表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/157

68 頂きを目指して


「何度も言うのもどうかと思うけど……本当にいいのか操?」


前を歩いていたライナが不意にそんな事を言いつつ振り返った。


その表情は若干複雑そうであるが、私の身を案じて言っているという事はすぐに分かった。


「うん、もう決めたよ。 桜木博士の最期の願い……叶えようと思うの」


桜木操博士の『遺言』を受け取った後、私達は早々にホテルから脱出していた。


流石に長居しすぎた様で、建物内の怪物の気配がかなり増えて来ていたのだ。


来た道を戻ろうとすると怪物の群れにかち合う可能性が非常に高い状況だった為、再びバルコニーから外へ出た後、『茨の鞭』を使って階下へと降りたのだ。


5階建ての建物の最上階から地上まで到達する為には、『茨の鞭』をそれなりの長さにしないといけなかったのだが、至極あっさりと地上まで到達する事が出来た。


蔦や『茨の鞭』を伸ばす事が出来る長さは以前はもう少し短かった筈だが、私が自分自身の存在を受け入れる事が出来た影響なのか、こんな所でも能力の成長が見られたのだ。


脱出の際、ライナには私に掴まってもらう形になった為、若干気まずかったが……まぁ、気にしないでおくべきだろう。 ……多分。


「荷物になった気分だな………いや、比喩じゃなくて、そのままの意味で」


地上に降りた後、ライナがそんな事をぼやいていた。



ともかく、そんな流れでホテルから脱出し、現在私達はグリーンフォレストの郊外へ向かっていた。


郊外と言っても街の外に出ようというのではない。


街の北に少し行った所にある山……『レドウッド山』に向かっている。


そして、より正確に言うなら、目指しているのはレドウッド山の中腹辺りにある別荘地帯。


そこにある、桜木博士の自宅兼研究所だ。


そう、私は『最初の一輪(オリジン・ブルー)』を止めて欲しいという、桜木博士の最期の願いを聞く事にした。


ライナは私がやる必要は無いと言ってくれたし、桜木博士本人も音声記録の中で『あなたには責任の無い事』と言っていたが、正直な所、私自身はこの件と自分が無関係だと思う事は出来なかった。


……私が『ブルーフィリア』由来の生命体だからではない。


私が『最初の一輪(オリジン・ブルー)』から生まれたから………私にとって彼女が、生みの親の一人の様なものだからだ。


勿論、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』は、私を自分の娘と認識している訳ではないだろう。


それでも、私にとって生みの親と言えば、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』と……桜木博士という事になるのだと思う。


自分自身にとってのみとは言え、その様な関係性である以上、私にも『最初の一輪(オリジン・ブルー)』を止めて欲しいという桜木博士の願いを聞き、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』を倒さなければならない『理由』はある。


記憶を取り戻し自分が何者かを知るという当初の目的は、意味合いがかなり違ってしまったものの、一応は達成する事が出来た。


その為、これ以上この件に関わる必要は当初の目的からすれば無いのだが……。


「……これ以上、『ブルー』に罪を重ねさせたくないっていう桜木博士の想いは痛い程分かるの。 ……私の中に桜木博士の記憶があるから」


私は桜木博士の遺体と『最初の一輪(オリジン・ブルー)』の種子が融合して誕生した存在だ。


それ故に、私自身は桜木博士とは別人だったにも拘らず、桜木博士の記憶や知識が一部引き継がれている。


そのせいで目覚めた私は、自分が『桜木操』であると誤認してしまった訳だが……まぁそれはこの際良いだろう。


自分が『誰』で『何』なのかを理解した今は、そうした『他人の記憶』も知識の一部として客観的に見る事が出来る様になった。


その上で、桜木博士の記憶を読み取った私が何よりも最初に思ったのは………『終わりにしなくてはいけない』という思いだった。


記憶の中の桜木博士の悲しみと嘆き、後悔と絶望。


他者の記憶、他者の感情であると認識出来たからこそ、私はその想いを受け留めたいと思った。


桜木博士の抱いていた『ブルー』への愛情が本物だと理解出来たから。



「……そうか。 まぁ、操がそう決めたんならいいよ。 どっちにしろ、俺は付いてくしな」


そう言って肩を竦めるライナ。


私としては嬉しいんだけど、本当に軽い感じで決めるなぁ……。


「ライナこそ良いの? どう考えても最終的に『最初の一輪(オリジン・ブルー)』と戦う事になるんだよ? ……まともな相手じゃないのは間違い無いよ?」


この街の惨状を一人……一輪?で引き起こした存在が相手なのだ。


その力の強大さは、今更言うまでもない。


桜木博士が開発したとされる『枯死毒』を使用するとはいえ、その桜木博士自身をして不死身に近いと言わしめる様な生き物相手に、どれ程の効果があるのかは疑問だ。


勿論、私は桜木博士を信じている。


しかしそれでも、『未知の生命体』と彼女が表現した生物が、毒物に対処出来ないままで居るだろうかという懸念があるのも正直な所だ。


或いは、だからこそ桜木博士は私に『最初の一輪(オリジン・ブルー)』を止める事を託したのだろうか?


彼女から引き継いだ記憶の中にはその様な考えは無かったと思うけど、知識以上に記憶に関しては断片的なものしか受け継いでいない。


これまでと同じ様に、何らかのきっかけがあって初めて受け継いだ記憶が甦る形になるのかもしれないのだ。


今現在、私の中にある桜木博士の記憶が、受け継いだ記憶の全てだと思い込むのは危険だろう。


あくまでも、現在までに知り得た情報の一つとして考えておくべきだ。


そう考えると桜木博士の用意した手段があるとはいえ、確実に『最初の一輪(オリジン・ブルー)』を倒す事が出来るとは言い切れない。


もしも、毒を使用しても『最初の一輪(オリジン・ブルー)』を倒す事が出来なかった場合、未知の強大な力を持った存在と命の奪い合いをしなくてはならないのだ。


私は………極端な事を言ってしまえば、手足がもげようとも、体に穴が空こうとも死にはしない。


限界はあるが、それでも完全に生身のライナよりは確実に頑丈だ。


しかし、ライナは違う。


確かにライナは人間離れした強さを持った人だけど、もし私と同じ様な目に遭ったら死んでしまう。


私よりも、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』と対峙する危険度は高い筈だ。


「心配すんなって。 ()()()()生き物なら散々相手にして来たからな。 今更大して変わらないさ」


そう言ってライナは今歩いて来た道を振り返る。


私達がここまで通って来たのは、大通りから一本入った裏道だ。


広くも無く狭くもない、地元住民以外はあまり利用していないような道であり、特に目に付く物も無い。


ホテルの敷地を出て、レドウッド山に向かって移動を開始した私達はそんな場所を通って来ていた。


しかし、そんな何の変哲もない道に、『花』の怪物が所狭しと徘徊していたのだ。


幸い、大部分は『花人』や『木人』等だった為、対処は難しくなかったのだが……如何せん、数が多かった。


それでも中央地下水路で遭遇したあの大集団に比べればずっと少ないが、何もこんな狭い道でひしめいていなくても、と思ってしまったのは仕方がないだろう。


……とにかく、彼らに仲間を呼び集めるような習性は無いはずだが、絶対に無いとも言えない為、速やかに排除する必要があった。


私はライナと手分けして怪物の群れの排除に取り掛かり……特に問題なく処理が済んだ。


しかし、怪物達の排除が完了したと言っても、死体が消えて無くなる訳ではない。


ライナが視線を向けた背後の道には、夥しい数の怪物の死体が転がっている。


戦闘を終えて私もライナも無傷だったが、私はライナほど完璧に戦える訳ではない。


どうしても力任せに剣を振ってしまったり、剣による攻撃が間に合わない場合は『籠手』で殴りつけたり、といった力技に頼る事が多かった。


その為、倒した怪物の死体が……まぁ、有り体に言ってしまえば、惨い事になっている物が複数体あった。


「……………」


改めて背後の道を見たライナは何か言いたげな微妙そうな顔をしている。


「………わざとじゃないからね?」


「な、何も言ってないだろ?」


―――目は口程にものを言うのだ。



「………とにかく、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』があの連中よりずっとヤバいのは百も承知だ。 だからこそ、一人で戦うような事をさせるつもりはないからな?」


腕を組み、私を半眼で見るライナ。


……どうやら、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』と戦う事になった場合、私が一人で戦おうとしていた事はバレているらしい。


本当にいつもどうしてそんなにあっさり考えを読まれるんだろう?


そんなに顔に出やすいのかな。


「表情とか読むまでもなく、操は分かり易いからな」


……どうも、私は彼に嘘が付けないらしい。


―――敵わないなぁ。




そんなやり取りをしつつ、途中何度か怪物の襲撃を退けながら街の北側へ向かった私達は、レドウッド山の山頂付近まで繋がった道であるハイキングコース入口までやって来ていた。


ライナの情報によると、ハイキングコースと言っても殆ど自然のままの山道くらいしか無く、街の住人はほぼ立ち入る事が無い道らしい。


山道を徒歩で登って行くのは非常に時間が掛かる上に重労働である為、一応車が通れる舗装された道路も山頂付近まで続いては居るのだが、所謂ヘアピンカーブ状の道路が続いているらしく、こちらも利用者は少ないのだそうだ。


ならばどうやって中腹付近にあるという別荘地帯に向かうのかと言うと………麓から別荘地帯まで直通のケーブルカーがあるのだという。


………道路は?


「………無駄遣い」


「……いつもの奴だな」


まあ、別荘を新たに建てる際などに資材を一度に運んだりするなら当然車両の方が効率が良い。


道路の方はそういった物資の運搬等に利用されているらしく、別荘地帯を利用する住人達はケーブルカーの停車駅がある麓の駐車場に車を停め、街に出かける時はそこから車に乗って行くのだという。


そして、周囲を警戒しつつ奥へと進んで行くと、件のケーブルカーの停車駅と思われる建物が見えて来た。


思ったよりも小ぢんまりとした駅舎だが、屋根などのデザインは中々凝った造りになっている。


駅舎の周辺もちょっとした公園の様に石畳が敷き詰められている等、恐らく観光客向けと思われる設備が随所に見られた。


因みに、レドウッド山に別荘を所有している場合はケーブルカーの年間パスが街から支給されるらしい。


山を昇り降りするのに毎回ケーブルカーを利用する必要があると料金も馬鹿にならない……と言う事だろうか?



「この辺りは街中に比べると建物が荒れてないね」


「そうだな……『花』に浸食されてる所もあんまり無いみたいだな」


そんな会話をしながら周囲を調べる。


実際の所、全く『ブルーフィリア』に浸食されていない訳ではなく、ちらほらと特徴的な青い花が顔を覗かせている。


しかし、この場に咲いている『ブルーフィリア』は、全て通常の植物のように地面に根を下ろして花を咲かせていた。


心なしか花自体が小さく茎や葉も萎れているように見え、咲いている数自体も少ない。


これまでにも同じように地面に花を咲かせた小さな『ブルーフィリア』を目にする事があったが、何故そのような状態になっているのかは分からなかった。


しかし、今は私の能力が以前より向上しているからだろうか?


一見するとごく普通の青い花に見える『ブルーフィリア』達に、異常が発生している事に私は気が付いた。


「この『ブルーフィリア』達……『光』が弱い。 『花』由来の生き物の基準からすると、死に掛けに近いレベルだと思う」


『ブルーフィリア』由来の生物がその身に内包する謎の『青い光』。


その光を視認する事が出来る私の目には、地面に咲いた花々が宿した光が非常に弱々しく映っていた。


『花』の怪物としては最も弱いと思われる『花人』でさえ、体全体を覆う程の『青い光』を纏っている。


それに対してこの花達は、糸の様に細い僅かな光が薄らと体内に存在する程度なのだ。


花全体を覆う様な光ではなく、ともすれば呆気無く消えてしまいそうな光だ。


私にはそれが、花達が既に死に掛けている様に見えた。


「うーん……もしかして、増えすぎて劣化して来てるとかか? こんだけ無節操に増えてたら、どれだけ強力な力を持ってるって言っても限界がありそうだしな」


ライナの言葉に私も頷く。


確かにそれはあり得るかもしれない。


桜木博士も、今の『最初の一輪(オリジン・ブルー)』の状態を()()()()()()と表現していた。


それはつまり、暴走状態に陥る事で本来はまだ発揮出来なかった、あるいは発揮してはいけなかった力が目覚めてしまい、『最初の一輪(オリジン・ブルー)』に予期せぬ負荷が掛かっているのかもしれない。


その結果、今も街中に放出され続ける『種子』の持つ力が劣化して来ている……そう考える事は出来ないだろうか?


「ただ単に奇形化するだけなら良いんだけど……イレギュラーな怪物が生まれないとも言えないし、楽観的にはなれないかな……」


「あー……ありそうだな。 ……て言うか絶対なるな。 あんま考えたくないけど……」


それも同感だ。


……考えたくないと言う部分も含めて。



駅の敷地周辺に怪物が潜んでいるという事も無く、私達はケーブルカーの駅舎の中に入る事が出来た。


鍵も掛かっていない駅舎の事務所の中は、つい先程まで誰かが居て慌てて出て行ったような散らかり様だった。


駅員の休憩スペースと思われる場所には、食べかけのサンドイッチや零れたコーヒーの痕などがある。


食事中に()()があったのだろうか。


周辺に怪物がおらず血痕なども見当たらない事から、ここの職員達は無事に逃げる事が出来た―――と、思いたいが……。


「んー……やっぱり駄目だな。 動力が落ちてて動かないみたいだ」


そう言ってライナが溜息を吐きながら、事務所の一角にある小部屋から出て来た。


「やっぱり、ケーブルカーは上で停まってるの?」


私達は駅舎に入ってすぐに、簡単には目的の別荘地帯に辿り着けそうにないと察していた。


何故かと言えば、そこに本来あるべきケーブルカーの姿が無かった為だ。


おまけに、別荘地帯の側まで上がった状態で何かトラブルがあったらしく、その動力を停止してしまっていたのだ。


「こっちの制御装置からアクセス出来ないみたいだから、上でトラブって装置がエラー吐いてるのかもな……」


「まぁ、その可能性もあるかもとは思ってたけど……予想通り過ぎてね……」


この街を探索している中で、こうした事は最早慣れたものだ。


正直に言えば全く慣れたくはないが、そういうものだと思っておいた方がダメージは少なくて済む……と、思う。


ともあれ、第一案が使えないのであれば第二案で行くしかない。


出来れば避けたかった方法なのだが……。




「お、丁度良さそうな車があるぞ」


駅舎を出た私達は、街の住人が利用しているというすぐ近くの駐車場に来ていた。


このような状況なので当然人影は無く、駐車場も閑散としている。


しかし、そんな中でも何台かの車が駐車されたままになっていた。


ライナの言葉通り、今の私達にとっては丁度良いと言える。


「緊急時だからっていうのは分かるけど……やっぱり罪悪感があるなぁ……」


「気にしない気にしない。どっちにしろ、道路を歩いて山登りってのは現実的じゃないんだ。 他に方法無いぞ」


ライナの言葉に私は溜息を吐く。


要するに第二案とは、駐車場に停められている車を拝借するという事だ。


もしかしなくとも窃盗である。


しかし確かにライナの言う通り、他にまともな方法が無いのでやむを得ないと言うのも事実だ。


停められた車の一台にライナが近寄り周囲を調べて――――何故車体の下をあんなに念入りに調べているのだろうか?


「……ライナ、別に爆弾とかは仕掛けられてないと思うよ」


「いやほら、万が一って事もあるし……」


私の呆れを含んだ声に、ライナがちょっとだけばつが悪そうに答える。


……何だか手慣れている様に見えるのは気が付かなかった事にしよう。



暫く車体を念入りに調べたライナは何事か納得したのか、立ち上がって車のドアを開けようとする。


だが、当然の事ながらロックが掛かっているようでドアは開かなかった。


「……ワンチャンあるかなーって思ったけど、流石に無いか」


「あったら本気でこの街の人達のセキュリティ意識が心配になるよ。 ………私もちょっと思ったけど」


流石に都合よくドアのロックが掛かっていない、という事はなかった様だ。


しかし、今までの流れからすると少し期待してしまうのは仕方がないと思う。


「仕方ない、普通に開けるか。 ちょっと時間が掛かるから、操は周囲を……」


そうライナが言いかけた時、私はある事を思い出した。


そう、私には『鍵開け』の経験があるのだ。


「……あ、待って、ライナ。 もしかしたら私、開けられるかも」


「え?」


驚くライナを尻目に、私は車のドア……正確にはドアについている鍵穴に手を伸ばす。


そして、ドアに触れるか触れないか位の位置で手を止めると、腕から細い蔦を生やして先端を鍵穴に差し入れた。


以前、聖メアリー記念病院で『花』の能力を使って鍵開けを行ったのは本当だ。


しかし、あれは『鍵を開けた』と言うよりは『鍵を破壊した』と言うべきだろう。


窓などの隙間から蔦を伸ばして扉の内鍵を開けた事ならあるが、鍵その物を開錠した事は無いのだ。


だが、今の私なら鍵の形状に合わせて蔦を変形させる事で、正しい意味での鍵開けが出来るのではないだろうか?


確証は無いが何となくそう思う事が出来たのは、私が私自身の能力を無意識に理解しつつあるという事なのかもしれない。


実際、鍵穴に差し込んだ蔦の先端の形状が、鍵のロック部分の形状に合わせて変化して行っているのを感じる。


この車が比較的古い車種である事も幸いだったかもしれない。


あまり複雑な構造だと、単に形状を変化させるだけでは開錠出来ない可能性もあった。


しかし、この車の鍵はそれほど複雑な機構ではなかったようで、ある程度蔦の先端の形状を変化させた後に蔦を捻ると、カチッと音がしてロックが解除された。


目論見通りに車のロックを解除する事に成功した私はホッと息を吐いて振り返る。


時間にすれば10秒も掛からずロックを解除してドアを開けた私を、ライナが驚きの表情で見ていた。


「いやぁ……もう何でもありだなぁ、本当に。 ……俺いる?」


若干しょんぼりしたような顔でそんな事を言うライナ。


手には色々な形をした棒状の器具……恐らく鍵開け用の道具を持っている。


「今迄こういう所はライナに頼りきりだったんだから、これからは分担して行こう? 私だってライナの力になりたいんだから」


言ってしまってから結構恥ずかしい事を言ったな、と思った。


でも、間違いなく私の本心なので真っすぐライナの目を見て言う。


……ちょっと顔が赤くなっているかもしれないけど。


「お、おう………そっか。 ……うん、そうだな」


私のちょっと照れ臭い台詞を聞いたライナは、そう言った後盛大に目を泳がせ顔を背けてしまった。


その顔が若干赤くなっていた様に見えたのは、多分気のせいではないだろう。



車を手に入れた私達は一路レドウッド山の中腹にある別荘地帯へと向かった。


因みに、エンジンキーに関しても私が蔦を加工して対応しようと思ったのだが、その前にライナが車の配線を引きずり出して何やら弄る事でエンジンを掛けてしまった。


「出番が無くなりそうだし、これ位はしないとな」


そう言ったライナの顔は何処か得意そうだった。



「……………」


車を走らせ、レドウッド山の道路を進む私達。


当然ながらすれ違う車も無く、スムーズに車を走らせて行く………という事にはならなかった。


「…………素晴らしい道路だなぁ」


「………そうだね、素晴らしいね」


私とライナが今まさに通行している道路を皮肉を込めて評価したのには訳がある。


ここへ来る前、ケーブルカーの駅周辺には『ブルーフィリア』の浸食はそれ程及んでいなかった。


しかし、あくまでも『それ程』であって全く侵食されていないという事ではない。


駐車場を出てレドウッド山を登る道路へ車を進めた私達を待っていたのは、所々を『ブルーフィリア』の根と思われる植物に浸食された道だった。


その侵食具合はグリーンフォレストの街中に比べれば微々たる物だろう。


道路が陥没したり露出した地面から極太の花の根が飛び出したりと言った部分に関しては、レドウッド山の道路は街中に比べて破損個所は少ない。


しかしこの場合、損傷が多い・少ないの問題ではないのだ。


私達が駐車場で拝借した車は少々古い型の一般向けの車両であり、決して悪路走破(オフロード)用の車両ではない。


よって、性能の高いサスペンションが付いている訳ではなく寧ろ古い型の車なので、そういった面では若干性能が劣ると言っても過言ではない。


つまり、道路を浸食し地面から飛び出た根や亀裂が入った道路をタイヤが踏み越える度に、少なからぬ振動・衝撃が連続して車内の私達を襲う形になったわけだ。


引っ切り無しに襲い掛かる激しい振動に私達はかなり辟易していた。


因みに運転はライナだ。


一応私も、桜木博士の知識を引き継いでおり、その知識の中に車の運転に関する物もあったのだが、知識を持っているからと言って物事を完璧に熟せるという訳ではない。


私自身は実際に運転をした事は無いのだから、その運転能力を過信するのは危険だろう。


そんな訳で不測の事態を考えてライナに運転を頼んだのだけど……。


「………大丈夫? ライナ。 何だかその………顔から感情が抜け落ちている様に見えるんだけど」


「……大丈夫だ。 心を無にする事でこのクソッタレロードへの怒りを鎮めようと試みている最中なだけだから」


「試みているだけで鎮められてはいないんだね……」


座っているだけの私でもかなり精神的に擦り減りつつあるのだから、実際に運転しているライナの心中は私以上に穏やかではないだろう。


不意の事故を避ける為に徐行運転を強いられるライナの顔は、終始虚無に満ちていた。


幸い、そんな最低最悪の悪路も100m程で終了した。


どうやら麓に近い道路だけが根に浸食されていたらしく、上に向かう程に根は減って行き、件のヘアピンカーブの1回目の曲がり角に到達する頃には完全に『花』の浸食は無くなっていた。


……たった100mの距離を移動するのにあんなに時間が掛かっていたという事実は考えないでおく。


悪路を気にせず走る事が出来るようになり、笑顔を取り戻したライナの表情を再び曇らせてはいけない。



車は順調に山の道路を進んで行く。


レドウッド山の標高はそれ程高くないそうだが、周囲の景色は山間部特有の木々に覆われたものとなって来ている。


グリーンフォレストは昔は林業が盛んだったそうだが、サイディス・カンパニーが街に進出して来て以降はあっという間に廃れてしまったらしい。


その関係かどうかは不明だが、車を走らせている道路の横手に生い茂った木々はある程度人の手が入っている様に感じた。


しかしその一方で、林業が廃れてどのくらいの時間が経過しているのかは分からないが、半ば放置された状態になっている山間部の森林地帯は、次第に自然の森に還ろうとしている様に見える。


整然と並んだ背の高い木々の間には別種の木や草花が生え、既に人が立ち入るのは困難な程に生い茂っていた。


それ以外にも、カーブを曲がる際に道路下の崖に目をやると、木々の間に恐らくかつては道だったと思われる溝のような物が見えた。


街の発展に伴って忘れ去られてしまった場所と言う意味では、街の地下に広がっていた巨大な地下水路と同じ様な物なのかもしれない。


「……『花』の根もそうだけど、霧も段々薄くなって来てる?」


「そういやそうだな……。 街の中でも高い位置は霧が薄くなってたし、あの霧……『ブルーフィリア』の種子は、一定の範囲に滞留してるのかもな。 ……それはそれでおかしいけど」


まだ完全に霧が晴れた訳ではないが、周囲を覆っていた霧が少しずつ薄れて来ている。


現在の時間帯が夜間である事から、一気に視認性が改善されたわけではないが、それでも街中に居る時よりも閉塞感を感じなくなって来ている。


この分なら、別荘地帯はもっと霧が薄いかもしれない。


「霧が薄くなって来るなら、怪物達も少ないと良いんだけどね……」


「麓の駅周辺は何でか怪物が居なかったし、案外本当に少ないかもしないぞ。 …………ん?」


不意に、ライナがそんな声を上げた。


何かあったのかと思い、助手席側の窓の外を眺めていた私はライナの方へ顔を向ける。


ライナはハンドルを操作しながら、運転席側の窓の外を怪訝そうに見ていた。


「どうしたの?」


「いや、なんか………森の繁みの方で何か動いたような…………!?」



次の瞬間、車体に衝撃が走った。



「っ!? な、何!?」


「ちょっ!? 待て待て! 何だぁ!?」


突然の衝撃に私は勿論ライナも驚きの声を上げる。


完全に予想外の事態に、一瞬だけ車体がバランスを崩しそうになるが、口調とは裏腹にライナは冷静にハンドル操作をして体勢を立て直した。


衝撃は運転席側、つまりライナが見ていた方向から伝わって来たように思える。


衝撃自体はそれ程強い物ではなかったが、体感でこぶし大の何かが勢いよく車体にぶつかったように感じた。


道路脇の森林地帯の斜面から落石でもあったのかと思ったが、すぐにその考えは否定される。


「っ!? 操! 頭下げろ!!」


ライナが私の頭に手を添え、無理やりその場に伏せさせた。


その直後、先程のと同じ衝撃が無数に車体を襲った。


車のサイドミラーが弾け飛び、フロントガラスに蜘蛛の巣状の亀裂が幾つも走る。


何が起こっているのか分からないが、何らかの攻撃を車体が受けているのは理解出来た。


銃撃か?と一瞬考える。


それにしてはただの一般車両のフロントガラスを貫通出来ていない。


だが、その分一回の衝撃が強いように感じる。


銃弾よりも大きな何かを高速で投擲されている……?


隣ではライナが私と同じように身を伏せながら、ハンドル操作をして車を走らせ続けている。


車体は既にボコボコであり、斜面の繁みから放たれる謎の攻撃はまだ止まらない。


こちらから反撃出来ないかとも思ったが、今顔など出せば車体と同じ目に遭うだろう。


「くっ……!」


私はせめて相手の正体を確かめようと、下げていた頭をほんの少し上げ、斜面の繁みへ目を向けた。


高速で過ぎ去っていく斜面には特に何者の姿も無いように見える。


しかし、必死に目を凝らしていた私の目に、斜面でキラリと瞬く『青い光』が飛び込んで来た。


「なっ……!?」


「……うぉっとぉ!?」


私が『青い光』を認識したと同時にライナも「それ」に気付いたのか、ハンドルを切って『飛んで来る物』を避けようとした。


しかし、あろう事か車に向かって飛来した『青い光』の塊……『光弾』とでも言うべきそれは、回避行動を取ろうとした車の後輪に直撃してしまった。


直後、爆発でも起きたかのように『青い光』が炸裂。


今まで飛来していた光弾とは比べ物にならない衝撃が車を襲った。


「……ッッ!!?」


「うおわっ!?」


車体が僅かに浮き上がる程の『爆発』が起き、その衝撃波を受けた私達の乗る車は完全にバランスを崩してしまう。


運悪く、飛来する光弾を躱すべくスピードを出した直後に被弾した事で、車は制御不能に陥ってしまった。


「……くそっ! 操! 飛び降りるぞ!!」


「ッ!!」


ライナの余裕の無い叫び声を耳にした瞬間、私はシートベルトを『爪』で切り裂いて外し、身を乗り出そうとした。


その直後、運転席側のドアを蹴り開けたライナに腕を掴まれたかと思うと、次の瞬間にはライナに抱きかかえられた状態で車外に飛び出していた。


「きゃああ!?」


「っ!!!」


飛び出した先は空中だった。


ガードレールを突き破り、道路から飛び出した車はそのまま崖下へ落下して行く。


一方、ライナは片腕で私を抱えたままもう片方の腕を勢いよく振るうと、袖口に仕込まれた装置からワイヤーを射出した。


ワイヤーは崖下に生えた木の一本の枝に巻き付いた。


ライナと私はそのまま慣性に任せて振り回されるが、ライナはワイヤーを操作して勢いを上手く抑えつつ地面に降りて行く。


そして、木の枝に巻き付いたワイヤーを手元の操作一つで解いて外すと、両足で地面を滑る様にしながら着地した。


「うわっとっとっとぉ!!?」


「きゃっ!」


しかし流石に私を抱きかかえたままでは無理があったのか、バランスを崩して前のめりに転びそうになる。


それでもライナは私を下敷きにしない様に体を捻ると、背中から地面に倒れ込んだ。


「ぐえっ」


「……んっ!」


潰れたカエルのような妙な声をライナが上げる。


お陰で私は全くの無傷で済んだ。


強いて言うなら若干泥で汚れた程度だが、車外に完全に身一つで放り出される事を考えれば何の問題も無い。


しかし私は普通の人間ではないのだ。


そこまで身を挺して庇わなくても良かったのに……。


「ラ、ライナ、大丈夫?」


「……うん………何とかな…………背中痛ってぇけど……」


慌ててライナの上から退いた私は彼を助け起こした。


背中をさすって渋い顔をしているが、ライナも命に別状はないようで安堵する。


だが、状況はあまり良いとは言えない。


「……あー……車は駄目そうだな……」


そう呟くライナの視線の先では、木々の間で何かが燃えていた。


考えるまでもなく私達が乗って来た車だろう。


地面に着地する直前に大きな音が聞こえた為、その時に地面に激突してそのまま炎上してしまったようだ。


幸い爆発まではしていないようで、火の手はまだ森に広がっていない。


「……さっきのは一体? 『青い光』が砲弾みたいに飛んで来てたよね?」


「まぁ、どう考えても『花』の怪物共だろうな。 出鱈目な生き物なのは分かってたつもりだったけど……まさか、ビームみたいな物まで撃って来るとは……何だかSFじみて来たなぁ」


しかも、走行中の車を破壊出来る程の威力を持った攻撃だ。


生身の人間が喰らえばただでは済まないだろう。


そこまで考えてから、私はある事に気が付いた。


「……あれ? ビームって事は、ライナもあれが見えてたの?」


私は怪物達の体内に流れる『青い光』を可視化する事が出来る。


可視化した『青い光』の動きから相手の行動を先読みしたり、潜んでいる怪物の位置を把握したりする事で私はこれまで生き延びて来れたと言って良い。


しかし、普通の人間には『青い光』見えていない筈であり、それはライナも変わらない筈だ。


「ん? ああ。 少なくともさっきのは見えたぞ。 操が戦ってる時にも時々剣とか体が光って見える事があったしな」


……気が付かなかった。


という事は、一定の条件が揃えば普通の人間にも『青い光』は見える?


戦闘中の私とあの光弾とで共通していそうな事と言えば……光の強さ、いや、『濃さ』だろうか?


一点に収束させ、光の密度……つまり、あの光のエネルギーを集中して生まれた濃度の高い『青い光』であれば、普通の人間にも視認出来るのかもしれない。


しかしそれは同時に、先程あの光弾を放った何者かが、それだけ『青い光』の制御に長けているという事でもある。


私でも『青い光』単体で攻撃能力を持たせる事は完全には出来ていないのだ。


倉庫街で『双子』と戦った際、剣に『青い光』の力を乗せる事で斬撃の攻撃範囲とリーチを伸ばした事はあるが、間違いなくそれよりも高度な技術だ。


そんな事が出来る存在が危険ではない筈がない。




「!!」


「ん……」


私とライナはほぼ同時に崖上に意識を向けた。


……何かが近づいて来ている。


恐らく先程の光弾を放った相手だろう。


しかし、これは……。


「……とにかくここを離れた方が良さそうだな。 さっきの奴だろ? 上に来てるのは」


「多分……でも、まだこっちを見つけてはいないみたい」


ライナが着地する場所を上からは木が邪魔をして見えない位置にしてくれていた為、崖上の何者かにはまだ気付かれていない。


しかし、降りて来られてしまえば見つかってしまう。


ほぼ放棄されたに等しい山道を、徒歩で移動しなければいけないのはキツイが……止むを得ない。


相手は恐らく、私達のいる位置から更に下に落下して炎上した車の残骸の方に気を取られている。


気付かれる前に移動するなら今の内だ。


「はぁ……一応、まだ通れそうな旧道の情報も集めておいたけど、まさか本当に必要になるとはなぁ」


ライナがうんざりした様子でそう呟いた。


流石の用意周到さだと私は感心したのだが、ライナとしては不本意であるらしい。


今回ばかりは仕方がないと思うのだけど……。


「しょうがないよ、私だっていきなりあんな攻撃されるとは思ってなかったし……。 二人共無事なだけ良かったんじゃない?」


そのようにライナを慰めながら移動を開始する。


崖上からこちらの姿が見えないように、木々を遮蔽物にしながら慎重にその場を離れて行く。


崖下は流石に人が通る事を想定していないようで、ほぼ藪の中といった具合だったが、何とか通れるだけの隙間もあった為、そこをすり抜けるようにしながら進んで行った。


そうして暫く藪の中を歩いて行くと、やがて正面に雑草で埋まってしまった道らしき物が見えて来た。


どうやらこれがライナの言っていた旧道らしい。


ここからは見えにくいが、頂上に向かう道と麓の方に向かう道があるのが辛うじて見える。


ほとんど草で覆われてしまっているが、何とか判別は出来る……かな?


「よし、この道を頂上方面に向かうんだけど……ここから先、どうなってるかは正直分からん」


「既に獣道みたいだもんね……」


投げ遣り気味なライナの発言に今回ばかりは同意せざるを得ない。


せめて、道だと判別出来る道が、この先も続いてくれればいいのだけど……。


「……行ってみるしかないな」


「そうだね。 あまり時間も掛けてられないし」


幸いにも霧が薄くなって来ている事で、月明かりが周囲を照らしている。


良く見えるとはお世辞にも言えないが、完全な暗闇よりは遥かにマシだ。


因みに、ライトを使用するのは例の謎の敵に見つかってしまう恐れがある為やめておいた。


そうして木々がざわめく暗闇の山林を、私とライナは山頂方面に向かって歩き出すのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ