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にぶちん令嬢と二つの婚約破棄  作者: アオイ
【番外編】

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12/12

王太子クラウス

スキルについてもう少し追記したくて、クラウス視点を描きました。

区切ることなく投稿したのでいつもより少し長めですが、宜しければご覧下さいませ。

「◇◇◇」←こちらの記号を境に時系列が変わります。もし読みにくく感じられたら、すみません。

 あ〜、なるほど。こういうことか〜。

 うわ〜マジで?ええ〜、もう本当ヤダ。何なの、これを私に収拾をつけろと……。


 スキル『天啓』に導かれるままやってきた貴族学園の中庭で直面している光景に、私は頭を抱えた。


♢♢♢


 私はこの国の第一王子クラウス。持って生まれたスキル『天啓』が認められ、王太子となった。

 『天啓』は大変稀有なスキルで、記録されている限り発現するのは実に175年ぶりだ。

 しかもなかなか使いこなすのが難しい。

 初めて『天啓』の発動に気付いた時はとても怖かったのを覚えている。何せ当時はやっと言葉を理解し出した幼児で、見知らぬ声のようなものが頭の中で勝手に響くのだ。

 

 あれは私がまだ3歳だった時のこと、王妃である母に呼ばれお茶の時間を共にしていた。

 私が着席し、目の前の果実に手を伸ばした瞬間…


"汝、その果実を食すべからず"


「!?」

 急に頭に響いた声に私の手は止まり、母は怪訝な顔で私を見つめていた。

「クラウス、どうしたのです?」

「今のは……」

 私の様子に、周囲の侍女や護衛も徐々に色めき立った。

「母上、『なんじ』とは何ですか?」

「は?」

 私は聞き慣れない、知らない単語を母に尋ねた。

「私が一番に思いつくのは『あなた』や『おまえ』のように、親しい者又は目下の者に使う言葉です」

「なるほど」

 ではあれは私のことを言っているのか?

「クラウス、何が起きているのです。全て母に話しなさい」

 ゆっくりと落ち着いて接してくれる母のおかげで、私はたどたどしいながらも、先程頭に響いた言葉と状況を母に話した。


「これは……おそらくスキル『天啓』の発動ですね。クラウスの前にある果実をすぐに然るべき機関に回し詳細な検査を行いなさい。それからお茶は中止。検査結果が出るまでは現状を維持し、誰もこの場を荒らさないように。更に至急陛下に報告し判断を仰ぎ、許可が出ればブルネック公爵を召喚なさい」

「畏まりました」

 母はすぐに王妃として指示を出し、皆慌ただしく自身の責務を全うするため動き出した。

「クラウス、事態が解明するまで自室から出ないように。皆の者!王太子の安全を最優先し、護衛を増やし護りを固めなさい」

「はっ!!」

 その後、私は四方を護衛に囲まれながら自室へ向かい、全ての予定をキャンセルして引き篭らざるを得なくなった。


 後に私が、物事が分かる年齢になってから当時の顛末を母に聞いた。

 あの時目の前にあった果実は、王国内のある地方の特産品であった。今が旬の初物であり、その日献上された新鮮なもののはずだった。一口サイズの果実には少し固い皮があり、それを王宮料理人が剥いて供されていた。私はそれをナイフで切って食べようとしていたのだ。

 厳密な検査の結果、果実の真ん中にある種子の中に人体にとって有害なカビが生えていた。

 どうやら季節外れの長雨のせいで、この果実の生る木が病に侵されていたようだ。早急にこの果実の流通を一時ストップさせ各地の木を調べたところ、病の流行は未だ限定的な地域のみだったため例年より価格は高騰したものの、早期発見により全滅は避けることが出来た。

 この病自体は初見だったが、研究者たちのおかげで今では対処法も治療法も分かっている。

 もしあの時『天啓』が無ければ、何らかの異常が私に現れ、故意では無いとはいえ生産者達に何らかの処罰が下っていたかもしれない。

 加えて木々の異変に気付かず作物及び人体への被害も拡大し、国は大混乱に陥ったはずだ。

 かつての記録には残っているとはいえ、『天啓』の及ぼす影響やその凄まじさに、皆戦慄した。


 それから私への教育カリキュラムが強化された。

 『天啓』を正しく使いこなすために、まずは言葉を知り、物を知り、あらゆる事象を学ばねばならなくなった。

 そこまで詰め込まれると、流石に私も嫌気が差してきた。

 『天啓』の声は私にしか聞こえないのだから、もしかすると少しサボるように出来るのではないかと魔が差しつつあったある日、私のお目付け役と側近候補を紹介された。

 お目付け役は伯父であるブルネック公爵、スキル『裁断』の持ち主だ。

 側近候補――候補といえどほぼ本決まりらしい――は、ハウンゼン侯爵家次男のヴィンセントだった。

 ヴィンセントは当時の私より3つ上の10歳で、サボるなんて到底許してくれなさそうな優等生然としていた。

 そしてその足元には、ヴィンセントに隠れるようにして幼女がしがみついていた。


「ほら、エルもきちんとご挨拶して」

 エルと呼ばれた幼女はおずおずと前に出てきて、精一杯のカーテシーを披露した。

「ハウンゼンこうしゃくけちょうじょ、エルフィーネともうします」


「私は王太子クラウス、よろしく頼む」

 声を掛けるとエルフィーネ嬢は顔を上げた。

 うん、思いっきり糸目だな。

「エル、頑張ったね」

 ヴィンセントは愛おしさ全開の眼差しで、妹の頭を撫でていた。

「クラウス殿下、妹は殿下の4つ下の3歳です。こんなに健気に頑張って、とっても可愛いでしょう?見て下さい、この素直さを象徴するような綺麗な瞳!」

 いや、瞳など見えんが……。

「そっ、そうだな。とても愛らしいと思うぞ」

 言った途端、エルフィーネ嬢の眉間にものすごく皺が寄った。

 何故だっ!?私の褒め方が足りなかったのか!?

「殿下、これが我が妹のスキルでございます」

「はあっ!?」

 ヴィンセントはゴホンと一つ咳払いをして、種明かしを始めた。


「エルフィーネのスキルは『心眼』でございます。恐れながら、殿下は今我が妹の瞳など見えないはずなのに、見えたと嘘をついてお褒めになりましたね」

「なっ!嘘などと、不敬だぞっ!!」

 私は図星をつかれて、思わず声を荒らげてしまった。

「落ち着いて下さい。これは『心眼』を説明するための演出でございます。このように、エルはスキルにより嘘偽りを見抜きます」

 ヴィンセントはエルフィーネ嬢の眉間の皺を指で優しく伸ばしている。

「ですので……努々(ゆめゆめ)、『天啓』が発動したと見せかけての発言、行動などはお慎み下さいます様お願い申し上げます」


 浅はかな考えを早々に見抜かれた私は冷や汗をたらしながら、傍で見守ってくれている伯父を見上げた。

「はいはい。ヴィンセント、その辺にしてあげて。いくら王太子といえども、まだ7歳だからね。妹を心から可愛いと言って貰えなかったからって、恨まないの」

 そこか……。私はヴィンセントの地雷を知り、以後気を付けようと心に誓った。

「こんなに可愛いのに」

 まだ言ってる。大丈夫か、コイツ。

「それから、クラウス。私の『裁断』も『天啓』が悪用されないか監視する役を担っている。これから十二分に学び、『天啓』を正しく使って国を良い方向へ導くのだ」

 物々しい言い様に、私は自身の持つスキルを恐ろしく思った。しかし精一杯の虚勢を張って、しっかりと頷き返した。


 余談だが、『裁断』も誤魔化しが無いように『心眼』によって精査され、『心眼』も虚偽の報告をした結果によっては『裁断』で裁かれる。

 『天啓』だけ監視される一方にも思えるが、『裁断』・『心眼』だけに留まらずこの世の全ては『天啓』によっていついかなる指示がなれさるか分からない懸念がある。

 極端なことを言えば、『裁断』のスキルが正しく使われず支障があるなら、仮令王兄であっても排除すべしとの『天啓』が下るのだ。

 こんな風に、『天啓』と『裁断』と『心眼』は切っても切れない関係にある。

 ただ現国王の『安寧秩序』が礎にあるため、今のところ厄介な事態は起こらないだろうと信じたい。

 まあ、スキルの話はこの辺にして、冒頭の厄介事だ……。


 昨晩、全ての執務を終えて一息ついた時にいきなり『天啓』が発動した。


”汝、明日12時34分、貴族学園の四阿へ行くべし”


 何故私が学園などに……。その時間は婚約者のユリアナとランチの予定なんだが。

 しかし『天啓』を無視は出来ない。無視しても一つも良いことなど無いのだ。

 ハァ、我が愛しのユリアナ。唯一の癒しの時間だったんだがなぁ~。


 ユリアナは地方の伯爵令嬢だったが、スキル『豊穣』を保持しており王子妃候補となった後、無事に私の婚約者として現在に至る。

 スキルの特性なのかユリアナはとても穏やかな気質で、執務やスキルで疲弊した私にとって癒しの塊のような素晴らしい存在だ。

 少し脱線してしまったが、とりあえず関係各所に伝達して予定を変更せねばならんな……気は進まないが。


◇◇◇


 さて、ここから目の前の状況をどうするか。

 ルーベンスのやつ、誰に唆されたのかはたまた何をそんなに思い詰めていたのか。全く、仕方がないな。

 ここは一先ず私が収めて、二人には王城にてそれぞれ話を聞きつつ取り成して元通りに……。


"汝、目の前の婚約破棄を認めるべし"


「!?」

 いや、それではこの国のパワーバランスが。元より、エルフィーネ嬢の身辺警護はどうする?有事の際、国が動かなければ大きな損失となるぞ!?

 たとえ元々『天啓』によって決められた婚約ではないとはいえだ。

 そう、当時の私は『天啓』を使いこなせず、国の重鎮という人智によってこの婚約は決められた。

 まあそもそも私の意志で自在に発動を操れるスキルではないからな。

 はあ、後の処理が真に大変そうだが致し方あるまい。観念してそろそろ出るか……。


「そうだね。そこまで言うなら、婚約破棄でいいかもね」


◇◇◇


 いや〜、本当すごいものを見た。いや、見せてもらったか。

 あれがルーベンスが執着する"虹色の瞳"か。ルーベンスの気持ちも、分からんではないな。


 それにしても、これからどうするか。

 まずは陛下に此度の一件を報告し、伯父のブルネック公爵を交えて今後について相談せねば。あと気になるのは……。


"エルフィーネ、本日放課後、再び四阿へ行くべし"


 あれは何だったのか。『天啓』はエルフィーネ嬢一人を名指ししていたから私は帰城したが。

 エルフィーネ嬢に関わることであるし、後ほど詳細をヴィンセントに聞くか。



 翌日、実直なエルフィーネ嬢はきちんとヴィンセントを通して私に昨日の報告をしてくれたのだが。

「妹によると、妹の目の前でガーランド侯爵家のヴォルフラムが婚約破棄されたそうです。そしてその後、共に四阿で語り合い仲良くなったと」

「何?」

「仲間意識のようなものが芽生えたそうです」

「そ、そうなのか」

 うむ、よく分からん。婚約破棄の、そんな一大事の直後にそこまで淡々としていられるものなのか?

 私はそんな経験が無いから……いや、ユリアナと引き離されるなど想像もしたくない。ユリアナが他の男に嫁ぐなど……よし、そいつを葬ろう。


「殿下、戻ってきて下さい」

「ん?すまない、あまりに想定外なことが起こり取り乱した」

 冷静なヴィンセントに引き戻されてしまった。

「全く、心配せずともユリアナ様は大丈夫ですよ」

「なっ、何故!?」

 コイツ、心が読めるのか!?

「殿下が心ここにあらずになるのは、決まってユリアナ様絡みしかないじゃないですか。私が何年お側に居ると思ってるんです?」

 呆れ声のヴィンセントに、私は思わず声を詰まらせた。本当に、この男には敵わない。

「それで、どうします?近い内に、相手方と話を付けたガーランド侯爵とヴォルフラムが登城すると思いますが」

「そうだな。ヴォルフラムか……」


 ガーランド侯爵家三男ヴォルフラム。ルーベンスと同じクラスに在籍し、常にルーベンスと同率首位を維持している優秀な令息。

 保有スキルは『空間干渉』。使い手によっては、我が国最強を誇るかもしれない。

 こちらも稀有なスキルだが、空間に作用する能力故に物理的に一つの国に留め置くことが難しい。あるとすればスキル保持者の機嫌を損ねず、何とか頼み込んで我が国に居てもらうだけ。

 それに誰かに狙われても、自衛も逃避もその能力で可能。下手に護衛を付ける方が足手まといだし、おそらく公費の無駄遣いになるだろう。

 スキルも実力も折り紙付き。エルフィーネ嬢の護衛にはうってつけだ。

 しかしそれを踏まえたとしても、自在に空間魔術を操る者が『心眼』持ちの婚約者になったのなら、凶と出るか吉と出るか……。

 更には仮に『天啓』で良しと出たとして、機嫌を損ねずに引き受けて貰うにはどうすれば?


「ヴィンセント、ヴォルフラムをどう思う?仮の話だが、エルフィーネ嬢の婚約者兼護衛としてだ」

 一先ずハウンゼン侯爵家の者である側近に聞いてみた。

「そうですね。家柄、スキル、能力的に問題は無いのでは?今回の一件があったとはいえ、エルフィーネとこんな短時間で仲良くなったのであれば、元々相性も良いのかもしれませんね」

「なるほど。で、本音は?」

 ヴィンセントが一度深く息を吸った。

「最強のスキルに素晴らしい能力、容姿があったとしても、何回婚約破棄したら気が済むんだぁ?婚約を決めるのは家長である父だから私はどうにも出来んが、エルフィーネの心身どちらか一方でも傷付けることがあってみろ、ハウンゼン侯爵家及びそれに連なる全ての力を以て叩き潰してやる!!……で、ございます」

 本当、ヤバいなコイツ。

「そうか。分かった」

「前回は叩き潰したくとも王家絡みとなると、流石の我が家でも分が悪かったですからね。今度は徹底的にやってやりますよ。まあ、そんな今度なんて来ないにこしたことはありませんけどね」

「お前、不敬という言葉を知っているか?」

 良い笑顔のヴィンセントに、思わず苦言を呈した。

「ええ、勿論知っていますよ。殿下こそ、私のスキルをお忘れですか?『瞬間記憶』では一度見たもの聞いたものは即座に覚え、生涯忘れません」

 『瞬間記憶』のおかげで、私は仕事上で何度も助けられている。常に最新の資料庫を連れ歩いているようなものだからな。


 そしてこの日、ルーベンスが執務室に現れた。

「で、今更どうしたんだ?」

 今日は仕事が立て込んでいないため、次の書類に軽く目を通しながらだが、ひとまず応対した。

「俺は婚約を解消するつもりなど無かった!エルフィーネを返してくれ!」

 ルーベンスの焦り過ぎて殺気立つ様子に、思わず私の護衛達が反応した。

 私は軽く手を挙げて護衛を押し留め、仕方無しにルーベンスと向き合うことにした。

 そして今回のことを軽く考えているルーベンスに、事の重大さを説き今後の進退を問うた。

 もっと以前に、ハウンゼン侯爵から苦情が上がった時点で何らかの対処をすべきだったか。だがしかし、あの時点で婚約を解消しても代わりはいなかった。

 ルーベンスは小さな頃から優秀だったために、これくらいは大丈夫だろうと我々も過信してしまっていた。あいつにも、ヴィンセントのような歯に衣着せぬ者が側に居れば良かったのだろうか……いや、過ぎてしまったことをあれこれ考えても仕方がない。


 ルーベンスを諭して数日後、今度はガーランド侯爵とその息子ヴォルフラムが登城してきた。

 最悪訴訟問題まで発展するかと構えていたが、相手の伯爵家とは存外早く和解し必要書類をきちんと携えていた。必要な手続きが完了した後、私はヴォルフラムを応接室に呼んだ。


「失礼致します。ガーランド侯爵家三男、ヴォルフラムでございます。殿下の命により、只今参上致しました」

「うむ。よく来てくれた。此度は大変だったな。今日は私から少し、確認したいことがあってだな。あまり畏まらずに楽にしてくれ」

 ヴィンセントが私の意を汲んで、私が座っているソファの向かいのソファにヴォルフラムを促した。

「失礼致します」

 ヴォルフラムが腰を落ち着けた頃合いを見計らい、私はヴィンセント以外の侍従やメイドを退室させた。

「???」

 ヴォルフラムが僅かに警戒を見せた。

「ああ、すまない。少し込み入った話になるからな。念のためだ。それにしても、当初婚約破棄になったと事前の報告は受けていたが、結果穏便な婚約解消に至るとは……一体何があったのだ?」

 私は尋ねつつ姿勢を変える中で、ソファの肘置きの装飾部分に施されている遮音の魔道具に触れた。これで、この部屋の音が外に漏れることは無い。

「ああ、それは……」

 ヴォルフラムはわずかに頬を染め、少し口ごもった。

 ん?何があったのだ?

「実は……恥ずかしながら、ハウンゼン侯爵令嬢にこれまでの話を聞いて頂き、己の至らぬ点を教えて頂いたのです。彼女と話していると色んな事がクリアになり、本当に目の覚める思いでした。彼女は常に冷静な視点を持ち、先入観や偏見を持たずに正しく判断してくれて。まるで公正な女神のような素晴らしいご令嬢ですね」

 うっとりと夢見るように語り出すヴォルフラムに私は正直引いていたが、私の背後でヴィンセントは何度も頷き、同意を表していた。

「そっ、そうか。まあ、結果的に良い方向へ行って良かった。その様子では、ハウンゼン侯爵令嬢との関係も良好なのだな」

「そうであれば、嬉しく思います」

 ヴォルフラムは控えめに頷いた。これは完全に惚れているな。

「ではもし、同じく婚約解消となったハウンゼン侯爵令嬢と新たに婚約をと言ったら、どう思う?」

「それは、私としては願ってもない話です。しかし……」

 ヴォルフラムは喜びを抑え込むような、複雑な表情をして逡巡した。

「しかし、何だ?」

「はい。ハウンゼン侯爵令嬢にとってはいかがなものでしょうか?自分でいうのも何なのですが、三度も婚約を解消している私などが相手では、彼女の評判に関わるかと」

「なるほど」

 その辺りの良識はあるのだな。

 私は一呼吸置いて、『心眼』の話をヴォルフラムに話した。国家機密になるため、ここでの会話は他に一切洩らさないという誓約をさせた上でだ。

「―――――ということで、評判云々以上に優秀な護衛が必要だ。更にそれが彼女の婚約者であれば、国家機密を共有する者もこれ以上増やさなくて済む」

「お話は分かりました」

 ヴォルフラムは自分の中で整理するかのように、少し押し黙った。


「ただ私はハウンゼ……いえ、エルフィーネ嬢の意思を尊重したく思います」

「意思?」

 私の後ろで、ヴィンセントが目を瞠った気がした。

「はい。恐れながら、いくら重要なスキル保持者とはいえ彼女は多感な年頃のご令嬢です。長年の婚約を解消してすぐ次へなど酷なことかもしれません。私を婚約者にするか護衛にするか、それは彼女に決めて頂きたいのです」

「しかし、同じ侯爵家の令息をただの護衛として従者のように扱うなど……」

 背後でヴィンセントが狼狽えた声を出した。


「失礼致します」

 ヴォルフラムはソファから立ち上がって移動し、私とヴィンセントの足元で騎士のように跪いた。

「私は、私の恩人とも言えるエルフィーネ嬢の盾となり、時には剣となりその身をお護りすることをここに誓います。そのために、もしガーランドの名が邪魔になるのでしたら喜んでその名を捨て、ただのヴォルフラムとしてハウンゼン侯爵家にお仕え致したく、何卒よろしくお願い申し上げます」


 重いっ!重過ぎるぞっ!!私、楽にしてくれって最初に言ったよな?

 思わず助けを求めるようにヴィンセントを仰ぎ見ると、彼は感動に打ち震えていた。

 何っ!?重度のシスコンが絆されているだと?

 ちょっと前まで、叩き潰す発言してたよね?


「そこまで我が妹のことをっ!」

 ヴィンセントは思わずヴォルフラムに駆け寄って肩に触れ、エルフィーネ嬢について二人で熱く語らっている。

 ああ、もうヤダこの空間。

 ユリアナは今何してるかな?会いたいなぁ〜。

 私は自身の最愛を思い浮かべ、現実逃避した。


 それからまたしばらくして、無事にエルフィーネ嬢とヴォルフラムの婚約は成った。

 その場には国王陛下と共に私も立ち会ったが、良くも悪くも『天啓』が発動することは無かった。



 婚約破棄騒動が落ち着いて一月ほど経ったある日、私は最愛の婚約者としばしの逢瀬を楽しんでいた。

 お互いに王太子更に次期国王として、次期王太子妃更には次期王妃としての教育並びに執務という激務の合間を縫って唯一の癒やしの時間だ。

 もっとも、癒やされている度合いは圧倒的に私の方が大きいだろうが。


「ハァ、この時間が永遠に続けばいいのに……」

「まあ、クラウス様ったら」

 ユリアナは鈴の鳴るような耳心地の良い声でコロコロと笑う。

 私はそれをユリアナの膝枕で聴いていた。

 まだ婚姻に至らず婚約者の私達は、本来ここまで密着するのは許されていない。しかし、今回は15分だけと我儘を言って部屋に二人きりにしてもらっている。ヴィンセントもユリアナの侍女も、二人の護衛達も部屋の扉の外で待機している。

 私はこの身に降りかかる重責でストレスフルになると、こうでもしないとマジで何にもする気が起こらなくなるのだ。


「ああ、もう、早く結婚したい」

「あと半年じゃないですか」

「長い。おそろしく長いよ。私としては、もう今日でも明日でもいいのに」

「まあ、国中の方々がお困りになりますわね」

「ユリアナはいつも余裕だよね。私ばかり子供っぽいな」

 我ながら情けないことだが、全てを許し受け入れてくれるような慈愛に満ちたユリアナの前では、つい駄々っ子のような素直な気持ちが洩れ出てしまう。

「ふふっ。クラウス様のその様なお姿を見れるのは、わたくしだけの特権、ですわよね?」

 ユリアナは私の髪を優しく梳きながら、絶妙な言葉選びで私の心を喜ばせ癒していく。

「勿論だ。私は何があっても側妃は持たないし、私の心を占めるのは未来永劫ユリアナだけだ。何なら、エルフィーネ嬢を召喚して視てもらって証明したいくらいだ」

「私用で呼んでは、ヴォルフラム様に睨まれますわよ」

 エルフィーネ嬢の婚約者兼護衛になってから、ヴォルフラムは過保護の極みになり、召喚する度に本当に必要性があるのか、頻繁に呼び過ぎではないかと小言を言ってくるようになったのだ。

 国家の重要案件だから召喚しているのに……。

「あいつ、私を王太子だと思ってないんじゃないか」

 本当に、国家規模で影響の出るスキル持ちは扱いづらい。私、王太子なのにな。本来ならもっと素直に言うことを聞いてもらえるはずでは?


「そう言えばお従弟のルーベンス様ですけど、最近は騎士団の訓練にも参加されて、お身体を一から鍛えなおされているそうですね」

「ああ、アイツもようやく吹っ切れたみたいだな」

 エルフィーネ嬢がヴォルフラムと婚約してしばらくはどうなるかと見守っていたが、ある日を境に急に前を向くようになった。本人は何があったのか、伯父にすら語らなかったようだが。

 高いポテンシャルと膨大な魔力量、腐らせてしまうには惜しい人材だ。何とか乗り越えてくれたようで、国としても私個人としても安堵している。

「皆がそれぞれ能力を発揮し国に貢献してくれている。私達も国を正しく導いて、皆に報いなければならないな」

 私は今一度心に誓いつつ、仰向けになってユリアナの頬に手を伸ばした。

「ええ、勿論でございます。二人で力を合わせて更なる発展を」

 私達は同じ未来を互いの瞳の中に見た。そして徐に顔が近付いていき……

 

 コン、コン、コン……、ゴンッ!!!


 急かす様に扉がノックされた。っていうか、最後のはノックじゃないよね。

「もうお時間のようですね」

「ったく、いいところだったのに」

 ユリアナが苦笑する。でも、そんな姿も愛おしい。

 私は仕方なく起き上がり、ユリアナの隣に座りなおした。


「はいはい。殿下、離れて下さい!!それ以上は駄目ですよ~。あと半年待ちましょうね。さて、決裁待ちの書類がまた増えたのでよろしくお願いします。ユリアナ様も、そろそろご移動のお時間です」

 私が許可を出す前に焦れたヴィンセントが入室してきた。その手には確かに紙の束が握られている。


「ではクラウス様。お名残り惜しいですが、また」

 ユリアナはすっくと立ちあがり、私に一礼して踵を返すが、その際に艶めかしい流し目をくれた。

 こういうところが堪らない。うむ、この後も頑張れそうだ。


 多少胃の痛い日常ではあるが、最愛との素晴らしき未来のため私は襟を正し、目の前の責務に向き合った。



お読み頂きありがとうございました。

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