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95 適材適所


ガクン、と床が揺れる。


地下に存在する隔離研究区画へ降りる為のリフトが起動し、降下を開始したのだ。


しかしその動きは想像していた以上に緩慢なものであり、一般的なビルなどの建物に設置されたエレベーター等よりも降下速度が遅く感じられる。


しかも、ゆっくりと降りて行く際に、時々ガタンガタンと何かに引っ掛かる様な振動がリフト全体を揺らしていた。


「……大丈夫かな、これ」


「何か思ったよりガタが来てるな……。途中で止まるならまだしも、いきなり落下とかすんなよ……?」


「怖いからやめて……!」


突然前触れなくリフトが落下する光景を想像し、私は思わず身震いする。


このリフトが地下何メートルまで続いているのか、そもそも隔離研究区画がどの位地下深くにあるのかが分からない以上、そんな所にいきなり放り出されるなんてまっぴらだ。


どうかこのまま落下せずに下まで辿り着けます様に……。


そんな私の祈りが通じたのか、一応リフトは突然落下したり止まったりする事も無く降下を続けて―――。



ガッ………ガガガガガガッ!ゴゴォンッッ!!



「ッ!?」


「おわっ!?」



――――続けていたが、祈りは「落下しない」の方にしか通じなかったらしい。



『警告、通電ケーブルに破損を確認。電力供給ラインが確保出来ません。安全の為、リフトの動作を一時停止します。 整備責任者へ通報されます。 乗員の方は慌てずにそのままお待ち下さい』


制御パネルに備え付けられたスピーカーから、無機質な音声アナウンスが流れる。


どうやら、最初に懸念された状況とは別の異常が発生してしまったようだ。


「電源が落ちるんじゃなくて、物理的に何か切断しただろこれ……」


制御パネルを操作してリフトに発生した異常を調べていたライナが、心底嫌そうな顔をして画面を睨んでいる。


一応制御パネルはまだ動いているようだが、このままリフトを再起動して降下を再開するのは難しそうだ。


「ガガガガッ!……って言ってたもんね……。 通電ケーブルって言ってたから、壊れたリフトのパーツが切っちゃったのかな?」


「うーん………エラー表示を見るとそんな感じだけど……もし本当にそうなら、修理とかそういうレベルじゃないな。 それこそ専門の整備員が必要だ」


音声アナウンスも「整備責任者へ通報」と言っていた気がする。


つまりはそれ程重大な損傷という事だろう。


そもそもこのリフト自体かなり大掛かりな機械だ。


損傷の度合いも含めて考えれば、直そうと思っても簡単に直る物ではない。


そもそも………。


「整備責任者………居るの?」


「居るんじゃね? ……頭から花生やした陽気な奴が」


ライナの笑えない冗談はさておき、このままでは壊れたリフトに乗ったまま縦穴に閉じ込められた状態になってしまう。


修理が現実的でないとすれば、あと考えられるのは……。


「そこの穴から降りるとか?」


「いやー……無理だろ。 俺もワイヤー使ってある程度高い所の上り下りは出来るけど、流石に高さがあり過ぎる」


一応念の為、ライナと二人で例の謎の侵入者が開けたと思われるリフトの大穴を覗いてみる。


何かが無理やり通ったであろうその穴は、人間一人ずつなら確かに通れそうではある。


……が、穴を抜けた先は奈落の底であり、電力供給が止まってしまっているのか灯りも無く真っ暗闇だ。


そういえば、私達がいるリフトの上の電灯の類も最初の頃より灯りが薄くなっている様な気がする。


通電ケーブルの損傷とやらは、思った以上に広範囲に影響を及ぼしているらしい。


「私の蔦の類も流石に下までは届かないかな……。というか、一体どこまで降りるの?このリフト」


「えーっと……一応今俺達が居る所が丁度縦穴の中間辺りだな。一番下は、大体地下100メートルちょい……かな」


それ程まで地中深くに研究所の施設を作らなくてはいけなかった理由とは何だろうか?


これまでのサイディス社の所業を考えると、碌な理由ではないだろうけど。


「一体、地下で何の研究をしてたの? あの連中は……」


「詳しくは俺も知らないけど……少なくとも確認出来た限りじゃ化学兵器とかだな。合衆国(アメリカ)みたいなデカい国じゃあ、特定の遺伝子を持った人物を狙い撃ちにする細菌(ウイルス)兵器の研究もされてるし、需要があるんだろうな」


あくまでもサイディス社はそういった「需要」に応える研究をしているに過ぎない……という体だった。


しかし実際はこの国……アメリカに敵対的な某国やら過激派組織やらにも、そうした兵器を売り込んでいたのだという。


更にはアメリカ以外にも、アメリカの同盟国やその敵体組織にも、異なるパイプラインを通して接触し売り込みを掛けていたのだ。


ライナははっきり明言しなかったが、恐らくそれが今回、合衆国政府の逆鱗に触れてライナが送り込まれて来たのだろう。


「……どうして自分達が作った物の脅威に自分達も晒される可能性があるって考えないんだろう? 色んな方面に喧嘩を売ってるって自覚が無かったのかな……」


「自分達は他人より賢くて優れてるって思ってるからだろ? ああいう感じで勘違いした学者とかの類って大体そんな感じだしな」


自分の能力を過信した結果、取り返しのつかない事態を招いてしまう。


今まさにグリーンフォレストを襲っている『脅威』は、そんなサイディス社の慢心が招いた惨事だ。


当人達がその慢心の代償を支払うのはどうでも良いが、全く無関係の人間が大勢犠牲になってしまった事にやるせなさを感じる。


既に起きてしまった事であり、身も蓋もない事を言えば終わった事ではあるのだが、やはり複雑な気分だ。



「あーまったく! ……うん、駄目だなこりゃ」


暫く制御パネルを弄っていたライナだったが、結局分かったのはこの場での修理・対応は不可能という事だった。


警告のアナウンスが言っていた通り、通電ケーブルが物理的に破損してしまった為、電力の供給ラインを別の物に切り替えなくてはならないらしい。


そしてその供給ラインの切り替えは、隔離研究区画内にある管制室でしか行えない。


通常であれば、この様な事態になった時点で整備責任者への連絡と共に、異常を報せる情報が管制室に通達されるそうだが、現在の隔離研究区画は責任者どころか、生存している人間が居るかどうかという状況だ。


対応出来る人間の数が物理的にゼロの状況など考慮されていないのだろう。


「どうしよう? このままじゃここに足止めされたままになっちゃうよ」


「う〜〜〜〜〜ん………………………………仕方ない。 最後の手段だ」


彼にしては珍しく、たっぷり30秒は考え込んだ後にライナは重々しく溜息を吐きながらそう言った。


そして、片手に提げていた短機関銃の折り畳みストックをおもむろに展開すると、頭上を見回す様にして何かを探し始めた。


「どうするの?」


「出来ればやりたくない……というか、絶対にやりたくない方法だったんだけど、それしか解決策が無いっぽいから、仕方なく……本当に仕方なーくやる………かなぁ………っていう感じの方法」


ものすごく嫌そうな顔でそんな愚痴めいた事を言うライナに、私は一抹の不安を覚える。


ライナがこういう顔をする時、そしてこういう言い方をする時は、本当にやりたくない時だ。


……主に、危険を冒す必要がある為に。


「あー……あった。 あれかぁ……やっぱり、その位の位置だよなー……」


頭上を見渡していたライナが目的の物を見つけたらしく、そんな事を呟いた。


しかし、彼の視線を追ってその先にある物を探した私の目には特にこれといった物は写っていない。


これまで私達がリフトで降りて来た縦穴の壁があるだけに見えるその場所は、凹凸が少なく私でも上るのは難しそうで…………。


………………まさか。


「……登って上に戻ろうとか言わないよね?」


「残念不正解だ。 …………半分な」


「半分?」


それはつまり、半分は正解という事で―――。


私がライナの言葉を理解する前に、ライナが銃を構える。


その銃口が向いているのは、私達の頭上の壁面だった。


パシュッパシュッパシュッパシュッ、と、リズム良く響き渡る破裂音。


短機関銃から単射でそれぞれ放たれた銃弾が、縦穴の壁面上方にあった金属製のパネルの四隅に命中する。


よく見るとそれはパネルではなく、通気口などに取り付けられる金属製のカバーだった。


その段階になって、私は漸くリフトの縦穴側面に等間隔で設けられている通気口の存在に気が付いた。


ライナが銃撃したのはその内の一つ、私達の頭上15、6メートル程の高さにある通気口だったのだ。


より正確に言えば、ライナが狙ったのは通気口のカバーを固定する四隅のネジだったようで、放たれた銃弾は狙い違わず4つのネジを撃ち抜いている。


恐らくカバーを固定するネジを撃ち抜く事でカバーを外すつもりだったのだろう。


しかし狙いは確かだった筈だが、ライナの意図に反して通気口のカバーは外れていない。


……どうやら、まだどこかに引っ掛かっているようだ。


「はぁ……やっぱり親父みたいに器用には撃てないなぁ」


「……え? あれで駄目なの? 狙った所に当たってるんでしょ?」


ライナの意図は理解出来たので、結果を見れば狙い通りに銃弾を撃ち込む事が出来たと思ったのだが、ライナ的には失敗らしい。


「当たった事は当たったけど、カバーが外れてないだろ? 親父はそこも計算して撃つからな」


そう言いつつライナはもう一発通気口のカバーへ向けて銃弾を撃ち込んだ。


銃弾はカバーの下側辺り命中し、下から掬い上げる様な形で力が掛かった結果、カバーは見事外れて落下して来る。


それを確認したライナは若干不満げに溜息を吐いた。


「あーやっぱり苦手だ、射撃! 狙って撃つよりも火力でドカンとやる方が性に合ってるわ」


「十分だと思うけどなぁ……」


ライナのお父さんの射撃の腕がどれ程凄かったのかは分からないけど、私から見ればライナも十分に凄腕だ。


……もしかして、ライナの中の「普通」のレベルが異常に高いのって、ライナのお父さんの影響なんじゃ……。


ついでに言うと、ライナの言う『火力でドカンと』は文字通りの意味だ。


………今はやめてね?



「えーと、それでライナ、あそこに通気口があるのは私にも見えたけど、どうするの? ここからじゃどうやっても届かないよね?」


ライナの言った最後の手段とは、つまりあの通気口を通って管制室まで行くという事のようだった。


ライナが銃撃してカバーを破壊した事で、頭上の壁面にはぽっかりと通気口が口を開けている。


しかし、通気口の位置は私達の乗っているリフトから15メートル以上は上方にある。


今の私であれば7〜8メートル程の蔦を伸ばす事が出来るが、身長の分を足したとしても通気口のある高さまでは届かない。


何より問題なのは、蔦を絡み付かせる為の手掛かりになりそうな場所が意外にも無い事だ。


リフトのレールと思われる物はあるのだが、凹凸が非常に少ない為、ロープ状の物を巻き付ける事は出来そうにない。


ライナが袖口に仕込んでいるワイヤーの射出装置も似た様な長さだった筈なので、ここから通気口の高さへ至る事は流石の私達にも無理があるのではないだろうか?


「いや、方法はある。 ……ただ、それには操の協力が要る」


そう言ってライナは懐から何かを取り出して私に差し出して来た。


反射的に手を出してそれを受け取った私は、自分の手の中にある物を見る。


それは、あの小型端末……ライナが言う所の『ハッキングツール』だった。


「え?これは………ライナ?」


「操が使いな。 俺はまぁ無くても何とか出来るからな」


ライナの意図が読めず、困惑の表情を浮かべる。


一体どういう事なのだろうか?


状況を把握出来ていない私を尻目に、ライナはジャケットの右腕の袖を捲る。


そこには腕に巻き付けられる様にして装着されたワイヤーの射出装置があった。


ベルトで固定された装置の先端には何かを連結する為の器具の様な物が見えており、恐らくあの器具を連結する事でいつものワイヤー付き短剣として使用しているのだろう。


だが今、ライナはその器具に短剣ではなく、船の錨の様な形の返しが付いた小型のフックを取り付けている。


あの状態でワイヤーを射出すれば、所謂鉤縄の様に運用する事が出来るだろう。


「ん〜〜〜〜!…………ふぅ。 ………よし、やるか」


「何を!?」


ライナは嫌々ながらやる気満々のようであり、ワイヤーの接続をしっかりと確認した後、伸びをして体を解している。


だが、これからライナが何をするのか分かっていない私は置いてけぼりの状態だ。


「ん? あっ、悪い悪い。 まだ説明してないんだったな。 気が逸って忘れてたわ。ごめんな」


ばつが悪そうに苦笑するライナに私は思わず呆れを含んだ溜息を吐く。


……まぁ、何にも分からないままよりは良いけど。


「えーとまぁ、操の言う通り、俺のワイヤーも操の蔦?も直接通気口には届かない。 ……だから、高さを稼ぐのさ、操の力で、な」


「私の………力で?」


私はライナがわざわざ「操の力で」と言った事に敏感に反応する。


私の能力で、ではなく、私の「力」で。


つまりそれは、文字通りの私のパワーを使ってという事で―――。


「えっ!? ま、まさか、ライナ……」


「そ。操にこう……上に向けて俺を投げ飛ばして貰うのさ。 組体操みたいな感じでな」


……組体操は相手を投げ飛ばさないと思う。


確かに、出来るか出来ないかで言うなら出来るだろう。


でも………この高さを?


思わず通気口のある位置を見上げた私は、改めてその高さを確認する。


場合にもよると思うが、高さ15メートルと言うと4階建ての建物と大体同じ位の高さだ。


そんな所までライナを投げ飛ばす様な事をして大丈夫なのだろうか?


「あ、何も操の投げの勢いだけで飛ばせって言ってんじゃないぜ? こいつが届く高さまで投げてくれれば十分だ」


そう言ってライナは、先程フックの様な器具を取り付けたワイヤーの射出装置を指し示す。


つまり、私に放り投げられ、ある程度の高さを稼いだ後は、自力で通気口にワイヤーを引っ掛けるという事らしい。


「それもそれでどうかと思うんだけど……でも、分かった。 それならあんまり思い切りやらなくて良さそうだしね」


あまり全力で投げようとすると加減が効かない可能性がある。


……まぁ、ライナならそれでも大丈夫そうな気もするけど。


「悪いな、こういうのって本当は、男の俺が体重の軽い操を持ち上げるべきなんだろうけど……」


ライナが申し訳なさそうな顔でそんな事を言う。


確かに体重を考えれば私が投げ飛ばされる側なんだろうけど、通気口を抜けた先の管制室での作業が出来るのはライナだけ。


適材適所と言うのであれば、ここはライナに任せるべきだ。


「しょうがないよ、私じゃ機械系の話はさっぱりだもん。 ……寧ろ、私が弄ったら壊しそうだし」


最後の部分は小声で呟いただけだったが、耳聡く私の言葉を聞き取ったらしいライナは、曖昧な笑みで返答を避けるのだった。




「よし……それじゃ行くぞ。 準備は良いか?」


「うん。大丈夫、いつでもどうぞ」


私は通気口に背を向けた形、つまり壁に背を向けた態勢で腰を落とすと、バレーのレシーブをする様に両手を組んでライナと向かい合わせになった。


ライナは助走を付ける為に私から距離を取っている。


この後、ライナが私に向かって走り込んで来て、私が前に差し出した手の平を踏み台にしてジャンプし、同時にそれを私が上に投げ飛ばす訳だ。


こういうのって映画とかでよく見る気がするけど、なんていう方法なんだろう?


本来はちょっと高めの壁を登る程度の事に使われる方法だと思うから、こんな大ジャンプする為には使われないだろうけど……。



ライナが前方から駆けて来る。


私も集中して体に無駄な力が入らない様に意識する。


ライナが跳び上がるタイミングを見計らい、どのタイミングで上空へ投げ飛ばすかが最も重要な部分だ。


タイミングが合わなければ力が分散してしまい上手くジャンプ出来ないかもしれない。


そんな時、意外にも役に立ってくれたのが『探知』の能力だった。


主に索敵に使用して来た能力だったが、最初に使用したのはライナの怪我の状態を診た時だ。


この能力は要するに私が必要としている情報、或いは私が見たいと思っている情報を、五感とは異なる別の感覚でもって感知する能力だ。


それがどの様な感覚なのかと聞かれても上手く説明出来ないけど……とにかく、必要な情報がそこに「在る」と理解出来るのだ。


そして、取得出来る情報の種類は私がその時何を求めているかによる。


今回の件で言えば……こちらへ勢い良く走って来る、ライナの動きだ。


どれ位の速度でどの様に体を動かし、どのタイミングで踏み込むか。


そういったライナの細かい動きを感覚的に理解する事が出来る。


そして何より有用なのが、そうして得た情報に自分の身体をリンクさせる事が出来るという事だ。


言ってしまえば、ライナの動きに合わせた最適な動きを瞬間的に理解すると共に実行する事が出来てしまうのだ。


これは、今回の様な補助的な用途での使用は勿論、戦闘にも応用が出来る便利な能力だ。


流石にちょっと機械的な能力過ぎる気もするが、今私達が置かれた状況を考えれば手段は選んでいられない。


使える物は何でも使う。


それは自分自身に関しても言える事なのだ。



「……よっ!」


「………ふっ!」



若干気が抜ける掛け声と共にライナが私の両手に片足を乗せ、上空に跳び上がる為に力を掛ける。


同時に私は腕に力を籠め、全力より少し力を抜いた位の勢いでもってライナを上に向かって放り投げた。


果たして、ライナは見事上空高く跳び上がり、15メートル以上上にある通気口へ向かって跳躍した。


しかし、勢いとしてはやはり直接通気口へ手が届く程ではない。


「ほっ!」


ライナは跳躍の高さが限界まで達した瞬間に右腕の袖口からワイヤーを射出した。


頭上に伸ばされた右腕から、バシュッ!という音と共に射出された小型フック付きのワイヤーは、真っすぐに通気口へと向かって行く。


そして首尾よく口を開けた通気口へとワイヤーの先端が飛び込んだ………が。



カンッ!!



「あっ!?」


私は思わず声を上げてしまった。


やや斜め下辺りから通気口へと撃ち込まれたワイヤーの先端部分は、通気口内部へと飛び込む事には成功したが天井部分で先端のフックが弾かれてしまったのだ。


本来なら天井に突き刺さる等してその場に固定される筈だったが、通気口内の材質が思った以上に硬かったらしい。


しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。


このままではライナが落下して地面に叩き付けられてしまう。


私はゆっくりと進む時間の中、ライナのワイヤーが天井に弾かれた瞬間に駆け出していた。


ライナの身体を受け止める為、両腕から棘の生えていない柔らかな蔦を生じさせ、落下予想地点にクッションとなる様に設置しようとして―――。



「ふんぬ!!」



ライナの声と共に、耳障りな金属音が鳴り響いた。



ギャリィィィィィィィィッッッ!!!



「〜〜〜ッッッ!!?」


思わず身を竦めてしまうその音は、ライナが右腕のワイヤーを力一杯下に向かって引っ張った事で、ダクトの底面にワイヤーのフック部分が振り下ろされた結果発生した音だった。


ワイヤーにライナが振り下ろした勢いとライナの体重が掛かり、そこへ更にライナの落下の勢いも加わりフックの爪が底面を思いっきり引っ掻いたのだ。


余程急激に力が掛かったらしく、通気ダクトの内部から火花が散ったのが見えた。


しかし、その甲斐あってかフックの爪がダクト内の何処かに爪を掛ける事に成功したようで、ライナの身体は落下をやめた。


だが今度は無理矢理に急制動を掛けた為に、ライナは壁面に向けて引き寄せられて行ってしまう。


そのままの状態では壁に勢いよく叩き付けられてしまうだろう。


「ラ……!」


ライナの名前を呼ぼうとするが、そんな時間すらないと即座に判断して準備していたクッション用の蔦を壁に向けて放とうとする。


しかし、予想外の音に体が硬直してしまった一瞬があったせいで反応が遅れてしまっている。


間に合わない。


私の思考がそう判断を下し、背筋に冷たいものが走る。


――――――だが。



「こんにゃろ!」



あまり緊張感のない悪態と共に、ライナは壁にぶつかる瞬間に両足を突き出した。



ドガンッ!!!



蹴りの音とは思えない様な衝撃音がエレベーターシャフト内に響き渡る。


その威力はどれ程の物だったのか、蹴り付けられた壁面が大きくへこんでいる。


激突の衝撃を両足のバネを用いて緩和したという事の様だが、壁があんな状態ではライナも無事では―――。


「痛ってぇ! 無駄に硬いなここの材質!」


――――――あれ、思ったより大丈夫そう?


「ラ、ライナ!大丈夫!? 怪我は無い!?」


私は我慢ならずに下からライナに声を掛ける。


結果から見れば、ライナの狙い通りに通気口へワイヤーを届かせる事が出来たし、ライナも無事だ。


しかし、一歩間違えればライナも無事ではなかったのだから心配にもなる。


「あー大丈夫だ! ちょっと足が痺れたけど……怪我はしてないぞ!」


ワイヤー用いて片腕一本で壁面にぶら下がりながら笑顔で答えるライナ。


私はそんな彼の様子にほっと息を吐いた。


「良かった……もし落っこちて来ちゃったらどうしようかと思ったよ……。 やっぱりこの方法無理があったんじゃない?」


「だから言っただろ? 出来ればやりたくないって。 ……他に方法があるんならそっちでやりたかったよ、俺もさ」


そう言って溜息を吐いて愚痴りつつ、ライナはワイヤーを手繰ってエレベーターシャフトの壁面を登って行く。


スルスルと手慣れた様子で垂直の壁を登って行く姿はまるで忍者の様だ。


そんな事を考えている内に至極あっさりとライナは通気口へと到達する。


カバーが外れた状態である為、後は中に入るだけなのだが……近くにライナが行くと、思ったより通気口の入り口が小さい様に思える。


「うげ、思ったより狭いな……ま、しょうがないか。 じゃあ操、俺はこのまま管制室に行って、エレベーターの電力供給ラインを切り替える操作をして来る!」


「分かった! 私はこの制御パネルの所に待機してればいいんだよね?」


「ああ!それで大丈夫だ!それじゃ、頼んだぞー!」


そう言ってライナは通気口の奥に姿を消して行った。


私はその姿を見送ると深呼吸をしつつ辺りを見渡し、エレベーターの制御パネルの前に移動して待機する事にした。




現状、研究施設へと続くこの大型のエレベーターは異常を感知した為に動作を停止している。


原因はメイン電力の供給ラインが損傷している事による電力不足をシステムが感知した為……らしい。


私にはそういう類の事はよく分からないが、ライナが調べてくれた限りでは、電力供給ラインをサブに切り替えた上で再起動する必要があるらしい。


その為、サブラインへの切り替え操作をライナが行い、エレベーターの再起動を私がここで待機して行うという事にした。


通気口を通って二人一緒に隔離研究区画内部へ侵入出来れば良かったのだが、通気口へ手を届かせる為にはもう一人の協力が不可欠だ。


そうなるとライナに通気口を通って管制室へ行ってもらうしか方法が無いという訳だ。


そしてそれ以外にも、エレベーターを動かせる様にして退路を確保しておきたいという思惑もある。


正直な所、この地下施設内部に何者が潜んでいるか分からない。


エレベーターを一部破壊してまで内部に侵入したと思われる何かが居るのが既に確実な以上、速やかに脱出出来る様にしておくに越した事はないだろう。



ライナが通気口を通って施設の奥へ向かってから10分程が経過した。


今の所エレベーターには特に変化は無い。


周囲の気配も相変わらずであり、地下からは怪物の気配がチラホラ感じ取れる。


エレベータシャフト内は空気の流れる音以外は静寂に包まれており、私自身の呼吸の音の方が大きく聞こえる位だ。


―――と、そんな時、ふと目をやった制御パネルの表示が唐突に変化した。


「!」


表示された画面には『電力ライン切り替え中。 サブ電力へライン接続開始』と文字が浮かび上がっている。


どうやら、ライナが管制室で操作を行ったらしい。


「良かった、ちゃんと向こうに着いたんだ。 えっと……そうしたら私の方は……」


再起動するだけ、とライナには言われているが、この様な大掛かりな装置が相手だといくら再起動だけだとしても尻込みしてしまう。


画面に表示された電力ラインの切り替え中の文字はまだ消えていない。


今すぐ操作をして大丈夫なのか、もう少し待つべきなのか……。


と、その様に悩んでいた私のポケットから、突然ピピピピッ!という電子音が鳴り響いた。


「ひゃっ!?」


天敵である機械を前に緊張に苛まれていた私は、突如鳴り響いた音に悲鳴―――若しくは鳴き声を上げてしまった。


慌てて音の出所を探ると、鳴り続けている電子音はライナから預かった小型端末から発されているようだ。


端末の画面には「通信あり」と表示されており、画面をタッチする事で携帯電話と同じ様に通話を受ける事が出来るらしい。


それを確認した私は、重々しく安堵の息を吐いた。


………過去最高に心臓がバクバクいっている気がする



「も……もしもし?」


『おお、繋がった! 遅くなって悪かったな操!』


「わひゃあ!?」


補足だが小型端末は携帯電話に近い形をしている。


なので私は電話に出る時と同様に、耳元に端末を当てて通話ボタンを押した形だ。


直後、思わぬ大音量でライナの声が耳元で響き渡った。


『後はそっちで再起動を……って今何か変な声したか? 大丈夫か?』


突然の爆音にビックリして悲鳴を上げてしまった等と言う事を報告するのは避けたい。


というかぶっちゃけ恥ずかしい。


「だ……大丈夫。思ったよりも音量が大きくて、少し驚いただけだから……」


はぐらかしているのかいないのか、微妙なラインの返答をする程度の余裕しか無かった。


もしかして私ってビックリ系が苦手なんだろうか?


『あー……そういやスピーカーモードになってたかもな……』


そしてあっさりライナには私の状況を察された。


はずかしさでしにそう。


「と、とにかく私は大丈夫! こっちの画面だと『電力ライン切り替え中。 サブ電力へライン接続開始』って表示されてるけど、再起動掛けて良いの?」


何であれ、今優先するべき事を行わなくてはいけない。


気を取り直してライナにこの後の対応方法を聞く。


……決して勢いで誤魔化そうとしているのではない。


『んー……やっぱりそっちでもその表示が出るか。 あちこち壊されてサブの方も電圧が落ちてるのかもな』


「このままだと起動出来ないって事?」


『いや、多分時間が掛かってるだけだとは思う。 とはいえ、サブの供給ラインはあくまでも緊急用の予備だから、元々出力弱めみたいなんだ。 そこから更に出力が落ちてるとなると、どの位時間が掛かるか……』


管制室で施設情報を調べたライナにも、エレベーターの電力供給をこれ以上改善する方法は見つからなかったという。


そうなると、後は地道にシステムが復旧するのを待つしかないか……。



「…………叩いて直ったりしないかな」


『……やめろよ? 言うと思ったけどさ』



真面目なトーンで止められてしまった。


………本気でやろうと思った訳じゃないよ?




そして待つ事暫く。


漸く画面の表示に変化が起きた。


『おっ! 来た来た!』


「『サブ電力接続完了。システムを再起動して下さい』……良かった、これで大丈夫そうだね!」


制御パネルの画面には再起動を促す表示。


管制室のライナの方でも電力供給ラインが確保されている事を確認出来た。


後は画面の指示通り再起動を掛ければ良い筈だ。


『よし、じゃあまずは下に降りてからこの後の事を相談しよう。 ちょっと予想外の状況になってるみたいだからな……』


「予想外の状況? 何があったの?」


状況を打開出来る状況になったというのに、ライナの声は若干疲れ気味に聞こえた。


管制室で見た隔離研究区画の状況に関して何かあったのだろうか?


『まぁ、実際に見てみた方が分かり易いと思うよ。 取り敢えず下に降りたタイミングでまた連絡する。 エレベーターの状況はこっちでモニタリング出来るからな』


「……何だかもう嫌な予感しかしないんだけど……でも、分かった。 降りたら待ってるね?」


その様に言葉を交わした後、私は一旦通信を切った。


またいきなり音が鳴っても驚かない様にしよう……と心の中で覚悟しながら。



「よし……これで………行ける筈!」


制御パネルを操作し、再起動処理を行う。


一度画面が消え、またすぐに機械が起動し始める。


すると、エレベーター自体の機械も再度動きを確かめる様に徐々に起動して行った。


ガコン、ガタン、と何度か揺れた後、制御パネルの画面には『降下開始』の文字が表示され、エレベーターがゆっくりと降下を開始した。


思わぬところで足止めを食ってしまったが、これでようやく隔離研究区画へ入る事が出来る。


「ふぅ……。先が思いやられるけど……あと少し、だよね……?」


思わずそんな言葉が口から零れる。


入り口でここまで厄介な事になるとは思っていなかった。


ライナが居なければどうしようもなかったかもしれない。


つくづく、私は一人だけだと何も出来ないな、と自嘲気味に考える。


しかし、もうそれを重く受け止める様な事はしない。


今は離れてしまっているが、もう私は一人で戦っているのではないのだから。



ゆっくりと降下して行くエレベーターに揺られながら、そんな風に考え事をしていた。



―――――その時。



「えっ?」


ガクン、と床が揺れ、エレベーターの降下が止まる。


反射的に制御パネルの画面に目を向ける。


だが、画面の表示に変化は無い。


『降下中』の文字が表示されているだけで―――――――。




ガゴンッッッ!!!!!




「!!??」




直後。


エレベーターは支えを失った様に猛スピードで『落下』を開始した。


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