97 暗い道行き
ライナが小型端末にインストールしてくれたマップを元に、研究所内の最短ルートを通って目的地へ向かう。
当然だが、最短と言っても直線距離で行ける訳ではない。
あくまでも現状で把握している情報を元に最も時間の掛からないルートを割り出しているだけなので、現状の最短ルートとは即ち通常よりも遠回りとなるルートだ。
故に、手元のナビの画面が隔壁の方ではなくエレベーターホールと廊下を隔てているゲートの横、警備室らしき小部屋を示しているのはそういう事なのだろう。
警備室の扉の横には『第一警備室』というネームプレートが掲げられており、そのままの意味で捉えるなら他にも警備室があるという意味合いにも読み取れる。
先程はしっかりと調べていなかったが、警備室内はゲート側に面した大きな窓があり、中からゲート側を監視出来る様な造りになっている。
恐らく本来は警備室内でモニタリングする人間と、ゲート周辺で入場者を直接監視する人間とに分かれて対応をしていたのだろう。
仮に入場者を装った侵入者が襲撃して来たりした場合、外の警備員が迎撃して部屋の中の警備員が通報するのだろう。
そして勿論、通報先は警察などではなく………。
「……!」
思考を巡らせつつ警備室の扉を開く。
薄暗い非常灯に照らされた室内に外の明かりが差し込んだ。
警備室内はエレベーターホール周辺以上に薄暗く、非常電源によって稼働しているホール側の明かりでも十分に室内を照らす事が出来る。
そうして照らし出された警備室の中は……血に染まっていた。
床一面に血溜まりの痕が残り、よく見れば窓にも細かい血飛沫が飛んでいる。
設置された机の上のPCらしき物と窓際に設置されたモニターは、何かが叩き付けられたのか画面が蜘蛛の巣上にひび割れて破損してしまっている。
更に目を凝らしてみると、床や壁の血の痕に紛れて巨大な爪で引っ掻いた様な痕が幾つも刻まれていた。
そして、私はこの爪痕に見覚えがあった。
(これは………あの病院で戦った……?)
その爪痕は、聖メアリー記念病院の地下で遭遇したクロフォード医師の死体が変異した怪物の物に酷似していた。
あの怪物が壁に付けた痕は、壁を登る際に壁面を引っ掻いて出来た傷だった。
しかし、実際の怪物の姿は上半身には爪など生えておらず、下半身部分から生えた無数の手―――恐らく複数の人間の死体が融合した結果出来た物―――によって付いた物だ。
それ故、あの怪物の巨体に対して壁に着いた傷は細かいものが多く、よく見ると傷痕の間を何か重量のある物が引き摺られて行った様な痕も残っていた。
目の前にある痕跡はあの時の怪物の物と酷似しており、私にその姿を思い起こさせるのは簡単だった。
……正直な所、アレはトラウマものの相手なのだ。
(アイツは偶然生まれた特殊な個体だと思ってたけど……まさか、複数いるの? 勘弁してよ……)
先程の気合は何処へやら。
一気に憂鬱な気分に苛まれる。
確かにあの時に比べて今の私は遥かに戦闘慣れしたし、戦う術も新たに編み出している為、アレと再び遭遇しても対処する事は十分に可能だろう。
しかし、警備室内の痕跡を見るに、少なくとも二体以上のアレが居るのは間違いない。
私にとってのトラウマと言っても過言ではない相手が複数いるという時点で、気分が滅入るのは仕方がないと思う。
……と言うか、トラウマどうこう以前に動きが気持ち悪いんだよね、あいつ……。
はっきり言って、動きがゴ……なんとかとそっくりなのだ。
あの巨体で高速で動き回れるのは、移動に集中する際などは上半身を下半身の上に仰向けの状態に折り畳む事で、体をコンパクトに出来る為だろう。
その際のフォルムが良く言っても蜘蛛、悪ければゴキ……、或いはゲジ……………やめよう。
気を取り直して小型端末を確認すると、警備室の奥の一角、丁度棚の陰になっている場所を指していた。
室内には死体も残っていないが一応警戒しながら奥へ進んで行くと、そこには通気口があった。
確かに私なら入れそうな大きさの物であり、エレベーターシャフトにあった通気口よりも小さいようだ。
しかし、問題はそこではない。
(…………まぁ、部屋の中に死体が無いって事はそういう事だよね……)
通気口は先程と同じくカバーが取り付けられている………筈だった。
しかし、目の前にある通気口にはカバーが無く、壁にぽっかりと空いた穴が口を開けた状態になっていた。
そして……室内に広がる血痕は、そのダクトの中へと続いている。
既に血は渇ききっている為、ここを通ったのは相当前と思われるが……。
(……………行かないとダメだよね)
私は深呼吸をしてもう一度気合を入れ直すと、通気口に手を伸ばす。
身長約160センチの私だとギリギリ届……かない様なので、腕から蔦を伸ばす。
だが、どうやら伸ばした先に蔦を絡み付ける事が出来る様な場所は無いようだ。
力任せにダクトに突き立てる事も出来るとは思うが、病院の時の様にダクト自体が崩壊する様な事になっては拙い。
私は他に手段はないかと考える。
そんな時、植物の一種としての『蔦』には、吸盤が付いている物があるという事を私は突然思い出した。
それを使えばダクト内に蔦を吸着させて私の身体を持ち上げられるだろう。
私は早速伸ばした蔦に細かな吸盤が生じる様に意識する。
こういう場合、少し頭の中でイメージするだけで、大体そのイメージ通りの外見と性能を持った形状に私の身体から生じた植物は変化してくれる。
しかし実際には「変化してくれる」ではなく、「変化させている」が恐らく正しいのだろう。
私の身体から生まれる植物は私の一部であり、ブルーフィリアとして言うなら私の劣化クローンの様な物だからだ。
この辺りを正しく認識出来る様になればもっと自分の能力の幅が広がる様な気がするのだが、まだ私自身の人間としての自己認識が強い為か、あくまでも現実的な範疇の形状変化しか今のところ実現出来ていない。
もっと自由に自分の体から生み出した植物類の形状を変化させる事が出来れば、この先どんな状況にも対応出来そうなんだけど……。
まぁ、無い物ねだりしても仕方が無い。
伸ばした蔦の先端部分に私の望み通り細かい吸盤が生じる。
ダクトの奥の方へ伸びていた蔦がダクト内に吸着して固定された段階で、私は自分の身体を引っ張り上げた。
壁に足を掛けつつ通気口がある高さまで登ると、そのままダクトの奥へ体を潜り込ませて行く。
完全にダクト内に体が入ると、私の体格でも殆ど匍匐前進する様な体勢になって何とか動けるというレベルの狭さだ。
確かにこれはライナは………入れるかもしれないけど、窮屈だったかも?
尤も、それを口に出すとむくれられそうなので言わないけれど。
(……やっぱりここを通って何処かに行ったみたいだね)
ダクト内を少しずつ這って進んで行く。
内部には怪物が付けたと思われる細かい爪痕と血痕が未だに続いていた。
しかしやはり血の渇き具合などからして、やはり相当前に着いた痕である事は間違いなさそうだ。
恐らくこの痕跡を残したと思われる変異したクロフォード医師と同種の怪物達は、既にこの近辺にはいないのだろう。
だが、残った痕跡から判断して、少なくとも二体以上はあの異形の怪物が存在するという私の推測はますます補強されつつある為、素直には喜べない。
何処かでまとめて遭遇する……なんて言う事態は、出来る事なら避けたいけど……。
(そんな事考えてると絶対に現実に………あれ?)
そんな風に『フラグ立て』を私が危惧していると、何処かから水が流れる様な音が聞こえて来た。
ダクトの内部に居るせいで若干反響しているようだが、ブルーフィリアの眷属として聴覚も強化されている私の耳には、そこそこ近くで流れている様に聞こえる。
と言っても、こんな所に川があると言う訳でもないだろう。
実際、聞こえて来る音の様子からして、これまで目にして来たこの街の河川や水路程規模の大きいものではなさそうだ。
しかしその反面、ただの細い配管を通した生活排水などの音にしては、多量の水が流れ続けている様に感じる。
(研究でそんなに大量の水を使うのかな? 方角的には私が目指してるのと同じ方向に流れているみたいだけど……)
私が今向かっているのは、先程の警備室から北に進んだ所にある通気口の出口だ。
位置的には研究所の西側エリアに当たる場所であり、最重要機密区画がある北東の方向からは離れた場所だ。
そこで一度ダクトから別の部屋に出て、そこからまた別のダクトを目指して移動しなくてはいけない。
聞こえて来る水の音は私が向かう先と同じ方向へ流れているようだが、途中で向かう先を変える私とは違ってそのまま北側エリアへと続いているらしい。
少し気になった私はダクトの中で窮屈な体勢のまま、小型端末を取り出すと研究所内のマップを確認してみた。
すると、現在位置から北へ向かった先に『植物園』と記載された円形の大きな部屋がある事に気が付いた。
成程、地下に植物を育てている部屋があるのなら大量の水が必要だとしても不思議は無い。
……地下で植物を育てている事自体は不思議だけど。
警備室から通気ダクトに入って暫く。
距離的にはそれ程時間は経っていない筈だが、這う様にして狭いダクトの中を移動して来ている為、体感では随分時間が掛かっている様に感じる。
研究所のダクトはどこぞの病院の様に天井に剥き出しになっている様な所は殆ど無く、天井内部に埋め込まれる様な形になっている為足元もしっかりしていた。
なので、整備がおざなりになっているという事も無く安心して……と言って良いのかは不明だが、とにかく何時ぞやの様に崩れ落ちて真っ逆さま……と言う心配は無さそうではある。
しかし一方で、『探知』を使用しながら移動している事もあり、すぐ下の廊下に蠢く怪物の気配を移動中に何度も感じ取っていた。
幸い、こちらに気付く様な怪物は居なかったが、何体もの怪物がフラフラとうろついている場所の頭上を進まなくてはならないという状況は、心情的に生きた心地がしない。
幾度も修羅場を潜り抜け、既に殆どの怪物を相手にしても問題ないと自分で確信出来る位に強くなったつもりだが、私自身の生来の性格故か、どんな怪物が相手でも緊張はしてしまうらしい。
どちらにしろ、戦闘はなるべく避けて行くのが正解ではある。
研究所内が隔壁で閉鎖された現状では、狭い場所で複数の怪物と遭遇する可能性が高まるのだ。
回避出来る所は回避してリスクを減らして行くべきだろう。
(……見えた! あれが最初の出口……だよね?)
ダクトの中を進む事更に数分。
漸く最初の出口と思われる明かりが見えて来た。
警備室と同じく天井に近い壁に通気口が設けられているらしく、私の前方右手側からカバー越しに光が漏れている。
私はその場所まで這い進むと、カバーの隙間からダクトの外の様子を伺った。
隙間から見える室内は、相変わらず薄暗い明かりしか点いていないものの特に物音はしない。
視覚でも聴覚でも、そして『探知』でも確認したが、ダクトの外の部屋には何もいないようだ
私はダクトの外の安全を確認すると、少し力を籠めて通気口のカバーを拳で叩いた。
エレベーターシャフトの時と同じならネジで留まっている筈だが、ダクト内部からネジを外す事は出来ないのでここは開き直る事にしたのだ。
果たして通気口を塞いでいたカバーは、バコン!という音と共に弾け飛んで床に落下する。
カバーは歪に歪み、カバーを固定していたネジは引き千切れて何処かに飛んで行ってしまったようだ。
私はダクトから上半身だけ這い出すと、体を反転させ天井に通っている配管に手を伸ばして掴む。
そしてそのまま配管を手掛かりとして、ダクト内から下半身を引っ張り出した。
そのまま這い出してしまうと頭から床に落ちてしまう為その様な動きをしたのだが………やっぱり狭い。
配管から手を離し、床に降りた私は思わず溜息を吐いてしまった。
(けど、とりあえず最初の部屋に到着だね)
私は気を取り直し室内を見渡してみる。
マップ上ではこの部屋は『貯蔵庫』と記載されていた。
長方形の形をした大きめの部屋であり、部屋の中央には背の高い棚が二列並んでいる。
壁際にも同様に幾つもの棚や扉付きのロッカーの様な物が設置されており、棚には所狭しと保存食と思われる物が並べられていた。
更に、部屋の一角には大きな業務用冷蔵庫と思われる物が何台も並んでおり、貯蔵庫と言うよりは食糧庫と言った方がしっくり来る様にも思える。
その一方で近くにあった扉付きのロッカーを開けてみると、そこには様々な生活雑貨が種類ごとに纏めて収納されていた。
この棚一つでちょっとした雑貨店でも開けそうな程に様々な物が詰め込まれている。
洗顔料・歯ブラシ・カミソリ・電気シェーバーから煙草・トイレットペーパー・胃腸薬・消毒薬……。
日常的に必要になる物から嗜好品・医薬品まで、幅広いジャンルの物が入っているのだ。
そして恐らく、この扉付きのロッカーの様な物の中は全て同じ様な物が詰め込まれているのだという事が察せる。
この部屋にある物だけで数か月は生活出来るのではないだろうか?
(何となくそうなのかなって思ってたけど……この研究所に勤務していた人達って、この研究所の中に住んでるの?)
何とか機密区画とか最重要何とか等仰々しい名称を付けている事から、この地下研究所の機密管理はかなり過剰に行われていたという事は凡そ察してはいた。
そしてそれだけ機密情報の管理を厳しくするのなら、人の出入り自体を制限してしまうのが最も効率が良く手っ取り早い。
そうなると、この地下研究所に勤務する研究員達は研究所から出る事が出来なかったのではないかと思っていたのだ。
この貯蔵庫に保管された食料の多さや物品の豊富さは、この研究所の人間の生活が研究所内で完結出来る様にした結果なのではないだろうか。
もしそうだとすれば…………よくもまぁ、そんな軟禁状態とも言える環境で研究などを行い続けられるものだ。
(……いや、もしかすると、研究者っていう人種にとってはそういう環境こそが理想の環境なのかも。研究以外の雑事に振り回される事が一番嫌みたいだし……)
これは桜木博士の知識から推測した事だ。
彼女もまた筋金入りの『研究者』だった。
研究以外の事に頓着していない生活ぶりが目に余り、アレンとクロフォード医師の二人があれこれと世話を焼く内に二人との縁が生まれたのだ。
特にアレンとはその後恋人同士になった事もあり、アレンに乱れた生活環境を見せる事に抵抗感が生まれた結果、自宅の掃除等最低限の生活環境を保つ様に意識が変化した。
……それでも、アレンが自宅に来ていない時は少々……いや、大分女子力の低い生活をしていた訳だが………桜木博士の名誉の為にも、詳細は割愛するべきだろう。
貯蔵庫を一通り調べ終わると、私は両開きの自動ドアを通って廊下に出た。
貯蔵庫内にはこれと言って怪しい物も無く、地下研究所に勤務する人間の為の食料・必需品の類が保管されているだけであり、本当にただの貯蔵庫だったようだ。
薄暗い室内を出ると、同じく薄暗い廊下が左右に伸びている。
片方は最早おなじみとなりつつある隔壁が下りた状態であり通れそうにない。
方角的には先程通って来た警備室へ向かう道……だろうか。
そしてもう一方の廊下。
警備室とは反対の方向に向かう廊下の先は、やはり隔壁が下りてしまっている。
しかし、隔壁の手前には横に逸れる別の廊下が続いているようで、そちらは封鎖されていないらしい。
私が次に目指す『水中実験室』とやらもそちらにあるとマップのナビが示していた。
(水中実験室……って、何の実験をしてたんだろう? ライナは生物化学兵器の開発って言ってたけど、水中で使う様な何かの研究って事なのかな)
その手の物の事については私はさっぱりだ。
しかし、私の中の桜木博士の知識が刺激されたのか、色々と思い浮かぶ情報があった。
(海洋汚染兵器……? 水資源の汚染からの土壌破壊……? そんな物作って戦争して勝って、何か意味があるの……?)
ぼんやりと浮かんで来た知識の内容は詳しく理解出来た訳ではない。
しかし、仮に海や水源、果ては土壌まで汚染する様な真似をして戦争に勝ったとして、後に残った『汚染地帯』と化した土地でどうやって生きて行くというの?
そうした兵器を使ったその後の事もサイディス社は考えていたのだろうか?
(……考えては………いないかな。敵を倒せればそれで良いとでも考えたのかも。『自分達には関係ない』って……)
所謂『死の商人』であるサイディス社にとっては、極論『商品』が売れるのなら何でも良い筈だ。
それ故、顧客側の要望通りの商品を作って販売した結果、その『要望』を叶えた後に起きた状況に関しては知った事ではない……とでも考えているのだろう。
自分達はあくまでも『顧客の要望通り』の商品を、相手が望んだ通りに販売しただけなのだから。
(とにかく……そういう物を研究してた場所なんだとすると、危険な薬品とか沢山ありそうだし……気を付けた方が良さそう)
実験室と銘打っている以上、様々な実験が行える環境が整えられている筈だ。
水に毒薬等が溶け込むのにどの位時間が掛かるかを確認するとか、そうして毒が溶け込んだ水の中に生き物が居た場合、どれ位でそれらの生物は死ぬのかとか。
知識の無い私が想像出来る様な実験内容であっても、危険物が大量に保管されている事は予想出来る。
迂闊に触らないのは勿論だが、内部が怪物に荒らされていない事を祈らざるを得ない。
腰のホルスターから抜いた拳銃を手に廊下を慎重に進む。
地下研究所の廊下は極端に狭いという事は無いが、広いとも言えない中途半端な広さだった。
おまけに、どこぞの病院の様にあちこちにストレッチャーが並べられていたり、何に使うのか分からないタンクの様な物が積み上げられていて障害物が多い。
もし怪物が現れた場合、複数相手なら『茨の鞭』で中距離攻撃を仕掛けるのが私の基本戦術だが、障害物が多い閉鎖空間では少々攻撃し辛い。
そうなると、他に中距離以上の距離を攻撃出来る手段と言うと銃器による攻撃になる。
別に『茨の剣』で接近戦を仕掛けても良いのだが、どうにも地上の研究所以降の怪物達の動きの変化が気にかかる。
見知った怪物と考えて接近戦を仕掛け、思わぬ方法で反撃されてしまう可能性が無い訳ではないのだ。
そう考えた場合、少しでもリスクを減らせるのであれば遠距離攻撃を行うのが最も安全だと思う。
(銃弾には限りがあるけど……モーテルのライナの拠点で補給出来たから、暫くは大丈夫そうだしね)
私はライナの様にスポーツバッグを背負ってその中に大量の弾薬を詰め込んで来ている訳ではないが、ポーチの中に弾薬を詰め込めるだけ詰め込んで来てはいる。
余程大量の怪物を相手にする等しなければ弾薬が尽きる事は無いだろう。
(……って、ダメダメ、そんな事考えてるとまた本当になっちゃうってば。考えない考えない……)
自ら『フラグ』を立ててしまいそうになり、私は慌てて思考を切り替える。
障害物が多いとはいえ、それらは全て廊下の端に寄せられており、通行の妨げになる様な状態ではない。
しかし一方で、先程触れたストレッチャーやらタンクやらは陰に隠れるには丁度良い物だ。
死体を装って奇襲を掛けようとして来る怪物が居る様に、物陰に隠れて待ち伏せをするという人間染みた奇襲を仕掛ける怪物もいるかもしれない。
私は『探知』を行いながらゆっくりと廊下を進んで行き……すぐに廊下の先の違和感に気付いた。
(…………暗い。明かりが益々薄暗くなって…………ああ、成程)
私が視線を向けた廊下の先は、薄暗い所かほぼ暗闇に等しい状態になっていた。
最初は隔壁が下りているのかとも思っていたのだが、よく見ればまだ廊下は奥へと続いている。
廊下が暗い理由はごく単純なものであり、今の私にとっては見慣れた光景でもあった。
(蔦と枝と……とにかく、ここにもブルーフィリアが異常繁殖してるんだね)
廊下から灯りが失われていたのは、ブルーフィリアが廊下の床や壁・天井を覆い尽くしてしまっていたせいだった。
天井から垂れ下がった花の蔓や壁を無数に這う蔦状の枝葉が廊下を包み込んでおり、床には壁から伸びて来た細かい根が広がっている。
一部は人間の腕程もある太さの蔦が伸びている部分もあり、先程まで通って来た廊下に比べるとかなり足場が悪い。
そんな状態の廊下はまだ先に続いているが、暗闇の奥の方に見慣れた隔壁が薄らと見える。
隔壁に向かって左側には曲がり角がありそちらにはまだ廊下が続いているようだが、『探知』した結果ではそちらは行き止まりの様だ。
(地下研究所には地上の研究所にあった様な緑の肉塊が侵食して来ている様な様子は無かった。だとすればこのブルーフィリアは「別口」になる筈だけど……)
地下研究所で発生した怪物経由で何らかの変異が起こり、その結果ブルーフィリアが単体で繁殖し出したのだろうか?
……或いはエレベーターを破壊した例の侵入者?
何にせよ、やはり地下研究所も地上に比べればマシとはいえ、ブルーフィリアの浸食が進んでいると考えるべきだろう。
(……出来ればこの先には進みたくないんだけど)
ブルーフィリアに浸食され、まともに光源も無い廊下の先に目を向けつつ、私は自分のすぐ横に目を向ける。
丁度暗がりに入るか入らないかという位置にある為目立たなかったが、そこには貯蔵庫と同じ様な両開きの自動ドアが存在していた。
ドアには『水中実験室』というプレートが付いている。
間違いなく私が次の目的地としていた部屋だ。
しかし、私の心は憂鬱な気分に苛まれている。
その理由は、水中実験室の自動ドアの横にあるカードリーダーが付いた機械があった為だ。
機械に備え付けられた画面には『IDカードを提示して下さい』という表示が浮かんでいる。
つまり、この部屋もIDカードが無ければ入る事が出来ないという事だ。
IDカードを手に入れる為にはIDカードが必要……。
何ともややこしい……そして、正直な所予想していた展開になってしまった。




