(4)
あまりのことに茫然自失のまま帰宅した俺は、その日の晩に父の執務室に呼ばれ、陛下から婚約解消の許可が下りたため後日正式に手続きを行うことを知らされた。
翌日、俺は登城した。何とかクラウスとの面談の許可を取り付け、執務室にやって来たのだ。
「で、今更どうしたんだ?」
クラウスは俺を一瞥すると、すぐに執務机の書類に再び目を通しながら告げた。
「俺は婚約を解消するつもりなんて無かった!エルフィーネを返してくれっ!」
声を荒げ一歩踏み出した俺に、クラウスの傍に控える護衛がぴくりと反応し、一瞬にして殺気だったのが分かった。
クラウスは手を上げて護衛を制し、書類を置いた。
「まったく、まだそんなことを言っているのか。そもそも、ハウンゼン侯爵令嬢はお前のものじゃないだろう。それに、『婚約破棄』などと愚かな単語を持ちだしたのはお前の方だ。そのつもりがないなら、何故あんな場所に彼女を呼び出したんだ?しかもわざわざ別の令嬢まで侍らせて。それとも、彼女の方からお前の不貞を理由に『婚約破棄』してもらいたかったのか?」
「不貞なんてしていないっ!」
「あのなぁ、俺が何の情報も無く今回のことを手配したと思うか?」
呆れ果てたクラウスの眼差しに、俺は冷や汗をかいた。一体どこからどんな情報があったのか。まさか、俺は誰かに嵌められたのか?
「元々数年前から、ハウンゼン侯爵家から苦情が来ていた。それに加えて、今回の学園でのお前とリットン侯爵令嬢との噂が決定打になった」
「はっ!?」
予期せぬ相手に、俺は本当に驚いた。
「ハウンゼン侯爵は公の場ではあまり見せないが、エルフィーネ嬢を溺愛している。まあ、男兄弟の後に生まれた末っ子の娘だ。父親がそうなるのは想像に難くない。それなのに、お前いつも彼女に小さな嫌がらせをしていただろう。それに普段からじっと睨みつけるようなことばかりで、彼女の侍女が心配して毎回侯爵へきちんと報告していたようだぞ。あそこは、主人に忠実な良い使用人ばかりだからな」
そう言えば、いつもエルフィーネばかりに目を向けていたから、周りの使用人がどんな風に俺達を見ていたかなんて気にしたことがなかった。むしろどのような場面でも、その存在が気にならないほどの優秀な使用人たちだったのだ。
「俺は今でもエルフィーネが好きなんだ。そもそも、この婚約はエルフィーネを護るためのものだろう?俺との婚約無しにして、誰が彼女を護れるというんだ!?」
「う~ん。突っ込みどころが満載で、どこから手を付けて良いやら……」
クラウスはこめかみを抑えながら、ため息を吐いた。
「はぁ、お前がそこまで阿呆だとは思わなかったよ」
「なんだとっ!」
「まず、もう婚約者では無いのだから、きちんとハウンゼン侯爵令嬢と呼べ。それから、お前が婚約者に選ばれた理由は能力や実力では無い。単に血筋だよ。彼女に何かあった際に国が動けるようにね。そもそも、婚約が結ばれた当時のお前に何が出来た?たった1歳の子供が、生まれたての赤ん坊を護れたか?」
俺は何も言えなかった。確かに、エルフィーネが生まれてすぐに結ばれた婚約だ。
俺は生まれつき魔力量は多かったがスキルもまだ使いこなせていなかったし、そもそも1歳児は自分が歩くだけで精一杯だ。何も示せていない、俺の力が認められているはずがない。
「それにな、身分さえ気にしなければ実力で彼女を護れる者は他にいるんだ」
俺よりも能力面で優れている奴がいる。その話をするということは、既に彼女の次の婚約者の目星がついているということだろうか。俺の目の前がどんどん暗くなってくる。
「もう、間に合わない……の、か」
「ああ、手遅れだよ。何もかも」
「エル……ハウンゼン侯爵令嬢は、既に次の婚約者が?」
俺はおそるおそる口にした。
「いや、まだ決定はしていないが適任者はいる。家柄や年齢、政略的な思惑、色んな事があるけれど婚約なんてね、そもそもタイミングなんだよ。ハウンゼン侯爵令嬢が稀有なスキルを持って生まれた時に、たまたま国王陛下の甥にあたるお前が居た。もしお前が居なければ、他の侯爵家から選ばれていただろう。そして今回、国王陛下の甥ではダメになった。そこにちょうど十分な実力を持った令息もたまたま婚約が解消になった。それだけのことだ」
「それは……」
誰だ?と聞きたかった。でも、きっと教えてはくれないだろう。それくらいは俺でも分かる。
エルフィーネに関わることだ、きっとまた国に関わる重要事項に触れるのだろう。
そもそもまだ俺との婚約解消の正式な手続きも完了していない。
「あとこれは元々伯父上から聞いてもらうつもりだったが、ついでだ。お前の卒業後の進退についてだが、選択肢が二つある。好きな方を選べ」
クラウスの言葉に、俺は身構えた。
「まず一つ目はハウンゼン侯爵令嬢との婚約を解消後、リットン侯爵令嬢との婚約を結び卒業後に婚姻すること。もう一方は、小競り合いの続く国境へ行きお前のスキルを遺憾なく発揮して国防に従事すること。さあ、どちらがいい?」
「なっ……。何故?」
「何故、だと?お前の不用意な行動が国を危機に晒しているからだろうがっ!」
なんで、こんな婚約解消ぐらいで危機になるんだ?
俺は困惑の表情を浮かべ、クラウスを見返した。
「事の発端は、お前の『美しい瞳の令嬢が好きだ』という発言だ。もしそれが国家規模で秘匿しているハウンゼン侯爵令嬢の“虹色の瞳”だとどこかから洩れてみろ。彼女に何かあれば、今後この国から『心眼』のスキルが失われるのだぞ。そうなる前に、お前が好きな『美しい瞳』はリットン侯爵令嬢の“青の瞳”だったというようにカムフラージュするのだ。それが嫌なら、理想の瞳のリットン侯爵令嬢に振られたお前は、せめて彼女が暮らす国の安寧のために戦地へ向かったという筋書きにするしかない」
最悪だ。そもそも、イザベラ嬢の瞳なんて何色だったかすら覚えていない。どんな時も、俺の心を捕らえてやまないのはエルフィーネの“虹色の瞳”だけだ。
「今すぐに答えを出せとは言わない。数日考えて、全ての手続きが完了する頃に伯父上を通じてでも良いから返答を待っている。良いな」
俺はもう何も言えずに、ただ頷いて退室した。
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