表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
にぶちん令嬢と二つの婚約破棄  作者: アオイ
ルーベンス視点

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/12

(5)

 しばらくして、俺の婚約解消の手続きは正式に終わった。

 そしてクラウスの選択肢には後者を選んだ。表向きイザベラ嬢の名前が出るが、エルフィーネが暮らす国を護ると思えば、まだ頑張れる気がした。


 しかし、どうしても納得できかねる事態が起こった。

 エルフィーネの新たな婚約者が、よりによってヴォルフラム=ガーランドに決まったのだ。

 確かに実力も家柄も申し分ない。しかし、しかしだ!奴の評判は最悪だ。『ストーカー令息』だぞ。以前図書館で見た光景が何よりの証拠じゃないか。あんな変態にエルフィーネを任せていいのか?それとも、婚約解消が瑕疵になりそんなのとしか婚約が結べなかったのか?

 俺は責任の一端を自覚した。


 中庭の四阿のあの日以来、エルフィーネに会っていない……会わせてもらえないが、学園でなら近づくことは可能だろう。彼女のクラスにはイザベラ嬢もいるから足を運びにくいが、学園内を普通に歩いている彼女に声を掛ければいい。せめて一度、きちんと面と向かって謝るべきだと俺は思った。

 そうと決まれば、善は急げだ。俺は早速行動に移し、エルフィーネが居そうな場所を探して歩き回った。


 登校時、昼休み、放課後……、エルフィーネの傍にはいつもヴォルフラムの奴がいる。

 何なんだあいつは。本当に『ストーカー令息』だな。いや、もう婚約者として堂々と傍にいるからストーカーではないのか?

 そんなことはどうでもいい、奴とここまで一緒にいたら前回の婚約者のようにエルフィーネも怯えているのではないだろうか。可哀そうに。


 俺は近付けない分、校舎の窓辺から外を歩くエルフィーネを見下ろして眺めていた。

 笑っているな……。俺の傍ではいつも冷めた顔ばかりだったのに。何の話をしているのだろうか。

 思わず食い入るように眺めていると、エルフィーネが花壇に目をやった瞬間、ヴォルフラムがこちらを見た。その眼は、こちらを射抜くような軽く殺気を混ぜたような恐ろしく鋭いものだった。

 じわりと嫌な汗をかいたのも束の間、エルフィーネが再び前を向くとヴォルフラムは何事も無かったかのように、またエルフィーネと談笑しながら去って行った。


 そんなことが続くと、さすがにエルフィーネ一人の時に話をするのは難しいと判断し、ヴォルフラムの奴がいる時でも仕方ないと思うようになった。そうでないと、卒業までにエルフィーネに謝罪が出来ない。

 俺はその日の放課後、侯爵家の馬車にヴォルフラムのエスコートで向かうエルフィーネに突撃することにした。奴が傍にいようと、俺は真っすぐにエルフィーネに向かっていった。

 すると、あと数メートルというところでエルフィーネの姿が消えた。角を曲がってもいない直線の見通しの良い道のり、何かに躓いて倒れたわけでも無い。本当に、急に魔法の様に忽然と消えたんだ。

 俺は驚いてその場で立ち尽くした。そんな俺に気付いているのか分からないが、ヴォルフラムの奴だけが何も変わらず真っすぐ歩き続けていた。

 翌日もそのまた翌日も同じようにチャレンジしたが、結果は全く同じ。俺は直前でエルフィーネを見失う。おそらく奴が何かを仕掛けているのだろうが、俺ではその正体を掴めない。


 そんなある日、急遽授業が自習になった。学年主任の先生が課題を持ってきたが、この後は昼休みだったため課題を行う場所は教室でも図書館で調べながら行っても構わないと、ある程度の行動の自由が許された。

 俺はどちらにしようかと考えていると、課題を持って移動しようとしているヴォルフラムが俺の横に来て囁いた。

「話がある。付き合え。貴様に拒否権は無い」

 一瞬垣間見た奴の目は、あの日校舎から目が合った時のそれだった。



 俺達は場所を移動し、空き教室に入った。

 途端に、ヴォルフラムが魔術を教室にかけた。

「この教室の音が外に漏れないように遮蔽した。国家機密に、多少触れねばならないからな」

 奴の俺を見る目つきは、既にクラスメイトに向けるそれではない。

「話とはなんだ」

 俺は極めて冷静に奴に告げた。

「エルに近づくな」

 フン、予想通りの言葉だった。

「今更何もしないさ。ただ、卒業前に一度挨拶をするだけだ」

「必要ない」

「何だと?最近婚約者になったばかりのお前に、何が分かる!15年だぞ、15年も婚約者でいたのに、最後の言葉も交わせないまま一瞬で終わってしまったんだ。お互いに、積もる想いもあるだろうがっ!」

 ぽっと出の奴に阻まれて、俺は全く面白くなかった。


「エルにそんなものはない。あるのは、貴様への嫌悪だけだ」

「そんなものっ、本人から聞かない限り信じない。俺達はそれになりにうまくやっていたんだ。何度も婚約を解消されているお前とは違う」

 そう、こいつは何度も婚約者に逃げられている。俺は今回の一回だけだ。

 それだけでも、俺の方がマシな男なんじゃないかと強く思った。

「うまくやっていただと?それはエルの犠牲の上に成り立っていたんだ」

「はあ!?その場にもいなかったくせに、思い込みで話すのはよすんだな」

「思い込んでいるのはそちらの方だろう。エルは貴様に、恐怖心を抱いていたぞ」

 なんでそうなるっ!?明らかに目に見えて怯えていたのは、目の前のこいつの元婚約者だ。エルフィーネは、俺と会っているときもいつも平然としていた。良くも悪くも表情を崩すことは無かった。


「出鱈目を言うな!そうやって俺以外にもいろんな奴をエルフィーネから遠ざけて、お前一人が囲い込むつもりか?」

 フンっと鼻であざ笑い、奴の変態性をついてやった。

 そうだ、このままではエルフィーネは囚われの姫になってしまう。それを阻止できるのは、ここにいる俺だけだ。

「そうだな、そう出来たらどんなに心が楽かと思うよ」

「ほらな、結局はそれが浅ましいお前の本音だろう」

「しかし、私はそんなことはしない。エルが望まないからだ。婚約者になってもらった時に、エルと約束したんだ。おかしなすれ違いを起こさないように、些細なことも話し合っていくと。ただただ“虹色の瞳”に執着して、それを付け狙う貴様とは違う」

「お前も見たのか……」

 俺の胸の中に、ひどくどろどろしたドス黒い感情が湧く。あの瞳は、“虹色の瞳”は俺だけのものだったのに。


「ああ。婚約を結ぶ前に、エルが私に見せてくれた」

 何っ?エルフィーネ自らだと。

「なるほど。お前も、あの瞳に取り憑かれたか。さぞ美しかっただろう。この世のものとは思えないほどに。あれは……俺の、俺だけのものだったんだ!!」

 俺は教室中に響き渡る声で叫んだ。婚約を解消して初めて、周りを気にせずに思う存分思いの丈を叫んだかもしれない。

「愚かな。あれは、貴様のものじゃない。国宝だっ!!!!!」

「えっ?」

 てっきり、奴からも俺のもの発言を繰り出されると思っていたため、一瞬毒気を抜かれた。


「彼女の美しさは瞳によるものでは無い。元より完成された、完璧な淑女。更にその才覚など持つもの全てに驕らない性格の良さ、気高さ、愛らしさ……ああ、どんな賛辞を贈っても足りない。彼女の前ではどんな言葉も陳腐に聞こえる。何か彼女を表す素晴らしい表現はないものか。そんな彼女に搭載された“虹色の瞳”は、強いて言うなら彼女のものだが、それは女神が最上級の宝石をもつようなもの。もはやそれは国宝、いや神具なのかもしれない!!」

 奴は目の前で、まるで詩人よろしく語り出した。

「すまない、あまりのことに脱線してしまった。ということで、金輪際エルの視界に入らないように。エルはただでさえ、欺瞞に満ちた世界を見ているんだ。せめて私が傍にいる時は、美しいものを見て、心穏やかに過ごして欲しい。そのためなら、私は何だってする」

「欺瞞に満ちた世界?エルフィーネは国家規模で護られて幸せに生きているではないか」

 言い放った俺に、奴は軽蔑した眼差しを向けた。


「貴様、本気で言っているのか?15年も一緒にいて、エルのスキルの本質に気付いていないのか?」

 信じられないと小声で繰り返す奴に、俺は僅かに動揺した。

「馬鹿にするなっ!エルフィーネのスキルくらい知っている。物事の嘘を見抜くのだろう。騙されずに済んでいいじゃないか!ついでに、国の役にも立てる。まるで正義の味方だ。結構なことじゃないか」

「もう、黙れ」

 低く静かな声が聴こえたと思ったら、急に息が出来なくなった。鼻と口のあたりに違和感があるのに、何も見えないし何も触れることが出来ない。口を開けて空気を吸い込もうにも、口にも鼻にも何も入って来ない。

 パニックになりながら、苦しみに胸元をかき乱すと何かからようやく解放された。

「がっ、はっ…はあ、はあ、はあ……」

 俺は目の前の机に手をついて必死で息をした。


「私は、本当はエルが婚約解消になった時に、貴様の存在をこの世から消すつもりだった。でもな、優しいエルが止めるんだ。貴様は腐っても王族に連なる者、この国に混乱をもたらしたくなかったんだろう。そんな女神のように慈悲深いエルの心を尊重して今日まで来たが、毎日毎日エルの周りをうろうろして。最後には急襲を掛けようとしていただろう?そんなこと、この私が許すと思うか?」

 奴の目は完全に据わっていた。本気で、俺を消したいようだ。

「貴様の実力でどこまで気づいていたかは知らないが、最近貴様はエルが見えないだろう?あれはね、こうやるんだよ」

 その言葉と共に、一瞬で奴の姿が消えた。いつもエルフィーネがいなくなるのと全く同じ様子で。

「ふんっ、驚いているな。私の姿は見えないだろうけど、声は変わらずに聴こえているだろう。そもそも、私は貴様の前から一歩も動いていないからな」

「どっ、どういうことだ」

「簡単なことだ。空間に作用して、貴様と私の間に特別な壁を作るんだ。それに魔力を乗せて光の反射角を変える。すると、そこにあるのに光の加減で貴様の網膜ではそのものの像が捉えられなくなるって寸法だ」

 説明されている間も、相変わらず奴の姿は消えたままだ。


「何だ、その魔術は?聞いたことも無い」

「当たり前だ。これは私が作った魔術だ。しかも、私のスキルを以てしか使いこなすことが出来ない。私はエルの平穏のためなら努力を惜しまない。エルを護るためなら、新しい魔術を編み出し、最先端の魔道具を開発する。それに伴って魔力量が足りなければ、それを補う鍛錬だって何だってやる。私は元々能力も魔力量も飛び抜けていたが、エルに出会ってまだまだ自分にこんなにも伸びしろがあると気付けたんだ。本当に、エルには感謝しかない……あと無限大の愛とな」

 俺は絶句した。敵うはずがない。学園では同点首位だったが、卒業したら?同じレベルに押し込まれる枠組みを外されたら、俺の価値は……。



 俺の価値は、血筋……しかない。



 今更だな。クラウスも言っていたじゃないか。そもそも、全ては血筋から始まったんだ。

 俺は英雄なんかじゃない。特別な姫を託してもらえる実力も、器も無い、ただの世間知らずだ。

 それは初めて俺が味わった挫折だった。


「ともかく、もうエルに纏わりつくのはやめろ。今度見つけた時は、先ほどの様に加減はしない」

 その言葉と共に、奴の姿が再び見えるようになった。

「あれは……?」

 先ほどの息苦しさを思い出して、思わず首をさすった。

「ああ、あれか?貴様の鼻と口を私の空間で覆い、そこの空気を抜いただけだ」

 とんでもないことを、まるで今日の天気を語るくらいの気楽さで言う。

 そうか。奴にとっては造作もない魔術で、俺は簡単に仕留められてしまうのか。

 それが俺達の実力差……いや、努力の差か。

 呆然としていると、昼休みを告げるベルが鳴った。

「もうこんな時間か。エルを迎えに行かないと」

 言い終わるか終わらない内に、奴の姿が忽然と消えた。


「おいっ!」

 声を掛けたが、返事が無い。今度は姿を消している訳ではないようだ。

 何度も空間を操っていたし、これはエルフィーネの所に空間転移したのだろう。

 俺は奴に完敗したが、圧倒的な強さを持つ奴がエルフィーネを護ってくれていることに、どこか安心したと共に、これまでずっと入っていた肩の力を抜いた。

 今の今まで、エルフィーネを中心にして発動していた『索敵』も、もう必要ない。

 そもそも実力不足で意味も無かったのだ。



 卒業後、俺はすぐに国境沿いの前線へ向かった。

 叔父のスキル『安寧秩序』のおかげで、全面戦争に突入するほど事態はひどくは無さそうだ。しかし、スキルに頼ってばかりではいられない。国にとっては小さなものでも、一般の国民にとっては日々の暮らしに直結する一大事だ。

 こちら側へ小さな火種を持ち込もうとする不逞の輩を、俺のスキル『索敵』で全て看破して指示通りに兵士たちが排除していく。

 俺のスキルでは、物理的なものしか感知できない。

他に国の内部に入り込もうとする悪意は、エルフィーネの『心眼』と父の『裁断』が排除するのだろう。

 あの時ヴォルフラムに指摘されて、初めて知ったこと、気付いたことは多い。

 エルフィーネが一体どんなものを見て来たのか、感じて来たのか俺には分からない。

だからせめてこれまでと同じように、いやそれ以上にエルフィーネが物理的に傷つくことが無いように、今ここで俺は目の前の敵を食い止める。

 前線に身を置いてみて、俺にも伸びしろがあることに気付いた。まずは、目の前の出来ることを積み重ねていくだけだ。

 決意新たに立ち向かう俺の上には、美しい虹がかかっていた。


これにて完結です。最後までお読み頂き、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ・なろう系では、婚約者ペアの男の方が、ただただ訳もなくバカとして描かれ、その背景すら満足に説明できていないのが多くて辟易としていましたが、本話では、そのあたりもうまく描写できており、無理な…
[良い点] ツンデレが改められてよかった…!! 思い込みが解消されたのはなにより。 エルフィーネは嘘のないパートナーと心行くまで良いコミュニケーションを取りあえるようになったので、長年の負担もすぐに忘…
[一言] どうして家族はルーベンスが致命的な間違いをするまで放置してたんでしょうね、ただでさえ国の為に特殊な環境に置いてたのですから、皆で軌道修正するべきだったのに。 それにストーカー男が何度も失敗…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ