91 欺瞞の地
パパパパパパッ!
短機関銃からくぐもった銃声が響くと同時に、目の前の『花人』達が頭部から血を吹き出しながら倒れる。
動かなくなった『花人』達を横目に、私とライナはサイディス・カンパニー第8製薬研究所の建物内を進んで行った。
裏口から何とか研究所敷地内に侵入した後、私とライナは特に労せず正面ゲートからすぐ目の前に見えていた、実験棟内部に足を踏み入れていた。
入り口ゲート側から見た際に目視出来る大きな白い建物がこの実験棟なのだが、現状では巨大な植物の根に建物が押し潰されてしまっていて見る影も無い。
その為、本来であれば幾つかの建物に分かれて存在している実験棟と、研究所に勤める職員や研究員用の社員寮等もあった筈なのだが、それらの殆ど全てが瓦礫と化してしまっている。
辛うじて異常成長した根の『通り道』にならなかった左右の建物は無事だったが、そちらはそちらで内部をブルーフィリア浸食され、最早人工物とは思えない様な外見となっていた。
「いやー……あれから時間経ってるし、様子が変わってるかもとは思ってたけど……」
「『花』の浸食のせいで、ジャングルみたいになってる所は見た事あるけど……これはもうジャングルですらないね」
周辺の敵を一先ず掃討し終わった私とライナは、思わずその様に呟いて周囲を見渡した。
ブルーフィリアが異常繁殖して壁や床、天井が緑色の蔓や蔦が覆い尽くし、そこに無数の花が咲いている光景は最早見慣れたものだ。
しかし、この研究所の建物はそれだけではなく、壁という壁、天井と言う天井、そして床一面に緑色の脈打つ肉塊の様な物が広がっているのだ。
よく見ればそれらもブルーフィリアを構成している植物組織であるという事は分かるのだが、小さく脈打つそれらは、既に植物と言う枠組みを捨て去った形態に変異しつつある様に見える。
「他と様子が違うのは、やっぱりここに『最初の一輪』がいるからなのかな……?」
「どうだろなぁ……寧ろ居たからって事もあるんじゃないか? ……強く影響を残して行ったせいで、他よりも『花』の浸食が激しいとか」
私はライナの弁に、確かにそれも有り得ると思った。
『最初の一輪』がこの研究所に居るかどうかはまだ分からないが、仮に居ないとするなら何らかの方法を使って移動している事になる。
それがどんな方法であるにせよ、『最初の一輪』が何らかの力を行使したであろう事は明白だ。
まさか流石にその場から任意の場所へ瞬間移動した訳ではないと思うが、ブルーフィリアが原種である『最初の一輪』の力の影響を過剰に受けた可能性は否定出来ないだろう。
「過剰代謝……って言うのかな、そういうの。 この場合は『光脈』っていう未知の要素が関わるから違うかもだけど……」
「どっちにしろ、このまま行くとブルーフィリア全体が異常な進化をしだすかも、って話が本当になっちまいそうだな」
緑色の肉の塊と化した建物内の廊下を進みながら、私達はあまり想像したくない未来を危惧するのだった。
「……おっと、また来たな」
緑色の肉塊の廊下を進んでいると、進行方向にある曲がり角から数体の『花人』が姿を現した。
相変わらずその動きは緩慢であり、今の私にとっては敵ではない。
「あんまり弾を無駄に消費させないでくれよなー」
しかし私が何かする前に、私の前を歩くライナが『花人』達の脳天を一発ずつ撃ち抜いて即座に仕留める。
『花人』相手であれば頭部を狙えば9ミリ弾でも一発で倒す事が出来る為、先程からライナは弾の節約の為に一発必中で『花人』を処理していた。
お陰で後衛という立場である筈の私はする事が無い………という訳でもない。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛…………」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…………」
「! こっちもまただね……」
突如背後に『光脈』の気配が出現したかと思うと、今しがた私達が通り抜けて来た緑色の肉壁から湧き出るかの様に二体の『花人』が現われた。
いや……実際、湧き出て来ているのかもしれない。
何故なら、先程その場所を通った時は、怪物の姿どころか私の『探知』にも反応が引っ掛からなかったのだ。
文字通り何も無かった肉塊の壁の中に『光脈』が突然現れ、そこを起点に『花人』が生まれて来ている。
そして、その『花人』達の異常な点はそれだけではない。
「オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」
「ア゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛……」
ズチャ、ズチャ、と肉塊に浸食された床を『花人』達が踏み締める度に、水気を含んだ重量のある物体が立てる様な音が耳に届く。
目の前の『花人』は行動や外見から確かに花人なのだが、その姿はブルーフィリアが人間の死体に寄生しているとは到底思えないものだった。
全身が周囲の床や天井を覆っている緑色の肉塊と同じ植物細胞で出来ており、そんな体から直接ブルーフィリアが花を咲かせているのだ。
確かに人型をしているし手足や指もあるのだが、その目には眼球が無く、口や鼻も木の洞の様な穴があるだけで、その中に歯や舌がある様には見えない。
そもそもこの『花人』は衣服の類を身に付けておらず、普通の人間であれば全裸の状態の筈だが……その身体には本来あるべきモノが無かった。
そこに気付き、よくよくその姿を確認してみれば、「人型」はしているが不自然に体の凹凸が無くなっている様に見える。
簡単に言えば、デフォルメされた人形……或いはマネキン、だろうか?
とにかくそんな見た目の人型からブルーフィリアが生えて身体中に蔦、或いは蔓が絡み付いて花を咲かせているのだ。
前衛のライナは進行方向からやって来る『花人』の相手をしている。
その為、後衛である私がこの『花人』達を一人で処理しなくてはならない。
と言っても、特異な外見をしてはいるが『花人』には違い無い為、1対2の状況だとしても今更後れを取る様な事は無い。
私はゆっくりと接近して来る『花人』へ向き直ると、右手に『茨の剣』を形成して二体の『花人』へ即座に斬り掛かった。
そして、こちらへ手を伸ばそうとしていた『花人』達との距離を一気に詰める。
「……はッ!」
気合と共に放たれた斬撃は、特に防がれる事も無く二体の『花人』の身体を切り裂いた。
断末魔の声を上げながら倒れる『花人』視界に収めつつ、念の為距離を取る。
しかし、『茨の剣』によって体を引き裂かれた『花人』達はそのまま動かなくなり起き上がって来る様子は無い。
一応、本体の『花』を排除した訳ではない為、『探知』の反応の上では『光脈』はまだ生きているが、それ以外に特殊な反応を感じ取る事は出来なかった。
「やっぱり、見た目はともかく普通の『花人』か?」
倒れた『花人』を私が観察していると、背後からライナが声を掛けて来た。
視線をそちらに向けると、既に前方から襲って来ていた『花人』達は廊下に倒れ伏しており、倒れながらもまだ動いていた『花人』は、たった今ライナに止めの銃弾を撃ち込まれて沈黙した。
「うん、そうみたい。 外見が明らかに今までの『花人』と違うから何か特殊な攻撃でもして来るかと思ったんだけど……」
言いながら私は左腕から生やした花の蔓を伸ばし、倒れた『花人』達から本体の『花』を毟り取って行く。
ブルーフィリアから生まれた存在は、こうして本体を潰しておかないと数時間後には甦ってしまうからだ。
だが、私はその途中である違和感に気付いた。
「……?………この『花人』もしかして……」
「どうした?」
『花人』に限らず花の怪物達は、本体の『花』を破壊されると宿主である生物の死体が枯れる様に萎れて行くという特徴がある。
『花人』に関しても、花の怪物達の中では最も生前の人間としての姿が残った『眷属』であるが、それでも例外なくミイラの様になってしまうのだ。
だが、あくまでも萎れてしまうだけであり………私の目の『花人』の様に、枯れてボロボロと崩れ落ちて行く様な事にはならなかった。
それは花人以外の『眷属』達も同じであり、恐らく宿主の居ない筈のレドウッド山で遭遇した『礫花』ですら枯れるだけだった筈だ。
私はライナに周囲の警戒を頼むと、ライナが倒したまだ本体の『花』を破壊していない『花人』の死体を『探知』で調べてみた。
宿主の死体が破壊されると『花人』は活動を一旦停止する。
この状態になると宿主の体からは『光脈』が薄れるが、本体の『光脈』はむしろ強まった状態となっている。
『探知』の能力によって本体の『光脈』が破損した肉体機能を徐々に修復しようとしているのが分かったが、ここである異常に気が付いた。
「この『花人』……骨が無い」
「……何だって?」
正確に言うなら骨に相当する部分はある。
しかしそれは明らかに人体に備わった骨……カルシウムで構成された人骨ではなく、恐らくブルーフィリアの植物細胞で形成された『骨を模した物体』だった。
そして、よくよく『花人』の身体を『探知』してみると、骨以外の部分、臓器等の部分も植物細胞で出来ている事が分かった。
……いや、それだけではない。
この『花人』は、全てがブルーフィリアの植物細胞で出来ているのだ。
そして同時に、それら臓器や骨の類が形だけを整えた物であり、本来の人体の様に機能していない事も分かった。
「じゃあこいつら、『中身』が無いって事か?」
「そういう事……だと思う。 人の形はしてるけど、100%ブルーフィリアの細胞が体を構成してるんだ。 死体に花が寄生してるんじゃなくて、花が人間の形に変形してる……」
眼球が無かったり、口や鼻には穴が空いているだけのこの『花人』達は、文字通りの意味で『植物人間』と言える。
それに、思い返してみれば、以前遭遇した『三本足』や『巨人』も、人の死体が元になっているのか疑わしい部分があった。
植物細胞の集合体と思われる緑色の肉塊から生まれて来たという点でも共通点がある。
しかしあの怪物達と異なるのは、特殊な能力を持っている訳では無く、ただ人の形をしているだけという事だ。
『三本足』や『巨人』は戦闘能力に比重を置いて造られたという印象を受けたが、だとすればこの『花人』はどの様な意図の元生み出されたのか。
………やはり、見た目通り、だろうか?
「……ブルーフィリアで、人間を再現しようとしてる?」
見た目意外に何の特徴も無いというのであれば、その見た目こそが『最初の一輪』の『意図』なのではないだろうか?
だが仮にそうだとしても、その様な事を『最初の一輪』が行う理由が分からなかった。
「人間を再現ねぇ……。 どう見ても子供が作った粘土細工レベルだろ。 これで人間だと思ってるんなら、あんまり人間についての知識は無いのかもな」
そう呟くライナの言葉に、私も頷きを返す。
気にはなっていたのだ。
ブルーフィリアは「死体に寄生して苗床とする事で繁殖する」という生態を持っている。
しかし『三本足』や『巨人』等一部の『眷属』達は、生物の死体に寄生して変異した存在ではなく、直接ブルーフィリアから生み出されていた。
つまり、あの時点で既にブルーフィリアは『死体』を必要とせず、自らの存在のみで肉体を得る事が出来る様になっていたという事だ。
もしそうなら、今だにブルーフィリアが寄生先としての『死体』を求めて人間を襲っているのは何故なのだろうか?
―――――違う。
もしかすると……逆?
『寄生先』を求めるから『死体』が必要なのではなく、『死体』が必要だから『寄生先』を求めている?
寄生して繁殖する事が目的なのではなく、人間を殺して『死体』にする事自体が目的?
でも、そうする事に何の意味が……?
そこまで考えて私はある事に気が付いた。
研究所内で遭遇したこの特殊な『花人』は、歪ではあるが態々人の形をとっていた。
今迄遭遇した怪物達は、人間を積極的に襲って命を奪おうとしていた。
人間以外にも寄生された生物は居たが、それらから生まれた怪物も街から離れずに人間を襲い続けている――――。
もしもブルーフィリアという存在の目的が種の繁栄の様な本能的な事であれば、どれも理に適っているとは言い難い。
にもかかわらず、この様な行動をブルーフィリアが、『最初の一輪』が取ったという事は、『彼女』にとってこれらはどうしても必要な事なのだ。
言い換えれば――――『最初の一輪』は『人間』に強く拘っているという事だ。
「何にせよ、敵が弱いんなら今の内に先に進もうぜ。 今は平気かもしれないけど、また特殊なデカブツが襲って来ないとも言えないしな」
刹那の間、思考の海に沈んでいた私はライナの声で我に返る。
そうだ、気にはなるけど今すべき事は別の事だ。
「そう………だね。 正直気になるけど、今は探し物が優先だね」
「そういう事。 ……まぁ、今から階段上ったり下りたりしなきゃいけないんでメンドクサイんだけどな……」
「え? でも、私達が今向かってる大型実験棟って、今居るこの研究棟を抜けて中庭みたいな所を通って行くんでしょ? 2階に上がるの?」
うんざりした様な表情のライナにそう問いかける……が、途中で察した。
多分、いつもの奴だ。
「……またアレ? この街特有の変な仕掛け?」
「別にこの街特有って訳じゃないだろうけど……要するに、その大型実験棟とそこから行ける隔離区画……正確には『機密研究区画』はサイディスの裏の顔その物なんだ。 だから、研究棟の中をわざと入り組んだ形にして簡単には辿り着けない様にしてる訳さ」
なんでも、サイディスの機密を守る為、この研究所自体が態と大型実験棟へアクセスし難い構造になっているのだという。
それだけ辿り着くのに時間が掛かる場所に機密情報が集積されていれば、監視の目も仕込み易いという事らしい。
因みに、研究棟を抜けた先にある中庭も態々入り組んだ形になる様に植木を植える等して目隠しをしているのだそうだ。
―――そこまで行くと、最早病気なのでは?
その後、私達は無駄に入り組んだ研究所内の廊下を進んで行った。
廊下のそこかしこで物陰に隠れた、或いは物陰から湧き出た『花人』や『木人』に襲撃されたが、私にとってもライナにとっても特段危険な相手ではない。
勿論油断はせず周囲を『探知』して索敵を行いつつ進んで行ったが、『花人』はほぼライナが処理し、時折奇襲を掛ける様に背後などから湧き出て来る『花人』の相手を私がするだけで済んでいる。
基本的に私は『茨の剣』や『茨の鞭』などの自分の能力を使って対処しているが、その理由としてはやはり銃声が大きいと周辺の怪物を引き寄せてしまう恐れがあるからだ。
私が現状装備しているのは拳銃と散弾銃だが、どちらの銃もたまたま道中で入手した物である為、減音器などの器具を取り付けられる様にはなっていなかった。
対して、ライナの持ち込んだ銃には一つを除いてしっかりそうした器具が装着出来る様に手が加えてある。
この様な事態を想定していた訳ではないのだろうが、とにかく大きな音を立てる事を避けるのであれば、基本的には銃はライナだけが使った方が良い訳だ。
そうすると私が銃を使えないという事になるが、正直な所今の私なら『茨の鞭』や『茨の剣』で十分に怪物に対応出来る。
あれから色々あってブルーフィリアとしての私の能力は飛躍的に向上している。
以前であれば束ねた状態でなければ『木人』を確実に倒す事が出来なかった『茨の鞭』も、茨同士を解いた範囲攻撃形態で容易く『木人』を処理出来る様になっている。
攻撃の威力以外でも度重なる戦闘で得た経験により、身体から生じさせた蔓や蔦、若しくは茨を文字通り手足の如く操る事が出来る様にもなった。
その為やろうと思えば、私自身は一切身動きせずとも『花人』や『木人』程度は倒す事が出来る。
態々やろうとは思わないけど……。
「操、次そこ右な」
そんな訳で怪物達を相手にした戦闘は何も問題が無いのだが、現状私達が相対している難敵は別にあった。
「……んで、次はあの階段上がって右」
「……中庭に行くんだよね?」
私とライナが今居る場所は製薬研究所の『研究棟』と呼ばれる最も大きな建物だ。
私達の目的地である『大型実験棟』は、研究棟を含めた製薬研究所の複数ある建物を北に抜けた先、位置的には中庭と思われる緑地を通って進んだ所にある。
しかし、先程から私とライナは中庭に出るどころか、今だに研究棟の内部を彷徨っている。
そのまま建物を北に向かって通り抜ければ良さそうなものだが、先程階段を上った事で遂に研究棟の3階まで来てしまった。
「そうなんだけどな……中庭に出るには、研究棟の北側にある『開発センター』を通って行かないといけないんだけど、研究棟から開発センターに行くには研究棟の3階から渡り廊下を渡るしかないんだ」
「何でそんな構造にしたの……これじゃ、ここに勤めてる人も不便でしょ?」
面倒な道順で行かなくてはいけないとライナも言ってはいたが、予想以上の面倒さだ。
はっきり言って、ここで働いているとすれば業務に支障を来すレベルだと思う。
「まあ、一応ちゃんと対処はしてたみたいだけどな」
苦笑しながら答えるライナに、私は首を傾げる。
対処をしていたという事なら、私達もその手段を使うのでは駄目なのだろうか?
そんな疑問が顔に出ていたらしく、ライナが廊下の曲がり角を曲がりつつ廊下の反対側を指差した。
「ほら、向こうが建物間を結んでる『中央棟』だ。 本来はどの棟からも中央棟を経由して行く事が出来るんだけど……今はああいう状態なんだよ」
ライナが指差した方向には壁があるだけだった。
ただしそれは他の壁と違って緑色の肉塊の壁という見た目ではなく、植物その物といった質感の壁だった。
よく見れば若干丸みを帯びており、そこから考えると巨大な丸太の側面の様に見える。
考えるまでもなく、それは『最初の一輪』が暴走した際に異常成長した根の一部だった。
「……なるほどね。 通りたくても通れない訳か」
「そ。 中央棟そのものと建物同士を結ぶ連絡通路含めて、花の根に完全に押し潰されて無くなってんだ」
ブルーフィリアの巨大な根はかなり広範囲にわたって製薬研究所の建物を破壊している。
その結果として、無傷と言える建物は研究棟とこの先の開発センターだけなのだという。
「だから俺もこっちから面倒な道順を辿って行ったんだけど……誇張でも何でもなく、本当に面倒なんだよなぁ」
因みに、建物の外から回って行こうとしても研究所の敷地自体が壁で区切られている為通れない。
ご丁寧に壁の上には侵入者対策として電流が通ったワイヤーが張られているとの事で、ライナと話し合った結果リスクを考えて建物内を進もうという事になったのだ。
私とライナなら越えて行けそうなんだけどね。
……と言うか、なんで研究所がこんな状態なのにしっかり電力は通ってるんだろう?
「……で、この先が開発センター?」
「そうなんだけど………塞がってんな」
中央棟方面が花の根で塞がっている事を確認した私達は反対側の廊下を進むと、取り敢えずの目的地である開発センター方面入口までやって来ていた。
以前ここを通ったライナの記憶によると、この先にある渡り廊下を渡ればすぐ開発センターなのだそうだが……。
「これって防火シャッター……じゃないよね? 何だか凄く物々しいけど」
「うーん……名目上はそんな感じだけど、実際には防御隔壁、みたいな奴じゃね? ……知らんけど」
明らかに防火設備のそれではない物々しいシャッター……もとい隔壁を前に、私とライナは揃って溜息を吐いた。
大仰な隔壁で閉鎖されたこの先の渡り廊下が、現状では唯一の開発センターへの道だという。
流石にこの様な、見るからに分厚い隔壁を力づくで破るのは難しそうだ。
「前来た時はこんなので閉じられてなかったんだけどな……。 後から生き残りが閉めたのかな?」
そもそもライナが以前施設内に侵入した際は、今の様に建物全体がブルーフィリアの植物細胞で覆われた様な状態ではなかったらしい。
建物は異常成長した根によって倒壊しており、当時無事だった人間がパニック状態で右往左往していたようだが、建物の特定の施設が封鎖されている様な事にはなっていなかった。
であるなら、ライナが研究所を去った後、何者かがこの隔壁を作動させたという事か。
「お、ここも一応電力生きてるみたいだな。 流石に非常用発電に切り替わってるけど、操作すれば動きそうだ」
隔壁横にあった制御パネルと思われる機械を操作しながらライナが声を上げる。
幸いにも特にロックされているという事も無いようで、操作すれば開く事が出来るという。
「開けられそう?」
「ああ、今は自動管理状態になってるから、手動操作に切り替えれば………うん?」
制御パネルに表示された文字を見ながらキーボードを操作していたライナが不意に手を止める。
どうしたのかと思って顔を向けると、眉間に皺を寄せて隔壁に手を当てた。
そして、ますます険しい表情に……いや、苦々しい表情になると、私に視線を向けて来た。
「………操、この向こう、どうなってるか分かるか?」
「……ちょっと待って」
その表情からライナの言いたい事を察した私は、すぐに『探知』を用いて隔壁の向こう側の気配を探る。
実を言うと『探知』の範囲内でも壁越しの情報は若干ぼやけてしまうのだが、壁一枚隔てた向こう側程度であればどれだけ分厚くとも問題ない。
しかしそれはつまり、私が『探知』の為に周囲へ放射している『光脈』は物質を透過しているという事なのだが………原理は今ひとつよく分かっていない。
まぁ、私にとっては便利な力なので構わないんだけど……ちょっと気にはなっているのだ。
私の身体を中心に放たれた『光脈』が周囲の情報を私に伝えて来る。
床や天井、壁すらもブルーフィリアの肉塊で覆われている現状では、周りは青く光る『光脈』だらけなので若干地形が分かり難い。
しかし、それでも放たれる光の強弱などにより、そこが只の壁か、或いは『壁以外の物体』かを判断出来る。
その結果判明したのは、隔壁の向こうには『壁以外』が複数蠢いており、その数も少なくはないという事だった。
「……居るね、結構な数が」
「どの位だ?」
「今分かる限りで………32かな」
外からは霧でよく見えていなかったが、この渡り廊下は思ったよりも横に広いらしく、隔壁の向こう側には予想以上の数の怪物がひしめいていた。
更に言うなら、こことは反対の開発センター側の隔壁も降ろされているようで、渡り廊下内に数十体の怪物が閉じ込められた状態になっているようだ。
「何でこんなとこにそんな数が群れてんだよ……」
ライナは心底嫌そうな顔で呟きつつ、再び隔壁の制御盤を操作して反対側の隔壁の状態を確認する。
すると、確かに反対側の隔壁も封鎖されているという事が制御パネルの画面に表示された。
と、その時、『探知』で内部の状況を把握していた私の感覚が、渡り廊下内に怪物化していない死体がある事を捉えた。
作業着姿のその人物は……怪物にその体を貪り食われたのか、無残な状態となっている。
しかし、渡り廊下側に設置された制御パネルにもたれ掛かる様にして死んでいる事から、最後にこの隔壁を操作したのはこの人物である可能性が高い。
「ライナ、中に作業着姿の死体があるんだけど、制御パネルを操作しながら怪物に襲われた様な状態になってるみたい。 もしかして、中から閉じ込めたんじゃない?」
最初は中に閉じ籠ったのかとも思ったが、この渡り廊下は特に緊急時に避難場所として使える様な設備は無い。
窓も小さく、そこから脱出するにしてもこの廊下自体が3階に位置している為、飛び降りるのも難しい。
いくら隔壁があると言っても、態々両側を通行不能にして立て籠もる様な場所ではないと思う。
「なるほど……有り得ない話じゃないな」
ライナが呟く様にそう言った。
その表情は何とも言い難い物であり、何かを言うべきかどうか迷っている様にも見える。
「……どうしたの?」
「……いや、何でも無い。 とにかく、この中にはウジャウジャ怪物が居て、それを処理しないと先へは進めないって訳だ。 ………面倒だけどやるかぁ……」
頭を掻きながら溜息を吐くライナ。
目の前の制御パネルには「隔壁を開放しますか? Yes/No」と表示されている。
どうやら後はYesを選択すれば隔壁を開く事が出来る段階になっているらしい。
隔壁が開けば恐らく怪物の群れが一気に研究棟側に雪崩れ込んで来る筈だ。
その全てを二人で相手にしなくてはいけない。
以前、地下水路で怪物の大群を相手にした際は総計で数百体の怪物に襲われたが、あの時も一度に襲われた訳ではない。
後ろから突出して来た怪物を迎撃したり、前方から立ち塞がる様に襲って来た怪物を斬り捨てたりしながら逃げ延びただけだ。
幾ら『花人』相手とはいえ、同時に30体以上の怪物と戦うとしたら数の暴力で圧殺されかねない。
どれだけ多くの『花人』を素早く処理出来るかがカギとなるだろう。
それなら……。
「……ライナ、私が前に出て戦うよ。 今の私なら『茨の鞭』を使えば大丈夫だと思うし。 ライナは私が倒し損ねた奴をお願い」
そんな私の言葉に、ライナは一瞬口を開きかけたが、すぐに口をつぐんで仕方がないとばかりに目を伏せた。
「……分かった。 でも、無茶すんなよ」
「うん」
短機関銃の弾倉を交換しつつ、銃の状態を確認したライナは、左手を制御パネルに添える。
弾倉を大量に詰め込んで来たバッグを肩に掛け直し、右手の銃を確かめた後に私と視線を交わした。
「行くぞ」
「了解」
短く言葉を交わした後、ライナがパネルの画面を操作する。
ピーッ!という警報の様な電子音が鳴り響くと、重厚な駆動音を響かせながら隔壁が上がって行った。
隔壁が上がった先には案の定、大量の『花人』がこちらへ向かって体を揺らしながらヨタヨタと接近して来ている姿がある。
数の多さから言って、無視して突破する事はやはり出来そうにない。
ならば、倒して進むだけだ。
私は大量の『花人』の姿が視界に入ると同時に床を蹴り、両腕に『茨の鞭』を展開して『花人』の群れに突っ込んで行った。




