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80 アレン・カーティスの述懐2


南極のクレバスの奥、『氷の花園』で『青い花』を無事採取した俺とミサオは、そのまま何事も無く帰国する事が出来た。


検疫とか、色々と細かい問題もあったけど………まぁ、そこは良いだろう。


『花』を持ち帰った操は早速自分の所属する大学の研究室で研究を始めた。


だが、すぐに問題が発生してしまった。


研究そのものではなく、研究を行う為の環境に問題が発生したのだ。


当時ミサオが所属していた某大学の研究室において、ミサオは既に数多くの実績を残していた。


しかし、その殆どを研究室内の共同成果として発表していた為、世間的には操個人は何の実績も残していない事になっている。


だが当然大学側は実態を理解しており、ミサオが望む望まないに拘らず彼女を優遇する形でその実績に報いる様になっていた。


すると、それを快く思わない者………言ってしまえば、ミサオを妬む者が現われる様になったのだ。


文句があるなら成果を上げろと俺なら言うが、ミサオとしてはそんな事を議論するのは時間の無駄だった。


その為、そうした誹謗中傷紛いの陰口は完全に無視して研究を続けていたのだが、徐々にそれがエスカレートして来たのだ。


それこそミサオが行っている研究そのものに支障を来しかねない程に実害を伴って。


やがて陰口で済んでいたものが()()に変わり、ミサオが研究の継続を危ぶむ程になっていた。


特に、モートンと言う名の客員研究員の男からの妨害が酷かったとミサオは言っていた。


この男についてはミサオから話を聞いた後、明らかに異常な行動を取っていたので素性を調べて名前を知った。


モートンは立場としてはミサオが所属する大学の名誉教授という事になっているが、実際にはそれを名乗れる程の実績は上げていないらしい。


にも拘らず、名誉教授の称号を得ているのは大学の学長と何らかの繋がりがあるとか、大学上層部の弱みを握っているとか、色々な噂があるようだったが正確な理由ははっきりしていない。


だが大学内で発言力が強いのは事実らしく、自分の腰巾着と共にミサオに対して圧力を掛けたり研究そのものにケチを付けたりとやりたい放題だった。


何故その様な真似をするのかもわからなかったが、噂通りなら五十過ぎで目立った実績も無く、裏で手を回してようやく『教授扱い』のモートンに対し、若くして将来を嘱望されるミサオはさぞかし目障りだった事だろう。


勿論、だからと言ってミサオが研究の邪魔をされる謂れはないのだが、ミサオが大学側に状況を報告しても大学側の動きは遅々としており、モートン一派に対応するつもりは無いようだった。


そこには、研究を最優先させるミサオには大学を離れるという選択は取れない……と高を括っている様子が透けて見えた。


ミサオが行っている研究が極めて特殊な分野であるという事を理解していた大学は、今の研究環境を捨ててまでミサオがモートンの排除を望む事は無い、と判断したのだ。


何故そこまであんな男を擁護するのか当時の俺には全く理解出来なかったが……少なくとも、大学側はミサオよりモートンを取ったのだ。


大学側がそれに気付いていたかは分からないが……とにかくそういう事だった。


だが逆にミサオは、研究を最優先させるが故に大学に見切りをつけた。


研究を妨害する「障害」を排除する事が出来ないどころか、それを認識していながら放置するのであれば妨害に加担しているのと同義だ。


だから、ミサオは研究拠点を別の場所に移す事にした。




ミサオは研究資材の移動の為の準備がある為、新たな研究拠点となる場所の確保に関しては俺の方で行った。


ミサオの研究を妨害する連中に対して何の対応もしない癖に、大学側は恐らくミサオを引き留めようとするだろう。


だから、大学側に感付かれない様に拠点の準備を俺とミサオで別に行った方が良いと判断したという事もある。


とにかく、『青い花』自体に危害を加えられる前に大学側から離れるべきだというのは俺も同感だった為、急いで適した場所を探した。


そして見つけたのが……グリーンフォレストだった。



古い田舎町、と言った風情の小さな町だが、過去のいざこざの関係で造られた別荘地帯が存在しており、そこの物件が非常に安価で売りに出されていたのだ。


それこそ事故物件では?と疑いたくなる程の安さだったが、実際には単に買い手が付かない為に安売りしなくてはいけないだけだったらしい。


街を事実上牛耳っているサイディス・カンパニーの誘致に賛成する改革派と、昔ながらのグリーンフォレストの気風を守ろうとする保守派の争いは結局改革派が勝利した。


外部からの移住者の獲得の為に造成されたレドウッド山中腹の別荘地帯は、保守派の目論見通りには人を集めるには至らなかった。


その結果、高級別荘地帯として整備された百以上の別荘は殆ど入居者が無かった。


聞いた話では、現状でも入居済みの建物は十件にも満たないそうだ。


街としては発展の足掛かりになれば何でも構わないという他力本願なスタンスだった為、改革派が街の運営の主導権を握ろうと関係ない訳だ。


だが、一度作ってしまった別荘地帯を再度更地にするような事をすればまた金が掛かるという事で、別荘はそのまま再利用する事となったのだ。


結果、叩き売り同然の価格でこの一帯の別荘が売りに出ていたのだが、山の中腹にあるという見栄えに拘り過ぎた立地が足を引っ張り、買い手は殆ど付いていなかった。


しかし………ミサオの自宅兼研究拠点として考えるなら、中々の好物件だった。


別荘地帯から麓への移動には直通のケーブルカーを使用するか、車で山間部の道路を通って降りるしかない。


その為、街で働いている人間にとっては「高級」別荘である事も勿論だが、交通の便が非常に不便なのだ。


一方、ミサオは別荘自体を研究室として使えば良いので頻繁に街へ降りる必要は無い。


そもそも引き籠り気味のミサオにとっては、研究資材や食料の買い出し等で定期的に街に降りる程度で問題無かった。


正直ずっと研究室に籠り切りなのはどうかと思うが、そこは俺が様子を見に行ったり必要な物の調達を担えば良いだけだ。


それに、ミサオも以前ほど自分の全てを研究に捧げる様な生き方をしなくなったので、その辺りは心配ないだろう。



こうしてミサオが研究に集中する為の個人研究所が完成した。


因みに資金に関しては俺が出した。


勿論、実家の金には一切手を出していない。


完全に俺の個人的なポケットマネーから捻出した資金でミサオの自宅兼研究所は手に入れた。


ミサオは俺にそんな事をさせる訳には行かないと慌てていたが、これは俺が好きでやっている事なので気にしないで欲しいと言って説得した。


一向に引かない俺に対し、ミサオもかなり粘ったが最終的には折れてくれた。


これに関しては譲るつもりは無い。


彼女の研究の為に……いや、彼女の力になりたいという俺の願いを叶える為なのだから。


ミサオが大学を去る際にはやはり一悶着あったが、既に重要な研究資材の移動を終えていた操は、引き留めようとする大学側の者達に一瞥もくれずにその場から立ち去った。


研究室の中心とも言える存在だったミサオがいなくなった事で後々問題が起きるかもしれないが、それはあくまで大学側の問題なので知った事ではない。


俺が運転する車に乗り込んだミサオはスッキリとした顔をしていた。


諸々のしがらみから解放されたのだから当然だろう。


その場から走り去って行く車の後方では、大学の連中と一緒にこちらへ向かって何かを喚いているモートンの姿もあったが……ミサオはあの男の存在自体に気付いていないようだった。


あんな奴らに囲まれて研究を続けていたのだからストレスが溜まった事だろう。


新しい研究拠点ではのんびりと研究を続けて欲しい………その時の俺はそう思っていた。




拠点をグリーンフォレストに移した後、ミサオの研究は順調に進んだ。


その過程で『青い花』………いや、『ブルーフィリア』の思わぬ能力が判明して『同居人』が増えたのには驚いたが……。


ミサオが言うには『ブルーフィリア』には、生物の死体に寄生し苗床とした上で操る……という奇妙な能力があるのだという。


正直な所、ホラー映画じみた生態だと思う。


死体を好んで自分の種子を植え付けるなんて、まるで死体愛好症(ネクロフィリア)のようだとミサオに言ったら怒られてしまったが。


だが怒った理由は「ネクロフィリア」という言葉が『可愛くないから』だった。


………やっぱり彼女のこういう所はちょっとズレていると思う。


とにかく「ネクロフィリア」と言う言葉は気に入らなかったが、「フィリア」という言葉の語感は気に入ったらしく、最終的に『花』の呼び名は『青い花』改め『ブルーフィリア』となった。


そして、ミサオは人類が初めて認識した『ブルーフィリア』第一号……あの『氷の花園』から持ち帰った花を指して『最初の一輪(オリジン・ブルー)』と名付け、『ブルー』という愛称で『彼女』を呼んだ。


そう、同居人とは彼女……『ブルー』の事なのだ。


俺もまだミサオと同居しているわけではないので、彼女の研究の推移をつぶさに観察しているわけではない。


だから『ブルー』がいつからあのように自意識を持ち始めたのかは分からないが、ある日研究所へやって来た俺にミサオが俺に蔓をウネウネと動かす『ブルー』を嬉しそうに紹介してくれた。


正直言って、衝撃を受けたどころの話では無かった。


自我を持った植物なんて聞いた事が無いし、そんな生き物は危険なのではないかとも思った。


だが、『ブルー』はミサオに危害を加える素振りを見せる所か、彼女の言う事を良く聞き、操を慕っているようだった。


植物相手にそんな感情を読み取る事など出来るのか?という疑問はあったが、不思議と『ブルー』の見せるちょっとした動きは、彼女に明確な人格と感情が備わっている事を俺に伝えていたのだ。


更に驚いたのが、『ブルー』自身は言葉を発する事こそ出来ないが、言葉や文字を理解しているらしい事だった。


その為、疑似的な『会話』をする事すら可能だった。


これはミサオだけではなく俺にも可能であり、ミサオが席を外している間に彼女の普段の生活環境を聞き出したりする事も出来た。


挙句の果てには、研究漬けの毎日を送っているミサオの体調を心配している事を俺に伝えてくる始末だ。


そうして俺は、ミサオの生活環境の改善と言う一点において思わぬ同志を得る形になった。


この時点で俺は『ブルー』をただの植物として見る事を止め、いち()()として見る事にしたのだった。



そして、同居人はもう一人……いや、もう一匹存在する。


驚いた事にそちらは『ブルー』の種子から発芽・開花した『ブルーフィリア』に寄生された、レドウッド山に生息していたと思われるネズミだった。


正確にはネズミの死骸に寄生した『ブルーフィリア』がその体を乗っ取っている状態である為、彼もまた『花』の一輪と言える。


ミサオが『ブルーフィリア』の能力に気付いたのも、彼の存在があったからのようだ。


ミサオが『鼠のアル』と呼ぶこの小さな同居人は、『ブルー』と同じくとてもネズミとは思えないような知性を持っていた。


『ブルー』と同程度の知能を持ち、『ブルー』と違って鳴き声を上げる事が出来る為、『ブルー』が何かをミサオや俺に伝えたい時は彼がその意を汲んで鳴いて知らせる様な事もあった。


驚くべき事ではあるが、『ブルー』と『アル』の間には上下関係に近い何かがあるらしく、基本的に『アル』は『ブルー』の意思を尊重するように動く。


何故その様な関係になるのか、と言う事を『アル』にも『ブルー』にも聞いてみたが、どちらからも『そういうものだから』という答えが返って来ただけだった。




その後もミサオの研究室には奇妙な同居人が増えて行った。


全て『ブルーフィリア』由来の生物であり、どれも地球上の生物ではあり得ない姿・形をしており、研究室内は混沌のるつぼと化していた。


しかし、どの生物もミサオや俺に危害を加えて来るような事も無く、寧ろミサオの意思に沿って行動しているとすら感じられる程だった。


ミサオはミサオで、『当事者』である彼らに協力を頼んだ事で、非常に順調に研究が進んでいると嬉しそうに話していた。


事情を知らない物がこの光景を見れば、彼女は得体の知れない生物に洗脳されたのではないかと思うかもしれないが、今までのミサオの生き方を知っている俺からすれば、今の方がよっぽど健全に生きているとすら思えた。



未知の生物を生み出す源泉となっているのは、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』である『ブルー』だ。


そしてミサオが言うには、幾つも生み出された『ブルーフィリア』由来の生物達の頂点に存在するのが『ブルー』である事も変わりが無いのだという。


序列の様な物が彼女たちの間にあるのかは不明だが、これまでのミサオの研究で『ブルー』の種子から直接生まれた存在は今の所『アル』だけであり、それ以外の生物達……自立して歩く花の様な生き物達は、『アル』の種子から生まれた存在だという事が判明している。


そのせいか、この『歩く花』達は『アル』が統率する事が出来るらしく、研究室内のちょっとした掃除等を行っている姿をよく目にした。


『アル』と花達は何処で学んだのかと思う程に連携した動きを行う事が出来、その行動からは単に「知能が高い」という表現以上の()()の高さが感じられた。


しかしその一方、『ブルーフィリア』のヒエラルキーの頂点に位置すると思われる『ブルー』からは、寧ろ精神面の幼さが感じられたのだ。


不思議な事に『ブルー』は肉体面にせよ精神面にせよ、成長が他の『ブルーフィリア』達よりも遅く感じられた。


そういう生態だと言われればそれまでだが………ミサオの反応を見るに、何らかの理由があるのかもしれない。


どちらにしろ、恐らく俺には理解出来ない領域の話だと思うが……。




そうして、驚愕の連続だった毎日を過ごしていたある日、唐突にそれは起こった。




その日、俺は海外での活動を終えて久しぶりにミサオに直接会える事になり、浮足立っていた。


グリーンフォレストはその名の通り深い森の中にある街である為、車で向かうにしても木々の間を縫う様に作られた道路を長時間走らなくてはいけない。


その為飛行機を降り、車を走らせ街に着く頃には時間は夜遅くになってしまっていた。


それでも他に用事もあったらしいミサオは、街に到着した俺を出迎えに来てくれて俺との再会を喜んでくれていた。


そこへ、知らせが入った。


ミサオの研究室に何者かが侵入したというセキュリティ通知が。



時間は既に深夜近かった為、ミサオは俺の部屋に泊まっていたのだが、そこへ入った突然の知らせに俺達は驚愕した。


一体誰が? 何の為に?


状況は全く分からなかったが、とにかく何か良くない事が起きているという事は確かだった。


俺達は急いでレドウッド山のミサオの自宅へ向かった。


そこで見たのは、荒らされた研究室と……傷付き倒れた鼠の『アル』達だった。


何があったのかはすぐに分かった。


研究室内からは『ブルー』が消えており、それ以外にも幾つかの研究資料が無くなっている事にミサオが気付いたからだ。


幸い、『アル』はその生命力の高さから一命は取り留めていたが、明らかに銃で撃たれた傷があった。


どう考えてもただの物盗りではない。


俺は『ブルー』に秘められた未知の力の事を、ミサオからある程度聞いていた。


それ故、相手が何者であろうとも、この事態が最悪の結果を齎しかねない状況だという事を理解していた。


俺は傷付いた『アル』の介抱をミサオに任せ、一足先に襲撃犯の行方を追う事にした。


荒らされた室内の様子からして、それ程時間は経過していないと考えたからだ。


恐らく襲撃者は数人は居た筈であり、その手の犯罪行為に慣れた連中だろう。


この街にそんな連中がいるのかは分からないが、居ないのであれば襲撃犯はよそ者である可能性が高い。


そうなればある程度の目星は付けられるかもしれない。


どちらにせよ時間との勝負だった。



そうして俺は、すぐにグリーンフォレスト内の伝手を使って『ブルー』を盗み出した連中を探そうとした。


そして当然、盗みに入られた事を警察へ通報した。


だがそこで違和感を感じた。


電話口で対応した警官の態度がおかしい様な気がしたのだ。


具体的にどうこうという訳ではないのだが……()()()()()()()()()()()()()()()様な反応、と言えば良いのだろうか?


言葉ではおかしな所は無いのだが、必要以上に事務的な語り口調に聞こえる。


予想外の事態に見舞われた事で俺が過敏になっているのか?


一瞬そう考えたが………俺はこの時から、何となくだが非常に嫌な予感を感じ始めていた。



冒険家などというものをそれなりに長くやっていると、第六感とでも言うべきものを感じる事がある。


それは未発見の遺物を見つけた時だったり、自分の身に差し迫った危険を回避する時に一瞬頭をよぎる閃きの様なものだ。


その閃きが、何かがおかしいと告げていた。


そして、このままでは俺もミサオも危険だと。


そして、通話口の向こうで聴取を取りたいから居場所を教えて欲しいという警官の声を耳にした直後、俺はすぐさま通話を切った。


居場所を教えろ?窃盗の対応をするなら、警官は事件が起きた場所に来るべきだ。


なのに、事件現場の場所を聞く前に今の俺の居場所を聞いて来るなんて、やはりおかしい。


通話を切った俺は、すぐに研究所で待っている筈のミサオにそこにいるのは危険だと連絡した。


すると、ミサオも何か感付いた事があったらしく、既に研究所を離れたとの事だった。


『アル』は傷の手当てをしたので後は自己回復ですぐに良くなるそうだ。


取り敢えず安堵の息を吐いた俺だったが………その後、状況は悪くなる一方だった。




結論から言うと、嫌な予感は当たってしまった。


街へ『ブルー』を探しに向かった際、俺はあくまでも念の為に、という程度のつもりで目立たないように行動していた。


その上で周囲の人間の様子を観察しながら移動していたのだが……明らかに何かを探している様子の人間が、あちこちで見られたのだ。


そして、その中には警官の姿もあった。


既に時間は真夜中であるにも拘らず、だ。


離れた場所から確認したのではっきりとは分からなかったが、写真の様な物を手に街をうろついている。


身のこなし等からして偽警官という事は無さそうだが、だとすれば状況は想像以上に悪い。


もし彼らが捜しているのが俺、或いはミサオだとすれば、偶然とは考えにくい。


謎の侵入者によって『ブルー』が奪われ、直後に現われた俺達の行方を捜しているらしい風体の良くない者達と、怪しい動きをする警官。


もしも、全てが繋がっているのだとしたら?


一体何故そうなったのかは分からないが、俺の予想が当たっているのなら何者かの指示の元、一連の出来事が引き起こされている可能性が高い。


そう思い至った所へミサオから連絡が入った。


一緒に行動していると目立つという事で、別行動を取っていたのだが……一人で行動している間にミサオは驚くべき情報を見つけて来ていた。


なんと、グリーンフォレスト警察署……通称GF署には裏の仕事を請け負う非合法組織の側面があるのだという。


警察が非合法活動とは……映画の見過ぎだと最初は俺も思った。


だがどうやって手に入れたのか、ミサオはGF署の非合法活動の報酬が振り込まれた銀行口座の入金記録や、『依頼人』とのやり取りの際のメールの写しといった物のデータを送って来た。


事も無げに『ハッキングしたの』と言っていたが、あの短時間で………まぁ、方法はともかく、信憑性のある情報であるという事は理解出来た。


『依頼人』とのやり取りから読み取れる『仕事』の内容は、どれも顔を顰めたくなる様な物ばかりだった。


文面から具体的な『仕事内容』は読み取れなかったが……俺はその『内容』の一つに心当たりがあった。


ミサオには言わなかったが、そのメールでやりとりされた内容に、以前この街で起きたという事件の状況と符合しているものがあったのだ。


被害者はこの街の外からやって来たジャーナリストの男であり、警察は確か、事故と判断して捜査を打ち切ったと新聞にあった筈だ。


だが、このメールの内容を見る限り……ぼかしてはいるが、街と『奴ら』の事を嗅ぎ回るこの男が邪魔だった為、事故に見せかけて『処理』しろと言う事のようだった。


裏の仕事をこなす警官なら、事件を事故として処理するのも容易いだろう。


『奴ら』……サイディス・カンパニーの意向によって。


この時になって、漸く俺はこの街がおかしいという事に気付いたのだ。




この街がサイディス社とベッタリなのは知っていたが、まさかあそこまで好き放題しているとは思わなかった。


奴らが何故『ブルー』を狙ったのかは不明だったが、俺やミサオを狙うのもその関連だとすれば、俺達の身が危険どころの話ではない。


今すぐ街を離れなくては確実に命は無いだろう。


ミサオにも裏の仕事を請け負う警官達の依頼人は恐らくサイディス・カンパニーであるという事を伝えた。


そしてこのままでは『ブルー』どころか俺達の命も危ない、とも。


だがミサオは『ブルー』を見捨てるつもりは無いと言い切った。


正直言うと、俺もそうだろうなと思っていた。


ミサオは『ブルー』の事をそれこそ本当の家族のように大切にしていたのだ。


そんな彼女が、身の危険が迫ったからといって家族を置いて逃げる様な事が出来る訳がない。


しかし、それでも危険すぎた。


俺が把握しているサイディス社に関連した『噂話』が、単なる噂ではなく真実だとすれば、俺達が思う以上にあいつらは危険な組織だという事になる。


噂なんて信じていなかったが、グリーンフォレスト内で奴らが行っていた非道の一部を目にした事で、噂に信憑性が出て来てしまったのだ。


だとすれば………俺はミサオを、自分の大切な人を、分かっていて死地に放り込む様な真似は出来なかった。


だから『ブルー』は俺が探すので、ミサオは街を出る様に言ったのだ。


当然拒否されたが、俺は半ば無理矢理、この街を出て身を隠すようにミサオに言い含めて電話を切った。


恐らく納得はしてくれていないだろうが……それでも、突き放すぐらいはしておかなくてはいけない。


そこから先は、こちらも『非合法』で行かなくてはならなかったのだから。




結論から言うと、調査の結果『ブルー』の居場所は街の三か所まで絞る事が出来た。


グリーンフォレストの街にはサイディス社の関連施設が幾つもあるが、『ブルー』を保管しておく程に重要度が高い所はその三か所だけだ。


その三か所とは「聖メアリー記念病院」、「ダイス倉庫管理」、「サイディス・カンパニー第8製薬研究所」だ。


この内、聖メアリー記念病院はサイディス社との関係以外にも色々と黒い噂の絶えない場所だが、重要な物資を保管する場所には向いていないと思われる為除外した。


そうすると残るは二か所だが……出来れば第8製薬研究所は後回しにしたい。


正直な所、一番可能性が高い場所ではあるのだが、単純に警備が一番厳重な場所である為、そこに潜入するのは困難だ。


その為、俺はまずダイス倉庫管理に潜入した。


仮にそこに『ブルー』が居なかったとしても、サイディス社の物資の集積所となっているらしいその場所なら何らかの情報が手に入ると思ったのだ。


第8製薬研究所に比べてこちらの警備はお粗末だったというのも理由の一つだ。


違法な薬品類を保管しているという情報すらあるというのに、警備員と思われる人間が広い倉庫街に対してあまりにも少なかった。


尤も俺としては助かったのだが……。


だが残念ながら『ブルー』はそこに居なかった。


厳重な警備システムが敷かれているセキュリティ区画とやらを突破するのは難しいと思われたが、保管されている物の物品リストの方が事務所の机に出しっぱなしになっているのでは意味が無い。


人気のない事務所内に侵入してそこにあった資料を確認した結果、ダイス倉庫管理には『ブルー』は保管されていない事が分かった。


と、なれば………残るは一ヶ所だけだ。


恐らく第8製薬研究所に『ブルー』は持ち込まれているのだろう。


しかし、先程も言ったが第8製薬研究所の警備は厳重だ。


しかも、ダイス倉庫管理で見つけた資料などによると、研究施設内はIDによって各区画毎の移動を管理する非常に厳しいセキュリティが敷かれているらしい。


流石にそんな所へ潜入出来るほどの技術は持ち合わせていないし、IDを偽造するような伝手も時間も無い。


正攻法では敷地内に入る事すら難しいだろう。


……と、頭を悩ませていた俺は別の資料を発見した。


それは潜入先の候補として挙げた三か所の内の一つ、最初に除外した聖メアリー記念病院に関してのものだった。


その資料によるとどうやら、ダイス倉庫管理は倉庫の管理だけではなく、サイディス関係者のグリーンフォレスト内での活動における施設管理などの業務も請け負っているようだった。


ダイス倉庫管理の人間が施設の修理・補修や新規建築等を行うという事ではなく、必要に応じて息の掛かった委託業者へそうした建物管理の業務を発注していたらしい。


つまり、グリーンフォレスト内におけるサイディス社側の『都市開発』の元締めとでも言うべき存在だ。


資料を見る限り、裏ではかなり強引な手段で活動していたらしく、土地の買収や新規施設の建築に関連して元の土地の所有者を『強制退去』させる様な事もやっていたようだ。


要は地上げ屋の様な事をしていた訳だ。


その関係でなのか、ミサオが見つけて来た例の警察関係者の裏の仕事に関連する情報もそこに記載されていた。


『強制退去』がどの様な行われたか想像出来そうな物だ。


そして、そんな情報と一緒に、聖メアリー記念病院の『裏』の情報も記載がされていた。



人体実験の被験者の調達?


実験用の遺体の搬入?


実験用の遺体の作成依頼?



……見るだけで気分が悪くなりそうな、悍ましい所業の数々が淡々とした文字の羅列としてそこに記されていた。



奴らは正気なのか?


人間を完全に物としてしか見ていない。


ご丁寧に『実験用』として調達された者達の情報もそこに記されていたが、この情報が正しいなら十代未満の子供すら含まれているという事になる。


『遺体の()()依頼』とあったが、それは単に使える遺体を探せという事なのだろうか?


()()()()()()()()()()とも取れるその文面は、俺の背中に寒気を感じさせた。



だが、この情報は使えるかもしれない。


何度も言うが、第8製薬研究所へ直接潜入するのは非常に困難だ。


……と言うよりも、恐らく俺では不可能だろう。


入念に準備をすればもしかしたら可能かもしれないが……流石に今はそんな時間は無い。


だから、ある意味正攻法で連中に当たる必要がある。


サイディスの奴らと『交渉』するのだ。



聖メアリー記念病院で行われている『サイドビジネス』は、世間に明るみになれば、病院側は勿論の事サイディス社側もタダでは済まないレベルの話だ。


だから決定的な証拠を握った上で、公表されたくなければ『ブルー』を返すように脅しを掛けるのだ。


かなり危険な橋を渡る事になるのは理解していた。


サイディスだけではなく、聖メアリーの連中も相当に後ろ暗い事を長年行って来ている筈だ。


失敗すれば、事態がより悪化する可能性もある。


だが、『ブルー』を取り戻す為にはそれがその時は一番安全な策だった。


実質的にそれ以外に取れる手段が無いという事でもあったが、直接サイディス社の製薬研究所に侵入するよりはマシだ。


聖メアリー記念病院は当然の事ながら一般患者も利用している総合病院なので、侵入する隙は研究所に比べれば多い。


ダイス倉庫管理で入手した資料にあった通り、地下にある隠し通路を通って地下二階へ行く事が出来れば証拠は手に入るだろう。


気掛かりだったのは聖メアリー記念病院にはあのクロフォード教授が勤めているという事だ。


病院に潜入するに当たって彼の協力を得る事が出来れば非常に心強い。


しかし、俺はその考えに躊躇いを覚えていた。


現在の彼は本業である医師としての活動に専念しているらしく、ここグリーンフォレストに戻って来ていた。


俺がこの街をミサオの研究拠点に勧めたのも、彼が居るなら研究に関しての相談なども出来るだろうと思ったからという事もあったのだ。


だが、聖メアリーに侵入すると決意した段階で、俺はクロフォード教授の勤務先が聖メアリーだという事を知っていた。


その結果俺の頭に浮かんだのは、クロフォード教授も連中の一味だったら?という警戒感だった。


もしそうだとしたら、敵側の網に自ら掛かりに行くようなものだ。


どうしても疑念を払えなかった俺は、結局クロフォード教授に協力を要請せずに病院への潜入を敢行した。



―――もしもこの時、クロフォード教授に協力を仰いでいたなら結果は変わっていただろうか?



全てが終わってしまった今、「もしも」の話をしても意味が無い事は分かっている。


だが、やはりどうしても考えてしまうのだ。



あの時そうしていれば、違う未来に辿り着けたかもしれない、と……。


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