70 花の群れ
「あー……ゴホン! と、とにかくだ、このハンターの見立てが正しければ、別荘地帯に近付く程あのよく分からない光を飛ばしてくる奴に襲われるって事だよな?」
妙な雰囲気になってしまった空気を元に戻す為か、ライナが少々強引に話題を変える。
私としても、このままどう会話を続けたら良いのか分からなかった為、渡りに船とばかりに話に乗った。
……冷静になって考えてみると、森の中の真っ暗な小屋の中で何をやってるんだろう、私達……。
「そ、そうだね。 製材所跡からも追い払おうとしてたって事みたいだけど……偶然……って事は無いよね……」
小屋の中で死亡していたハンターの男性は、車を停めていた製材所跡で謎の怪物に襲われたと言っていた。
製材所跡は別荘地帯のすぐ下にあるとも言っていた事から考えて、別荘地帯に登る事が出来るルートがあるのかもしれない。
別荘地帯が目的地である私達にとっては朗報とも言えるが、逆に別荘地帯へ向かう事が出来るルートがある為に、件の怪物が陣取っているとも考えられる。
車を走らせて別荘地帯へ向かっていた私達への攻撃といい、ハンターの男性への執拗な攻撃といい………あの怪物は、これまで遭遇して来た怪物達の中でもかなり統率された動きをしている様に思えるからだ。
しかも、ハンターの男性に対しての攻撃に至っては、深追いせず撃退するに留めている。
無差別に人間を襲ってその血肉を喰らうこれまでの怪物達に比べ、明らかに理性が感じられた。
「桜木博士の研究所がある場所に近付けない様にしてる……って考えるのが自然だろうなぁ……」
ライナも私と同意見らしく、思いっ切り憂鬱そうな表情でぼやいている。
……まぁ、自然界には存在し得ない、『光弾』を放つような生き物の群れと戦わないといけないのだから、当然と言えば当然だけど。
ただ、問題なのは怪物の『群れ』がどれ程の数なのかとい言う事だ。
「この人の記憶を見た限りだと、一度に襲って来たのは多くても5、6匹程度だったみたいだけど……脚の生えた花って言う割に、結構素早いみたい」
ハンターの男性の記憶を直接見た私は、問題の怪物の姿を認識出来ていた。
文字通り、四足歩行する『花』といった見た目のその怪物は、ある意味今迄で一番『花の怪物』らしい見た目をしている。
根、或いは蔓が変化したと思われる四本の『足』を持ち、その中心辺りから上部に向かって直径30センチ程の大きな花が生えており、その花弁の中心に青い結晶体の様な物が存在していた。
ハンターの男性が記憶の中で青く光る目玉と評したのは恐らくこの結晶体だと思う。
そして、十中八九この結晶体こそがあの青い『光弾』の射出口……つまりは『銃口』の役割を果たす部位なんだと思う。
私達が乗っていた車に対する攻撃力を考えると、たとえ5、6匹であっても群れに囲まれて一斉に光弾を放たれたら一溜まりも無い。
「見つからない様に……っていうのは無理だよね。 戦う事前提で行くしかないかな……」
「ま、仕方ないな。 今まで以上に得体が知れない怪物だけど、殺せば死ぬだろ。 ………多分」
ライナが肩を竦めてそんな事を言う。
……縁起でもない事を言わないで欲しい。
「『フラグ』って奴になり兼ねないから、そういう事言わないの!」
「あー……いや、流石にそんな事は………………無いって言い切れないかぁ……」
若干ばつが悪そうな顔で頬を掻くライナ。
私もそんな怪物は流石に居ないと思いたいけど……『最初の一輪』が既に、不死身に近いと桜木博士に言い切られている。
絶対に無いとは言えないという不安は、どうしても拭えないのだった。
一通り小屋の内部を調べ終えた私とライナは、小屋を出て更に山道を進んで行く。
相変わらず月明かりで照らされた森の中は薄暗い為ついライトが欲しくなってしまうが、遠距離から狙撃紛いの攻撃を仕掛けて来る怪物が居る以上、迂闊に明かりを点ける事は出来ない。
「夜間に狙撃手に警戒しながら森を進むとか、特殊部隊の行軍みたいだな……」
前を歩くライナがそんな事を呟いた。
確かにそんな感じだが、私達の相手は人間ではない。
どんな形で奇襲をして来るか分からないのだ。
「一応私が『探知』してるから接近して来れば分かると思うよ」
現状、私は『探知』と『感覚』を同時に使用している。
その為、怪物が接近して来ればすぐに分かる筈であり、それがどのような怪物かも『感覚』である程度知る事が出来ると思われる。
あくまでも能力の効果が及ぶ範囲内なら、ではあるが、今回の敵である『光弾を撃って来る花』は、『根腐れ』のような気配を隠蔽出来る様なタイプではないと私は考えている。
何故なら、本来普通の人間には見る事が出来ない筈の『青い光』を、肉眼で目視出来る程高密度に収束させ、それを弾丸として放っているからだ。
『青い光』を高密度で収束させると物理的な干渉力を持つメカニズムは不明だが、少なくとも通常の怪物達が内包している『青い光』とは比較にならない量のエネルギーを収束して撃ち出している事は間違いない。
その様な高エネルギーを内に宿した状態で、『根腐れ』と同等の隠蔽能力を発揮出来るとは思えない。
故に、『光弾を撃って来る花』……仮称『礫花』の接近に私が気付かないという事は、まず無いだろう。
尤も、遠距離から光弾を放つという能力を持っている時点で奇襲攻撃を仕掛けられる可能性は無くならないのだが……。
「遠くから攻撃出来るんなら、そもそも近付いて来ないかもしれないけどな。 ……ま、それでもやり様はあるさ」
そう言って不敵な笑みを浮かべるライナ。
小屋を出る前にライナから私もその『やり方』を聞いている。
なので、『礫花』が私の探知能力の範囲内に入って来た場合は、ライナと事前に打ち合わせた通りに対処する予定だ。
こういった面はやはりライナと私では経験の差が如実に表れる。
その分私は『基本スペック』によって貢献して行くつもりだけど……いつかはそういった部分もライナと共に対処出来る様にしたい。
小屋を出て15分程が経った。
これまでは一応、人間によって踏み固められある程度歩き易くなっていた通路を通って来る事が出来ていたが、少し前から完全に獣道と言って良い程の荒れた山道になっている。
そんな薄暗い山道を暫く進んでいると、ほんの少し他よりも開けた場所に出た。
そこは意図的に木を伐採して作ったと思われる広場のようで、砂利が撒かれた広場の端には放置されたままになっている木材が幾つか残っていた。
どうやら、切り出した木材の仮置き場か何かだったようだ。
長年雨曝しで放置され、朽ち果てた木材は半ば森の一部のようになっており、表面にはびっしりと苔が生え、腐って崩れた箇所からは得体の知れないキノコらしき物が顔を出している。
街の産業としての林業が廃れて後、そのまま放置された木材と考えれば形が残っている事は奇跡的なのかもしれない。
広場には他に運搬用と思われる台車……だったと思われる機械の残骸が残っていたが、当然こちらも全体が錆に覆われており、どう見ても正常に動作するとは思えない。
念の為ライナと共に広場を一通り調べてみるが、この場には他に目を引く様な物も無い。
私達が通って来た道の反対側には更に奥へと続いている道がある様なので、先へ進むにはそちらに向かえば良いらしい。
しかし。
「!……ライナ!」
「……来たか?」
私達が広場周辺を調べ終えた直後、私の『感覚』が怪物の気配を捉えた。
向かって来ているのは―――三体。
別々の方向から広場を囲む様な位置取りで迫って来ている。
「1時、6時、10時の方向から一体ずつ来てる。 速度もかなり早い……『犬ネズミ』並みかも」
「機動力のある砲台かよ。 厄介な生き物だな……」
ハンターの男性の記憶の中で見た『礫花』は、怪物の中では小型の部類に入る姿をしていた。
そのせいかは不明だが、こちらへ向かって接近して来る『礫花』と思われる怪物のスピードはかなり速い。
思えば、道路上で襲撃された時も走行中の車両と並走しながら光弾を放って来ていた。
そう考えると、ライナの言った通り移動砲台の様な存在だと言えるかもしれない。
このままでは程なくこちらを攻撃出来る位置まで辿り着いてしまうだろう。
しかし、私もライナも慌ててはいない。
「……あの木だな。 あそこに身を隠して待ち伏せしよう」
ライナが指差したのは、広場の周辺に生えている木の一本だ。
広場の周囲には何本かの木がまばらに生えており、その一本一本が陰に人が隠れられるくらいに太い。
ライナが示した木はその中でも特に太く幅があり、私達二人がギリギリ身を隠せる程度のスペースがあった。
そして何より重要な点は、その木の陰は迫って来ている3体の怪物達からちょうど死角になる位置なのだ。
ほぼ初見と言っても良い怪物への対処法が『隠れる』で本当に良いのかと、最初は私も疑問に思った。
しかし、それに対するライナの回答はシンプルなものだった。
「あいつら、それぞれの性能は高いけど、行動自体はなんつーか稚拙だからな。 射線が通らないってなったら、単純に近づいて来るんじゃないか?」
……確かに、今まで遭遇した怪物達は、人間のように連携して攻撃を仕掛けて来る事はあったが、その連携は至って単純なものばかりだった。
待ち伏せをしたり、一体が気を引いている間にもう一体が攻撃したり、伏兵を伏せておいて、相手が油断するまで待ってから攻撃したり……。
戦術を練るという行為自体は高い知性を感じさせるものだが、作戦通りに行かなかった場合の反応が非常に稚拙な場合が多かったのだ。
総じて、行動が短絡的になると言うか……攻撃を受ける側である私からすれば、行動を非常に予測し易くなる。
ライナが考えた『礫花』に対する対処法も、そうした想定外の事態を作り出す事で『礫花』の行動を陳腐化するという……言わば間接的な妨害とでも言うべきものだ。
勿論、初見以外では使えない手ではあるが……私もライナも、怪物達に経験を積ませるつもりは毛頭無い。
「……来たな」
木の陰に身を隠しつつ様子を伺っていると、ライナが囁く様にそう呟いた。
ライナが言った通り、私の『探知』の範囲内にも3体の『礫花』の反応が現われる。
かなりの速さで接近して来ているようで、あっという間にこちらから視認出来る範囲まで反応が近付いて来た。
しかし、木の陰に隠れた私達は『礫花』からは死角となっており、この段階に至っても光弾による攻撃は飛んで来ていない。
そして、『探知』で確認出来る広場の周辺に接近して来た『礫花』達は、こちらを目視出来ない事に戸惑ったかのような動きを見せている。
どうやらライナの目論見通り、相手の出鼻を挫く事に成功したようだ。
そうして暫く広場を伺う様な動きをした『礫花』は、徐々に広場へ……私達が隠れている木の側へ近付いて来た。
標的である私達を見付けられず、困惑している様に思える。
まさに私達の目論見通りの状況だ。
私とライナは無言で頷き合う。
そして、タイミングを見計らい……二人同時に銃を構えて木の陰から飛び出した。
発砲音と共にそれぞれの銃から放たれた銃弾が、無防備に接近して来ていた『礫花』を引き裂いた。
『!!?』
『!?!?』
完全に不意打ちを受ける形となった2体の『礫花』は、即死こそしなかったが銃撃により大きく体勢を崩した。
私はそこへ更に追撃の銃弾を撃ち込む。
連続で放たれた2発の弾丸が、体勢を崩していた『礫花』の一体の頭部……に当たると思われる花部分を貫いた。
『……!!?』
花弁を散らして吹き飛んだ『礫花』はそのまま動かなくなる。
ライナが銃撃したもう一体も、ライナの追撃の銃弾を受けて沈黙した。
どうやら耐久力は低いらしい。
『!!!』
……と、そこへ、地面を四本の足で蹴って跳び上がった最後の一体が、私達の頭上から襲い掛かって来た。
その頭部の結晶体から、青く輝く光の弾丸が私とライナに向けて放たれる。
私は放たれた光弾を横に飛んで回避すると、地面を転がるようにして受け身を取って『礫花』に向き直る。
その瞬間、狙いを外れた二発の光弾が地面に着弾してバチン!と弾け飛んだ。
着弾部分の地面が抉れ、砂利が周囲に飛び散る。
「!!」
車を破壊する威力がある時点で理解していたつもりだったが、あの光弾は思った以上に高い殺傷力を持っているらしい。
ライナも光弾を回避して『礫花』に向き直っているが、私よりも『礫花』との距離が近い。
その為か、『礫花』はライナに向けて追撃の光弾を放った。
ライナはその光弾を今度は回避しようとせず、いつの間にか左手に持っていた黒い短剣を『礫花』が放った光弾に向けて投げ付けた。
ライナのその行動に私は一瞬戸惑うが……直後、すぐにその意味を理解する。
ガキィンッ!!
甲高い金属音が辺りに鳴り響く。
ライナが投げ放った短剣には袖口から伸びたワイヤーが連結されていた。
短剣部分と衝突した光弾は、衝突した瞬間に光の粒子を撒き散らして弾け飛ぶ。
その様子は青く輝く宝石が砕け散った様にも見え、いっそ幻想的ですらある。
そして、光弾が弾け飛んだと同時に短剣も弾き飛ばされるが……即座にライナがワイヤーを操作して動きを制御。
そのまま『礫花』に対して勢いよく振り下ろした。
振り回される事で遠心力が加わった短剣は、斧の如き威力で以て『礫花』の頭部の花を両断する。
『……!!??』
ライナの短剣の刃によって頭部を断ち切られた『礫花』は、そのまま地面に崩れ落ちると、体を一瞬痙攣させた後に動かなくなった。
「ライナ、大丈夫?」
「おう、大丈夫だ。 ……思った以上に衝撃が強かったから、ちょっと驚いたけどな」
そう言ってライナはワイヤーを引いて、地面に刺さった短剣を回収する。
光弾と衝突した短剣は、表面上変化は無いように見えたが、よく見ると黒い刃の表面で『青い光』の粒子が小さく瞬いているのが分かった。
「流石に銃弾ほど速くはないけど……操が言った通り、見た目通りの威力じゃないな、これ」
短剣の表面を手で触れながら顔を顰めるライナ。
確かに、光弾の飛来するスピードは銃弾などよりも遅く、見た目投石程度の速度に見えたが、着弾と同時に炸裂し短剣を大きく弾き飛ばしていた様に思う。
車を狙われた時もそうだったが、貫通力よりも衝撃力で対象を破壊する攻撃のようだ。
あのハンターの男性も、外傷より骨折などの内部ダメージの方が酷かった。
どちらにしろ生身の人間が受ければタダでは済まないだろう。
「……これがもっと沢山の群れを作って山の中にいるんだよね」
「そうなるな……どんなもんかと思って、わざと短剣で受けてみたけど……こりゃヤバイな。物理的に防御出来るっていうのが分かったのは収穫だけど……」
三体の『礫花』の対処は問題なく行う事が出来た。
しかし、車を襲撃された際に斜面に見えた青い光の数は、少なくとも30を超えていたと思う。
そんな数の『礫花』に一度に襲撃されたら……。
「ま、何とかなるだろ。当たんなきゃ良いんだしな」
……などと、私が頭を悩ませていたら、ライナが能天気な結論を出した。
そんな気はしていたが、ライナはあまり『礫花』を危険視していないらしい。
高速で飛来する無数の投擲物を全て躱すなんて真似は、普通は出来ないと思うんだけど。
まあ、ライナなら出来るんだろうね……。
「……一応言っておくけど、私はライナみたいに躱せないからね?」
「いやほら、操の場合は茨で弾けそうじゃん。 短剣程度で防げたんだしさ」
そう言われて私は自分の『茨の鞭』で弾くという方法に思い至る。
それも、ただ弾くのではなく、別の方法を追加した上でだ。
ライナの言う通り、それなら可能かもしれない。
「……なるほど。 確かにそれならまあ………出来る、かも……?」
「だろ? それにここは山の中だからな。さっきみたいに木を遮蔽物にしたって良い。あいつらは素早いけど、攻撃自体はそんなに早くないしな」
今回は広場の周囲に丁度良い木が生えていた為、それを利用して対処した。
この先も同じような木が生えているかどうかは分からないが、少なくとも『礫花』への対抗手段の一つとして数える事は出来るだろう。
要するに、その場にある物を使って臨機応変に……という事だ。
「やっぱり応用力とかその辺の能力じゃ、ライナには敵わないなぁ……」
「良いんだよ、操はそれで。 操みたいな女の子が戦い慣れてるっていうのも、俺としては複雑だぞ」
私がライナとの『経験の差』を実感していると、ライナは苦笑しつつそう言って慰めてくれた。
確かにそれもそうかと思い直し、私はライナにお礼を言おうとする。
だが、その時。
「………っ!? ライナ!」
「! ……またか。 しかも、今度は俺にも分かるくらい多いな」
私の『感覚』が無数の気配を感じ取った。
気配からすると、またしても『礫花』の群れらしいが……数が比べ物にならない程に多い。
ざっと見ても……20体はいる。
「……いくら何でも多すぎる。 あの3体が倒されたから?」
「さっきの連中、斥候みたいな奴だったのかもな。 ……こりゃ逃げるが勝ちだ」
そうして私とライナは互いに頷き合うと、広場から速やかに離脱する。
移動スピードとしては『礫花』の方が早いが、まだ距離がある為、今なら包囲される前に目的の製材所跡まで辿り着けるかも知れない。
製材所跡であれば、恐らく廃墟となった建物等もあるだろう。
であれば、建物を遮蔽物にして怪物の群れを迎撃する事が出来る。
少なくとも、遮蔽物に使える物が少ない広場よりはましだ。
ハンターの男性の記憶から読み取った、製材所跡に近付く程に『礫花』の攻撃が激しくなると言う情報が気掛かりではあるが……。
「最悪の場合、製材所に籠城かなー。……何か使える物があればいいんだけどなぁ」
隣を走るライナがそんな風にぼやく。
耐久力の低い『礫花』を爆薬などで吹き飛ばす事が出来れば楽だが、ホテルの探索時にライナは自前で用意したという爆薬の類を使い切ってしまっている。
再び爆薬……或いはそれと同様の効果がある物を用意するのは困難であり、手持ちの道具で一気に『礫花』を始末するのは難しいだろう。
ここは、私がやるべきだろう。
「……ライナ、ここは私に任せて。 あいつらは小型で倒し易いし、複数の敵を同時に相手するのは得意だから」
そう言うと、ライナが驚いた表情でこちらを見た。
私が自分から積極的に戦う意思を見せたのが意外だったのかもしれない。
恐らくライナとしては私を前に出す事には乗り気ではないのだと思うが、折角ライナが考案してくれた私にしか出来ない『礫花』の対処法があるのだから、どうせなら試してみたい。
そんな私の意思を私の表情から読み取ったのか、ライナは仕方がないとばかりに溜息を吐いた。
「……分かった。 まぁ実際の所、それが一番確実だろうしな……」
私が攻撃を担当し、自分は援護に回った方が効率が良いという事はライナも分かっているのだ。
しかしやはり大変不本意ではあるようで、少々……いや、かなり………ものすごく、不承不承、といった様子で私の提案を了承してくれた。
……そんなに信用無いのかな、私……。
「けど、いいか?あんたは確かに普通の人間より体が頑丈だし、怪我もすぐに治るのかもしれないけど、だからって怪我して良い訳じゃないんだからな? 例の鞭で弾くって方法だって、上手くやらないと危ないんだ。力任せに吹っ飛ばすんじゃなくて、受け流す様な感じで―――」
あっ、違う。これ、過保護なだけだ!
「だ、大丈夫だよ、ライナ。私も、もう無茶はしないから!」
「……ほんとかぁ? 操って何か、自分の事となると途端に扱いが雑になる印象があるんだけどなぁ……」
そう言われると強く反論出来ない。
でも、本当にもう自分自身を擦り減らすような事をするつもりは無い。
それだとライナが心配してしまうから………今みたいに。
「私もライナが私を庇って無理や無茶をしたら心配だもん。 ライナにもそんな思いはして欲しくないよ」
でも、これ位は言っても良いだろう。
ライナもその辺、人の事は言えないんだし。
「うぐっ……それを言われるとな……。 はぁ、分かったよ。 ……でも、本当に無茶はするなよ?」
私は諦めた様にそう言ったライナに笑みを返した。
大丈夫。
多分だけど、今の私にとっては無茶をしなければいけない程の相手じゃないから。
私は走りながら『探知』の知覚範囲内にまで接近して来た『礫花』に意識を向ける。
ライナと言葉を交わしつつ周囲を警戒していたが、やはり追って来た『礫花』全てを振り切る事は出来なかったらしい。
程なく何体かの『礫花』に追い付かれてしまうだろう。
しかし、迎撃の為に足を止めていたら、他の『礫花』にも追い付かれてしまう。
そうなれば、先程ライナと話していた通り、無数の『礫花』に囲まれ、光弾の弾幕に晒される事になる。
なので、現状の最適解としては、走りながら『礫花』達を迎撃する、という事になるのだ。
「!」
接近しつつある『礫花』達は、今度は接近する前にある程度距離が離れている段階から光弾を放って来た。
離れた場所で光弾が放たれた際の青い瞬きが見え、即座にライナが反応する。
しかし、ライナが何らかのアクションを見せる前に、私は背中から四本の蔦の触手を伸ばした。
蔦は先端からある程度の長さまで『茨の鞭』と同じ様に無数の棘が生えた状態に変化させてある。
束ねてパワーを強化した『茨の鞭』に対して、細身のこちらは簡易版の茨といった見た目だ。
そう、ライナのアイデア通り、光弾を茨で迎撃するのだ。
だが恐らく、このままただ飛来した光弾を背中から生やした茨で弾こうとしても、接触した光弾が炸裂して茨が破壊されてしまうと思われる。
単純な物理攻撃ではないと思われる光弾を、ただ力尽くで叩き落す事は困難である可能性が高いのだ。
これは、先程のライナの光弾に対する『実験』を見て推測した事だ。
金属製の短剣を大きく弾く程の威力がある光弾の小爆発を、通常より強度が高いとはいえ、植物の茨で受ければどうなるかは容易に想像が付く。
しかし、それはあくまで通常ならの場合だ。
「…………!」
私は『茨の剣』に『青い光』を纏わせた時の間隔を思い出しながら、自分の中の『青い光』が背中に展開した四本の鞭に流れ込む様なイメージを頭に思い描いた。
以前は私の中にある『青い光』という未知のエネルギーをしっかりと認識出来ていなかったが、数々の修羅場を潜り抜けて来た結果か、光のエネルギーの流れをある程度制御する事が出来る様になっている。
『武器』へ『青い光』を纏わせる能力を、完全に自分の意思で行うのは初めての試みだったが、私が意識すると自然に『青い光』が背中の蔦に流れ込んで行くのが分かった。
倉庫街で『三つ首』や『双子』と戦った時は、生存本能を刺激された結果本来よりも『青い光』の出力が上がっていたと思う。
その為、今私が行っている四本の蔦への『光』の付与は、あの時に比べれば出力は落ちる。
しかしそれでも、光を流し込まれた結果四本の蔦は通常以上の力が発揮出来る様になり、私の意思が根元から先端まで伝わっているのが感じられた。
上手く説明出来ないが、この状態なら『礫花』の光弾も問題なく叩き落せるという事が分かるのだ。
隣を走るライナが、背中から仄かに青く光る四本の蔦の触手を生やした私を見て目を瞠る。
しかし、私の『大丈夫』という意味を込めた視線を受けると、一瞬躊躇した様な表情を見せたが、すぐにこちらに頷きを返してくれた。
ライナの了承を受けた私は飛来する無数の光弾を『感覚』によって補足。
同時に『探知』によってその動きを知覚し、『青い光』を纏って通常以上の精密動作が出来る様になった四本の蔦を、捉えた光弾に向けて勢いよく振るった。
パパパパパパパンッッ!!
花火が弾ける様な音と共に、青い光の粒子が周囲に降り注ぐ。
私が高速で振り回した四本の蔦は、飛来した無数の青い光弾を正確に叩き落としていた。
『礫花』が私達に向けて放った光弾は一発も当たっていない。
隣を走るライナも念の為避ける準備はしていたようだが、自分達の数メートル手前で全ての光弾が弾け飛んだ光景に驚きの表情を見せている。
私も私でライナに大丈夫等と言った手前、失敗出来ないと若干緊張していたのだが、思った以上に上手く行ってほっとした。
そして、今の攻撃に対するやり取りで『礫花』の光弾について分かった事がある。
光弾が炸裂してるのは私が『三つ首』にやったのと同じ様な原理みたいだけど、同じ『青い光』の力で掻き消せば炸裂しないらしい。
倉庫街で戦った『三つ首』に対して私が行った『自爆戦法』は、自分の体の一部に『青い光』を収束させ、任意のタイミングで起爆するというものだった。
それは着弾と同時に炸裂し、当たった対象にダメージを与える『礫花』の光弾と似た性質を持っているとも言える。
光弾は純粋に『青い光』だけで構成された弾丸を放つという点で明確に違いがあるが、爆発のメカニズムとしては近しい物なのだろう。
その為、私はその爆発を同じ『青い光』の力で相殺出来るのではないかと考え、四本の蔦には少し強めに『青い光』の力を込めていた。
その結果、どうやら蔦に込めた『青い光』の力が『礫花』の光弾の『青い光』の力を上回ったらしい。
本来なら着弾と同時に小爆発を起こす筈の光弾が、私の茨の『青い光』で掻き消されて霧散してしまったのだ。
同じ『青い光』でも力の強弱で相手を捻じ伏せる事が出来る………という事らしい。
周囲の森の繁みから無数の青い光弾が襲い掛かる。
私は『探知』と『感覚』を駆使して光弾の動きを補足すると同時に、背中の四本の蔦を振り回して光弾を撃ち落として行った。
走りながら『感覚』と『探知』を使って『礫花』自体の位置と動きも把握しつつ、飛来する光弾を茨で迎撃するのは中々に大変だ。
しかし、逆に言えばそれにさえ集中していれば問題なく先へ進む事が出来ているという事でもある。
理由としては、進行方向の『掃除』をライナが行ってくれているからだ。
『――!!!!』
『――!!!!!』
「……!」
山中を走る私達の前に数体の『礫花』が立ち塞がった。
頭部の結晶体を輝かせ、こちらへ向けて光弾を放とうとしている。
しかし、その直後。
『!?』
『!?!?』
『!!?』
続け様に銃声が響き渡り、『礫花』達の頭部が弾け飛んだ。
隣を見るとライナが走りながら銃を構えている。
「脆いから処理は簡単だけど、流石に多すぎだろ! 何匹いるんだ!?」
うんざりした様子で悪態を吐くライナ。
心底面倒臭そうに叫んでいるが、その声に焦りは感じられない。
「感知出来る限りだとまだまだ居るみたい! 走るのを止めたらあっという間に囲まれるよ!」
だが、走る私達の背後からは無数の『礫花』の群れが追い縋って来ている。
窮地である事に変わりは無い。
光弾を迎撃しつつ、狭く薄暗い山道をひたすら走り続ける。
曲がりくねった山道を走るのは、本来なら足腰に非常に負担を掛ける行為だ。
ましてや今は夜間である上、周囲から攻撃を受けている状況では精神的な負荷も相当なものとなる。
しかし実の所、私はそれ程疲労を感じてはいない。
自分自身が山道に慣れているとは思っていないが、『探知』の能力が私の身体とリンクしている……と言えば良いのだろうか。
山道の起伏など、周囲の状況に合わせてどの様に体を動かせばいいのか何となく分かるのだ。
お陰で地面から露出した木の根等があったとしても、そこに躓いてしまったりたたらを踏んでしまったりといった事が無い。
『礫花』の攻撃を防ぎつつそういった事が出来ているのだから、我ながら呆れた身体能力だと思う。
そして、ライナだが……。
「あっ、また来たぞ。 どけどけ!通行の邪魔だ!」
私と遜色ない速度で走りつつ、そもそも足元を一切見ずに、前方に現れた『礫花』を銃撃して処理するライナ。
更には、再装填時の隙を付く様に飛び出して来た『礫花』には、地面に転がっていたこぶし大の石を蹴り当てて撃退するという離れ業すらやってのけている。
……ついでに、石を蹴り当てられた『礫花』が起き上がる前に頭部を踏み潰してトドメまできっちり刺した。
私は『花』の能力の補助があるからまだ分かるけど、ライナは何で暗い森の中であそこまで問題なく行動出来るんだろう?
まず、暗くて見えないと思うんだけど……。
とにかく、そんなライナのお陰もあって、私達は狭い山道を抜ける事が出来た。
『礫花』の群れも振り切れた訳ではないが、多少引き離す事は出来たらしい。
と言っても、まだ山中である事に変わりはない。
山道を抜けた先にあったのは、恐らくかつて伐採した木材を運搬する際に使用していた、車両用の通路と思われる広めの道だ。
砂利が敷き詰められた道にはあまり雑草等は生えておらず、今まで歩いて来た山道に比べれば遥かに視界が良い。
この道を通って行けば目的の製材所跡まで行けるだろう。
しかしそれは同時に、『礫花』の群れとの交戦が避けられないという事でもある。
それでも、足を止めるわけには行かないのだが……。
「ライナ、この道を右に行けば製材所跡みたい。 だけど、『礫花』の気配も続々と追って来てる!」
「……こりゃ本当に籠城戦かな。 このまま付いて来られちゃまずいし」
ライナの言う籠城戦とはつまり、製材所に立て籠もって『礫花』を迎撃するという事なのだが、そもそも製材所が『礫花』の巣だったりはしないだろうか?
「それは多分大丈夫だと思うぜ。 操が調べてくれた、あのハンターの記憶?も併せて考えると、あいつらはやっぱり別荘地帯に重きを置いてる感じだ。 周りにたくさんいるかもしれないけど、一か所を巣にしてるって事は無いと思う」
確かに、ライナの言う通り、群れでやって来た『礫花』は一方向からやって来たという様子ではなく、私達の存在に気付いてレドウッド山のあちこちから集まって来た、という風だった。
そうなると理由は不明だが、山を登った先にある別荘地帯に近付こうとする者を襲っているのであって、製材所跡に住み付いているという訳ではないのかもしれない。
その場合、製材所跡にも『礫花』は居るだろうが、群れの『本隊』が居るという様な事にはならないだろう。
素早く製材所内の残敵を掃討してしまえば、スムーズに籠城に持ち込める……かもしれない。
「何にせよ、さっさと行って中を『掃除』した方が良いだろうな。 ……団体様のお出迎えの為に」
「……じゃ、急がないとね。 『手』なら沢山あるよ?」
背中の四本の蔦の触手をうねうねと動かし、戯ける様にそう言った私に苦笑を返すと、ライナは銃を左手に、短剣を右手に持ち替えた。
これまで行動を共にして来て分かったけど、ライナが右短剣、左銃の形で武器を持った時は、『手早く処理する』時のスタイルらしい。
―――要は本気モードという事だ。
「何か、ここの所働き詰めだなぁ………ま、しょうがないんだけどさ。 ………お、見えて来たぞ、あれだ」
ぼやきつつ走っていたライナが声を上げ、正面の道の先に見えて来た建物を示した。
古びた鉄骨が剥き出しになり、錆が浮いて穴が空いた屋根。
切り出した木材の保管庫と思われる場所はには、朽ち果て苔が生えた丸太が幾つか残っている。
開け放たれた入り口から見える建物内には、赤錆に覆われた作業機械や、タイヤが失われたフォークリフトか何かと思われる重機が放置されているのも見えた。
そして、そんな今にも崩れそうな建物の少し手前に、廃墟には似つかわしくない比較的新しいピックアップトラックが駐車されていた。
ボンネットがひしゃげてエンジンが剥き出しになり、フロントガラスは砕けて車内に落ちている為、一見すると廃車のようだが、建物と違い放置されて朽ち果てた様な様子は無い。
間違いなくあのハンターの乗って来た車だろう。
周囲を見た限りでは『礫花』の姿は敷地内には無いようだが……。
「………! 考えてる暇は無さそうだね」
私は背後から迫る無数の気配を感じ取った。
確実に私達の後を追って来ている。
更には製材所の奥、崖になっている場所……恐らく目的の別荘地帯と思われる高台の方からも『礫花』と思われる反応が幾つも接近して来ていた。
……完全に囲まれてるね。
籠城が正しいかどうか以前に、この場所で『礫花』を迎撃するしかないようだ。
或いは、この場所に追い込まれたのだろうか?
そうだとしても、簡単にやられるつもりは無い。
今の私は一人じゃないんだから。
迫る脅威に不安を覚えつつ、私は自分を奮い立たせた。
私はもう今迄の私じゃない。
何より、ライナが一緒なのだ。
二人でならきっと、どんな事でも切り抜けられる。
そう自分に言い聞かせるようにしながら、私はライナと共に製材所跡に駆け込んで行ったのだった。




