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86 己を知る


「じゃあ、元々はライナの義理のお父さんが、その………殺し屋だったの?」


あれから私はライナの話を聞いていた。


この後の行動計画としては、夜が明けたらサイディス社の製薬研究所へ向かうという事でライナとは話をしているが、時間は既に深夜遅くとなっており、夜明けにはまだ暫く時間があるという事で話を続けていた。


「ま、そうだな。 要するに俺は二代目で、親父の仕事を引き継いだって事になるかな」


ライナの事が知りたいと言った私に、ライナは若干躊躇いつつもこれまでの自分の事を話してくれた。


ライナは元々とある内戦が続く国に居た孤児であり、養父である先代に拾われたのだという。


因みに当時、ライナは6歳程だったそうだ。


「自分の跡を継がせるつもりだったって言ってたけど……その辺の孤児なんて拾ったって普通は育たないと思うんだけどなぁ。 ……まあ、結果としてちゃんと育って後を継いだ訳だけど」


幸いと言うべきなのか、ライナには()()があった。


それどころか、()()の塊だった。


殺し屋、つまりは暗殺者としての技術を叩き込まれ、先代が見込んだ才能も備わっていたライナは瞬く間に『怪物』となって行った。


―――初めて仕事をした10歳の時点のライナを見て、先代が「戦闘能力だけなら自分よりも上」と述べる程に。


「……孤児時代の事はあんまりよく覚えてないんだけど、生きる為に盗みも殺しもした。 だからまぁ、殺し屋って言っても……それ程やる事に変わりは無かったな」


それでも孤児として生きていた時よりも命を脅かされる事は無かった。


自分が身に付けた技術で身を守る事も、一人で生きて行く事も出来る様になった。


そして何より………一応ではあるが、「父親」が出来た。


記憶にある限り、ライナにとっては初めての存在だった。


「親父は不愛想で不器用で無表情……って感じで三拍子揃ってた。 だから、そこに殺しの腕も加わって、『世界最高の暗殺者』なんて言われて恐れられてたんだぜ」


そう言いながらライナは苦笑した。


自分の父親が、そんなちょっと恥ずかしい感じの二つ名で呼ばれているとすれば仕方ないのかもしれない。


そしてそれは先代も同じだったのだという。


「単に親父は人付き合いが苦手なだけだったんだ。 だから、俺に訓練する時は鬼かっていう位に厳しかったけど……普段は不愛想な普通のおっさんだったよ」


そう言ったライナの顔は何処か懐かし気であり、厳しい訓練の日々を思い出していると言う割には優しげな表情だった。


それが先代に対するライナの想いを表わしていると私は感じていた。


「そんなこんなで何年か経って、俺が確か………14だっけな。 親父が死んだ」


殺し屋、或いは暗殺者という裏社会に身を置く者はいつ死ぬか……或いは殺されるか分からない。


先代……ライナの父もその様な末路を辿ってしまったのだろうか。


私はそう思ったのだが、ライナは首を横に振った。


「殺されたとかじゃないよ。 病気さ。 ……癌だったんだ」


聞けば、ライナを拾った時点で先代は末期癌だと医者から診断を受けていたのだという。


そこから8年も生き永らえたと考えれば………相当に強い精神力で病魔と闘い続けていたのだろう。


しかも、その事実を生活を共にし、訓練を施している義理の息子……ライナに気付かれずに、だ。


「親父が倒れて、その事実を知らされた時に最初に思ったのは………水臭い、って事だった。 そりゃあ、知らされたからって俺に出来る事は無いけどさ」


寂しそうな表情で過去の出来事を回想するライナ。


初めて見るライナのその表情に、私は心は酷く波立った。


「せめて、もう少し前に言って欲しかったな。 少なくとも、そうすれば………もうちょっと、親孝行出来たのにな」


そう言って笑ったライナの顔は悲し気だった。


『親孝行がしたかった』


至極当たり前のその願いは、殺し屋だとかそんな事は関係無い。


ただ、自分の父親に対する親愛の情と後悔を吐露するライナの姿に、私は胸が強く締め付けられるのを感じていた。



「親父が死んだ後は、さっき言った様に俺が跡を継いで殺し屋業を続けてたんだけど……俺と親父だと、やり方が違うのもあって、最初はちょっとゴタゴタしたんだ」


……ここで言う「やり方」とは恐らく「殺り方」の事なのだと思うが黙っておく。


以前ライナが言っていた通り、ライナは接近戦の方が得意だが、先代は遠距離戦……主に狙撃を得意としていたのだという。


代替わりした事を知らずに暗殺の依頼をして来る依頼主との間でトラブルになり、暫くの間周囲が敵だらけになった時期もあったらしい。


「んで、まぁ……その辺の()()をしていたら、いつの間にか俺も『世界最凶の暗殺者』とかいう恥ずかしい呼ばれ方する様になっちゃってさぁ……」


「そ、そうなんだ………」


わざわざ『最強』ではなく『最凶』と呼んでいる辺り、ライナが言った()()の中で何をしたか、何となく予想出来る気がする。


ライナって計画性があるのに、実際に行動に移すとやり方が雑になるから……。


これまでのライナの行動を思い返して、私はいくつか心当たりがあると思い至った。


恐らく敵対する事になった者達にも同様に()()したのだろう。


「ま、そのお陰……って言って良いのか分かんないけど、喧嘩売って来る奴は居なくなったけどな。 毎回あんな感じで全部処理するんじゃ面倒だし……」


そっか、全部処理したんだ……。



…………この話はやめよう。




「で、今回の件だけど……。 俺が受けたのは、簡単に言えばサイディス・カンパニーの幹部全員の始末と、関連施設の破壊だったんだ」


サイディス・カンパニーの社長を含めた主だった重役達が近い内にこのグリーンフォレストで一堂に会する。


そんな情報を得た今回の依頼の『依頼人』は、手段を選ばず彼らを排除する事を望んでいた。


しかし『依頼人』は、自分達が動けば事が大きくならざるを得ず、世間の目を誤魔化すのも、標的であるサイディスに気付かれずに事を運ぶのも困難と判断したのだ。


その結果、白羽の矢が立ったのがライナだった。


『最終的に指定した標的が全て排除されていれば良し』という結果のみを望んだ彼らは、速やかな実行をライナに要請した。


その為、ライナも必要最低限の準備をした上、可能な限り迅速にグリーンフォレストへやって来たのだ。


……必要最低限っていう割には街の歴史とか住民とサイディスとの軋轢とか、この街の背景に詳しかった様な気もするけど。


それとも、それこそがライナにとっての『最低限』なのだろうか?


因みに、『依頼人』については聞くなと言われた。


ライナは私に対して口封じしよう等とは微塵も思っていないが、『依頼人』はそうとは限らない為だ。


勿論私も初めから聞くつもりは無かったが、やはり厄介な相手らしい。


自分から首を突っ込む様な真似をする気は無いので忘れる事にした。



「じゃあ、その………研究所に来ていた幹部達を暗殺する為に、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』が暴走した後の研究所を調べたって事?」


「ああ。 ……と言っても、その時は本当に街に異変が起きた直後だったからな。 今ほど怪物だらけじゃなかったし、建物の中を調べるのはそれほど難しくなかったよ。 ……標的は既に殆ど死んでたしな」


最初の一輪(オリジン・ブルー)』の暴走に巻き込まれたあの場所に居た人間の殆どは、巨大化した花に押し潰されて生存者はほぼ居なかったのだそうだ。


そして僅かに生き残った者達も、直後に『花』から湧き出て来た怪物に襲われた。


研究所でライナが行ったのはほぼ標的の死亡確認だったのだ。


「寧ろそっちの方が大変だったな……。 人相風体とかだけじゃなくて、指紋みたいな細かい情報も調べといて良かったよ、本当に……」


そう言ってライナは疲れた様に溜息を吐いた。


……もしかして、一人一人地道に確認して行ったのだろうか?


「まぁ、そのお陰で隔離区画を簡単に調べる事が出来たんだけどな。 大仰な名前してる癖にセキュリティもそんなにガチガチじゃなかったし」


隔離区画内に入る為には幹部の指紋認証が必要だったそうなのだが、『確認作業中』のライナにとっては必要な指紋を調達するのは容易だったのだ。


そうして研究所内に居る全ての標的の処理と確認を終え、ライナはその場を離れた……という事だった。


「じゃあ、今研究所に行けば、セキュリティがまだ動いていたとしても中を調べる事が出来るって事?」


「多分な。 とは言え、もう一週間前……いや、もうすぐ一週間ちょっと前か? とにかくその位経つからな。 街の様子を見る限り、俺が最後に見た研究所とは状況が変わってる可能性もある」


街を浸食しているブルーフィリアの花々は徐々にその侵食範囲を広げつつある。


今ですら街中が『花』に飲み込まれそうになっている様に見えるが、このまま『花』の浸食が進めば文字通り街全体が『花』で埋め尽くされる事になるだろう。


今の所まだそこまでには至っていないが、一番最初に『最初の一輪(オリジン・ブルー)』の暴走の中心地となった研究所が、今も異変が始まった当初の姿をしているかは怪しい所だ。


最悪の場合、研究所自体が無くなっている可能性すらあるだろう。




「どっちにしろ、例の枯死毒を作るにはそこに行くしかなさそうだし、一度行ってみる必要はあるけど……流石に夜が明けてからだな。 わざわざ真っ暗な中あんな所を調べるのは御免だぜ」


「……そう言えば、私が警察署を飛び出しちゃったせいでこんな時間帯にあちこち行かないといけなくなっちゃったんだよね…………ごめん」


「そこはもう、言いっこ無しだ。 結果として操自身の問題が大体解決したんだから気にすんなよ」


既に時間帯はあと数時間で夜が明ける所まで来ている。


わざわざ暗闇の中を怪物の襲撃を警戒して行動する必要は無いだろう。


少々手持ち無沙汰になってしまうと思ったのでライナの過去の話をして貰っていたのだが、それでも時間が少し余ってしまった。


今私達は窓の無い半地下の部屋の中にいる為に外の様子は分からないが、恐らくまだ周囲は暗いままと思われる。


「……ん。 操自身の問題、か………」


「……ライナ?」


……と、そんな事を考えているとライナが急に何かに気付いた様に呟いた。


何事か考え込む様な仕草をしながら横目で机の上にあるPCの画面をチラリと見やる。


「どうしたの?」


「うーん…………まぁ、俺が決める事じゃないか」


そう言ってライナはPCを操作する。


暫く操作されていなかった為少し前から画面が待機状態になっていたが、ライナの操作を受けてすぐに画面が切り替わる。


画面には先程、製薬研究所についてライナが説明をしてくれた時の街の地図が表示されたままになっていた。


ライナはその地図を閉じると、更に画面を操作して別のウィンドウを開く。


そこに記されていたのは………びっしりと文字が並んだ、何らかの研究レポートの様な物だった。


「それは……?」


「研究記録さ。 ……『ブルーフィリア』のな」


ライナの答えに私は目を見開いた。


桜木博士がこれまで研究して来た『ブルーフィリア』についての記録の全てという事だろうか?


「データが破損してたり消えてたりするから、完全な状態じゃないけど……無事な部分は纏めておいたんだ」


そう言ってライナは他にも研究記録と思われるデータを示した。


かなりの量のデータがあるようだが……確かに、抜けや破損がある様に見える。


「どうしてデータが破損してるの?」


「そりゃまぁ、誰かがセキュリティ掛かってるファイルを無理やり突破しようとしたんだろうな」


ライナが言うには最初はもっと破損データが多かったそうだが、何とかここまで修復する事が出来たのだという。


そして、私はそんな余計な事をする者達に心当たりがあった。


「まさか、ここを荒らした連中……?」


「多分な。 破損はともかく、データの抜けに関しては連中が持ち去ったって事だろ。 ……この状態を見ると、こういった事専門の『回収業者』の仕業だろうけど……三流だな。 力尽くでセキュリティ突破するからこんな事になるんだ」


そう言ってライナは鼻を鳴らす。


余計な事をしやがって、と心底鬱陶しそうに呟くその表情からは、中途半端な仕事をして手間を増やされた事に対する怒りが見て取れた。


「……一応言っとくけど、俺はちゃんとPCのロック解除してこのデータを調べたからな? 桜木博士が仕掛けたセキュリティが随分強力な奴だったのは確かだけど、ちゃんと環境を整えてから対処すれば解除出来る物なんだ」


要するにライナが言ったサイディスの差し向けて来た『回収業者』は、そうした手間を惜しんだ結果、重要な情報が示されていると思われるデータを一部失わせてしまったのだ。


それだけ急いで回収する必要があったのかもしれないが………ライナの言う通り、その手の『専門家』としてはやり口がお粗末に感じる。


「まあとにかく……これ以上は無理だけど、ある程度の修復は出来た。 ……このデータは操が読むべきだと思うんだ」


「え……どうして?」


私の中には確かに桜木博士の記憶の一部が存在しているが、私自身は『桜木操博士』ではない。


それ故に、彼女と同じ様に専門的な知識を自分の能力として生かす様な事は出来ないのだ。


この研究レポートも、専門知識無しで理解出来る様な代物ではないのではないだろうか?


そう考え、私は訝し気にライナを見る。


すると、ライナは私がこの研究記録を読むべきと考えた理由を告げた。


「俺もざっと流し読みしただけなんだが……。 この研究レポートは、確かにブルーフィリアについて書かれてはいるんだけど、ちょっと俺が思っていたのと違うっていうか………そもそも、ブルーフィリアって花が何なのか、俺達は理解してなかったんじゃないか……って感じたんだ」


「……どういう事?」


若干困惑した様な表情のライナに私も戸惑いを覚える。


彼がその様な戸惑った様子を見せるのは珍しく、余程の事があったのだろうという事が分かった。


「例の青い光。 あのよく分からない未知のエネルギーみたいな奴の事も、桜木博士はある程度解明していたみたいなんだ」


「えっ……!?」


それは、私にとって予想外の事だった。


確かに桜木博士は、ブルーフィリアに未知のエネルギーが作用している可能性について気付いているようではあった。


しかし、具体的にそれがどの様な物かを、ある程度とは言え解明する程に研究を進めていたとは思っていなかったのだ。


「もちろん、推測を重ねてる部分も多いから確実な情報とは言えないし、全部が全部解明されてる訳じゃない。 ……だけど、博士はかなり確信を持って研究を進めてたみたいだな」


寧ろ、それこそがブルーフィリアと言う存在の本質だと桜木博士は考えていた。


流し読みをしただけのライナですらその様に感じる程、博士は『青い光』の正体について確信を持っている様だったという。


「俺にすらそう感じ取れるんなら、操にはもっと根本的って言うか……体感的に自分について改めて理解出来る事があるんじゃないか? ……もしそうなら、これを読めば操にとって何かの力になるんじゃないかと思ってさ」


ライナの言う通り、今の私は自分が人間ではなく、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』という存在によって生み出された『ブルーフィリア』の一体……いや、『一輪』であるという事を理解している。


しかしその一方で、『私』という『ブルーフィリア』の事を余す所無く理解出来ているとは決して言えない。


今だに自分に出来る事、自分が可能とした事に驚く場合があるのだ。


私に何が出来るのか、出来るとしてもどうして出来るのか。


自分のルーツ、或いは能力の源泉となっている何かを知る事は、『操』という存在をより確かなものにする助けになるかもしれない。


「……分かった、読んでみるよ。 考えてみたら、私はまだ自分の事を『ブルーフィリア』の同族だって理解しただけだもんね」


つまりはまだ入り口に立っただけなのだ。


己を知るのはこれからであり、その為にはどんな情報も恐れず受け止める必要がある。


正直に言えば少し怖いが………それでも、これは私自身が立ち向かわなければいけない事の筈だ。


「そうか……。 それならここに座って読むといい。 結構量があるからな。 ……だけど、読んだ内容で思いつめるなよ?」


「うん。 大丈夫。 何があっても私は私。 ……ライナがそう言ってくれたから。」


気遣わし気に席を譲ってくれたライナに微笑みを返しながら私はそう答えた。


果たして何が記されているのかはライナも細部までは読み込んでいない為、下手をすれば想定外の事実が明らかになる可能性もある。


それでも、私はもう自分が揺らぐ事は無いと確信を持って言う事が出来る。


私は私だと、そう言って受け入れてくれたライナが見守ってくれているのだから。


そうして、胸の内に感じる温かな感覚を確かめながら、私は桜木博士が遺した己のルーツの一端と対峙するのだった。


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