82 温かな血
拙者、予約投稿失敗侍!不義により切腹致す!(´;ω;`)
という訳で三話投稿です……。
「………っ………」
アレンの最後の想いを、桜木博士との出会いから今に至るまでの出来事を読み取り終えた私は、ほんの一瞬だが強い眩暈に襲われた。
本来なら死者の直近の記憶を見る能力である『接続』の能力を、大雑把にではあるが過去数年に渡る範囲まで読み取ったのだから当然とも言える。
更に言うなら、今の私は『花樹狼』こと『鼠のアル』との戦闘後の消耗から完全に回復してはいないのだ。
時間経過によってある程度は回復して行くと言っても、流石にまだ完全回復には程遠い。
だからこそ、ライナもここまで私を抱き抱えて運んでくれていた訳で…………等と言い訳じみた状況確認をしていた所、背後から抱き留められた。
「あーほら、言わんこっちゃない……。 無理すんなって言っただろ」
呆れた様にそう言って、ふら付いた私を受け止めてくれたのはライナだった。
『接続』を行っている時の私は、戦闘時と同様に体感時間が急激に引き伸ばされた状態にある。
その為、私自身は膨大な量のアレンの記憶を全て読み取るのにかなり長い時間を費やした様に感じていたが、実時間上では恐らく1分も経っていないだろう。
なので、私が『接続』を開始して眩暈を起こすまで一瞬とまでは言わずとも、然程の間も無かった筈だ。
にも拘らず、ライナはさも当然と言った様子で眩暈を起こしてよろめいた私を支えてくれた。
相変わらず準備が良い………いや、私が分かり易いのかな?
「あ………ごめん、ライナ……。 流石にちょっと、無理しすぎたみたい………」
私はライナにそう言って謝ったが……自分でも体が消耗し切っているのが分かる。
何せライナに寄り掛かった状態から動くのすら億劫な状態なのだ。
先程の様に体に鞭打って立ち上がる様な事も、もう出来そうに無い。
これ以上何らかの能力を使えば、再び以前の様な『飢餓状態』になってしまうだろう。
もしそうなったら、私はライナを…………。
「まあ、どうしても知りたい事だって言うのは分かるけどさ。 ……泣いてるぞ、あんた」
そう言われて私はようやく自分が流している事に気が付いた。
先程、『接続』を行う前にも私の目からは涙が零れていたが、今は両の目から溢れ出る様に涙が流れ落ちていた。
これもやはり、私の中に残る桜木博士の記憶が私の感情を揺さぶっているのだろうか?
私自身は泣いている自覚が無かった為、何とも不思議な感覚だ。
「……私が泣いてる訳じゃない………と思うけどね。 やっぱりどうしても影響は受けるみたい」
桜木操博士とアレン・カーティス。
二人の死者の別れの儀式として、私はアレンの記憶を求めた。
そして、それを受けて桜木博士の記憶が表出して来たという事は………少しでも二人を弔う事が出来たのだろうか?
私にはこれ以上出来る事は無く、これが意味のある行為だったのかもわからない。
それでも、目の前で眠る様に息絶えたアレンの表情は、先程見た時よりも安らかに見える気がした。
「よっ……と。 こんなもんで良いか? 操」
「うん、ありがとうライナ。 流石にこのままじゃ可哀想だから…」
私とライナは、アレンの遺体を座った状態からソファに横たえた状態にし、窓に掛かっていたカーテンの布を掛けて弔った。
あのままの状態で放置するのは可哀想だと思ったからだ。
『ブルーフィリア』の影響で怪物化する懸念はあったが、死後一定以上の時間が経って怪物化していない為、恐らく大丈夫だろう。
それよりも問題は、せめてこの位はしてあげたいと私が言い出した事だったにも拘らず、当の私が立つ事も出来なくなってしまっていた事だ。
その為、アレンを弔うのはほぼライナにやって貰う形になってしまった。
まさか、立ち上がるどころか自分の腕を上げる事すら難しいとは……。
―――思った以上に消耗が激しい。
これは、暫く休息を取らなくてはいけないかもしれない。
「ところで、体の方は大丈夫なのか? さっきの……『接続』って奴も例の力を使うんだろ? ……顔色悪いぞ」
不意にライナがそう問いかけて来た。
やっぱり分かっちゃうよね。
何せ自分で立つ事も出来ないんだし……。
「正直言うと、何処かで休まないとまずいかも……。 今すぐどうこう……って事は無いんだけど」
少なくとも『血』が必要な状態にはなっていない。
しかし、流石にこれ以上何らかの能力を使ったら危険だという事も分かる。
現に、損傷した衣服の類は未だに修復出来ていない。
「だったら丁度良い、ここで少し休もうぜ」
ライナはそう言いながら開いたままになっていた窓を閉め、鍵を掛ける。
確かに研究所……桜木博士の自宅内からは怪物の気配はしないが……。
「どっちにしろ、ここの何処かにあるって言う研究室? そこを探さないといけないんだろ?」
色々あって忘れがちだったが、この桜木博士の自宅兼研究所へやって来たのは『最初の一輪』を殺す事が出来る枯死毒の材料を求めての事だ。
その材料のもう一つである培養された『最初の一輪』の体組織がここにある筈なのだ。
なので、確かに建物内を調べる必要があるのだが、私がこの状態では足手纏いになってしまう。
私も流石に厭とは言えなかった。
「そう……だね………このままじゃ私、完全にお荷物だし……」
「いや、そういう事じゃなくって…………あーもー!」
痺れを切らした様に声を漏らすライナが私を抱き上げる。
お馴染みのお姫様抱っこである。
「きゃっ! ……ライナ?」
流石に私も何度目かの事なのである程度慣れたが、内心では今も心穏やかではいられない。
必然的に顔が近くなった彼を見ると、少し照れ臭そうにしている。
「探し物がどうとかじゃなくって、俺は操の事が心配なの! 足手纏いがどうとかじゃなくって、もっと自分の心配してくれ!」
そう言ってプンスカ怒りながらライナは建物の奥へ足を踏み入れて行く。
確かに怪物の気配はしないけど、そんなズカズカ入って行って大丈夫なの……?
などと考えていると、不意に私の脳裏にある光景が浮かんだ。
「うっ……」
それはこの場所……自宅兼研究所での光景だった。
恐らく桜木博士の記憶の一部だろう。
思い起こされた内容は様々で、ほとんどは取り留めのない日常の光景だったが、一部気になる物があった。
そして、今の私達には丁度良い情報とも言えた。
「どうした?」
急に声を上げた私の顔をライナが心配そうに覗き込んで来る。
体勢的に仕方ないのだが、顔が近くなってつい心臓の鼓動が早くなってしまう。
聞こえないかな……? などと、どうでも良い事まで心配してしまうが、今はそれよりも……。
「……そこの奥………」
そう言って私が指差したのは、ライナが進もうとしていた廊下のさらに奥。
暗がりの先にある下り階段だった。
「……階段を下りた所が研究室。 そこに多分……例の体組織がある筈」
「……分かるのか?」
ライナが私の指差した方向にある階段を見てそう言った。
分かると言うより思い出した……と、この場合は言うべきなのだろうが………あくまでもこれは桜木博士の記憶だ。
多分そうだろうという曖昧な感覚でしかない為、何とも言えない。
更に言うなら、何故か目的の物があるから行かなくてはならないという感覚とは別に、そこへ行くべきだと私の中の桜木博士の記憶が強く訴えて来ている。
「多分だけど……きっとそこに行くべきなんだと思う。 ……色々な意味で」
記憶自体が断片的である為、そう思う理由をはっきり説明する事は出来ないが……確信めいたものを感じて私はライナにそう答えた。
ライナもそんな私の様子に何かを感じ取ったのか、小さく頷きを返すと階段方向に足を向けた。
廊下の明かりを点けて確認をしてみると、階段は思ったよりも短い物だった。
地下室と言うよりは半地下の部屋とでも言うべき場所らしい。
階段を降りてすぐ目の前に扉があり、番号を入力して開くナンバーロック式の鍵が付けられていた。
10桁の番号を入力する物だったようだが………壊されている。
恐らくサイディスの手の者が侵入した際に鍵を破壊したのだろう。
その様な強引な手段を使ってまで『ブルー』を手に入れようとしたのか……。
尤も、そのおかげで桜木博士も早期に異変に気付けたのだろうが。
「………開けるぞ?」
「……うん」
ライナが一言断りを入れた後、ドアノブを捻って扉を押し開ける。
扉は音もなくゆっくりと開いて行き、室内の様子が見えて来た。
部屋の中は明かりが点いたままだった。
思った以上に整頓された室内は、「実験室」と言われて想像する様な、多種多様な機械や器具が所狭しと並んでいる。
薬品などを保管しておく為の物と思われる大きな冷蔵庫、大型の顕微鏡、成分の抽出用と思われるフラスコが接続された何かしらの器具……。
部屋の一角には一際目立つガラス窓が付けられた大型の機械も鎮座している。
その辺りの機器に関しての専門知識は私には無いが……確か、クリーンベンチと言う物ではなかっただろうか?
他にも、複数のカプセルを取り付けて攪拌か何かを行うと思われる、遠心分離機に似た大きめの機械もある。
とにかく、価格的な意味で個人で所有出来る物なのか少々怪しいと思われる機械類が部屋中に設置されている。
しかし、何があったのかは不明だが、一部の機械には何かがぶつかったようなへこみが出来ていたり、ガラスケースが割れている等の損傷が見られた。
特に、遠心力分離機にも似た複数のカプセルを設置するらしい機械は、備え付けられた画面が破損して完全に壊れてしまっているのが見て取れる。
何があったのかは分からないが……入口の扉のロックが壊されていた事から考えて、サイディスの関係者の仕業だろう。
いずれにせよ、かなり専門的で高価な機器が広めとは言え一室に集められているのだ。
部屋の奥には机とPCが設置されているが、周辺には何らかの資料のような物が散乱し、大型の……プランター?らしき物が椅子の足元に転がっていた。
もしかすると、あのプランターらしき物に『最初の一輪』が入っていたのかもしれない。
………これ全部、本当にアレンが用意したの?
それこそ大学の研究室と遜色ないレベルの研究設備なのではないだろうか?
何に使うのか全く分からない機器類もあるし………どうやって資金調達していたんだろう。
「…………なんか、すげぇ一杯高価そうな機械があるな……。 山ん中の別荘によくぞまぁこんな所を作ったな」
「そ、そうだね……」
ライナが何とも形容し難い表情で研究室を見渡してそう言った。
………いや、絶対に呆れているんだろう事は分かるんだけど。
「……お、丁度良い物があるな」
「え?」
室内を若干引き気味に眺めていたライナが突然そんな事を言った。
何だろう、と彼が見ている方に視線を向けると……そこには簡素ではあるが、ベッドが備え付けられていた。
それを見た瞬間、私の頭の中で曖昧だった記憶と間隔が合致する。
そうだ、桜木博士が研究に没頭する余り睡眠を疎かにしがちだった為、アレンが無理矢理研究室の一角に仮眠用のベッドを設置したのだ。
「実験器具を置くスペースが減る」と桜木博士は反対していたが、アレンと、この時既に自我が芽生えていた『ブルー』、果ては『鼠のアル』にまで説教されて渋々置いたのだったか。
最後まで渋っていた割には研究の合間にしょっちゅう利用する様になり、最終的にはこちらの仮眠用ベッドで主に眠る様になってしまったのだ。
自宅の寝室の方はアレンが尋ねて来た時にしか使わなかった為、殆ど物が置かれていない。
在りし日の桜木博士とアレン、そして『ブルー』達の日常の光景を思い出し……私は微笑ましく感じると同時に、若干表情を曇らせた。
「ありがとう、ライナ……」
ライナによって仮眠用のベッドに横たえられた私は彼にお礼の言葉を口にした。
だが、私の口から出た声は思った以上にか細い物であり、私が感じている以上に体が疲弊しているようだった。
「気にするなって。 ……それよりも、本当に大丈夫なのか? 時間経過で治るって言ってたけど、どう見てもそうは思えない顔色だぞ」
鏡で確認した訳ではない為、今の自分の顔色がどうなっているかは分からないが、ライナの口ぶりからすると相当に悪いようだ。
こればかりは自発的に解消する事が出来ない為どうしようもない。
今回に関しては肉体的なダメージが大きいのは勿論だが、私の能力の源泉である『青い光』のエネルギーも相当に消費してしまっている。
故に、肉体が修復されるのにもエネルギーが回復するのにも時間が掛かる。
それだけの強敵と戦ったのだから、ある程度時間を掛けて体の調子を整えなければならないのは仕方が無い。
―――正確には、すぐにでも体を復調させる方法があるのだが……私はそれをライナに気付かれたくなかった。
何故なら、それは彼を危険に晒す行為だからだ。
「……うん。 倉庫街でエネルギーを消耗し切っちゃった時よりはマシだけど、それでも戦闘中に一度体力が尽きちゃったからね………今回もギリギリだったよ」
「……ん? それならどうやってエネルギー補給したんだ? 戦闘中だったんだろ?」
……しまった、消耗しすぎて思考も緩くなってる。
言わなくて良い事を自分から口にしてしまうとは……。
「え? あ、えっと、それは…………」
「………そういや、その倉庫街での戦闘の時もヤバかったんだろ?どうやって持ち直したんだ?」
「………………」
私は言葉に窮してしまった。
駄目だ、頭が回らない。
怪物の『血』を取り込んだなんて、明らかに人間離れした行動をしたとライナに知られたくはないのに……。
「……まあ、何となく、『ブルーフィリア』特有の方法だっていうのは分かるよ」
そんなライナの言葉に、私は思わず驚きの表情を浮かべてしまう。
そのような顔をすれば、ライナの言葉を肯定する事になるというのに。
やはり、思考が上手く回っていないらしい。
「……操、俺は今更何があろうが操の事を悪く思ったりはしないよ。 話したくない事もあるかもしれないけど、今は俺を信じてくれないか? ……操の事が心配なんだ」
私の目を見つめ、真剣な表情でそう述べるライナ。
その表情はいつもの何処か気楽そうなものではなく、しっかりと私と向き合っての言葉だった。
結局、私はライナのそんな真摯な想いに根負けして、もう一つの回復方法である、他の生物の『血』を吸収するという方法を白状する事になった。
「なるほど……生き物の血をなぁ……」
私が告白した『ブルーフィリア』としての私の『生態』を聞き、ライナは難しい顔をして唸った。
誰だって、目の前の人物が吸血する事でエネルギーの補給を行う事が出来る生物だなんて言われれば戸惑うし……何なら嫌悪もするだろう。
しかし、話を聞き終えたライナが口にしたのは、私の予想を飛び越えるものだった。
「話を聞く限りじゃ、操が今までエネルギー補給に使ったのって、死んだばかりの『花』の怪物と、生きてる状態の『花』の怪物なんだよな?」
「え? あ、うん……。 そうだけど………?」
ライナの言う通り、今まで私が『血』の補給を行ったのは、倉庫街で倒した『双子』の片割れの死体と、戦闘中にその身体に喰らい付く事で『血』を得た『花樹狼』こと『鼠のアル』だ。
それ以外にはエネルギー補給………吸血行動を取った事は無い。
だが、考えてみれば今までの戦闘の中で『茨の剣』や『茨の鞭』で散々戦って来ている訳なのだし、その際に無意識的に剣や鞭から血を吸収していないとも言い切れない。
能力で造り出したあれらの武器も、私自身の細胞から生み出した私の一部だ。
使用した後は基本的に体に再収納しているし、もしかすると相手を攻撃する度に『吸血』を行っていたのかもしれない。
……他ならぬ、私自身が自分の『生態』を理解し切れていないのだ。
だが、ライナが思い至ったのはそれとは全く別の事であり………私が避けたいと思っていた事だった。
「だったら、人間の血は駄目なのか? 差し当たって、俺の血とか……」
「それは………」
そう、それこそが私が忌避している回復方法だった。
私は今迄、怪物の血を緊急的に摂取する事で、肉体の消耗が限界に達した際の『飢餓状態』とでも言うべき状態を切り抜けて来た。
しかし、『ブルーフィリア』本来の生態からすると、一応同族である怪物の血……或いは体液を摂取するのは理に適っているとは言い難い。
現時点では既に『ブルーフィリア』に定まった生態があると言って良いのかは正直分からないが、少なくとも「人間の血を吸血する」という部分は変わっていない様に感じるのだ。
花人などの人間の姿形を保ったままの怪物達は喰い千切った肉ごと血液を取り込んでいるようだが、人間の血液を糧としているのは共通している部分だと思われる。
であれば、極めて特殊な個体ではあるものの、同じ『ブルーフィリア』である私も、本来は人間の血液こそが肉体に合致したエネルギー源である可能性は高いだろう。
しかし………そういう事ではないのだ。
「確かにそう……かもしれないけど……その為にライナを傷付けるのは………」
言ってしまえば私の感情的な問題だった。
自らの糧とする為に人間の生き血を啜る。
そんな吸血鬼紛いの……いや、それよりももっと悍ましい行為を、撚りにもよってライナに……自分が大切に思う人に行うのは、簡単に受け入れられる事では無い。
そもそも、消耗し切った今の私の状態から完全回復するとなると、相当量の血液が必要だと思う。
吸血をするというのは文字通り、相手の命を奪う様な行為なのだ。
ライナを傷付ける事になるのも嫌だが、単純にライナの命を危険に晒す恐れがあるというのが一番の懸念だった。
しかし、そんな私の葛藤を知ってか知らずか、ライナがいつもと変わらない様子で笑った。
「大丈夫だって。こう見えて体力には自信あるんだぜ、俺」
と、そんな事を言うライナ。
……体力の問題ではないと思うのだが、自信満々の表情だ。
こんな時でも、彼は変わらない。
それが嬉しくもあり、同時に私が事に及ぶのを躊躇させる一因だった。
どうしても、ライナの優しさに付け込んでいる様な気がするのだ。
ライナは私がどの様な存在になったとしても、私の味方でいると言ってくれた。
だが、そんな彼に対して私は何が出来るだろうか?
―――何かをしてあげられただろうか?
彼を守りたいと願ったのは偽りない本心だが、今の私はライナに何も返せていない。
この上、彼の命を削らせるような真似を、私は―――。
「あ………」
不意に、苦悩する私の額にライナの手の平が乗せられた。
思考の海に沈み、冷え切っていた私の体温を、ライナの手から伝わる温もりが解きほぐして行く。
思わず視線を向けると、優しい表情で私を見つめるライナと目が合った。
「……操が俺に負担を掛けるかもって事を怖がるのは分かる。 ……けど、俺も同じ様に操が苦しんでるのを見たくないんだ」
そう呟く様にライナが言う。
言いくるめるでもなく、説き伏せるでもなく、言い聞かせる様に言葉を紡いで行く。
「俺に頼ったり、負担を掛ける事を後ろめたく思う必要は無いよ。 あんたと一緒に居るって約束した時から、そういうのもひっくるめて全部受け止める覚悟は出来てるからさ」
そう微笑み掛けながら言うライナの表情は、穏やかながらも揺るがぬ覚悟を帯びている様に見えた。
……そうだ。
ライナは私の為に周りの全てが敵になる可能性も受け入れてくれたんだ。
そこまでの覚悟をしてまで、彼は私と一緒に居てくれている。
なら、私もそれに応えないでどうするというのか。
私は彼に守られる事だけを望んだのではない。
私を守ろうとしてくれるライナを―――――私も守りたいと思ったのだ。
「―――――分かった」
たっぷり十秒は間を空けて、私はライナの目を見つめてそう声を絞り出した。
正直に言えばまだ怖い。
意図せずライナを殺してしまうのではないかと。
でも、ライナは私を信じてくれている。
それなら、私はそんなライナに応えたい………そう思ったのだった。
「よし、それじゃあ……一思いにガブッっとやっていいぞ!」
……と、突然そんな事を言ってライナが自分のシャツの襟首の部分を引っ張り、首回りを露出させた。
ライナの首から肩にかけての地肌が露わになり、私の方へ突き出される。
「………へ?」
「………ん?」
ついつい二人揃って間抜けな声を上げてしまった。
……もしかして、ライナ――――。
「えっと………あの、ライナ? 確かに私は血が必要ではあるけど……相手の首に口で噛み付いたりするわけじゃないよ?」
正確に言うと、恐らくそれでも血の接種は可能ではあるのだろう。
だが、それだとライナが無駄に傷を負う事になってしまう。
一番良いのは私の身体から蔓を伸ばし、そこから血液を吸い上げる形だろうか。
医療行為における採血、或いは………輸血の逆……?の様な形だ。
「えっ、あっ、そうなのか? 吸血って言うから、てっきり吸血鬼よろしく噛み付いて血を吸うのかと……」
どうやらライナの中での吸血のイメージは、お伽話の吸血鬼のようなスタイルだったらしい。
前にも思ったけど、ライナってもしかして、映画とか漫画とかの影響を受けやすい……?
そう思った直後、私の知らない日本の漫画やアニメの『吸血鬼の捕食シーン』が浮かんで来た。
恐らく、桜木博士の記憶の一部だと思う。
その中にはそんな「吸血シーン」が妙に艶めかしく描かれている物もあり、私はついそんな光景を自分とライナに置き換えて想像して……………。
「ち、違うから! そんな風にはしないよ! 蔓を伸ばして巻き付けて、表面の細かい棘で血を吸い上げるの!」
急激かつ猛烈に気恥ずかしくなり、私は思わず身を起こしてライナに弁明した。
………多分私、今、顔真っ赤だろうな……。
「あ、そういう……? そ、そうか、そうだよな………」
若干顔を赤くしながら、気まずそうに顔を背けるライナ。
……何を想像したんだろうか。
私も人の事は言えないけど……。
「……これで良いか?」
「うん、大丈夫。 ……力は抜いてね」
何となく妙な雰囲気になってしまった後、いつまでもそうしている訳にも行かないので事を済ませる事にした。
先程の流れで行うのは何だか気恥ずかしいけど、あまり躊躇していると決心が鈍りそうだ。
私はベッドに腰掛けた体勢になり、ライナに左腕の袖を捲って貰ってその手を取った。
ライナは床に跪いた体勢になって腕をこちらに突き出している。
先程も感じたライナの手の温もりが指先から直接伝わって来るのが分かる。
そしてそれだけではなく、脈を取っている訳でもないのにライナの身体を巡る血の脈動がやけに近く感じられた。
『ブルーフィリア』の本能的に血の存在を感じ取っているのだろうか。
私は深呼吸すると右腕から何本もの細い蔓を伸ばし、ライナの腕に絡み付かせて行った。
「……ちょっとくすぐったいな」
少し困った様子でそう言ったライナが若干身じろぎする。
どうやら極力ライナに痛みを与えない様に蔓それぞれに細心の注意を払って絡み付かせた為、腕の表面を柔らかく撫でられた様な感触になってしまったらしい。
「……大丈夫?」
「ん。 痛みもないし、心配ないよ」
問いかけるとライナは私を安心させる様に笑みを浮かべた。
そんな会話を交わす内、私の蔓はライナの左腕の前腕部、関節のやや手前辺りに到達する。
当然ではあるが、吸血すると言っても適当に突き刺せば良い訳ではない。
それでも血液を得る事は出来るだろうが、それでは首筋に噛み付く吸血鬼スタイルと変わらないだろう。
私は医療知識は持ち合わせていないが、血管が腕の何処にあるのか、どの血管から血を取れば良いのかが何となく頭に浮かんでいた。
やがて、皮膚の下に血管がある位置まで伸びた蔓は、その場に根を張る様に更に細かく枝分かれして動きを止めた。
一見すると私の蔓がライナの腕と同化している様に見える。
実際にはその様な事にはなっていないのだが…………とにかく、これで準備は完了だ。
「……じゃあ………行くよ、ライナ」
「ああ」
私は目を瞑り、ライナの腕に絡み付いた自分の蔓に意識を集中させた。
そして、蔓の先端から無数の微細な棘を生じさせ―――。
「……!!」
次の瞬間、私の腕から伸びた蔓が、私の腕が―――そして恐らく私の身体がビクリと震えた。
蔓を伝ってライナの血が少しずつ吸い上げられて来るのが分かる。
実際に血が蔓を伝って来る速度もゆっくりとしたものだが、私の意識はそれ以上にゆっくりとライナの血液が蔓を―――私の身体を通って来る感覚を感じていた。
新鮮な血の温度が伝わって来る。
蔓を通って少しずつ流れる血が近づいて来る。
あと少し。
後ほんの少しで吸い上げられた血が自分の腕に到達する。
気付かぬうちに速まっていた呼吸が更に速くなり、口の端から洩れる吐息に熱が籠る。
あと少し。
あと少しで―――――。
―――そして。
永遠にも思える刹那の一瞬が過ぎ―――待ち望んだ瞬間が訪れた。
「――――――――――!!!!」
蔓を通して吸い上げられたライナの血液が私の腕に到達した瞬間、私の頭の中に光が弾けた。
私の体内にライナの血液が次々流れ込んで行き、瞬く間に身体中に行き渡って行く。
干上がった地面に水が浸み込むかの様に、体の内に何かが満たされて行く。
疲弊していた私の身体が、全身の細胞が、隅々まで行き渡って行く温かな血に歓喜の声を上げていた。
「………ッ………ッ……んッ………う………ッ………」
全身に襲い掛かるあまりの衝撃に声が漏れてしまう。
何とか堪えようとするが、抑えられない。
その衝撃は、初めて怪物の血を吸血した時の比ではなかった。
必死に自分を押さえ込まなければ、その血の『味』に夢中になってしまいそうだ。
そうなってしまった場合、ライナに襲い掛かってしまわないとも限らない。
……それだけは絶対に嫌だ。
私は自分の体を抱き締め、襲って来る感覚に必死に耐えた。
「………ッ…………くッ………グッ…………うッ………ぅ…………ッぁ………」
全身が震え、足ががくがくと揺れる。
ベッドに腰掛けていなければ、立っている事が出来ず腰砕けになってしまっただろう。
いや、それどころか意識を喪失してしまっていたかもしれない。
今、私が声が漏れる程度で済んでいるのは、必死に自分の意識を保とうとしているからだ。
目を瞑り、息を荒げて苦悶の表情を浮かべる私の姿は、苦痛に耐えている様に見えるだろう。
「……お、おい、操。 大丈夫なのか?」
……と、私の耳に心配そうな声が届いた。
全身を苛む、人間の血液を摂取した事による急激な細胞の活性化。
恐らく私に起きている現象は、そういった『ブルーフィリア』特有の生理現象から来るものだ。
しかし、傍目には何処か艶めいた声を漏らしながら、自分の身体を抱き締めて悶えている様にしか見えないだろう。
その時になって、漸く私は一部始終をライナに見られている事を思い出した。
「…………み…………あッ………うッ…………いで…………っ………あぅっ……………」
見ないで、と言おうとしたが舌が回らない。
声を堪える事だけで精一杯なのだ。
ライナにこんな姿を見られたくない。
前回の吸血時、自分がどのような状態になったかを忘れていたせいでこんな醜態を晒してしまった。
自覚すると涙も出て来そうになる。
恥ずかしくて情けなくて死にそうだった。
私がそれ以上喋れずに俯いていると、視界の端でライナが動く気配がした。
全身を満たす快感に耐え、身動きの取れない私は顔を上げる事も出来ない。
そもそも、身動きが出来たとしても、自分の好きな人にこんなあられもない姿を見られてしまっては、相手の顔を見る事なんて出来ないだろう。
そんな事を考えている内、ふわりとした浮遊感を体に感じた。
「…………!」
何とか目を開けてみると、ライナが私を抱え上げていた。
そうしてそのまま私を再びベッドに寝かせてくれる。
腕から伸びた私の蔓が絡まない様に注意しながら、そっと私の身体を横たえさせた。
「横になってた方が楽だろ? そのままじっとしてな」
優しくそう言ったライナは床に座り、先程と同様に私の頭を撫でてくれた。
そうすると不思議な事に体を苛む感覚が和らいだ様に感じられ、荒くなっていた呼吸も落ち着いて来る。
ゆっくりと慌てずに呼吸を繰り返して息を整えて行く。
痺れる様な、燃え上がる様な快感は収まって行き、ただ熱に浮かされた様に意識がぼやけて行くのが分かった。
「相当疲れてた筈だからな。 気にせずゆっくり休め」
安心させる様に私の頭を撫でながらそう言ったライナは、私の瞳から零れそうになっていた涙を拭ってくれた。
そんなライナに、ぼんやりとした意識の中で私は頭に浮かんだ言葉を反射的に口にしていた。
「……ライナ………」
「ん?」
「………て…………にぎってて…………」
自分でも思わぬ事を口にしてしまった、と思考の端で考えたが、先程のような痴態を見せてしまった以上、もうあまり関係ない。
思った以上に自分の身体に急激な反応が起きた為に不安になってしまったのかもしれない。
全身を苛んでいたあの感覚は無くなったが、体が発熱した様に熱い。
いや、実際に熱が出ているらしく、意識が先程以上に朦朧として来た。
そんな私の手を取ると、ライナは優しく握り締めてくれた。
熱を持った私の手に対して、ひんやりとしたライナの手の感触が心地良い。
そうしている内に私は強烈な眠気を感じ始めた。
体内で急激な変化が起きた為に疲労がピークに達したのだろう。
だが、私の身体には今も蔓を通してライナの血液がゆっくりと流れ込んでいる。
このまま私が意識を失ってしまったら、ライナの血を貰い過ぎてしまうかもしれない。
そうなってはライナが危険だ――――。
朦朧とする意識の中でそれだけは何とか思考する事が出来た。
必死に途切れそうになる意識を保とうとする。
―――しかし。
「体の反応に無理に逆らうなって。 このまま眠ってな。 ―――――俺は側にいるからさ」
優しく諭すようなライナの声。
ライナ本人にそう言われて受け入れられてしまうと、私もそれに甘えたくなってしまう。
そして、それをきっかけに僅かに心が緩んだ途端、私の意識は暗闇に飲まれて行った。
鉛の様に重くなった瞼が勝手に閉じて行き、周囲の音も遠くなっていく。
最後まで唯一感じられたのは、温かい血が自分の体の中に流れ込んで来る、その感触だけだった。
そうして完全に眠りに就く直前―――――。
「――――おやすみ」
そう呟いたライナの優しい声だけが、妙にはっきりと私の耳に届いたのだった。




