69 レドウッド山
世間的にはグリーンフォレストという街は、所謂『田舎町』と言われる様な街である。
しかし実際には、決して小さな街という事もなく、発展していない街という事もない。
にも拘らず『田舎町』呼ばわりされているのは、単純に今の時代にそぐわない様な古い街並が広がり、合衆国の端の森の中にある街だからである。
その為……と言うべきかどうかは分からないが、グリーンフォレストの土地は縦はともかく横に関してはかなり広い。
勿論、人が住んでいる範囲、つまり家屋が建っている範囲で言うと都市部に比べれば小規模なのだが、国が定めるグリーンフォレストの街とされる区域は、森林や山間部も含めればかなり広大なのだ。
そもそも街の名前が緑の森という非常に分かり易い名前となったのも、その広大な区域内をほぼ森と山が占めているからだ。
言ってしまえば、街の周りに森があるのではなく森の中に街があるのだ。
木々が生い茂る森林地帯の比較的平坦な場所を切り開き、それこそ小さな田舎町を造ったのがグリーンフォレストという街の興りであり、それに伴った当時の主な産業は林業だった。
しかし、今から二十数年前に世界的な大企業であるサイディス・カンパニーが、そんな小さな街の一角に製薬研究所兼開発拠点の一つを建設した。
それを皮切りに街には次々とサイディスの関連企業が誘致されて行き、グリーンフォレストは極めて急速に都市化の道を辿った。
そうして今の古い街並と近代的な街並みが乱立した少々歪にも見えるグリーンフォレストが出来上がって行ったのだ。
大企業のお膝元となったグリーンフォレストには新たに雇用が生まれ、人や物の流れがかつてとは比べ物にならない程活発になったが……当然、代償もあった。
俗に言う企業城下町となった事により、街の運営にもサイディス社が口を挟む様になったのだ。
元々街の主産業だった林業が完全に廃れてしまったのも、サイディス社の意向が反映された結果だと一部では言われている。
雇用が新たに創出された事により若い世代はサイディス社を歓迎したが、古くからこの地に住まう年嵩の者達は、自分達が育てて来た産業を半ば強制的に潰えさせたサイディスに強い反感を抱く事となった。
そうして言わば、『反サイディス派』とでも言うべき彼らは、街の政にまで口出しして来るようになったサイディス社に対抗するべく活動を開始したのだ。
と言っても、別にレジスタンス活動を始めたわけではない。
グリーンフォレストでのサイディス社の力を削ぐ為に、自分達の派閥の発言力を高めようとしたのだ。
具体的には……グリーンフォレストへの観光客の誘致である。
「その結果出来たのが、山の中腹辺りを整備して造られた、例の別荘地帯……ってわけさ」
「成程ね……」
暗い森の中を歩きつつライナの話に耳を傾けていた私は、少し呆れを含めた溜息を洩らしつつ納得の言葉を漏らした。
謎の敵の襲撃を受け、道路下の森に車ごと転落してしまった私達は、敵の追撃を避けつつ山の中腹にあるという別荘地帯を目指して山中を進んでいた。
私が今歩いている道は荒れ果ててはいるが、かつては人の手で整備されていた事を伺わせるものだ。
雑草が生えて地面がほとんど見えなくなってはいるが、道の両脇には錆が浮いた金属の杭が等間隔で突き刺さっている。
その様子から、恐らく以前はロープで簡易的な柵が引かれていたのだろうという事が察せられた。
そんな疑問を口にした所、ライナが説明してくれたのが前述の話なのだが……何と言うか、何もこんな小さな街でまで派閥争いをしなくても、と思う。
「ま、ともかく、今俺達が歩いてる道が、大昔に林業が盛んだった頃、ここで働いてた作業員用の通路なわけだ」
ついでに言えば、そんな自分達の仕事を廃業せざるを得なかった人々が派閥争いの結果造ったのが、これから向かう別荘地帯という事だ。
……この街には人間のドロドロとした部分が関与していない場所が無いのかな。
尤も、そうした事柄の殆どはサイディスが原因のようだけど。
「完全に人の手が入ってない山を進むよりはマシだけど……やっぱり暗いね」
街中よりも標高が高い位置に来た事で周囲の霧が薄くなり、山には月明かりが差している。
お陰で私達は山中にあっても、暗闇の真っただ中を手探りで進む様な事にならずに済んでいた。
とはいえ、明かりと言うには頼りない月の光だけを頼りに暗い森の中を進むのは難易度が高い。
そう思っていたのだけど……。
「藪の中を進まないといけないから、引っ掛けないようにしないといけないしなー。 ……山刀でも持ってくりゃ良かったぜ」
そう言いつつ手にした黒い短剣を振るうライナ。
道に突き出て来ている枝葉を短剣で払いながら、スタスタと薄暗い道を先行して行く。
「…………」
何度も言うが、月明かりのお陰でマシになっているとはいえ、私達が今居るのは夜間の山中だ。
更に言うなら、手入れのされていない道は生い茂った木々の枝葉や根が伸びており、非常に足場が悪い。
そんな中をライナは文句を言いつつ日中と変わらぬ様子で進んでいた。
私を気遣って枝払いをしながら。
正直な所、私の方が夜の山道に苦戦しているくらいだ。
流石に『ブルーフィリア』由来の生物である私も、暗視能力の様な物は無いらしい。
と、その様に考えた私の脳裏に、唐突にある考えが浮かんだ。
…………本当に無いの?
今までも『花』の力に関しては、『やってみたら出来た』という事は何度もあった。
なら、絶対に出来ないという事は無いのではないだろうか。
私は歩みを止めずに自分の中の『青い光』に意識を向ける。
『ブルーフィリア』の影響で生まれた怪物達は、多少の差は有れど私と同じ様に青い光のエネルギーを体内に有している。
それは血液の様に体を巡っており、例えば『花人』などであれば私の目には人型の光の塊に見える。
そして、目で直接見なくとも、その存在を凡そではあるが感知する事が出来るのだ。
ある意味では潜水艦のソナーのようであり、生物で言えば蝙蝠のエコーロケーション的な能力と言える。
しかし当然この能力も万能ではなく、光のエネルギーを内包していない物は感知出来ず、内包していても『根腐れ』のような自身を仮死状態に出来る怪物等が相手だと、その存在をはっきりと感知出来ない場合がある。
そう考えると、怪物を感知出来る能力は便利ではあるが、怪物以外の存在を感知出来る能力が無いと、不意打ちなどで裏をかかれてしまう可能性があるわけだ。
そうした状況を避けるにはどうすれば良いか?
それこそ、先人に倣うべきだろう。
「―――――――…………」
『青い光』に意識を集中しつつ、意識を薄れさせる。
より正確に言うなら、意識を自分の中の『青い光』に溶け込ませた上で広げるイメージだ。
『青い光』に溶け込んで、薄く、広く、自分自身が拡大して行くような感覚。
すると、視界には一切『青い光』は確認出来ないが……私の感覚には、周囲の状況が事細かに伝わって来た。
周囲を囲む木々や地形の起伏。
風で揺らめく草花。
木々の間を通っている曲がりくねった山道。
そして、そんな山中に息を殺すようにして身を隠す鳥や獣達。
薄明りの中では見えなかった周囲の状況が、私がいる位置からは見えない筈の場所の様子も含めて手に取るように分かる。
(…………すごい。 周りの様子がはっきり分かる。 見えるんじゃなくて、感じ取れる……)
私が行ったのは、それこそ潜水艦のソナーの様な『探知』だった。
ソナーは発した音の反響音から周囲を索敵する装置であり、蝙蝠のエコーロケーションも同じような仕組みである。
しかし、私が周囲に発したのは音ではなく、私の中の『青い光』だ。
体を流れる光のエネルギーの形を変えて『波』として周囲に放つ。
その『波』が当たった存在を私自身が感じ取っているのだ。
これまで私が怪物達の位置を知る為に使用していた『感覚』の能力は、あくまでも怪物……つまり『ブルーフィリア』の位置や動きを『青い光』の放つ『波』から察知する能力だった。
『感覚』が『ブルーフィリア』の存在や動きを含めた詳細な情報を感じ取る対『ブルーフィリア』に特化した能力であるとするなら、『探知』は周囲の全ての存在の動きや形状を感じ取る能力だ。
怪物にしか使えなかった私の探知能力が、より汎用性を増した形と言えるだろう。
この二つの能力を使い分ける事が出来れば、奇襲などを受ける可能性を著しく減らす事が出来る。
特に、暗闇に満ちた山中を進まなくてはならない今の様な状況では非常に役立つだろう。
そうして『探知』の能力の使い勝手を私が確認していると、前を進んでいたライナが若干怪訝そうな顔をしてこちらを振り返った。
「……んん? 操、今何かしたか?」
「え?」
ライナがこちらを振り返ったのは、私が『探知』を使用した直後だった。
……もしかして、『探知』は周囲の存在に何らかの違和感を感じさせてしまうのだろうか。
だとすると、敵にこちらの存在を察知されてしまう恐れがある為、無暗に使用出来ないという事になってしまうんだけど……。
「あ……ごめん、もしかして、何か感じた……?」
「いや、何か感じたっていうか………何だろな? 本当に何となくなんだけど、周りの空気が一瞬こう……撫でられた? みたいな感覚が……あった様な、無い様な?」
どうやら、はっきりと何かを感じ取った訳ではなく、ライナの勘であるらしい。
断言は出来ないが、これはライナ特有の第六感の類であると思われる為、彼以外が気付く可能性は低いだろう。
………………ライナだけだとしたら、それはそれでちょっとおかしい気もするけど、考えないでおこう。
「周りの状況をもっとこう……ソナーみたいな感じで調べられないかなって思ったの。 今まで出来たのは怪物が居るかどうかとか、動きはどうかとかだけだったから……」
「へぇ、成程な。 確かに怪物以外も探知出来れば便利そうだけど……出来るのか?」
ライナが興味津々という顔で聞いて来る。
どうにも彼は、こういう話になると生き生きし出すらしい。
目を少年の様に輝かせてワクワクしているらしいライナの姿を見ると、何だか急に彼が幼くなった様に感じてしまう。
……………
そう言えば、ライナって幾つなんだろうか?
最初の印象から勝手に年下の印象を抱いていたけど、私の存在を肯定して受け止めてくれた頼もしさからは、そうした雰囲気は感じられなかった。
外見からすると、10代後半くらいに見えるんだけど……。
でもそれだと、桜木博士が19歳だったみたいだから、私も同年代って事にになるのかな?
あくまでも外見年齢的には、だけど。
そんな事を考えつつ、私はライナに新たな能力の説明をして行く。
「一応出来たみたいだけど……範囲はそんなに広くないみたい。 今の所は大体、半径100メートルくらいの範囲が限界かな」
『感覚』の場合は300〜400メートル程の範囲まで怪物達の存在を感じ取る事が出来た。
しかし、『探知』の方で感じ取れるのは100メートル程までが限度だった。
単純に熟練度の違いかもしれないが、私が受け取る情報量は『探知』の能力を使用した時の方が圧倒的に多い。
『感覚』の方も細かく怪物の状態を調べようとすれば情報量は増えるが、『探知』の方は常時多大な量の情報が私の元に届く。
故に自分自身への負担を考えた結果、私が無意識に範囲を限定しているのではないかと思う。
「100メートル!? そんな広範囲の様子が分かるのか?」
しかし、どうやらライナにとっては驚愕に値する範囲だったようで、目を丸くして驚いていた。
私としては山全体くらいは出来ないかと思ったのだけど……。
「うん、本当はもうちょっと広い範囲が分かれば良かったんだけど……」
「いやいやいや、十分すぎるだろ。 この薄暗い中で、不意打ちを防げるだけで十分だって」
そう言って楽しそうに笑うライナ。
自分が望んだ通りの結果にならず少し凹んでいた私は、そんなライナの言葉に安堵した。
「そう言ってもらえるなら良かっ…………あれ?」
ライナに感謝の言葉を口にしかけた私は、その時になって『探知』の範囲内に森の木々とは違った物体が入って来た事に気が付いた。
大きさからするとそれなりに大型の物体の様だが、特に動いたりはしていない。
「どうした?」
「この道の先に何かあるみたいなの。結構大きな物みたいで………あ、待って。………うん、多分小屋か何かだと思う」
私の『探知』の感覚に引っかかったのは、恐らく小さな木造の小屋と思われる物体だった。
このままかつての作業員用通路を進んで行けば、前方にその姿が見えて来ると思われるが………少々違和感を感じる。
「特に怪しい所は無いと思うんだけど………何て言うか、思ったよりも荒れていないみたい。 この通路とかは放棄されてボロボロだけど、小屋はそれなりに手入れがされている………のかな?」
「……すごいな、そんな事まで分かるのか……」
ライナは私が小屋の細かい様子まで把握している事に驚いていたが、これに関しては私がすごいというよりは『青い光』がすごいのだと思う。
私がやっているのは『青い光』の形を変えた『波』を周囲に放つ事だけなのだ。
しかし、周りに放たれた『波』は、波に触れた物体の情報を私が何もしなくとも細かく私に伝えてくれる。
『青い光』に関してはいまだに何も分かっていないに等しいが、私の推測では言葉通り『自分自身の一部』なのではないかと思う。
私が『周囲の状況を知りたい』と意識して、『自身の一部』を拡大して広げていると考えれば、私が知りたい情報が得られるのは当然だ。
要するに、遠隔地の物体を自分の体で触れている様なものなのだから。
「周辺に怪物の気配は無い………というか、生き物の気配が無いみたい。 あちこちに動物が隠れているみたいだけど、皆息を潜めてる」
「怪物共は人間は積極的に襲うけど、それ以外の生き物はあんまり興味が無いみたいなんだよな。 ……選り好みか?」
……食の好みで襲われたのでは堪ったものではない。
ともあれ、そんな“人間好き”な怪物は、『探知』出来た限りでは小屋の周囲に存在しない様なのだが………私にはその小屋その物が異質に感じた。
現在位置である今は使われていない山道……言わば旧道とでも言うべき道の傍らに、唐突に建てられた物置レベルの小屋。
放置された廃墟であったなら特に不思議ではないのだが、視界に入って来た小屋はやはり最近まで使われていたように見えた。
「……どう思う?」
「うーん……もしかしたら、ハンターの狩猟小屋……とか?」
そう口にしたライナ自身も自分の発言を疑問視しているように感じた。
実際、狩猟小屋の類として見るのも無理がありそうな程の掘っ立て小屋なのだ。
屋根があり、扉は付いているが、窓……というよりも明かり取り用の隙間のような物が屋根近くに設けられているだけであり、居住性に優れているとはお世辞にも言えない。
総じて、用途が不明な木造の小屋、と言うのが正しい表現だろう。
可能性は低いが、内部に誰かが居る場合を考え、私達は視線だけでやり取りすると銃を構えながら小屋へ接近して行く。
ライナが小屋の扉の前まで音も無く歩み寄り、内部の気配を探る。
私はライナの背後で『感覚』と『探知』を用いて周囲の警戒を行った。
相変わらず周囲には怪物の気配は無い。
崖上の道路にはあの謎の敵が複数居たにも拘らず、崖下の旧道には全く怪物の気配が無いのには何か理由があるのだろうか?
今の段階では情報が不足しているので何とも言えないが……恐らく、偶然ではないだろう。
……深刻な理由でなければいいんだけど。
なんて考えると、実際にそうなりそうなので考えないでおこう。
そんな事を考えていると、ライナが小屋の扉に手を掛けた。
私はライナに背を向けた状態で周囲の警戒をしているが、『探知』の能力により直接目で見ていなくとも周囲の状況を把握出来る為、ライナの動きがはっきりと感じ取れた。
それ故、ライナが開けた扉の先、つまり小屋の内部にある物の存在にもいち早く気付く事が出来た。
「………! ライナ、中に死体がある……」
「………みたいだな」
扉を僅かに開けたライナからも死体の一部が見えたらしい。
声色からライナが警戒レベルを一段階上げたのが分かる。
しかし、私の『感覚』はその死体がただの死体である事を私に伝えていた。
「大丈夫、怪物じゃないよ。 ……けど、『花』は咲いてる……?」
小屋の内部は物置小屋のようになっており、外観通りかなり狭い。
内部にあるのは小さなテーブルと、引き出しの付いた棚……と言えるかどうか微妙な感じの収納だ。
死体はその棚の横で壁に寄り掛かる様にして倒れており、体のあちこちから極小の青い花を咲かせている。
「………一応調べるか。 なんでこんな所で死んでるのか気になるしな」
ライナはそう言って扉を大きく開けると小屋の内部に足を踏み入れた。
周囲を警戒しつつ、私も後に続く。
小屋の中は明かりも無い為真っ暗だったが、ライナが小さなライトを取り出して死体を照らした。
「小屋の中だから外からは見えない……って事を期待しておこう」
苦笑しつつそう言ったライナは、死体の側に屈んで死体を調べ始めた。
私もそのままでは手持ち無沙汰なので、周囲を警戒しつつ小屋の内部を調べる事にする。
と言っても、先程述べたように小屋の中にはテーブルと棚がある程度だ。
テーブルの上には何も無く、必然的に調べる場所と言えば簡素な棚程度しか無かった。
私はすぐ横で死体を調べるライナを横目に、棚についている引き出しを開けてみた。
中に入っていたのは……包帯や医薬品? こんな所に?
しかも、比較的新しい物らしく、使おうと思えば問題なく使用出来る品質が保たれている。
その内、包帯や消毒液、止血剤等が最近使用された形跡があるが、在庫はまだ余裕がある。
更に引き出しの下にある両開きの収納を開けてみると、そこには保存食の類が入っていた。
こちらは在庫がかなり減っており、残っている物も全て袋が開けられている。
「……この人が使ったのかな?」
使用済みの薬の空き瓶を手に取りそう呟いた私に、ライナが反応する。
「多分そうだろうな……。体のあちこちに何かをぶつけられた様な痕がある。 外見上の傷は少ないんだけど、骨折したり酷い内出血を起こしたりしてるな。 ……多分、内臓をやられたんだろう」
ライナの見立て通りであれば、この人物は怪物に襲われここに逃げ込み、小屋に備蓄してあった医療品を使って自らの治療をしようとしていた、と言う事らしい。
しかし、内臓にまで至る程のダメージを受けてしまっていた為に応急処置では間に合わず命を落としたのだろうという事だった。
「傷からすると、あのよくわからん光の弾をぶっ放して来る奴にやられたっぽいな……。思ったよりもえげつない威力してるな、あれ」
そう死体の傷の分析をするライナの言葉に、私は車を攻撃された時の事を思い出す。
それ程大型の車ではなかったとはいえ、走行中の車両にあれ程の衝撃を与える攻撃なのだから、確かに相応の威力はあったのだろう。
……攻撃を受けてしまったらどうなるかは考えたくない。
「この人は何でこんな所に居たんだろう? この小屋も周りの荒れ様からすると、むしろ手入れがされてるように見えるし……」
「うーん……多分だけど、格好からしてハンターか何かだったんじゃないか? 銃を持ってないのが不自然だけど」
ライナの言う通り、死体は銃……と言うか武器の類を持っていないようだった。
ハンターであるなら街の異変が起きる前から武器を持っていそうだが……落としたのだろうか?
いずれにせよ、目の前の情報だけでは詳細な経緯は分かりそうもない。
そこまで考えた時、私の脳裏にある事が思い浮かんだ。
――――分からないなら聞けば良い。
「……ライナ、この人についての情報って必要? 必要なら多分もう少し詳しく分かると思うんだけど」
「え? そりゃまあ………この状況だし、俺達より前にこの山に居た人間の情報だから、分かるんなら欲しいけど……どうやってだ?」
そう疑問符を浮かべるライナに私は曖昧に微笑むと、すぐ隣にしゃがみ込んだ。
そして、腕から細い蔓を伸ばすと、死体の腕に巻き付けた。
「え? おい、操?」
「……大丈夫。 前にも何度かやった事があるから」
驚く彼を制止しつつ、私は意識を集中する。
死体に『接続』し、その記憶を読み取ろうと意識した。
ハンターと思われるこの死体は死亡してから時間が経っている為、それ程詳しく読み取れないかもしれないと思ったのだが、予想に反してかなりクリアな記憶が私の頭に入って来た。
『一体どうなっちまったんだ、この山は!?』
聞こえて来たのは男性の声。
30代半ばから後半程だろうか?
余程焦っているのか、その声は悲鳴じみていた。
『今朝の段階じゃ、何も問題なかった。 様子がおかしくなったのは午後になってからだ。 それまで見つける事が出来ていた獲物がぱったりと姿を見せなくなっちまった。
それ所か、辺りから鳥の鳴き声一つ聞こえねぇ……。 気味が悪くなっちまったんで、放棄された製材所跡に停めた車まで戻ろうとしたら、上にある別荘地帯の方で何かが吠えた。
狼? ……いや、この山に狼なんかいない筈だ。 とにかく早くその場を離れなきゃならないと思った。 ……だが、出来なかった。
車に乗ろうとした所で、俺の身体に何かが激突して来た。 何が起こったか分からないまま吹き飛ばされて地面に転がったら、今まで俺が立っていた場所に、青く光る塊みたいな物が次々着弾した。
車はその時駄目になっちまった。 痛みのせいでまともに頭が働かなかったが、光の塊が飛んで来た方向を見たら………そいつが居た。
あれは……『あいつら』は、一体何だ? 足の生えた花みたいな生き物が、山の斜面の方から青く光る目玉をこっちに向けていたんだ。 俺は悪い夢でも見ているのか?
俺は必死に逃げた。 奴らはしつこく俺を追いかけて来たが、レドウッド山はそれなりに歩き慣れてる。
30分近く山の中を逃げ回って、ようやく撒く事が出来た。
ハンティングの時に使う、簡易の狩猟小屋までどうにか逃げて来れたが………逃げている最中に、奴らの放つ光の塊を何発も食らってしまった。
逃げるのに必死で忘れていたが、小屋に逃げ込んだ直後から酷い痛みに襲われている。 ……応急処置はしたが、もう動けそうにない。
製材所で襲われた時にライフルも落としちまった。 またあいつらに襲われたら………いや、そんな心配をする必要は無いか。
傷が見た目以上に深い。 以前クマに襲われて爪で引っ掻かれた事があるが、あの時以上の痛みを体中から感じる。
あの光の塊は……見た目通りの威力じゃない。
勿論、悪い意味でだ。
街の方がどうなっているのかは分からないが、山の中だけって事は無いだろうし、あいつらは何匹もいて群れを作ってた。
救助が来るならチャンスはあったかもしれないが、恐らく俺は助からないだろう……。
一体……何が起きているんだ?
いつからこの山は化物の住処になっちまったんだ?
奴らは連携して俺を襲って来た。
それこそ、まるで狼の群れの様だった。
車を置いていた別荘地帯のすぐ下にある製材所跡から追い払うように俺を攻撃して来た事から考えて、別荘地帯に何かがあるのか……?
だとしても、突然どうしてあんな奴らが現われたんだ?
ああ、駄目だ。 頭がぼうっとして来た。 目も霞んで来ている。 もう何も見えない……。
街の連中は……無事なんだろうか…………。
この最悪な光景が………もしも、夢なら……………早く……覚め…………………』
「………やっぱりこの人はハンターだったみたい」
ハンターの男性の記憶を読み取った私はその内容をライナに話して聞かせた。
私が死体から生前の記憶を読み取れるという能力を持っている事にライナは驚いていた………というよりも感心し切り、という様子であり、例の如く「カッコイイな!」との感想を頂いた。
……本当にそういう所は子供っぽいなぁ。
「なるほどなぁ………所謂サイコメトリーって奴か。 ……いや、ちょっと違うか?。 どっちにしろ、こういう状況だとすげぇ便利だな」
「死体漁りしてるみたいで気が引けるけどね……。 病院や指令センターで私が色々と情報を得られたのは、この能力があったからなの」
ライナもその辺りは疑問に思っていた様で、大いに納得した様子で頷いている。
実際、この能力が無くては私は生き延びられなかった可能性が高い。
情報は生存の大きなカギになるのだから。
「そこは今更だろ。 死体を漁ってでも生き延びようとしてなきゃ今頃死んでるよ、操も俺も。 だから、気にする事は無いさ」
そう言って肩を竦めるライナに私は曖昧に微笑んだ。
ライナの言う通りではあるのだが、私自身はまだ割り切れていない。
どうしても、私自身の倫理観が桜木博士の知識由来である為か、そういった事に抵抗を覚えてしまう。
生き延びる為にはそうした躊躇いは足枷になると分かってはいるんだけど……。
「まぁ、本当に気にすんなよ。 こういうのは慣れだけど、慣れた方が良いとは限らないんだ。 ……操も、無理してその能力使わなくてもいいからな?」
私の表情を見てライナがフォローを入れてくれる。
……駄目だな、私。
またライナに心配を掛けてる。
一緒に戦うって決めた筈なのに……。
「………ん!」
私は気合を入れるべく、自分の頬を手で叩いた。
パシン!という音が小屋の内部に響き、私の突然の行動にライナが目を見開いた。
「え、おい、操?」
若干困惑した様子で声を掛けて来るライナ。
………しまった。 先程とは別の意味でライナを心配させてしまったようだ。
「………ごめん、大丈夫。 ちょっと覚悟が揺らいじゃったから、気合を入れたの」
ちょっと申し訳なく思いつつライナにそう告げる。
まあ、急に目の前で一緒に居る人が顔を叩き始めたら驚くよね。
「あ、そういう……? いきなり結構な勢いで顔を叩いたからビックリしたわ……」
そう言ってほっと息を吐いたライナは、やや心配そうに私の顔を覗き込んだ。
そして、私の若干赤くなった頬を手で触れる。
「あーほら。ちょっと強く叩き過ぎだったんじゃないか? 少し赤くなってるぞ」
そう言いながら、無意識になのか、私の頬を摩るライナ。
「ひゃ……!?」
目の前にライナの顔が迫り、手が頬に添えられるという状況に、私の顔は一気に熱を帯びた。
勿論ライナはそんなつもりは無いのだろうけど、この状況で意識するなというのは無理がある。
ライナにとってはともかく、私にとっては………好きな人の顔が目の前にあるのだ。
頬は自分で叩いたのとは無関係に紅潮し、心臓が一気に早鐘を打ち始める。
……そう言えば、私は生物の分類としては『人型のブルーフィリア』という括りらしいが、体の構造は人間と同じなのだろうか?
心臓が脈動しているという事は内臓などは人間と同じなのかもしれないが、それらが人間と同じ働きをする臓器とは限らないかもしれない。
その内そういった細かい部分も調べてみた方が良いのかな?
………などと、自分の置かれた状況と全く関係ない事を思い浮かべて現実逃避をしてみるが、当然の事ながら事態は変わらなかった。
……と言うか、何故この様な場面でも思考速度が加速して、本来ならほんの一瞬の筈の体感時間が引き伸ばされているのだろうか?
私自身はそういった事は特に意識しては―――……。
そこまで考えて私は、自分が意識していないのに肉体的な反応として能力が行使されているという事は、無意識的にそう望んでいるという事なのでは?という答えに行き着いた。
つまり今、ライナと至近距離で見つめ合う様な体勢になり、顔に手を添えられた状況を体感時間を引き延ばしてまで堪能しているのは、他ならぬ私の――――………。
「……っっ………あ、あの………ライナ……ち、近い…………!」
色々と限界だった私は、か細い声で何とかそれだけ口にする事が出来た。
鏡がある訳ではないし、あったとしても暗い小屋の中なので分からないと思うが、恐らく私の顔は耳まで真っ赤だろう。
これ以上は本当に無理だった。
「え? ……………あっ!? わ、悪い……」
私に言われてライナもようやく自分がかなり際どい事をしていると気付いたらしく、手を離すと同時に大きくその場から飛び退いた。
固まったまま身動きが取れなくなっていた私はほっと胸を撫で下ろす………が、同時に残念に感じてしまっている自分に気が付き、また顔が熱くなる。
「えっと……その、ごめん操。 ちょっと、何ていうか…………配慮が色々足りなかった。 悪い……」
「う、ううん、気にしないで。 別に嫌だった訳じゃないから。 ただ、いきなりで驚いちゃっただけで………」
お互いに目を合わせられず、微妙な雰囲気が漂う。
山奥の明かり一つない小屋の中。
それも、得体の知れない危険な生物が彷徨っている場所で何をやっているのかと思うが、こればかりは未だに慣れない。
……それでも、いつかは自分のこの気持ちをライナに伝えたい。
人間ではない私が彼にそんな事まで望むのは分不相応だと分かってはいる。
しかしそれでも――――この気持ちに嘘は付けそうにない。
ばつが悪そうに、そして照れ臭そうに明後日の方向に視線を逸らしているライナを見て、私は自分の感情を再認識した。
私がこの先どういう結末を辿るのかは分からない。
けれど、それがどんな結末であろうとも、私の想いは抑えられそうにない。
私はこんなに我儘だったのかと、自分の感情の大きさに驚きもするが、一方でそれでも良いのだと思う事が出来る様になっている。
――――そんな私の我儘を、それでもライナは受け止めてくれると分かってしまったからだ。
……そう、私は………ライナに甘えている。
彼の善意に溺れようとしている。
それは彼に大きな負担を掛ける事になると分かっているのに。
でも、もうそれで良いと思う。
最終的にライナが生きていてくれさえするなら。
その為の代償がどれだけ大きくとも、私は全て受け止める。
結果、自分がどうなろうとも。
そうして照れるライナの横顔を密かに見つめつつ、私は自分の想いを再確認するのだった。




