98 悪意ある者達
水中実験室の扉に備え付けられていたカードリーダー的な機械を調べてみる。
私はライナの様にその場でハッキングなど到底出来ないが、機械の画面に映った文字から何か手がかりが得られるかもしれない。
画面には相変わらず『IDカードを提示して下さい』とだけ表示されており、特に表示が切り替わったりと言った様子は無い。
恐らくIDカードを通すのであろうスリットの他にはナンバーキーの様な物が備え付けられている為、緊急の場合ナンバーを入力する等の方法でも開錠が出来るらしい。
勿論ナンバーなど私は知らないが……とりあえず、適当な番号を打ち込んでみる。
(………まぁ無理だよね)
当然ロックが解除される事は無く、画面にはエラーの文字が表示される。
しかし、画面に表示された文章は先程までのものと異なっていた。
『エラー。緊急コードが正しくありません。緊急時のロック解除は8ケタのナンバーを正しく入力の上IDカードを提示して下さい』
………?
(緊急コードって奴が必要なのは分かるけど、その上でIDカードも必要なの? おかしくない?)
IDカードが無いなどのトラブルに対応する為に緊急コードとやらが設定されているのだと思っていたのだが、更にIDカードも必要と言うのはどういう事だろうか?
と、困惑しつつ画面に表示された文字の内容を考えていると、画面が切り替わって更に別の文章が表示された。
『水中実験室への入室には一等研究員以上の権限を有したIDカードが必要です。権限を有したIDカードが無い状態かつ非常時の場合のみ二等研究員以下の権限を有したIDカードと緊急コードを提示する事でも入室が可能です』
画面に表示された文字の内容を読んだ私は……多分、盛大にしかめ面をしていた事だろう。
……要約すると、水中実験室に入るには通常なら『一等研究員』の役職以上のIDカードが必要だが、非常時には緊急コードを入力すれば『二等研究員』などの権限の低いIDカードでも入室が可能……と言う事らしい。
水中実験室に入る別の手段は確かにあった訳だが………より一層面倒な方法だった。
これでは単純に、一等研究員とやらのIDカードを探す方がまだマシだろう。
そうなると差し当たってまず行うべきは周辺の捜索な訳だが、近くに権限を持った研究員の死体などあるのだろうか?
少なくとも、先程から周辺を『探知』しているが、死体らしき物は見当たらない。
水中実験室の向かい側にはブルーフィリアの蔦に浸食された両開きの扉が二部屋分あるが、『探知』で分かる限りでは内部に死体などは無い。
そもそも、この扉はブルーフィリアに浸食され過ぎていて、このままでは開く事が出来ないだろう。
そうなるとまだ侵食が軽く、中を調べられそうな別の部屋へ向かうべきなんだけど………。
(だとすると……あっちに行くしかないんだよね………)
あっちとは水中実験室の前を通り過ぎた更に奥。
隔壁の手前を左に曲がった行き止まりの方だ。
廊下は確かに行き止まりだが、そこにはまだそれ程浸食が進んでいない部屋の扉がある。
今私が居る隔壁で閉鎖されたエリアにおいて、内部を調べる事が出来る最後の一部屋と思われる。
(水中実験室前の二部屋は……『処置室』と『素体保管庫』? ………絶対碌な部屋じゃないね……)
手元の小型端末でマップを開いて部屋の名前を確認する。
ブルーフィリアの浸食によって入る事が難しいと思われる二部屋は、名前からして嫌な予感しかしない。
しかしマップには通気口などが繋がっている様子も無い為、中に入る事は今の所考えなくて良さそうだ。
そして肝心の中に入れそうな行き止まり方面の部屋は……。
(……『サンプル室B』? サンプルって何だろう……?)
マップを見ると他のエリアにも同じ様な『サンプル室』が点在しており、それぞれにAやBといったアルファベットが振られている。
見た限りA〜Eの5つのサンプル室が存在しているらしく、行き止まりの先のサンプル室Bはその内の一つの様だ。
そして、その部屋の中には通気口が存在しており、そこを通れば別の部屋へ行く事が出来るらしい事がマップ情報から判断出来る。
(何の部屋かは分からないけど……やっぱり、ここに行かないといけないみたいだね。このエリアに居ても新しい場所を調べる事は出来そうにないし)
廊下の奥へ進み、左へ曲がってその先にある部屋に入る。
私がすべき事はそれだけなのだが、気が滅入るのは仕方がないだろう。
何故なら、先程から『探知』をする度にある反応を私の感覚が捉えていたからだ。
行き止まり方面に曲がった先、その廊下の奥。
丁度サンプル室Bの入り口の扉がある場所。
そこから怪物……『花の眷属』の気配を感じるのだ。
幸い、感じられる『光脈』の強さは大した事はない。
なので何らかの特殊個体といった様なものではないとは思う。
それでも私がそちらへ接近するのを躊躇うのは、『探知』で先程その存在を認識してから一切それに動きが無いからだ。
『花人』や『木人』なら常にフラフラとその場を彷徨う様な動きを見せる筈だが、そこに居る筈の何かは微動だにしていない。
死んだふりをして奇襲を掛けて来る個体も居るには居るが、そういった怪物達とは反応が異なっている。
そして何より私の警戒心を煽って来るのは、そんな動きのない存在が固まって複数体、曲がり角の先に存在している事だ。
その一切動きのない複数の反応は、集中して気配を探らなくては大きな一つの気配だと誤認しそうになる程に気配の強弱が一定だった。
水中実験室の状態を調べている間に突然こちらへ猛スピードで襲い掛かって来たらどうしよう……などと考えてもいたが、結局その様な動きも無かった。
そうなると益々不気味だが、事ここに至っては接敵しない訳にも行かない。
(……行くしかないか)
私は決心すると銃を構え、廊下を慎重に進んで行く。
天井から垂れ下がったブルーフィリアの蔓は念の為に避けつつ、大回りする様に廊下の左手の曲がり角を覗き込む。
曲がり角で待ち伏せされている事も考えていたがその様な様子も無く廊下の先が視界に入った。
そして……私は廊下の先にあった「それ」を視認する。
(これは……木……?)
曲がり角を曲がった少し奥、廊下の手前側からは死角になる場所に4本の『木』が生えていた。
木と言っても森や山などで見られる様な茶色の幹ではなく、若木の様な緑色をしている。
葉を広げ枝を伸ばした姿はそのまま樹木に見えるが……背が低い様に感じる。
第一、根元の部分を見ると床に根を広げて自立しているようであり、殊更違和感を感じさせていた。
そして何より………枝を天井に向かって伸ばしたその姿は、人型サイズの何かが両手を伸ばした姿を想起させるシルエットをしている。
幹の色も含めて怪しさしか感じない。
……と、私がその様にあからさまに警戒の色を表情に浮かべたせいか、廊下に聞き覚えのある音が響いた。
ペキ……ペキ………バキ……。
(やっぱり、擬態……?)
廊下の奥の『木』には近付かず、遠巻きにその姿を観察していた所、4本の木が小刻みに揺れ始める。
ペキペキと枝が折れる様な音を鳴らしながら、木が体を折り曲げて行く。
やがて響いていた音はベキベキという重い音に変わり、木の表面にヒビが入った。
『イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ィィィィィィ………』
『イ゛イ゛イ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァ………』
『ウ゛ゥゥゥゥェェエ゛エ゛エ゛エ゛ェェ………』
『ウ゛ィィィイ゛イ゛イ゛イ゛ィィィィィ………』
「……だと思ったよ……」
幹の表面にヒビが入ると、幹を破る様にして中から『木人』が現われる。
丁度両手を上げた人間くらいの大きさがあるとは思っていたが、本当に木の中に潜んでいるとは……。
『木人』が抜け出た後の木は中身が空洞となり抜け殻の様になっている。
木に『木人』が入っていたというよりは、『木人』が自らの表面を木質の植物細胞でコーティングしていたと見るべきだろうか。
一目見て怪しさ満点だと気付く事が出来た為、擬態能力は低いが………そもそも『擬態』という手段を使って来ている事自体が問題だ。
(今迄『木人』は擬態なんて能力は使って来なかった。精々花畑の中に身を潜めて待ち伏せをする位……。明らかに今までと行動が違う。それに、あの姿……)
枝を踏み折る様な音を響かせ、全身を痙攣させる様にしながら歩く『木人』達。
通常の『木人』は片腕が枯れた様に貧弱になる代わりにもう片方の腕が巨大化し、腕を覆っている蔦から伸びた先端が鋭利に尖った枝が生じる。
しかし今、私の目の前に居る『木人』達は凡そ今迄遭遇して来た『木人』と同じ姿だったが、『木人』の最大の特徴とも言える肥大化した『枝槍』が両腕にまで及んでいた。
両腕が肥大化した代償なのか、今度は片腕ではなく両足が……いや、下半身全体が枯れた様に貧弱になっている。
片腕だけが肥大化した姿もアンバランスだったが、両腕が肥大化し、その分下半身がやせ細った様な姿となった今の『木人』達は余計に歪な姿をしている様に感じる。
歩行の際には両腕の『枝槍』でバランスを保っている様にも見える為、やはり機動力は落ちているのだろう。
その姿は私の脳裏に、倉庫街で戦った怪物の一体である『巨人』を思い起こさせた。
加速した思考の中、新たな姿となった『木人』を分析した私は銃を構えた。
『木人』に対して拳銃程度では火力不足は否めないが、やって出来ない事は無い。
何より、初めて見る擬態能力に初めて見る姿。
更にはこちらへ接近して来ようとする『木人』のその動きの速さから、私はある可能性に思い至る。
(ホテルで見た『強化型』……? 『花人』とは違うけど、能力が強化されているかも)
昨日の夜にライナと共に探索したホテルにおいて遭遇した『花人』の『強化型』と言うべき怪物達。
彼等も基本的には通常の『花人』と同じではあったが、掴み攻撃を行う際に体を半ば覆いつつあった蔦でこちらを絡め取ろうとして来た。
ただ単に手で掴んで喰らい付くという形に比べ、より攻撃的な能力を得たと言える変化があったわけだ。
『木人』にも同じ様な変化があったと仮定して、それがどの程度戦闘能力に影響を及ぼしているのかは現状では不明である。
距離を詰めて『茨の剣』で処理するのが恐らく最も手っ取り早いとは思うが、距離を取って攻撃能力及び耐久力を測る方がこの場合は安全だし適切だろう。
体を揺らしながらこちらへ迫る『木人』の内、最も突出して来ている個体に照準を合わせる。
『木人』は体を蔦に覆われている為に防御力が花人に比べて高い。
故に拳銃で倒そうとすると蔦に銃弾を阻まれて威力が減衰してしまい、一撃では倒す事が出来ない事が多い。
ライナが使用している10ミリ弾の様な大口径かつ高威力の弾丸であれば、近距離から撃てば蔦の装甲諸共に撃ち抜く事が出来るだろうけど……私が使用している9ミリ弾では難しいのだ。
故に私が拳銃で『木人』を相手にする際は頭部に3発前後の銃弾を撃ち込む様にしている。
1発目で装甲を損傷させ、2発目或いは3発目で頭部を撃ち抜く、という形になるわけだ。
3発目が必要な理由は蔦の装甲の厚さが個体によってまちまちであり、1発目で装甲を貫通させる事が出来るレベルまで損傷を与えられない場合がある為だ。
2発目時点で装甲を貫通して『木人』の頭部を撃ち抜く事が出来ている場合もあるが、確実に仕留める為に念の為に3発撃ちこむ様にしている。
よって、仮にこの『強化型』と思われる『木人』が3発以内で倒せなければ、彼等の強化された能力は防御力或いは耐久力。
そしてもし3発で変わらず仕留める事が出来るのであれば……それ以外の能力、特に攻撃能力が強化されている可能性が高いだろう。
この最初の銃撃は『木人』を倒す為であると同時に、この怪物達の戦闘能力を測る為の物でもあるのだ。
私は照準を合わせた『木人』を見据えたまま、冷静に引き金を引いた。
タタタンッ!と、続け様に三度、渇いた銃声が廊下に響き渡る。
放たれた3発の銃弾は狙い違わず『木人』の額に吸い込まれて行った。
『グェ゛ッッ!!?』
ほぼ同じ場所に3発の銃弾を撃ち込まれた『木人』は、くぐもった悲鳴とも呻き声ともつかない声を上げて呆気なく倒れた。
連続して銃弾を撃ち込まれた結果、装甲を貫通して『木人』自身を銃弾が射抜いたのだ。
どうやら、蔦の装甲の防御能力は変わっていないらしい。
と、いう事は……。
『イ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!!』
仰向けに倒れて行く『木人』を尻目に、その後方からこちらへ接近して来ていた別の個体が腕を振り回しながら突進して来た。
やはりホテルで遭遇した強化型と同じく基本的な動作が早いようであり、私との距離が一気に縮まる。
そして、振り回す腕は当然と言うべきか、枝槍が広がった両腕だ。
予想通り、この『木人』達は攻撃能力に特化しているらしい。
通常の『木人』は片腕を振り回したり叩き付けたりして来るが、『木人』の強化型はその両腕を滅茶苦茶に振り回す様にしている。
およそ知能の高い行動には見えないが、怪物達の持つ膂力や『木人』の枝槍の殺傷力を考えれば、人間にとってはこれだけでも十分に脅威だ。
私は突進して来る『木人』に照準を合わせようとした。
しかし、狙ってやっている訳ではないのだろうけど、滅茶苦茶に振り回される両腕が絶妙に頭部への射線を遮る形になっている。
このまま『木人』を撃ったとしても銃弾はその腕に当たってしまい、致命傷とはならないだろう。
『木人』の腕、というか枝槍部分は『木人』の体の部位の中では最も硬度が高い。
そこに銃弾が当たった場合でも、弾かれて無傷という事は流石に無いと思うが、恐らく突進を止める事は出来ない。
「……!」
咄嗟に私は『木人』の頭部に合わせていた照準を外し、やや下方に狙いを変更する。
狙いを付けたのは『木人』の下半身……両腕が枝槍となった代償なのか枯れ枝の様になってしまっている両足だ。
両膝の関節を狙ってテンポよく二連射した。
『イギョッッ!!?』
前進の途中で膝関節を撃ち抜かれ、『木人』は突進の勢いのまま前のめりに倒れ込む。
咄嗟に体を支えようとしたのか、振り回していた両腕を地面に付く事で完全に転倒する事は免れたが、私の側まで肉薄していた事が仇となる。
四つん這いの体勢になった『木人』は、私の立ち位置からすればこちらに頭を垂れる様な姿勢となる為……好都合だった。
「!!??」
再び拳銃から3発の銃声が鳴り響く。
こちらに差し出された様な状態となった『木人』の頭部に銃弾が撃ち込まれた。
距離が近くなっていたので的も大きく当てやすい。
3発の銃弾をもろに受けた『木人』はそのまま絶命して床に倒れ伏した。
ベキベキベキ
唐突にそんな音が私の耳に届く。
ハッとして音の出所へ目を向けると、そこでは右腕を巨大化させた『木人』がこちらに向かって枝槍を振り下ろそうとしていた。
『イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッッッッ!!!!!』
鞭の様に撓った『木人』の右腕は、まだ距離があった私の立っている位置まで余裕で届く長さとなっている。
それを考えると巨大化と言うよりは寧ろ……腕が伸びたと言うべきか。
しかし、腕が伸びて細長くなったと仮定しても枝槍の鋭さは然程も変わっていない筈だ。
私からすれば『茨の鞭』の劣化版の様な能力ではあるが、その威力は決して侮って良い物では無い。
「……ッ………!!」
私は頭上から振り下ろされようとする『枝槍』を床を蹴って左へ躱しつつ体を捻る。
視線は枝槍ではなくそれを振るう『木人』に向けており、一見すると枝槍自体は意識していない様に見える。
そんな私に対して『木人』が嗤った様な気がした。
『イ゛ィィィィア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!』
威嚇の声の様にも只の気合の様にも、そして獲物が罠に掛かった事を悦ぶ歓喜の雄叫びにも聞こえる声を発しながら、『木人』が振り下ろされようとしていた右腕を返し、横に振るった。
伸縮式の鞭の様になった『木人』の右腕は、鞭の様ではあるが本質としては『木人の腕』である。
故に形状が変化し、どれだけ長く伸びていようとも『木人』が己の意思で動かす事が出来るのだ。
私の『茨の鞭』の劣化版と言ったが、『茨の鞭』も私の身体の一部であるが故にその動きは鞭として以上に『私自身』として動かしている。
それ故、本物の鞭とは比べ物にならない程に動きの自由度が高い。
そしてそれは『木人』の腕にも言える事だ。
目の前の『木人』は分かり易く腕の振り下ろしで不意を突いた様に見せかけて、私がそれを躱した瞬間に本命の横振りへ動きを変えたのだ。
この研究所へ来て以降、遭遇する怪物の戦略性が高くなっているとは感じていたが、フェイントを掛けて来る個体までいるとは思わなかった。
私はまんまと罠に嵌まってしまった………様に『木人』には見えた事だろう。
しかし、自分の能力と同系統の能力であると認識している以上、その能力の動作はある程度予測が付き、対策もまた考え付く。
この様な事をしてくる可能性は当然考えていた。
私は体を捻ると、折り曲げた自分の左腕をこちらに向かって振るわれる『木人』の枝槍に向かって、掲げる様に突き出した。
曲げた左腕を盾にする様な体勢だが、その程度では鞭の様に撓る枝槍は防ぎ切れない。
―――ただしそれは、その腕がごく普通の人間の腕だった場合だ。
「……ッ!!」
私の左腕が瞬時に植物細胞に覆われ、その形状を変化させる。
前腕部が肥大化して形成された『鉤爪』を盾にする事で、私は『木人』の枝槍を受け止めた。
更に、枝槍に敢えて腕を引っ掛ける様に押し付ける事で『木人』の動きを制限する。
そのまま右腕を振り抜こうとしていた『木人』は、右腕を絡め取られた事で動きに急制動を掛けられ、その場でたたらを踏んだ。
私はその瞬間の隙を逃さず、左腕越しに拳銃の照準を『木人』に合わせて引き金を引く。
『ギッッゲッッガッッッ!!?』
銃を片手で構えての銃撃だったが、放たれた銃弾は攻撃して来た『木人』の頭部を正確に捉えた。
頭を撃ち抜かれて絶命した『木人』は後ろに仰け反る様にしながら倒れて行く。
『キ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァッッッッ!!!!』
そこへ、最後の一体が襲い掛かって来た。
この個体は怪物の集団の最後尾に居た筈だが、いつの間にか正面に回り込んで来ていたらしい
今倒した木人の枝槍が左腕に引っ掛かった状態の私は、即座に反撃する事が出来ない。
それを知ってなのか、最後の『木人』は両腕の枝槍を大きく広げて私を包み込む様に枝を叩き付けようとして来た。
だが、私にとってはそれも予測の範疇の内だ。
「……ふっ!!」
鋭く息を吐き出すと共に、右足で腕に引っ掛かった死んだ『木人』の枝槍を前方に向けて蹴り飛ばす。
同時に左腕も勢いよく突き出した。
左腕から『枝槍』が外れ、目の前の『木人』に向けて飛んで行く。
『ギョッッ!!?』
仲間の腕が勢いよく跳ね跳び、自らに突き刺さる形になった『木人』は後方へ僅かによろめいた。
私は枝槍を蹴り飛ばした直後に左腕の『鉤爪』状態を解除する。
そして右手に握った拳銃から残弾が僅かとなった弾倉を排出すると、素早く左手で取り出した予備弾倉を叩き込んだ。
『キ゛キ゛キ゛イ゛イ゛イ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ッッッッ!!!』
枝槍を叩き付けられた事で僅かに体勢を崩したものの、『木人』はすぐさま体勢を立て直して私に襲い掛かって来た。
しかし銃を構えようとする私を見て、自分の『枝槍』を伸ばしての奇襲は効果が無いと見たのか、単純に両腕を振り下ろす体勢で突っ込んで来ている。
実際、『枝槍』を伸ばして攻撃するより、そのまま突進して来た方が私よりも早く攻撃が出来るだろう。
だがそれなら攻撃しなければ良いだけだ。
『!!??』
私は『木人』の突撃を左にステップする様にしてひらりと躱す。
更に、すれ違い様に『木人』の右足の関節部分へ二連射撃を叩き込んだ。
横から足の関節に銃弾を叩き込まれた『木人』は、突如支えを失ってしまった結果勢いのまま床に倒れ込んでしまった。
慌てて立ち上がろうとする気配が感じられたが、このまま待ってやる理由は無い。
「………っ!!」
拳銃を左手に持ち替え、右手に『茨の剣』を生成。
起き上がってこちらに振り向こうとしていた『木人』の首目掛けて、片手で剣を振り下ろした。
『ガッッ……!!?』
振り抜かれた『茨の剣』は『木人』の首を蔦の装甲ごと切り裂き、その頭部を刎ね飛ばす。
頭部を失った『木人』は切断面から赤黒い血を噴き出しながら、そのままゆっくりと前のめりに倒れて行った。
「……ふぅ」
4体の『木人』達が完全に動きを止めたのを確認して、私は息を吐いた。
念の為にまだ生きている個体がいないか警戒していたが、どの『木人』も体が徐々に枯れ崩れて行っている。
どうやら『木人』の群れを全て処理出来たようだ。
以前は複数の『木人』の処理に拳銃だけで戦うのは自信が無かった為に散弾銃を使用していたが……我ながら、随分と銃の扱いに慣れたものだ。
別に荒事に慣れたいと思っている訳ではないのだが、自分の力だけで窮地を脱する事が出来る様になった事に、私は自分自身の成長を感じていた。
勿論、それについて己惚れるつもりもないのだが。
そんな風に以前より戦闘慣れした自分に何処か感慨深く感じつつ、私は右手の『茨の剣』を腕に収納して――――素早くその場に屈み込んだ。
直後、ビュオッ!!という空気を切り裂く様な音が響き、何かが私の頭上を通過して行く。
私は屈み込んだ体勢のまま後ろを振り返らず地面に両手を付くと、勢いよく背後に向けて後ろ回し蹴りを放った。
その足には踵に刃を生やした『足甲』が纏われている。
『ミギャッッッ!!!!?』
背後から悲鳴が上がる。
私を後ろから奇襲しようとした存在……『三本足』は、側面から振り下ろされた私の蹴りを躱す事が出来ず踵の刃が体に深々と突き刺さっていた。
しかし不安定な体勢で放った蹴りだったせいか、まだ即死はしていない。
私はそのまま『三本足』に突き刺さった踵の刃を、自分の方へと引き寄せる様にしながら『三本足』の身体を引き裂いた。
『足甲』の刃によって体を引き裂かれつつ私の方へ引き寄せられた『三本足』は、よろめく様にしてこちらへ倒れ込んで来る。
蹴りの勢いのままに立ち上がった私は、こちらへ倒れて来る『三本足』の大きく開かれた口の中目掛けて拳銃を連射した。
『!!!!????』
『三本足』も体全体が植物細胞で形成されている為、怪物達の中では防御性能が高いと言える。
しかし、流石に体の中までは防御を固める事は出来ない。
威力が低めの9ミリ弾とはいえ、口の中目掛けて何発も撃ちこまれれば、然しもの『三本足』と言えど一溜りも無かった。
殆ど体を貫通する勢いで銃弾に射抜かれた『三本足』は、血飛沫を上げながら仰向けに倒れると、痙攣を繰り返した後やがて動かなくなった。
「ふー……」
もう一度、息を吐く。
それでも構えた銃はまだ降ろしていない。
『探知』の上では周囲に怪物はもう居ないが……まだ伏兵がいるかもしれない。
実の所、4体の『木人』以外にもまだ怪物が潜んでいる事は察しが付いていた。
先程、廊下の先に感じ取った『光脈』の気配の大きさを考えると、例え強化型だとしても『木人』4体は少ないと感じていたからだ。
実際に『木人』の群れと対峙し、戦闘を行って行く中でその予想は益々強くなった。
何せ4体の『木人』達が、どの個体も人間の様な動きをして来るのだ。
私の武器に対応した防御と攻撃を兼ねた突進や、意表を突いたフェイント攻撃。
更には仲間が戦っている間に自らにとって最も有利になる位置取りをする等、とても人間臭い行動をしていた。
フェイントをして来た個体など、私が自分の策に嵌まったと確信した瞬間に嗤った様にすら見えたのだ。
そんな人間の戦術と言うか悪意と言うか……とにかく、その様な感情が込められた行動を取る怪物達を見て、このまま終わる訳がない、と言うのが私の出した結論だった。
その場で起きた戦闘は順調に推移していても、拭えない違和感を感じていたのだ。
ならば、人間臭く考えれば自ずと答えは見えて来る。
つまり……伏兵の存在だ。
それ故に4体の『木人』を始末した後、わざとらしく息を吐いて気を抜いた様に見せかけた訳だが……流石に、天井から『三本足』が降って来るとは思わなかった。
(壁から湧き出て来る……位なら想像してたんだけど、天井から産み落とされて来るとは思わなかった……)
天井の大きく裂けた『幹』を見上げながら溜息を吐く。
廊下に広がるブルーフィリアは枝や葉、蔓や蔦を無節操に伸ばしている他、それらが寄り集まって樹木の様な太い『幹』を形成している場所もある。
今回、『三本足』が出現したのはその『幹』からだった。
天井に伸びていた『幹』の一部が突如膨れ上がり、内部から『三本足』が飛び出して来て、そのまま私を背後から襲ったのだ。
『木人』達を倒しても濃い『光脈』の気配が消えなかった為、私は警戒を怠らずに『探知』を続けていたので『三本足』の出現には気付く事が出来た。
とは言え、「何となくまだ気配がする」程度の心積もりで警戒していた所、ほぼ何の前触れも無く『三本足』が天井の幹から排出されて落下して来た為、内心はかなり焦っていたのだ。
何とか冷静にカウンターを入れて対応出来たが……正直な所、あまり余裕があったとは言い難い。
全く以て奇襲を仕掛けて来るタイミングも奇襲の方法も、人間が考えた様に悪意に満ちていると思う。
周囲を再度『探知』で探り、銃の弾倉を交換しながら怪物の気配が無い事を確認する。
廊下にブルーフィリアが繁殖している為、若干怪物かどうかの判断が付き難いが、怪物の反応に比べると周囲の『花』は『光脈』の気配が感じられない。
それ故、怪物か、ただの『花』かはすぐに分かるのだが……。
(ここの怪物達は、やっぱりどこか『人間味』がある。……勿論人間らしいって事じゃないけど、悪い意味で人間臭いっていうか……)
強化型の様な怪物が居たり、死体をベースにしていない100%植物細胞の怪物が居たり……人間の様な『悪意を持った行動』をする怪物が居たり……。
研究所内で遭遇した怪物達は見た目は通常の怪物の様でも、どの個体も特殊能力や個性とでもいうべき物を持っている。
その『個性』も種類ごとに一貫していないが……共通している事が一つだけある。
多かれ少なかれ、どこかしらが人間の様なのだ。
(地上の研究所で見た『花人』は死体を使わず完全に『ブルーフィリア』だけで人間を作ろうとしている様に見えた。……この怪物達も、まるで人間みたいな行動をして来る)
もしもそうだとすれば、この場所には相当に『最初の一輪』の意思が関与している筈だが、研究所内部に広がる花々は搾りかすの様に弱々しい『光脈』しか有していない。
『最初の一輪』の力が弱まっている?
『最初の一輪』が自身の『眷属』の力を偏らせて何かをしている?
結局の所、現時点では何も分からないが、少なくとも『最初の一輪』が現状においても『何か』を行っている事は間違いなさそうだ。
(サンプル室B。ここね)
『木人』達の死体を踏み越えて進んだ先。
薄暗い廊下の奥にサンプル室の扉があった。
こちらには特にセキュリティは掛かっていないようで、このまま進めば中に入れそうだ。
名前からすると結構重要そうな部屋に感じるんだけど……そうでもないのだろうか?
とにかく、中に入ってみればはっきりするかな。
(中に何も居ません様に……)
私は心の中でそう祈りながら、自動で開いたドアを潜って室内に足を踏み入れた。




