07 楽観的に
「とりあえず、現状としてはそんな所だな。生存者とかに関してはさっきも言った通り、あんた以外には、ここ最近見かけて無いな」
「そう……。 私達しか残ってない、なんて事は……ないよね?」
最悪の状況を思わず口にする。
もしそうなら、街からの脱出は絶望的なのではないだろうか?
「んー……どうかな? 今俺達がいる場所は、まだ比較的怪物共が少ない地域だけど、その分生存者も少ないのかもしれないしな」
「他の地域はどうなの?」
この辺りに「比較的」怪物が少ないという事は、他の場所は数が多いという事になる。
……今更だが、のんびりベッドで寝ていて大丈夫なのだろうか?
「街の他の地域に関しては、北側が逆に怪物が多いな。」
「北側……何か理由があるのかな?」
地域によって怪物の数に差があるという事は、北側は人が多かったという事だ。
人が集まるような何かがあったのだろうか?
ライナに尋ねると、やや言い難そうに答えを返して来た。
「あー……街がこうなった時に、避難所が開設されてたんだ」
「…………そうなんだ」
つまりはそういう事だろう。
何があったかは分からないが、そこからこの周辺に怪物が流れて来ているのかもしれない。
「北側と西側に関しては状況そのものが分からないな。 街のメインストリートを、あの花の根に埋め尽くされて、こっち側と分断されちまってるんだ」
「乗り越えては行けないの?」
「出来ない事は無いと思うけど、根っこ沿いは特に怪物が多くってなー……」
詳しく聞いてみると、花の根に埋め尽くされた、とライナは言ったが、どうもそれどころではなく、最早壁と言っていい程の高さになっているらしい。
その上で怪物の数も多いとなれば、確かに近づくのは危険だ。
「で、八方塞がりなんで別の手段を探してた所だったんだ」
「そうだったんだ……」
「ただ、街の外に連絡手段を探してる内に1週間も経っちまったんだけど、外からの接触が
一切無いってのが気になるんだよなぁ……」
「え?まだこの街がこんな状態だって気付いてないって事?」
「それは無いと思うんだけどな。 1週間この規模の街から連絡が途絶えたってなれば……」
またもや、不安要素が増えてしまった。
外部からの接触がない、つまり、外もここと同じ状況になっている可能性すらある、という事だ。
もしも想像通りの状態になってしまっていたら、救助も当てには出来ない。
一体どうしたらよいのだろうか……。
「まぁ、焦ってもしょうがないさ。 とりあえずあんたは病み上がりなんだから、暫く休んでなよ。見張りとかは俺がしとくからさ」
事態の深刻さに俯いてしまった操を気遣ってか、ライナが明るく言う。
彼自身も危険にさらされている状況にも関わらず、操の不安を和らげようとしてくれているようだった。
「……うん、そうだね。 けど、体の方はもう大丈夫だと思う。 痛みももう無いし」
「ダメダメ、念の為しばらく安静にしてな。 医者じゃないから確かな事は言えないけど、結構重症だったんだぞ」
そう言って、ベッドから降りようとした操をライナが制止する。
操としては、自分が傷が急速に癒える体質であるという事を知っている為、起きても大丈夫なのだが。
「でも、こんな状況じゃ、寝てられないよ……」
「まぁ、そうかもしれないけど、今は休んでろって。 記憶っぽい物を夢で見たりして、しっかり眠れてないんだろ?」
そう言われてみればそうかもしれない。
そもそも、すぐに起きて何かが出来るわけでもないのだ。
今はライナの言う通り、休息が必要かもしれない。
「……まぁ……そう、だね。 自分で思っているよりも疲れてるのかも」
「だろ? 無理は禁物だぜ。 大丈夫! ここはアパートの2階だし、怪物もそうそう入って来ないさ」
先程と同じように明るい口調でライナが言う。
……さっきから変わらず明るい口調だったが、もしかして、こちらを気遣って言っているのではなく、基本的に彼が楽観的なだけだったりするのだろうか?
ちょっと自信が無くなってきてしまった。
ともあれ、ライナが言っている事も尤もなので、お言葉に甘える事にしよう。
「……わかった。 なら、もう少し休ませてもらうね?」
「ああ。 その方が良い。 化け物に襲われるなんておかしな目に遭ったんだ。しっかり体を休めときな」
ライナの提案を受け入れ、もう少し休むつもりになった途端、どっと体が重くなったような気がする。
どうやら、本当に自分が思っている以上に疲れているようだ。
「そういえば……今何時頃なの? 外は霧……じゃなくて、花粉で見えないけど、明るいよね?」
「ん? 今か? えーと、今は……6時30分を少し過ぎた所だな。 俺があんたを見つけたのが昨日の午後だから、
時間的に言えばあれから結構経ってるな」
腕時計を見ながら、ライナが答える。
「え? そんなに寝てたの? 私?」
「まぁ、さっき操が話してくれたような酷い目に遭ってれば疲れもするだろ。 気にしないで寝た寝た」
「う、うん。 ……でもそんなに寝てたなら、これ以上眠れるかな……」
そう言いつつも、操は急激な眠気を感じていた。
しかし、話の途中で初対面の男性の前で寝落ちするなどという醜態を晒すわけにはいかない。
……例えそれ以上に赤面物の姿を見られていようともだ。
「……ああ。 俺がいたら寝られないよな」
ライナがそう言って席を立つ。
「俺は隣の部屋にいるから、何か用があれば呼んでくれ。 簡単な物なら食事ぐらいは用意できるからな」
「うん。 ありがとう、ライナ」
甲斐甲斐しく世話をしてくれるライナに感謝しつつも、何だか可笑しくて笑みが漏れる。
そんな操を見てライナも優しく微笑んだ。
「じゃ、お休み、操」
そう言ってライナは部屋を後にした。
暫くライナが出て行った扉を見つめていた操だったが、ふと先程ライナが持って来た、水の入ったコップに目をやる。
水差しにはまだ水が入っており、よく見ると氷で冷やしてあるようだった。
ライナが気を利かせて入れてくれたのだろう。
……こういう所は意外とマメなのかもしれない。
(何だか不思議な人だったけど……悪い人じゃない……と、思う)
本来なら、見知らぬ男性に身の安全の確保を委ねる、と考えると少々躊躇いがあるというのが本音だ。
しかし、今の状況を考えた際、こんな事態になっているにも拘らず、それこそ素性の知れない操を助けてくれた。
当然、まだライナという人間の細かい部分まで理解出来たとは思っていない。
だが、それでも、操はライナは信頼のおける人間だと漠然と感じていた。
(そう考えると、本当に私は運が良かったのかもしれない)
そう考えつつ、コップに入った水を口にする。
自分で思っていた以上に喉が渇いていたのか、一気に飲み干してしまう。
冷えた水が、体に染みわたって行くような感覚が心地よい。
空になったコップを無意識の内に見つめる。
『探さなくちゃ』
「…………!」
再び頭にちりっ と電流が走ったような感覚を覚える。
……この頭痛のような、痛みのような物も疲れから来ているのだろうか。
(急ぐって言っても、何を探せばいいの? 私は……どうすればいいの?)
得体の知れない焦燥感が再び蘇って来そうになる。
……しかし。
『焦ってもしょうがないさ』
先程ライナが言った言葉が思い起こされる。
(……そうだよね。 分からないなら、分かるまで焦らず、少しづつ、探して行けば良い)
そう考えると、不思議と心が軽くなる。
これではライナを楽観的過ぎると指摘出来ないかもしれない。
……しかし、それはそれで悪い気はしなかった。
「…………うん、寝よう。 寝て起きたら色々と解決するかもしれない」
そんな事は起きないと分かっていたが、敢えてそう考えて操は毛布に包まった。
隣の部屋にいるであろうライナは何をしているのだろうか……。
そんな事を考えつつ目を瞑り、操は心地よい眠気に身を委ねるのだった。




