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75 花樹狼2

文字数(ry


「ッ!!」


『!?』


警戒する『花樹狼』を前に、私は『棘のフレイル』を頭上で振り回しながら地面を蹴って跳び上がった。


背中に展開した『礫花』から光弾を放つ事が出来る『花樹狼』に対して、身動きの取れない上空へ飛ぶのは考えるまでもなく悪手である。


だが、私の予想が当たっていれば『花樹狼』は光弾で私を迎撃出来ない筈だ。


それを確かめる意味もあっての跳躍だったが、果たして『花樹狼』は光弾での迎撃は行わずに後方へ下がる動きを見せた。


予想通りの、そして狙い通りの動きをした『花樹狼』に対し、私は左手のフレイルを勢いよく振り下ろした。


『!!?』


左手を振り下ろした瞬間、打撃部である棘球に繋がった蔓のロープが伸び、後方へ退避する途中だった『花樹狼』へフレイルが襲い掛かる。


上空から予想以上のリーチでもって攻撃を繰り出して来た私に『花樹狼』は一瞬驚愕の表情を見せるが、すぐに後方へ下がる速度を上げてフレイルの攻撃から逃れた。


直後、ズドンッ!!という重い衝撃音が響き、地面に小さなクレーターが出来る。


衝撃で砕けた地面の欠片が周囲に飛び散った。


『ガァッ………!?』


『花樹狼』は飛び散った破片を物ともせず、その破片を突っ切ってこちらへ突進して来ようとして…………驚愕の声を上げた。


「―――遅いよ」


目の前に私が居たからだ。


地面にクレーターを作りつつ空振りに終わった『棘のフレイル』だが、私の体を構成する植物細胞から作られた物である以上私の身体の一部だ。


故に、棘を地面に突き立てて地面を()()、蔓のロープで私自身を引っ張る事で、空中にいる私を『花樹狼』の方へ()()()()()位なんて事ない。


無数の蔓を編み上げる形で作り出されている蔓のロープは、パワー面に関しては束ねた『茨の鞭』と遜色ない能力を持っているのだ。



私は高速で後方に退避した『花樹狼』との距離を一瞬で詰めると、『花樹狼』の頭上から襲い掛かった。


今度こそ驚愕して一瞬動きを止めた『花樹狼』の隙を突いた私は、『青い光』を纏わせた『鞭剣』を『花樹狼』に向けて振り下ろす。


しかし、ここへ来ても『花樹狼』の身体能力の高さは健在だった。


完全に意表を突いたにも拘らず、『花樹狼』は驚異的な反射神経を以て身を捻ると『鞭剣』による斬撃を躱して見せたのだ。


とはいえ、流石に完全には躱す事は出来なかったようで、回避が遅れた右足の付け根辺りを『鞭剣』の先端、剣で言えば切先に当たる部分が掠めた。


すると、これまでいくら剣で斬り付けても傷付ける事が出来なかった『花樹狼』の外皮装甲が裂け、そこから僅かに血が噴き出したのが確認出来た。



『ガルァァァアアアアアアアアッッッ!!!!』


怒りの声を『花樹狼』が上げたのは隙を突かれたからか、それとも鉄壁を誇る自らの外皮装甲を傷付けられたからか。


私の攻撃を辛うじて回避した『花樹狼』は、私の右手側に回り込みつつ即座に反転すると、筋肉を膨れ上がらせる程の力を後ろ脚に込めて地面を蹴った。


ドンッ!!という、大砲が発射されたのかと思う程の轟音と共に、『花樹狼』がそれこそ砲撃の如く私へ向けて突進して来る。


剣を振り下ろしつつ着地していた私は、体を思い切り右に捻りながら『花樹狼』の方へ振り返り―――――。


「……ハァァッ!!」


左手の『棘のフレイル』を、渾身の力を込めて振り抜いた。



『ギャガッ!!?』


強力な遠心力を伴って振り抜かれた『棘のフレイル』は、猛烈な速度で『花樹狼』の胴体に着弾した。


その破壊力は『花樹狼』の巨躯を空中で撃ち落とす程の物であり、私に向けて突進して来ていた『花樹狼』はそのまま地面に叩き付けられた。


その外皮にはフレイルの棘で削り取られたと思われる裂傷が出来ており、目論見通り効果的にダメージを与える事が出来ているようだ。


『グガァッ!!!』


しかし、地面に叩き付けられた『花樹狼』は、そのまま地面を敢えて転がって私の背後へ回り込んだ。


フレイルによる攻撃が大振りなものであると即座に当たりを付け、速攻を仕掛けて来たのだ。


実際、長大な蔓のロープで左手と繋がっている『棘のフレイル』は、振り抜いた直後の状態だと次の攻撃に移るまでの隙が大きい。


中距離攻撃武器として考えれば『茨の鞭』を一撃の破壊力重視にしたような物だ。


『茨の鞭』が接近戦には向いていないのと同様に、『棘のフレイル』も接近されてしまうと途端に不利になる。


『花樹狼』は一度『棘のフレイル』の攻撃を見ただけでそこまで見抜いて反撃に転じて来たのだ。


―――でも、それは私が一番良く理解している。



「――――ふッ!!!」


『!!?』



背後から攻撃を仕掛けようとする『花樹狼』の殺気を背中に感じつつ、私は後ろを振り向かずに正面へ向け地面を蹴る。


そして空中で体を捻りつつ、肩を軸に左腕を体の横で一回転させて下から掬い上げる様に思い切り振るった。


所謂、ウィンドミルと呼ばれるソフトボール競技の投球法のような腕の動きだ。


空中という不安定な状態で行っている為フォームも何もあった物ではないが、それでも私の手からは『ボール』が勢いよく放たれた。


勿論放たれたのは本物のボール等ではなく、『花樹狼』を叩き落とした直後に引き戻しておいた『棘のフレイル』だ。


私の背後を取り、不意を突けたと考えていたであろう『花樹狼』は、私の動きに驚愕しながらも再び驚異的な反射神経を持ってフレイルを回避する。


意表を突かれはしたものの、フレイルの打撃部を今度はギリギリで躱した『花樹狼』はそのまま私に向けての攻撃を続行しようとする。



……だけど、それも予想済みだよ。


あなたの速さはさっきも見たから。



下から投げ放たれたフレイルの打撃部は、『花樹狼』の真横を通過し、その後方に向けて飛び去って行こうとしている。


私は左手の掌から伸びた蔓のロープを握り締めると、左腕と左腕に繋がったロープを強く意識した。


そして左腕の筋力を全開にしてロープを引き戻す様に振るい、同時にロープを左手に向かって高速で巻き取った。


左腕でフレイルを振るった勢いに、ロープを掌に巻き取った勢いが加わり、視認するのが困難な程の速さでフレイルの打撃部が引き戻される。


引き戻された打撃部は、勢いを付けて腕を振る事で発生した慣性に従い、腕を振るった方向……つまり、回避行動を取った体勢の『花樹狼』の方へ向けて、その背後から襲い掛かった。


『ゴッッッ!!!!??』


今度こそ完全に不意を突かれた『花樹狼』の側頭部にフレイルが直撃する。


如何に強固な植物装甲に覆われているとしても、地面に小さいとはいえクレーターを作り出す程の威力がある『棘のフレイル』の一撃は相当な衝撃を伴う筈だ。


致命傷になる程ではなくとも、流石の『花樹狼』もその衝撃から立ち直るのには数瞬の時間が掛かる。


私はその隙を見逃さず、更なる追撃を加えた。


「………はッ!!」


『!!??!?』


ブンッ!という重い風切り音を鳴らしながら、再びフレイルが下から掬い上げる様に振り抜かれる。


アッパーカット気味に放たれた一撃は『花樹狼』の顎を捉えていた。



ドゴンッ!!



叩き込まれた『棘のフレイル』による強烈な一撃によって、『花樹狼』の巨体が跳ね飛ばされる。


車が壁に衝突したかの様な打撃音が響き、『花樹狼』の植物装甲の破片と思われる物が周囲にパラパラと飛び散った。


()()()()()()()これ程の破壊力の攻撃を頭部に受けて生きているとは思えないが………残念ながら、相手は普通の生物ではない。


私は更なる追撃を加えるべく、『茨の剣』を右手で構えて吹き飛ばされた『花樹狼』へ突進する。


しかしその時、攻撃を受けた衝撃で宙に浮かんでいた『花樹狼』の目が、ギョロリと私を睨み付けた。


「ッ!!」


直後、背筋に悪寒が走る。


私は自分のその感覚に従い、咄嗟に地面を蹴って後方へ跳んだ。



『……ガァッッ!!!!』


追撃を仕掛けようとする私に向かって幾筋もの光が襲い掛かる。


『花樹狼』が空中という不安定な状況で無理矢理『礫花』の光弾を放って来たのだ。


幸い、直前で身を翻したお陰で私には光弾は当たらなかったが………追撃は断念せざるを得なかった。


地面に着弾した光弾は、青く光る粒子を撒き散らしながら炸裂して地面を抉る。


私が光弾を躱す為に後ろに下がる間に、『花樹狼』はふら付きながらも地面に着地して更に距離を取る。


フレイルを叩き込まれた『花樹狼』の側頭部と顎部分は、植物装甲が剥がれ落ちて赤黒い血を滴らせていた。


口内も損傷したのか口の端からも血が流れている。


どうやら『棘のフレイル』による一撃は致命傷ではないものの、それなりにはダメージを与える事が出来たらしい。


そして、もう一つ確信した事がある。


(やっぱり、光弾にせよさっきの『砲撃』にせよ、エネルギーを多く使うみたいね)


『花樹狼』が『砲撃』を放った後から疑問に思っていた事だが、何故あの時『花樹狼』は追撃を遠距離攻撃で行わなかったのか。


あの時、『砲撃』の爆発を防いだものの爆発の余波でダメージを受けていた私へ、『花樹狼』はわざわざ接近して攻撃を仕掛けて来た。


単に遠距離攻撃をするまでもないと判断したと考える事も出来るが、何となく彼……『花樹狼』にしては()()()()()と感じたのだ。


『花』の怪物に対して「らしさ」の様なものを感じる事自体おかしな話かもしれないが………『花樹狼』だけは特別な気がしてならない。


何故その様に感じるのかは自分でも分からないが、本来の『花樹狼』であれば、あの場面では光弾による遠距離攻撃で確実に仕留めに掛かっていた筈、と自分の中の何かが告げている。


仮に私のこの感覚が正しいなら、『花樹狼』が光弾等を用いて追撃して来なかった理由があるという事になる訳だが………一つ心当たりがある。


(今は少し『青い光』の濃さが戻って来ているけど………『砲撃』の後は光の勢いが弱くなって光の濃さも薄くなってた。………『砲撃』は、エネルギーの消耗が激しいって事?)


つまり、先程の『砲撃』は『花樹狼』にとっても奥の手に近い物だったのではないだろうか?


あの『砲撃』の後から『花樹狼』の体内の『青い光』は急激に力を弱め、『花樹狼』は一切光弾などを用いた攻撃を行わなかった。


私自身の実体験も含め、今までの経験上『ブルーフィリア』にとって『青い光』は人間にとっての血肉と同じ……或いはそれ以上に重要な存在だという事は何となく理解出来た。


言うなれば、『血』が燃料だとすれば燃料を燃やす事で発生した火が『青い光』……という様なイメージだろうか。


この『火』こそが『ブルーフィリア』達の異能の源泉である青い光のエネルギーであり、原理は不明ではあるが、このエネルギーを用いて通常では起こり得ない現象を引き起こしていると思われる。


しかし問題は、この『青い光』は『ブルーフィリア』にとって自らの生命そのものである可能性が高いという点だ。


以前私が致命傷を負って激しく消耗してしまったのも、燃料である『血』を大量に消費してしまった結果、『火』が消えかかったせいだった可能性があるのだ。


もしも私のこの推測が正しい場合、あの時の私が燃料である『血』を怪物の死体から『補給』して復活出来たのも頷ける話だ。


そして同様に、『花樹狼』が『砲撃』以降、光弾系の攻撃を使えなくなったのも、『青い光』その物と思われる光弾・砲撃を放つ事は文字通り己を削る行為に他ならないのではないだろうか?


少なくとも、私は『血』を摂取しなくとも時間を置けば『青い光』のエネルギーは回復して来る。


しかし、倉庫街での戦いで私自身が体験した限りでは、そうして自然回復を待つよりも他の生物の血液を摂取する方が『青い光』の力の回復は早い。


『青い光』の力を用いた直接攻撃と思われる光弾系の攻撃が、『青い光』の力の自然回復量を上回る速度でエネルギーを消費しているとすれば、『花樹狼』が暫くの間近接攻撃しか使わなかったのも納得出来る。


そして、今このタイミングで再び光弾を放って来たという事は……ある程度力が回復して来たという事か。


私の身体に喰らい付いた際に私から血を補給出来たのかもしれない。


それでも先程見た『砲撃』前の『花樹狼』の『青い光』に比べると、まだエネルギーの勢いも濃度も少ない。


『砲撃』はそうそう連発出来る攻撃ではないのだろう。


というか、連発しないで欲しい。


直撃を避けたのにあれ程のダメージを負ってしまったのだから、そんな物を無制限に放たれては堪った物ではない。



「はぁ………」


私は溜息を吐く様に息を吐いて呼吸を整える。


『花樹狼』によって付けられた咬み傷は既に回復しており外見上は元通りになっている。


しかし、体の痛みはまだ残っており、完全には回復していない。


それだけダメージが大きかったという事でもあるが………最も大きな理由としては、『血』が足りないのだろう。


『花樹狼』に喰い付かれた際に相当な量の出血をしてしまった為、私の体を巡る『青い光』のエネルギーが少なくなりつつあるのだ。


今はまだ倉庫街の時の様に立つ事も出来ない程に消耗しているわけではないが、恐らく………もうあまり余裕は無い。


ここから先は、大きなダメージを受ける事は出来ないと考えなくては。


『グルル………』


私の息遣いに呼応するかの様に『花樹狼』も低く唸り声を上げる。


どうやら向こうも同じ様な結論に至ったらしい。


『花樹狼』が受けたダメージは私に比べれば少ないと言える。


しかし、エネルギーの消耗が激しい光弾を連射し、更には奥の手と思われる『砲撃』まで用いて尚私を相手に苦戦している。


『ブルーフィリア』にとって重要なのが肉体的なダメージではなく『青い光』のエネルギーの消耗度合なのであれば、私と『花樹狼』の余力にそれ程の差は無いのかもしれない。


であるならば…………ここからは、お互いに小細工無しの短期決戦となるだろう。


一瞬の判断ミスが即、死へ繋がる事になる。



「……………」


『……………』



身構えたまま、視線を相手に合わせて動かない一人と一匹。


お互いが立っている道路の先では製材所跡が炎に包まれ、暗闇に満ちた森を赤く照らしている。


建物の殆どに火の手が回り、一番背の高い建物の屋根が今にも崩れ落ちそうになっていた。


風の音に混じってバチバチという炎に包まれた木材が弾ける音が聞こえて来る。


私はそんな周囲の音を意識の中から完全に消し去り、『花樹狼』だけを見つめていた。


間違いなく今まで遭遇した者の中で最強の敵。


これまで幾度も、そして様々な敵を退け生き延びる度に私は強くなって来た。


そんな今の私よりも強いと分かる怪物。


強さの差を補う為に、今までの戦いで学び身に着けて来た『技』を駆使してどうにか喰らい付いて来た。


一瞬たりとも気が抜けず、全身全霊をもって戦った上で、これまでの私を超えた強さを発揮しなければ勝てない相手。


状況は戦闘が始まる前から劣勢だった。


戦う前から死が間近に見えた。


そんな、一歩足を踏み外せば命を落とす綱渡りをしながら………同時に私は胸の内に例えようもない痛みを感じていた。


体の痛みの様な物理的なものではない。


言ってしまえば………心の痛みだ。



当然負ける気など微塵もない。


しかしそうした生存への活力とは別の場所で、私は自分がこの戦いにある種の悲しみの感情を抱いている事に気が付いていた。



何故?


私は何を悲しんでいるの?



意識を目の前の『花樹狼』から逸らさず、しかし同時に自問する。


自らの命を脅かす『花』の怪物である『花樹狼』との生存を賭けた争いの中、一体何に対して悲しいと感じているのか。


ここで『花樹狼』を倒して生き残らなくては、自分の命を失うのは元より、安否の分からないライナの命も脅かされるというのに。



―――そう考えた時、唐突に気が付いた。


心の何処かで、目の前の怪物を倒したくないと考えている自分に。




―――――――すごい! あなたは頭が良いのね!――――。




―――――――色んな事を学べば、いつかあなたとも会話が出来る様になるのかな?――――。




―――――――そうね……じゃあ、あなたの名前は――――。




(………!)


そんな、いつか聞いた覚えのある、()()()()()()が耳に響く。




直後、燃え盛る炎に完全に飲み込まれた製材所の建物が、音を立てて崩れ落ちた。




『ガアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!!』


建物の倒壊する音が周囲に響き渡ると同時に『花樹狼』が動いた。


咆哮を上げ、砲撃の如く岩盤を砕く勢いで地面を蹴ってこちら目掛けて砲撃の如く突進して来ると同時に、自身の周囲に青い光球を無数に放った。


猛スピードで迫る『花樹狼』を援護するかの如く宙に浮かび周囲に展開された光球は、ある程度の高度に到達するや否や―――閃光と共に、光弾を一斉掃射する。


猛スピードで疾駆する『花樹狼』の後方に浮かべられた光球の射線上には、私は勿論『花樹狼』自身も居る。


そのまま行けば光弾は『花樹狼』ごと私を襲う事になる。


だが、私へ向けて突進を仕掛けて来たかに見えた『花樹狼』は、私との間にある距離の中程辺りで強く地面を蹴ると、私を飛び越える様に大きく跳躍して光弾の射線から逃れた。


そしてそのまま私の後方に着地すると、即座に反転して飛び掛かって来た。


正面からは無数の光弾、背後からは私を飛び越えて後ろに回り込んだ『花樹狼』。


『花樹狼』は自らの能力だけを用いて疑似的な挟撃の状況を作り出して見せたのだ。


睨み合いの状況から大きく吼え、いかにも正面から仕掛けると言わんばかりの状況を見せつつ、実際には時間差攻撃が出来る光球を用い、相手を挟み撃ちにする……。


自分の意図した通りに仕留め切れないしぶとい『敵』である私に対し、花樹狼は怒りの感情を滾らせていても、それに流される事無く策を巡らせている。


やはり、この怪物は合理的というか……感情では行動しない沈着冷静の様なものがある。


その一方で、ただの怪物とは思えない強固な自我とそれに伴う感情の発露も感じるが、寧ろその自我をもって己の感情を完璧にコントロールしているとも感じられた。


たとえ人間であっても、そこまで自分を制御出来るだろうか?



「……ふッ!」


鋭く息を吐き出しながら、私は左手の『棘のフレイル』をあらん限りの力で振るう。


肉眼で視認する事が困難な程の速度で以て高速回転するフレイルによって、飛来した光弾は次々叩き落されて行く。


勿論、その全てをフレイルで迎撃出来た訳では無いが、私に直撃する軌道で飛来した光弾は防ぎ切る事が出来た。


そして私は同時に、右手に持った『茨の剣』を後方から迫る『花樹狼』へ向けて逆袈裟に振り上げた。


『ガアッッ!!』


自らに向かって放たれた斬撃を『花樹狼』が爪で受け流す。


そのまま反対の爪で追撃を行って来るが、私はそれを素早く屈んで躱した。


体勢を低くした私の上を『花樹狼』の爪が通過して行き――――死角となった頭上の位置から『花樹狼』の牙が襲い掛かった。


『グガァッッッ!!!!』


予めその攻撃を読んでいた私は、体勢を低くしたまま、密かに背中から伸ばして地面に突き立てていた蔦の触手を手繰り寄せて自分の身体を後方へ引っ張る。


不自然な体勢のまま後方へ滑る様に飛んだ私は、移動の勢いに合わせて空中で体を捻る。


そうしてくるりと振り返った先には、先程『花樹狼』が空中に放った、注意に浮かぶ光球の群れ。


私はそんな光球の群れへ向けて飛び込みながら、『青い光』を棘球に込めた左手のフレイルを、体の回転に合わせて振り抜いた。


「―――ッッ!!!」


無言の気合と共に横薙ぎに振るわれたフレイルが、宙に浮かぶ光球を掻き消して行く。


パパパパパパンッ!と破裂する様な音を響かせながら光球が弾け飛び、周囲に青い閃光が散った。


思った通り、光弾と同じく『青い光』を纏った攻撃であれば光球も破壊出来るらしい。


フレイルによって全て薙ぎ払われた光球は光の粒子を撒き散らしながら消滅して行くが―――。


そこへ、背後から高速で影が迫った。


「―――ッ!」


空中でフレイルを振り抜いた体勢の私は、左腕を背後に向けて回転させた。


背後から私の胴体を貫かんと迫った影……『花樹狼』の尾の先端とフレイルがぶつかり合い、衝撃音が辺りに響く。


ギリギリの所で『花樹狼』の尾を叩き落とした私は、そのまま地面に突き立てた状態の蔦の触手を再度操って自分の身体を『花樹狼』の方へ向ける。


後方へ倒れ込む様にしながら右手一本で『花樹狼』の頭へ向けて『青い光』を纏った『茨の剣』を振り下ろした。


「はッ!!」


『ガァアアッッッ!!!』



ガキィィンッ!!



金属音の様な澄んだ衝突音が耳を打つ。


私が放った斬撃を『花樹狼』は再び自らの爪によって迎え撃っていた。


しかし今度は先程のような受け流しではなく、私が放った斬撃と同様に、爪に『青い光』を纏った渾身の一撃だった。


互いの『青い光』がぶつかり合い、火花のような青い光の粒子が辺りに飛び散る。


次の瞬間、ぶつかり合った剣と爪の間に突如斥力が発生したかの様に、私と『花樹狼』はそれぞれ反対の方向へと吹き飛ばされた。


「ぐッ!?」


『ガッ!?』


反作用が働いたかの様に弾き飛ばされた私は、空中で体勢を整えた後に地面に着地する。


そして、同じ様に地面へと降り立った『花樹狼』へ視線を向けると、再び剣を構えて地面を蹴った。


『花樹狼』もまたこちらへ猛スピードで突進して来ている。


光弾による攻撃はエネルギー消費が激しい為か、遠距離攻撃ではなく接近戦で受けて立つつもりらしい。


私としては、どちらかと言えば接近戦の方がまだ勝ちの目があるが、それでも単純な性能差を覆すのは困難だ。


それでも、力と力のぶつかり合いではなく、私が今まで身に付けて来た技を駆使する事が出来れば……必ず勝機はある筈だ。




「ッ!!」


『ガアッ!!!』


青い光の軌跡を描きながら、私の剣と『花樹狼』の爪が()()()()


斬撃が放たれ、爪が受け流し、牙が襲い掛かり、鞭が弾く。


尾が薙ぎ払われて宙を舞い、振り下ろされたフレイルを躱しながら右手の爪を突き出す。


お互いの手の内を既に知っている私達は、それでも既知の手札で相手の隙を突かんと死力を尽くす。


刃が掠り、爪が抉り、棘が削ぎ、牙が千切る。


私も『花樹狼』も、相手に決定打を与えられないまま、少しずつ傷付いて行く。


『青い光』を纏った攻撃は『ブルーフィリア』に対して特攻とも言える攻撃能力がある為、『花樹狼』の装甲にも有効だが……逆に言えば私にも有効なのだ。


『青い光』を纏った『花樹狼』の攻撃が掠った事で出来た傷は、普通の傷とは異なり再生速度が明らかに遅い。


その為、出血が止まるのにも時間が掛かるし、傷の再生その物にもエネルギーを余分に食う。


持久戦は明らかに私にとって不利だ。


それでも、ほんの少しずつでも『花樹狼』に対してダメージを蓄積させて行かなくてはならない。


そうして相手を削った上で、必殺の一撃を叩き込むという戦法以外に私が『花樹狼』に勝利する可能性は無いに等しいのだ。


幾度も繰り返される攻撃の応酬を続けても自分に勝ち目はないと理解した上での攻防は、私の精神を加速度的に削って行く。


しかし、私は歯を食いしばってそうした精神的負荷に耐え続ける。


強大な敵に打ち勝ち、生き延びる為に。




「はぁ……はぁ……はぁ…………」


『グルルルゥゥ………』


どれ程時間が経っただろうか?


加速された思考の中での『花樹狼』との戦闘は、私には数時間にも及んだ様に感じられていた。


実際には攻防を開始してから十分も経っていないと思われるが、極限まで集中した意識の中で引き伸ばされた体感時間は、長時間戦闘を継続していた様に私に錯覚させていた。


それでも、短い時間の中で幾度も幾度も繰り返された攻防により、私も『花樹狼』も全身血塗れの状態だ。


そして、予想通りお互いにそのような状態になっても、『花樹狼』の方が体力的に余裕があるようだった。


私の方はと言えば既に息を切らしており、傷の再生も遅々としたものになって来てしまっている。


流石に限界が近い。


攻撃に回すエネルギーも考えれば……次が最後の激突になるだろう。


「……ふー……」


深呼吸をして息を整える。


これまで戦って分かった事だが、『花樹狼』の装甲には打撃が有効ではあるが、致命傷を与える事は難しいという事だ。


それは『ブルーフィリア』の持つ再生能力が原因であり、打撃で装甲の上から衝撃でダメージを与える事は出来るが、『花樹狼』は時間と共にそのダメージを回復させてしまうのだ。


そうなると致命傷を与える事に最も適しているのは、『青い光』を纏った『茨の剣』による刺突となる。


光を纏った状態の剣による攻撃が『花樹狼』の身体にも傷を付ける事が出来る事は、先程の攻防の中でも確認出来ていた。


しかしその強度の高さ故に、あくまでも『傷付ける事が出来る』程度であり、大きなダメージを与えられる程ではない。


だが、剣の切先に力を集中した状態での刺突攻撃であれば、『花樹狼』の装甲を貫く事が出来る可能性があった。


私は右手の『茨の剣』を引き、体の横に構える。


如何にもこれから突きを放つ、という構えだ。


どの様に仕掛けるかが丸分かりだが……それを見た『花樹狼』は、寧ろ警戒した様子を見せた。


あからさまな行動に出る私に、却って警戒心を抱いたようだ。


(……やっぱり頭が良い。 侮ったりせずに、冷静に分析してる)


『花樹狼』が警戒するであろう事は私も承知の上だ。


そもそも、正面から突っ込んで突きを放った場合、『花樹狼』の反応速度を考えれば、まず間違いなく避けられてしまう。


だから、最初に放つ突きは元より囮だ。


と言っても、()()()()()()()()という点は変わらないのだが……。



「…………」


『…………』


互いに地面を踏みしめ、力を込める。


視線が交わり、空気が張り詰めて行くのが分かる。


耳に自分の息遣いと心臓の音がいやに大きく響く。


どくん、どくん、という心音が少しずつ早まって行く。


―――そして、一際大きく心臓が脈打った次の瞬間。


「……ッッッ!!!」


『ガッ!!!!』


私達は、ほぼ同時に地面を蹴って飛び出した。



正面からは砲撃の如きスピードで迫る『花樹狼』。


私はそれを真っ向から迎え撃つ様に、前方へ渾身の力を籠めた突きを放った。


引き絞られた『茨の剣』は、一本の矢と化して『花樹狼』へと迫る。


だが。


『ッッ!!!』


切先が『花樹狼』を捉える直前、『花樹狼』が超絶的な反射神経で以て神速の突きを躱した。


『花樹狼』の視線は私に向けられたままであり、予想通りこちらの攻撃を僅かに体を傾けるという最低限の動きだけで回避して見せたのだ。


『花樹狼』はそのまま突きを放った体勢の私に向かって、右手の爪を振り上げる。


このまま攻撃を受けてしまえば私は甚大なダメージを受けてしまい、そうなれば現状の余力では傷の再生は望めない。


正に致命的な状況に陥ってしまう。


だがここまでは予想通りだ。


最初の突きが躱されるのは分かっていた。


だからわざわざ見せつける様に突きの体勢を取り、()()()()()()()()



私は突きを放ったと同時に、左手に握っていた『棘のフレイル』を自らの後方に投げ放っていた。


棘球に連結された蔓のロープが伸び、フレイルは後方に流れて行く。


そして、私が突きを放ち、『花樹狼』がそれを躱して攻撃に移ろうとしたその瞬間に―――。


「―――ッッッ!!!」


猛烈な勢いで体を捻りながら、左手でフレイルを『花樹狼』へ向けて上から振り下ろした――――――かに見えた。



「!?」



突然、前方に強烈な『青い光』が見えた。


前方……つまり『花樹狼』のいる方だ。


一瞬何が起こったか理解出来ずに混乱しかけるが、すぐに疑問は解消された。


『花樹狼』の尾の先端に、大型の『礫花』が出現して光を放っていたのだ。


いや、『礫花』とも違う。


『花樹狼』が身体に咲かせている『礫花』を含めたどの花とも異なるやや大きめの花だ。


その花が大きく開花し、その中心に青い光の粒子を集めてこちらを向き―――――。




その花から、一本の光の筋が伸びた。




「―――――ッあ……!!?」




花の中心から放たれた光の筋……いや、光線が私の左腕を貫いた。


『花樹狼』に対してフレイルを振り下ろさんとして、頭上に掲げられた状態になっていた私の左腕は、放たれた光線に撃ち抜かれて呆気なく千切れ飛んでしまった。


激痛が走り、『花樹狼』の『青い光』に焼かれた傷口から大量の血が噴き出す。



やられた。


『花樹狼』はここまで読み切っていたんだ。



私は最初の突きを囮にし、『花樹狼』に回避行動を取らせた上で隠した左手で放ったフレイルによる打撃を『花樹狼』に叩き込むつもりだった。


フレイルによる攻撃は『花樹狼』に対して有効ではあるが致命傷には至らない。


しかし、打撃による衝撃はほんの一瞬であろうとも『花樹狼』を前後不覚に陥らせる事が出来る。


私はその一瞬の隙を突き、『青い光』を纏った『茨の剣』による突きを再度放つ事で『花樹狼』を倒す算段だったのだ。


しかし、『花樹狼』は私のその策を読んでいた。


その上で、ここに至ってもまだ隠し持っていた奥の手を用い、私の策を潰して来たのだ。


攻撃の起点となる筈だったフレイルによる攻撃を防がれてしまい、私は無防備な姿を晒した状態になってしまった。



激痛に霞む視界に『花樹狼』の振り被った爪が映る。



ギリギリの余力を全て注ぎ込んだ最後の策を潰されてしまった。



これ以上エネルギーの余力は残っていない。



もう、どうする事も出来ない――――………。










―――どうする事も出来ない?



つまりそれは―――――――――――死ぬという事?







――――――そんなのは嫌だ。



――――――私はまだ死ねない。



――――――まだ、やらなくてはいけない事がある。



――――――まだ、やりたい事がある。






――――――何よりも………。







(―――――ここで私が死んだら、ライナが危ないんだ!!!)









頭の中で叫んだ直後、私の身体に急激に『青い光』のエネルギーが湧き上がって来たのを感じた。


消耗し、失われていた力が全身に行き渡り、体の端々まで力が漲って行く。


この現象は倉庫街での戦いで『双子』との戦闘時に起きた現象と似ている。


危機的状況に陥った際、『ブルーフィリア』としての生存に必要な最低限のエネルギーすらも使用して肉体を強化する『強化(ブースト)状態』だ。


前回は致命的なダメージを負ってしまった結果、生存本能からリミッターが外れた様な状態だったが、今回は私自身の意思に呼応して強化が発動した様に感じる。


理由は異なるが、死を回避する為に諸刃の剣を手に取ったという意味では同じ状況かもしれない。


どちらにせよ、私にとっては好都合であると同時に――――本当に最後のチャンスだ。





『花樹狼』の光線に撃ち抜かれ、弾け飛ぶ様に千切れた左腕を強く意識する。


体から切り離され、慣性のままに千切れ飛んで行こうとしている左手へ『青い光』が繋がる様にイメージして………『棘のフレイル』まで感覚を繋げた。


そして、フレイルの棘球と棘球に繋がった蔓のロープに私の意思を通わせ、空中で無理矢理ロープをしならせる。


光のラインで繋がり遠隔操作される事で通常では有り得ない不自然な動きをしたフレイルは、正面に向かって振り下ろされると同時に――――先端の棘球を、『花樹狼』に向けて()()()()()


振り下ろされると同時に棘球に繋がっていたロープが切り離された結果、凄まじい遠心力を伴った棘球は、正に砲撃の如き勢いで『花樹狼』へと襲い掛かる。


私の攻撃動作を潰したと認識して追撃を仕掛ける体勢となっていた『花樹狼』は、本来なら有り得ない方角から飛び込んで来た棘球の砲撃に反応する事が出来なかった。



『グガッ!!!??』



音速の砲撃と化した棘球が『花樹狼』の右眼に着弾する。


その余りの威力に『花樹狼』の頭部の装甲は一撃で粉砕され、体が大きく傾く程の衝撃を与えていた。


狙った訳ではないが、複数ある『花樹狼』の目の内、主たる役割を担っていると思われる目を潰したらしく、周辺の目も含めて損傷している。


言ってしまえば、顔の半分を棘球とそれに伴う『青い光』のエネルギーによって破壊されてしまった状態だ。



――――ここだ!



棘球の砲撃を受けた事で『花樹狼』はほんの一瞬だが攻撃の手が止まっている。


そして私は『花樹狼』に妨害されて不発に終わったものの、フレイルを振り下ろそうとしており、欠損した状態の左腕を振り抜いた体勢となっていた。


つまり、体を右に捻り、左足で踏み込んで右足を後ろに引いた体勢だ。


私は右足に意識を向け、『足甲』を纏う。


そして、左足を軸足にして全身全霊の力を込めた右足で蹴りを放った。


「ッ……はぁぁぁあああああッッッッ!!!!」


咆哮と共に放たれた鞭の様にしなる蹴りは、『花樹狼』の左首側面に突き刺さった。


『足甲』に覆われた足先には爪先に短い『棘』が生成されており、その『棘』の更に先端に可能な限りの『青い光』を集中させている。


光を纏った攻撃は『花樹狼』の装甲にも傷を付けられる為、棘の先端に光を集中すれば装甲を貫通させる事が出来る筈だ。


そして、狙い違わず蹴りと共に叩き込まれた『棘』は『花樹狼』の装甲を完全に貫いていた。


『グアアアアアアアアッッッ!!!???』


「……!?……くっ!?」


棘球のダメージで体勢を崩していた『花樹狼』は、続け様に叩き込まれた蹴りの予想外のダメージに堪らず大きく仰け反った。


装甲を『棘』が貫き、『足甲』に覆われた右足の爪先が『花樹狼』の首に突き刺さって赤黒い血が噴き出す。


運の悪い事に『足甲』の先端に生成した『棘』が引っ掛かってしまったらしく、私の身体は仰け反った『花樹狼』に引っ張られる形で空中に投げ出されてしまう。


このままだと地面に叩き付けられるか、体勢を整え直した『花樹狼』の攻撃を受けるかのどちらかだ。


そう考えた私は、咄嗟に『花樹狼』に爪先が刺さったままの右足に力を込め、足の筋力だけで自分の身体を『花樹狼』の方へ引き寄せる。


「くッ……!!」


そして、右手に持ったままだった『茨の剣』を逆手に持って、『花樹狼』の背中に突き立てた。


『グギャァァァァァアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!?????』


更なる激痛に絶叫する『花樹狼』。


怒り狂った様に巨大な体を激しく揺すり、背中に剣を突き立てている私を振り落とそうとする。


そんな『花樹狼』の激しい抵抗に対し、私は必死に『茨の剣』にしがみ付いていた。


最初に突き刺さっていた右足の爪先は何とか抜けたが、逆に今度は振り落とされれば怒れる『花樹狼』の攻撃に晒される事になる。


流石に背中の装甲は他よりも分厚いらしく、『茨の剣』は『花樹狼』の背中に刺さってはいるが致命的な一撃を与えた訳ではない。


今の私は所謂『ブースト状態』だが、この状態は長く続かない。


それどころか、それ程掛からずエネルギーを消耗し切って身動きが取れなくなる可能性が高い。


故に悠長に『花樹狼』から離れて仕切り直し……なんて事を行っている余裕はもう無い。


喰らい付いてでもこのままこの怪物に止めを刺さなくてはならないのだ。



『ガァァァアアアアアッッッ!!!!!!!』


私を振り落とそうと暴れ回り、時には背中を周囲の木や地面に叩き付けて私を押し潰そうとする『花樹狼』。


私は背中から『翅』を広げてクッションの様にし、可能な限り衝撃を防御する。


「グッ!ウッ……!!」


文字通り全身を押し潰されそうな衝撃が幾度も襲う。


メキメキと体から響いて来る嫌な音を聞きながら、歯を食いしばって必死に耐えた。


そんな状態で私が必死に死守している『茨の剣』が突き刺さった『花樹狼』の背中からは血が噴き出して傷を広げ続けている。


しかし、いくら力を込めても突き立てた『茨の剣』はそれ以上の深さまで『花樹狼』の背中に突き刺さらず、それどころかだんだんと広げた傷口が塞がり始めていた。


更に言うなら、私の体から徐々に力が抜けるような感覚がし始めている。


恐らく『強化状態』が消えかかっているのだ。


(……以前よりも強化(ブースト)が切れるのが速い気がする。 この状態でダメージを受けたから? ……このままじゃ、エネルギーが足りない……!)


『強化状態』が発動する程に追い詰められ、その上で攻撃によるダメージを受けた為か、受けたダメージを回復させる事に強化(ブースト)の効力が消費されてしまっているらしい。


もしも今の状況で力尽きる様な事になってしまえば、当然の事ながら万事休すだ。


空中を人形の様に振り回されながら『花樹狼』に突き立てた剣を握った手を必死に握り締め、私はこの状況の打開策を考えるべく頭をフル回転させる。


エネルギーが尽きて力尽きるだけではなく、『花樹狼』が私を振り落とそうとあちこちに私を叩き付けるダメージに体が耐えられなくなる恐れもある。


どちらにせよ、とにかく余力が足りなかった。


『花樹狼』との戦闘を継続する為の体力も、『花樹狼』を倒す為の力も消耗し尽くす寸前だ。


度重なる戦闘のダメージによって、私は既に全身ボロボロの状態であり、左腕は欠損したまま再生出来ていない。


傷口は塞いで出血だけは何とか止めているが、完全に再生させる為には血が―――――。




(………血………)




そうだ。


今の私には、エネルギーが足りない。


自分自身(ブルーフィリア)の力を発揮する為に必要なエネルギーが。




なら―――――()()すれば良い。




頭に浮かんだ()()に、私は一瞬だけ躊躇する。


しかし、ここで迷っている余裕は無い。


私は――――生き延びなくてはいけない。


この行為が私が人間でない事の何よりの証明となる事は理解している。


それでも、私は答えを見出したのだ。


私は、どうなったとしても私なのだから。




『グガァァァアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!』


暴れる『花樹狼』が私を再び振り回す。


その勢いを利用して、私は『花樹狼』の身体に体当たりする様にぶつかって行った。


そして『花樹狼』の身体の側面に叩き付けられると同時に――――。


「……ッッ………ア、グゥッッッ!!!!」


『!!!??』


『茨の剣』が突き刺さり、切り裂かれた『花樹狼』の傷口から露出する『肉』に喰らい付いた。


同時に口から獣肉のような、植物のような奇妙な香りが鼻を抜けて行く。


思ったよりも柔らかい『肉』に歯を突き立てて……………喰い千切った。


「…………!!!!」


『グギャァァァァァアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!????』


口いっぱいに濃厚な『何か』が広がって行く。


恐らくこれが『花樹狼』の……『花』の怪物の血なのだろう。


はっきり言って美味しさなどは全く感じない。


それ所か、得体の知れない不快な味わいに、飲み込む前に喉の奥から込み上げて来る物がある。


しかし、私は敢えてそれを耐えた。


血だけを取り込んでいる余裕は無い。


喰い千切った『肉』ごと無理矢理嚥下する。


不快感が味覚を支配する―――が、体の反応は真逆だった。



(……! ……戻った!)


『花樹狼』から喰い千切った『肉片』を飲み込んだ直後、私の身体に再び力が巡り出したのを感じ取った。


勿論万全の状態に戻った訳ではないが、少なくとも腕を再生させるエネルギーの余裕は生まれたようだ。


私は即座に左手に意識を集中して欠損した腕の再生を試みた。


すると、植物の新芽が芽吹く様に腕の傷口から何本もの青緑色(ターコイズブルー)の蔦が生え、互いに絡み合いながら人間の腕の形を形成すると、瞬きする程の時間も掛からずに植物質の外皮に覆われた腕が手指の先端まで形作られる。


私はそのまま再生させた左腕を巨大な『鉤爪』に変化させ、『花樹狼』の身体に叩き付ける様に突き立てた。


『グギャァァァァァァアアアアアアアアアッッッッ!!!!???』


爪を突き立てられた痛みに『花樹狼』が叫び声を上げる。


もちろん『鉤爪』には『青い光』を纏わせている為、『花樹狼』の装甲を貫く事が出来ている。



……このまま左手を支えにして『茨の剣』を更に突き刺す!



だが、ここでも『花樹狼』は冷静さを失っていなかった。


『……ガアアアッッッ!!!!』


先程から『花樹狼』が背中に剣を突き立てた私に対して尻尾による攻撃を行っていなかったのは、尻尾の可動域の問題で背中への攻撃が届かなかったからだった。


しかし、直前の私の反撃行動の結果、私は『花樹狼』の身体の側面から爪を突き立てるような体勢で体を固定する形になっている。


それはつまり、暴れる『花樹狼』の動きの勢いで動き回る事なく、一ヶ所で動きを止めているという事でもあった。


「がふっ……!!?」


尻尾を器用にしならせ『花樹狼』はその先端を下から掬い上げる様に私に叩き付けた。


くの字に体を折り曲げた状態で上空に打ち上げられる事になった私は、血を吐いて『花樹狼』の身体からあっけなく引き剥がされてしまった。


そして更に、『花樹狼』は私が最も恐れていた行動に出た。


大きく息を吸い込むような動作を見せた『花樹狼』の口内に、高密度の『青い光』が収束して行くのが見えたのだ。


間違いなくあの『光の砲撃』を行う気だ。


しかも今回は先程よりも光の収束の度合いが緩やかに感じられる。


これは前回の時よりも砲撃の威力が弱まっているという事ではない。


恐らく範囲重視の形で放つつもりなのだろう。


上空に打ち上げられた状態の私には砲撃を回避する手段は無い。


普通ならそう考えそうな所を『花樹狼』は確実に避ける事が出来ない様に、範囲重視の形で砲撃を放つ判断を下したのだ。




……本当に、嫌になる程冷静だし効率的だ。





でも………私も、あなたがそう来る事は予想してたよ。




『!!?』


バチンッ!!という、鞭が叩き付けられたような音が辺りに鳴り響く。


砲撃の予備動作に入っていた『花樹狼』が驚愕の表情で自分の身体に視線を向けた。


そこにあったのは――――青緑色(ターコイズブルー)の『蔓』だ。


いつの間にか『花樹狼』の身体のあちこちに蔓が絡み付き、上空へ向けて伸びていたのだ。


勿論、蔓の先にあるのは私の左腕だ。


私は『花樹狼』に上空へ尾で打ち上げられる直前、『花樹狼』の身体に花の蔓を絡み付かせていたのだ。


私がそのまま無防備に空高く弾き飛ばされると考えていた『花樹狼』は、蔓で自分の身体に掴まる事で吹き飛ばされるのを耐えた私を、ほんの僅かな一瞬ではあるが見失った。


少なくとも、打ち上げられた私の動きを予測して合わせた砲撃の照準を外してしまった筈だ。


その上、自分の耳元で響いた音の出所を探ろうとして、思わず視線を私から完全に外してしまった。


つまり、それだけ隙を晒した事になり、私にとっての反撃の機会が訪れた事になる。



左腕から伸びた蔓の束を左手で握り込んで思い切り引き寄せる。


打ち上げの勢いが殺されるが、当然その衝撃は私の左腕に集中する為、腕全体に痛みが走った。


だが、私はその痛みを無視して『茨の剣』を握った右腕を振りかぶる。


スローモーションの様にゆっくりと動く流れる周囲の光景の中で、私の右腕から『茨の剣』へと『青い光』が流れ込んで行くのが見えた。


蔓で『花樹狼』の身体に掴まった状態で攻撃するとしたら、距離が離れている事もあって『茨の鞭』か『鞭剣』しか攻撃手段は無い。


しかし、『花樹狼』の隙を突いた千載一遇の好機を逃せば、恐らく『花樹狼』は体勢を整えて反撃に打って出て来るだろう。


そうなれば、これ以上の余力が無い私には反撃する力は残されていない。


ここで確実に『花樹狼』を仕留めなくてはならないのだ。


そう考えた場合、私は前述の二つの手段では『花樹狼』を確実に倒せると断言出来ないと感じていた。


『花樹狼』は全身に強固な植物装甲を纏っている為、そもそも攻撃が通りにくい。


その上で『花』の怪物特有の異常なまでの生命力の高さも相まって、生半な攻撃では倒し切る事が困難なのだ。


故に、『茨の剣』に『青い光』を纏わせた攻撃も効果があるのは間違いないが、『花樹狼』を一気に倒せる程大きなダメージを与えられる訳ではない。


『茨の剣』で装甲を貫通させる事が出来る刺突攻撃ですら完全に装甲を貫く事が出来ず、装甲を半ばまで貫いてある程度の傷を負わせた程度だ。


そう考えると『茨の鞭』や『鞭剣』による攻撃では必殺の一撃とはなり得ないだろう。


そして、『茨の剣』による攻撃も宙に打ち上げられた状態のままでは届かない。


では、どうすれば良いのか。



決まっている。


新たな手段(武器)を造り出せば良いのだ。



『青い光』が流れ込んだ『茨の剣』が……正確に言えば『茨の剣』の剣身の部分が急激に膨らんで行く。


まるで巨大な花の蕾の様な涙滴型となった剣身は、今にも先端から裂けて中身が飛び出しそうな姿だ。


私はその状態の『茨の剣』を後方に引き絞って突きの構えを取る。


空中という不安定な体勢の中では碌に足に力を籠める事も出来ないが、構わず剣の切先を『花樹狼』に向けた。


そして、既に破裂寸前の蕾のような状態となっていた『茨の剣』を―――――。



「―――ッッッ!!!」



無言の気合と共に『花樹狼』へ全力で突き出した。



『!?』



次の瞬間、蕾と化していた『茨の剣』の先端が爆発する様に一気に裂け、「中身」が飛び出した。


『剣の蕾』の中から飛び出したのは無数の茨……いや、棘の生えた『枝』の集合体だった。


表面に『棘』の生えた青緑色の硬い枝の束が、まるで巨大な蛇の様に身をうねらせながら『花樹狼』へ向けて凄まじいスピードで襲い掛かったのだ。


そしてその一つ一つの枝の先端は全て鋭く尖って槍の様になっている。


それらが集まって形成された極太の枝束は、うねる巨大な『杭』の様にも見えた。



一直線に自分目掛けて高速で伸びて来る『杭』に、はっきりと分かる程に驚愕の表情を浮かべる『花樹狼』。


しかし、『花樹狼』はそれでも即座に状況に対応して見せた。


反射的に体を動かした、といった様子だが、迫る『杭』を躱すべく足に力を込めてその場から飛び退こうとしたのだ。


体には私が絡み付かせた蔓で私に「掴まれた」状態だが、単純な力では私よりも遥かに勝っている『花樹狼』なら、そのまま私を空中から引き倒す事も容易いだろう。


正確な『花樹狼』の考えまでは分からないが……やり様によっては回避と攻撃を同時に行えると考えたとすれば、咄嗟の判断でよくそこまで考えられるものだと素直に驚く所だ。


しかし、私はそこまで考えていなかった。


何故なら考える必要が無いからだ。



剣から伸びた『杭』の先端が『花樹狼』に迫る。


そして、『花樹狼』が回避の動作に入ろうとした―――――次の瞬間。



私は、あらん限りの意思を込めて叫んだ。



「―――広がれッ!!!!」



『!!!???』


私の声と共に、『杭』の先端が無数に枝分かれした。


鋭利な先端を持った枝の集合体だった『杭』は突然結合が緩んだかの様にそれぞれが独立し、放射状に広がったのだ。


それはまるで一本の太い枝が無数に枝分かれしたかの様であり、隙間なく鋭利な枝が並んだその姿は枝で形成された槍衾の様だった。


そんな私の攻撃を回避するつもりだった『花樹狼』は、急激に形状変化した『杭』に対して反応が遅れてしまう。


それでも何とか回避を試みているようだが………私も、ここで『花樹狼』を逃すつもりは無い。


私はそのまま、放射状に広がった『枝槍』の槍衾を『花樹狼』へ向けて叩き付けた。



『グガアアアアアァァァァァァァァッッッッ!!!???』


数えるのも億劫な程の数の『枝槍』が『花樹狼』の身体を刺し貫いて行く。


『花樹狼』へ『枝槍』の攻撃を行う際、私は全ての『枝槍』の切先部分のみに『青い光』を纏わせていた。


『花樹狼』の装甲をより効率的に貫く為の工夫のつもりだったのだが、無数の『枝槍』の先端部分のみに意図して青い光を纏わせるのは難易度が高いと最初は思っていた。


それでも、『花樹狼』を倒す為には自分の能力を限界以上に引き出さなければならないと覚悟を決め、『青い光』の部分的付与という自身の能力の精密な制御を実行したのだ。


しかし実際にやってみた所、至極あっさりと意図通りに『枝槍』の先端のみに『青い光』を付与する事に成功してしまった。


以前から思っていたが、どうやら私は『青い光』のエネルギーを自分自身、或いは自分の身体から生成した物に付与させる事が得意らしい。


お陰で『花樹狼』の植物装甲を貫ける程の威力を全ての『枝槍』に付与する事が出来たが……代わりに、残りのエネルギーは『強化(ブースト)状態』である事を考えてもあと僅かだ。


しかも、『青い光』に強化された状態の『枝槍』でも、殆どは『花樹狼』の装甲の表面に刺さりはするが、装甲を完全に貫通して深手を負わせる程ではない。


ダメージが無いとまでは言わないが、『花樹狼』を倒し切る事は出来ないと私は考えていた。


……しかし、だからこそ私はダメージを覚悟で『花樹狼』の身体に取り付き、その身体に『茨の剣』を突き刺したのだ。


ダメージを与える為ではなく、装甲を剥がす為に。


殆どの『枝槍』は『花樹狼』に多少の手傷を負わせただけだった。


だが、私が『茨の剣』を突き刺し、暴れる『花樹狼』に振り回されながら抉り続けた背中の傷は装甲がまだ修復され切っていない。


そこを狙った『杭』からの『枝槍』の攻撃だった訳だが………他の『枝槍』は『花樹狼』を押さえ付けて動きを封じる目的の物であり、本命の攻撃は『枝槍』の中にあった。


『!!!?』


『枝槍』の雨に体を押さえ付けられ身動きを封じられた『花樹狼』の目に、『枝槍』とは違う物が映る。


それは『茨の剣』の軸となっていた『棘』だった。


『茨の剣』は『棘』を軸として周囲に茨を絡み付かせて剣身を形成している為、『茨の剣』から『杭』に変化した状態でも基本的な形は変わらない。


『枝槍』状に剣身が変化した状態でも軸である『棘』は残っており、その他の私の身体から生成した武器類と同じく私の身体の一部である。


それ故、私が作り出した武器類の中で、最もシンプルであり、最も強度の高い『棘』であっても、その形状をある程度自在に変化させる事が出来るのだ。



『花樹狼』へ向けて『枝槍』の間を縫う様にして、そして矢のような速度で伸びた『棘』は、元々鋭利なその先端をドリルのような螺旋状の形に変形させていた。


更には『花樹狼』へ向けて伸びると同時に『棘』全体に回転が掛かっており、比喩でも何でもなく細長く長大なドリルと化している。


これが『花樹狼』の装甲を完全に破る為に私が考えた攻撃方法だった。


高速回転するドリルと化した『棘』は身動きの取れない『花樹狼』を……その背中の装甲が剥がれた傷跡を捉え―――――――。


『花樹狼』の肉を切り裂き骨を砕きながら、その身体を完全に貫通し大穴を開けた。




『グギャァァァァァアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!????』


地の底から響く様な、『花樹狼』の悲鳴が辺りに響き渡り、『花樹狼』は放たれた『棘』に貫かれた勢いのまま地面に叩き付けられた。


これまで私が『花樹狼』に与えたものとは比較にならないダメージを受け、遂に『花樹狼』が地に倒れたのだ。


『枝槍』による攻撃も同時にした為、衝撃と共に轟音が鳴り響き地面から土煙が上がる。


辺りに地面の破片が飛び散り、もうもうと立ち込める土煙で倒れた『花樹狼』の姿が遮られる。


当然あの『回転棘』にも『青い光』は付与してある為、流石の『花樹狼』も深手を負ったであろう事は間違いない。


直前まで光の砲撃を放とうとしていた『花樹狼』は、傷の再生に回すエネルギーが足りていないと思われる為、『回転棘』の一撃は恐らく致命傷となっている筈だ。


私は『枝槍』の攻撃に巻き込まれて千切れた左腕の蔓を腕に回収しつつ、『茨の剣』から……『茨の剣』だった物から手を離して地面に降りた。




その時、光が見えた。




「―――――ッッッ!!!?」


土煙の向こう、『花樹狼』が倒れた筈の場所から閃光が迸る。


そして、続けてさらに強力な『青い光』の奔流が溢れ出し、周囲の土煙を吹き飛ばした。


土煙の向こうから姿を現したのは、口内にこれまでで最も濃い色の青い光を収束させた『花樹狼』だ。


『枝槍』が身体中に突き刺さり、背中を螺旋状の『棘』に貫かれて大穴を開けた状態で、辛うじて上半身を起こしてこちらに顔を向けている。


その顔や上半身にも『枝槍』が突き刺さっているが……それらは全て半ばからへし折られており、『花樹狼』の身動きを封じるという用を成していなかった。


見ると、『枝槍』によって押さえつけられた下半身部分の隙間を縫って萎れかけた『礫花』が顔を覗かせている。


それを見て私は、先程目にした一瞬の閃光が『花樹狼』が背中の『礫花』から光弾を放って『枝槍』を撃ち、上半身の自由を取り戻した際の光だったと気が付いた。


自由を取り戻したのが上半身だけなのは、攻撃に回す分のエネルギーに残りの余力の全てを回す為か。


私がそこまで考え至った時、『花樹狼』が全身全霊の力を収束させた口内の『青い光』を一気に開放した。



『……ガァァァァァァアアアアアアアアアアアア―――ッッッッッッ!!!!!!!!!!』



己の全てを吐き出すかの様な咆哮と共に、『青い光』の奔流が私の視界を覆い尽くした。


躱しようのない範囲殲滅を目的とした放射状の光の砲撃。


奇しくも先程私が『花樹狼』に仕掛けた『杭』からの『枝槍』と同じ様な広範囲攻撃だ。


私が今立っている位置からの回避は間に合わない。


当然、防御し切れる様な威力でもない。


範囲殲滅型とは言っても、今まで放たれた砲撃とは比べ物にならないエネルギーを費やして放たれている以上、その威力は恐るべきものとなる。



逃げられず、防げない。



打つ手は無い。










―――――それでも、私は諦めない。



逃げ場がないなら―――――逃げなければ良い!







私は覚悟を決めると、()()()()()()()()()地面を蹴った。


バンッ!という地面が砕ける音が響くと同時に加速された私の身体は、光の中に飲み込まれて行く。


次の瞬間、レドウッド山全域に凄まじい轟音と衝撃が迸った。


放たれた光の奔流は、射線上にあった木々を、地面を、全てを掻き消した。


青い光に飲み込まれた部分が、景色を抉り取ったかの様に消滅して行くその光景は、到底この世の物とは思えないものだった。







光に満ちた視界を前に、『花樹狼』は今度こそあの『敵』を仕留めたと考えていた。


渾身の力を込めた『花樹狼』の砲撃は目の前の全てを薙ぎ払う。


この至近距離から放たれれば、如何にあの『敵』がしぶとくとも生きているという事はあるまい。


とは言えこちらも満身創痍と言って良い程のダメージを受けてしまった。


あの『敵』を始末した後は、姿の見えないもう一匹の『敵』を探さなくてはならない。


姿が見えない方の『敵』は今倒した『同類』とは違い、『人間』と呼ばれる生き物だ。


本来なら、今倒した『同類』の様に、自分達と同じ力を持つ訳ではない以上、何ら脅威ではない。


しかし、『花樹狼』の本能は、二匹の『敵』のどちらも決して逃してはならないと告げていた。


特に、『花樹狼』の認識に反し、あの何の力も持たない筈の『人間』は危険な存在であると。


それ故に二匹の『敵』を分断する様に動いた。


脆く崩れやすい人間の『巣』に火を放ち、『同類』から始末する事にしたのだ。


『花樹狼』から見て『同類』の方は自分よりも弱く脆い個体だった。


実際に戦ってみてもその認識は変わらず、少々小賢しい所はあったが問題なく仕留める事が出来る――――そう考えていた。


だが実際には、この『同類』は確かに能力的には『花樹狼』に劣っていたが、『花樹狼』には持ち得ない様々な『技』を持っていた。


力では圧倒的に勝る『花樹狼』の爪の一撃を『棒』で受け流し、身体能力で上回る『花樹狼』の動きには手足を増やして追い付いて来る。


戦闘能力で勝る『花樹狼』に対して、この『同類』はそうした小賢しい『技』でもって抗い、その差を埋めて来たのだ。


そんな相手に対して『花樹狼』は苛立ちつつも努めて冷静に対処して行った。


相手の一手一手を力でねじ伏せ、相手がそれに対処して来たなら更に別の手で対抗する。


そうしている内、漸く『同類』をその牙に捉えた。


消耗の激しい奥の手を使わされたが、最早逃す事は無い。


だが、同類はそこからすら脱出して見せた。


更には、鉄壁を誇る『花樹狼』の身体にすら痛みを齎す奇妙な攻撃を用いて来たのだ。


この段階に至って『花樹狼』は困惑し始めていた。



――――こいつは一体何だ?



どれだけ痛めつけ、どれだけ力の差を見せつけても一瞬も折れずに立ち向かって来る。


そして何より、次から次へと『花樹狼』の攻撃に工夫を加えて対処して来るその戦い方に、強く記憶を刺激されていた。




―――ありがとう。●●は凄く器用なんだね―――――。




いつか、何処かで聞いたような声が頭に響く。


忘れられない、忘れてはいけない声。


青く染まった視界の中に浮かぶ白昼夢が『花樹狼』を包む。




――――これは何だ?




忘れてしまった大切な何かを思い出そうとするかの様に見開かれたその目に―――――。



体を花の蕾のような物体で包み込んだ『敵』が、光の奔流を突き破って突進して来る姿が映った。






「――――ッッッ!!!」


満身創痍の状態にも拘わらず『花樹狼』が放った光の砲撃に対して、私は躱す事も防御する事も出来なかった。


先程同じ様に砲撃を放たれた際は、一撃の威力を重視した砲撃型とでも言うべき物だったが、それでもその余波で『翅』に包まれた私も大きなダメージを負ってしまった。


それ故、『花樹狼』が範囲攻撃型とも言える光の砲撃を近距離で放って来た時点で、回避は不可能かつ今の私の能力では防御も出来ないと察したのだ。


その結果、私が選択したのは―――『攻撃』だった。



眼前に迫る光の奔流に対し、私は限界まで思考を高速回転させる。


しかし、思考が結論を導き出す前に私の身体は自然と動いていた。


ここ最近起こっていなかった、最早お馴染みの現象だ。


これがある為に、私は自分の身体を『ブルーフィリア』に操られているのでは、と不安になった事もあったが、今にして思えば単純に「考えるよりも先に体が動いていた」……と言うやつなのだろう。


私は人間の肉体をベースにして誕生した『ブルーフィリア』――――言わば、『人型のブルーフィリア』だ。


通常の人間に比べて遥かに身体能力が高いらしいという事は理解しているが、それでも不明な部分は今も多い。


思考よりも先に体が動いてしまうのも、そういった肉体面の作用ではないかと当たりは付けていたが、恐らく実際には、私がまだ自分の身体に慣れていないというのが最大の原因ではないだろうか。


要するに、思考より先に体が動くのではなく、私の思考が私の身体の出した結論に追い付いてないのだ。


勝手に体が動くのではなく、既に私の体の方は無意識に結論を出していて私の思考が遅れてしまっている様に感じるだけ、という事だ。


体は人間の物ではないが、思考は人間のそれである為にその様な事が起こっている、という事かもしれないが………結局の所、はっきりした原因は分からない。


だが結果として、私は本能的にその場その場で自分が行える最善の対処法を選択する事が出来た為にこれまで生き残って来れた。


そしてそんな『本能』が判断した光の奔流に対しての『攻撃』という行動は、一見すれば………いや、どう見ても自殺行為にしか見えない。


しかしそれでも、私に恐怖や戸惑いは無かった。


まだ知り尽くしてはいないと言っても、これが『私』なのだから。



砲撃に向かって走った私は左腕を前に突き出し、背中から体の左側のみに2枚の『翅』を生やす。


しかし、私はその2枚の『翅』を防御の為に盾にするのではなく、左腕に巻き付けて行った。


更に、本来ならもう一方、右の背中に生えて来る筈の残り2枚の『翅』を、意図的に左腕の肩口の辺りから生やして同じ様に左腕に巻き付ける。


要するに左腕を中心に4枚全ての『翅』を生やした状態だ。


4枚の『翅』は左腕に螺旋状に巻き付く様な形で腕全体を覆うとそのまま前方に伸び、今度は先端部分から逆側、つまり私の体側に向かって傘を広げる様に折り返して行く。


その姿は『翅』同士融合して出来た先端が鋭く尖った巨大な針の様な形状だった。


畳んだ状態の先の尖った巨大な傘とでも言えば良いのか………ともかく、4枚の『翅』は最終的にはそんな形になっていた。


見方によっては、少々歪な形の『突撃槍(ランス)』の様にも見えるかもしれない。


但しその大きさは所謂突撃槍としては余りにも巨大な物であり、『傘』の部分が肥大化して私の体の前面をすっぽりと覆う程だ。


元が防御力の高い『翅』である事を考えると、突撃槍と盾、双方の能力を兼ね備えた形態だと言える。


そして、そんな『翅の突撃槍』……『翅槍』で以て私が向かって行くのは、当然目の前に迫る光の奔流だ。


私はそのまま左腕と一体化した『翅槍』の先端を正面に突き出した状態で光の中に飛び込んで行く。


途端に衝撃が全身を襲う。


『翅槍』を形成する『翅』の表面を『青い光』の奔流が焼くのが分かる。


しかしそれでも、体の前面を守る事に『翅』の能力を全力集中させた為か、私自身には以前ほどのダメージは無い。


更に言うなら、槍状に先端を尖らせた結果、『青い光』のエネルギーを受け流す傾斜が出来ており、正面からただ防ぐよりも効率的にエネルギーを分散させる事が出来ていた。


だがあくまでも前回の砲撃時に比べて、であり完全に防ぐ事が出来ていないのは変わらない。


身を縮めて『翅槍』の傾斜を盾とし、『花樹狼』が放った凄まじいエネルギーの嵐を槍の切先で切り裂く様にして私の身体は前方に突き進んで行く。


時間にすればほんの一瞬だっただろうが、『青い光』のエネルギーに全身を晒されながら前進を続けた私には、永遠とも思える時間が過ぎた様に感じていた。


しかし、それも終わりの時がやって来る。



『!!???』


唐突に青い光の奔流が消え、眼下に驚愕の表情を浮かべた『花樹狼』が映る。


『翅槍』によって『花樹狼』の光の砲撃の中を突き抜ける事に成功したのだ。


その瞬間、私は左腕の『翅槍』を即座に切り離し、負傷が少ない右手から『棘』を生やす。


そして、最後の力を振り絞り『花樹狼』の頭部目掛けて『棘』を突き出した。


「はああああああああッッッッ!!!!!」


『棘』は『花樹狼』の右眼の傷を穿ち、その装甲を貫いた。


私は突進の勢いのまま全体重を『花樹狼』に掛け、体当たりをする様にしながら『棘』を『花樹狼』の顔面に捻じ込んだ。


『グギャァァァァァァアアアアアアアアアアアアッッッッッッッ!!!!!!????』


その勢い故か、私と『花樹狼』の身体は『花樹狼』を地面に縫い止めていた『枝槍』をへし折りながら地面を転がって行った。


「ぐっ!!」


このまま『花樹狼』と共に転がって行ってしまっては拙い。


今の状態の私では単純に『花樹狼』の巨体に押し潰されただけで命は無いだろう。


最早殆ど動かない体に鞭打ち、何とか途中で『棘』を右手から切り離す。


地面を転がる勢いが付き過ぎていた為か、その瞬間に私の身体は『花樹狼』の身体から放り出されてしまった。


「………あぐっ!! うっ……くっ……」


そのまま地面に叩き付けられ、更に地面を転がって行く。


やがて勢いを失った私の身体は、仰向けの状態で漸く止まったのだった。


ちなみに『花樹狼1・2』の話を書いていた当初、「1話にまとめても行けるやろ!」と思って書いてました。行けねぇよ。(計5万文字超え)

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