81 アレン・カーティスの述懐3
俺が失敗した原因は偏に……サイディスや聖メアリーの連中の異常性を理解し切れていなかった事だ。
自慢にはならないが、俺は冒険家を名乗って世界中を旅する中で、情勢が危険な国を通る際等、危険と隣り合わせな状況は数多くあった。
そうした状況を乗り越えたからこそ俺は今まで生きて来れたし、乗り越えて来れたのは相応の技術を身に付けていたからだと自負している。
しかし、実際には大部分の状況が運が良かっただけだ。
技術があったというのも嘘ではないが、当然いつも上手くいくとは限らない。
そして……聖メアリー記念病院への潜入の時は運が無かったと言わざるを得ない。
はっきり言って、聖メアリーの連中の侵入者に対する警戒は厳重と言うより病的だったのだ。
院内への侵入は問題なく行う事が出来た。
そして警備室で院内の警備システムを切り、隠し通路があるという地下へと降りたのだが……その時点で警報が鳴り響いた。
おまけに地下の廊下と階段を隔てる様にシャッターが下りた上に明かりが消え、何らかのガスが廊下に充満し出したのだ。
その場から脱出する事も出来ず、ガスを吸ってしまった俺はその場で意識を失ってしまった。
まさか、単なる総合病院の地下にあんなトラップが仕掛けられているなんて……。
気が付いた時には警備員の格好をした数人の男によって手足を縛られ、車の荷台に押し込められる所だった。
その時点で俺は、最悪の状況を自ら呼び込んでしまった事に気が付いたのだ。
意識を取り戻した俺に気が付いた男の一人が、ニヤ着いた顔を向けてこう言った。
『そっちから捕まりに来てくれるとはな、手間が省けたぜ』
今更ではあるが、やはりこいつらは俺とミサオを捕えるつもりだったのだ。
男は更に続けて言った。
『後はお前を人質にして、小娘の方を誘き寄せれば良いだけだ』
最悪だ。
本当に最悪だった。
サイディスを脅す材料を得るつもりが、逆にサイディスにミサオを脅す材料として自分自身を提供してしまったのだ。
俺が人質になっていると知れば、ミサオはサイディスの奴らの要求を呑むしかなくなる。
いっそ俺を見捨てて要求を跳ね除けて欲しいが、ミサオはそんな事は出来ないだろう。
ミサオの力になりたいと、ミサオを守りたいと一人で行動した結果がこの様とは。
絶望する俺を余所に、男達は車に乗り込むとエンジンを掛けて何処かに向かって車を走らせて行った。
ご丁寧に目隠しまでされていた為、周囲の情報は遮断されてしまっていたが、車が道を曲がった際の感覚等から凡その方角は察する事が出来た。
その方角から判断すると、どうやら車が向かっているのはサイディスの製薬研究所らしい。
やがて目的地に到着したのか、車が停車する。
俺は目隠しをされた状態ではあるが、周囲の音を注意深く聞いて現在地の情報を必死に集めた。
だが程なくして荷台の扉が開かれる音が聞こえ、外の空気が荷台に流れ込んで来たのがわかった。
数人の人間の気配。
先程の男達とは足音が違う為、別の人間だろう。
そのまま俺は荷物の様に担ぎ上げられて何処かへと運ばれて行った。
手足を縛られ視界を遮られた状態では抵抗のしようもない。
取り敢えず大人しく運ばれて行くと、外から建物内に入り何処かの部屋の様な所に辿り着いた。
そこで漸く目隠しを外され……目の前に一人の男が立っていた。
『やあ、初めまして、アレン・カーティス君。会えて嬉しいよ』
男はそう言ったが、当然俺は全く嬉しくない。
それはこの連中に拘束されている事も勿論だが、話し掛けて来た目の前の男を、俺は知っていたからだ。
フレッド・スタイン。
サイディス・カンパニーの現社長だ。
いくら自社の関連施設だとはいえ、何故こんな田舎街の製薬研究所などにサイディスの社長がいるのかと疑問に思った。
しかし、その疑問は他ならぬスタインが聞いてもいないのに説明してくれた。
長ったらしい美辞麗句の数々を省いて要約すると、『『ブルーフィリア』を利用すれば世界の軍需産業を支配出来る。その為にミサオが必要なのでお前は人質だ』という事だった。
散々勿体ぶった話しぶりをした癖に、出て来たのは有りがちな私欲に塗れた願望だった。
何の事は無い、サイディスの連中は『ブルーフィリア』の特殊な力を軍事利用する事が出来ると踏み、その第一人者である操も利用しようと考えたのだ。
サイディスの連中が今回の件に関わっていると知った時点から、奴らが『ブルー』を盗み出した理由があるとすればそんな所だろうと思っていた。
そして、ミサオの危惧の通り………こいつらは『ブルーフィリア』の持つ可能性には気付いていても、その危険性は全く理解していなかったのだ。
スタインは『ブルーフィリア』を研究すれば医療分野でも革命が起きるという事は理解していた。
そしてその発展形として、『ブルーフィリア』が持つ不死性を利用した『無敵の兵士』の開発も可能であると考えていたのだ。
確かに操の研究の結果、『ブルーフィリア』は……特に『ブルー』は、ほぼ不死に近い肉体を持っている事が分かっていた。
『ブルーフィリア』達は、肉体が破損しても体内に内包した何らかの未知のエネルギーを用いる事で即座に肉体を修復出来る。
『ブルー』は特にそれが顕著であり、組織サンプルを用いた実験の段階でミサオは『ブルー』を物理的な方法で殺す事は出来ないと判断した程だ。
スタインはどうやってか、ミサオのそんな研究データの一部を手に入れていたようであり、そこから先程述べた様な不死の兵士を作り出せると考えたようだ。
本当に下らない、愚かな野望だ。
そして、そんな事の為にミサオの他者を救いたいという願いを踏みにじろうとしている事に、俺は怒りを覚えた。
だが、拘束された状態の俺にはどうする事も出来ない。
この時俺が一番怒りを覚えていたのは、不甲斐ない自分自身だった。
そうして、囚われの身になってから一晩が過ぎた。
俺はミサオが俺の言った通りにこの街から逃げてくれている様にと祈る事しか出来なかった。
しかし無情にも、再びやって来たスタインが告げたのは、ミサオがサイディス側が持ち掛けた『交渉』に応じたという事実だった。
交渉の場には俺も連れて行くと言ったスタインだが、どう見ても『交渉』などするつもりがある様には見えない。
銃で武装した屈強な私兵達に脇を固めさせた状態で、更には俺という人質までいる。
断ればどうなるかなど火を見るより明らかだ。
交渉の場としてスタインが用意したのは製薬研究所裏にある大きな格納庫のような場所だった。
俺もそこに連れて来られてミサオが来るまで待つ事になったのだが、その場にある大きなカプセルのような物の中に『ブルー』の姿を見つけた。
一先ず彼女が無事である事に安堵するが……同時に、様子が変である事にも気が付いた。
『ブルー』はミサオだけではなく、俺ともよく「会話」をしてくれる。
彼女の性格を言い表すなら、大人しく物静かだが好奇心旺盛、といった所であり、興味を持った事は自身の蔓を伸ばして俺の手の平に文字を書く形で質問して来るのだ。
俺がミサオの研究室に顔を出した時は話をねだられる事もしばしばだし、その時は俺を見て蔓を振る等して大きく反応していた。
だが、カプセル内に閉じ込められた状態の『ブルー』は俺の姿に全く動きを見せず、まるでただの花の様に無反応だった。
連中に何かされたのか、と嫌な予感がしたのだが……直後、ミサオがやって来た事をスタインの元に部下が報告に来た。
そして、数分後。
ミサオが扉の向こうから姿を現した。
ミサオは俺に気付くとホッとしたような顔を見せたが、すぐに俺の周囲を取り囲むサイディスの連中とその奥でカプセルに閉じ込められた『ブルー』の姿を見て表情を強張らせた。
そこからは再びスタインの長話だ。
俺にした時よりも更に長ったらしい回りくどい話が延々と繰り広げられて行く。
『ブルーフィリア』があれば巨万の富を得られる。
結局の所、奴の話が行き付く場所はそこだった。
人類の未来の為とか世界の為とかそれらしい事を並べ立てた所で、奴の口から飛び出して来るのは己の欲望だけだ。
ミサオにもそれは伝わったようであり、目付きがどんどんと冷たい物に変わって行っているのが分かった。
そして、どれだけ話を続けてもミサオが表情を変えず、それどころかゴミを見るような目に変わっている事に気付いたスタインは、苛立たし気に溜息を吐くと部下に命じて俺を前に突き出させた。
自分達に協力すれば人質は解放する。
予定調和のようなセリフをスタインが口にした。
俺の背後にいるサイディス社の重役たちの方から忍び笑いが聞こえて来る。
どれだけ優秀だとしても、小娘如き人質がいれば逆らう事は出来ない。
そう言って嘲笑しているようだ。
そして、実際に俺が突き出された直後、ミサオは顔色を変えて動揺した様子を見せた。
それを見たスタインはほくそ笑む。
思惑通りに事が運ぶと確信したのだろう。
これでミサオはサイディスに歯向かう事は出来ない。
『ブルーフィリア』の研究は自分達の物になり、莫大な富が懐に入り込んで来る。
もしかすると奴はそんな事を妄想していたのかもしれない。
嫌らしい笑みを浮かべながら、ミサオに向かって握手を求めて手を差し出している。
だが、この時俺は何かがおかしいと気付いた。
あのミサオが、何の備えも無くノコノコやって来て、居ると分かっている人質を盾に取られた程度で動揺するだろうか?
そんな事を頭で考え、仮に何かが起こったとしてもすぐに動ける様に心構えをしておいた。
しかし、そんな俺の、そしてミサオの考えとも異なる事態が起きた。
『話が違うぞ! スタイン! 何故その小娘を引き入れるなどという事を言っているんだ!?』
そう言って背後に控えていた重役達の集団から突然飛び出して来たのは、大学の研究室でミサオの研究を妨害していた、あのモートンだった。
何故ここにこいつが、と一瞬混乱するが、その時になってこの男があの大学で好き勝手出来た……いや、大学側がこの男に強く言わなかったのか、何となく察する事が出来た。
モートンは喚き散らしながらミサオを『ブルーフィリア』の研究に引き込むと言ったスタインに詰め寄っていた。
その話の内容からすると、そもそもモートンはスタインとはかつての学友であり、あの大学とサイディス社を繋ぐパイプ役だったらしい。
だが、はっきり言ってしまえばモートンはそれ程優秀な男ではない。
本来であれば教授になど成れる程の功績を上げていないのだから。
それでもモートンがあの地位に居られたのはスタインの、ひいてはサイディス・カンパニーの後ろ盾があっての事だったのだ。
大学側はモートンではなくサイディスの影に逆らう事が出来なかったという訳だ。
しかし、ミサオの招聘を拒絶するモートンに対し、スタインは侮蔑の目をモートンに向けて嘲笑した。
『お前にアレの研究など務まる訳がないだろう? あれの情報を提供してくれた段階でお前はお役御免だ』
スタインは最初から、世界的にも名を知られ影響力も大きいあの大学と自社との繋がりを保つ役割以外モートンに期待していなかったらしい。
ミサオ憎しでスタインに『ブルーフィリア』の情報を漏らしたのはモートンだった訳だが、『ブルーフィリア』の情報とデータを目にしたスタインは『花』とミサオ両方を手に入れようと画策したのだ。
一連のモートンとその取り巻きによる妨害行動はモートン個人の感情も勿論存在していたようだが、元はといえばスタインからの指示だったらしい。
モートンはそのスタインからの妨害指示を、ミサオから研究を取り上げ自分がその研究を引き継ぐ為の物だと思っていたようだった。
だが、実際にはスタインは『ブルーフィリア』を手に入れ、大学を追い出されたミサオを自陣へ取り込むつもりだったのだ。
その為、モートンとしてはミサオを追い出せば終わりだと考えていたせいで大学を去ったミサオが何処へ行くのかはどうでも良かった。
一方でスタインの側は、妨害を受けていたミサオが前触れなく突如大学を去り行方を晦ませた為、彼女との接触のチャンスを失ってしまったのだ。
あの時、大学側にも知られない様に密かに研究拠点の移動を進めていた事が功を奏していたという事だ。
そうして『花』もミサオも逃してしまったモートンをスタインは見限ったのだ。
監視も指示していたにも拘らず、ミサオを追い出した事に満足して行方を追う事もしなかったのだからスタインからすれば当然か。
ともかく、そう言った理由でスタインはもうモートンに対して利用価値を感じていなかった。
ではどうしてモートンがこの場にいるのかと思ったのだが、一体何処で聞きつけたのか、呼ばれた訳でもないのに勝手にやって来てこの場に参加させろと騒いだらしい。
色々とスタインの後ろ暗い側面も知っているモートンを野放しにすれば面倒だと考え、今日の所は同席までは許した……という事だった。
あくまでもスタインはミサオに『ブルーフィリア』の研究をさせ、その成果を自分達の物にするつもりだったのだ。
そこにモートンが関与する余地は最初から無かった。
だが、モートンにとってそれはどうしても受け入れ難い事実だったらしい。
奴は突然目を血走らせ、訳の分からない事を喚きながら、懐から取り出した銃をミサオに向けて発砲したのだ。
……ミサオに握手を求めて接近していたスタイン諸共。
気付いた時には俺はその場から走り出していた。
幸いにもモートンの突然の凶行に騒然とした周囲の人間達は、俺から注意を逸らしていた。
だから、撃たれて倒れたミサオの元に俺が走り寄っても制止する者はいない。
警護役の男達は慌ててモートンを取り押さえようとしたり、銃弾を浴びたスタインを助け起こそうとしたりと手一杯のようだ。
俺も手を縛られていたが、監禁されていた部屋から連れて来るのに邪魔だった為、両足は自由になっていた。
だから不自由な体勢ではあったが、倒れたミサオの元にすぐ駆け寄る事が出来た。
幸いミサオの傷は致命的なものではなく、肩を撃たれた状態のようだった。
弾は突き抜けた為出血の量もそれほど酷くは無い。
だが、すぐに応急処置が必要ではあった。
横目で見るとスタインも致命的な傷ではなかったらしく、部下に助け起こされていた。
素早く周囲に視線を走らせると、周りの連中の意識はスタインか、取り押さえられても尚暴れるモートンのどちらかに向けられている事が分かる。
今の内にミサオを連れて逃げなければ。
出来れば『ブルー』も奪還したかったが、多勢に無勢な上、ミサオが負傷したこの状況では困難どころではない。
何らかの別の手段を考えなければいけない、そう思いながらミサオを抱えてその場から逃げようとした。
だが、その時………突然、悲鳴のような声が響き渡り、青く輝く光が周囲を強く照らした。
何が起こったか分からずにいる俺の耳に、ミサオの叫び声が届く。
『……『ブルー』……! ダメ……!!』
後ろを振り返った俺が見たのは、大型カプセルの中に入れられた状態の『ブルー』が眩いばかりの青い光を放っている姿だった。
そして、俺が状況を理解するよりも早く『ブルー』を覆っていたカプセルにヒビが入り、次の瞬間にはカプセルは粉々に砕け散る。
その瞬間、周囲に物理的な力を伴った強烈な衝撃波が走ったのだ。
その衝撃波はカプセルどころか周囲にあった物や人間、果ては近くに停車していた大型車両まで吹き飛ばしてしまった。
当然俺とミサオも只では済まず、その場から弾き飛ばされてしまう。
突然空中に投げ出されて受け身も取れず、地面に落下した衝撃で全身が痛んだ。
周囲に居たサイディスの連中とモートンも同じ様に吹き飛ばされていた。
カプセルに程近い場所に居た何名かは最初の衝撃波だけで文字通り吹き飛んでしまった。
肉片すら残らず、塵になってしまったのだ。
その光景を見て、まだ無事だった者達は這う這うの体でその場から逃げ出そうとしている。
その中にはスタインもいたが、今はそんな事はどうでも良い。
何が起きているのか分からないが、『ブルー』が暴走してしまっているという事は分かる。
ミサオが危惧していたのはこの事だったのだ。
『『ブルー』!やめて!落ち着いて!』
痛みを堪えて何とか立ち上がった俺の耳にミサオの悲痛な叫び声が届く。
彼女は俺よりも早くに立ち上がると『ブルー』の元に駆け寄ろうとしていた。
だがどういう訳か、『ブルー』に近付こうとしても一定の距離までしか近付けないようだった。
まるで強烈な青い光を放ち続ける『ブルー』を中心に、斥力が発生しているようだ。
更に、先程のような衝撃波は止んでいるが、『ブルー』の周りにはまるで流れ星の様に青い光の粒子が無数に渦巻いて見えた。
それがどのような現象なのかはわからないが、『ブルー』の周囲の物が手を触れていないにも拘らずメキメキと音を立てて破壊されて行き、今にもバラバラに吹き飛びそうだ。
俺は超常現象としか言いようのない目の前の現象を、頭で理解する事が出来ずに混乱するが、一つだけ理解出来る事があった。
今、『ブルー』の周囲は通常の物理法則では考えられない現象が起きる危険地帯だという事だ。
そんな場所に近付けば……ミサオの身が危険だ。
俺は操に駆け寄って彼女の身体を抱き抱えた。
今はこの場を離れるしかない。
そう思った俺はそのままミサオを連れて逃げようとした。
ミサオは『ブルー』を置いていけないと抵抗したが……『ブルーフィリア』の研究に携わっていなかった俺でも分かる。
この状況は最悪だ。
恐らくこのままでは『ブルー』の安否以上の事態が起きてしまう。
そうなった場合、それに対処出来るのはミサオだけなのだ。
ミサオもそれは分かっている筈だ。
だが、それでも家族同然の存在となっていた『ブルー』を見捨てる事は彼女には難しかったのだろう。
それでも俺はミサオを守る為、ミサオの意思を無視してでもこの場か彼女を連れ出さなくてはならない。
そう言った俺の目を見たミサオは、泣きそうな顔になりながらも頷いてくれた。
だがその直後。
周囲を照らしていた青い光が突然収まり………轟音が鳴り響いた
思わず音のした方……『ブルー』の方へ目を向けると、『ブルー』の根元から肥大化し急成長した『根』が周囲に高速で伸びて来た。
恐ろしい程のスピードで成長する『ブルー』の根は、瞬く間に格納庫内を覆って行く。
床も壁も天井もあっという間に埋め尽くし、遂には『ブルー』の根元から発生した巨大な根が津波の様に俺達の方へ押し寄せた。
まるで意思を持っているかの様に蠢く巨大な根は、まだその場から逃げられていなかったサイディスの人間達へ次々に襲い掛かった。
巨大な根に押し潰される者。
絡め取られて捻り潰される者。
発砲して抵抗を試みるが、無数の根に串刺しにされる者……。
怒号と悲鳴が響き渡り、周囲が血生臭い空気に包まれて行った。
『ブルー』の根が津波の様に溢れ出して来た段階で俺はミサオを抱えて走り出していた。
何とか格納庫の扉を抜けて外まで逃げる事が出来たが、そこで異常な速度で急成長を続ける根に追いつかれてしまった。
ミサオを守る為、自分の体を盾にしようとしたが襲い来る巨大な根には何の意味も無かった。
あっけなく跳ね飛ばされ、宙を舞った俺とミサオは―――――俺の記憶はそこで途切れている。
その後、目を覚ました時には俺は、異常成長を遂げた『ブルー』の根と思われる植物の一部に引っ掛かる形で一命を取り留めていた。
全身に打撲と擦り傷が出来ていたが、幸いにも大きなケガはしていなかった。
しかし―――周囲にミサオの姿は無かった。
巨大な植物の根の塊に巻き込まれて外へ弾き飛ばされた際にはぐれてしまったようだ。
俺はすぐに彼女を探そうとしたが、その時には既に街中に得体の知れない怪物が溢れ返っていた。
ミサオを探すどころか自分の身を守るので精一杯だ。
それでも俺はミサオを探して街中を走り回った。
俺が無事だったのなら、同じ状況で外へ弾き出された操もきっと無事な筈だ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は怪物から逃れながらミサオの姿を探し続けた。
だが………情けない話だが、俺は戦闘は苦手だ。
それ故、冒険家として世界中を旅した際も、極力争い事に巻き込まれない様に立ち回って来ていた。
護身の為に銃は最低限使える知識はあるが……寧ろ、ミサオの方が俺よりも銃の扱いが達者な位だ。
なので、如何に戦闘を避けて行動する事に慣れているとはいえ、人間ではないモノを相手に同じ様に立ち回れるとは限らない。
その結果、俺は街の中をミサオを探して回る中で、怪物からの攻撃を受けて傷を負ってしまった。
………それも、かなり深い傷だ。
何とかその場からは逃れる事が出来たが、これ以上街中を一人で動き回るような事は出来そうにない。
相変わらずミサオの行方も分からない。
俺は最後の賭けでミサオが研究所に戻って来る事に望みを掛けた。
まだ足が動く内にレドウッド山を登らなくてはいけない。
幸いにもケーブルカーはまだ動いていたので、自分で操作して別荘地帯まで戻った。
足を引き摺りながら戻って来た研究所には………ミサオの姿は無かった。
それどころか、『アル』や彼の眷属である動く花達も研究所内に姿が無かった。
何処へ行ってしまったのか。
そもそも無事なのか。
ミサオは戻って来るだろうか。
様々な思考が頭を巡るが、もう俺に出来る事は無かった。
俺は、彼女を…………ミサオを守りたかった。
ミサオに笑顔で居て欲しかった。
その為に、俺に出来る事は何でもやって来た。
その甲斐あってか、彼女は出会った時よりもずっと自然に笑う様になった。
嬉しかった。
心の底から嬉しかった。
俺にとってはそれだけで十分だった。
―――――どうして―――――――こんな事になってしまったんだろうか。
何処かで何かを間違えたのだろうか?
俺がミサオの研究拠点としてグリーンフォレストを選んだから?
俺が『ブルーフィリア』の事をミサオに教えたから?
俺がミサオと出会ってしまったから?
俺が……………無力だったから?
もう後悔しても遅い。
ミサオが危惧した通りの事態が引き起こされ、多くの命が失われた。
俺も、もうすぐ…………。
それは、何も出来なかった俺に対する罰なのかもしれない。
自分の過去の行いを後悔しながら死ぬという、有り触れた、しかし残酷な罰。
傲慢かもしれないが、死を目前にするとそんな考えが頭に浮かぶ。
………俺はそれでも構わない。
俺の今までの人生が、ミサオに出会うまでは他人に誇れるようなものでなかったのは事実なのだから。
それに対する罰がこれだというのなら………甘んじて受けよう。
……けど、彼女だけは、ミサオだけはどうか無事でいて欲しい。
もしも無事なら、きっと彼女は今も街の人々を救う為に一人奔走している筈だ。
本当なら彼女を一人にするべきじゃない。
一人だと、きっと無茶をしてしまうから。
でも、俺はもうミサオの側にはいられない。
俺が死んでしまったら、彼女を泣かせてしまうだろう。
それだけが心残り――――いや………そう言えば……。
プロポーズの返事………まだ聞いてなかったっけ。
顔を真っ赤にしていた彼女の顔が、今でも鮮明に浮かぶ。
……ああ…………この先も君と一緒に生きて行きたかったな………。
………ミサオ…………どうか無事で…………。
………俺は…………いつまでも、君……を………………―――――――。




