65 追憶の鍵
506号室の中は暗く静まり返っていた。
夜の闇に包まれた室内は、開かれた入口の扉から差し込む光のみが床を照らし出している。
操は、扉の側の電灯のスイッチを入れて明かりを点けた。
明かりで照らされた室内は、操が出て行った時と何も変わっていない様に見えた。
勿論、部屋の中は血が飛び散った痕があったり、操が外してしまったカーテンが床に落ちていたりと少々荒れてはいる。
しかしその一方、506号室は他の部屋の様に『青い花』によって室内が侵食されておらず、不思議な程に綺麗な状態が保たれてもいた。
「………」
何とも言えない奇妙な感覚に苛まれる操は、無言で室内を見つめていた。
時間的にはこの部屋を操が離れたのはまだ昨日の事でしかない。
だが操は、ここまでとても長い道のりを経て辿り着いたような……そんな感覚に捕らわれていた。
「……ここがそうなのか?」
操に続いて部屋に足を踏み入れたライナが室内を見渡しながら操に問う。
ライナにとっては部屋の様子を見るのは初めての事だ。
それ故、血が飛び散った室内の光景は異様に映っているのかもしれない。
「……うん。 私が目を覚ました時にはもう……この状態だったの」
ライナの問い掛けに対して当時の事を思い出しながら答える操。
あの時は突然理解不能な状況に放り込まれた事による混乱と、記憶を失った影響なのか、酷い頭痛に襲われていた為に前後不覚と言って良い状態だった。
その為、操は殆ど室内を調べる事もせずに部屋の外に出てしまい、扉のオートロックが働いた事で室内から締め出されてしまったのだ。
そういった経緯もあり、操はこうして506号室の室内を改めて調べたいと思っていた。
しかし、この場に戻って来た操の目に映ったのは、改めて気を引き締めて調べるまでもなく目を引く物が存在する室内の様子だった。
「……あの時の私、思った以上に混乱してたんだね……」
室内の様子は変わっていない、それは間違いない。
だが、室内にはあの時見た覚えが無い物が幾つも転がっているのが、ざっと見渡してみただけでも目に入って来た。
最も目についたのは、ベッドのすぐ横の床に落ちている赤い革のジャケットだ。
裾や袖の部分が何かに引っ掛けたのか破れてしまっている。
ベッドから起き上がった際、すぐ足元にあった為に気が付かなかった……と言えなくもないが、これを見落とすというのは流石に有り得ない。
操は、当時の自分が想像以上に前後不覚の状態だった事を漸く自覚したのだった。
「何にせよ、部屋を調べてみよう。 この部屋に泊まっていたわけじゃないから、収納とかには何もないと思うけど……」
「……そうだな。 実際調べるなら、操が寝てたっていうベッド周りだろうな」
何故か若干険しい顔で部屋の様子をじっと見つめていたライナが、操にそのように答えた。
何か気になる事でもあったのかと、操はライナに顔を向ける。
だが、その前にライナが操に奇妙な事を聞いて来た。
「……なぁ、操って右利きだよな?」
「え?」
突然そんな事を聞いて来たライナは、その場に屈んでベッドの下を覗き込んでいる。
まるで何かを……「手掛かり」という様な曖昧な物ではなく、具体的な「何か」を探しているかのようだ。
「えっと……そう……だけど、どうしたの?」
ライナの行動を疑問に思った操は、若干不安そうにライナに問いかけた。
「……この血飛沫……っていうか、部屋のあちこちに付いてる血の痕なんだけどさ……、これって、自分で自分を撃った時に付く痕なんだよ」
「……え?」
操はライナに何を言われたのか一瞬理解出来なかった。
自分で自分を撃つ。
それではまるで………。
「なん……で……? 自分でって、それ……自殺って事……?」
「所謂拳銃自殺ってさ、意外と血は飛び散らないんだ。 頭から銃弾が抜けて行く時に……少し、色々と飛び散る位で」
そう言ってライナが指を指したのは部屋の壁の一角だ。
操がその壁を良く見てみると、操の目線よりも少し低い位置に小さな穴が空いている事に気が付いた。
穴の周りは若干壁がひび割れたようになっており、強い力で空けられたのだという事が分かる。
そして、穴の奥には壁にめり込んだ銃弾があるのが辛うじて見えた。
その穴の高さは、丁度ベッドに腰掛けた操の頭位の高さだ。
「そんな……じゃあ、私は……どうして生きてるの? ううん、それ以前に何で自殺なんて……」
再び混乱しそうになるのを必死に押さえながら操が呟く。
謎が謎を呼び、操は手が届きそうになった真実が再び遠のいてしまったように感じていた。
「それは俺にも分からない。 けど……。………!」
操と会話しつつ、ベッドの下を調べていたライナが言葉を途中で途切れさせた。
そうして、ライナが手を伸ばしたのは……すぐ横のカーテンだ。
あの時、操がよろめいた体を支えようとして外してしまった方とは別の物だ。
カーテンの下に手を入れたライナが何かを掴み取り、持ち上げた。
「……思った以上に、複雑な理由がありそうだぞ」
ライナがカーテンの裏から取り出したのは、一挺の回転式拳銃だった。
護身用などによく用いられる小型タイプの物で、それ故にカーテンの裏側に落ちていて見えなかった様だ。
「多分、自分の頭を撃った後に衝撃で手から離れたんだろうな。 ……落っこちて転がって、カーテンの陰に入ったんだ」
そう言いつつライナはそのリボルバー拳銃を操に渡す。
操は恐る恐る回転式拳銃の弾倉を開放して残弾を確認した。
「……空薬莢が1発だけ。 他は全て空……」
もしもライナの言う通りなら、操はこの部屋に自決する為にやって来たという事になる。
一発以外は装填されていないという事は、衝動的な行動でもない。
自ら命を絶つ為の一弾のみを装填している事実が、当時の状況を如実に示していた。
だが、何故わざわざホテルのこんな……最上階の奥まった部屋までやって来たのだろうか?
自ら命を絶ったなら、何故記憶を失った後ですら夢に見る程に『DD-4032』を探さなければ、という事を覚えていたのか?
そもそも、何故自ら命を絶たなければならなかったのか?
何故、何故―――
「………っ……」
予想外の事態に激しく動揺した操の脳裏に、様々な疑問が次々浮かんでは消えた。
あまりにも目まぐるしく思考を巡らせすぎた為か、視界が揺れ、急激な眩暈に襲われた。
「っと! 大丈夫か操!?」
ふらついた操の身体をライナが慌てて受け止める。
操は虚ろな目で心ここに有らず、と言った様子だ。
「……気持ちは分かるけど落ち着けって操。 まだ何もはっきりした事は分からないんだ。もう少し部屋を調べてみよう」
予想以上に反応を示す操を心配そうに見つめるライナ。
操はやや過呼吸気味になってしまったらしく、若干苦し気な表情をしていた。
一旦落ち着かせるべきだと考えたライナは、操にベッドに座るよう促した。
血で汚れているが、大部分はベッドに掛けられた毛布に付いた汚れなので、毛布を退けてしまえば問題ないだろう。
「ほら、そこ座れ。 毛布は退けて……と。 俺の呼吸に合わせてゆっくり深呼吸するんだ。 慌てなくて良いからな?」
操に優しく言い聞かせるように語り掛けながら、操にも聞こえるようにその場で深呼吸をするライナ。
ベッドに腰掛け、操はライナに言われた通りライナの呼吸に合わせて息を整えて行った。
「っ……ハァ………ごめん……ライナ、ありがとう……」
やがて一際大きく深呼吸した操は、まだ少し息苦しさあるものの、何とか落ち着きを取り戻す事が出来た。
操自身も、自分がここまで過剰に反応するとは思っていなかった。
それだけ操にとっては衝撃的な事だったのだ。
自分が既に一度死んでいた可能性が高い、などという事は……。
「気にすんな。 誰だって一回自分が死んでたかも、なんて聞かされたら動揺するさ。 ……俺の方こそ、もう少し気を遣うべきだった。 ……悪い」
謝るライナに、操は首を振って否定した。
「……ううん、そんな事は無いよ。 私は自分が無くした記憶を取り戻す為に……言ってみれば、真実を知る為にここまで来たんだもの。 私の方こそ、覚悟が足りなかった……」
操は何があっても真実を知ると決意してここまで戻って来た。
だというのに、そんな真実の一端を知った程度で動揺するなど、覚悟が足りないと言わざるを得ない。
「……うん、もう大丈夫。 ライナの言う通り、もっと部屋を調べてみよう。 まだ何かあるかもしれないし……」
「……だな。 この部屋に泊まってたわけじゃないとしても、例えば、そのジャケットとかには何か持ち物が入ってる可能性もある。 色々探ってみようぜ」
そう言ってライナが床に落ちたジャケットを示す。
……確かに、それは有り得るかもしれない。
「なるほど、確かにそうだね……。 うん、私も、もっと他の場所を探して…………あれ?」
ライナに励まされ、気を取り直した操は、ベッドから立ち上がって改めて室内の調査に戻ろうとした。
だがその時、ベッドに置いた操の手が何かに触れた。
それは先程、操をベッドに座らせる為にライナが退けた毛布の塊だった。
立ち上がろうとしてベッドに手を置いた際に、上から毛布に手で触れたのだ。
だが、操の手に伝わって来た感触は、毛布の感触だけではなかった。
何か、硬い板のような物が毛布の塊の中にある。
「ん? どうした?」
「あ、うん。 毛布の中に何か………」
そう言いつつ操は乱れた毛布を伸ばしてみる。
毛布の下に入っているのではなく、くしゃくしゃになった毛布の「たわみ」の下に何かがあるらしい。
血で汚れて折り重なった毛布を退かして行くと……「それ」が転がり出て来た。
「……え? これって……」
「……携帯端末だな」
毛布の塊の中から出て来たのは、ライナが使っていたのと同じ様な小型の携帯端末だった。
血だらけの毛布とは対照的に一切汚れていないそれは、周囲の異常さも相まって逆に異質な存在に見えた。
操は戸惑いながらも端末を手に取り、起動ボタンを押してみる……が、反応は無い。
「……バッテリー切れだな。 まぁ、当然っちゃ当然だけど」
これがもし自分の物であれば、有力な手掛かりになると期待した操は、落胆の色を隠せなかった。
しかし、続くライナの言葉で望みが繋がる。
「折角電力を復旧させたんだし、充電してみるか? ケーブルあるし、起動出来る位にするんならそんなに時間掛からないと思うぞ」
ライナの用意周到さは今に始まった事ではないが、こんな場面でも抜かりが無いとは思っていなかった。
そんなライナに操は目を見開いて驚きつつも、一も二もなく頷いた。
備え付けの丸テーブルの上に置かれた、ケーブルが接続された携帯端末の画面に薄らと充電中のバッテリーマークが表示されている。
ケーブルを使って部屋のコンセントに携帯端末を接続し、起動出来るまで待つ。
言葉にすればそれだけなのだが、今の状況ではその僅かな時間でさえ長く感じる。
まだ充電を始めてから殆ど時間が経っていないにも拘らず、既に操には何十分、下手をすれば何時間も経っている様な気すらしていた。
当然現実にはそのような事は無いのだが、どうしても気が急いてしまう。
ただ待っているだけだと落ち着く事が出来ず、部屋の中を歩き回ってしまいそうな為、客室に備え付けられたソファーの上で膝を抱えてじっと待つ。
そんな操を窓際で周囲の警戒をしているライナが苦笑しつつ声を掛けた。
「……操、気持ちは分かるけど、もう少し落ち着けよ。 警戒心剥き出しの野良猫みたいだぞ」
現在、操達がいる506号室は、異常繁殖した『花』の蔦や幹によって他の部屋からはほぼ隔離された状態となっている。
こんな状況でも部屋自体のオートロックが生きている為に扉は鍵が掛かり、506号室に近付こうとするなら、操達のように屋上を通って504号室経由で来るしかない。
その為、絶対に無いとは言い切れないが、現状では506号室にいる限り怪物に襲われる心配は無いと言える。
それでもライナが窓際で警戒しているのは、「あの出鱈目な『花』なら空ぐらい飛んでもおかしくない」というあまり想像したくないライナの予想に基づいてものだ。
ライナとしては、携帯端末の充電が出来るまで警戒を引き受けた、という体ではあるのだが……実際の理由の大半は、操に余裕が無さそうだったからだ。
二人で周囲の警戒をしようとしても、恐らく操は気が散ってしまって集中出来ないだろう。
そう判断すると共に、ライナは少しでも操を休ませようと考えていた。
事実、操はライナに特に何も言わないが、倉庫街での戦闘の消耗はまだ完全に消えていない。
先程、眩暈を起こして倒れかけたのも実際はそういった体調面から来るものかもしれないとライナは感じていたのだ。
しかし、操にそのまま休むよう言ったとしても素直に了承するとも思えない。
普段の操であればライナが説得すれば渋々ながら納得してくれそうではあるが、今の操ではそうは行かないだろう。
それ故ライナは、「周囲の警戒は俺がするから、操は端末の様子を見ててくれ」と言って操をソファーに座らせた。
そう言われてしまえば操も大人しく座って「端末の見張り」をせざるを得なかったのだが、その一方で本当に携帯端末を穴が空く程にじっと見つめて微動だにしなくなってしまった。
そんな操の様子を指してライナが言ったのが前述の台詞であった。
「………うん。 でも、やっぱり落ち着かなくって……」
「充電が完全に切れた後に再充電するとなるとちょっと時間が掛かるからな。 ……慌てなくても、携帯は逃げ出したりしないから、寧ろ中身を確認する時の為に深呼吸しといた方が良いんじゃないか?」
言われて操も気付く。
ちょっとした状況証拠を突き付けられただけで眩暈を覚えてしまったのだ。
この携帯端末にどのような情報があるにせよ、それが操にとって衝撃的な内容である可能性がある以上、予め心構えをしておく必要があるだろう。
「……そう………だね。 また倒れそうになってる様な場合じゃないもんね……」
そう言って操は何度も深呼吸をする。
至極単純な方法だが、不思議と今まで張り詰めていた気分が解れる様な気がした。
「……うん、少し落ち着いたかも。 ありがとう、ライナ」
そう言って笑顔を見せる操にライナも微笑み掛ける。
……と、その直後。
「!」
今まで画面上に表示されていた、充電中を示したバッテリーマークが消え、起動待機の画面が唐突に表示された。
「……起動出来る最低限の充電が出来たみたいだな」
そう言って端末を手に取り操作するライナ。
まだロック中である為、その状態でも出来る操作を幾つか行って動作確認をする。
そうして何度か操作をして、異常が無いと確認が取れた所でライナは操に端末を渡した。
「……これが記憶を失う前の操の持ち物なら、操の生体認証でロックを解除出来る筈だ」
操は差し出された携帯端末を無言で受け取ると深く頷く。
手に持った感触としては馴染みがある様な感覚は無い。
だが何となく、その色合いであったりロック画面の模様だったりといった部分には見覚えがある様な気がした。
操はもう一度深く深呼吸をすると、端末のセンサー部分に自分の右手の親指を当てた。
すると、あっさりとロックが解除され、様々なアプリケーションが並んだホーム画面が表示された。
「解除出来た……!」
「よし、ならまずはスケジュール表とかメモとか、何か記録みたいな物が無いか見てみようぜ」
操の隣にライナも腰掛け、横から覗き込むようにしながら指示を出す。
いつもならここまで接近……というか、密着に等しい体勢になったなら心中穏やかにはいられない操だが、流石に今は気にしている余裕は無かった。
ライナに指示された通り、まずはスケジュール表を開いてみる。
「……あれ? 殆ど何も書いてない……」
「今月に関しては『買い物』だとか『休日』とかしか書いてないな……。 他の月は?」
ライナに促されて前の月のスケジュールも確認してみるが……そちらもやはり似たような物だ。
……スケジュールを纏めるのが苦手だったのだろうか?
「えーと……スケジュールには情報無さそうだな……。 というかこれ、スケジュール付ける意味あったのか?」
「わ、わかんないけど……確かにこれはちょっと……」
取り敢えずスケジュール表には有力な情報は無さそうだという事で、今度はメモ帳の方を確認してみる事にした。
メモ帳のアプリケーションを起動する。
すると、今度は逆に途轍もない量のデータが表示された。
「うわっ」
「極端だな……どんだけ容量食ってるんだ、これ?」
ほとんどは取り留めの無い覚え書きのような内容……らしいのだが、その内容は専門用語の嵐であり、何らかの研究に関する物である事が察せられる。
しかし、本当に『思い付いた事を取り敢えずメモした』という様な物ばかりであり、今の操にも、勿論ライナにもその内容は理解出来ない物だった。
「………全然分からない」
「こりゃ、あれだな……専門家でも分からない、自分だけにしか分からないメモだな」
しかし、その『本人』である操にも今は理解出来る内容ではない。
メモ帳からも情報を得る事が出来ないとなると、他のデータを探ってみるべきか。
二人がそう考え始めた時、操があるデータの存在に気付く。
「……あれ? 待って……この日付……街に異変が起こる直前の日付じゃない?」
「え? ……あ、確かに。 これだけタイトルが『無題』だな」
専門用語で構成されたタイトルが並んだメモ帳内に、一つだけ『無題』となっているメモのデータ。
他のデータがきっちりと題名を付けて保存されている中、このデータだけが目立っている。
しかも、操が述べた通り、最後に更新されたのが街の異変が起きる前日の『4月15日』となっている。
逸る気持ちを押さえつつ、操はデータを開いてみる。
そこには箇条書きで書き留められていた文章が並んでいた。
『4月14日』
『AM3:26 研究所に侵入者との一報有り。 セキュリティが作動した形跡があったが、室内が荒らされ『ブルー』が持ち去られた。』
『AM7:42 アレンから連絡あり。 手掛かりは掴めず。 但し、夜間に研究所のある別荘地帯で不審者を見たとの情報ありとの事』
『AM9:11 アレンから連絡あり。 警察関係者が私を探している? 理由は不明。 ただ、警察内部に不審な噂ありとの事。 身辺の警戒が必要』
『AM10:23 GF警察関係者の内部データ入手 警察関係者が私を探す理由は不明。 しかし、正規の任務以外の『仕事』を引き受けている一派が存在する模様。 この連中の仕業?』
『AM11:41 アレンに件の警察関係者の情報を伝えた所、街の実質的支配者と噂されるサイディス・カンパニーとの繋がりがあるとの返答有。 まだ確定情報ではない旨を伝えたが連絡が途絶える』
『4月15日』
『AM1:27 アレンから連絡なし。 再度警察関係者の内部情報を探った所、アレンらしき人物と接触した警察官の報告書データを発見。 件の『裏』の仕事を行っている者ではない模様だが要注意』
『AM2:23 アレンから連絡なし。 グリーンフォレスト内の『裏側』を探った所、殺人・誘拐等の様々な犯罪行為を確認。 サイディス社を『黒』と断定。 アレンもこの結論に辿り着いていた可能性有』
『AM3:44 アレンから連絡なし。 グリーンフォレスト、ひいてはサイディス社の『裏』の構成員が聖メアリー記念病院周辺で活動していた形跡あり。 アレン? 無事でいて』
『AM7:12 アレンから連絡なし。 街のゴロツキまで使って私の行方を探させている模様。 潜伏場所をこまめに変える必要あり。 念の為の準備もしておく』
『AM10:52 『先方』から接触あり。 『アレン』『ブルー』双方の処遇について交渉がしたいとの事。 街の西にある製薬研究所に来るよう指示。 最初から私が目的?』
『最悪のパターンを想定して準備する必要あり。 連中はあの子の危険性を理解していない』
『万が一暴走を引き起こしてしまったら、その時は 私に出来る?』
『アレンを救って、惨事を防ぐにはそうするしかない』
『でも』
『あの子には何の罪もない』
『 アレン ブルー 私は どちらを 』
「……………」
「……………」
内容としては覚え書きというべきだろう。
だが、その内容は誰かが見る事を想定した物ではなく、今の操達からすれば意味がよく分からない所が多かった。
しかし、後半の内容から察するに、かつての操はアレンと共に『ブルー』と呼ばれる何か……誰か?をサイディス社に人質に取られ、街の西にある製薬研究所とやらへ来る様に強要されたらしい。
そして、何らかの理由からアレンと『ブルー』どちらかを選ばねばならず苦悩していた様だが……。
「……この『ブルー』って、もしかして、『青い花』の事かな……?」
「危険性を理解してないとか書いてあるって事はそうかもな。 ……もしそうなら、街に蔓延ってる『青い花』じゃなくて、あれの大本になった『最初の一輪』って事か」
しかしそう考えると、サイディス社は『最初の一輪』をかつての操の元から盗み出し、その後アレンを人質にして操自身の身柄も狙ったという事になる。
何故そんな回りくどい真似をしたのだろうか?
メモにあるように操の身柄が目的なら、最初から操を攫えば済む話だ。
「『ブルー』……も分からないけど、最初に書いてる『別荘地帯の研究所』っていうのも何だろう? サイディスのとは別って事?」
「文面をそのまま受け取るなら、操がこの街で研究をしてた研究所って事じゃないか? 確かにグリーンフォレストの奥の方……山をちょっと登った所に、金持ち向けの別荘地帯があるぞ」
操がこの街の何処に住んでいたのか、どの様に暮らしていたのかなどを全く思い出せていなかったが、もしや、普段からその研究所とやらに籠っていたのだろうか?
そうだとすれば一応新しい情報が手に入った形だが、操の記憶が戻るきっかけにはなりそうにない。
操は若干の焦りを覚え始めていた。
「……新たに分かった事もあるけど、これだけじゃ何も思い出せないよ……。 どうすれば……?」
「まぁ待てよ操。 よく考えてみろって。 操はこの部屋のベッドで倒れてたんだろ? そんで、この携帯端末は操が倒れてたベッドに落ちてた。 ……って事は、操の身に何か起こる直前まで操が操作してた可能性が高いって事だ」
落ち込みそうになっていた操に、ライナが自らの見解を述べる。
確かに、直前まで使用していたからこそ、脱いだジャケットとは違って端末は近くに落ちていたのかもしれない。
そう考えると、まだ何か見落としているデータがあるという事だろうか?
「メモの内容も全部、街に異変が起きる前のヤツばっかりだからな。 きっと、最新の情報が何処かに記録されて……………あ」
そこまで言ってライナは何かに気が付いたらしい。
言葉を止めて何かを考えている。
「ライナ? どうしたの?」
「……そうか、記録……一番手っ取り早く記録するなら………そうだ、あれだ!」
そう言って声を上げたライナは、操から携帯端末をひったくると画面を操作して一つのアプリケーションを起動した。
画面に表示されたのは………ボイスレコーダーだ。
アプリケーションの項目には起動履歴が存在しており、そこには一つだけ文字列が表示されていた。
「あった! 一件保存されたデータがある。 ……タイトルは無題だけど、更新されたのが異変が起きた後だ!」
ライナのその言葉に、目を見開いて画面を覗き込む操。
確かに、保存されたデータの一覧には一件だけ『無題』のデータのみが表示されている。
以前の操はこの部屋で何かを録音していたという事か。
「……聞いてみよう。 これが、最後の手掛かりかもしれない」
操の言葉にライナは頷くと、画面に表示された再生ボタンを押した。
すると、録音データが再生され始める……が、最初の数秒間は何の音もしなかった。
操が戸惑った表情を浮かべるが……直後、聞き覚えのある声が聞こえ始めた。
『………これで………良いのかな。 録音機能なんて、初めて使うから、間違ってないかな………』
その声を聞いた操が息を飲む。
それは間違いなく、操の声だった。
機械を通している為か、若干印象が違うが、それでも自分自身の声である事はすぐに確信した。
『………聞こえていますか? これを……聞いている人が居るのかどうか、もう私には分かりません。 ……それでも、お話しておかなければいけないと思って、この記録を残します』
端末の向こうの人物………かつての操と思われる人物は、深呼吸をする様に息を吸って、吐いた。
何処か、苦し気な様子に思える。
『私の名前は、桜木 操。 ……この街で、とある花……今、グリーンフォレストの街を埋め尽くし、異形の怪物を生み出しているあの青い花……『ブルーフィリア』の研究を行っていた研究者です』
そうして、端末の向こうの操は吐露するように、懺悔するようにとつとつと話し始めた。
『これから、この街に何が起きたのか、あの花は何なのか、そして……どうしてこのような事態になったのかを………お話します』
どこか遠くへ向かって語り掛ける様に、断頭台に上がる直前の様な悲壮感を漂わせながら、言葉を続ける。
『死を迎えるにあたって……この事態を引き起こしてしまった者の一人として………真実を、ここに遺します』
そう前置きした、記憶を失う前の操は………『真実』を語り出した。




