63 出迎え
操とライナの二人は東側の中庭を出ると、すぐにエレベーターのあるロビーへと向かった。
案の定、それまで通って来た道には西側の中庭から窓を突き破って『花人』の群れが雪崩れ込んで来ており、廊下を走る操達の行く手を阻む様に襲い掛かって来た。
とは言え、障害物の多かった中庭に比べて廊下はある程度の広さがある上、操の攻撃を妨げる物が無い。
つまり………操の独壇場だった。
「……俺、必要なかったなー……」
隣を歩くライナがぼやく。
実際、ロビーに戻って来るまでの間、ライナは殆どする事が無かった。
襲って来る『花人』はほぼ操が蹂躙してしまったのだ。
「そ、そんな事は無いよ。 ライナが後ろを守ってくれてたから思い切り戦えたんだし……」
正直な所、少しやり過ぎたと操は思っていた。
もうすぐ自分の記憶の手掛かりが……それも、限りなく真実に近い手掛かりが手に入る筈だ。
そう思うとついつい張り切ってしまい、二人が通って来た廊下は最初に通った時以上の惨状となってしまった。
操は攻撃力重視の『茨の鞭』を二刀流で用い、襲い掛かって来る『花人』を文字通り八つ裂きにして行ったのだ。
結果として新たに出現した『花人』の群れは、本体の花がどうとかそういった次元ではないレベルでバラバラにされてしまった。
そのお陰で、ライナが予想していたよりも早くロビーまで戻って来れた訳なのだが……。
「……ま、さっさと戻って来れたんだし文句は無いさ。 ……ちょっと景色がアレになったけど」
目を逸らした状態で言われても説得力が無い。
とは言え事実なので何とも反論のしようがない操だった。
「さて、それじゃあエレベーターを動かそうぜ」
「うん。 鍵穴は……これだよね?」
エレベーターの昇降ボタンの下にある、「ON/OFF」と書かれた鍵穴に、先程手に入れた起動キーを差し込む。
鍵はガチャリ、という音と共に鍵穴へ収まり、操はそのまま「ON」の方へ鍵を捻った。
すると、光の消えていたエレベーターのランプが点灯し、エレベーターの駆動音が聞こえて来た。
これで漸くエレベーターが使用出来る様になった。
だが起動したばかりだからなのか、動きがだいぶ遅い。
少し待つ必要がありそうだが、ともかくこれで目的の階に向かえる。
「はー……やっと動いたなぁ」
「そうだね……もうこれ以上は何も無いと良いんだけど……」
口にしてから操は言わなければ良かったと思った。
隣のライナを見れば、形容しがたい顔を操に向けている。
「……みーさーおー?」
「あー……うん、ゴメン。 これってあれだよね、フラグって奴だよね……」
ここまで操の悪い予感は大体が当たっている。
もしも、今回もそうだとすれば……。
「……まぁ、フラグも折れる事はあるって言うし、迷信だよ迷信!」
努めて明るく言うライナだが、多分あれは何か起こると確信して言っている。
残念ながら、操も同感なのが悲しい所だ。
「あー……ところで操。 それはそのままで良いのか?」
「え? それ?」
と、ライナが話を逸らすように話題を変えた。
彼が指差したのは操の背中にある物だ。
「ああ、これ? うん、大丈夫。 むしろこっちの方が邪魔にならないし、必要な時に手に取りやすいしね」
そう言った操の背中には、先程の中庭の戦闘で操が使用していたブルパップ式散弾銃があった。
当初、帯で体に吊っていた散弾銃だが、今は操の背中に固定されている。
どうやって固定されているのかと言うと……銃全体に巻き付いた操の蔦だ。
操の背中から伸びた蔦がそのまま散弾銃に伸び、操の背中に銃が張り付いた様に結び付けられていた。
この背中から伸びた蔦の触手とでも言うべき物は、今までは背中から生えた上で服の袖口から外に伸びる形を取っていた。
しかし現在、散弾銃を操の背中に固定しているのは、それとは別に背中から生じた蔦であり、操の身に付けた衣服を貫通して外に伸びている。
ライナとしては服が破けたりしないのか、という意味で心配なので聞いたのだが、操はそうした事に思い至っていないのか特に気にした様子は無かった。
「あー……いや、そうじゃなくって……。 服に穴空いて大丈夫なのか? 破けるんじゃ……」
仕方が無いのでハッキリ言う事にしたライナ。
こういう部分は対人スキルが低い。
「え? 服? ……あ、そういう事。 大丈夫だよ。 ほら、前に言ったじゃない」
『花』の能力の一つ……と言って良いのかは不明だが、操は自分が受けた傷を肉体は勿論の事、身に付けている衣服も含めて再生させる事が出来る。
再生した衣服は、損傷した部分を植物質の細胞と思われる物が色や質感などを模倣して埋める為、外見上全く見分けがつかない程に修復されるのだ。
「背中の部分も蔦が生えて穴が空いても修復出来るから、蔦を引っ込めれば元通りになるよ」
そう言いながら、散弾銃を背中にマウントしていた蔦を伸ばして動かす操。
そのまま後ろ手に手を伸ばすと、操が受け取り易い位置に散弾銃が運ばれて来た。
「お、おお……そういやそうだったな。 ……記憶には無いけど」
記憶から消した例の件が頭をよぎったのか、目が泳ぐライナ。
操も若干顔を赤らめた。
「そ、それにしても、そんな風にも使えるんだな、その蔦。 SF映画とかで出て来るロボットアームみたいだな。 ……正直ちょっと羨ましい」
「え? そ、そう?」
ライナが操を、正確には操が自らの背後で動かしている蔦の触手を見ながらそんな事を言った。
確かに、ロボットアームの様に見えなくもない、かもしれないが……羨ましいだろうか?
「そうさ、 ロボットアームにマウントした銃を必要に応じて切り替えて戦闘! なんてロマンたっぷりじゃないか。 ……いいなー」
本当に羨ましそうに言うライナに操は苦笑する。
……時々こういう子供っぽい一面が顔を出すのが何ともライナらしい。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど……これ、ライナ以外の人の前じゃ出来ないからね。 使える場所が限られるよ」
そう呟きながら、操は無意識に、変異したまま元に戻らない腕を摩る。
操の右半身は相変わらず植物質の外皮を持った見た目に変異したままであり、右目も白目部分や瞳が青色に変化しているのも変わらない。
今の姿で背中から生やした蔦を自在に動かしている様子を見れば、普通の人間ならまず間違いなく操も怪物の一体だと見做すだろう。
「まぁそうかもしれないけど………逆に言えば、俺と一緒の時は問題ないんだろ? なら遠慮する必要は無いさ。 むしろ俺としては頼もしいしな」
ライナは特に気負った様子もなくそう言ってのけた。
……本当に、変わった人だと思う。
「あ、それともあんまり『花』の力を使って戦いたくなかったりするか? もしそうなら、基本的に俺が敵の相手するけど……」
操が自分の存在を、どちらかと言うと否定的に捉えていると知っている為か、ライナは操を気遣ってそんな事を言った。
そんなライナの優しさに嬉しくなるが……その問いには否と操は答える。
「ううん、そんな事は無いよ、大丈夫。 むしろ私は、自分のこの力を使ってライナと一緒に戦いたい。 ……守られているだけじゃなくて、ライナの事も守りたいの」
ライナの目を真っ直ぐに見て言った。
これは操の本心だ。
人間では無くなりつつある自分にすら寄り添ってくれるライナを守りたい。
そして、ライナと共に戦って力になりたい。
出会った当初からその気持ちは変わらないが、ライナの本心を知り、ライナに本心を曝け出した今は意味合いが大きく違っている。
だから、もう自分の力を使う事を恐れるつもりは無かった。
「……そうか。ならいいんだ。 けど、力の使い過ぎは危ないんだろ? もし何か体調に異変があったらすぐ言うんだぞ。 ……さっきも言ったけど、一人で考えるより二人で考えた方が良いに決まってるんだからな」
「……うん」
若干照れ臭そうに言うライナ。
変わってしまった自分に、変わらずに接してくれるライナの想いが籠った言葉に、操は胸の奥が温かくなるのだった。
ポーン、という音と共にエレベーターの扉が開く。
操とライナは二人共、エレベーターの中に向けて銃を構えていた。
幸い、エレベーター内部には何も居なかったが……壁に血痕が付着している。
忘れそうになっていたが、操達はここに来るまでかつての操の血痕を辿って来たのだ。
エレベーターに乗って上の階に向かったのは血痕の向かう方向で分かったが、その先はエレベーターが停止していた為追えなくなった。
つまり、その続きをこれからするわけだが、行き先は最初から判明している為、血痕自体を追う必要はあまり無い。
それでも、操はかつての自分の足取りを見て、何か思い出せないかと考えていた。
(……でも、何も思い出せない。 このエレベーターの中の内装も覚えてない……)
操がそのようにエレベーター内の様子を確かめつつ中に入ろうとすると。
ライナが無言で操を制した。
「……ライナ?」
「一応、念の為だ」
そう言ってエレベーターに乗り込んだライナは天井に注意を向ける。
ライナの行動を見て、天井部分は外から見えていなかった事に気付く。
あの怪物達なら、天井に張り付くなどしていても不思議ではないのだ。
操がエレベーター内のライナを見守っていると、ライナは壁に手を添えて何かを調べ始めた。
どうみてもただの壁に見えるが……いや、よく見ると、隙間のような物がある。
「……それ、壁……だよね?なんかずれてるように見えるけど……」
「んー? ああ、これはあれだよ、緊急時にレスキュー隊とかが中に入る為の……非常口?みたいな奴だ」
そう言ってライナは壁の一部をコンコンと叩く。
確かに裏側が空間になっているような音がする。
「天井はOKだったけど、エレベーターシャフトの中に怪物がいて、乗ってたら後ろから……なんて事になったら嫌だからな」
言われてみれば、エレベーターシャフト内はそれなりに空間がある場合が多い。
天井に張り付いているよりは現実味がある潜伏方法だ。
と言っても、エレベーターの種類によっては人間が入ったままでいられる様な隙間が無い場合もあるのだが……相手が怪物である以上、確たる事は言えない。
どちらにしろ、警戒しておくに越した事は無いだろう。
「……よし、取り敢えず問題無し……っと。 乗って大丈夫だぞ、操」
ライナに促され、操もエレベーターに乗り込む。
内部をぐるりと見回してみると、扉の横の階数ボタンに乾いた血の痕が付いていた。
特に、5Fのボタンにはべっとりと、人の指の痕と思われる形で血が付いている。
「…………」
操はその血痕に触れてみる。
すると、操の体を通してその血の持ち主の情報が流れ込んで来た。
それは間違いなく、過去の操の血だった。
やはり、最上階に向かったようだ。
「やっぱりそのまま上に行ったのか?」
「うん、そうみたい。 そのまま奥の……506号室に向かったんだと思う」
従業員室で調べた限りでは、5Fの一番奥のあの部屋は506号室との事だった。
以前、操が目を覚ました当時はオートロックが作動して戻る事が出来なかったが、あの時もホテル内の電源が落ちていた可能性がある。
それでもオートロックが生きていたという事は、そうしたセキュリティ部分の電力は別供給なのかもしれない。
どちらにせよ、部屋のロックを解除する為に鍵が必要になるので、従業員室のキーラックから鍵を拝借して来ていた。
「んじゃ、取り敢えず行ってみるか。 何が出て来るか分からないけど……」
「……うん」
この場合の『何が出て来るか』とは怪物の事ではなく、操の記憶についての情報である。
何故だか分からないが、操にはあの部屋に戻れば全てが分かる様な気がしてならないのだ。
逸る気持ちを押さえつつ、操は5Fに向かうボタンを押す。
エレベーターの扉が閉じると、ゆっくりと上昇を始めた。
「……それにしても、変な気分」
「ん? 何がだ?」
操がやや自嘲気味に呟いた。
操が以前、このホテルの一室で目覚めた際には自分の置かれた状況が理解出来ず、混乱する頭を何とか落ち着かせようとしながらホテルから脱出した。
怪物に襲われつつ、生き延びる為に最善を尽くして戦いながら、自身の記憶を求めて街中を彷徨った。
その最中、少しずつ記憶の断片を取り戻して行ったが、明確に思い出せた事はほんの一握りだ。
挙句の果てには半ば自暴自棄になり……ライナに再度救われる事にもなった。
しかし今操が感じている様に、あの時目を覚ましたホテルの一室に操の記憶を取り戻す事が出来る何かがあるのだとすれば………、随分と遠回りをしてしまったものだ。
「最初から答えがあったかもしれないのに……私、それを見落としちゃったんだよね。 もしかしたら、目を覚ました時点で全部理解出来たかもしれないのに……」
「操……」
「でも、それだと多分ライナとは出会えてなかったからね。 結果論ではあるけど……私はこれで良かったんだと思うよ」
操はライナに笑顔を向ける。
それは偽らざる操の本心だった。
仮に、操がその場で記憶を取り戻していたとしても、操はこの街を一人では生き延びる事は出来なかっただろう。
ライナの助けがあってこそ、今自分は生きているのだと操は思っている。
そして何よりも……操はライナに心を救って貰った。
一人で『青い花』の怪物と化して行く自分と対峙していたなら……今頃は、文字通りの『怪物』と成り果てていただろう。
現状操が体は変異しつつあっても心は人間のままでいられるのは、ライナが有りのままの操を受け止め向き合ってくれたからだ。
そんなライナと出会う事なく一人見知らぬ街を彷徨うなど……今の操には、もう考える事すら出来なかった。
最早、操にとってライナは何よりも………それこそ、自分の命より大切な存在となっているのだ。
「……そっか。 まぁ正直言うと、俺も操がいない状態ってもう想像出来ないんだよな……俺にしちゃ意外な事に」
「……意外なの?」
操がちょっと不満そうな表情になったのは、この場合は仕方がないだろう。
やや頬を膨れさせる操に対し、ライナは少し慌てた様子で弁明しようとした。
「ああ、いや、そういう事じゃなくって…………あ?」
……と、突然ライナが妙な声を上げた。
どうしたのかと操もその視線を追うと、エレベーターの階数表示を見ているようだ。
現在は2Fから3Fに表示が変化した所の様だ。
特におかしい所は…………いや、よく考えてみるとおかしい。
どうして、まだ5Fに到着していない?
エレベーターを再起動したばかりの時は、少々上昇が遅くても電力供給が再開されたばかりだから、という様な理由を付ける事は出来たが、あれから時間が経った今の状況でこの遅さは妙だ。
操もその異常に気が付き、ライナの顔を見ると、ライナは更に何かに気が付いたらしい。
「あー……………そうか。 確かに、エレベーターシャフトに怪物は居なかったな……………」
「………………!!!」
『怪物は居なかった』
…………ならば、『怪物以外』は?
階数表示が3Fから4Fに変わる。
その直後、エレベーターの籠の外側から、メリメリッ!ベキベキッ!という、何かを掻き分けるような音が響いて来た。
操とライナは無言でエレベーターの奥側の壁際に下がって銃を構える。
ライナは短剣を抜き右手に持ち、左手に銃を構えている。
操は背中の蔦から散弾銃を受け取り、肩付けで構えた。
「操、援護頼む。 多分結構居るぞ」
「分かった。 ……そういえば、前に5Fで戦った怪物達、ちゃんと本体を処理してなかったな……」
「……なるほど」
ガタガタとエレベータ内が小刻みに揺れる。
何かを掻き分け押し退けるようにして上昇しているらしい。
やがて、階数表示が5Fになり―――
―――ポーン、という音と共に扉が開いた。
「ヴヴヴヴゥゥゥゥゥゥああああッッッッ!!!」
「ヴバァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッッ!!!!」
扉が開いたと同時に、3体の『花人』がエレベーターに雪崩れ込んで来ようとする。
操はその姿を確認すると同時に、散弾銃の引き金を引いた。
轟音と共に発射された散弾が、ひしめき合う怪物達を同時に打ち据える。
「ガバァッッ!!?」
「グゲェェェ!!!?」
「オゲッッッ!!??」
無数の散弾を浴びせられた怪物達は、その衝撃で後ろに吹き飛ばされた。
しかし、3体同時に散弾が当たる様に調節して撃った為、散弾が分散して3体共倒せていない。
正面に居た1体は仰向けに倒れ込み、殆ど瀕死の状態だが、残りの2体は大きくよろめきながらもまだ立っている。
と、そんな怪物達に向かってライナが走った。
そして、倒れ込んだ1体の少し手前辺りで身を屈めると、よろめいている2体に向けて跳躍する。
そして、それぞれの怪物を空中で踏みつけるようにしながら右の怪物を短剣で切り裂き、左の怪物を銃で撃ち抜いた。
「!!!??」
「!?!?!」
短剣で首を斬られ、頭部を撃ち抜かれた2体の怪物はそのまま絶命する。
ライナはそこから更に、踏みつけにしていた2体の怪物を、そのまま前蹴りを喰らわせるようにして蹴り飛ばした。
綺麗に顔面へ強烈な蹴りを叩き込まれた2体の怪物達は、今度こそ吹き飛ばされて床に倒れ伏す。
2体の怪物を蹴り飛ばしたライナは、そのまま反動を利用して宙返りすると、仰向けに倒れ込んでいた『花人』の顔面を着地と同時に両足で踏み潰した。
そのまま『花人』は頭蓋を粉砕され、声を上げる事も無く息絶えた。
「ウバァァァァァァッッッ!!!」
「イイァァァァァァァァッッッ!!!」
そこへ更に、左右から花人がライナに襲い掛かった。
身体から生えた蔓を触手のように伸ばし、ライナを捕えようとする。
だが、ライナはその蔓を体を捻りつつ躱し、同時にその全てを短剣で切り落とした。
「!?」
「ギッ!!?」
蔓を切られた2体の『花人』が一瞬怯む。
その一瞬の間に、ライナは右側の『花人』との間合いを詰めていた。
ひゅんっ、という、小さな刃鳴りの音が響く。
「……!?」
『花人』が状況を理解する前に、その首が廊下の床に転がり落ちた。
その時には既に、ライナは振り返りつつ左手の銃を、もう一体の『花人』に向けていた。
しかしその前に、再び轟音が廊下に轟いた。
「ゲゴッッ!!??」
蔓を切られた直後にライナを背後から襲おうとしていた『花人』は、エレベーター内から飛び出して来た操に散弾銃で銃撃されて吹き飛んだ。
ライナに意識が行っていた怪物は、近距離から放たれた散弾をもろに受けて背後の壁に叩き付けられる。
そしてそのまま、壁にもたれ掛かる様にしながら、ズルズルと横に倒れて行った。
「ふぅ……」
周囲に動く怪物が居ない事を確認して、操は漸く息を吐いた。
まさか、エレベーター前で待ち伏せされているとは……。
ライナが気付いてくれていなかったら危ない所だったかもしれない。
「操、ナイス援護!」
サムズアップして笑顔で操を労うライナ。
そんなライナに対して、操は苦笑を返した。
「……私が援護しなくても大丈夫そうだったけどね」
実際、操が手出ししなくとも、ライナならどうとでもなっていた気がする。
「そんな事はないさ。 操が援護してくれたから、その分早く片付いたからな」
ライナはそう言うが、どうも操は腑に落ちない。
逆に言えば、早く片付ける事を考えなければ一人でも何とかなったという意味でもあるからだ。
とはいえ、今はそんな事を考えている場合でもなさそうだった。
「で、まぁ……目的の階には着いた訳だけど……」
そう言いつつライナが周囲を見渡す。
言いたい事は分かる。
操も困惑を通り越して混乱しかけているのだから。
「……花が成長しすぎてジャングルみたいになってるのは何度か見た事あるけど………これは『みたい』じゃなくって、『ジャングル』そのものだろ……」
操が以前ホテルから立ち去る際、最後に見たエレベーターホール周辺の状態は、怪物との戦闘で若干荒れてしまってはいたものの、目立つ点と言えば、怪物が押し破った扉が廊下に倒れていた位だった。
しかし今、二人の目の前に広がる光景はそんな生易しい物ではない。
壁という壁、天井と言う天井、そして床一面が『青い花』とそこから生じた蔦や蔓、葉に覆われてしまっているのだ。
最早、それが蔓なのか蔦なのか、または根なのかそれ以外の部位なのか……それすら分からない程無秩序に『花』が建物を浸食していた。
既に『花』自体も床の根らしき部分で咲いていたり、天井からぶら下がる様に無数に群生していたり、壁から蔓を垂らして揺らめいていたりと、その姿自体に統一性が無い。
明らかに『花』自体に何らかの異常が起きていると思われる。
「前に私がここを出て行った時には、こんな風になっていなかった……。 あの後、何が起きたの?」
操は銃を構えて警戒しつつ、エレベーターを出て右手の廊下、生存者の男性と出会ったリネン室の方を覗き込んだ。
あの時の記憶が確かなら、手前側の扉が階段室であり、その奥にリネン室があった。
更に奥は客室が並んだ廊下だった筈だが……覗き込んだ廊下の先は、『青い花』の幹によって埋め尽くされており、どう考えても以前見た時よりも奥行きが無くなっている。
そして何よりも……階段室の入り口から、異常な量の青い花の根らしきものが溢れ出ているのが分かった。
恐らく、このフロアの異常な状態は、ここが『震源地』だろう。
「うわ、何だこれ。 ここから広がったのか? この……何だ、根?蔦?は」
操の肩越しに廊下を覗き込んだライナが呆れた様に零す。
操も以前、聖メアリー記念病院などで似た様な状態になっている場所を見た事があるが……これ程酷い状態は初めて見る。
『花』の部位同士が癒着して、緑色の肉塊のようになってしまっている。
表面上は植物質なのだが……よく見れば表面に浮かび上がった血管の様な物がゆっくりと脈打っている様に見える。
「……動いてる? でもそうか……倉庫街で見た、『青い花』の幹も同じ様な物だったかも」
「そんなのがあったのか?」
それは、『双子』達と戦った時の事だ。
かなり苦戦した事もあり、あの怪物達が最も脳裏に焼き付いているが、考えてみれば、操の周囲を囲って逃げ場のない状態にしていたのは『青い花』の幹だった。
個々の『花』自体がどれ程の自我を持っているのかは分からないが、少なくとも罠を張って待ち伏せをする知能はあるのだ。
ただの植物とは異なり、ある程度動物の様に動いたとしても不思議は無いかもしれない。
勿論、操達にとっては危険を齎す可能性がある為、楽観視は出来ないが……。
「で、どうする? 目当ての506号室はあっちだけど……塞がってるぞ」
「うーん……」
最大の問題は、『花』が今までに無い程に異常成長してしまっている為、5Fの廊下の殆どが通行不能となっている事だ。
先程、エレベーター内で何かを掻き分けるような音が聞こえ、エレベーターの上昇速度が遅くなったのも、エレベーターシャフト内に『花』が侵食して来ていたせいだろう。
それを考えると、建物がかなり深い所まで花に浸食されている可能性が高い。
力尽くでどうにかするのはやはり危険だろう。
「『花』を除去するのは難しいし……どうにかして、回り道出来ないかな」
「回り道? って言ってもなぁ……ほかに道なんて…………あ、一つあるか」
そう言って、はたと気が付いたライナが視線を向けたのは、すぐ側にある、扉が破壊された客室だ。
他の客室は『花』の蔦などが表面を覆ってしまっており、そのままでは開けられない。
そもそも鍵が無いので、オートロックが掛かってしまってもいる。
しかし、扉が破壊されたその客室は室内の様子が操達のいる場所からも見えており、『花』は室内まで浸食しているものの、内部はそれ程荒れていない様に見える。
「……ここ? でもここからどうやって506号室に行くの? 吹き抜けを挟んだ反対側だよ?」
操が訝し気に首を傾げる。
このホテルの客室フロアはアルファベットの「H」を横に倒したような形をしている。
操達の目指している506号室は異常成長した『花』の一部に廊下が埋め尽くされてしまった結果、完全に孤立した状態になっていた。
そして、操達が今居るのが、フロアの中心部に位置するエレベーターホールのやや南東側にある部屋……『519号室』の前だ。
ほぼ506号室の対角線上に位置する部屋の為、間に1F中庭と繫がった吹き抜けがある。
故に、例えば廊下を塞ぐ『花』の幹を避ける為、天井裏や通気口を通るという様な手段を取ろうとしても、地続きになっていない為に辿り着く事が出来ない。
それでも尚、519号室に道があるという事なのだろうか?
「ホテルの中は『花』だらけで通り難そうだけど……ここに入って来た時に見た限りじゃあ、外は大丈夫そうだったからな」
「え……外?」
519号室に入って行くライナの後を慌てて追う操。
室内は以前見た506号室の内装と、細かい所は異なっていたが、ほぼ同じ造りだ。
部屋に入ってすぐ横にバスルームやクローゼットなどがあり、その奥にはベッドが1つとソファ、椅子とテーブルが置かれている。
そして、その奥にはベランダ付きの窓があり、窓の外には薄らと街の明かりが夜の闇と霧の中に浮かんでいた。
ライナは部屋の明かりを点けると、窓の鍵を開けてベランダに出て行く。
操もその後に続いて外に出る。
「……うん、思った通りここからなら何とかなりそうだな」
そう言ってベランダの上を見上げたライナに倣って、操も視線を上に向けた。
そこには特に何も無いように見える。
「ここから……って、まさか、ここを登るって事?」
ここまで来れば操にも察する事が出来る。
つまりライナはベランダから上へ昇り、屋上を通って506号室側へと降りようというのだ。
確かに屋上なら『花』に埋め尽くされる、という事は無いかもしれないが……。
「操は平気だよな? あの鞭で上に引っかければ良いんだし」
「それはまぁ……。 でも、ライナはどうするの?」
「勿論、俺もこれだよ」
そう言ってライナは右腕を上に、屋上方面に向けて伸ばす。
すると、カチッという小さな音がしたかと思うと、パシュッという空気音と共に細いワイヤーが撃ち出された。
明かりに乏しいベランダである為、暗くてよく見えなかったが、ワイヤーの先端には枝分かれした小さな鉤爪のような物が付いている。
ライナは撃ち出されたワイヤーの先端が屋上の上まで飛んだのを確認すると、タイミングを見計らってワイヤーを手で引いた。
「よっ……と。 よし、引っ掛かったな」
何度かワイヤーを引いて、しっかり鉤爪が屋上の縁に食い込んだ事を確認する。
操は今までにも何度かライナがワイヤーを使っているのを見た事があったが、どうやら袖口に何か仕掛けを仕込んでいるらしい。
ある意味では操の蔦の触手や『茨の鞭』と似た様な物かもしれない。
「な? 大丈夫だろ?」
「えーと……うん、そうだね……」
『便利屋』と言っていたが、ライナは普段何をしているのだろうか?
その内、『○○の七つ道具』とか言い出さないかな、と操は益体も無い事を考えていた。




