11、目指すは!心優しき聖女なのですから!
「……痛っ」
「この呪われたジプシーめ!」
お母さんの身体は大切に残しておきたいのだけれど、ぐちゃぐちゃになったお母さんの身体をゴミ捨て場から出そうとしたところで、私は石?何か硬いものを投げつけられた。
「おぞましい……!」
「あの赤い髪を見て!血塗れみたいに真っ赤じゃない!」
「死んだジプシー女が子どもに取り付いて蘇ったんだ!」
「「「でなければ、子どもがあんな気持ちの悪い死体に触るわけがない!!!」」」
……なるほど。
口々に何か叫んで、嘆いて、私についた悪いものを追い出そうとしている街の人たちの……これは善意。正しい心。自分たちの安全を守ろうと必死になっている、正しい行い。
「折角の契約記念ですから、サービスで彼らを排除してさしあげましょうか?カナン様」
ひょいっと、また蜘蛛の姿になったバアルが私の肩に乗って囁く。
「彼らはカナン様の御母上を見捨てた者共。ゴミ捨て場に投げ捨てられた女を醜い、汚らわしい生き物だと顔を顰めて疎んだ輩でございますので、カナン様と御母上の不幸は彼らの“所為”でございましょう。彼らの投げつける、正義、彼らの善意はカナン様へ届く前に悪意に変わり、ただただ傷つけるばかりでございますので、えぇ、このバアル、契約者様のためであればちょっとした、えぇ、殺戮もやぶさかではございませんよ」
「バアル……」
やれやれ、と私は呆れるように溜息を吐いて首を振る。
「私は清く正しく美しい聖女を目指しているんですよ?――彼らを許すでしょう?聖女なら」
殴られても罵られても、彼らが「怖かったからやった」「仕方ない」と、わかってあげて、彼らを許すのが聖女なんじゃないのか。
私はお母さんを助けてくれなかった彼ら、とは思っていない。
助けて、って言って、他人が助けてくれるわけがないのは現実の世界で知ってる。
私がぶたれてても、ご飯を貰えてなくても、見えないフリ、聞こえないフリ、本当に、見えてなかったのかもしれないけど。
そういうものだって、知ってる。
「今現在進行形でカナン様を罵っていらっしゃる件につきましては?」
「痛いですけど。でも、別に、いいです。だって、私がこのまま出て行けば、皆はそれでいいんですから」
私はずるずるとお母さんの身体を引きずって、街の外に出ようと進む。元々街の外れにあったので、私が「出ていきます」「もう関わらないです」という姿勢を見せれば、皆、諦めてくれるだろうと思って。
「悪魔の子よ!!」
「……ぅっ!?」
なのにぐいっと、髪を引っ張られた。
どさり、と体を地面に打ち付ける。
「あぁ、恐ろしい!街から悪魔の子を世に放つなど、あってはならないことだ!!今すぐ、この者を……!この憐れな子どもを、聖なる炎で浄化し、清めてやらねばならぬ!!」
あ。お客さん。
血走った眼で私を見下ろし、踏み付けてくるのは、お店によく来たお客さんのおじいさんだった。
綺麗な、神官さんたちと一緒にやってきて、綺麗な服を着ているおじいさん。
『私のしてきたことが明るみになってしまう……!このガキの口を封じねば……!』
必死に私を悪魔の子として、焼こうとしているおじいさん。
うーん……。
「バアル」
「はい、カナン様」
「正当防衛は、仕方ないと思いませんか?」
*
「と、いうことで。今後の生活を安定させるためにも、いるはずの父親に養育費を請求に行きましょう」
母の遺体をバアルの炎で焼いてもらったら運悪く、はい、不運極まりないですね、飛び火して大混乱となった燃える街を後にしながら私は隣を歩く悪魔さんに話しかけた。
「ですが、カナン様と御母上はその“父親”に見捨てられた結果の貧困でございましょう?この悪魔に願って頂ければ、その辺りの人間の財産を巻き上げて生活費の足しに致しますよ。僕はそういうの、得意ですので」
「駄目ですよ。もう、私は清く正しい聖なる乙女、つまり聖女になるんです。悪魔に頼るの駄目ですよ」
「これは失礼いたしました。なんという素晴らしい心がけでございましょう。このバアル、感服致しました」
おぉ、と、大げさにバアルが関心する。
二人とも背後で聞こえる叫び声とか、燃えてる街の熱気とかは気にしない。
「悪魔に頼ったり、盗んで生活費を作るっていうのは聖女らしくないから駄目です。かといって、幼女ですから出来る仕事は知れていますし……生活するのに必死で聖女になるための修業?善行?が、できないと、それはそれで駄目じゃないですか」
「そうですね」
「なので、ここで顔も知らない父ですよ!」
ふふん、と私は胸を張った。
「この世でもうただ一人、私に対して責任がある大人です」
「悪魔に頼らず、父親に頼る、と」
「“普通”はそうなんでしょう?」
現実の世界では、私は父親が誰なのか知らない。お母さんはしょっちゅう、付き合っている人が変わるし、男の人はたくさん家に来た。
でもこの夢の世界だから、私はカナンだから。父親の心当たりがあったし、あのオーナーのおじさんが心の中で言っていた『貴族の家の人間』『元メイド』っていう話は、私の予想の正しさを裏付けてくれる。
「バアルは知っていますか?貴族の、伯爵なんですけど」
「この国は大きいですから、それなりに有名な貴族家の名は存じておりますが……伯爵となると、大小さまざまな家門になりますからねぇ」
「ルーカス・コルヴィナス伯爵っていうんですけど」
ボンッ。
何かが爆発するような音一つ。
気付けば、人型になったバアルが顔を引き攣らせて立っている。
「……バアル?」
「……止めましょう。えぇ、それがよろしいでしょう。全力で、えぇ、認知せず母子を放逐した人でなしの実父など頼る必要はございません。えぇ、そのような薄情な人間にカナン様が関わる必要はございません。どこか適当な善良で裕福な、子のいない家庭に潜り込みましょう。カナン様も養われ、その夫婦も子を得られる。ウィンウィンな関係でございますので、えぇ、あえて、あの化け物に関わる必要はございません」
……実父ぅ……悪魔に化け物呼ばわりされるような人なのか……。