94 奈落の入り口
ライナと共に怪物の対処を始めて5分程。
最後に残った『三本足』をライナが倒す。
「お前で最後……っと!」
『ミギャ!!?』
触手で包み込む様にしつつ、口を大きく広げて噛み付こうとしていた『三本足』は、その大きく開けた口の中に先端が鋭く尖った棒状の何かをライナに突き刺されて絶命した。
先程までライナはあんな物は持っていなかったと思うのだが、何処から調達を………と思って足元をよく見ると、何やら鉄製の柵の様な物が落ちている。
途中からへし折られ、捩じ切られた様になったそれは、ライナが手にしていた棒と同じ材質のようだ。
そう言えば、ここは研究所の中庭……と言うか庭園の様な場所だった筈だ。
元々の景色はどうなっていたのか不明だが、職員用のベンチだとか花壇を囲む柵等があってもおかしくはない……のかな?
「ふぃ~、終わった終わった。 後から後から湧いて出てきやがって、虫かよ。 ……ちょっとは植物らしくしてろっての」
悪態を吐きながら地面に置かれた短機関銃とスポーツバッグを拾い上げるライナ。
途中から銃声自体が聞こえなくなったと思っていたが、どうやら使う必要が無いと判断して地面に放置していたらしい。
対して手に持っているのは短剣と……うん、やっぱりただの棒にしか見えない。
「お疲れ様、ライナ。 あの、ところで……手に持ってるそれは何?」
「ん? ああ、これか? そこの……えっと、花壇の柵? それをへし折った奴だよ。 こいつら銃使うまでもなさそうだったからさ」
想像通りの答えが帰って来たが―――へし折ってって何だろう……。
そう言えば、水路での戦闘の時にも近くの鉄格子を折って棒術みたいな事をしてたけど……。
「んー……やっぱもうちょっとリーチのある武器が要るかなぁ。 でも持ち運びがめんどいんだよなー……」
悩まし気にそんな事を呟きながらバッグを背負い、短機関銃の弾倉を交換するライナ。
……もう十分だと思うんだけどな。
「そ、そうなんだ……。 ええと、とにかく周囲に怪物はもういないみたいだし、追加が来ない内に先へ進まない?」
戦闘中は気にしていなかったが、私もライナも周囲に何の配慮も無く暴れ回った結果、大小様々な花が咲き、異様な雰囲気を漂わせていた花畑は見る影も無くなっている。
私達の戦闘の余波で大きな花は叩き切られ、小さな花は滅茶苦茶に踏み荒らされてしまったのだ。
視界が良好になった―――と言えば聞こえは良いが、ブルーフィリア視点で言えば大量殺戮の現場の如く荒らされ切っている。
だから何と言う訳ではないのだが………この研究所に巣食っている怪物達は妙に知恵が回る。
『仲間を殺された事に怒りを感じる』……等と言う事は無いかもしれないが、この場を早く離れた方が良いという事は間違いないだろう。
「そうだな。 今の騒ぎで他のが寄って来ても面倒だ」
私とは若干違う解釈をしたらしいライナが、私の意見に賛成の意を示す。
地面はブルーフィリアの残骸で埋まってしまっていたり、戦闘の余波――主に私の――で地面が抉れ、舗装された道路に亀裂が入ってしまっている。
飛び散った泥や道路の残骸が散らばり、道らしき物とそうでない物を見分けるのが少し大変そうだ。
しかしライナは懐から取り出した例の小型端末を確認すると、特に迷わず中庭を進み始めた。
確かにこの研究所には一度来た事があると言ってはいたが、霧に包まれ荒れ放題の状態になっていても分かるのだろうか?
不思議に思っていると、私の様子に気が付いたライナが歩きながら説明してくれた。
「はは、別になんにも変わった事はしてないよ。 これに研究所のマップと俺達の位置情報が入ってるんで、向かうべき方角がすぐ分かるってだけだ」
ライナが見せてくれた小型端末には、私達が今居る製薬研究所の1階の地図が表示されていた。
ライナに促されて画面をタッチしてみると、拡大したり建物内のマップに切り替えたりと非常に細かく施設の情報が閲覧出来る様になっている。
更には私達の現在位置もかなり正確に表示されており、これを見れば自分達の現在地が一目瞭然だった。
「……もしかしてだけど、これもライナが作ったの?」
「そうだぜ? まぁ、地形とか建物の中の構造とかは一回見れば覚えられるんだけど、今回みたいに地形が変わっちまってる場合とかは、本来の地形と実際の地形を照らし合わせたりするのに便利なんだ」
私はこういった類の機械に関しては殆ど知識が無いので何と言ったら良いのか分からない。
分からないが…………結構すごい技術なのではないだろうか?
GPSとかで……いや、それなら建物内部まで網羅しているのは説明が付かない。
位置情報はともかく、施設内の情報は本来なら外部には洩らさない筈だ。
特にここはあのサイディス社の研究所なのだ。
どうやってその様な情報を手に入れたのだろうか。
「まぁそこはほら、趣味だし? ハッキング的な奴とか……」
「ライナの言う「趣味」って、今一信用ならないんだよね……」
今更ではあるのだが、ライナの言う「趣味レベル」は、常人から見た場合完全にその道のプロフェッショナルと遜色ないレベルの話である事が多い気がする。
そうなるとライナの言う「趣味」ではない、プロの領域の技術ってどんな物なんだろう?
そう考えた所で先程のライナの戦いぶりが脳裏をよぎる。
……なるほど、だからライナは人間離れしてるんだね。
「……操? なんか失礼な事考えてないか? おーい?」
妙に納得してしまった私は、うんうんと頷きながらライナの抗議の声をスルーしたのだった。
中庭内を歩く事少し。
漸く目的の大型実験棟が眼前に姿を表わした。
取り敢えず、目的地に辿り着けた事で一安心した私は溜息を吐く。
何はともあれ、まず言いたいのは…………絶対にここは「中庭」じゃないと思う。
「広すぎでしょ……さっき怪物達と戦った時よりも時間が掛かったんだけど」
「だな……途中に生えてた木なんか、もう森か林だもんな……」
製薬研究所の敷地奥にある中庭は、最早「公園」と言った方が良い位の広さだった。
しかも、あちこちにブルーフィリアが異常繁殖している上に、ブルーフィリアから伸びていると思われる蔦や蔓が木に絡み付いて行く手を阻んでいる様な所もあった。
お陰で方角は分かっているのに遠回りをしなくてはならない事もあって、時間が掛かってしまったのだ。
「俺が来た時よりも『花』に荒らされてるとは思ってたけど、こりゃあ下も無事かどうか怪しいな……」
大型実験棟はその名の通り何かしらの大掛かりな実験を行う為の施設だ。
その為、大きな建物の外観とは裏腹に、内部は倉庫、或いは格納庫の様に広い空間が殆どを占めており、そう複雑な構造をしているわけではないのだそうだ。
確かに以前、アレンの記憶を読み取った際に見えた大型実験棟内部の様子も、それこそ広い格納庫の様な場所だった。
私達が目指す隔離研究区画はその大型実験棟の奥にある昇降機を下りて行くのだそうで、昇降機は強固なセキュリティが掛かっている上に頑丈な隔壁で閉ざされているのだという。
その為、如何にブルーフィリアと言えど、そうした強固な核シェルター並みの防御を突破するのは難しい―――。
―――ライナはそう考えていたのだが、製薬研究所内のあまりの変わり様に必ずしもそうとは言えないと思い始めていた。
「俺が中に入った時は怪物は殆ど居なかったけど、怪我した幹部連中とかが中に逃げ込んで来てたからなぁ。 あの後そいつらが中で死んでたりすれば、怪物が増えてるだろうとは思ってたんだけど……」
「……ライナの『仕事』の対象になっている人も居たんでしょ?」
「……まぁな。 中で俺が始末したのは少なくとも……6人だな」
少なくとも、と表現したのは、内部に居た標的が最低でも6人だったという事だろう。
それはつまり、標的以外はその限りではないという事だ。
「とにかく、俺が侵入した時と同じルートが使えるかをまず確認しよう。 ……正面が「これ」だしな」
少々強引に会話を打ち切ると、ライナは大型実験棟の建物を通り過ぎてその裏手に向かう。
現状の大型実験棟は、本来は存在したであろう入口及び機材を運び入れる搬入口が巨大な植物の根、若しくは蔦によって埋め尽くされてしまっていた。
より正確に言うなら、建物内部から扉や壁を突き破ってそれらの巨大な植物が溢れ出していると言った方がしっくり来るだろうか。
ともかく、製薬研究所の建物の大半を破壊せしめたブルーフィリアの肥大化した根はここから発生している訳だ。
この建物から津波の如く溢れ出した花の根がグリーンフォレストの街へと向かい、建物を薙ぎ倒し、人々を押し潰して行き、最終的には街の中心部に巨大な花を咲かせるに至ったのだ。
以降は急速な花の肥大化は小康状態と言った具合だが、ホテルの状況やレドウッド山から戻って来た際の街の状況の変化を見るに、『花』の成長或いは侵食は今も続いているのだろう。
そしてその影響は発生源である大型実験棟にも少なからず影響を与えているようであり、約1週間前にライナが隔離区画に侵入した時と様子が変わっているのだという。
「あの時も既に正面から建物の中には入れなかったから、裏手にある屋根の点検用梯子で上に上がって、そこから中に入ったんだけど……使えるかな」
建物横の雑木林……恐らくレドウッド山の麓の森と地続きと思われる場所をライナと二人で歩いて行く。
既に日の出を過ぎて周囲は明るいが、林の奥からは虫一匹の声すらしない。
周囲の気配は『探知』を常に展開する事で探っているが、全く何の反応もない事が却って不気味に感じた。
「お、あった。 とりあえず梯子は無事だな」
ライナの声にそちらへ視線を向けると、建物の外壁部分に取って付けた様な長い梯子が設置されていた。
梯子の先を見ると確かに屋根まで繋がっているようであり、ここから上に登って建物の保守点検を行っていたのだろう。
「上に登るのは良いんだけど、そこからどうやって中に入るの?」
「屋根から中のメンテナンス用の通路に降りられる様になってるんだ。 本当は中からも屋根に上がれるらしいんだけど……中はもう滅茶苦茶だからな」
当然普段は鍵が掛かっているそうだが、ライナが以前来た時に開けてあるのだそうだ。
そう言えば、やけに手慣れた手つきで鍵開けをしていたのを見た覚えがある。
「まず俺が上がって上を確認して来るから、操はここで待っててくれ」
「……私なら鞭で一気に上まで上がれるよ?」
その方が早いし、何ならライナを上まで引っ張り上げる事も出来る。
言外にそんな事を言う私に対して、ライナは苦笑しつつ宥めた。
「まあまあ、こういうのは安全第一だ。 前に来た事がある俺が案内する方がリスクが少ないだろ?」
私はライナのそんな答えにそれもそうかと思い直す。
実際、登った先に何かが居て不意打ちを仕掛けられたりした場合、屋根の上の状態を知らない私よりもライナの方が対処し易いかもしれない。
『探知』で屋根上には何も居ないと分かってはいるものの、絶対とは言えないのは先程の戦闘で理解している。
ここはライナに任せた方が良いだろう。
「……分かった。 でも、気を付けてね」
「ああ。 一応操も周囲の索敵よろしくな。 なんか妙に静かで逆に怪しい気もするし」
そう言ってライナは梯子を登って行く。
先程私が感じた周囲の静けさをライナも敏感に感じ取っていたようだ。
相変わらず周辺には何も居ない。
動く物体はほぼ私とライナだけであり、怪物に至っては全く存在していない。
ただ大型実験棟内部からは、動きこそ無いが極めて濃度の高い『光脈』の気配を感じ取っていた。
この気配の存在に関しては、中庭を進み大型実験棟が視界に入った段階で感知していた為ライナにも伝えてある。
大型実験棟は『最初の一輪』が暴走を開始した場所である為、もしかすると彼女の気配かと最初は私も考えた。
しかし、全く動きがない事から考えると、恐らくは―――。
「おーい、操ー。 上は大丈夫だから登って来ていいぞー」
周囲の索敵を行いつつ頭の中で考えを巡らせていると、頭上からライナの声が聞こえて来た。
やはり上には何も居なかったようで、殆ど間を置かずに確認が済んだようだ。
私はライナを見上げて頷きを返すと、右手を上げると同時に『茨の鞭』を屋根に向かって伸ばす。
「おおお?」
屋根の縁の若干突き出た場所に鞭を巻き付けて引っ掛け、そのまま腕に巻き取る勢いのまま自分の身体を引っ張り上げる。
思ったよりもスピードが付いた為そのままの勢いで跳び上がると、空中で体を一回転させて屋根の上に着地した。
そんな私のアクロバットな動きを見てライナは驚きを露わにしていた。
「操もすっかりそういう動きに慣れたなぁ」
「そうだね……。 まぁ、これだけ色んな目に遭ってれば自然とこうなっちゃうんじゃない?」
そんな私の答えにライナも頷きを返す。
しかし私は内心冷や汗を掻いていた。
思った以上に勢いが付き過ぎてしまい、咄嗟に体を捻って体勢を整えようとした結果、何となく上手い事着地出来ただけなのだ。
何でもない風を装ってはいるが、実際は結構本気で焦っていたのである。
大型実験棟の屋根の上。
その一角にあるハッチの様な物がメンテナンス用の通路へ降りる入り口だった。
幸いにもハッチや内部の通路にもブルーフィリアの浸食はそれ程広がっていなかった為、屋根から通路へ降りる事に問題は無かった。
通路とは言ったが、実際には足場と言った方が良い様な程度の物であり、転落防止用の柵代わりのワイヤーが左右に張ってある以外は足元の金網上の床があるだけだった。
足元が不安定な状態で戦闘になってしまったりすれば危険である為、早く地上に降りるべきだろう。
……しかし、私は目の前に広がる大型実験棟内部の光景に釘付けになってしまっていた。
「…………これは………」
「………やっぱり、前と様子が違うな」
実験棟内部の広い空間は、やはりと言うべきかブルーフィリアの巨大な根や茎、更には枝葉で埋め尽くされていた。
何とか通り抜ける事が出来るスペースはあるが、それは部屋全体のほんの一部であり、偶々その場所が隔離研究区画へ降りる昇降機がある方面への通路がある場所だった。
しかし問題はその異常成長した根や茎ではない。
「動いては……いない? でも、凄まじい濃度の『光脈』を感じる……一体これは……?」
メンテナンス用の通路から見下ろす形で私の目に入って来たのは、一言で言ってしまえば青白く光る球体だった。
青白い色の透明な膜の様な物で構成され、その表面には濃い青色の血管の様な物が走っている。
―――卵?
一瞬そんな考えが頭をよぎる。
しかし、どうにもその表現は適切ではない様に感じる。
「なんていうか……『果実』みたいだな。 ブルーフィリアが実を付ける花かどうかは知らないけど」
食い入る様に「それ」を見つめる私の横で、ライナが思わず、と言った様子で呟いた。
なるほど確かに果実と言えば違和感は無いかもしれない。
だが、だとすると………。
「……これ、多分だけど、生きてない。 力は強く感じるけど、それだけ。 中身が………無い」
「って事は、これは『最初の一輪』じゃないって事か?」
暴走後、『最初の一輪』がどうなったかはいまだに不明だった。
ただの花であればその場から動く事は出来ない為、この大型実験棟に今も存在している可能性があったのだが、製薬研究所に接近する程に私の中でその考えは薄れていた。
この場所には色濃い『光脈』が感じられたが、そこには意思が働いていない様に感じたのだ。
そして今、目の前にある『果実』を目にして確信した。
この場所に、『最初の一輪』はもう居ない。
「この『果実』からは強い力を感じる。 けど、これまで時々感じた『最初の一輪』の意思みたいな物がこれからは感じないの。 多分……ここで何かをしていたんだとは思うけど……」
明らかに過剰に、そして意図的に『光脈』が注ぎ込まれたこの『果実』を目にしたのは今回が初めてだ。
『最初の一輪』が暴走した場所に存在する、今まで目にした事のない物体。
……偶然の産物とは思えない。
「……ここで悩んでいても仕方ないね。 今私達がすべき事は別にあるんだし、そっちを優先しよう」
「そうだな、気にはなるけど……ブルーフィリアに関しては気にし出したらキリがないしな……」
気にならないと言えば嘘になってしまうが、いずれにせよ当初の目的を優先すべきだ。
最終的にその様に結論付けた私達は、後ろ髪を引かれる思いではあったがその場を後にした。
建物の奥、厳重なセキュリティが働いている……いや、働いていた廊下を少し進むと、唐突に目の前が開けて大きな昇降機が見えた。
巨大な植物の塊に埋め尽くされた先程の場所に比べて、ここはブルーフィリアの侵食を全くと言って良いほど受けていなかった。
しかしそれは、何も異常が無いという事ではない。
「…………」
「あー…………」
確かに地下へ降りる大型の昇降機が私達の目の前にはある。
そのまま大型の輸送車でも乗って降りて行けそうな巨大な物だ。
しかし、その昇降機の一角、部屋の壁側の部分が大きく破損していた。
めくれ上がった床材は恐らく金属製と思われるが、それが何らかの凄まじい力で以て捲り上げられているのだ。
そして、明らかにこちら側から地下へ何かが入り込んで行った様な……もっと言ってしまえば何かが無理やり体を押し込んで行った様な痕がある。
得体の知れない分泌物が付着した床の様子を調べていたライナは無言で私に目配せすると、昇降機の操作パネルへと近付いて行く。
本当なら私が調べたいところだが、機械についての事ならライナに任せるしかない。
私は全力で周囲に異常が無いか『探知』を使って気配を探る。
その結果、近くに異常はないが現在地の下、地下の部分に複数の怪物の気配を感じ取った。
「……離れた位置だけど、やっぱり地下に怪物が居るみたい」
「ま、そうだろうな……一体何が入り込んだんだか」
私が声を掛けた事で、謎の侵入者が近くにはいないという事を察したライナが溜息を吐く。
研究所では今の所、際立って特殊な『眷属』とは遭遇していない。
精々が奇妙な見た目の、死体を苗床としていないと思われる『花人』が存在しただけだ。
恐らくライナも私と同じく、このまま特異な変異を遂げた『眷属』に遭遇しなくて済むのでは、と若干期待していたのだろう。
……この昇降機の惨状を見るに儚い期待だったようだが。
「……うん、何とかギリギリ動きそうだぞ、この昇降機」
ややあって、ライナが安堵した様に呟いた。
見た限りかなり派手に破壊されている様に見えるが、幸いにも昇降機は一応動かす事は出来るようだ。
「本当? 良かった……また修理から進めないといけないかと思ったよ」
「あー……ははは、それは俺も勘弁だなぁ。 もし修理ってなったら、確実にあの研究所に戻らないといけないし」
その光景を想像したのか、ライナが乾いた笑い声を上げる。
あの緑色の異界と化した研究所内にまた戻るのは、確かに私も御免被りたい。
そんなやり取りを交わしている内に、昇降機の起動準備が完了する。
どうやら、昇降機の床を何者かが破壊した拍子にシステムが一時シャットダウンされていたらしい。
操作パネルの蓋を外して暫し作業をしていたライナが配線を弄った後、再度パネルの制御盤を操作するとシステムが再起動された旨の音声アナウンスが流れた。
『隔離研究区画連絡昇降機再起動完了。 間も無く降下を開始いたします。 降下時の振動にご注意下さい』
起動時に響いた音に怪物が寄って来ないかと警戒したが、やはり地上の近辺には何の気配も無い。
その一方で、変わらず地下の隔離区画からは幾つかの怪物……『眷属』達の気配が感じられた。
『警告、電力供給ラインにエラーを検知。 昇降機起動は可能。 但し、起動後にシステムがシャットダウンされる恐れがあります。 当直の整備責任者への連絡が必要です』
「おっと……何か不穏な事言ってんぞ」
「要約すると、動かせるけど止まっちゃうかも……って事?」
あれだけ破壊されていて動くのだからまだマシかもしれないが……退路が断たれるのは拙い。
これは本当に修理が必要かな……。
私がそんな事を考えていると、ライナが何かに気が付いた様に手元の端末を確認した。
「……いや、大丈夫だ。 このまま進もう。 昇降機が止まったとしても、多分外に出る手段はある」
ライナが見ているのは先程見せて貰った製薬研究所のマップではない。
どうやら隔離研究区画の見取り図の様だ。
「何か当てがあるの?」
「一応な。 隔離区画の見取り図は流石に情報管理が厳しいんで、建設時の見取り図しか手に入らなかったんだけど、そこにちょっと使えそうな物があるんだ」
地図としては不確かな物なのだそうだが、部屋の配置に関しては正確なのでライナの言う「使えそうな物」も恐らく存在するという。
「ま、最悪昇降機の縦穴を登れば良いさ」
「……良くないよ?」
昇降機が動かなくなるかも、という懸念よりも不穏な事をサラッとのたまうライナにツッコミを入れる。
そんな私に対してライナは曖昧な笑みを浮かべると、パネルを操作して地下へと昇降機を降下させるのだった。




