87 青き隣人
『ブルーフィリアの生態及び特性の考察』
レポートにはそう題されていた。
内容としてはタイトル通り、桜木博士が調査・研究を行った『ブルーフィリア』についてのまとめの様なものらしい。
『ブルーフィリア』の基本的な特徴、研究過程で判明した生態、そこから発見に至った特性等、多岐に渡るデータが記されている。
成分分析や遺伝子レベルでの解析の様な数値的な内容もびっしりと記載されているが、流石に私にはそこまでは分からない。
だが、桜木博士から見た現時点での最終的な総括が各項目に記されており、私にとってはその内容だけでも強く興味を引かれる物だった。
『ブルーフィリア』
《外見的特徴》
ユリ科の花に似た形状の青い花弁を持つ。
但し花弁の数や葉の形状が異なる他、地面に根を下ろし、茎から枝葉を伸ばして頂上部に花を一輪咲かせる一方、蔓植物の様に細い蔓を伸ばす等、明らかに異なる点も見受けられる。
また、南極での発見時に花弁を青く発光させるなどの現象が見られたが、南極から研究所へ栽培場所を移して以降はその様な現象は確認されていない。
一輪のブルーフィリアには一つの花冠が形成されるが、これは現状『最初の一輪』のみに見られる特徴であり、後述する『子』は花柄を中心に複数の花を咲かせる場合もある。
《基本的生態》
1.食性:
生存に必要とする物は水と空気のみである。
本来、植物の生育に必要な日光、即ち光合成はこの花の場合は必ずしも必要では無く、『無ければ無いで問題ないが、あれば利用する』といった程度のものであり、栄養源としての重要度は前述の二つよりも低い。
但し、『子』及び『眷属』は利用する『苗床』の状態によってはその限りではなく、その場合は基本的に雑食であると言える。
基本としてはオリジナルである『最初の一輪』の生態が下地となっているようだが、発生した『子』以下の存在は自らが置かれた環境の影響を強く受ける為、一般的な生物・植物とは異なった『栄養源』を求める様になる可能性もある。
2.繁殖:
通常の花と異なり、『種子』と同様の機能を持った花粉に相当する物質を周囲に散布し、自身のクローン体を生成する形で繁殖を行う。
無融合生殖の一種と思われるが、これによって発生した個体は基本的にはオリジナルの劣化コピーと言うべき能力しか持たない。
しかしその一方で種子から発生した個体である『子』は、ただ単なる劣化コピーという訳ではなく、成長するにつれてオリジナルが持ち得ない能力を持つ場合がある。
後述の『寄生能力』と合わせてオリジナルとは異なった成長、或いは『進化』を遂げる事で環境に適応し、やがてはオリジナルすら超える能力を得る事で種としての生存力を強化していると思われる。
現状において『最初の一輪』の種子から発生したブルーフィリアである『子』と、『子』から発生した『孫』に当たるブルーフィリアには明確に能力の優劣が存在している。
その為、区別の為『最初の一輪』の種子から産まれた個体を『直系眷属』、『直系眷属』以降の個体から生まれた存在を『眷属』と呼称する事とした。
『眷属』以降の存在に関しては特に能力の劣化が顕著であるが、種としての成長が止まった訳ではない為、こちらも成長次第では『直系眷属』に迫る能力を身に付ける可能性があるだろう。
そして恐らくだが、『直系眷属』は順当に成長して行けば新たな『最初の一輪』となり、『ブルーフィリア』としての次世代を紡いで行く事となると思われる。
《特殊能力》
ブルーフィリアには通常の植物には存在し得ない特殊な能力が幾つも備わっている。
本項では現在までに判明しているブルーフィリアの持つ特殊能力を纏めるものである。
但し、ブルーフィリアは極めて高い環境適応能力を持っている為、本項に記載された能力以外にも環境に適応する過程で未知の能力を発現する可能性は否定出来ない。
よって、ブルーフィリアに対して強い負荷を与える、特に精神的ストレスを与える様な実験及び接触は決してしてはならないという事をここに記しておく。
1.寄生能力
『ブルーフィリア』から散布された花粉状の『種子』は生物の死体に寄生し、その死体を苗床とする形で成長してやがて開花に至る。
更に、開花した瞬間から『ブルーフィリア』が苗床となった死体をコントロールし始め、その肉体を乗っ取ってしまう。
乗っ取られた死体は『ブルーフィリア』の制御下に置かれ、元となった生物同様に肉体を操作する事が可能となる。
その動きには明確な自我が感じられ、こちらから呼び掛ければしっかりと反応を返して来た。
そうした音による反応の様に、元となった生物の五感をそのまま利用しているらしく、観察対象の一体であるネズミの死体を乗っ取った個体はネズミの嗅覚をも獲得していた。
また、ただ乗っ取るだけではなく、その生物本来の能力を遥かに上回る身体能力を発揮させる事も可能なようだ。
例外としては『最初の一輪』のみ苗床を必要とせず、ごく普通の花の形のまま存在している。
こちらの言葉に蔓を動かして答える等の反応を見せる事もあり、『彼女』に関してはやはり特殊であるようだ。
また、重点観察対象の一体であるネズミの死体を苗床とした個体、『アルジャーノン』(通称『鼠のアル』)は、『開花』直後から通常のネズミとは比べ物にならない程に身体能力が強化されていた。
ただ強化するだけではなく、その強化の度合いに肉体が付いて行ける様に細胞レベルで変異が起こっているらしく、通常のネズミが行えば間違いなく肉体を損傷する様な動きを行う事すら可能だ。
しかし、能力の強化で最も顕著なのは彼らの知能だろう。
少なくとも『鼠のアル』は人の言葉を完璧に理解し、鳴き声や身振りで人間とコミュニケーションを取る事が出来る。
この点で興味深いのは、こうしたコミュニケーション能力を獲得したのは『最初の一輪』よりも『鼠のアル』の方が早かった事だ。
『最初の一輪』は研究初期の段階から、自身の蔓を動かしこちらと接触する様な動きを見せていたが、コミュニケーションを取ろうとしていると言う程のものではなかった。
しかし、『鼠のアル』が生まれて以降、明らかに『最初の一輪』のコミュニケーション能力は向上して行った。
それも、『鼠のアル』の成長に合わせる様に、より詳細かつ複雑な意思表示をする様になって行ったのだ。
このレポートを作成している現時点においても彼女は言葉を発する事が出来ていないが、言葉だけではなく文字を理解し使用する事が出来る程の『進化』を遂げている。
様々なテストの結果、『鼠のアル』共々、『最初の一輪』は既に人間と変わらない自我を獲得していると結論付けた。
これら急激な知能の向上は、『鼠のアル』に関しては素体となったネズミの脳を再利用したのではないかと推測出来る。
肉体面が本来のネズミではあり得ないスペックを発揮出来る様になっているのであれば、脳細胞に関しても元になった生物のスペックを大幅に超える能力を獲得したとしても不思議ではない。
明確なメカニズムは現状では不明だが、ネズミの脳が人間並みの性能を発揮したとすれば驚異的だ。
そして『最初の一輪』の知能向上に関しては、『直系眷属』である鼠のアルからのフィードバック現象が起きたのではないかと推測している。
『直系眷属』は『最初の一輪』に限りなく近いクローン体だ。
それがどの程度近縁なのかは分からないが、別個体であると同時に同一個体と言える程のものなのではないだろうか?
つまり、『最初の一輪』がメインコンピューターだとすれば、『直系眷属』は彼女に最も近い『端末』なのではないかという事だ。
『端末』が体験した事象、或いは学習した知識といった『情報』が統合されて『最初の一輪』に集積される。
それ故に、『脳』を使って思考し学習する事が出来た『鼠のアル』の得た情報が『最初の一輪』にフィードバックされ、『最初の一輪』も急激に自我が育つ事になった。
そう考えれば、本来であれば劣化コピーの立場である『鼠のアル』の方が早く自我が芽生えた事も納得出来る。
しかしそうなると、『直系眷属』は『最初の一輪』に最も近い端末ではあるが、通常の『眷属』も『最初の一輪』から遠いだけで、端末としての役割を担っている可能性が高いという事になる。
もしも無数の端末を発生させ、その端末からの情報を全て『最初の一輪』にフィードバックさせて行った場合、文字通りスーパーコンピューターの様な高速処理が可能となるのではないだろうか。
そうなった場合、『彼女』はどれ程の進化を遂げるのか?
現状では具体的な実験等は行っていないが、仮に際限なく進化を続けた場合、どの様な現象が起きるのか、そして『彼女』がどの様な自我を持つかも分からない。
『彼女』に芽生えた自我が、我々人類を良き隣人として認識してくれるとは限らないのだ。
いずれにせよ、この件に関しては非常に慎重な対応が必要と思われる。
2.再生能力
ブルーフィリア由来の生物は能力の強弱はあるものの、共通して肉体の再生能力を有している。
『最初の一輪』、『直系眷属』、『眷属』の順にその再生能力の性能は低下して行くが、人間と比べれば総じて驚異的といえるレベルのものだ。
『眷属』が持つ再生能力はごく微弱ではあるが、それでも千切れた腕を繋ぎ直す位の事は出来る。
その一方で、苗床を得た『眷属』は苗床が大きく損傷して行動不能になった際、殆どの場合苗床の再生に全能力を傾ける行動を取る。
言うなれば仮死状態の様な状態になり、そこから時間を掛けて苗床を修復するのだ。
修復可能なのは四肢や内臓等だけではなく、脳や眼球といった極めて繊細な臓器類すら含まれる。
但し、当然ではあるが物理的に修復する事が可能というだけである為、死者を蘇生させる様な事は出来ない。
あくまでも、ブルーフィリア達が『乗り物』として利用出来る様に修理するだけだ。
しかし、それですら再生医療の観点から見た場合、医療技術として応用する事が出来れば極めて有用な能力であると言える。
『直系眷属』は単純にその再生能力が強化されており、四肢が失われたとしても即座に新たな手足を再生させ、骨や臓器の類も時間が巻き戻るかの如き速度で瞬く間に肉体が修復される。
『直系眷属』は存在そのものが希少である為細かな実験を行えていないが、恐らく脳を損傷するなどの深刻なダメージを受けても余力さえあれば即座に再生する事が可能だろう。
その一方で、極めて高い不死性を持ってはいるものの、限界を超えるダメージが肉体に蓄積した場合、再生が追い付かずに死に至ってしまうと思われる為、決して不死身という訳ではない。
あくまでも『不死身に近い』というだけだが、それも人間から見れば十分に不死めいて見える。
また、『直系』に限った事ではないが、これら再生能力のせいかブルーフィリア達は自らの肉体の損傷に対して頓着しない傾向が多く見られ、実験に協力してくれた『鼠のアル』は自らの腕をあっさり喰い千切って見せた。
痛み自体をあまり感じていない様にも見受けられるが、そうした振る舞いは後述するブルーフィリアという存在の在り方故と思われる。
『直系眷属』の希少性故に詳細を解き明かす事は困難だが、この点は特に強く留意しておく必要があるだろう。
そして、『最初の一輪』に関してだが、こちらは完全に不死身と断言してしまっても良いかもしれない。
『最初の一輪』に対する実験は、他ならぬ『彼女』自身の協力もあって細かく行う事が出来た。
その結果、『最初の一輪』の肉体を構成する部位は何処であろうとも凄まじい再生能力を有している事が判明している。
花弁、茎、枝葉、根……どの部位であろうとも損傷した傍から高速再生し、数秒後には新たな物が生えて来る事になる。
毒物に浸したり高熱に晒してみたり、果ては液体窒素に長時間浸けてみる等、あらゆる負荷を掛けてみたが全く変化が無かった。
どうやっても数瞬後には元通りになってしまうのだ。
何より恐ろしいのが、この実験を行ったのが採取した『最初の一輪』の花弁の一枚に対してだという事だろう。
『最初の一輪』本体ですらないにも拘らず、その細胞を死滅せしめる事が出来なかったのだ。
『直系眷属』も『眷属』も、その存在や能力自体は『最初の一輪』の劣化コピーであるのは間違いない。
しかし前述した通り、彼らは成長の余地を非常に多く残しており、成長次第では『最初の一輪』に匹敵、或いは同等以上の存在へと『進化』する可能性がある。
もしも、その様な『進化』の果てに『最初の一輪』と同等の能力を持った存在が誕生したならどうなるだろう?
幸いにも『最初の一輪』は、『彼女』は我々人間と対話する事を選んでくれた。
しかし、彼女以外の『原種』は?
今後誕生するかもしれない『彼女達』はどうするだろうか?
未来の事は誰にも分からないが………最悪の未来は常に考えておくべきだろう。
3.特異エネルギー体
前述した通り、ブルーフィリアはその存在において自らの『肉体』に重きを置いていない可能性が高い。
だとすれば、ブルーフィリアと言う存在を形作る上での、言わば『本体』とでも言うべき『要素』がある筈だ。
だが、研究が進み、『彼女』との対話が進んでも、その部分の研究だけは一向に進展が無かった。
しかしある時、予想もしない形でその片鱗を垣間見る事になった。
最初のきっかけとしては何の事は無い、私がちょっとした怪我をしてしまった事だ。
怪我の程度も大した事は無く、記録用に使用していたノートの端で指を切ってしまっただけだ。
指先に出来た傷口から血が滲み出して赤い玉を作っていたが、大した痛みも無かった為、私は溜息を吐きつつも手当てをしようと席を立った。
だが次の瞬間、怪我をした方の指に何かが絡み付いた。
何が起きたか理解する前に、思わぬ強さで指ごと腕が引かれ、その場でよろめいてしまう。
混乱しつつ引かれた腕を見ると、そこには植物の蔓が巻き付いていた。
言うまでもなく、『最初の一輪』から伸びた蔓だ。
そして、『最初の一輪』が植えられているプランターの方へ強引に引き寄せられると同時に、視界の端で何かが光った。
思わず視線を向けた先では、指先に絡み付いていた『彼女』の蔓が、いや、私の指の負傷した箇所が青い光を放っていたのだ。
時間にすればほんの一瞬の事だっただろう。
しかし私はその一瞬の間、自分の指先から溢れ出す幻想的な青い光に魅入っていた。
気が付けば指から蔓は離れており、伸ばされた蔓は『最初の一輪』の元へ戻って行った。
そして、指先の怪我は、最初から何ともなっていなかったかの様に、傷痕一つ残さず消え去っていた。
この一件の後、私はある結論に至った。
ブルーフィリアには、我々人類が未だ観測していない未知のエネルギーが宿っている、と。
そして、その未知のエネルギーこそが彼女達『ブルーフィリア』の根幹を為す『要素』なのではないか。
『彼女』がその力を以て私の傷を治療したとするなら、あの青い光は損傷した細胞をほんの一瞬で修復出来るという事だ。
それは最早、再生医療技術ですらない、超能力だとかの領域だ。
実際に目の前でその現象を目にしてなお信じられなかったが、事実として私の怪我は完全に治療されている。
断じて幻覚などではないのだ。
しかし、そもそもからして人語を理解する花や死体を再生利用する花が存在する時点で、超能力紛いの力を持った存在が居ても誤差というものだろう。
問題はそれらすべてが一つの存在を指している事だが、ここまで来れば些末な事だ。
今にして思えば、若干開き直りに近い心理状態だったと思わなくもないが、その甲斐あってか研究が進んだのも事実だった。
何故なら、そこまで確証を得られたなら後はそれ程難しい作業ではないからだ。
分からない事があるのなら、分かる者に聞けば良い。
勿論、聞く相手は『最初の一輪』自身だ。
結果から言うと、ブルーフィリアにとってあの『青い光』は『魂』に相当する物である……というのが私の最終的な見解だ。
と言っても、実際にそれがこの世界に魂、つまり霊魂が存在する証拠だなどと言うつもりは無い。
あくまでも『彼女』に聞き取りを行った結果、私が思い浮かべたあの『青い光』に一番近い物が『魂』だと言うだけの事だ。
『最初の一輪』曰く、あの光は『彼女自身』であるとの事だった。
最初は意味が理解出来なかったが、対話を重ねる内に少しずつ彼女達の『在り方』が分かって来た。
掻い摘んで言うと、ブルーフィリアは彼女達の視点から見た場合、自分が体を動かしているという認識だったのだ。
どういう事かと言うと、彼女達にとって肉体という物質的な存在は、あくまでも自分という存在の『容れ物』でしかなく、あの『青い光』こそが『自分自身』だと言うのだ。
つまり彼女の言った、『自分が体を動かしている』と言う表現は、彼女達にとっては肉体という乗り物に『青い光』である自分が乗り込んで操作している感覚だという事だ。
その答えは『ブルーフィリア』達が自らの肉体に重きを置いていないのでは、という私の仮説を裏付けるものだった。
しかし同時に予想外だったのは、あの青く光る未知のエネルギーその物が『最初の一輪』の、ひいては『ブルーフィリア』という存在自体の『本体』だった事だ。
言ってしまえば、『彼女』が私の傷を治したあの超常現象は、彼女自身を消費して引き起こされた現象だという事なのだ。
これを聞いて私は慌てた。
まさか、あの現象を自分の身体を削って起こしているなどとは思っていなかったのだ。
しかし、『最初の一輪』曰く全く問題は無いとの事だった。
傷を治す程度では自分自身に異常が出る程に消耗する事は無く、消費した分のエネルギーもすぐに回復するのだという。
それを聞いて、私は胸を撫で下ろした。
私を助ける為に『彼女』の命を危険に晒してしまったりしたら後悔しても仕切れないからだ。
次からはそうした事をする前に教えて欲しいと言っておいたが、理解してくれただろうか?
そうして『最初の一輪』からあの『青い光』についての詳細を聞き取った結果、以下の事が判明した。
・『青い光』はブルーフィリアという存在そのものである。
・ブルーフィリアにとって肉体は『青い光』の容れ物に過ぎず、他の生物と比較して重きを置いていない。
・上記故に、肉体の形状や性質を変化させる事が容易であり、ブルーフィリアの意思次第で細胞レベルで変質が可能。
・但し、『青い光』は常に燃焼している炎の様な物である為、容れ物である肉体が無ければエネルギー体である『青い光』は霧散してしまう。
・肉体という容れ物に入った状態であれば『青い光』の拡散を防ぐ事が出来るが、『青い光』を維持する為には外部からのエネルギー補給が必要。
・補給の為のエネルギー源は個体によって異なる。
※一例として『最初の一輪』は水と空気のみ、『鼠のアル』は雑食である。
・何らかのエネルギー源を得たブルーフィリアは、それを『燃料』として『青い光』を燃やして存在を維持している。
・『青い光』はブルーフィリア以外の生物にも干渉する事が出来る他、非生物にもある程度作用させる事が可能。
・光が濃ければ濃い程込められたエネルギーが多く、込めたエネルギーの量によっては『青い光』自体が物理的な干渉力を持つ様にもなる。
・個体毎に『青い光』の波長に違いがあり、ブルーフィリア同士であれば個体識別が可能。※現在検証中
・『青い光』自体がブルーフィリアそのものである為、個体毎の意思を光の作用に反映させる事が可能。
※現在検証中だが例として、生物・非生物問わず『青い光』に攻撃の意思を乗せて標的に放った場合、それを受けた対象は物理的に損傷するだけではなく、『青い光』に体を浸食される様な現象が起きた。熱を伴わずに火傷を負った様な傷が出来た為、恐らく細胞レベルでの損傷が起きていると思われるが詳細は不明。
・他者に対する傷の治癒現象は、攻撃時とは逆に相手の傷を治したいという意思を込めて『青い光』を注ぎ込むと、相手の治癒能力を一時的に急上昇させる事が出来るとの事だった。
※『最初の一輪』自身もこの治癒現象に関しては原理を完全に理解している訳ではなく、感覚的に能力を行使していた為詳細は不明。
・『青い光』の制御は自分の体を動かす事と同義である為、花本体と苗床となった生物の肉体が馴染み切っていない『直系眷属』や『眷属』は『最初の一輪』に比べて『青い光』の制御能力が低い。
・しかしそれも時間と共に馴染んで行き、最終的には元となった生物の体も花の一部(ブルーフィリアの肉体を構成している植物性の細胞?)となる為、差は無くなって行く。
・『青い光』は体から切り離してもある程度制御出来るが、僅かな時間で霧散してしまう。
・逆に体から完全に切り離さず、『青い光』同士で僅かにでも繋がっているのであれば通常通り制御が可能。
・上記の性質に伴い、肉体の一部を切り離しても、『青い光』で繋がっているのであれば遠隔操作が出来る。
※実験では切り離した花の蔓を遠隔操作し、筆記用具を用いて文字を書いて見せた。
・上記の『青い光』の遠隔操作能力により、上位者から下位者(この場合は『最初の一輪』→『直系眷属』→『眷属』の順)に対して『青い光』を介した電波干渉の様な事が可能。
・下位者は上位者からの命令や情報を受け取り、上位者は下位者が得た情報を自身に集積する事が出来る。
※但し、命令権は上位者側にしかない。
・『青い光』にブルーフィリアの意思を反映する事が出来るが、それがどこまでを指すのかは『最初の一輪』にも分からない。
※検証した限りでは、より強い意思を込める程に『青い光』が発揮する効力が強まる様に感じた。
また、『鼠のアル』の『青い光』を活性化させた状態での身体能力を調べてみた結果、運動能力が通常時の数倍〜十数倍にまで上昇しており、肉体的にもより頑強になっている事が判明した。
・『青い光』はブルーフィリアの成長に伴って力が増し、それに伴って肉体も大型化が進む。
※『鼠のアル』は誕生直後は手乗りサイズの普通のネズミだったが、現在は中型犬程の体躯にまで成長している他、元となった種と比べて体全体がしなやかな筋肉に覆われ手足の長さも伸びて来ている等著しい骨格の変化も見られる。
その他にも細かな部分はあるが、現在の所判明しているのは凡そこの様な内容だ。
未知の部分は恐らくまだまだある、と言うよりも他ならぬ『最初の一輪』自身が自らの能力を全て理解している訳ではないのだ。
だが、それは当然の事だろう。
人間も人間を全て理解している訳ではないのだから。
ここまでの研究で判明した事も、新たに持ち上がった謎もある。
しかし、現状で確実なのは彼女達が人間とは異なり、『青い光』という「魂の様な物」に重きを置いた存在であり、そこに物質的な肉体や精神が紐付いているという事だ。
だが、『青い光』が本体とは言え『器』である肉体が破壊されてしまえば、『中身』である青い光が漏れ出し、エネルギーが霧散してしまう。
そういった意味では肉体も『ブルーフィリア』にとって重要な要素であり、欠かす事が出来ない物である。
そして、最も重要なのが、『青い光』という人間にとっては未知の力によって、通常では考えられない現象を引き起こす事が出来るという点だ。
それこそ、超能力や魔術と言っても差し支えないレベルの超常現象を『ブルーフィリア』を形作る『青い光』はこの世界に発現させるのだ。
傷を瞬時に治し、手を触れずに標的を破壊し、周囲の生き物を自在に操る。
この様な力を人間が扱う事が出来るとしたら?
果たして人間は、彼女達と同じ様に穏やかに生きる事が出来るだろうか?
残念ながら今の人類に出来るとは思えない。
未だ未熟な人類には、この力は諸刃の剣だ。
これらの研究結果は慎重に扱わなければならない。
ここまでの研究を総合すると、『青い光』に『精神』が紐付き、『肉体』を器として存在するのがブルーフィリアだ。
そして『青い光』こそがブルーフィリア本体であり、数々の特殊能力を齎す源泉でもある。
この結論に達した際、私はある学問体系の話を思い出した。
世界には『神智学』という分野が存在する。
簡単に言ってしまえば、超自然的な存在に接触する事で魔術や超能力を扱える様になる、という様な学問………の様なものだ。
勿論それらは実際にそういった力が存在していると証明されている訳ではなく、大多数の人間からはペテン師や詐欺師の常套手段とされている考え方だ。
当然私もその手の物は微塵も信じていないし、『ブルーフィリア』が『神の御業』で生まれたとも思っていない。
だがその一方で、本当に全くの嘘偽りによって形作られた分野であるのなら、何故今日に至るまでこの思想は生き延び続けて来たのか?という疑問も私は自分の内に抱いている。
本当に神秘に見えたかどうかは定かではないが、この分野で歴史上に名を残した人々は確かに存在し、今もそうした超自然的な力を信じる人々は居るのだ。
故に私個人は神智学というものを信じはしないが、今に至るまでに人類史に残り続けているという事は、残るだけの理由があったのではないか、とも思っている。
神秘とされる何らかの存在を垣間見た人々が、事実を誤認してしまったという事が無いとは言えないのだ。
今に至ってもなお、人間は全知全能からは程遠いのだから。
そんな神智学の考え方の一つに『感情体』という概念がある。
これは、魔術等の超常現象を引き起こす力に関する身体の事であり、肉体・精神と一体となっているものとされている。
このアストラル体によって、自然に存在する普遍的なエネルギーを制御して超常的な力を操る事が出来る……と言う事だ。
感情体・情緒体とも言われるこの概念は、全ての人間に備わっているとされ、これを制御出来る様になる為に瞑想を行う等して高度な精神活動を得る……と言うのが神智学における考え方であるらしい。
科学者、或いは研究者である私からすれば随分と他力本願な考えだと思うが、要するにアプローチの違いでしかないのだろう。
神秘を信じる人々は己の中に未知を見出し、私達は己の外に未知を見出した。
私としてはその様に解釈したが、同時にある事に気が付いた。
解釈の違いでしかないのであれば………私達が見ている物は同じなのでは?と。
かの学問体系の中で『感情体』とされた物と、私が研究過程でブルーフィリアに見出した『青い光』は解釈の違いや細かな差異こそあれ近い存在に思える。
ブルーフィリアにとって『青い光』も『肉体』も『精神』もその存在を構成する重要な要素だ。
そして、『青い光』は神秘的とすら言える超常現象を引き起こす『力』を持っている。
かつての人々がブルーフィリアその物ではなくとも、それに近い『何か』と邂逅し、そこに彼らの『星』を見たとしたら?
今ブルーフィリアの謎を解き明かそうとしている私と、神秘に触れようとした彼らの間に如何程の違いがあるのだろうか。
私はこのブルーフィリアを形作る青い光を『感情光脈』……略称として『光脈』と名付けた。
心を宿した光はブルーフィリア自身であると同時に、彼女達の魂そのものだ。
その光の中に彼女達は存在し、またその光……『光脈』で以て己をこの世界に存在させている。
その力も、彼女達自身も、遥か太古の昔から世界に存在していた筈だが、自我を確立したばかりの彼女達は生まれたばかりの赤子と何も変わらない。
その身に宿した力の強大さも、自分達がこの先どうなって行くのかも、彼女達には分からない。
私が彼女達の事を何も知らないのと同じ様に。
少なくとも………私はそう『解釈』する事にした。
重ねて言うが、人類は未だ未熟である。
私達はまだ何も知らない赤子に等しい。
だが今、私の目の前には赤子の手に余る強大な力が確かに存在している。
『光脈』は私の、そして人類の夢を叶える事が出来る可能性を秘めていると同時に、人類を滅ぼしかねない危険性をも内包している。
過去の人々の所業を無知と嗤うのは簡単だが、この力を解き明かそうとしている私達は、果たして無知ではないのだろうか?
培って来た知識が無力だとは私自身は思わないが、全てを思い通りに制御出来ると己惚れるつもりもない。
だが、世の中にはその様に思わない者も大勢いる。
そんな彼等の目に、耳に、この力を……彼女達を触れさせて良いのだろうか?
『ブルーフィリア』が人類にとっての『福音』となるか、それとも『終末の鐘』となるのかは………私に掛かっているのかもしれない。
2019年 3月21日
桜木 操




