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90 温床


「さて、とりあえず研究所に来た訳だけど………まあ、正面からは無理だよなぁ」


モーテルで準備を整えた私とライナは、次なる目的地である製薬研究所の正面ゲートが見える建物屋上に来ていた。


流石に正面から突入するのは無茶が過ぎるという事で、まずは偵察から始める事にしたのだ。


手にした双眼鏡を覗きながら研究所のある方角へと視線を向けていたライナだったが、やがて諦めた様に溜息を吐きながら双眼鏡を下ろした。


「うーん………やっぱり上から見ようとしても霧で見えないな。 そもそもバカでかい根っこだらけで見えそうにないけど」


ライナの言う通り、建物屋上から研究所のある方角を見ようとしても“霧”―――正確には極小サイズの花の種子―――が立ち込めている為に、目視で研究所の建物を確認する事が出来ない。


夜明けの時間を過ぎ、流石に辺りもそれなりに明るくなって来ているのだが、街を覆う霧の深さは相変わらずだった。


「……操の方はどうだ? 何か分かったか?」


そう言ってライナが私に声を掛けて来た。


ライナが研究所と周囲を目視確認している間、私は『探知』の能力を用いて周囲の状況確認を行っていた。


「……うん、居るね。 研究所の敷地周辺と敷地内部。 花の怪物達がウロウロしてる」


私の『探知』は現状で半径約100メートル前後の範囲にある物体の動きや形状を察知する事が出来る。


また、そこにある物体がブルーフィリア由来の存在であればそれも感じ取る事が出来るし、彼らがその身に宿す青い光こと『光脈(パルス)』の強弱によって、ある程度その強さを測る事が出来る様になった。


しかし以前、『光脈(パルス)』を身に宿した存在のみを感じ取る事が出来ていた時期には最大で1キロ近く先の怪物の存在を感知出来ていた事を考えると、範囲に関しては弱体化したとも言える。


その為、今の私が感じ取れるのは以前よりも狭い範囲になる訳だが、その代わりにより詳細な情報を得る事が出来る様になった。


問題は……その狭まった探知範囲内ですら、研究所周辺にはそれなりの数の怪物達……『眷属』達が居るらしいという事だ。


「多分、3、40体くらいかな……。 動きや『光脈(パルス)』の強さからすると、『花人』と『木人』辺りだと思う」


私達が今居る位置からだと、製薬研究所前の道路、そして研究所の敷地内にある建物前駐車場辺りまでがギリギリ『探知』範囲内となる。


モーテルからここまでの道中もやはり怪物と遭遇する事が無かった事から、私とライナはいよいよブルーフィリアの罠を疑い、慎重に慎重を重ねて可能な限り離れた場所から様子を見る事にしたのだ。


そして実際、研究所周辺や内部には怪物がうろついている事が分かった。


しかし………。


「待ち伏せしてる……に、しちゃあ随分緩いな」


「だよね……それに、隠れたりしてる訳じゃなくって、普通にウロウロしてるだけだし……」


今迄の『花』の怪物達の行動を思い返してみると、狂暴な怪物とは思えない様な待ち伏せや、仲間との連携攻撃等を突如行って来るイメージがある。


私はそれらの攻撃が、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』からの命令によるもの……つまり、私個人に対しての敵意から来る特殊行動なのではないかと考えていた。


だから、サイディス社の製薬研究所に……恐らくは『最初の一輪(オリジン・ブルー)』が居る可能性が高い場所へ私が接近していると知れば、再びその様な攻撃を自身の『眷属』達に命じると思っていたのだ。


だが、現実には研究所周辺は元より、研究所内にもその様な罠が張られている様な様子は無く、ただそこそこの数の怪物達が彷徨っているだけだ。


そこには何の意図も感じる事が出来ない。


「……ライナが前に研究所に侵入したのって、街がこうなった当日なんだよね? その時はどうだったの?」


ライナがこの街に来たのは今から一週間ほど前、グリーンフォレストに『異変』が起きた当日の事だった。


街に着いて早々にこの異常な事態に巻き込まれる形になったライナは、むしろ逆にその混乱に乗じて自らの『仕事』を熟したのだという。


ブルーフィリアの巨大な根が街を破壊し怪物が街の人々を襲う中、ライナは研究所に侵入して『仕事』を済ませた。


その時は異変の発生直後で、研究所も異常成長を遂げた『最初の一輪(オリジン・ブルー)』の蔓や根によって建物は破壊され、内部に居た人間も大勢が死亡するという惨事に見舞われていた筈だ。


既にその時、街中に巨大花から『種子』が散布され始めていたと思われる為、甦った死体である『眷属』に遭遇する事もあったと思うけど……。


「んー……あの時は街がこうなってから少し時間が経ってから入ったんだけど……まあ、今とそんなに変わらなかった……かな?」


勿論怪物とは遭遇したそうだが、積極的に排除して回った訳ではなく、邪魔になりそうな者だけを排除して行ったのだそうだ。


そこから考えると特殊な個体が居た訳でもなく、異常な程の数の怪物が襲って来た訳でもなく、寧ろ生存者もまだそれなりに居たという。


「目的を果たしてすぐに研究所から離れたけど、その時も変わった様子は無かったな。 ……『最初の一輪(オリジン・ブルー)』が居たっていう、大型実験棟?だっけか。 そこも通ったけど、バカでかい植物が生えてるなーくらいしか思わなかったし……」


当時ライナが目にした限りでは、件の大型実験棟からは確かに巨大な植物が発生している様な様子はあったが、そこから怪物が大量に発生していたり、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』が居るのが分かる様な特別な様子も無かったという。


つまり暴走を起こした後、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』がどうなったかは現状はっきりしていないのだ。


何となく漠然と、暴走した時と同じ研究所の大型実験棟に居るものだと思っていたのだが、実際に目にした様子とライナが以前確認した状況を考えると、この場に『最初の一輪(オリジン・ブルー)』が居ると考えるのは難しく思えて来る。


「ま、良いんじゃね? 俺達が研究所に向かおうとしてるのは例の枯死毒を作る為であって、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』を殺す為じゃないだろ? ……今はまだ、さ」


確かに………もしも研究所に『最初の一輪(オリジン・ブルー)』が、『彼女』が居るのなら、私達はこれから決戦に赴かなくてはいけないのだ。


枯死毒が無ければ殺せないという『最初の一輪(オリジン・ブルー)』を相手にしながら枯死毒を作る、などという順序が滅茶苦茶になった状態でそんな戦いに赴くのは御免被りたい。


色々と疑問はあるが、仮に研究所に『最初の一輪(オリジン・ブルー)』が既に居ないのであれば、この状況は千載一遇のチャンスとも言える。


それなら………迷っている場合じゃない。



サイディス・カンパニー第8製薬研究所はグリーンフォレストの街にある様々な施設の中で最も広大な敷地面積を持つ施設だ。


街の西端に位置する敷地内には様々な研究を行う実験棟や、各種資材を保管する倉庫等も併設されている。


一見すると敷地の壁で囲まれた範囲のみがサイディス社所有の土地に思えるが、実際には違うのだという。


「研究所の西側の裏手はレドウッド山から続いてる山裾が広がってんだけど、そっちの方までサイディス所有の土地なんだ」


山の麓辺りから研究所までの間は森が広がっており、一見すると人の手が入っていない森林地帯に見える。


だが、以前ライナが侵入したという隔離区画は地下に広がっており、位置関係としてはこの森林地帯の下に隔離区画があるものと思われた。


「明らかに隠そうとしてるよね、それ……。 森の方でも何かやましい事してたのかな」


「どうかな? 世間的にはあの一帯はただの森って体だったし、入ろうと思えば入る事も出来たからな。 あそこで何かしてたら逆に目立つんじゃないか?」


逆に言えば地下にあるであろう隔離区画では『何か』をしていた可能性が高い。


ブルーフィリアの事をサイディス社側が認知する前から存在していた筈のその場所で、一体何が行われていたのかは分からないが………他国に対して生物・化学兵器を売買しているという、噂の原因がそこにあるのかもしれない。


「俺が中に入った時も詳しく調べた訳じゃないから、何やってたのか細かい所までは分からないけど………何にせよ、碌な事じゃないだろうな」


グリーンフォレストにおけるサイディス社の表の顔とも言えるサイディス社の製薬研究所。


その地上部分はブルーフィリアの暴走によってほぼ壊滅状態となっている。


しかし、地下に存在する隔離区画は暴走の影響を受けずに残っており、必然的にそこで行われていた研究の成果も殆ど無事な状態だ。


異変が起きた後、隔離区画内部に避難して来た負傷者達がそのまま死亡・怪物化した事で悲惨な状況になっていたそうだが……。


「……変な進化した花の怪物とか居ないで欲しいなぁ……」


「口にすると寄って来るぞ、そういうの」


思わず零した私に対して、ライナが微妙な表情でそう言った。


所謂フラグと言う奴であるのは私も分かっているんだけど……。




大通りを避け、裏道を歩きながら研究所に向かう。


研究所周辺は流石に怪物達がうろついている為、銃声等が響けば近くにいる怪物が寄って来てしまう。


なので、なるべく音を立てずに研究所へ向かおう、と言う事で事前にライナとモーテルでの準備中に打ち合わせをしていた。



「ぎげっ!?」


「げごっ!!?」



空気が抜ける様な、くぐもった音と共に銃弾が放たれる。


直後、短い悲鳴を上げながら二体の『花人』が頭部から血を噴き上げながら倒れた。


裏道に時折現れるのはほぼ『花人』であり、特に特殊な怪物が現れる事も無かった。


ライナが前を歩き、私が後に続きながら周囲を索敵するといういつものパターンで進んでいるが、私の『探知』の能力の性能が向上した事により非常にスムーズに進む事が出来ている。


尤も、怪物達に相対した際のライナの対応速度が非常に速いという事も理由の一つだ。


「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ァァァァァァァ!!!!」


物陰から現われた『木人』が腕を振りかざしながらライナに向かって来る。


丁度死角になっている場所だった為、ライナの位置からは『木人』が見えなかった。


しかし、事前に『探知』でその存在を看破していた私は、声には出さずに『木人』の位置と数をライナにハンドサインで伝えていた。



パパパパッッ!



「!!??」



不意を突こうとした『木人』は、ライナが手にした短機関銃(サブマシンガン)から放たれた銃弾の雨を受け、頭部を覆った蔦ごと脳天を撃ち抜かれた。


『木人』の全身を覆う様に巻き付いている蔦は、特殊な進化を遂げた『眷属』達の植物装甲程の防御力は無いものの、9ミリ弾一発では貫けない程度の強度はある。


ならば貫通出来るまで撃ち込めばいいという事で、ライナが今回モーテルに持ち込んだ武器類の中から持って来たのが、9ミリ弾を使用する短機関銃(サブマシンガン)だった。


なるべく静かに行動するという方針に合わせて減音器を装着したその銃は、確かこの街の警官隊の一部が採用していた物と同型の物だ。


警官隊の物とは異なり、折り畳み式のストックが装着されたタイプのそれを、ライナはストックを伸ばした肩付けの状態で使用している。


銃にはあまり詳しくないが、モーテルでライナが少し説明してくれた限りでは……PDW?とかいう形式の銃なのだそうだ。


簡単に言えば、取り回しがし易く火力のある銃の総称らしい。


肩にたすき掛けしたスポーツバッグを背負い、その中に大量の予備弾倉を詰め込んで来ている為、ある程度敵を倒す度にバッグに手を突っ込んでは弾倉を交換している。


動き難くないのかな……等と私が考える間にも、涼しい顔で怪物達を排除して行っている。


一応、バッグの中に仕舞ってあった、私が使っている物によく似た黒いウエストバッグも身に着けて来ており、短機関銃(サブマシンガン)以外の『道具』も入れて持って来ているらしい。


それに対して、肩から掛けたバッグには短機関銃(サブマシンガン)の予備弾薬がギッシリ入っている以外には大した物は入っておらず、あくまでも弾薬入れとして使用しているようだ。


因みに、ライナが持ち込んでいた銃器類の中には同じく減音器付の散弾銃もあったのだが、流石に散弾銃クラスになると減音器付でも音がある程度大きいので今回は置いて来たとの事だった。


その辺りはよく分からないが、銃の扱いに慣れたライナが言うのだからそういう事なのだろう。


実際、ライナは持って来た短機関銃(サブマシンガン)を使いこなして迅速に敵を排除している。


出合い頭に脳天に一発、『木人』なら数発撃ち込み、足を止めずに先へ進んで行く。


射撃が苦手って話、ますます説得力が無くなって来てるけど……。



そうして道を進み、やがて私達は建物の間を抜けた先、製薬研究所の敷地を囲う壁の端まで辿り着いた。


そこには人が一人漸く通る事が出来る程度の小さな扉が備え付けられている。


正面ゲートに対して裏口の様な物なのだろう。


だが、扉の横には大仰な機械が取り付けられており、厳重なセキュリティが掛けられている事が一目で見て取れた。



「ここ?」


正面突破は当然無し。


ではどこから中に入るのか、となったのだが、ライナが以前侵入した時と同じルートで行く事になったのだ。


「ああ、一応な。 まだ通れりゃいいんだけど……」


ライナが今一つ自信なさげなのは、流石に一週間前と今とでは状況が変わっている可能性が高いと考えていたからだ。


以前も施設内は緊急事態とあって混乱の極致にあったが、幸いにもセキュリティなどは一応正常に動いていた。


何故それが幸いなのかと私は最初に思ったのだが、ちゃんと理由があるらしい。


「……あの時のままならこれで入れる筈だ」


そう言ってライナが取り出したのはカードキーのようだった。


ようだった、と言うのは、そのカードキーらしき物には文字も何も書いておらず、ただの板切れの様にも見えたからだ。


「お手製カードキーがまだ機能してますよう……に!」


「お手製なんだ……」


カードキーって作れる物なの?


ライナの呟きに思わずツッコミを入れる。


カードキーがスロットに通されるとピッ!という電子音が聞こえた後、扉からガシャン、と思ったよりも重々しい音が響いた。


少し驚いた私は、一応周囲の気配を探ってみるが近辺の怪物で今の音に気付いた物はいないようだ。


「開いたっぽい……けど、何か音が変だな?」


……と、訝しげな表情でライナが不穏な事を呟く。


機械自体は正常に動いていたと思うけど……。


「………ふんっ! ………あ、駄目だこれ」


「諦めるの早くない……?」


扉の横の電子ロックを制御しているパネルを見る限り、セキュリティ自体は正常に動作している。


その為、ライナが通したカードキーを認識したのなら(偽造カードキーではあるが)ロックは解除され、扉は開く筈だ。


しかし、扉に手を掛けたライナがドアノブを捻って押してみてもビクともしない。


向こう側から何かが扉を塞いでいるのだろうか?


「もしかして、『花』の浸食がこっちまで来てるんじゃない? それで向こう側から扉を押さえちゃってるとか……」


「あー………ありそうだな。 さっき屋上の方から見渡した時は霧で見えなかったけど、こりゃ中の方は結構酷い状態になってるかもなぁ……」


そんなライナの言葉で私も思い出す。


先程、少し離れた建物の屋上から偵察した際、確かに研究所の敷地内全域にブルーフィリアの根や蔓が広がっていた。


だがそれは大通りを埋め尽くしている様な巨大な根などではなく、もっと細い蔓や根だった筈だ。


勿論普通の植物のそれと比べれば異常に太かったりしていたが、あの巨大花から伸びた物と比べれば常識的な範疇と言える。



それなら………何とかなるんじゃないかな?



「……ライナ、ちょっと下がって貰える?」


「え? お、おう」


私の言葉を受けてライナが扉から少し離れる。


私はライナが退いた扉の前のスペースに立つと、両腕に『籠手』を纏い、更に指先を『鉤爪』状に変化させた。


「一応周りの索敵お願いして良い? すぐ終わると思うけど……」


「う、うん、分かった……けど操、何を……」



ズガッ!!



ライナが言い終わるよりも早く、私は目の前の扉に両腕の『鉤爪』を突き立てた。


金属すら引き裂く強度を持った『鉤爪』を私の腕力で叩き付けた為、頑丈そうな扉にあっさりと『鉤爪』が突き刺さる。


私はそのまま両腕に力を籠め、全力で扉を押す。


「ふッ……!!」


短い呼気と共に更に力を籠めて行くと、メキメキと言う音と共に徐々に扉が押し込まれて行った。


途中バキン!とかボキン!という様な金属が千切れる様な音が聞こえたが、無視してそのまま両腕に力を籠め続ける。


やがて、予想通り扉の向こうに広がっていた花の根の壁すら引き千切りながら押し込まれた扉が、バキバキバキッ!!という文字通り生木を裂く様な騒音を立てながら、研究所側から扉を埋め尽くしていた根の壁を突破して行った。


完全に根の壁を抜けた事を確認すると、『鉤爪』を抜きつつ扉をそっと地面に置いて息を吐いた。


「……ふう。 何とか通れたね」


「わー……」


一仕事終えて息をつく私の背後で、ライナが感情の籠っていない声を上げる。


その声を聞いて、漸く私は自分の所業を正しく認識した。


「操ってやっぱりパワータイプ……」


「だから違うってば! 今のはその、ほら……き、緊急時だったから!」


自分で言っていて何を言っているんだろうと思った。


緊急時だとパワーに訴えてもパワーキャラではないという事になるのか。


………自分で言っていて悲しくなって来た。


「まぁ、ほら、いいじゃん。 とにかく中には入れたんだから……お、お手柄だぞ、操!すごい!」


「何となく雑に褒めて流そうとしないで……!」


……問題を腕力で解決する脳筋キャラとしての立ち位置はもう解消出来そうにないかもしれない。


ライナを無理やり脱がせた時とは逆に、今度は私が涙目になるのだった。


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