66 桜木操の懺悔
『最初にあの青い花……『ブルーフィリア』を発見したのは、私の婚約者のアレン・カーティスでした。
彼は若くして、冒険家として世界中で活動していて、様々な国の様々な場所……秘境と呼ばれる様な場所を巡っていました。
そんなアレンが、南極を一人で旅した際に分厚い氷のクレバスの奥で見つけたのが、後に『ブルーフィリア』と名付けられる花でした。
南極から帰って来たアレンにその花の写真を見せられた私は、一目でその花が新種の花である事、そして、未知の能力を持っている事を理解しました。
何故ならその花は、露出した南極の大地に根付いているのではなく、完全な氷塊の上に根を下ろして花を咲かせていたからです。
―――通常の植物では有り得ない事でした。
気温が氷点下を遥かに下回る死の世界と言っても過言ではない地の、それも氷の塊に根を下ろして、一体どんな栄養を摂取して生きているのか。
私は……摂取していないのではないかと考えました。
細かい理由は省きますが、私はその花が未知のエネルギーを糧として生きている可能性を見出したのです』
『その後、私はアレンに無理を言って直接南極に赴き、そのクレバスの奥、周囲を氷で閉ざされた『花園』から、一輪の『青い花』を持ち帰りました。
それが『最初の一輪』……原種の『ブルーフィリア』です。
―――当時、私はとある大学の研究所に所属していました。
人よりもほんの少しだけ勉強が出来た私は、特例中の特例として、光栄にも大学側から招かれる形で高名な研究室に所属し、独自の研究を行っていました。
しかし、却ってそれが周囲の反感を買ってしまう様な事も多く……大学研究所での私の研究は順調とは言えませんでした』
『私が研究していたのは、自然界に存在する生物が持つ様々な能力を解析し、それを医療技術として昇華させる事です。
―――幼い頃、私は両親を相次いで病で亡くしました。
立て続けに両親を亡くし天涯孤独の身となった事は、その後の私の人生の方向性を決定付ける大きな出来事でした。
その経験から、この世に存在する難病を克服出来る技術を開発する事が私の夢だったのです。
身寄りの無かった私は必死に勉強して、両親を奪った病を撲滅する為にありとあらゆる分野に手を出して知識を貪り続けました。
そのお陰か、幸運にも幾つかの分野でそれなりの成果を出す事が出来、先程述べた様に大学の研究室から招かれるなどの機会にも恵まれました。
……周囲は私を天才だなんだと持て囃しましたが、実際の所はそうした幸運に恵まれていただけなのだと思います。
―――けれど、だからと言って……謂れの無い悪意に晒される理由にはなりません。
それが、自分の夢の実現を妨げる事になるのなら尚更です。
南極から持ち帰った未知の能力を持った『花』を、そんな悪意ある輩に傷付けられる事があってはなりません。
『ブルーフィリア』にはそれだけの力がある………当時の私はそう考えていました。
――――私はアレンに相談し、大学研究所を退職して別の場所で研究を続ける事にしました』
『グリーンフォレストを研究拠点として選んだ理由は、田舎町ではあっても、大手製薬・医療機器メーカーのサイディス・カンパニーの研究所がある関係で、研究機材などを調達する為の『パイプ』が太かったからでした。
都心を離れた身の私からすれば、街に居ながらにして資材調達を行える事は魅力的だったのです。
実際に街に行った事のあるアレンからの勧めもあり、私はこの街で静かに研究を行う事にしました。
―――後で知りましたが、グリーンフォレストには過去にお世話になったクロフォード先生が医師として勤務する病院があり、そうした伝もあってアレンは私の研究拠点としてグリーンフォレストを選んだ様です。
住む場所に関してもアレンが探してくれて、少し過剰なのではと思う程に立派な自宅兼研究所が出来上がりました。
彼……アレンには、本当に公私共に助けて貰いました。
………ですが、今にして思えば………これが最大の過ちだったのです』
『……研究拠点を移し、『ブルーフィリア』の研究を本格的に初めてすぐにこの花が『特殊』どころではない存在である事に気が付きました。
最初に異常が発生したのは、私の研究室内に入り込んだネズミが駆除用の罠にかかって死んだ時に起こりました。
拠点を移したばかりの頃、古い別荘を突貫工事で改修した住居兼研究所にはネズミが住み付いており、研究の妨げになってはいけないので、罠を用いて駆除する事にしたのです。
そして、罠を仕掛けてから数日が経ったある日、一匹のネズミが罠に掛かりました。
そのネズミは運の悪い事に、罠に掛かった際に打ち所が悪かったらしく、私が発見した時には既に息絶えていました。
どちらにしろ駆除するとはいえ無残な有様で死んでしまったネズミの姿を憐れに思った私は、庭に埋めてやろうと考えて棺代わりの箱に死骸を収め、その日は既に遅い時間だった為就寝する事にしました。
しかしその夜、眠りに就こうとしていた私の耳に物音が聞こえて来たのです。
不審に思い音の出所を探ってみると……あのネズミの死骸を入れた箱から音がしているようでした。
そして、恐る恐る箱を開けてみると………そこには、生前とほぼ変わりのない姿のネズミが箱の中を駆け回っていたのです。
唯一生前と異なる点は、体中に緑色の植物の蔓、或いは根のような物が絡み付き、背中の辺りから、『ブルーフィリア』と全く同じ『青い花』が生えて花を咲かせていた事でした。
私は衝撃を受けました。
何せ、傍目には死んだネズミが生き返り、目の前で走り回っているように見えたのですから。
そして、その現象を引き起こしたのが、ネズミの背から生えて来た『青い花』……『ブルーフィリア』である事は明らかでした』
『その後の研究で、ネズミは生き返ったのではなく背中に生えて来た『花』がネズミの死体を乗っ取っている事が分かりました。
言わば、死体に寄生してその死体を自分の『器官』として利用する、という、およそ植物とは思えない生態をこの『花』は持っていたのです。
当然そんな『花』は……いえ、『生物』という枠ですらそんな生態を持った者は居ません。
寄生生物という物は確かに宿主をコントロールする能力を持つ種も存在しますが、生物に寄生して自分の体の一部として『使用』するなどと生態は聞いた事がありません。
しかし、それ以上に私は二つの事に驚きを隠せませんでした。
何故このネズミは『花』の苗床となったのか? 何故損傷していた身体が修復されているのか?
そもそも、植物の栽培用の特殊なカプセルに入った『ブルーフィリア』とネズミが直接接触する事は有り得ません。
にも拘らず、ネズミは……より正確に言うならネズミの死体からは、『ブルーフィリア』と同じ『青い花』が咲いていました。
つまり、直接接触しなくとも死体に寄生して『繁殖』する事が可能だという事です。
―――直接接触でなければ何か?
私はそれが、『空気』であると考えました。
『空気』……つまり大気中に散布された『ブルーフィリア』由来の何か。
―――『花粉』以外ありませんでした』
『『ブルーフィリア』は、花粉と言う形で自らの『種子』を散布し、他の生物の体内に種子を侵入させていたのです。
しかし、体内に種子を侵入させたとしても、その生物が死亡しない限りは種子は発芽しないという事が研究の結果判明しました。
体内に種子を内包した状態の宿主が死亡すると種子が発芽。
死体の体内に神経の様に広がった『花』の根が死体の肉体機能を乗っ取ってしまうのです。
逆に言えば、その生物が生きている限りは無害であるという事でもあります。
……そして、死体が修復されていた点。
『ブルーフィリア』の『子』が、自らの『器官』として死体を十全に扱える様にする為の副産物のような現象ではないかと思われました。
しかし、この『副産物』が私の研究にとっては非常に意味のある点でした。
死体の修復能力……それは裏を返せば、非常に強力な再生能力でもあります。
その能力を再生医療の分野に生かす事が出来れば………計り知れない恩恵を人類に齎す事は間違いありません。
不治の病とされる、幾つもの難病を根絶する事すら可能かもしれないのです。
――――それは、私の夢そのものでもありました』
『………そんなある日、研究を進めていた私は様々な実験を繰り返す内に、ある一つの可能性に辿り着きました。
『ブルーフィリア』には、『自我』があるのではないか? という可能性に……。
自分でも何故そんな突拍子もない可能性を考えたのかはわかりません。
ですが、人間が痛みを感じるように、植物も痛み……少なくとも、『刺激』を感じるという研究結果もあります。
勿論それは人間が感じるような『痛みとしての痛み』ではなく、生存の為に危険を知らせるシグナル程度の意味合いのものであるかもしれません。
ですが、少なくとも私が南極から持ち帰った『最初の一輪』は明確な『意思』があるように感じられたのです。
……私は昔から、花を育てる事が好きでした。
早くに両親を無くしてしまった事もあってか、無意識に寂しさを紛らわせようとしていたのかもしれません。
彼らは言葉を持ちませんが、愛情を持って育てればどんな花でも美しく咲き誇ってくれます。
話をする事が出来なくとも、私の愛情に確かに答えてくれている様な……そんな気がして、返事が無いと分かっていても、つい彼らに話しかけたりしてしまっていました。
だから研究を進める中で、『最初の一輪』にも同じように話し掛けていました。
勿論『最初の一輪』が返事をしたわけではありません。
ですが、何度も話し掛けている内に、私に対して明確に反応を返してくれる様になったのです。
先に述べたシグナルとしての反応もそうですが、私が少し落ち込んでいる時に、目の前で幾つも小さな花を咲かせて見せたり、花びら部分を光らせたり……。
色々と、花として……植物として有り得ない現象でしたが、彼女が私とコミュニケーションを取ろうとしてくれている事は分かりました。
それからは、彼女と……『ブルー』と『会話』をするのが毎日の楽しみとなって行きました。
自らの夢を実現させる為に望んで研究を続けているとしても、いつ終わるとも知れない研究の日々に、知らず知らずの内に疲れていたのかもしれません。
『ブルー』と過ごす穏やかな時間に、私は確かに癒しを感じていたのです。
―――いつしか『最初の一輪』は……『彼女』は、私にとって唯の『研究対象』ではなくなっていったのです』
『『ブルー』と、ある程度コミュニケーションが取れるようになると、彼女は私の『お仕事』を手伝いたいという意思表示をし始めました。
私が『ブルー』の持つ力を解析して、その能力を世の中の役に立てたいと考えている事が彼女には分かっていたのです。
意思を持ち始めたと言っても、それは幼い子供程度の精神年齢のものです。
そんな小さな子供に、身を削る様な協力をさせて良いものかと私は悩みましたが、彼女自身の強い要望もあり、結局協力を頼む事にしました』
『私の心配を他所に、『ブルー』の協力によって研究は非常に順調に進み始めました。
とはいえ、問題が無かったわけでもありません。
自らの種子を無差別に散布してしまうと、街からやや離れた所に研究所があっても、山の生物の死体を彼女の『子』が乗っ取ってしまう可能性がありました。
ですが、種子の散布はブルーにとって呼吸のようなものである為、止める事は出来ません。
しかし、ブルーは種子の放出規模を制御して、種子の散布が私の研究室内で留まるように調節してくれました。
……勿論、私は種子の散布の影響は受けるのですが、私が死ななければ問題ありませんでした。
アレンには随分心配されましたが、彼も『ブルー』とは良い関係を築けていた為、彼女の事を信じて引き下がってくれました。
種子を発芽させ、『花』を繁殖させる為の生き物の死骸集め等、事情を知らない人間が聞けば眉を顰めそうな事も率先してやってくれた位です。
二人のお陰で研究は更に進んで行きました。
………順調でした。
順調…………だったのです………この時までは………』
『……グリーンフォレストに移住して一年程が経ったある日、それは起こりました。
私が研究を行っていた、レドウッド山中腹の別荘地帯にある自宅兼研究所に、何者かが侵入したのです。
その日、私は別の用事があり、アレンと合流して街まで降りて来ていました。
時間が掛かりそうだった為、アレンが宿泊しているホテルに私も泊まる予定だったのですが……深夜に研究所のセキュリティが作動したという通知が私の携帯端末に届きました。
すぐにアレンと一緒に研究所へ向かいましたが……研究所の内部が荒らされ、あろう事か『ブルー』が研究室から持ち去られていたのです。
それまでの研究で、『ブルー』には私達人間など及びもつかない程の強大な力が秘められている事が分かっていました。
ですが前述した通り、彼女はまだ自我が幼く、自分の身に降りかかった危険を跳ね除ける様な事は出来ません。
そうした事もあって、あの連中は『ブルー』を苦も無く連れ去る事が出来てしまったのです』
『………私の感情的な面を抜きにしても、最悪の状況と言えました。
彼女を持ち去った者達……サイディス・カンパニーの人間達は、彼女の事を「特別な効能を持った新種の花」程度にしか考えていませんでした。
しかし実際には、この時点で『ブルーフィリア』が、花と姿形・生態が似ているだけの未知の生命体である事が分かっていました。
……そして、そこまで分かっている私にすら、今もって、まだまだ未知の部分が大部分を占めています。
……大して彼女の事を理解していない者達が、中途半端な理解の元にそんな強大な力を持った未知の生命体に触れたなら?
そして何より………『ブルー』に、あの子に、酷い仕打ちを行ったら?
彼女がどうなってしまうのか、そして、それに対して彼女がどの様な反応をするのか。
……私にも全く予想が出来ませんでした。
ですが、もしも『ブルー』がその強大な力を暴走させる様な事が起きてしまえば………未曽有の大惨事になってしまうかもしれません。
私はアレンと手分けして『ブルー』を探す事にしました。
……ただ、この時点ではまだ私達は、相手がサイディス・カンパニーだとは知りませんでした。
もし、知っていれば………もう少し、やり様はあったかもしれません…………』
『……『ブルー』を捜索する中で、街の警察関係者が私を探している、という情報がアレンから入って来ました。
この街の警察官の一部が、サイディス社と癒着しているのではないかという噂があったのは私も承知していました。
ですがアレンによると、私の研究所の周辺でその『一部の警官』が目撃されていたそうなのです。
素行があまり良いとは言えない警官だった為、街の住人にも認識されていたらしいのですが………その人物が研究所の周囲を探っていたという事でした。
まだこの時点では『ブルー』を持ち去ったのが、サイディス社の仕業だという確証はありませんでした。
ですが、アレンはサイディス社に関して元々不信感があったのか、彼らの犯行であると断定して一人、行動を開始してしまいました。
そして、その結果分かった事は……この街には、私達の想像以上にサイディス社の悪意が浸透していたという事でした。
その後のアレンの行動内容は私もすべて把握しているわけではありません。
ですが、アレンは『ブルー』を探し出す為にサイディス社の関連施設を手当たり次第に調べて行ったようです。
元から調査や情報の分析が得意だった彼は、恐らくかなり早い段階でサイディス社が怪しいと睨んでいたのだと思います。
ですが、相手があのサイディス社となれば、流石に危険すぎます。
私は彼を止めようとしましたが、時すでに遅く……アレンはサイディス社に捕えられてしまいました。
グリーンフォレストにある、聖メアリー記念病院の内部を調べようとした所でサイディス社の手先に拘束されてしまったようです。
あの病院の詳しい内情は私も知りませんが、少なくともアレンはそこで捕まった後、街にあるサイディス社の研究所に連れて行かれたようでした。
……私がその事実を知ってから程なくして、彼等から接触がありました。
『アレン・カーティスの身柄を預かっている。 街の西にある研究所まで一人で来い』と……。
……私に、選択肢はありませんでした』
『このままサイディス社に『ブルー』を好き勝手にされてしまった場合、先にも述べたように彼女の『暴走』を引き起こしてしまう可能性がありました。
それだけは何としても回避しなくてはいけません。
その為には……………ブルーを、殺すしかありませんでした。
あの連中が私の身柄を押さえるように様々な人間に命じていたのは、『ブルー』に関する知識を最も有しているのが私だったからでした。
その為、あの連中は私に協力させる為の人質としてアレンを捕えたのです。
……なら、ブルーがいなくなれば?
あの連中にとって、私もアレンも利用価値が無くなるでしょう。
……勿論、それで私達の命が助かるとは限りません。
しかし、それ以上に……『ブルー』の暴走を引き起こす可能性を放置する訳には行きませんでした。
大惨事が起きてしまう可能性を確実に潰した上で、アレンの命を救う事が出来る可能性は……それしかなかったのです。
『ブルー』を救うという事はアレンを見捨て、彼女の暴走の可能性を放置するという事。
アレンを救うという事は『ブルー』を見捨て、私とアレンが生き延びられるかどうか、分の悪い賭けをするという事……。
どちらの選択も、私にとって大切な存在を切り捨てて尚、残ったもう一人の大切な存在を守り切れるか分からない……そんな状況でした』
『それでも………それでも、やるしかなかった。
『ブルーフィリア』の研究を始めた者の義務として、為すべき事をしなくてはならない。
………………頭では、そう理解していました。
………けれど私は……結局、どちらかを選ぶ事など出来ませんでした。
私にとってはアレンも『ブルー』も、掛け替えのない大切な存在なのです。
どちらかを見捨てるなんて事は……どうしても出来ませんでした。
私は、約束の時間まで待って、指定された場所……街の西にあるサイディス社の研究所へ向かいました。
ある決意を胸に、懐に銃を隠して……』
『指定された場所……サイディス・カンパニー第8製薬研究所に着いた私は、研究棟裏の大型実験棟という場所に案内されました。
そこには、恐らくサイディス社の重役と思われる人々と、数名の、護衛と思われる銃を持った人間が待っていました。
そして、警護の人間の何人かに、後ろ手に縛られて拘束されたアレンと……その背後の大型カプセルに格納された『ブルー』の姿もありました。
アレンは顔に殴られたような痕がありましたが、それ以外は至って無事のようでした。
一先ず、アレンも『ブルー』も無事である事が確認出来て安心しましたが……私にとってはそこからが問題でした。
社の重役と思われる者達の中の一人が私に歩み寄って来て自己紹介をし始めました。
その男はサイディス社の社長のフレッド・スタインと名乗りました。
その男が言うには、今回この場に他の重役の面々と共にやって来ていたのは、私を自社に勧誘する為だったそうです。
理由としてはやはり、『ブルーフィリア』の共同研究を行う為でした。
『ブルーフィリア』の事をどうやってか知った彼らは、その研究を行っている私も自分達の懐に取り込むべきだと判断したようでした。
………『ブルー』を盗み出しておいてどの口が言うのかと、私は怒りを覚えました。
盗み出しはしたものの、手に負えなかった為にアレンを人質にして私を脅迫している癖に……。
そこから先はその男が何を言っているのかは聞いていませんでした。
自分達がどれだけ優れた実績を挙げて来たか、どれだけ素晴らしい技術力を持っているか、そんな自分達が『ブルーフィリア』を正しく扱えばどれだけの莫大な利益を産み出せるか……。
多分、そのような事を長々と語っていたと思います。
けれど、私にはどうでもよい事でした。
彼らが何を望んでいようと、私は彼らの言う事を聞く気は無かったからです。
私が狙っていたのはただ一つ。
この男が油断して更に近付いて来た際に銃を用いて拘束し、人質にする事でした。
その場にいたサイディスの者達は、完全に私の事を脅せば屈する小娘としか見ておらず、そのような強硬手段に出る等とは微塵も思っていないようでした。
勿論私も銃の扱いに慣れたプロなどではありません。
それでも、油断している彼ら相手ならばチャンスはあると踏んでいました。
事実、私はその場にボディチェックすら受ける事無く通されていた為、袖口に小型の拳銃を隠し持っていたのです。
チャンスは一度きり。
完全に賭けでしたが、アレンも『ブルー』も助け出すにはもう、そうするしかありませんでした。
………ですが、スタインの演説が終わり、彼が私に握手を求めて手を差し出して来た時、私が隠し持っていた銃を取り出して行動に移ろうと決意した時……。
完全に予想外の事が………それこそ、その場にいた一人を除いた全員が予想も出来なかった事が起きました』
『突然、私とスタインのやり取りを後ろで見ていた、社の重役らしき人間達の中から一人の男が飛び出してきました。
そして、私に向かって叫び始めたのです。
後になってその男は、私が以前所属していた大学の研究所に客員研究員として所属していたモートンという人物だったと思い出しました。
彼は、研究員として勤務するようになった私に対して反感を抱いている者の一人であり、その中でも特に常軌を逸した行動を取っていた人でした。
ですがモートンの件含め、そうした自分に向けられる悪意に対して興味が無かった当時の私には、彼が誰なのか分かりませんでした。
なぜ彼があの場にいたのかは分かりませんが……この件に関与していたという事は、碌な理由ではなかったのでしょう。
モートンはスタインが私をサイディスに引き入れようとしている事が気にくわないらしく、スタインに激しく詰め寄っていました。
モートンが言うには『ブルーフィリア』の情報をサイディス側に漏らしたのは彼のようで、『ブルーフィリア』の研究自体を私から奪おうとしていたのです。
先程言ったように、何故彼がそのような行動を取り、この場に同席していたのかは分かりませんが……少なくとも、『ブルー』が盗み出される原因を作ったのはこの男だったようです。
それに対してスタインは、モートンに情報源として以上の価値を見出していないらしく、『ブルーフィリア』の研究は元々私に行わせるつもりのようでした。
その為に人質を取って脅迫しているのだから……自分勝手にも程があります。
……しかし、モートンにとってそれはそんなレベルの話ではなく、受け入れ難い事だったのです』
『スタインの言葉を聞いたモートンは、突如目を血走らせて激昂し、「またお前のせいで」「お前さえいなければ」などと喚きながら、懐から銃を取り出し――――私とスタインに向けて発砲したのです。
錯乱状態のモートンによって近距離で放たれた銃弾は私の身体を貫きました。
幸い、狙いは滅茶苦茶だった為、致命傷は免れましたが……私はその場に倒れました。
巻き添えを食った形のスタインも負傷し、その場にいたサイディス側の護衛が慌ててモートンを取り押さえましたが、その場は騒然としました。
そんな時、傷の痛みで朦朧とする頭を何とか働かせて状況を確認しようとした私の所に、どさくさに紛れて警備員から逃れて来たアレンが駆け寄って来ました。
必死の形相で私の名前を呼ぶ彼に、私は何とか顔を上げて無事である事を伝えようとしました。
………ですが、次の瞬間―――私の耳にある音が………いえ、『声』が届きました。
あの子の………『ブルー』の叫びが』
『……私が撃たれる光景を見た『ブルー』は、私が死んだと思い込んでしまったようでした。
私がいくら呼び掛けても混乱し、錯乱した『ブルー』には届かず、彼女は自分の力を暴走させてしまっていました。
やがて『ブルー』が目も眩むような強さの青い光を全身から放つと、彼女を囲っていたカプセルが粉々に砕け散り、周囲に凄まじい衝撃波が迸りました。
この時、私とアレンはサイディスの者達よりも若干離れた位置にいた為に一命を取り留めましたが、カプセルのすぐ近くにいた何人かはそれだけで文字通り粉微塵になってしまいました。
私達の他にも何人かは助かってはいたと思いますが……生きてはいても無事とは言えない状態だったと思います。
私とアレンもその場から何メートルも吹き飛ばされて地面に倒れ、酷い痛みを全身に感じましたが……何とか起き上がる事は出来ました。
……ですが次の瞬間、更なる信じ難い事が起きました。
光を放っていた『ブルー』の体が突如、異常なスピードで肥大化・急成長を始め、周囲の者を無差別に襲い始めたのです。
まるでヘビのようにのたうつ無数の物体は、植物の根の様に見えました。
途轍もない勢いで伸びる丸太の如き太さの蔦によって、大型実験棟の建物も、建物内部にあったコンテナも、人間すらも―――全てが飲み込まれて行きました。
無数の根が一塊となり、緑色の津波の様になったそれは、ありとあらゆる物を手当たり次第に飲み込み広がりながら、瞬く間に巨大化して行ったのです。
建物の壁を破壊し、コンテナを押し潰し、人間を……踏み潰す様に次々と殺して―――――。
――――――
……私とアレンはその場から逃れる事しか出来ませんでした。
あの子は私達の声にも一切反応せず、それどころか私達にすら巨大化した植物の根をを襲い掛からせました。
私達は、暴走し続ける『ブルー』の根から必死に逃れようとしました。
でも、『ブルー』の巨大化した根は、サイディスの研究所を全て飲み込んだだけでは止まらず、研究所の外にまで爆発的な勢いで伸びて行きました。
私達は何とか研究所の建物の外まで逃げる事が出来ましたが………そこで巨大な根の塊に追い付かれてしまいました。
私もアレンも、蔦の奔流に飲み込まれて………それ以降、アレンの安否は分かっていません…………』
『蔦の波に飲み込まれた後、私は研究所を遠く離れた街の一角まで押し流されてしまっていました。
幸運な事に、私自身は銃で撃たれた傷以外は掠り傷程度の怪我しかしていなかったのです。
……ですが……そんな私の視界に、目を背けたくなる様な光景が飛び込んで来ました。
研究所から発生した巨大な植物の蔦、或いは根が街を破壊しながら飲み込んで行き、その一塊となった巨大な植物の中から異形の怪物が産み落とされて街の人々を次々に遅い始めたのです。
……最初に発生した襲撃の時点で、老若男女問わず多くの命が失われました。
ですが更に……悪夢の光景は広がって行きました。
研究所から発生した巨大植物とは別に、街の中心部、グリーンフォレストのシンボルである時計塔を支柱にして、巨大な『ブルーフィリア』が花を咲かせたのです。
今まで『ブルー』が生み出した『子』とは比べ物にならない程の巨大な花です。
高層ビルに匹敵する程の大きさのその花から……白い霧のような物が発生し、街を包み込んで行きました。
……私はすぐにそれが、肉眼でも見える程大量の『ブルーフィリア』の種子であると気付きました。
………『ブルー』が―――あの子が、意図的にこの街の人間を殺そうとしているという事にも……』
『私は……ブルーを殺す選択をしなかった事を深く後悔しました。
私が覚悟を決めていれば、この街の人々が犠牲になる事は無かった……。
そして何より、あの子に――――『ブルー』に、こんな……大勢の命を奪う様な真似をさせずに済んだのに……。
……あの子は未知の強大な力を持っている。
けれど、幼いあの子の精神は、人間の悪意に耐えられる程には育っていなかった。
こうなってしまう事は、普段の私なら予想が出来た筈なのに……。
………私は………あの子の『親』失格です。
あの子を守ってあげる事も、あの子に『人間』という生き物を正しく教えてあげる事も出来なかったのですから……。
……それでも、まだ私には出来る事がありました。
………少なくとも、この時までは』
『………私は、『ブルー』が暴走する可能性を考えて、念の為にあの子を殺す事が出来る『毒』を用意していました。
私の計算では、『ブルー』……というより、オリジナルの『ブルーフィリア』は、通常の手段では殺す事が出来ないと考えられました。
それは、物理的な方法でも、それ以外の方法でも、彼女達の生命活動を止める事は出来ないという事です。
オリジナルの彼女達は再生能力と適応能力が高すぎるのです。
極寒の地である南極の、それも、氷で閉ざされたクレバスの奥で『花園』を形成する程に繁殖していたのも、異常なまでに高度な適応能力が備わっていたからです。
それは最早、局所的な進化と言っても良い程のものです。
そこに瞬時に損傷した細胞を修復する事が出来る程の再生能力が加わった結果、彼女達は限りなく不死に近い存在となっています。
恐らくは、寿命という概念も既存の生物とは異なっている可能性が高いでしょう。
その為、私が用意した毒は特殊な物……言ってしまえば、『ブルーフィリア』専用の『枯死毒』です。
『ブルーフィリア』以外の生物には効かず、『ブルーフィリア』由来の生物だけに作用するその毒であれば、『ブルー』を殺す事が……彼女を止める事が出来ます。
……ですが……『ブルー』の暴走に巻き込まれた際、その毒の入ったアンプルが破損してしまったのです。
この毒は非常にデリケートな薬物である為、空気に触れただけで変質してしまいます。
その為、この時点で毒は失われてしまいました。
ただ、まだ希望はありました。
毒自体はもうありませんでしたが、街を探せば毒の材料を集める事が出来るかもしれなかったのです。
材料の内の一つはレドウッド山の別荘地帯にある、私の自宅兼研究所にある、培養しておいた『ブルー』の体組織……。
そしてもう一つは、汎用強化活性剤『DD-4032』……という薬品です。
……この薬品は、近年他国で開発された特殊な薬品で、本来なら輸出・輸入共に厳しい制限が掛かる薬品です。
……私はこの薬品を、以前勤務していた大学研究所の伝手を使って少量入手していました。
……その為、余剰分はもう手元にありませんでしたが……恐らく、サイディス社の関連施設なら何処かに保管されていると思われました。
……『DD-4032』は、毒物に混合すれば、その毒性を大きく強化出来る危険物です。
あの連中がそんな薬品に興味を持たない筈はありません。
必ずどこかに保管している分がある……私はそう予測して、サイディス社の関連施設の情報を探りました。
………既に街中には『ブルー』が生み出した怪物と、『子』に乗っ取られた『死体』が多数うろついていました。
私はそんな状況でも何とか『DD-4032』が保管されていそうな場所を特定し、早急にその場所へ向かいました。
場所は街の南にある倉庫街……サイディス社と繋がりがあると噂されていた、『ダイス倉庫管理』の倉庫群でした。
混乱の中にある街中を、怪物を避けつつ進んで行き、既に人気の失せたダイス倉庫管理の管理事務所に辿り着いた私は、そこにあった管理用の資料を基に『DD-4032』の在り処を探し当てたのです。
後は、『DD-4032』を回収するだけ…………その筈でした。
………………しかし…………私は、失敗してしまったのです』
『………倉庫に辿り着き、目的の『DD-4032』を回収しようとした矢先に、突然床を突き破って巨大な怪物が襲い掛かって来ました。
死体が元となって生まれた怪物のようでしたが、その怪物は無数の死体が融合して変異した特殊な個体でした。
その姿は……とても言葉では言い表せない悍ましいものでした。
『ブルー』は………私を「殺した」人間という存在を、それ程憎んでいるという事だったのでしょうか?
悍ましい姿の怪物達が人間を手当たり次第に襲い続けるのも、彼女の抱いた感情の表れなのかもしれません。
そして、そんな悍ましい異形の怪物は、私をも容赦なく攻撃して来たのです。
『ブルー』の意思が何処まで怪物達に反映されているのかは分かりません。
ですが……恐らく既に彼女は正気とは言えない状態だったのでしょう。
『ブルー』がいくら強大な力を内包した存在だとしても、街中に無数の『子』を放ち、そこから更に『子』を増やすような真似をすれば、『ブルー』自身にも異常が起きるのは間違いありません。
種子から『子』を生み出すのは、言わば、自分の身体から自分のクローンを生み出すような行為だからです。
本来の『ブルーフィリア』としての繁殖サイクルでは、これ程爆発的な繁殖を行う事は無いのです。
それ故に、無秩序な『増殖』を無理やりに行った結果、『子』の劣化と異形化が進みつつあるようでした。
それは、『子』の行動にも及んでいるようで、その怪物は私を殺そうとするだけではなく、私を捕食しようとしているように見えました。
……『ブルーフィリア』の眷属は、元になった親元……つまりこの場合は、『ブルー』のクローンという名の『端末』でもあります。
私を襲った怪物然り、街で人々を襲っている怪物然り、彼らの得た情報……経験は、全て親元である『ブルー』に集積されるのです。
数千、いえ、数万に及ぶ人々を殺めた『経験』があの子の中に集められているのです。
………そのような事をして、彼女の精神が持つとは思えません。
事実、怪物を通して私の存在に気が付いている筈なのに、あの子は私を認識する事も出来ていませんでした。
ただ、殺すべきニンゲンがいる、という感情だけが彼女を動かしていたのです』
『……冷凍保存された『DD-4032』の解凍処理を待っていた私は、そんな異形の怪物に襲われました。
解凍がされなければ『DD-4032』を保管庫から取り出すことは出来ません。
私は何とか怪物から逃げ回りつつ、解凍作業が終わるまで時間を稼ごうとしました。
ですが……ただの人間である私が『ブルーフィリア』の眷属に抗うのは、やはり無謀な試みでした。
驚異的な身体能力を持つ怪物の前に、私は為す術なく弾き飛ばされ……その際に、深い傷を負ってしまいました……。
………もう私に出来る事は、その場から逃れる事だけでした。
……『DD-4032』が無ければあの子を止める事は出来ない。
ですが、もう私にはそれすら出来そうにありませんでした……。
……そのまま何も残さず、ただ怪物の『餌』となってしまうわけには行きません。
私は………その場から逃げ出しました。
怪物が空けた床の穴に身を躍らせて………。
……幸い、穴に落ちた結果、その穴を通って倉庫街の外まで逃れる事が出来ました。
穴の入り口は、私が穴の中に落下した直後、何かが崩れ落ちて来たのか塞がってしまい、倉庫には戻るに戻れなくなってしまいましたが……。
怪物が通って来た穴は、どうやら古い地下水路だったようで、そこを抜けた先は街の川に通じていました。
その川の傍に立っていたのが、今、私が身を隠しているホテルだったのです。
そして、その段階になって、ようやく私は自分自身の状況を理解しました。
…………私が怪物から受けた傷は、深い傷どころではなく、完全に致命傷だったのです。
……勿論、応急処置は施しましたが……恐らく、間に合わない……でしょう……』
『これが……これまでの経緯です。
街がこのような状態になった直接の原因は、サイディス社が『ブルーフィリア』の原種である、『最初の一輪』を私から奪った事に端を発しています。
――――――ですが………元を正せば、私が南極の地から、あの子を……『ブルー』を連れ出した事が、そもそもの原因だったかもしれません………。
……私は、この世界に存在する難病と言われる病を、一つでも多く根絶する方法を見つける事が夢でした。
その為にあらゆる手段を講じ、何とかそれを形にしようと……もがいて、いました。
そんな時に見つけた、『ブルーフィリア』の能力に……魅せられ、そこに希望を見出した……のです。
…………こほっ……っ……『ブルーフィリア』を………研究すれば、夢を叶える事が出来る……。
そう考えて、私は……南極、の………『氷の花園』から、この地……へ、『ブルーフィリア』を、持ち出し……ました。
ですが……それは、『ブルーフィリア』を、自分達が利益を得る為の………道具程度にしか……考えていない、サイディスの者達と、何ら変わらない考え方………だったのではないでしょうか?
……っ………『ブルー』は、あの南極の地で、静かに生きている方が………幸せだったのでは?
…………人の悪意に触れ、狂気に陥ってしまった、あの子を目にした今………私には、そう思えてならない……のです。
あの地から彼女を連れ出した………私の行為こそ、今、この街で起きている、惨劇の元凶だったのではないかと…………。
………本当なら、この事態を招いた者の責任として………私があの子を……止めなくては……ケホッ………いけません。
でも………っ………ぐっ…………私は、もう、動けそうに………ありま、せん……。
あの子を止める事も………あの子を止める為の手段を、用意する事も…………もう、私には……出来ません。
私の研究のせいで、沢山の人を犠牲にしてしまい、その償いの為にも何とか………あの子を、止め……ようと……!…っ………ゴホッ!!ゲホッ!!
……っ………はぁっ………はぁ………止めようと……しましたが…………私に出来るのは、この街で起きた事が………これを聞いた誰かに伝わるようにする事だけ………でした………。
………………ごめんなさい…………全部………私が……………私の研究の……せいです………………ごめん…………なさい……………』




