74 花樹狼1
文字数多くなり過ぎてしまった……(´・ω・`)
『ガルルルァァァァッッッ!!!!』
「ッ!!!」
全身を植物質の外皮に覆われた巨大な狼が再び私に飛び掛かって来る。
爪で攻撃して来た先程以上の速度で突進すると共に、その巨大な口に並んだ鋭い牙で喰らい付こうとして来た。
今度は私も身構えていた為、高速で体を掠めて行く巨大な牙を紙一重で躱して距離を取る。
しかし、巨大な狼は距離を取った私の動きに合わせてその場で急制動を掛けると、突進の勢いを利用して体を横回転させた。
「……!?」
回転と共に、狼の背後に伸びる細長い尾がブォンッ!という重い音を立てながら私に襲い掛かる。
私は咄嗟に体勢を低くして繰り出された尾の一撃を回避した。
途端に響き渡る轟音。
生木をへし折る様なその音は、私の背後にあったまだ燃え落ちていない木造小屋の一部が狼の尾の一撃でバラバラに粉砕された音だ。
砲弾でも撃ち込まれたのかと思える程の勢いでバラバラに砕け散った木製の柱が、炎を纏ったまま飛び散って行く。
予想はしていたが、凄まじい破壊力だ。
もしもあの尾の一撃が私の体に直撃していたら………バラバラになっていたのは私だったかもしれない。
『グルルルル………』
自らの攻撃を再び躱した私を、唸り声を上げながら睨む巨大な狼。
その目は恐ろしいまでの殺気を帯びているが、同時に知性を感じる目でもある。
ここで、知性ある存在なら対話が可能なのでは?と考える事が出来たら良かったのかもしれないが……今の状況は逆に、知性ある存在が全力で以て私を殺しに来ている状態に他ならない。
場合によっては人間並みの知能を持った怪物である可能性すらあると思う。
もし本当にそうだとするなら、『強敵』の一言で済む相手ではない。
恐らく、生半可な攻撃では倒す事はおろかダメージを与える事すら難しいだろう。
この狼が自分よりも強いという私の予測は、身体能力の一点のみで既に裏付けが取れてしまっていると言っても良い位なのだ。
そして私は、この狼が『身体能力の一点のみ』の存在ではない事を、『感覚』によって見える『青い光』の強さから理解していた。
『…………』
「…………」
距離を取って睨みあう私と狼。
私は現状、両腕に『籠手』を纏っているが、武器は何も持っていない。
恐らく一瞬でも隙を見せれば、瞬く間に距離を詰められて攻撃を受けてしまう。
先程の爪による攻撃を見るに、『籠手』ではその攻撃を防ぐ事は出来そうにない。
であれば、後考えられるのは、『礫花』対策で会得した能力である『翅』か、地下水路での戦闘で使用した『鉤爪』位だ。
しかし、そのどちらもこの狼に対しては相性が悪い。
と言うのも、この狼が巨体に似合わぬスピードで以て攻撃して来る為、射程が短く攻撃速度が少々遅い二つの能力では対応し切れない恐れがある為だ。
そうなると残された手段としては………『茨の剣』による受け流し位だ。
体高2メートルはある巨大な狼の、丸太の様に太い前足から繰り出される一撃を、身長160センチ程度のの私が剣一本で受け流すというのも非現実的ではある。
しかし『青い光』で強化された筋力と、今までの戦闘で培って来た技術を総動員すれば………恐らく、やれない事は無いと思う。
勿論、難易度は極めて高い。
だが、砲弾の如き破壊力を持った狼の攻撃を全て回避しながら戦うよりは遥かに現実味があるだろう。
身体能力の時点で相手に力を上回られているのであれば、それ以外の点……『技』と『経験』で戦うしかない。
実に人間らしい戦い方だと苦笑しそうになるが、実際の所その程度しか対抗手段が思い付かなかった。
私が胸の内で密かに戦略を練っていると、狼の方が先に動いた。
と言っても、外見上それと分かる様な動きを見せた訳ではない。
体中の筋肉――と言って良いのかは分からないが――を引き絞り、何らかの行動に出ようとしている事が『探知』の能力で察知出来たのだ。
私もそれを見て体の力を抜いた上で、どの様な攻撃が来ても対処出来る様に身構える。
だが、この時点で私は見落としている事があった。
『……ガアアアアッッッッ!!!!』
「なっ……!?」
狼の尾の位置だ。
筋肉を引き絞り、体に力を籠める狼に気を取られた私は、狼が自らの背後で地面に突き立てていた尾の存在に気が付かなかった。
地面に突き立てられた狼の尾はまるでバネの様に撓むと、狼の巨体をそのまま前に押し出したのだ。
私から見れば、狼の巨体が突然何の予備動作も無く自分の方へ『発射』されて来た様に見える。
尾の力だけで自分の巨体を前方に飛ばした狼は、再び私に向かって右足の爪を右から左へと振るった。
――――間に合わない……!
この時点で回避という選択肢は取れなくなった。
しかし、確かに先程と違って完全に不意を突かれた形ではあるが、私も不意を突かれる可能性は考えていた。
ガキィィンッ!!
「―――ッッ!!!」
体に凄まじい衝撃が走る。
狼の爪が私の身体に食い込んだ………わけではない。
狼の爪は私のすぐ左、ギリギリの所で『茨の剣』によって受け止められていた。
狼が動きを見せた時点ですぐに『茨の剣』を生成出来る様に準備しておいたのだ。
本当はカウンター狙いだったんだけど……狼の予想外の攻撃に対し、苦し紛れではあるが差し込む事が出来た。
しかし、実際に狼の爪が止まった訳ではない。
思考速度が限界まで加速して、目の前の映像がスロー再生される様にゆっくりと動いている。
実際の時間の流れの中では、『茨の剣』に叩き付けられた狼の爪が、徐々に剣身に力を掛けつつあるが、私はそれを筋力と剣捌きによって少しずつ逸らして行った。
スローモーションで流れて行く光景の中、私は『茨の剣』に全力を籠めて狼の爪を上に押し上げ、その下を潜り抜ける様にしながら狼の爪を受け流す。
それに対して狼は、すかさず反対の左足の爪を私の頭上斜め上辺りから振り下ろして来るが、私はそれも右に振り抜いた『茨の剣』で受け止めつつ、剣の茨で絡め取る様にして受け流した狼の攻撃の勢いを利用し、体を捻って狼の左側へと回り込んだ。
『!?』
初めて狼が驚愕した様な反応を見せる。
不意打ちを防がれた事に続き追撃の攻撃も空振りした上、側面を取られたのだから当然かもしれないが。
「ふっ!!」
狼の左側面を取った私は、左の爪を受け流した状態で保持されていた『茨の剣』を、狼の脇腹へ向けて渾身の力を籠めて突き込んだ。
キィンッ!!
「!?」
今度は私が驚愕する番だった。
剣を狼に突き込んだ瞬間、その切先を何かが遮った。
(尻尾……!?)
そこにあったのは、狼の後方から伸びて来た尾の先端だ。
狼という生物から考えると妙に長い尾だとは思っていたが、どうやらこの尾も『花』の蔓、或いは蔦の類で構成されているらしい。
つまりは私の『茨の鞭』と同じ様な存在であるらしく、私の攻撃をピンポイントで防いでのけたのだ。
『グガァァッッッ!!!』
「ぐぅっ!?」
渾身の突き攻撃を防がれた私は、咄嗟に地面を蹴って背後へ跳んだ。
直後、狼が先程と同じく尾を勢いよく振り抜き『茨の剣』を弾き飛ばそうとして来た。
狼の攻撃と同時に後方に跳んだ為、私は辛うじて手から剣を離さずに済んだが、体勢を崩してしまう。
そこへ、再び狼の爪が襲い掛かった。
『ガルァッ!!』
剣を弾かれ、後方に跳んだ状態とは言え不安定な体勢の私には狼の爪を躱す事は出来ない。
防御し様にも『籠手』で爪の攻撃を防ぎ切れなかった事から、恐らく『足甲』でも同様の結果になるだろう。
だから私は防御する事を止めた。
「はぁッ!!」
『……!?』
私は狼が体を反転しつつ放って来た爪の一撃を、再び地面を蹴って宙返りする様にしながら『足甲』を纏った右足で蹴り上げた。
『足甲』のつま先には『棘』と同じ様な突起を生やした状態にしてある。
あわよくばダメージを与えられるかも、と思っての事だったが……足先から伝わって来る硬い感触から、そう上手くは行かないらしい事がすぐに分かった。
しかし、こちらの攻撃をそこで終わらせるつもりは無い。
「ッ!!」
私は狼の丸太の様な前足を蹴り付けつつ、狼の前足に引っ掛けた右足一本で自分の身体を引き上げた。
振り下ろされる狼の前足とすれ違う様にしながら、私は空中で体を横回転させると、狼の前足を踏みつける状態になった右足を軸にして、『足甲』を纏った左足で踵落としを狼に繰り出した。
左足の『足甲』には右足とは逆に踵部分に突起を生じさせてある。
突起が狼の硬い外皮を貫けば良し、例え貫かなかったとしても……その衝撃は装甲では防げない。
『ゴガッ!!?』
然しもの狼もこの攻撃は予想外だったのか、反応が遅れた為に、私が放った踵落としを側頭部にもろに受けた。
自分で言うのも何だが、『籠手』や『足甲』を纏った状態の私の打撃はそれら一つ一つが戦槌の如き破壊力を持つ。
如何に装甲が厚いと言っても、打撃による衝撃は装甲を伝わって確実にダメージとなる以上、狼もタダでは済まないだろう。
狼に蹴りを叩き込んだ勢いを利用し、その場から飛び退る。
距離を取って狼の様子を確認すると、頭部を蹴り飛ばされてやや後退したものの、2、3度頭を振っただけですぐに体勢を立て直した。
『グルルルル……』
その表情には怒りと………こちらを警戒する冷静さが見て取れた。
……やっぱり、コイツは特別だ。
怒りを感じても、その感情をコントロールして冷静に状況を分析している。
『双子』や『三つ首』も高い知能を持っていると感じたけど……この怪物は明確な『知性』がある。
下手をすれば、こちらの言葉を理解している可能性すらある程の知性が。
……万が一、本当にそうだとしたら………目の前の『彼』は、怪物と言えるのだろうか?
『…………』
「………」
思わぬ一撃を受けた為か、狼はやや遠巻きに私の様子を伺う様にゆっくりと横に移動し始めた。
それに合わせて私も、警戒しながら距離を測る様に反対方向へ歩を進める。
お互いに相手の出方を伺っている段階だが、少なくとも私にはこの距離を攻撃出来る手段は無い。
どう考えても、手持ちの銃では狼の外皮を貫く事は出来ないだろう。
拳銃は言うに及ばず、散弾銃は散弾で貫通力に乏しい。
確か、熊などを狩る際に使われる一粒弾の様な物が散弾銃にはあったと思うが………当然そんな物は持っていない。
後は中距離攻撃として『茨の鞭』がある位だが、恐らくこの怪物に対しては効果が薄いだろう。
『グルルル………』
と、どの様に攻撃するべきかと思案していると、またしても狼の方に動きがあった。
こちらから視線を外さずに、上半身を低くする。
いかにもこれから飛び掛かろうとしている獣、といった体勢だが、これまでの狼の攻撃パターンを考えると、額面通りに受け取って良い行動なのか判断に迷う。
そうして私は、狼の行動を警戒して動かず受け身に回った。
その次の瞬間、狼に異変が起こった。
「………!?」
狼が上半身のみを伏せた状態になったという事は、正面から見ると、狼の背中の部分が見えるという事でもある。
私は狼自身が直接攻撃して来る事を警戒していたが、狼自身はその場から一切動いていなかった。
……動いたのは、狼の背中の部分を構成する植物質の外皮だ。
私が違和感を感じた次の瞬間には、狼の背中がボコボコと盛り上がって瘤の様な物が幾つも形成されていた。
瘤はそのまま凄まじい速度で大きくなって行くと、やがて瘤を破って中から何かが頭を飛び出させる。
それは大きな『蕾』だった。
狼の背中から、人間の頭程の大きさの花の蕾が幾つも飛び出している。
呆気に取られる私を余所に、蕾はあっという間に先端を綻ばせると青く輝く花弁を一斉に開いた。
青く輝く花弁の中心に結晶体の様な物が存在するその奇妙な花々に―――私は、見覚えがあった。
(あれは……『礫花』……!?)
狼の背中で花開いた幾つもの青い花は見間違いようも無い、あの『礫花』だった。
つい先程まで散々苦しめられていたあの『礫花』と同じ花が、狼の背中から生えているのだ。
一つ異なる点と言えば、独立して動き回っていたあの『礫花』とは違い狼が背中に咲かせた花々は完全に狼の体と繋がっており、狼の背中から生えているという点に目を瞑れば、一見すると普通の花の様にも見える。
しかし、自分に備わった特殊な『感覚』を通して周りを見る事が出来る私の目には、狼の花に急激に収束しつつある『青い光』の流れが映し出されていた。
その青い光の流れ……つまりエネルギーの流れは、どんどん勢いを増している。
――――途轍もなく嫌な予感がした。
私は頭の中に響き渡った、これまでで最大級の危険を知らせる警鐘に従って反射的に全力で地面を蹴り、受け身も何も考えずに横に跳んだ。
その直後。
寸前まで私が居た空間に無数の光弾が閃光と共に殺到した。
「……ッッ……!!?」
殆ど無意識に体を動かし、私は何とか光弾の斉射を地面を転がる様にして回避する。
突如狼の背の花々から放たれた無数の光弾は、そのまま射線上にあった木の一本に次々着弾して炸裂した。
光弾が着弾すると同時に青い閃光が迸り、無数の小爆発が起きると共に、標的となった木の破片が辺りに飛び散る。
光弾の雨に晒された木は幹が大きく抉れてシュウシュウと煙を上げており、やがてメキメキと音を立てながらゆっくりと倒れて行った。
(『礫花』と同じ光弾……! まさか、この狼は……!)
『ガァァァアアアアアアッッッッ!!!!!!』
私の思考を遮るかの様に狼が吼える。
同時に、私から距離を取りつつ周囲を周る様に猛然と走り始めた。
「……ッ!?」
狼は周囲を走りながら、体に生えた『礫花』らしき花々をこちらに向け、その花弁の中心にある結晶体から無数の光弾を放って来た。
それに対して私は蔦の触手を背中に生やすと、狼の射線から逃れる様に駆け出した。
あの光弾が『礫花』の物と同じかどうかは分からないが、同じであれば蔦の触手で弾く事が出来る筈。
しかし、万が一狼の光弾が『礫花』と同様の性能ではなかった場合……特に、威力がより高かった場合は蔦の触手では防ぎ切れない恐れがある。
故に私は防御と同時に光弾を回避するつもりで全力疾走する。
仮に光弾を防ぐ事が出来なかった場合、足を止めた状態からでは回避が間に合わないからだ。
ガガガガガガガガッッッ!!
射線から逃れる様に動く私へ向けて無数の青い光の光弾が殺到する。
だが、どの光弾も私の数メートル手前で蔦の触手に叩き落とされた。
蔦の感触からすると、狼が放って来た光弾の威力は『礫花』と大差ないようだ。
これなら蔦の触手で十分に防御が出来る。
しかし、だからと言って油断は出来ない。
今目の前にいるのは銃弾一発で仕留められる『礫花』ではなく、圧倒的な攻撃力と機動力を併せ持った存在なのだ。
それだけで『礫花』とは比べ物にならない脅威であり………そもそも、それだけとも思えないからだ。
『ガアッッ!!』
「!!」
光弾による遠距離攻撃を捌きつつ、どうにか攻撃の糸口が無いか必死に探っていると、突如狼がその場から跳躍して一気に距離を詰めて来た。
一瞬、光弾を防御する事に気を取られていた私は、思わず動きを止めてしまう。
……しまった!
そう思った時には既に遅く、回避は勿論、『茨の剣』での受け流しも間に合わない状況となってしまった。
残るは防御のみだが、狼の爪による攻撃は『籠手』では防げない。
掠っただけで装甲を破られてしまった事から考えても、まともに受ければ……どうなるかは目に見えている。
だから、私は敢えて狼の攻撃を受ける事にした。
『!?』
私はこちらに向けて飛び掛かりつつ、爪を今にも振り下ろそうとしている狼に向き直ると、地面を強く蹴ってその懐に自分から飛び込んだ。
予想外の行動に出た私に、狼も驚愕の表情を見せている……様な気がする。
狼に向かって小さくジャンプする様に飛び込んだ私は、体を小さく丸め、両手両足を折り畳む事で全身をガードする様な体勢となっている。
敵が向かって来ている正面に向かって回避する、という形を取ったおかげか、狼の爪は空を切った。
だが当然の事ながら、狼の爪を躱してもその先には狼の巨体が猛スピードで迫りつつある。
私と狼の体格差は考えるまでもなく狼の方が遥かに巨躯であり、5、6メートルはあるだろうその巨体に体重数十キロ程度の物体がお互い猛スピードを維持したまま激突すればどうなるか。
それこそ、大型トラックに撥ねられた人間と変わらない末路を辿る事になるだろう。
『グガッ!!?』
「ぐうっ!!?」
私と狼は同時に呻き声を上げた。
私は恐らく数トンはある狼に衝突した衝撃によって。
狼は突然体当たりして来た私が顔面に衝突した事によって。
だがこの場合、元の体重も衝突のスピードも遥かに勝っている狼の方が受ける被害は少ない。
『ガアッッッ!!!』
衝突の際、狼は僅かに怯んだ様子を見せたが、次の瞬間には体当たりを仕掛けて来た私を頭を振って弾き飛ばした。
その瞬間、生木をへし折る様な嫌な音が響き、私の両腕に激痛が走る。
しかし、痛みに悶える暇も無く、私の身体は狼と正面衝突した事による強烈な反動で後方に弾き飛ばされて行く。
数秒が経っても地面に足が付かない程の勢いで空中を飛んで行く私は、一先ず目論見通りの状態になった事に安堵した。
(………ッ……上手く……いった……!)
そう、私は敢えて狼の攻撃を受け、その衝撃でもって狼との距離を取ったのだ。
爪の攻撃は防御し切れないが、打撃ならギリギリ五体満足な状態で防ぐ事が出来る。
そう判断しての苦肉の策だったが……上手くいって良かった。
両腕の骨が折れてしまったが、完全に切断されるよりは遥かにマシだし再生も早く済む。
そして何より、吹き飛ばされる方向が都合が良かった。
私が狼に接近を許してしまった際、ちょうど私の背後には製材所の入り口ゲートがあった。
戦闘の余波でゲート自体は既に半壊の状態であり、ゲートを抜けた先は私とライナが通って来た直線道路になっている。
つまり、背後には障害物が無い状態だったのだ。
もしも、背後の空間が森だったなら同じ方法は取れなかった。
『繭』の爆発で周囲の木々がかなり吹き飛んでいるとはいえ、全く無くなった訳ではないのだ。
そこへ猛スピードで突っ込めば、体を木に叩き付けられてしまう。
下手をすれば狼の攻撃を喰らうよりも深刻なダメージを受けていた可能性すらあっただろう。
しかし、正面入り口の道路上であれば背後を気にする必要は無い。
仮に狼の突進により吹き飛ばされても、背後の障害物が無ければ吹き飛ばされつつ体勢を立て直す事が出来ると私は判断したのだ。
空中を吹き飛ばされたまま、私は背中から生やした蔦の触手を道路の左右に立ち並ぶ木々に向かって素早く伸ばす。
左右に広がった茨の触手は周囲の木々に絡み付くと、蔦の表面から生やした棘を木の幹に突き立て蔦をその場に固定した。
後方へ吹き飛ばされていた私の体は、木に絡み付かせた蔦の触手に引っ張られて急ブレーキが掛かる。
後方へ吹き飛んでいる最中に急制動を掛けられた為、激しい衝撃が私の身体を襲う。
背中にある触手の付け根部分にも鋭い痛みを感じたが、歯を食いしばって何とか耐える。
そして、ブレーキを掛けた私の身体は、瞬間的に空中でピタリと動きを止めた。
――――今度はこちらが仕掛ける番だ。
「………ふッ!!」
私は木に絡み付かせてブレーキ代わりとした蔦の触手を急激に伸縮させた。
私が吹き飛ばされた勢いを受け止め、ゴムの様に伸び切っていた蔦の触手は溜め込んでいた力を一気に解き放つ。
反動で前方に弾き飛ばされる形になった私の体は、今まさにこちらへ猛スピードで突進して来ていた狼に向けて、砲弾の如く撃ち出された。
『!?』
「………ッ!!!」
伸縮した茨の反動で撃ちだされた私は、四本の蔦の触手を背中から切り離すと同時に一本の矢となり宙を翔ける。
正面から凄まじい速度で狼の姿が迫る中、私は空中で戦闘態勢を整える。
折れた両腕は既に再生が終わっており、右手には『茨の剣』を握っていた。
高速で宙を駆け抜けて行く私は剣を後方へ振り被ると、こちらへ向かって猛然と駆けて来る狼と接触する瞬間に備えた。
『グガァアアアアッッッ!!!』
「はぁぁああああっっっ!!!!」
互いに吼え、体が交差する瞬間に剣と爪が切り結ぶ。
ギャリィン!!という金属音を響かせながら、互いの刃がぶつかり合う。
空中で衝突し合い、すれ違う形になった私と狼は、同時に体を回転させて体勢を整えると地面に着地、即座に反転すると地面を蹴った。
『ガァッ!!!』
「ッッ!!!」
狼が振るった右前脚の爪を『茨の剣』で受け流し、その勢いを利用してカウンターの斬撃を見舞う。
狼はそれを驚異的な反射神経で紙一重で躱すと、私の頭上から尻尾を突き下ろして来た。
私はそれをほんの少しバックステップしてギリギリ躱すと、着地の瞬間に地面を蹴り、右手の剣を狼の頭に向かって勢いよく突き出した。
突きを尻尾で受けようとする狼だが、剣の切先が尻尾に触れる直前、剣身が生き物の様に折れ曲がって尻尾を躱す。
狼が一瞬目を見開いたのが分かった。
『茨の剣』はそのまま狼に向かって伸びて行く。
ガキンッ!!
しかし、狼に剣が届くかに思われたその時、振り戻した狼の右前脚が剣を止めた。
またしても周囲に金属音の様な衝撃音が響き渡る。
更に、狼は私の剣を止めただけに留まらず、先程私が狼の爪を受け流したのと同じ様に、剣をそのまま横へ受け流して見せた。
続けて反対の左前脚を、剣を受け流され体勢が崩れた私に向かって横薙ぎに振るう。
剣を受け流された私は左に体が傾いた様な状態となっており、そのまま爪が振るわれれば背中にその巨大な爪が突き立てられる事になる。
「………ッ!!」
だが、私は受け流された剣を素早く両手で握ると、狼に向かって振るう……のではなく、剣と体を密着させ、背中に担ぐ様な体勢を取った。
そして、狼の爪が私を捉えるよりも前に、振るわれた左前脚と自分の体の間に『茨の剣』を挟む様にしつつ、狼の左前脚に体当たりした。
『ガァッ!!』
剣で狼の左の爪による一撃を受けつつ、その威力を流す勢いを利用して自分の体ごと狼の左前脚に乗り上げる。
攻撃の勢いに逆らうのではなく、剣で衝撃を殺しつつ受け流す事で、私は狼の前脚の上を滑る様に移動して行く。
そのまま体が狼の前脚を乗り越える際の回転の勢いを乗せ、『足甲』を纏った踵落としを狼の頭部に向かって繰り出した。
ギャリィィンッ!!
三度金属音が響き渡る。
放たれた踵落としは『足甲』の踵部分に形成された刃ごと、複雑に折り曲げて面積を広げた狼の尻尾によって受け止められていた。
『ガアッ!!!』
「っ!!」
狼は強引に尻尾を押し返す。
私はそれに逆らわず、押し返される勢いを利用し、宙返りをしながら後方に跳んだ。
しかしその直後、狼の背中の『礫花』が一斉に光を放った。
「くっ……!?」
後方に下がっている最中だった私に幾つもの光弾が襲い掛かる。
近距離で放たれた光弾を躱す事は出来ない。
茨の触手で防御するのもタイミング的に間に合いそうにない。
咄嗟に『茨の剣』を振るって直撃弾だけを弾き飛ばす。
致命傷を負う恐れがある箇所は何とか防御する事が出来たが、数発の光弾が手足を掠めた。
光弾が掠めて出来た傷を浸食する様に、手足に青く瞬く光が広がって痛みが走る。
だが、ここで怯んでは相手の思う壺だ。
「ッ……はぁぁああっっ!!」
私は足の痛みを無視して地面を蹴り、光弾を放つ狼に向けて跳んだ。
再び幾つもの光弾が私の身体を掠めて行くが、剣で頭部をガードする以外は防御を捨てて突撃して行く。
『!?』
思わぬ私の行動に狼が驚愕の表情を見せた。
しかし、すぐに私の意図を察したようで、その場から飛び退いて距離を取ろうとする。
私が捨て身の突撃の様な事をしたのは、『礫花』の光弾が近距離戦には向いていないと踏んでの事だ。
『礫花』が群れで活動している時は無数の『礫花』が存在する為、結果的に互いにフォローし合う事で近距離であれ遠距離であれ対応する事が出来ていた。
しかし、狼の背中に密集する形で咲くあの『礫花』は、狼の背中に咲くが故に近距離に光弾を放ち難くなっている。
―――言ってしまえば、射角が取れないのだ。
一度接近してしまえば光弾をこちらに向けて放つ事が難しくなる。
故に、多少のダメージを受けたとしても距離を詰めてしまえば接近戦に持ち込む事が出来ると考えた。
狼はそんな私の考えに感付き、即座に距離を取るべく後ろに飛び退いた。
距離を空け、再度光弾の攻撃範囲に私を収めようとしている訳だ。
だが、それは私も想定済みだ。
「……ッ!!」
防御の為に構えていた『茨の剣』を素早く振り被る。
今の私の位置からでは剣は届かない。
狼が大きく飛び退いたせいで私の攻撃範囲から離れてしまったからだ。
だが、私は構わず剣を振り下ろした。
『グガッ!!?』
狼の頭に茨が叩き付けられ、狼が驚愕の声を上げる。
私の手に握られた『茨の剣』の剣身が伸縮し、『茨の鞭』と同じ様な形となって狼を襲ったのだ。
『茨の剣』を躱したと思っていた狼は、突然の衝撃に困惑した様子を見せる。
私はその隙を逃さず、『茨の剣』の剣身を鞭と化した『鞭剣』を連続で振るって狼を攻め立てた。
『茨の剣』や『足甲』を纏った攻撃を受けても狼の装甲を突破する事は出来なかった。
だが、やはり衝撃自体は伝わっているようであり、先端に重心を偏らせた鞭の一撃は全くダメージが無い訳ではないらしい。
私に狼の攻撃が直撃した場合、一撃で戦闘不能になる可能性があるのに比べると、随分と割に合わないリターンだが、全くの無駄ではない。
心折れず、針で山を崩す様に。
そうして僅かずつでもダメージを蓄積させて削って行かなければ、この怪物を倒す事は出来ないだろう。
『ガルァァァアアアアアアッッッ!!!!』
忌々しそうに吼える狼は尻尾や爪を振るって鞭を防ごうとする。
しかし、私が高速で振り回す鞭を全ては迎撃出来ず、どうしても攻撃を受けてしまっていた。
理由としては簡単で、単純に手数が違うからだ。
狼は両手の爪を用いた攻撃が近接戦闘における主力攻撃である。
両手の爪を用いる事が出来るという事は、要するに武器を二刀流している様なものである為、一見すると手数が多くなりそうに感じるが、実際はそうではない。
それは、狼が四足歩行である為だ。
両手の爪を同時に操ろうとすれば、どうしても後ろ足で立たなくてはならないが、狼の巨体では懐に潜られる可能性が高くなってしまう。
何より、二本の足で立つ事が想定されていない骨格で無理矢理に立ち上がった状態は非常にバランスが悪く、強い衝撃を受けた際に最悪の場合は転倒してしまう恐れがある。
故に、基本的に狼は爪で攻撃をする際は後脚を付いた状態で前脚の片方を軸足として体を支えている。
どうしても両手を使って攻撃する必要があれば、相手に飛び掛かる形で自身が空中にいる間の一瞬だけ両方の爪を使う様にしているようだった。
更に、手数を補う為か、小回りの利く尻尾を用いた攻撃を織り交ぜて来る他、防御にも尻尾を用いる事が多い。
だが、尻尾による補助も万能ではないらしく、私はこれまでの戦闘で狼の尻尾は見た目こそ私の身体から生じさせる事が出来る蔦や蔓に似ているが、元の長さから伸縮させる様な事が出来ないという事に気が付いていた。
元々長大な尻尾である為気が付き難かったが、爪の攻撃を受け流した私に尻尾で追撃して来た際、そのまま続けて突き刺す様な事をして来なかった。
恐らく、そうしたリーチの短さを補う為の『礫花』だったのではないだろうか?
言うなれば『礫花』は狼にとっての『砲台』であり、狼は機動力に優れた装甲車……とでも言うべき関係なのかもしれない。
狼が鞭で中距離攻撃を仕掛ける私に光弾を放たないのは、私の鞭による攻撃が自分の手数を上回っている為、砲台たる『礫花』を破壊される恐れがあると考えているからだろう。
私が振るっているのは『茨の剣』の剣身を鞭状にした『鞭剣』だ。
『鞭剣』は鞭として見た場合、『茨の鞭』より操作性は低下するもののパワーとスピードは上回っている。
恐らく一撃一撃が人間程度であれば胴体を寸断する前に粉砕されてしまう程の威力を持っており、茨を束ねたパワー重視の『茨の鞭』の性能を更に攻撃能力に偏らせた形態と言えるだろう。
故に、私の攻撃の速度に完璧には対応出来ていない狼は、迂闊に『礫花』を展開してしまうと防ぎ切れなかった攻撃によって『礫花』を破壊されてしまう可能性がある事に気が付いているのだ。
私の狙いはまさにそれであり、硬い装甲を纏った狼の身体から露出している『礫花』を破壊出来れば、狼にもダメージを与える事が出来るのではないかと考えていた。
もしもこのまま、狼が『礫花』を背中に展開せずに戦闘を続けるならば、それはそれで『鞭剣』による攻撃で少しずつダメージを蓄積させて行けば良い。
或いは少しずつダメージを与えて行く中で、何らかの攻撃チャンスが訪れる可能性もある。
かなり消極的な戦法ではあるが、戦闘能力が自分を上回っている相手と戦うに当たって、思い付いた有効な戦術はこれだけだ。
それでも何とか狼には少しずつダメージを蓄積させる事が出来ているようで、ほんの少しではあるが最初よりも狼の動きが精彩を欠き始めている様に見える。
――――私がそう考えた直後だった。
『………ガァァァァァァァァアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!』
「……ッ!?」
突如狼が大きく飛び退き、『鞭剣』の攻撃範囲から逃れて私から距離を取った。
そして、大気を震わせる様な圧力を伴った咆哮を轟かせると、自分の尻尾を上に向かってピンと立てた。
突然の狼の行動に私は警戒心が勝り、動きを止めてその場で狼の様子を窺う。
すると、狼が立てた尻尾の表面がボコボコと蠢き始め………一瞬後に大小様々な『礫花』が一斉に顔を出した。
「なっ……!?」
尻尾の付け根から先端に掛けてびっしりと広がった『礫花』は、やがて狼の背中まで広がり元々狼の背に咲いていた『礫花』も含めて花開く。
最早、背中に花畑が出来上がった様に見える有様になった狼の身体には、『礫花』から伸びた蔓、或いは蔦が絡み付き、そこからも小さな『礫花』が生じていた。
枝葉の中に無数の青い花を咲かせ、薄緑色の樹の幹の様な体に纏った狼は、巨大な花樹(花を咲かせる樹木)を彷彿とする姿となっていた。
『グルァァァアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!』
再び吼えた狼――いや、『花樹狼』。
そこで漸く突然の事態に固まっていた私は正気に返る。
何故なら、狼の体内で今までとは比較にならない量の『青い光』が集まりつつあったからだ。
先程までの『礫花』の光弾どころではない、それらを遥かに上回る濃度の『青い光』が『花樹狼』に………より正確には、『花樹狼』の尻尾に収束して行っている。
一体何をする気なの?
私は『花樹狼』の動きを警戒してその場で身構える。
どの様な攻撃が来ても防御、或いは回避行動が取れる様にだ。
光の強さから言って恐らく光弾、もしくはそれに類する攻撃が来るとは予想されるが、『花樹狼』の知能の高さを考えると、今更単純な遠距離攻撃を行って来るとは思えない。
私がその様に警戒を強めつつ身構えていると、『花樹狼』の尾に収束していた『青い光』が―――突然、周囲に放出された。
「……ッ!?」
狼が放出した『青い光』は、『礫花』が放つ光弾よりも大きな球体の形を取って辺りにばら撒かれた。
狙いも付けずに放たれた光の球体は、私に向かって来る事も無くフワフワと周囲に広がって行く。
球体は、射出されたというよりは周囲に浮遊している状態であり、やがてほぼ動きを止めてその場で静止した。
私を中心に浮遊するそれは、まるで衛星のようで―――。
―――――拙い―――!!
危険を感じ取った私がその場から飛び退くのと、周囲に浮かんだ光の球体が一際強い光を放ったのはほぼ同時だった。
一瞬前まで私が立っていた空間を、球体から放たれた無数の光弾が射抜いた。
何とか光弾を躱した私は体勢を立て直そうとするが、嫌な予感がして咄嗟に『茨の剣』を正面に構えた。
そこへ、宙に浮かんだ球体とは別の方向から、私へ向けて光弾が殺到する。
「ぐうッ……!?」
剣を振って何とか光弾を弾く。
しかし、体勢を立て直す前に撃たれた為、完全には防ぐ事は出来ず肩や腕に数発の光弾を受けてしまった。
時間差で光弾を放って来た者……『花樹狼』は、私の隙を見逃すつもりは無いらしい。
痛みに耐えながら身構えた私の周囲を、いまだ宙に浮かんだ状態だった光の球体が囲む。
そこへ、『花樹狼』が猛スピードで突進して来た。
『ガアアアアアアアッッッッ!!!!!』
「くっ!?」
攻撃を仕掛けようとする『花樹狼』の動きに合わせ、私の動きを制限する様に球体から光弾が放たれた。
球体は明らかに『花樹狼』の援護を目的とした『牽制射撃』を行っている。
『青い光』の塊でしかない筈の球体だが………私はこの物体から『花樹狼』の意思を感じていた。
(……そうだ、やっている事は『礫花』と同じ連携攻撃なのに、連携のタイミングが『花樹狼』にとって完璧過ぎるんだ)
私から見て、球体から放たれる光弾による援護は『花樹狼』にとって都合が良すぎる動きをしていた。
それは連携などと言うレベルではなく、『花樹狼』の動きに完全に同期していると言っても良い程だ。
そこまで考えて、私はある事を思い出した。
これは以前、倉庫街で『三つ首』と戦った際に私が行った遠隔操作攻撃と同じではないだろうか?
異なっているのは、私は自分の体の一部を用いたが、『花樹狼』は実体を持たない青い光の球体で同じ事をしているという点だ。
実体のないエネルギー体と思われる存在を意のままに操る事なんて出来るのだろうかと思いもしたが、光の球体が宙に浮かんで漂っている時点で考えても意味は無い。
確かな事は言えないが、『花樹狼』は『青い光を』私よりも高度に制御する事が出来ると考えるべきだろう。
『ガルァッッ!!』
「あぐッ!?」
『花樹狼』の爪の一撃を『茨の剣』で受け流す……が、そのタイミングで球体から放たれた光弾が背中に着弾する。
『花樹狼』の攻撃を掻い潜りながら光弾も完璧に回避するのは至難と考えて、衣服の下に植物細胞で形成した装甲を纏っていたが、それでもダメージを完全に防げた訳ではない。
爪による攻撃は一撃で致命傷になる以上、最優先で防御する必要がある。
光弾は直撃弾を受けたとしても致命傷になる程の威力は持っていない。
だが、光弾のダメージも決して低くは無いのだ。
『花樹狼』は接近戦で私を攻め立て、球体は『花樹狼』の対処で隙を晒した私を光弾で攻撃して体力を削って行く。
一方で、もし私が光弾の対処に意識を割こうとすれば、『花樹狼』の爪が私の身体を引き裂く事になるだろう。
『花樹狼』からすれば私がどちらを選んだとしても問題なく、ダメージを蓄積させて行ければそれで良い。
奇しくも、先程私が『花樹狼』に仕掛けた持久戦と同じ様な状況を作られてしまっているのだ。
『ガアッ!!!』
『花樹狼』が背中の『礫花』から無数の光弾を放つ。
それに同期するかの様に、私の周囲に浮かぶ光の球体からも幾つもの光弾が撃ち放たれた。
「……くッ!!」
ほぼ十字砲火に近い形で光弾の雨の中に晒された私は、右手の剣で光弾を弾きながら周囲に立つ木に左手の鞭を伸ばす。
樹上の枝の一本に鞭を絡め、体を枝の上に向けて引っ張った。
光弾は弾速がそれ程速くない為、鞭の伸縮を利用して高速移動をした私を捉える事は出来ず狙いが外れる。
光弾の集中砲火を逃れた私は空中で体を捻ると木の枝の上に着地した。
しかし、光の球体の包囲網を脱したと思ったのも束の間、球体は私の動きを追尾する様にフワフワと漂いながらこちらに接近して来た。
(……追って来る!? やっぱり、『花樹狼』が操作してるの?)
再び私を、正確には私が立っている木を囲む様に配置に着いた光の球体は、再び閃光を放つと同時に一斉に光弾をばら撒いた。
狙いは私……ではなく、私が足場にしている木その物だ。
「……ッッ!?」
無数に打ち出された光弾が私の胴回りよりも太い巨木の幹を襲う。
強烈な衝撃を伴って叩き付けられた青い光弾は、あっという間に木の幹をへし折ってしまった。
私は完全に木が倒れる前に足場にしていた枝を蹴ると、地面に向けて跳んだ。
そこへ、光弾によって破壊され、砕け散った木片が飛び散り私に降りかかる。
思わず手で顔を覆って防御するが………直後、自分の失敗を悟った。
「――ッ――――!!?」
視界の端に光が見えた。
『花樹狼』の光弾による追撃と思い、慌てて『茨の剣』で防御しようとそちらへ顔を向け―――異常に気が付いた。
光弾ではない。
もっと強い、眩い程の光の奔流が視線の先で『花樹狼』の体から立ち昇っている。
『花樹狼』の巨大な体躯を覆う程の光のエネルギーが、濃厚な殺気と共に私に私に向けられている。
だめだ。
避けろ。
あれは受けてはいけない。
……動け!!
今までに無い程に圧縮された時間の中で、私は全霊を振り絞って体を動かした。
『ゴァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッ!!!!!!!!!』
空気を叩き付けるかの様な圧力を伴った咆哮が山々に響き渡る。
そして、咆哮と共に大きく口を開いた『花樹狼』の口腔内から放たれたのは、光の球体よりも更に巨大な光の『砲弾』とでも言うべき物だった。
流星、或いは隕石の様にすら見える巨大な光の塊は、私へ向けて高速で接近して来る。
―――そして、空中で身動きの取れない私の視界は、青白い光で染め上げられた。
――――――――――――――――………………。
刹那の一瞬、周囲のあらゆる音が掻き消える。
そして、やや遅れてレドウッド山の一体に衝撃波と轟音が轟き渡った。
地が揺れ、木々が折れ曲がり、青白い光の爆発があらゆる物を包み込む。
炸裂した青い光のエネルギーによって地形が変わり、巻き上げられた土や砂、石片などがバラバラと振って来る。
やがて爆発の衝撃が治まって来た頃、周囲を覆っていた土煙がようやく晴れて来た。
『花樹狼』が放った光の砲撃の着弾点には大きなクレーターが出来ており、その威力の凄まじさが伝わって来る。
そして、そんなクレーターの中に転がる奇妙な塊があった。
土に半ば埋もれる様になっているその物体は、『爆心地』にほど近い場所にあるにも拘らず原型を留めた状態にある。
やがて、その物体がぴくりと震えた。
その物体は少しずつ確かめる様に全体を震わせると……花が咲く様にその身を開いて行った。
「……ぐっ………ゲホッ!……ゴホッ!………はぁ……はぁ……」
体を覆っていた『翅』をゆっくりと開いて行く。
防御能力に優れた『翅』とはいえ、あの攻撃を完全に防ぐ事は出来なかったらしい。
『翅』の表面は焼け爛れた様になり、そこには今だに小さく青い光が燻る様に瞬いている。
背中から萎れた花弁の様にぶら下がる『翅』全体からは青い光で焼かれた為か煙が上がっていた。
『花樹狼』から光の砲弾が放たれた際、空中で身動きの取れなかった私は回避を捨てて防御に回った。
しかし、明らかに今までの攻撃とは次元の異なる純粋な『青い光』その物を用いた攻撃を、純粋な防御のみで防ぎ切れるとは思えなかった。
それでも、何もしなければ確実に死ぬ。
私は『礫花』の群れと戦った時と同じ様に、体の周りを『翅』で覆い、更に全身に可能な限り植物装甲を纏った。
加えて『翅』で囲った内側を限界まで伸ばした蔦で埋め尽くしてクッション代わりにする。
私の身体は、ほぼ全身を植物細胞の鎧で覆った上で蔦の塊の中に埋もれ、その外側を『礫花』の光弾を防ぐ事が出来る『翅』で包まれた状態となっていた。
「はぁ……はぁ…………ッ!……あうっ!?」
しかし、そこまで全力で防御に回って尚、『翅』内部の私は大きなダメージを受けてしまっていた。
最も外側の『翅』は原型を留めているにも拘らず、内部を埋め尽くしていた蔦の塊は全てボロボロに崩れ落ち、体に直接纏っていた植物装甲も殆ど剥がれ落ちている。
私自身は致命傷は免れたものの、どの様にしてか『翅』を貫通して来たと思われる『青い光』に全身を侵されてしまっていた。
パチパチと残り火が爆ぜる様に皮膚の表面で『青い光』が瞬いている。
『翅』を解いた後、何とか立ち上がったものの、全身を襲う痛みから足元が覚束なくなり膝を付いてしまった。
「ぐっ………」
即座に傷の再生に意識を集中するが治りが遅い。
どうやら『青い光』によるダメージは私の……と言うより、『ブルーフィリア』の持つ再生能力を阻害するらしい。
今まで遭遇して来た再生能力が高い怪物達を、私が倒す事が出来たのも同様の理由からなのだろう。
しかし、今は逆にその法則によって私自身が窮地に立たされている。
早く立ち上がって体勢を整えなければ。
息を整え、爆発の際に出来た隆起した岩塊の陰に身を隠しつつ肉体の再生に努める。
そうして私は、通常よりも再生速度は遅いものの、少しずつ回復を図った。
――――しかし、当然彼がその様な隙を見逃すはずが無かった。
「がッ……!?」
突然私の身体に強烈な衝撃が走った。
肉体の再生に意識を集中するあまり、高速で接近する影に気付くのが遅れてしまったのだ。
影の正体は勿論『花樹狼』だ。
私は光の砲弾の爆発によって出来たクレーターの中に居た。
それ故、地面が抉れて出来たクレーター内部は元々の地面よりも一段下がった位置となり、私のいる場所からは接近して来る『花樹狼』の姿が見えなかった。
『花樹狼』もそれを理解した上で身を伏せる様な体勢のまま高速走行をして近付いて来たのだ。
クレーターまで一気に距離を詰めて来た『花樹狼』は、咆哮を上げる事も無く一気に私へ飛び掛かり―――私の身体に爪を突き立てた。
「ぎ……ぃ……ッ!!!?」
思考速度が限界まで加速してゆっくりと流れる時間の中で、私の身体に激痛が走る。
『花樹狼』の爪が皮膚を切り裂き、肉を引き裂いて行く感覚が伝わって来た。
幸いにもと言うべきか、私の身体は傷の回復に集中していたせいで回復力が通常よりも高まっており、体に爪がめり込んだ先から傷口が盛り上がって傷を塞ごうとしている。
しかしだからと言って、攻撃を受けて問題ない筈もない。
仮にこのまま身を委ねてしまった場合、傷口は修復されたとしても致命的なダメージを受けてしまう可能性が非常に高い。
破けた革袋から漏れ出た水を元の状態に戻す事は出来ないのだ。
私は体の中を肉を切り裂きながら通過して行こうとする爪を、激痛で飛びそうになる意識の中で何とか知覚する。
そして、自分の体内の爪が触れている部分―――つまりは、臓器に意識を集中した。
損傷した臓器も傷付いた傍から再生しているが、私はそこへ更に別の変化を加える。
「あ゛……!……ぐ、ぎっ…………ッッッ!!!!」
次の瞬間には、私の身体は……いや、私の体内の臓器は、植物装甲と同じ様な強度を持った膜の様な物で覆われて行った。
『!!?』
突如として爪から感じる感触が変わった事に『花樹狼』が驚愕した表情を見せる。
『花樹狼』の爪は私を切り裂いて行く途中で勢いを失い、私の身体を弾き飛ばすに留まった。
体内を装甲で硬化させ、それ以上の損傷を押さえる事には成功したが、完全に不意を突かれて受け身も何も取れなかった私の体は糸の切れた人形の様に宙を舞う。
そして、痛みと衝撃で飛び掛かる意識を必死に保ちながら、私は勢いよく地面に激突した。
「がっ………はぁ……!!!」
地面に叩きつけられ、肺の中の空気が全て押し出されたかの様な苦しさを感じる。
視界にチカチカと火花が散り、喉の奥から鉄の臭いがする液体が込み上げて来た。
「……ごぼッ……」
口から大量に血を吐きながらも、私は意識を保ち続けた。
幸か不幸か、叩き付けられた衝撃のお陰で飛びそうになっていた意識を保つ事が出来たようだ。
だが、安心している場合ではない。
『花樹狼』の爪で体を引き裂かれる事は防げたが、受けたダメージが大きい事に変わりは無い。
殆ど地面―――正確にはクレーターの斜面にめり込む様に叩き付けられた状態になっていた私は、全身に走る激痛を強引に無視して立ち上がった。
―――しかし。
『ガァァァアアアアアアッッッッ!!!!!!』
「……くッ……!!」
ふらつきながら立ち上がった私に『花樹狼』が再び襲い掛かる。
このタイミングで追撃をして来ない理由も無い為、それ自体は当然の事だろう。
私が驚愕したのはその後の『花樹狼』の行動だった。
「……ッあぁ!!」
痛みに苛まれる体に鞭打ち、私は辛うじて右手に握ったままだった『茨の剣』をこちらへ飛び掛かって来た『花樹狼』に向けて振るった。
片手で振るったとはいえ、放たれた斬撃はしっかりと『花樹狼』を捉えるタイミングで振るわれている。
そのまま行けば『花樹狼』の顔面に斬撃が叩き込まれる事になる――――筈だった。
「……!!?」
私が振るった剣が空を切る―――いや、違う。
逸らされた。
振り抜かれようとした『茨の剣』を、『花樹狼』の前足が押し上げる様にして受け流したのだ。
それは、先程まで操が行っていた『花樹狼』の攻撃に対する防御法そのものだった。
高い知性を持っているとは思っていた。
しかし、こちらの行動を学び、それを自分の技術として吸収する程だとは思いも寄らなかった。
何よりも、学習した傍からほぼ完璧に使いこなして見せるとは………。
私は今、大きなダメージを受けた事による衝撃からまだ完全には立ち直っていない状態だ。
その上で斬撃を受け流され、体勢を崩されてしまった。
既にこの時、『花樹狼』の攻撃を防ぐ手段は―――――私には残されていなかった。
ごりっという肉が裂け、骨が砕ける音と共に鮮血が飛び散る。
胸と腹部、そして背中に掛けて、何かが体内に入り込んだのが分かる。
最初は少しひんやりとした感触。
しかしすぐに体全体に熱が広がり、激痛が体中を支配した。
「がっ……あ、ああああああああああああああああっっっっっっ!!!??」
あまりの激痛から叫び声を上げた私の身体には、『花樹狼』の牙が深々と突き刺さっていた。
剣を受け流され、体勢を崩した状態で『花樹狼』の攻撃を防ぐ事が出来ないと察した時点で、私は強引に体を捻って攻撃を躱そうとした。
私の立ち位置からしてもタイミング的にも、回避は不可能である事は分かっていたが、一縷の望みに賭け体を痛める事も厭わずに全力で身を引いたのだ。
結果としては………即死は免れる事は出来た。
『花樹狼』の攻撃を、その顎による噛み付き攻撃を一切躱す事も出来ずに受けていれば、恐らく頭部を喰い千切られていた事だろう。
そういった意味では回避は成功したとも言えるが………体高約2mもある巨大な獣に、体に喰い付かれた状態を指して、『助かった』とは言い難い。
実際『花樹狼』は私に喰い付き、牙を突き立てたまま顎に力を籠めて私の身体を噛み砕こうとしている。
現実にその様にならないのは、先程と同じ様に私が体内から植物装甲で硬化させているからだ。
『グルルルルルゥゥゥ……!!』
「ぐ………うぅ……!!!!
忌々しそうに『花樹狼』が唸り声を上げる。
そのまま私を噛み殺そうとしたが、植物装甲の強度に邪魔され思った様に噛み砕けなかった為だろう。
私は手に持っていた『茨の剣』を捨てると、自身に喰らい付く『花樹狼』の頭を両手で掴んで全力で引き剥がそうとした。
「こ………の………!!!」
激痛に耐え、霞む視界を何とか保ち、両手を『鉤爪』状態にして『花樹狼』に突き立てようとする。
しかし、『茨の剣』ですら傷付けられなかった『花樹狼』の植物装甲には『鉤爪』の爪も歯が立たず、装甲の表面を引っ掻くに留まる。
その程度の抵抗しか出来なかった私だが、却ってそれが『花樹狼』の癇に障ったらしい。
『グルゥウウ!!!』
「ッッッ!!?」
『花樹狼』が私の身体に喰らい付いたまま体重を掛けて来る。
今更私と『花樹狼』の体重差など考えるまでもなく、私は『花樹狼』にあっさり押し倒され、覆い被さられた体勢になってしまった。
更に『花樹狼』は、倒れ込んだ際に投げ出された私の両腕を自らの両前脚で踏み付けて抑え込んで来た。
「うっ……あっ…………がっ……!!?」
両腕を封じられた私は抵抗する事も出来ずに身を捩るしかない。
『花樹狼』はそんな私へ容赦なく止めを刺しに来た。
『グルルルルルゥゥゥゥゥ……!!!!!』
「いっ………ぎぁっ……がっ……!?」
現状、私の身体は衣服の下で植物装甲に覆われた状態であり、体内も同様に膜状の装甲で覆われて防御を固めた状態にある。
しかしそれは『花樹狼』の牙を防ぐ事が出来る物ではなく、あくまでも抵抗出来る程度の物だ。
『花樹狼』の牙で私が体を喰い千切られずに済んだのは、この植物装甲のお陰ではあったが、『花樹狼』にとっては「噛み砕き難い鬱陶しい物」でしかない。
それ故に『花樹狼』は今、突き立てた牙に力を籠め………私の身体を噛み潰そうとしていた。
『花樹狼』が断続的に力を籠める度に、体からぎちっぎちっと骨が軋む音が、肉が千切れる音がする。
両腕を抑え込まれた私は、抵抗する事も出来ず『花樹狼』の顎の動きに合わせて呻き声を上げるしかない。
「あ゛っ……か゛っ……き゛っ……う゛っ………う゛ぁ゛っ………」
私の身体を噛み砕こうと『花樹狼』が幾度も牙に力を籠める。
やがて、骨が軋む音に混じり、何かがひび割れる様な音が聞こえ始める。
私の体内に作り出した植物装甲が限界を迎えつつあるのだ。
体内を保護する目的で作り出した『膜』はあくまでも緊急措置でしかない為、体外に纏った『籠手』や『足甲』よりも強度が低い。
激痛に悶えながら、私は必死に割れかかっている体内の装甲を修復する事に全力で意識を傾けていたが、このままではジリ貧だ。
そもそも、装甲が破られなくとも、『花樹狼』の強力な咬合力によって圧迫され、既に肋骨の何本かが折れている。
故にいくら耐えた所で状況は好転せず、このまま抵抗出来なければ私の身体は『花樹狼』の牙によって喰い千切られてしまうだろう。
メキメキメキッ
「あ゛っ、あああああああああああっっっっっ!!!?」
私の思考は自らの右半身の肋骨と鎖骨、そして上腕の骨が砕ける音と共に遮られた。
唐突に『花樹狼』が喰らい付いた状態の顎に更なる力を籠めたのだ。
私の身体に喰い込んだ牙が更に肉を切り裂き、血が溢れ出る。
視界に火花が散り、ごぼり、と言う音と共に再度血を吐いた。
今まで以上の激痛が私の思考を焼き潰して行く。
まともな思考が保てない。
『グルルルルルル………』
低く唸り声を上げ、私を観察する様にしながら顎に力を籠める『花樹狼』。
以前戦った『三つ首』の様に嗜虐心から来る行動かと一瞬考えたが、どうやらそういう事ではないらしい。
単純に、どの様に力を籠めれば効率良く私に止めが刺せるかを模索しているのだ。
既に『花樹狼』は私がこの状況から逃れる術はないと考えている。
実際、両腕を押さえ付け、右肩から左腰に掛けて覆い被さる様に喰らい付いた状態なのだからその通りだ。
地面に押し倒された状態で、若干身を起こした様な体勢に無理やりされている私は両足位しか自由にならず、その状態から『花樹狼』の腹を蹴り上げてもビクともしない。
つまり、ほぼ勝敗は決したと言っても良い状況だ。
しかしその一方で『花樹狼』は、気を抜いて良い状況でもないとも考えているようだった。
押さえ付け、喰らい付いた状態を少しも変えずにそのまま圧殺しようとしているのは、ほんの少しの隙も与えない、という『花樹狼』の油断の無さを表わしている。
一気に止めを刺そうとせず、少しずつ確実に私の身体を壊して行く。
そうしてゆっくり確実に仕留めるつもりなのだ。
実際の所、私は諦めていなかった。
激痛でうまく回らない思考を何とか繋ぎ止め、起死回生の一手を手繰り寄せようと必死にもがいていた。
右半身の骨が砕けた後無抵抗にしているのも、思考に余力を全て回しているからだ。
(……両腕は押さえこまれていて、右腕はさっき半身と一緒に折れてしまって動かない…………両足は動くけど、中途半端な体勢にされていて力が籠められない……)
更に言うなら、無理やりに両足を用いて『花樹狼』へ攻撃する事が出来たとしても、『花樹狼』を引き離す事が出来なければ意味がない。
最悪、攻撃に反応した『花樹狼』が方針を変更して一気に止めを刺そうとして来るかもしれない。
そうなった場合、私にもチャンスが訪れるかもしれないが………非常に分が悪い賭けと言わざるを得ない。
まず『花樹狼』を僅かにでも引き剥がした後、さらに距離を開ける為に体勢を整えて蹴りを見舞うのなら有りだとは思うのだが……。
(……『翅』はパワーはあるけど、『花樹狼』の身体を押し返せる程じゃない………………自由に動かせる体の部位で、『花樹狼』に対して効果的と言える攻撃手段が足りない………)
『花樹狼』に対して現状効果的と言える攻撃手段は『打撃』、或いは『刺突』だ。
『花樹狼』の身体を覆う……いや、体を構成する植物装甲を破るには、どちらかの攻撃が必要だ。
―――と、そこまで考えて私は唐突にある方法を思い付いた。
(――――そうだ、手段が無いのなら―――――――作ればいいんだ)
「く゛…………う゛っ゛…………あ゛っ゛………!!」
私は身動きが取れない状態のまま、意識だけを『花樹狼』の前脚に押さえこまれた左手に向ける。
『花樹狼』は私の右肩から喰らい付いている状態の為、自分の前脚で抑え込んでいる私の左手の異変に気が付くのが僅かに遅れた。
私は左の手の平に自らの植物細胞を変形させてとある物を作り出していた。
その物体は、最初は直径数センチ程の大きさの球体でしかなかったが、あっという間に直径20センチ程の大きさにまで成長する。
球体の表面には幾つもの短く太い『棘』が生えており、文字通り刺々しい見た目をしている。
痛みに耐えながら、棘の球体が手の平に生成されたのを認識した私は、一切腕を動かさずに球体を横に撃ち出した。
『!?』
押し倒された状態の私の真横に突如撃ち出された棘付き球体に『花樹狼』が気付く。
その瞬間、私から一瞬だけ意識が逸れた。
私はその隙を逃さずに残った力を振り絞って『花樹狼』の身体を押し退けようとする。
「ぐッ………ああああああッッッッッ!!!!!」
『ガルゥゥゥゥッッッ!!!!』
突然激しく抵抗を再開した私に『花樹狼』はほんの一瞬驚愕したようだったが、すぐに顎に力を籠めて私の動きを封じ込みに掛かる。
先程よりも更に牙が体に食い込み、目も眩む様な激痛と共に血が噴き出す。
体内の植物装甲はいよいよ限界だ。
後はこのまま『花樹狼』が力を籠め続ければ、私の身体は襤褸切れの様に引き千切られてしまう事だろう。
しかし。
『ギャンッッッ!!!??』
『花樹狼』が突然自分の右側頭部に走った強烈な衝撃と痛みに悲鳴を上げた。
今まで受けた攻撃の中で一番のダメージを受けた『花樹狼』は思わず私から口を離してしまう。
……いや、正確には受けた攻撃の威力の高さ故に、衝撃で口を離してしまったという事だろうか。
(………離れた!)
大きく左に傾いた『花樹狼』の側頭部には、先程私が射出した棘付き球体がめり込んでいた。
衝突による衝撃が『花樹狼』に叩き込まれ、球体の棘がその体に突き刺さって装甲を突き通す。
つまり、『打撃』と『刺突』を両立した攻撃だ。
その棘の球体の後部からは、何本もの蔓で編んだ鎖が伸びている。
勿論、その鎖の行く先は私の左手の平だ。
蔦にせよ蔓にせよ、私の身体から生じた植物細胞で構成された存在は全て私の体の一部だ。
それ故、蔦の触手の様に文字通り手足の如く蔦や蔓を動かす事が出来る。
棘付き球体を射出した方法もその延長であり、球体の後部に蔓の鎖を連結した状態で高速で横に押し出したのだ。
そして、私の行動に僅かに動揺した『花樹狼』の意識が逸れている間に、蔓の鎖を操作して棘球を空中で方向転換。
死角から打ち下ろす様に『花樹狼』の側頭部へ棘の球体を叩き込んだのだ。
勢いを付けた球体が衝突した威力はかなりの物であり、見上げる程の巨体を誇る『花樹狼』が体勢を崩したのには私も驚いた。
しかしお陰で私は漸く体が自由になった。
まだ腕は抑えられたままだが――――上半身が解放された今、反撃するならこのタイミングだろう。
「―――ッッッ!!!!」
痛む体に鞭打ち、解放された上半身を仰け反らして背中を地面に勢いよく付ける。
そして、体全体の筋肉をバネの様にしならせて、両足を思い切り蹴り上げた。
『ギャガッッッ!!!?』
腹下から強烈な蹴りを叩き込まれた『花樹狼』は悲鳴を上げながら上空に打ち上げられる。
それに伴い、『花樹狼』の爪で地面に縫い付けられていた私の両腕も解放された。
無理矢理引き剥がした様な形である為、腕の表面を幾らか削られ血が噴き出し痛みが走るが無視する。
『花樹狼』の牙が突き立てられて出来た体の傷も、体内を硬化させて抵抗し続けていた為に、『花樹狼』を引き剥がす事が出来た時点で出血は止まっている。
傷自体も表面の肉が盛り上がる様に塞がりつつあった。
……ついでに、破れた衣服も植物細胞が分離して修復させている。
少なくとも私自身は直そうと意識してないんだけど………何で服は自動修復されるんだろう?
……まぁ、とにかく、蹴り上げの勢いを利用して後方に宙返りしながら距離を取る。
私は、絶体絶命の状況から何とか生還したのだ。
『ガァアアアアッッッ!!!』
棘の球体を顔面に叩き込まれ、拘束から逃れられた『花樹狼』が怒りの声を上げる。
しかし怒りに任せて私へ向けて突進して来る様な事はしない。
―――やっぱりあなたは冷静だね。
『花樹狼』を遠巻きに見つめながら、心の中でそう呟く私の側ではヒュンヒュンという風を切る音が定期的に聞こえている。
音の出所は私の左手―――の先で回転させている鎖付きの棘球だ。
私は『花樹狼』から視線を逸らさずに棘球を振り回しながらその感触を確かめていた。
この棘付き球体を思い付いたのは、以前戦った『三つ首』との戦闘の時の事を思い出したからだ。
『三つ首』はその名の通り3つの首を持ち、その首自体を最大の武器として襲い掛かって来た。
『蕾のフレイル』と私が呼んでいたそれは凄まじい破壊力を誇り、私を散々に苦しめた。
しかし今回、その時の戦闘経験が役に立ち、『花樹狼』に対して有効な攻撃手段として使えるという事に気が付いたのだ。
『花樹狼』の身体を覆った硬質な植物装甲を突破してダメージを与えるのに最も効率が良いのは打撃攻撃だ。
刺突も有効ではあるようだが、『花樹狼』の素早さでは点の攻撃は避けられやすいという欠点がある。
そうした状況を踏まえ、『花樹狼』に有効な攻撃手段は何かと考えた際に思い付いたのが『棘』と『蕾のフレイル』を組み合わせる事だった。
『蕾のフレイル』は私の能力ではなかったけど、同じ『ブルーフィリア』由来の存在である『三つ首』が使用していた事から考えて再現は可能だと考えた。
そこに『棘』を合わせるとなれば―――それこそ、棘鉄球付きのフレイルの様な形にすれば良い。
そうして私が作り出したのが蔓の鎖で左手と繋がった、棘付き球体だった。
しかし、『三つ首』は先端の打撃部が花弁の様な形の頭部で構成されていた為、『蕾のフレイル』と私は呼んでいたが、私が作り出したコレはどう見ても蕾の様には見えない。
ある意味では『三つ首』のそれよりも物騒な見た目になってしまったが……敵を倒す武器である事に変わりはないのだから、物騒だろうと気にする必要もないだろう。
取り敢えず、『棘のフレイル』と呼んでおこう。
『花樹狼』を威嚇する様にフレイルを振り回しながら、私はその様に考えていた。
『グルルルルル………』
こちらを警戒する様に低い唸り声を上げながら『花樹狼』が私を睨む。
私は左手で『棘のフレイル』を振りつつ、右手から『茨の剣』を生成した。
右に『茨の剣』、左に『棘のフレイル』という、極めて変則的な二刀流状態となった私に対し、『花樹狼』が更に警戒心を剥き出しにしながら身構えた。
仕掛けて来る、という事が分かったのだろう。
私が小細工無しで正面から向かって来るという事が。
(……傷は塞がった。 けど、受けたダメージはかなり大きい。 出血が多かったせいか、体から痛みが消えてない……)
『花樹狼』の拘束から逃れたとはいえ、当然私が受けたダメージは大きい。
出血は可能な限り素早く止めたが、倉庫街の時の様な「血が足りない」状態になる一歩手前という感覚だ。
それ故、悠長に搦め手で削って行く様な時間は無い。
体力が尽きる前に『花樹狼』を倒さなくてはならない。
―――何より、ライナの安否を確かめたかった。
今も炎に包まれ崩れ落ちて行っている製材所の建物の残骸の向こうへ、ライナは姿を消してしまった。
普通に考えれば無事で済むとは思えない状況だが、ライナなら……と思っている自分がいる。
実際、その程度でライナが命を落とすという事が、私には想像出来なかった。
(きっと、ライナは大丈夫。 ……だから、私は全力で生き延びる事に集中するんだ!)
言い聞かせる様に心の中で自らを鼓舞すると、私は深く息を吸って、吐いた。
「………さぁ、第二ラウンドだよ」
姿勢を低くして身構える『花樹狼』を睨み付けて宣言すると、私は渾身の力を込めて地面を蹴った。




