた。
現実の世界で、痛いのがいやで、怖いのがいやで、逃げようとしたことがあったけど、逃げようとすると怒られて、もっとひどく殴られたり、蹴られたりする。
あんなに大きな男の人が、酷く怒って、殴ってきたらどれだけ痛いだろう。そのことを想像すると、私は足が動かなくなった。
「お、おい!」
「……走って!止まったら、駄目だ!」
「む、無理です……逃げられっこ、ないです。あ、謝って……許してもらえ……ないと思うけど、でも、ぶたれる回数は……減るかもしれないし……」
「お前……」
「……」
立ち止まり、私はガタガタと震え、頭を抱えてしゃがみこむ。
思い出す。この夢の中でも、殴られた時の痛さ、怖さ、心臓がぎゅっとなるほど、苦しくなる。
私は頭が混乱していた。
ここはどこだっけ?
私は、誰だっけ?
怖い。
怖い。
男の人の、怒鳴り声が聞こえてくる。
きっと、髪を掴まれて、引きずられる。
おなかを何度も何度も蹴られて、口から何が出るか面白がられる。
やめて、やめて。こわい。
夢の中なのに、思い出させないで。
……ここは本当に夢の中?
「いけませんね。これは、えぇ、よろしくありませんね」
怖い、痛い、苦しいと、私が泣きじゃくっていると、ふわり、と、何かに抱き上げられた。
「!?」
「だ、誰だ!?」
「まったくもって、えぇ、こういう状況は、えぇ。困ります」
ボロボロぐちゃぐちゃになった視界をゆっくり開けると、土色の顔に黒い髪の私の悪魔がにっこりと、微笑んでいた。
「カナン様は、私の贔屓の舞台女優になるというのに、観劇の前に、舞台に上がる前に、彼女のパートが来る前に、名も無い脇役如きが勝手に悲劇に仮面を押し付けるのは、困ります」
「バアル……」
「はい、カナン様。ハンカチをどうぞ、こちらはサービスです」
真っ白いきれいなハンカチで顔を拭いてもらう。汚してしまうと嫌じゃないか、怒らないか、と私が心配になっていると、バアルは「白いハンカチは汚すためにあるのですよ」とため息をつかれた。
「……悪魔?」
「……それも、バアルって……」
「ガキども!!」
バアルの出現にオルハンたちが困惑していたけれど、大男さんが追い付いて、私たちを捕まえるために腕を突き出してきた。
オルハンが、咄嗟にリオンの前に出て自分が捕まったように、私には見えた。
「オルハン!」
「ッ!」
「手こずらせやがって……もう、おかしな魔法を使うんじゃねぇぞ……!」
オルハンは大男さんに捕まって、そのまま地面に叩き付けられる。抵抗できないように背中からのしかかられ、首を掴んだまま私たちの方へ怒鳴った。けれどそこで、もう一人増えていること、バアルの存在に気づいて、警戒するように声をひそめる。
「……なんだ、テメェは?……こいつらの護衛、騎士……じゃ、ねぇな」
「僕のことはお気になさらず、と言って差し上げたいところですが……さて、どうしましょうか」
痩身のバアルを大男さんは一瞬「大したことはねぇな」と、値踏みするような色を目に浮かべたけど、バアルが考えるように、声を低くしたのを聞いてオルハンの首を絞める力を強くした。
「おかしなマネをするんじゃねぇ。……妙な感じがするな。魔法使いとか、そういうやつか?」
「さて、カナン様。どうなさいます?見捨てますか、助けますか?」
「見捨てるという選択肢はありませんが!?」
目指せ聖女うんぬんを置いても、私の所為で追い付かれたのだし、オルハンは私を助けようとしてくれた。
でも、私が大男さんをどうにかできる、というわけがない。
バアルは私に歌うように促した。
「……おい、ちょっと、マジでわかんねぇんだけど……なんで悪魔が……いや、っつーか……悪魔が、人助け……?冗談だろ?」
「リオン……バアルは悪魔だけど、善意もあって……」
「絶対ウソだろそれ。悪魔だぞ!?お前、騙されて魂を取られるぞ!?」
いや、もうあげる約束はしているんだけど、というとややこしくなりそうなので黙っておく。
「カナン様の歌声はとても美しいのですよ」
「はぁ?!だからなんだってんだよ、なんでそんなんで悪魔が……」
「人が美食を好むように、悪魔は皆、本能として美しいものを好むのです」
噛みつくリオンに、バアルは丁寧に説明した。
「けれど悪魔は、〝美しいもの”を自ら作り出すことはできません。美の創造は人のみが行える。形の残らないものほど尊く、それが自分に捧げられるということは、悪魔が善意を差し出すほどに価値がある」
なので、私がバアルのためにこの場で歌えば、バアルはオルハンを助けてくれると言う。
私は頷いて、口を開いた。




