96 狭き門
一瞬の浮遊感の後、轟音を立てながら落下して行くエレベーター。
何が起こったのか、何故こうなったのか。
様々な疑問が困惑と混乱と共に頭の中を駆け巡る。
だが、今は疑問を解消する事よりも目の前の問題に可及的速やかに対処しなくてはならない。
「ッッッ!!!」
私は咄嗟に両腕や背中から可能な限り多数の蔓を生じさせた。
衣服を突き破ってしまうとかそんな事は一切考えず、伸ばした蔓で体を覆う。
自分の体を大量の蔓で完全に包み込んだ後は、エレベーターの床やすぐ近くの制御パネル、手摺りなどに蔓の束を絡み付かせて固定した。
以前、『礫花』を一網打尽にする際に作り出した『繭』に近い形状だが、今回の中身は私自身だ。
全身を『繭』で包み込んだ私は、その上で自分の頭を両腕で覆って防御を固める。
程なくして、その瞬間が訪れた。
―――ドガァァァァァァァァンッッッッ!!!!!
凄まじい衝撃が体を駆け抜け、轟音が周囲に響き渡る。
私は衝撃を『繭』で受け流す事が出来たが、それでも体に感じた衝突時のショックは凄まじいものがあった。
数十メートルの高さから何トンもあると思われる巨大な金属の塊が落下したのだから当然だろう。
辺りに響き渡った轟音が鳴り止み、エレベーターの周囲は今しがた起こった大惨事が嘘の様に静まり返っている。
大質量の物体がその重量を勢いのままに地面に叩き付けた結果、本来なら形を変えるのも困難な筈のエレベーター本体が、くの字に折れ曲がってしまっていた。
今度こそ完全に破壊されてしまったエレベーターはショートを起こしているようで、あちこちからバチバチと火花が散っている。
内部の機械が損傷した為か周囲には白煙が上がっているが、幸いと言うべきか火災には至っていないようだ。
破損したエレベーターのあちこちから漂って来る何かが焼け焦げた臭いを感じながら、私は暫く時間を置いてから『繭』を破って外に這い出た。
私は全身を蔓で覆い、鞠の様な形にする事で落下の際の衝撃を可能な限り軽減した結果、少し頭がくらくらするが怪我と言える様なダメージは受けずに済んでいる。
外の様子は『探知』越しに把握していたので周囲の地獄絵図にはそれ程驚きは無かったが、あと一歩対処が遅れていれば自分もあの残骸の一部になっていたかもしれない。
そう思うとどうしても呼吸が荒くなり体が震えた。
「はぁ……はぁ……はぁ…………はぁああ……。勘弁してよ、もう……」
ひしゃげて折れ曲がったエレベーターの上にぺたんとへたり込む。
怪物の対処は慣れて来たが、アクション映画も斯くやという絶体絶命のピンチに見舞われる事には流石に慣れていない。
………と言うか、慣れたくない。
何より、まだ目的の地下施設に入れてすらいないのだ。
入口付近でこの有様だと……先が思いやられるなんて話ですらない。
そうして私は先行きに不安を覚えつつ、暫く乱れた息を整え心を落ち着ける為にその場に座り込むのだった。
プルルルル……プルルルル……。
暫しその場で呼吸を整える事数分。
突如そんな場違いな音が響き渡った。
「ッ!!」
殆ど放心状態だった私は漸く正気に戻りつつあったが、突然鳴り響いたその音に即座に反応出来ず、慌てて腰から拳銃を抜いて構えた。
破壊されたエレベーターにばかり目が向いていて周囲の状況を把握していなかったが、現在位置はエレベーターの発着場の様な場所だ。
エレベーター自体が破壊されてしまっている為分かり難いが、エレベーターを降りた所に検問所の様なゲートが設置されている。
空港の手荷物検査の機械に似ているが……内部に立ち入る際には、ここで検査を受けなければいけなかったのかもしれない。
その横には警備室の様な部屋があり、小窓から検査ゲートの方が見える様になっている。
ゲートも警備室もどこか未来的な、いっそ宇宙船の内部とでも形容したくなる様な見た目をしており、地上の研究所とは全く異なった雰囲気を醸し出している。
しかし、どちらも今は稼働していないらしく灯りが点いていなかった。
非常灯の様な物が点いている為、薄明りで広い室内が何とか照らされている、といった様子だ。
そして最も目立つのがエレベーターの正面、検査ゲートを抜けた先にある巨大な壁だ。
巨大で重厚な見た目のそれは、ゲートの先の通路を少し進むとすぐ目の前を遮る形で聳え立っている。
しかし、よく見ると壁の中心部分に咬み合わせの様な模様が入っているのが分かった。
どうやらこれは壁ではなく、地上の実験棟で見た物よりも強固な隔壁の類らしい。
プルルルル……プルルルル……。
私が周囲の状況を遅ればせながら確認している間にもその音は鳴り続けた。
音の出所は警備室らしき小部屋の反対側、ゲートの向こうの壁辺りからだ。
私が居るエレベーターの上からはよく見えないが、薄暗い室内に目を凝らすと壁に何かの操作盤の様な物が見える。
どうやらその操作盤が音を発しているようだ。
私は急いでその場から立ち上がると、周囲を警戒しつつ操作盤のある方へと向かった。
勿論『探知』を用いて索敵も行っている。
この部屋の中には怪物は居ないようだが、前方の隔壁の向こうからは幾つもの気配が感じられる。
周囲の状況を見るに、肥大化したブルーフィリアの浸食は受けていないようだが……やはり、死者からの『眷属』発生は防げなかったのだろう。
「……これかな」
蠢く怪物達の動きに注意を払いつつ、音の出所である壁に設置された何かの操作盤の所までやって来る。
音はどうやら操作盤に取り付けられた受話器から響いているようだ。
恐らく館内インターホンだと思うけど……。
(……取りあえず、出てみた方が良いよね)
私は意を決して受話器を取り、耳に当てる。
「……もしもし?」
『操!? 大丈夫か!?』
受話器の向こうからは、慌てた様子のライナの声が聞こえて来た。
「え? ライナ? ……あ、うん。 私は大丈夫だよ。 流石にかなり驚いたけどね……」
言いながらエレベーターの方に視線を向ける。
相変わらずショートした配線か何かからバチバチと火花が上がり、白煙が上がっていた。
室内の電気系統は正常に動作しているとは言い難いようだが、あまり煙が室内に充満してしまうと警報機が感知してしまうのではないだろうか?
『……ふぃー……そうか、良かった………。 いきなりエレベーターのモニタリングが出来なくなったと思った途端、ものすごい音が聞こえたからさ……』
受話器の向こうでライナが息を吐いている。
その声は心から安堵したといった様子であり、随分と心配を掛けてしまったようだ。
「体を蔦で覆って衝撃を吸収したから、怪我は全くしてないよ。……ごめんね、心配掛けて」
『ああ、いや、謝るなら俺の方だよ。まさかそこまで壊れてるとは思わなかった。 途中で落下するなんて分かってたら……』
どうやらライナは、私を残して行った事を後悔しているようだ。
「ライナが残ってたら蔦で防御出来る私よりもライナの方が危なかったんだし、しょうがないよ。結果的に私は無事だったんだし」
私がそう言うと、受話器の向こうのライナは暫し間を空けてから大きく溜息を吐いた。
『………そうだな。確かにお互いが無事だったって事で満足しておいた方が…………ん? 『私は』?』
途中でライナが何かに気付いた様に言葉を切った。
………まぁ引っ掛かるよね、そこ。
「えーっとね、ライナ……。多分もうエレベーターは使えないと思うよ。「く」の字に曲がっちゃってるから」
私はライナに目の前にある落下したエレベーターの状況を伝えた。
話を聞いたライナは、受話器の向こうで先程以上に大きな溜息を吐いた。
『……正直、壊れてるだろうなぁとは思ってたけど……。そりゃもう修理とかは無理だなぁ……』
「だよね……」
……煙出てるもんね。
因みに、防火設備は稼働中との事だったので、万が一火災になってしまったとしても消火設備が作動するので心配ないとの事だ。
ただ、やはり電力供給が正常に行われていない場所もあるらしく、そういった場所は非常電源が作動する等の緊急対応が為されているようだ。
『ま、しゃーない。一応別口の脱出経路も心当たりあるし、今は目的優先して……後の事は後で考えようぜ』
「……そうだね。まだ入り口だもんね、ここ」
そう言って目を向けた先には、先程と変わらず巨大な隔壁がそびえ立っている。
恐らくは、またしてもこれらの障害を越えて先へ進まなくてはならないのだろう。
エレベーターを再起動する際にライナが言っていた「予想外の状況」という言葉……。
ライナが「見れば分かる」とも言っていた理由が目の前の隔壁なのだとしたら、これまでで最も厄介な状況かもしれない。
そう思い至り、私は憂鬱な気分になるのだった。
エレベーターが落下した事による被害状況をライナに伝え、どうにも対処のしようがないという結論に至った結果、破壊されたエレベーターは放置する事にした。
専門家並みの知識を持つライナだが、流石に完全に壊れて修理出来なくなった機械を使える様にする事は出来ない為、これに関してはやむを得ないだろう。
とにかく、今はここへ私達がやって来た目的を果たす事が先決だ。
『……よし、それじゃ取り敢えず、状況の整理をするぞ。さっきもちょっと言ったけど、ここの状況が思ったよりも厄介な状態になってるみたいだからな』
そう言ってライナは管制室で凡そ掴んだ隔離研究区画……別名、特別隔離機密研究所……略称、地下研究所の状況と、この後の私達の行動についてまとめてくれた。
『まず俺達はこの地下研究所で『枯死毒』を生成出来る混合器って奴を見つけるのが目的だ。 んで、管制室でざっと調べた結果、それがありそうな所が大体分かった』
受話器の向こうでライナがそう言った後、キーボードを操作する音が聞こえた。
『操、横にある画面をちょっと見てくれ』
そう言われて受話器の横にある画面――研究所各所に設置されている情報端末らしい――を見ると、そこに何処かの建物の地図が自動的に表示された。
「えっ……? これ、ライナが表示させたの?」
『そ。こっちの端末から遠隔操作してんだ』
サラッとそんな事を言うライナだが、通常の操作でそんな事出来るんだろうか。
少々呆れつつ画面に表示された地図を見る。
かなり広い建物の見取り図の様だが………まさか?
「これ、この施設の……地下研究所の見取り図?」
『正解。ここのデータベースにアクセスしていろいろ情報を漁ったんだ。全体マップがあった方が分かり易いだろ?』
ライナが管制室に向かってから10分程度しか掛かっていなかったと思うのだが……仕事早すぎない?
『で、話を戻すとだな……。操の現在地がマップの南側の真ん中辺りにある『エレベーターホール』で、俺の現在地がそこから廊下を東に少し行った所にある『管制室』。目的の混合器があるのは管制室の北に位置する『最重要機密区画』だ』
「また『ナントカ区画』なんだね……」
『……だよな。そういうのが好きなのかね?』
取り留めのない話を挟みつつ、ライナは話を続けて行く。
『本当ならそのままエレベーターホールから北に進んで行けば『最重要機密区画』の近くまでは行けるんだけど、どっちにしろ機密区画に入るには最高レベルのセキュリティ権限を持ったIDカードが必要になるんだ』
―――そう、そこまでは事前にライナから私も聞いている。
最高レベルのセキュリティ権限を持ったIDカードはサイディス社の3人の最高幹部しか持っておらず、機密区画で働く研究員達は機密区画内で寝泊まりし、ほぼ軟禁された様な状態で勤務していたらしい。
そんな状態で危険度の高い研究を行っていたのだとしたら、今までよく事故が起きなかったものだ。
しかし、私はライナが改めて語ったIDカードにまつわる話よりも気になる事があった。
「……『どっちにしろ』って?」
『……厄介なのは、今この地下研究所自体が緊急時のセキュリティシステムが作動した状態になっちまってて、施設内の全ての隔壁が下りた、文字通りの隔離状態になってるって事なんだ』
現状、地下研究所は部屋は勿論の事、廊下すら複数の隔壁で封鎖された状態になっており、まともに行き来が出来ない状況なのだという。
以前ライナが侵入した時はそこまでのセキュリティが作動していなかった為、労せず仕事を熟す事が出来たそうなのだが……。
『まぁそもそもセキュリティシステムの事は知ってたから、そうなる前に侵入したんだけどな。あれから時間が経って何があったかは知らないけど……ガッツリ封鎖されてんだ』
「じゃあ、それを解除しないといけないって事?」
目的地である『最重要機密区画』へ行く為にはIDカードが必要であり、IDカードを入手する為には隔壁で閉鎖された地下研究所内を探索しなくてはならない。
私はそう考えたのだが、実際には微妙に状況が異なるらしい。
『そうなんだけど……今この施設で作動している緊急セキュリティシステムって奴は、実際にはセキュリティって言うよりも『隔離』システムなんだ』
「……どういう事?」
ライナが言うには、この研究所が地下にある理由は、何も後ろめたい研究をしているからだけではないのだという。
何故そうなっているのかと言えば、ある意味で意外な理由だった。
『要するに、危険な研究やってて、万が一にも何か事故でもあって外に……例えば、毒ガスみたいな物が漏れ出したらヤバいだろ? この研究所が地下にあるのは、そう言った万が一の際に被害を押さえる為でもあるんだ』
当然と言えば当然の話だ。
この研究所では所謂生物・化学兵器の研究がされており、そこで仮に事故が起きてしまった場合、そこから漏れ出した何らかの危険な物質で外部……グリーンフォレストの街が汚染されてしまう事になる。
そうした事態になれば犠牲者が出るのは勿論、サイディス社の暴挙も明るみになってしまう。
その為、最悪の場合に地下施設ごと全てを隔離・封鎖して封じ込める様にセキュリティシステムが構築されていたのだという。
「意外とまともな理由……って言いたい所だけど、結局は隠蔽の為なんだね……」
『まぁ、あの連中の考える事だからな。そこは期待するだけ無駄だろ』
問題なのは、今私達が置かれている状況こそが、その緊急セキュリティシステムこと隔離システムが作動した結果である事だ。
そもそも隔離システムが作動する=深刻な事故が起きた為地下施設の全てを隔壁で閉鎖・封印、という対処になる。
それはつまり、隔離状態を解除する事を最初から考えていない可能性があるのだという。
「じゃあ、隔壁を開ける事は出来ないって事?」
『正直な所、何とも言えない。けど、今こうして俺達が研究所の設備を使って話をしている時点で、施設自体は生きてるって事だ。だから、この施設の中央エリアにあるセキュリティルームまで行けば……もしかしたら何とかなるかもしれない』
現状、ライナが居る管制室からはセキュリティシステムへの干渉は出来そうにないらしい。
セキュリティに関してはセキュリティルームで全てを管理している為、下手にアクセスしようとすると余計に妙なシステムが作動しかねないのだそうだ。
『だから当面の目標としてはIDカードの入手と隔離システムの解除。この二つを熟す必要があるんだけど……手分けしてやるしかなさそうなんだよな』
「え? どうして? 合流してからの方が良いんじゃ……?」
『そうしたいのは山々なんだけど、操のいるエレベーターホールと俺のいる管制室って距離的には近くても、間にしこたま隔壁があって、そっちに戻れそうにないんだ』
ライナは当初、管制室でエレベーターを降下させた後、仮に管制室から真っ当に立ち去る事が出来ない状況だとしても、管制室に入って来た時と同じく通気ダクトを通る等して私と合流するつもりだったらしい。
しかし、存在を認識してはいたものの、最も厄介な隔離システムが作動してしまっていた為に、ダクトを介して移動するとしても私とはすぐに合流出来そうにない事に気が付いたのだ。
『セキュリティルーム方面には俺の方が近いし、その手の事なら俺の仕事だからな。悪いんだけど、操にはIDカードを取りに行って貰いたいんだ』
既に研究所へ侵入するのにも結構な時間を食ってしまっている。
時間の無駄遣いを避ける為にも、合流を優先するより手分けして探索を勧めた方が良いとの判断だった。
「分かった。さっきの話だと、ダクトを通れば遠回りにはなるけど研究所内を移動する事は出来るんだよね?」
『ああ、そうだ。この研究所は『隔離』を考えて核シェルター並みの強度を持ってはいるけど、空調関連はあくまで外に汚染物質が漏れない様な対処がしてあるだけで結構隙だらけなんだ。……褒められた事じゃないけどな』
その為、部屋と部屋、或いは部屋と廊下等を通気ダクト同士が繋いでいる為、そこを通れば研究所内の移動に関しては何とか行えるらしい。
その代わり、かなり狭いようだが……。
「……私、入れるかな?」
『大丈夫だろ? 操、女の子としちゃあ背はそこそこあるけど、細身だし』
ライナがそんな事を宣う。
………それは、私の体の凹凸が少ないという事だろうか?
そんな場違いな反論をしそうになった私だったが、何とか我慢した。
……そりゃあ大きい訳じゃないけど、痩せ過ぎって訳でもない。
小さい訳でもないし、それなりにある………と思う。
今まで気にした事は無かったが、ライナの言葉で聞くとどうも過剰反応してしまう。
……我ながら、重症だなぁ。
『……ん? どうかしたか?』
「ううん。何でもない。とにかく、私はダクトを通って移動して何処かにあるIDカードを探すんだよね。……ちょっとでも場所の手掛かりがあると良いんだけどね……」
3人の最高幹部しか持っていないというIDカード。
それはつまり、この広い地下研究所で3人の人間の死体……或いは死体だったモノを探さないといけないという訳だ。
「当たり」が3つあるというだけマシかもしれないが……。
だが、その様に思案する私に対して、ライナが思わぬ事を告げた。
『ああ、いや。IDカードがある場所は分かってるぞ』
「……え?」
思わず私は気の抜けた様な声を上げてしまった。
この広い地下研究所内部の何処かにある筈の、一枚のIDカードを探し出さなくてはならない。
そう自身に気合を入れて、これから全力で探索を行おうとしていた矢先に出鼻を挫かれてしまった様な気分だ。
『三人の最高幹部の内、二人は『最初の一輪』の暴走が始まった段階で死んでる。……俺の「標的」だったから間違いなく確認した』
そう語るライナの声のトーンが下がった様に感じる。
ごく僅かな変化だったが、彼にしては珍しいと私は若干の違和感を覚えた。
暴走が始まった直後、その二人は急速に肥大化したブルーフィリアの根に押し潰される形で死亡したらしい。
以前ライナが地下研究所に潜入した際、既に死体を確認しているのだという。
『まぁ原型留めてなかったけどな。指紋とか、色々と顔以外で個人を特定出来る情報も集めといて良かったぜ……』
ため息交じりにそんな事を呟くライナ。
他にも数人の「標的」がその場で死亡しており、結果として『死体漁り』をする羽目になったのだそうだ。
その際、死体の所持品などもチェックしたらしく、件の二人の持ち物も回収出来る限り回収したがIDカードはどちらも見当たらなかったらしい。
『多分根の中に飲み込まれちまったんだろうな。地上の施設の隔壁開ける時に操にカードを見つけて貰っただろ? ああいう感じでさ』
そう言われて私は、緑の肉塊の中から隔壁を空ける為のIDカードを『探知』を用いて探し出した事を思い出した。
確かに、あの状態になってしまっては普通の人間が肉塊に飲み込まれた物を見つけるのは困難だ。
私の場合は『探知』で探し当てる事が出来たが……恐らく当時の大型実験棟の状況は、先程私が目にした様子よりも酷かったのだろう。
分厚い肉塊の中に取り込まれた小さなカード一枚を見つけるのも、肉塊の中から目当てのカードを取り出すのも、私がその場に居たとしても困難だ。
しかし、そうなると―――。
「……ライナ、それじゃあ……残りの一枚のIDカードって……?」
『ああ、最後の一枚は地下研究所内の『来客室』に転がってる死体が持ってる。間違いないぜ。……何せ、俺が殺したからな』
……やっぱり、そうなんだ。
先程から、ほんの少しライナの喋り方が自嘲気味に聞こえていたのだ。
ライナが自分が殺し屋として活動した痕跡を、私にあまり知られたくないと思っている事は何となく分かっている。
彼の言葉の端々から感じていた僅かな違和感はそうした部分から感じられたようだ。
「それって誰なのか……とかは、聞かない方が良い?」
その為、私は気になった事を聞きたいと思いつつも、ライナの心情を慮って中途半端な聞き方をしてしまった。
本来ならそれが誰か等は聞く必要が無く、来客室にあるという死体からIDカードを回収するという事を確認すればいいだけだ。
それに対してライナは受話器の向こうで若干躊躇した素振りをした後答えてくれた。
そして、その答えは私が予想した通りの答えだった。
『……本当は、操はその辺に関わらない方が良いとは思うんだけど……あんたにも関係が無い訳でもないからな』
そう前置きしたライナは、その死体が誰のものかはっきりと告げた。
『来客室にあるのは……サイディス・カンパニー社長のスタインの死体だよ』
特に予感があった訳ではない。
しかし、アレンの記憶を読み取った際に見たあの男の最後の姿は、数人の護衛と共に慌てて大型実験棟を去る姿だった。
生き延びていてもおかしくはないとは思っていたのだ。
だがそれでも、桜木博士やアレンにとっては彼女等の日常を奪った仇に等しい相手だ。
勿論、私自身にとっては仇ではないが―――思う所はある。
それでも、もう関わる事が無い方が良いとは思っていた。
「やっぱり、そうなんだ………研究所に逃げ込んでたんだね」
『そうらしいな。他にも護衛が何人か居たから……まぁ、一緒に処理したんだ』
スタインはあの時、錯乱したモートン教授の銃撃の巻き添えを食らって負傷していた。
地下研究所に逃げ込んだ後は護衛と共に来客室まで退避していた様だが……そこをライナが襲撃したという事らしい。
『スタイン含めた標的と、その付属は確実に全員始末した。……だから、あの連中は今もそこに居る筈だ。……死体の状態か、怪物の状態かは分からないけどな』
これまでも何となくそうなのでは、としか思っていなかったが、基本的に怪物達は自分に所縁のある場所の周辺をうろつく傾向があるらしい。
その「所縁ある場所」は個体差と言うか個人差があるようで、部屋から全く動かない者も居れば街中の広い範囲をぐるぐる彷徨っている者も居る。
ライナが言うにはスタイン達が怪物として『開花』していた場合は前者だろうという事だった。
『あいつら、かなり状況にビビってたし、生前の精神状態とか影響してそこから動いてないんじゃないか? 勘だけど』
「勘なんだ……」
……やっぱり当てにはならないかもしれない。
何はともあれ、これで最初の目標は決まった。
来客室へ向かい、そこにある筈のスタインのIDカードを入手するのだ。
隔壁で封鎖されている廊下は当然通る事が出来ない為、遠回りにはなるが、通気ダクトを利用して来客室がある研究所西側エリアを目指す形だ。
そこでカードを入手してからライナと合流する事になる訳だが、それには隔壁の閉鎖を解除しなくてはならない。
そちらに関してはライナが担当する事になる。
『あ、そうそう。操、ちょっと、渡しておいた小型端末のケーブルを壁の情報端末に接続してくれないか?』
「え?ケーブル?」
突然そんな事を言い出したライナに、私は訝し気な声を上げる。
しかし、とりあえず素直に小型端末の側面を調べてみると、確かに内部に収納された細いケーブルを伸ばす事が出来る様になっているのが分かった。
………これを、この壁の端末に接続すれば良いの?
機械音痴の気がある私にもケーブルを接続する位の事は出来る。
……ほんの少しだけ接続する場所を見つけるのに手間取ったが、問題なく接続が出来た。
そして、接続と同時に画面に「ダウンロード中」という文字が表示される。
「ダウンロード中……? ライナ、これは何をしてるの?」
『さっきマップで見た通り、この地下研究所は滅茶苦茶広いからな。目的地まで最短距離で行けないと絶対迷う。ダクトなんか使ってたら尚の事な』
確かに、この地下研究所は地上部分の施設と違い、階層は基本的に一つだけだが横に広い構造をしている。
その為、仮に端から端まで歩いて行こうとすれば相当な時間が掛かってしまうだろう。
平常時でもそうなのだから、通行に制限がある今の状況では時間が掛かるのは勿論だが、ダクトを通る内に方角を見失ってしまう事も考えられる。
『だから便利な物を入れとこうと思ってさ。……よし、出来た!』
ライナのそんな声につられて小型端末の画面を見ると、「ダウンロード完了」の文字が表示されていた。
続いて画面に映ったのは、先程壁の情報端末で見た地下研究所のマップだった。
だが、表示された内容が微妙に異なっており、同じマップではあるのだが、私の現在位置と思われるアイコンと通気口の場所を示したアイコン、更には目的地までのルートが簡易的ではあるが表示される様になっている。
どこへ向かって何をすれば良いのかが一目瞭然だった。
「いつの間にこんな物を作ったの……?」
若干呆れ気味にライナへ問い掛けると、少し自慢気な声が帰って来た。
『ふふん、すごいだろー? 俺謹製ナビゲーションマップシステムだぜ! 地図さえあれば目的地までの最短ルート割り出してナビしてくれるんだ。便利だろ?』
確かに便利ではある。
便利だけど……。
(……ライナ、もうこの系統で食べて行った方が良いんじゃない?)
などと心の中でツッコミを入れつつ、『ライナ謹製ナビマップ』の操作方法をライナから教わる。
ルートとしては来客室→セキュリティルーム→最重要機密区画の順に回るのが最短ルートだ。
しかし、あくまで隔壁などが無く、何も問題なく進める場合の最短ルートだ。
途中で新たな問題が発生しないとは言い切れない。
『途中、何か所か別の部屋からダクトを経由して移動する事になるけど、その部屋の鍵が掛かってる可能性もある。その場合は悪いけど、操の方で鍵……っていうかカードキーを見つけてくれ』
大体の場合、近くに研究所の職員が常駐していた筈なので、カードキー又はIDカードを見つける事は出来るだろうとの事だ。
だがそれも推測でしかない為、基本的には状況に応じた行動が求められると考えておいた方が良いだろう。
「分かった。気を付けるね」
『ああ、頼む。それと……合流するまでは最重要機密区画の周辺には近づかない様にしてくれ。どうやら侵入者迎撃システムが起動してるらしい』
「侵入者迎撃システム? 隔離システムとは違うの?」
ライナが管制室で調べた情報によると、最重要機密区画への入り口付近にはエレベーターホールにあったのと同じ様なゲートが設置されており、元々立ち入り自体が厳しく制限されていたらしい。
だが、研究所内に怪物が蔓延り、施設設備が怪物によって破壊される様な事態となった事で、自動的に侵入者迎撃を目的とした別のセキュリティが起動してしまっているのだそうだ。
これらのシステムの解除もセキュリティルーム経由でないと行えないと思われる為、現状ではゲートに接近するのも危険な状態になっている……との事だった。
『要するに、近寄って来た奴を問答無用でハチの巣にする銃座が床からにょきにょき生えて来るわけ』
「……サイディスの連中って、やっぱり頭どうかしてるんじゃない?」
最早溜息も出ない。
遂に閉鎖空間内で機銃掃射を行う様な真似をするに至ったサイディスの所業に、私は呆れる他ないのだった。
『とりあえず今確認出来る情報はこんな所かな。後は必要に応じて、操に渡した小型端末経由で俺の方から連絡するよ』
「ライナは手元に小型端末が無くても連絡出来るの?」
『ああ、研究所の中にある館内インターホンとかその辺を弄ればそっちと繋ぐ事は出来ると思う』
今私の目の前にある研究所の壁に設置された端末は、元々この研究所の職員用の情報端末らしい。
その為、それを弄って外部通信機代わりにする事はそれ程難しくないのだとか。
………私にとっては何がどう難しくないのかすら分からないけど。
「……分かった。なら、コールにはすぐに出られる様にしておくから、いつでも呼んでね」
『ああ、そうするよ。……お互い、完全に別行動するのは久しぶりだなぁ』
「ふふ、そうだね。……ライナも気を付けてね」
『操もな。じゃ、また後で』
ライナがそう言うと通話は途切れた。
私は手にしていた受話器を置くと、大きく息を吸って深呼吸をする。
そうだ。
この後暫くは一人で行動する事になる。
ライナは側に居ないのだ。
ライナから自ら離れ、一人倉庫街を彷徨った時以来の単独行動だ。
ここ暫く常に傍から聞こえたライナの声が無い。
それだけで不安が心の中で鎌首をもたげるのを感じる。
しかし、今の私がその不安に押し潰される事は無い。
ライナとは物理的に距離が離れていても、心の距離が以前よりずっと近くなったと私自身が自覚しているからだ。
ライナにとっての私との距離が近いかは分からないけど、少なくとも私にとっての心の距離が近いと感じる事が出来るだけで十分だ。
私はライナの事を常に想っている。
ライナがまだ私に話してくれていない事は、きっと沢山ある。
それでもライナは私に対して真摯に向き合おうとしてくれている。
私にとっては、それだけで十分だ。
「よし………行こう」
両手で顔を叩いて気合を入れる。
私は一人で戦っているんじゃない。
そう心の中で呟くと、不思議と先程まで感じていた不安感は消え、心が軽くなった様に感じる。
恐らく既にライナは行動に移っているだろう。
こちらも負けてはいられない。
私は自らを鼓舞すると、ライナが送ってくれたマップを再度確認してからナビが示すルートを目指して歩き出した。




