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06 名前と現状

ちょっと短いです。


「あー……それと、なんだけど……、もう一つ渡すもの、というか、返す物があるんだが」


羞恥心に震えて涙目になっていると、ライナがそう切り出して来た。


「………………返す物?」


いつまでも生まれたての小鹿のようになっていても仕方がないので、先程のやり取りは無かった事とする。


ライナが懐から取り出した物を差し出す。


「あんたの服のポケットに入ってたんだ。 そのまま洗っちまう訳にもいかないんで回収しといたんだけど」


「これは……」


ライナが渡して来たのは、所謂ロケットペンダントだった。


……手に取った瞬間に、頭にチリッと電気が流れるような感覚が起こる。


「見た感じ、大事な物なんだろうと思ったから、中身は見てないけど……写真とか入ってる奴だよな?」


「うん、多分……」


そう呟きながら、淀みない手つきでペンダントを開く。


視界の端で、ライナが目を瞠るのが見えた。


開かれたペンダントの中には、やはり写真が入っていた。


……自分と、夢で見た銀髪の青年が写った写真が。


「…………………………これ、は」


予想外の中身に思わず固まってしまう。


「……どうしたんだ?」


写真を見て固まってしまったのを見て、ライナがやや心配そうに声をかける。


その声にはっとして、ライナにも写真を見せる。


「これは、あんたと……誰だ?」


「……分からない。 けど……」


先程、目を覚ます直前に、失った記憶の内容と思われる夢を見た事をライナに伝える。


その中に、この写真の青年の姿もあった事も。


「うーん……。 普通に考えれば、恋人か何かだろうけど……」


確かに、ペンダントの中に入った写真に、二人並んで写っているというのならそう考えるのが分かりやすい。


あるいは身内の人間……肉親なども考えられる。


……と。


「……ん? 裏蓋に何か書いてあるぞ」


「え?本当?」


ライナが上げたそんな声に驚く。


どうも、何か文字が書いてあったらしい。


写真に気を取られて裏蓋まで意識していなかった。


「えーと……『アレンよりミサオへ』って書いてあるみたいだな」


「アレンよりミサオへ……」


再びチリチリと記憶が刺激される感覚。


どちらもとても重要な名前だった気がする。


「……覚えあるのか?」


「うん……多分……。 でも、具体的な事は思い出せないみたい……」


ライナにはそう言ったが、あと少し、何かきっかけがあれば思い出せそうな気がしていた。


だが、喉元まで出かかったその記憶は、どうしても思い出せそうにない。


確実に重要な事だとわかっているのだが……。


「ミサオ……ミサオねぇ……。 多分、日系の名前だよな。」


「え?」


不意に、ライナがそんな事を呟く。


「えーと、ちょっと待ってくれ……」


そう言ってライナはサイドテーブルに置いてあったメモ紙とペンを取る。


そして、紙に何かを書きながら言葉を続ける。


「日系の名前っていうか、日本人の女性名に使われる名前……かな? ほら、こんな字で書くんだ」


そう言ってライナが見せて来た紙には『操』という漢字一文字が書かれていた。


その字を見つめながら、自分がこの文字を『漢字である』と自然に受け入れ、特に違和感なく『ミサオ』と読んだ事に気が付く。


「ミサオ……操………………。 サクラギ ミサオ……?」


「おっ。 思い出せたか?」


『操』という文字を思い浮かべつつ、繰り返し言葉にしていると、『サクラギ ミサオ』という言葉が口から零れた。


何処か馴染み深いような……懐かしいような感覚を覚える。


「多分……だけど。 馴染み深い名前な気がする……」


「なら確定だな。 あんたの名前は『操』って事で」


実際の所、状況証拠が揃っている。


ペンダントの写真にはっきりと名前が書かれている上、「サクラギ ミサオ」という名前を自力で思い出したのだ。


まだ、はっきりとそうだと自覚出来た訳ではないが、ほぼ間違いないだろう。




「名前が分かって一先ず良かったが……。さっき言ってた夢って他にはどんな内容があったんだ?」


ライナが操にそう問いかける。


先程ライナに話したのは、記憶の一部らしい映像や声を夢で見たり聞いたりしたという事と、銀髪の青年……恐らく『アレン』と思われる人の姿や声がその中に含まれていた、という事だけだ。


見聞きした内容を詳細には説明していない。


「ええと……見えたのは、何処かの山道とか、時計塔とか……後は何かの医療機器?みたいな物とか……」


「ん?時計塔?」


操が挙げたいくつかの光景の内、時計塔、という言葉にライナが反応する。


「何か知ってるの?」


「ああ、一応な。 時計塔って言ったらこの街のシンボルだからさ」


「シンボル?」


操はこの街……グリーンフォレストの街並みを知らない。しかし、先のライナの説明によれば、この街は古い町並みが広がる田舎の観光地、といった具合の街との事なので、何かそういったランドマークのような物かと考えた。


「この街の中心に、でっかい時計塔があるんだけど、今はまあ……見る影もないな」


「あ、もしかして……あの巨大花?」


操が推測を述べるとライナが肩を竦める。


やはり、あの巨大花が咲いていた場所に時計塔があったらしい。


「崩れて無くなった訳じゃないんだけどな、あのでかい花が咲いた後も、どんどん蔦が巻き付いて、


今じゃ建物の一部がちょっと見えるくらいさ」


「霧が濃くて花のシルエットしか見えなかったけど……元は時計塔だったんだ」


「ん?霧?」


「え?」


ぽつり、と操が口にした言葉にライナが再び反応する。


……何か変な事を言っただろうか?


「ああ、そうか。 まあ……そう見えるもんな」


「えっと……何か変だった?」


ライナの反応から霧について何か誤った認識をしているのかと思った操が問いかけると、ライナが説明してくれた。


「あの白いモヤモヤは霧じゃないんだよ」


「え!?」


ライナの言葉に驚く操。 霧でないならあれは一体……?


「あれは、巨大花の『花粉』なんだ」


「花粉!? で、でも、あんな、何も見えなくなるくらい濃いのに……」


日の光ですら辛うじて届いている、という具合の濃度の霧だ。


それが、植物から発生した花粉であるとは到底信じられなかった。


「まあ普通は花粉だと思わないよな。 でも実際、あっちこっちに落ちて来た花粉が降り積もってるんだ」


ライナが言うには、あの霧に見える白い花粉は、上空に常に滞留している為、ある一定以上の高さの建物は、上方に行けば行く程、濃くなった花粉のせいで周囲が見えなくなってしまうのだそうだ。


逆に下方は同じく花粉が滞留していて視界不良ではあるが、上方程ではなく、50m程先ぐらいまでは視界が確保出来るとの事だった。


「それ……平気なの? ここまで濃く滞留してるなら吸い込んじゃったり……」


あのような怪物を生み出す危険な花だ。


人体に悪影響があるのではと操は危惧する。


「まー、吸い込んでるかって言ったら吸い込んでるだろうなぁ……」


……が、あっさりとライナはそれを肯定してしまった。


「ええ!? だ、大丈夫なの!?」


あまりにもあまりなライナの答えに操は驚愕する。


それはつまり、この街にいる人間……自分も含めた全ての人間の体内に、既に怪物の一部とも言える物が、侵入しているという事と同義だった。


絶句して固まっている操の心情を知ってか知らずか、さらにライナは衝撃的な見解を述べた。


「まぁぶっちゃけ、この『花粉』があの『青い花』の種子か何かなんじゃないかと思うんだけどな」


「ええええ!!?」


さらっととんでもない事を言うライナに思わず叫ぶ。


ライナの推測通りなら……もう詰みなのでは?


「大丈夫だって。 この1週間ずっとこの街に閉じ込められてるけど、全く体調に変化無いし。」


「そ、それはそうかもしれないけど……」


「あくまであの『青い花』は、『死体に花を咲かせる』みたいだから、死ななきゃ害はないよ」


ライナはあっけらかんとしているが、自分達がかなり危険な状況にあるという事は間違いない。


しかし、だからと言って対処法が分かる訳でもないが……。


「まぁ、自分自身にはそれ程害はないって。 あいつらに関しては、殺せばちゃんと死ぬって事を覚えておけば良いのさ」


「適当だなぁ……」


楽観的に過ぎるように思えるライナの言い分に、懐疑的な視線を投げかける。


何にせよ、『青い花』の特異性と危険性を改めて認識した操だった。


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