84 告白
本日3/3話目
「……はあぁ…………」
頭から降りかかる温かいお湯に、思わず気の抜けた声が漏れる。
これまで休息らしい休息を取っていなかった事もあって、体の内側からじんわりと解れて行くような感覚を覚えた。
再燃した気恥ずかしさから、ライナにシャワーを浴びる事を勧められたのを良い事に逃げる様にして部屋を飛び出した私。
途中で冷静になって今はそんな事をしている場合なのだろうか?と躊躇したものの、一度気になった体の汚れとそれに伴う体臭を無視する事は出来なかった。
実際にはそこまで臭う訳ではないと思うが、意識してしまうと気になるものであり、そうした懸念を解消する為にも一度身を清める事にした。
………何より、好きな人の側に汚れた姿のままで居たくない。
そんな使命感にも似た思いに後押しされる形で、桜木博士の自宅兼研究所の1階にあったバスルームにてシャワーを浴びている、と言う訳だ。
……と言う訳………なのだが………温かいお湯で汗を流して行くと、その心地良さに細かい事は気にならなくなって行った。
髪を洗い、体の汚れを落とし、体を温めてリラックスすると自然と声が漏れた。
そうしてついじっくりとシャワーを浴びてしまい、私が気が付いた時には部屋を飛び出してからたっぷり1時間程が経っていたのだった。
「………ただいま戻りました…………」
「おう、お帰りー」
そうして私はシャワーを満喫し切ってから我に返り、慌てて体を吹き、衣服を身に付けてからライナの元に戻った。
ライナから受け取っていた服はやはり元々私が着ていた服と同じ物だったようで、特に違和感なく着る事が出来た。
―――桜木博士は同じ服を何着も持っていたんだろうか?
私の中の彼女の記憶を辿ってみると、ファッション面では割と……いや、かなり無頓着だった様な気がするので、この服も「動き易いから」位の意味合いで何着も持っているだけな気もした。
因みに、足元に関しては製材所での戦いで靴が片方何処かに吹き飛び、もう片方もボロボロの状態になってしまっていた為、備え付けのスリッパを履く事にした。
つまり、今の私は一風呂浴びて(シャワーだけど)スリッパを引っ掛け、全身ポカポカの状態である。
格好だけ見れば完全に寛ぎモードと言っても過言ではない。
今更だけど油断しすぎだと思う、我ながら。
「さっぱりしたか? ここに来るまでまともに休めなかったもんなぁ」
ライナは特に気にしていないようで、お肌艶々の私を見て笑っている。
そんなライナの様子に私はまた恥ずかしくなって来てしまった。
しかし、ライナの言う通り色々な物を洗い流せたのでスッキリしたのも事実だ。
「うん………何か色々、お湯と一緒に流れて行った気がする…………ありがと、ライナ」
どういたしまして、と返事をするライナに私も観念して笑顔になる。
街の状況はまだ何も改善していないが、そんな他愛もないやり取りをライナと交わすだけでも、私は体が軽くなるような気がした。
「……ええと、ところでライナ。 私が寝てる間に建物の中を調べたって言ってたけど、何か見つかった?」
私が眠っている間に、ライナは桜木博士の自宅内を粗方調べ終えたらしい。
その上でちゃっかり食料まで見つけて来ている辺り、相変わらず抜け目がない。
更に言うなら、先程バスルームから研究室に戻ってくる際に気が付いたのだが、建物内の窓際に何やら小さな機械のような物が設置されていた。
建物内に入って来た時には無かった筈の物である為、必然的にライナが仕掛けた物だろう。
怪物の接近を知らせるセンサー的な物だと思うけど………流石に爆発物じゃないよね?
私はライナが罠の類といえば爆発物、と認識している節がある事に薄々感付いている。
幾ら何でも、こんな普通の民家に爆薬を用いたトラップを仕掛けているとは思いたくないが………そこに関してだけは、今ひとつ信用出来ない。
……若干心配ではあるが、今は気にしないでおこう。
私はそうして、そこそこ洒落になっていない懸念事項から目を逸らす事にしたのだった。
「んんー? もふぃろんあっふぁふぉー」
「………食べ切ってから喋ろう?」
保管庫から見つけて来たと思われる缶詰の中身を口一杯に頬張り、ライナが口をモゴモゴ動かしながら声を上げる。
よく見ると、既に空になった缶詰が机の上に幾つか転がっている。
……お腹空いてたとは言ってたけど、よく食べるなぁ。
或いは私に血を吸われたせいだろうか?
もしそうなら、やはり申し訳なく思ってしまう。
ごくり、とペットボトルに入った水で口の中身を飲み込んだライナは満足そうに息を吐くと、私に向き直って口を開いた。
「勿論あったぞ。 桜木博士が音声記録で言ってた、『最初の一輪』の体組織って奴含めてな」
そう言ってライナが取り出したのはカプセル状の容器だ。
それは既に入手していた汎用活性剤『DD-4032』の入っている容器とほぼ同じ物の様に見える。
完全に密封された状態になっている為中身は見えないが、容器に貼られたラベルには『ブルー 培養組織サンプル NO.103』とある。
間違いなく桜木博士の言っていた『最初の一輪』の体組織だ。
「これ自体はごく普通に保管用の……フリーザーって言うのか?それに入ってた。 後はこれをどうにかするんだろうだろうけど……やり方が分からなくってさ」
そう言ってライナは困った様な表情を浮かべた。
確かに、桜木博士が遺した音声記録の中で二つの素材を用いるという事は言っていたが、作成方法については言及していなかった。
瀕死の重傷を負った状態で録音していたせいで、やり方については失念してしまったのだろうか?
真実は分からないが、材料だけでは素人に特殊な薬剤など作りようがない。
「だから、何か情報は無いかと思ってPCを調べてたんだ。 ……ここまで来て失敗とかしたくないしな」
「なるほど、確かにそうだよね………」
そう言いつつ、私はベッドの脇に置かれていたウエストバッグの中から汎用活性剤のカプセルを取り出した。
度重なる戦闘によってバッグはボロボロの状態になってしまっていたが、引き換えに中身の方は至って無事だ。
汎用活性剤のカプセルにも傷等は見られない。
だが、もしもこれを失ってしまえば、『最初の一輪』を止める手段は無くなってしまう。
万が一にもその様な事になってしまったら………。
正直言って、あまり考えたくはない。
「で、やり方については分かったんだ。 『ブルーフィリア』の研究データがあって、そこにやり方が書いてあった。 やり方自体も………まぁ、少し特殊な機材を使うけど、難しくは無さそうだな」
そこで私はライナの言葉に違和感を感じた。
特殊な機材が必要だという事ではあるが、作業自体は難しくないというのなら私達にとっては朗報と言える。
しかし、ライナの口調からは何らかの懸念があるように感じられたのだ。
「………もしかして、何か問題があるの?」
「………具体的な方法を言うと、その特殊な機材に二つの材料をセットして混合処理を行うって事なんだけど、その機材ってのが………アレ、らしいんだ」
「……え?」
そう言ってライナが示したのは、あの壊れてしまっている遠心分離機に似た機械だった。
ライナが桜木博士のPCに残っていた研究データを調べた結果、『枯死毒』を作成するには2つの素材を専用の機械で混合、その上で特殊な処理を施す必要がある事が判明した。
専用の機械と言っても、『枯死毒』を作る為だけの機械ではないが、かなり特殊な物ではあるらしく、機械類に私よりも詳しいライナでも聞いた事が無い様な物なのだという。
そんな機械を桜木博士が個人で所有しているのも驚きだが……肝心の機械が素人目に見ても壊れているのが分かってしまう状況に、流石に愕然としてしまった。
「一応さっき、修理出来ないかと思って調べたんだけど……流石に専門的過ぎてな。 下手に弄ったら完全にぶっ壊れそうだし」
「……完全に、って事はまだ動きはするって事?」
ライナの言い方はこの機械がまだ動作自体はすると言っているようにも聞こえる。
私は僅かに希望を見出したが……ライナは悩ましげな表情で重く溜息を吐いた。
「うーん…………確かに動くんだけど…………いや、やめといた方が良いだろうな。 ここにあった研究データとかから判断すると、毒の材料ってどっちもかなりデリケートな物みたいなんだよ。 通常通り動作しない可能性がある機械で適当に処理したら、正しく作れないかもしれない」
そう言われて私は桜木博士が遺した音声記録の中で、彼女自身が『枯死毒』について空気に触れるだけで変質してしまうデリケートな薬品であると言及していた事を思い出した。
それを考えると確かに、確実な動作をしない可能性がある機械での作業はリスクが高すぎる。
………とはいえ、他に手段は無い。
街に蔓延っている『ブルーフィリア』はともかく、『最初の一輪』は『枯死毒』が無くては止められないのだ。
ここで賭けに出るべきか、それとも別の方法を探すべきか……しかし、私達が考え付く方法程度で、あの桜木博士が不死に近いと評した『最初の一輪』を倒せるとは思えない……。
………どうすれば良いのだろうか。
「………これと同じ機械が他にあれば良いんだけど………」
「…………あー………まあ、多分、あるぞ?」
頭を悩ませる私の呟きに、ライナが若干の迷いを含んだような声を上げた。
俯いて考えを巡らせていた私は、勢いよく顔を上げて目を見開いた。
「本当? 一体何処に?」
私は思わずライナに詰め寄っていた。
ライナの言う事が事実なら、まだ希望はある。
しかし、そんな希望の見出せる情報を口にしたライナは、何故か物憂げな表情を浮かべて言い淀んでいる。
そんなライナの様子に、私は先程まで弾んでいた心が急速に沈んで行くのを感じた。
ライナの表情は、それ程までに私にとって見た事のない雰囲気を醸し出していたのだ。
私の問い掛けに暫く逡巡するような素振りを見せた後、ライナは机の上のPC端末に向き直りキーボードを操作した。
そうして画面に表示されたのは、グリーンフォレスト全域の地図だ。
勿論、街で異変が起きる前の物である為『ブルーフィリア』に浸食された様子などが書き込まれていない普通の地図である。
その地図のとある一ヶ所を指してライナは「ここだ」と告げた。
「そこって………サイディス社の製薬研究所?」
ライナが指し示したのは、アレンが捕えられ、桜木博士が交渉という名の脅迫を受ける事となった、ひいては『最初の一輪』が暴走した結果、全ての災厄の始まりとなった場所――――。
サイディス・カンパニー第8製薬研究所。
ライナはその場所に『枯死毒』の作成に必要な機材があると言っているのだ。
「でも、あの場所は『最初の一輪』が暴走した時に、真っ先に異常成長した『花』に飲み込まれたんじゃ……?」
少なくとも、私が垣間見た桜木博士の記憶、そしてアレンから読み取った記憶の中では、暴走して肥大化した『最初の一輪』の根の中に飲み込まれてしまい、研究所は原型を留めていない状態になっていた様に思える。
あれは最早、建物と言うよりは巨大植物の塊と言った方が良いだろう。
そんな状態の研究所にまともな状態で機材が残っているのだろうか?
確かにサイディス関連の施設の中では最もそういった物が有りそうな場所ではあるが……。
そして何より、あの場所には『最初の一輪』が今も存在している可能性が高い。
人間に強い敵意を抱いていると思われる彼女の側に近付くのは危険ではないだろうか。
私の反応にその様なニュアンスが含まれている事に気が付いたのか、ライナがその問いに答える。
「まあ確かに、建物は植物なんだか人工物なんだか分からない位に緑色の肉塊で埋め尽くされてるけど、まだ一応建物としては生きてたぞ。 ………実際、俺が中に入った時には」
「……………え?」
一瞬、ライナが口にした言葉の意味が理解出来なかった。
サイディスの研究所に行った事がある。
内部の様子を知っているという事は、『最初の一輪』の暴走後に。
――――――何の為に?
「桜木博士が音声記録で言ってた大型実験棟ってのは、あの連中がやってる世間に公表出来ない実験を行う為に作られた場所で、地下に核シェルター並みに頑丈な隔離区画があるんだ」
困惑する私の様子に気が付いていないのか、ライナは淡々と製薬研究所の構造について語って行く。
「隔離区画内は流石にあの巨大植物も入って来てなかったから、中にあった機材の類も無事だった。 そこに行けば……多分見つかると思うよ」
ライナの言いたい事は理解出来た。
核シェルター並みに頑丈に作られているという研究所の隔離区画内は、巨大植物による被害を免れている為、私達が求める機材も恐らく存在する。
それは分かる。
だが、ライナは何故それを知っているのだろうか?
彼の口ぶりはまるで、実際に見て来たかの様に聞こえる。
いや、先程彼は実際にその場所へ行ったと発言した。
もしも本当にそうなら研究所へ赴いた理由もだが、『隔離』区画にどうやって、そして何故ライナは侵入したのか。
私の頭の中を混乱が支配して行く。
「………なあ、操」
驚き戸惑う私に向き直ったライナは一度言葉を切り、ほんの僅かに諦めが混じった様な表情で口を開いた。
「操は、俺が本当は殺し屋だって事、気付いてるよな?」




