73 籠城戦3
連続投稿3/3話目
「ライナ! 車は?」
回復して来た視界に映るライナの背中に向けて声を掛ける。
振り返ったライナの顔は少し驚いた様子でこちらを見ると、やや表情を歪めた後に大きく溜息を吐いた。
「ああ、修理は終わった。 ……だけどさぁ、操……無茶すんなって言っただろ?」
多分に呆れが混じったその言葉に、流石に居心地が悪くなってしまい目が泳ぐ。
「……自覚が無い訳じゃないけど、あの場合はああするしかなかったし……」
私が言い訳がましくそんな事を言うと、ライナが再びこれ見よがしに溜息を吐いた。
「はぁー……。 まぁ良いや。 ……いや、良くないけど、その件は後だ。 怪我は?」
疲れた様な表情から切り替えて、私の身体の状態を確認して来るライナ。
まぁ、あれだけ光弾を受けてるのが見えたら心配されるよね……。
「大丈夫、もう治ったよ」
「治った、ねぇ……」
益々複雑な表情になるライナ。
本当に治ってるんだけどな………確かに痛かったけど。
……って、今はそんな事を話している場合じゃない。
「それよりライナ、トラックを特殊な『礫花』のいる森に突っ込ませてほしいの。 製材所と森の間にまだいる『礫花』を跳ね飛ばす位の勢いで!」
私はライナにトラックを『特殊個体』達が居る森まで突撃させてほしいと頼んだ。
普通に走らせれば光弾の的だが、スピードを出して走れば何とか森まで耐えられる。
途中に『礫花』がいるとしても、そのまま轢いてしまえばいい。
「森に突っ込む? それであの森の奴らを始末する気か? このトラックを突っ込ませても、別に爆発するわけじゃないんだぞ?」
ライナが怪訝そうな顔で問い掛けて来る。
勿論、私もそこは分かっている。
ライナが言った通り、私はトラックを森に突撃させて7体の特殊個体を一気に倒すつもりだった。
7体全てが一ヶ所に集まっている今なら、広範囲を一気に吹き飛ばせば『特殊個体』を同時に処理する事が出来る。
しかしそれにはかなり広範囲に及ぶ『爆発』が必要だ。
仮に、ピックアップトラック一台を突入させ何らかの手段で爆発させたとしても、そこまで広範囲に及ぶ爆発を引き起こす事は出来ないだろう。
ライナお得意の手製爆弾も、ホテルの時点で在庫切れとなっている。
……一応、先程使った様な閃光弾程度なら、まだ手持ちがあると事前に聞いてはいた。
だがそれでは、トラックの燃料に引火させる起爆剤程度にはなるかもしれないが、『礫花』達を纏めて倒すには威力が足りないだろう。
だから、私は別の方法を考えていた。
「大丈夫、私に考えがあるの! とにかく今は森に向かってトラックを走らせて!」
「………自爆特攻とかは絶対にするなよ!」
一瞬迷う様子を見せたライナだったが、一言叫んだ後、手にしたバールに結び付けられたワイヤーを解くと、すぐにトラックへ走る。
運転席側のドアを勢い良く開け即座にエンジンを掛けると、アクセル部分にバールを上手くかませる様にして一気に押し込んだ。
途端にエンジンが唸りを上げ、トラックが勢いよく発進する。
ライナはある程度森の方へ向かうようにハンドルを操作した後、車体から飛び降りた。
「……よっと! 操! これで良いのか!?」
ガタガタと車体を揺らしつつ、スピードを上げて走る無人のトラック。
あっという間に先程私が補強した製材所を囲う壁の前まで到達する。
そのまま行けば当然壁に激突するが……そうはならない。
「……ッッ!!」
私はトラックが向かう先にある製材所の壁に手を翳し、その手を横に振り払うように動かした。
すると、トラックの正面の壁がバキバキと音を立てて左右に裂けた。
正確には壁の補強に使用した私の蔦が蠢き、元々の壁を無理やり破壊しつつ左右に避けているのだが、結果としてトラックが通る事が出来る道が出来上がっていた。
私が『礫花』達の襲撃前に行ったのはあくまでも壁の補修・補強な為、壁の全てが私の身体の細胞から出来ているわけではない。
それ故、壁の形を自由自在に変えるという事は出来ない為、補強に使った蔦で壁を破壊するという方法を取るしかなかった。
当然、壁を破壊してしまえば製材所は無防備になってしまう。
一度そうなってしまうと再度壁を修復するという事も出来ない為、壁に能力を使って細工を行う様な事はしなかった。
だから、これは一度きりのチャンスだ。
(あの時と同じ様な感覚で、自分の中の『青い光』を溜め込むイメージを、あの時以上に強く……!)
私は自分の左腕に『茨の鞭』を展開すると、鞭に自分の中の『青い光』を注ぎ込むようにイメージを強めた。
倉庫街での『三つ首』との戦いで実行した『自爆攻撃』を再現するのだ。
ただし今回は自爆ではなく、鞭に『青い光』のエネルギーをを籠めて切り離し、遠隔操作で爆破するつもりだ。
だがそれでも、前回よりも規模の大きな爆発を引き起こさなくてはならないという事もあり、鞭自体の体積も鞭に籠めた光のエネルギーもあの時とは比べ物にならない量だ。
あの時は左腕一本だったが………今回は、トラックの運転席を埋め尽くす程の量の『茨の鞭』の束だ。
何故『茨の鞭』で何故運転席かと言うと、切り離した私の一部である茨の塊を遠隔操作し、トラックを運転させる為だ。
「―――ふっ!!」
私は息を吐き出しながら、勢いよく鞭を打ち出した。
今まさに私の横を通過して行ったトラックの後を追い、高速で伸縮した『茨の鞭』がライナが開いたままにしていた運転席側のドアから車内に素早く侵入して行く。
運転席に『着席』し、茨の塊と化した鞭は互いに絡み合い、融合し合って大きな茨で出来た繭のような形となる。
その『繭』からハンドルに何本かの茨が伸びて絡み付き、私の手元から伸びていた『茨の鞭』が切り離された。
私にはその光景が目で見えてはいなかったが、車内に生成された『繭』を起点として使用した『探査』と『感覚』により、車内の状態を把握する事が出来ている。
奇妙な感覚だが、要するに私の分身的な物として『繭』は機能しているらしい。
車の運転にはあまり自信が無いが、後は真っすぐ進むだけなのでハンドル操作だけに集中すれば良さそうだ。
私は『繭』を通して感じるハンドルの感触を感じながら、深呼吸をして息を整えると、疾駆するトラックを森の奥へと向かわせた。
『!!!??』
『!?!?!?!?』
『!!!!』
『!!!!!!!』
突如壁を破って猛スピードで突っ込んで来るトラックの出現に、『礫花』達がほんの僅かに狼狽えた。
しかし、すぐに森に突進して来るトラックを敵と認識したのか、一斉に光弾を放って来る。
無数の光弾が飛来する……が、猛スピードで走るトラックには当たったとしても車体にそれ程ダメージが入らない。
とはいえ、ハンターの男性が襲われた際、『礫花』の攻撃によってボンネットが破損したトラックはエンジン部分が剥き出しの状態だ。
そこに光弾が直撃すれば、それだけでトラックが動かなくなってしまう恐れがある。
私はトラックが通過して行った壁の側まで身を隠しながら近づく。
そして、『青い光』の回線で繋がった『繭』に茨の触手を生やすよう指令を送る。
すると、ほぼ遅延なくトラックの運転席側に鎮座する『繭』が蠢き、その体………体?から無数の茨の触手が生え、窓や天井を突き破って外に飛び出す。
………反応は早いんだけど、何か動きが大味と言うか……まぁ良いか。
とにかく、そうして生やした茨の触手を今まで私がやっていたのと同じ様に振り回し、飛来する光弾を叩き落として行く。
『翅』だとハンドル操作がし難そうだったので、茨の触手にしたんだけど、見た目は完全に怪物だね……。
『繭』は客観的に見ると、無数の茨をトラックから伸ばしつつ運転席で蠢く茨の塊だ。
恐らく『繭』があの様な見た目なのは、私に自分から分離させた体の一部を操作する技術が足りていないからだと思う。
その辺りの練度が上がって行けば、将来的には自分そっくりの分身を作り出して操作出来る様になる………のかは流石に分からないが、いつか出来る様になれば先々に色々と便利そうだ。
……幾ら何でも、見た目がアレだとあんまりだしね。
外見に拘っている場合ではないと言っても限度があると思う。
『!!!?!?!?』
『!?!?!??!??』
『!!!!????』
草むら地帯を疾走するボロボロのピックアップトラックが、遂に森の手前まで到達する。
そこに至るまでに『礫花』の群れから光弾の掃射を受けた事で、トラックは既に廃車寸前と言った有様だ。
『繭』から伸ばした茨の触手による防御でダメージはかなり減らせたが、それでも無傷とは行かず窓やドアは吹き飛んで既に存在していない。
しかしそれでもエンジンを集中的に守ったお陰か、一応は走行に問題は無い様であり、このまま行けば森に突入する事になる。
そして、トラックの突撃により『礫花』の群れもまた少なくない損害を受けていた。
当たり前の事ではあるが、比較的小型の車種とはいえ『礫花』よりもピックアップトラックの方が大きい。
通常の花と比較すれば巨大な『礫花』も、人間と比べれば幼児程度の大きさでしかなく、その程度の体躯の存在に巨大な金属の塊が猛スピードで衝突すればどうなるかは、敢えて考えるまでも無い。
結果としてトラックに撥ねられ轢き潰された『礫花』達は、ある者は粉々になり、ある者は車輪に巻き込まれて押し潰される事で絶命して行った。
実の所、トラックがボロボロになっている理由の何割かは、猛スピードで走る車両に『礫花』が次々衝突したからでもある。
『礫花』達の光弾は殆ど茨の触手で迎撃が出来ており、実際に車体に当たったと言えるのは数発程度だったが、それ以上に森の前の草原に集結している『礫花』が衝突した際のダメージの方が大きかった。
しかし、車体にダメージが入っていると同時に相当数の『礫花』を倒す事が出来た上、『礫花』の群れを大きく混乱させる事に成功している。
群れの中を突っ切る形でトラックを走行させた事により、無事だった『礫花』達がトラックへ向けて慌てて攻撃をしようとしたのだ。
その結果、トラックを狙った光弾によって同士討ちが発生し、通り過ぎたトラックの背後から追撃する事が『礫花』達には出来なかった。
更には、トラックに意識が向いている『礫花』達に向けて、私とライナが製材所側から銃撃による援護射撃を行った事もあり、『礫花』の群れ同士で連携が取れなくなっていた。
そうして出来た隙を付く形でトラックは一気に森の中―――『礫花』の本体と目される、7体の特殊個体がいる繁みへ突入した。
―――見つけた!
繁みにトラックが猛スピードで飛び込むと同時に、『繭』を通して感知した周囲の状況が私の脳裏に浮かび上がる。
7体の特殊な『礫花』達はバラバラの位置におり、その場で次々と『礫花』を生み出していた。
その外見はやはり普通の『礫花』と変わらない様に見えたが、よく見ると若干サイズが通常個体よりも大きいようだ。
もしかすると、この『礫花』達の増殖能力は、自身の劣化コピーを作り出す能力だったのかもしれない。
繁みに隠れてコピーを生み出し続け、コピーを差し向け続ける事で獲物を仕留める……。
非常に合理的な戦術だと言えるが、それは即ち自分自身の戦闘能力が高くないと宣言しているに等しい。
自分達のいる場所に攻め込まれて尚、コピーを増やす事しか出来ていないのだから。
尤も、7体の特殊個体達に戦闘能力が備わっていようがいまいが、私がやる事は変わらないし……恐らく結果も変わらないだろう。
『!!!!!!!!』
『!!!!???』
飛び込んで来たトラックに向けて、護衛と思われる『礫花』が光弾を放つ。
故意か偶然か、飛び込んで来た瞬間を上手く捉えた光弾が、遂にトラックのエンジンに着弾した。
光弾の爆発と共にエンジンが破壊されて火を噴き、衝撃でバランスを崩したトラックは、地面に着地すると同時に横転してしまった。
轟音を立てて地面を転がり、ついでと言わんばかりに進路上に居た『礫花』を数体巻き込んで行った末、漸くトラックは動きを止めた。
『―――!!!』
『―――!!!』『―――!!!』
『―――!!!』『―――!!!』『―――!!!』
『―――!!!』『―――!!!』『―――!!!』『―――!!!』
『―――!!!』『―――!!!』『―――!!!』『―――!!!』『―――!!!』
『―――!!!』『―――!!!』『―――!!!』『―――!!!』『―――!!!』『―――!!!』『―――!!!』
予想外の闖入者に怒りを覚えたのか、はたまたそんな相手を漸く仕留められる事に興奮したのか、森の中に居た『礫花』が続々と集結して頭部の結晶体を爛々と輝かせる。
トラックの周囲を取り囲み一斉に光弾による掃射を行う事で、この厄介な外敵を確実に始末しようという事だろう。
『――――――――!!!!!!!!!!!』
やがて、7体の特殊個体の内の一体が号令を掛ける様に、その奇妙な金切り声を張り上げた。
その声に呼応するようにして、トラックを取り囲んだ『礫花』達が一斉に光弾を放つ。
青く輝く無数の光弾がトラックに降り注ぎ、次々着弾する形で青い光の閃光が迸る。
連続して瞬く閃光によって森の中がまばゆい光に包まれた。
光弾によって滅多打ちにされるトラックは、あっという間にスクラップとも言えないような金属の塊となって行く。
最早再び走行する事など不可能だろう。
しかし、私にとってはもう問題ではない。
目的は達成したのだから。
―――――今だ!!
製材所の壁の内側で変わらず『礫花』を迎撃していた私は、『繭』から送られてくるトラックとその周辺の情報を受け取った。
そして、ここが絶好のタイミングと見た私は、壁に空いた穴の向こう、トラックが突入した7体の特殊個体達がいる森に向けて手を翳し――――その手を、力一杯握り込んだ。
次の瞬間。
辺りが青白い光に包まれた。
「―――!?」
「――伏せて!ライナ!!」
青い閃光が辺りを包み込んだ瞬間、私はライナにそう叫んでいた。
直後、轟音と共に強烈な爆風が私達を襲う。
トラックが青い光を放ちながら爆発して消し飛び、周囲のありとあらゆる物が爆風に巻き込まれた。
迸る衝撃波によって木々が薙ぎ倒され、地面から突き出ていた木の根や岩なども含めて全てを塵に返して行く。
強烈な爆風によって周辺の空気が瞬間的に掻き消され、一時的に辺りから一切の音が奪われる。
更には、砕けた石の破片や木の枝が銃弾のように飛び散り、製材所に向かって降り注いで壁や屋根に破片が突き刺さった。
咄嗟に地面に伏せた私とライナは何とか製材所の建物の陰に飛び込む事が出来ていた為、幾分爆風から身を守る事が出来ていた。
しかし、元々長年放置されて朽ちかけていた製材所の建物は、幾ら補強したと言っても森を半径約50メートルに渡って消し飛ばすような爆発に耐えられる様な物ではない。
爆発が起きた森の方角の壁は爆風で完全に吹き飛んで宙を舞い、近くにあった木材を収納しておく為の簡素な小屋は、ほぼ粉々と言っても良い程にバラバラになってしまった。
一番大きく頑丈な建物も、最も補強した部分が多かった為か形は何とか保てていたが、薄い屋根や壁材は根こそぎ吹き飛んでしまっている。
かなりの重さがあると思われる、建物内に放置されていた作業機械ですら何台かは横転してしまっており、その衝撃の強さを物語っていた。
「――――――――ッッッッ!!!!???」
爆風が迸ったのはほんの一瞬だったが、身を守るのに必死だった私には永遠にも思える時間に感じられた。
顔を伏せた私の視界の端に青く染まった世界が映り、叩き付けられた衝撃波に体が震える。
爆発の衝撃により地面が揺れ、飛び散った建物の残骸が空から雨のように降り注いだ。
やがて、時間が経つにつれて空からの残骸の雨も止み、強烈な爆風も収まって行く。
強烈な衝撃波によって遮られていた周囲の音も帰って来た。
もうもうと立ち込める土煙が爆発の凄まじさを伝えて来る。
……これ、もしかして……もう少し近くにいたら危なかったのではないだろうか?
「げほっ、げほっ………あ〜……耳が痛ってぇ……。 爆発、デカ過ぎじゃね……?」
ゆっくりと立ち上がりつつ、呆れた様に言いながら無くなってしまった森に視線を向けるライナ。
……そう、無くなっているのだ、7体の特殊個体が居た森が。
「………ちょ、ちょっとやり過ぎちゃったかな……」
自分でやっておいて何だが、私もここまで凄まじい爆発が起きるとは思っていなかった。
爆心地である森は隕石でも落ちたかの様な大きなクレーターが出来ている。
横転したトラックがあった場所を中心に周りの木は薙ぎ倒され、地面はかなり深くまで抉れて土が吹き飛んでおり、土の中にあったと思われる岩が飛び出す有様だ。
当然、トラックを取り囲んでいた『礫花』達など影も形も無くなっており、クレーター内で青い光を僅かに放ちながら燻っている塵芥の一部となったと思われる。
「ミサイル攻撃でもされたのかって感じだな………」
しみじみとそんな事を呟くライナ。
………うん、『繭』に籠める力の量を間違えたかもしれない。
考えてみれば左腕一本分でも『三つ首』の頭を吹き飛ばす威力だったのだ。
それが今の私の全身分よりも大きい質量の物体に、目一杯力を込めたのだからこうなってもおかしくはなかった。
更に言ってしまえば、チャンスは一度切り、と考えて行動した結果、少々余分に力を籠めたかもしれない。
完全に力加減を間違えた結果だ。
「………ま、取り敢えず目論見通りには行ったんだろ? ならそれで良しとしとこうぜ」
「……そ、そうだね。 これ以上『礫花』達は増殖しないだろうし。 ……それに、思った通りあの7体が本体だったみたいだしね」
そう言って私は完全にただの木材の山と化してしまった製材所内の小屋の方に視線を向けた。
そこには、辛うじて爆風で吹き飛ばなかった『礫花』の死体が複数転がっている。
しかし、どの死体も外傷が無く、一見するとただの萎れた花のように見えるが、よく見ると徐々にその身体が白化してボロボロと崩れ落ち始めていた。
通常の『花』の怪物が死亡した際には、植物が枯れる様に萎びて行くが、目の前の『礫花』達はそれらとも違い、灰のように白くなった先から崩れて行っている。
恐らく、本体の『特殊個体』が死亡した事で『接続』が切れたのだろう。
「つまりあいつ等は、本体を倒せばコピーも一網打尽に出来るって訳か………また出くわしたくはないけど、覚えといた方が良いな」
あの怪物達がこの場所だけに発生した存在なのかは今の所不明だ。
それはつまり、今後ここ以外の場所で別個体に遭遇する可能性が無いとも言えないのだ。
対処法は考えておいた方が良いだろう。
「随分時間が掛かっちゃったけど、これで先に進めるね」
「そうだな。 ちょうどこの裏が別荘地帯の真下みたいだから……登んないとダメかな?」
そう言ってライナは崩れかけの製材所の建物越しに見える崖を見上げた。
私もつられて視線を上に向けると……薄らとだが、夜の闇の中に住宅らしき建物の影が見えた。
月の光に照らされている上、現在地が山間部であるので視界を遮る“霧”も少ない。
仄かに見える明かりらしき物は、別荘地帯の街灯だろうか?
そんな風に向かう先の様子を確認していた時――――。
「あ?」
「え?」
私達の頭上に影が差した。
思わず頭上を見上げた私が見たのは―――こちらへ落下して来る一台の車だった。
私は突然の事態に凍り付いた様に動きを止めてしまった。
それは本来なら致命的な隙だ。
そのままで居れば、私は突如落下して来た車に押し潰されてしまうだろう。
―――しかし、そうはならなかった。
「―――――!?」
呆けていた私は、体に強い衝撃を感じたと同時にその場から突き飛ばされていた。
視線を前に向けると、余裕のない表情で両手をこちらに突き出し、私を突き飛ばした体勢のライナが見えた。
―――次の瞬間、落下して来た車が、私とライナを隔てる様に地面に突き刺さった。
轟音を立てて地面に激突した車は衝撃によって押し潰され、破壊されたフロントガラスやドアの破片が辺りに飛び散る。
そこで漸く私は正気に戻り、飛び散って来た車の破片を『籠手』で防御しつつ、地面を蹴って後ろに下がった。
だがその直後、思考速度が加速した事によって見える、スローモーションで流れる目の前の光景の中で―――一瞬、火花が散ったのが見えた。
それは目の前の車から散った火花だ。
そこで私は、周囲に鼻を衝く独特の臭いが漂っている事に気が付いた。
―――ガソリンの臭いだ。
「――――うあっ!!?」
そう思い至った途端、見計らったかの様に車が爆発、炎上した。
後退していた事が幸いしたのか、私は爆風をもろに喰らう事は無かったものの、その爆発の衝撃で更に後方に吹き飛ばされてしまう。
「がっ!?あぐっ!ぐっ……うっ……!」
受け身も取れず、地面に叩きつけられ転がって行く。
かなりの距離を吹き飛んだ後、漸く動きが止まる。
気付けば製材所の入り口近くまで吹き飛ばされていた。
「げほっ!ごほっ!………な、にが……」
よろよろと身を起こし、今一度何が起こったのかを確認するべく視線を正面に向ける。
そこには爆発炎上する車と、炎が燃え移ったのか、メラメラと炎が広がりつつある製材所の姿があった。
周辺に散らばっていた放置された木材にも燃料が飛び散ったのか、どんどん炎は周囲に燃え広がって行く。
先程までの静寂は何処へやら、すぐに木材が激しく爆ぜる音が響き始めた。
「……っ!一体、何が………そうだ、ライナ! ライナは!?」
呆然と燃え盛る炎を見つめていた私は、我に返ると周囲を見渡してライナを探した。
先程、頭上から車が降って来た際に、ライナは私を突き飛ばして庇ってくれた。
結果として私は助かった訳だが、代わりにライナは製材所の建物側へ逃れる事になった。
今、目の前で炎に包まれている製材所の建物側へ。
……最悪の状況が頭をよぎる。
まさか。
そんなはずは。
ライナが。
もしかしてあの中に?
どうして。
私が気付いていれば。
突然の事態に混乱し、激しい後悔の念に苛まれる。
しかし、すぐにライナなら大丈夫だと思い直した。
(……そうだ、ライナなら大丈夫。 あのくらいじゃ死んだりしない……。 きっと無事な筈)
そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせると、冷静に状況を確認しようとした。
だが、『状況』は私を待ってはくれなかった。
ドンッ!!!
「!?」
炎に包まれた製材所へ向かおうとした私の目の前に、巨大な影が舞い降りて来た。
また車が振って来たのかと一瞬思ったが、目の前の存在はどう見ても生物だった。
『グルルルルゥゥゥ………』
「……!!」
この時になって、私はある事を思い出した。
あのハンターの男性の記憶を読み取った際、彼が気になる事を言っていたのを。
『礫花』の群れに襲われる直前、彼はこの製材所で『声』を聞いていた。
山中に轟く、地の底から響く様な何者かの咆哮を。
今、私の目の前には全長5、6メートル、体高ですら2メートル近くある巨大な四足獣が、炎上する車の残骸を踏み台にするように立っている。
身体は恐らく植物質の装甲と思われる物に覆われており、その背には幾つもの青い花……『ブルーフィリア』が花開き、たてがみの様になっている。
頭部には一対の尖った耳と、触角のようにも見える角、或いは枝のような物が生えており、それはまるで冠のようにも見える。
そして、最も特徴的なのが顔だ。
大小合わせて三対、六つの目が顔に並び鋭い歯がビッシリと並ぶ、まるで鰐の様な凶悪な口元は、それだけで見る者を威圧するかのようだ。
しかしその一方で、この恐ろしい生き物の佇まいからは、今まで遭遇した怪物達以上の高い知性が感じられた。
足元で燃え盛る炎を物ともせず、こちらを睥睨するその姿は風格すら漂っている。
明らかに今までとは一線を画する、異質なその四足獣を見た私の口から、自然とその言葉が漏れ出た。
「………狼………」
私の言葉を聞き取ったのか、それとも別の理由からなのか。
目の前の『狼』は六つの目を細めると、姿勢を低くして身構えた。
―――来る。
直感的に身の危険を感じた私は、身に纏ったままだった『籠手』で体を防御しつつ、左に向かって地面を蹴った。
次の瞬間、その巨体からは想像も出来ない程の砲弾の如き速度で『狼』が一瞬前に私の身体があった空間を飛び抜けて行った。
ゴウッ!という大質量の物体が空気を切り裂いて駆け抜ける音が聞こえ―――私の腕の『籠手』に二本線の傷が付く。
そして、その傷口から赤い血が噴き出した。
「ぐっ……!?」
すれ違う瞬間に辛うじて見えた。
怪物達の攻撃を防ぎ切る強度を持った『籠手』を容易く切り裂いたのは、『狼』の右手の『爪』だった。
ほんの僅かに掠っただけだった筈だが、それでもこれ程のダメージを受けてしまったのだ。
戦闘能力の一点だけを見ても、明らかに今までの怪物とは次元が違う。
そして、この時点で私は察してしまった。
この『狼』は自分よりも強い、と。
『ガァァァァァァァアアアアアアアアッッッッ!!!!!!』
自身の攻撃を躱した私に対して、私を獲物ではなく『敵』と認識した『狼』が吼える。
燃え盛る炎の中、月明かりの元で生存を賭けた死闘が始まろうとしていた。




