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「そうか、それでここまで来た……というか、来れたんだな」
ライナが合点が言ったという様にそう呟いた。
あの後暫くライナの腕の中で泣き続けた操だったが、流石に時間が経って気持ちが落ち着いて来ると涙も止まって来た。
だが、それと同時に猛烈に気恥ずかしくなって来てしまい、ライナから離れるタイミングを逸してしまっていた。
ライナもその辺りを察してくれたのか、或いはライナも同じく気恥ずかしかったのか、そのままの体勢で操が話すこれまでの経緯を聞いてくれている。
……ライナの心臓の鼓動も早鐘を打っている為、後者かもしれない。
「……うん。 夢で見た光景がフラッシュバックして、頭痛が酷くなって……どうしてもここに行かないといけないような気がしたの」
「それで来てみたら『花』の待ち伏せか……」
一通りライナに状況を説明し、『青い花』が操に刺客を差し向けて来ているのではないか、という推測もライナに話した。
それに対してライナは肯定しつつも疑問を呈した。
「確かに罠っぽいけど、どうなんだろうな? 操が邪魔だから殺そうとしたってんなら、今までは何で助ける様な真似したんだって事になるし、今頃手下を差し向けて来たのも良く分からん」
それに関しては操も疑問だった。
『青い花』にとって操が邪魔であるなら、最初の頃に操が自分の能力を理解していなかった時に『三つ首』のような怪物を送り込めば済んだ筈だ。
操が成長するまで待っていた? ……いや、そうする理由が『青い花』には無い。
『青い花』からすれば、操は同胞に寄生されながら同胞を殺す敵……つまりは異端者だ。
それを生かしておく理由など無い筈だが、それならば今まで操と共存するかのように力を貸していた事が不自然に思えて来る。
勿論操達が知らない理由があるのかもしれないが、操だけがそうなっているというのは妙だった。
操の他にも『花』に寄生された生き物は存在しており、それらは例外なく人間を襲う怪物となっているのだから。
或いは……操に寄生した『花』だけが特殊なのだろうか?
「うーん……案外、操が探してた例の……『DD-4032』だっけ? あれが自分にとって危険な代物だって知って妨害しようとした、とか?」
ライナにそう言われた操は、そんな事があるだろうかと考えたが、『双子』や『三つ首』の『悪意ある人間臭さ』を見るに、一概に否定は出来ない。
しかし、それならあの怪物達と、操自身の『花』の能力を使って戦う事が出来たのは矛盾している気がする。
「……どっちなんだろう。 私を生かしたいのか、殺したいのか……。 怪物達の攻撃の激しさを考えると、私を敵と見做してるとは思うんだけど……」
単純に『青い花』が操を排除しようとしているのなら、怪物達を差し向けるだけではなく、操に寄生している『花』がその能力を操に使わせないようにすれば良いだけだ。
恐らく『青い花』には………少なくとも、『花』の怪物達を統率している存在にはそういった事が出来る筈。
『青い花』毎に個別の意思があるとしても、『統率者』はその意思すら支配出来る。
『双子』や『三つ首』の様に、操を殺す事に能力を偏らせた怪物達を見た操はそう考えていた。
「……ふぇっくしょん! ………悪い」
……と、今までの経緯の説明を続けようとしていた操だったが、ライナのくしゃみで話が中断される。
そういえば忘れていたが、ここは倉庫内ではあるが、冷凍庫並みに気温の低い特殊倉庫なのだ。
思い出した途端に気温の低さを認識したのか、操も身震いする。
「……そう言えば、こんな所で話し込んでたら風邪ひいちゃうよね、ごめん。 やっぱりちょっとまだ動揺してるのかも……」
「あー……いや、俺もなんかそのまま話しちまったしな。 気にすんな。 ……しかし何でここはこんなに寒いんだ? 倉庫だよな、ここ……」
そう言われて操はライナが自分を追ってここまで来ただけであり、ここが何なのかを知ってやって来ているわけではない事に気が付いた。
「あ、うん。 倉庫は倉庫なんだけど、ここの管理会社がまたサイディスと繋がりがある会社で…………あっ!」
突然、操が何かに気付いたように顔を上げる。
因みに、今まで操はライナに身を預けるような体勢で話をしていた。
なので、急に顔を上げた結果、至近距離でライナと顔を突き合わせる形になった。
自業自得とはいえ不意打ちに固まる操。
「うわっ、ど、どうしたんだ?」
驚いた様子で問い掛けて来るライナ。
心なしか、やや顔が赤い気がする。
そして操は「やや赤い」どころではなく、顔を耳まで真っ赤にしつつ、しどろもどろで答えた。
「え、あ、え、え、えっと、あの……そ、そう! でぃ、『DD-4032』がここにあるの!」
高速で顔を逸らし、盛大に目を泳がせながら先程思い出した事をライナに告げる。
周囲の寒さなどは既に吹き飛んでしまった。
「え? この倉庫にあるのか?」
そう言って周囲を見渡すライナ。
倉庫内は操と『三つ首』の戦闘によって、積み上げられたあちこちのコンテナが崩れ落ち、床や壁には蕾のフレイルが叩き付けられた為にクレーターが幾つも出来ている。
この中に『DD-4032』があるとすれば……あまり考えたくない状況だ。
「あ、大丈夫だよ、崩れたコンテナの中じゃなくって……あそこにあるコンテナの中だから」
そう言って操はライナから身体を離すと、壁際にある『108−N』の管理コードが書かれたコンテナを示した。
と、その段階になって操は、コンテナに設置された操作パネルで黄色いランプが点灯している事に気が付いた。
「あれ? 何かランプが点いて……あっ……」
立ち上がってコンテナに近付こうとした操だったが、まだ完全に体が回復していないようで、よろめいてしまう。
すると、その体をライナが支えた。
「おっと……急に立たない方が良いぞ。 傷は治るみたいだけど、体力はすぐに戻らないんだろ?」
そう言って操が立ち上がるのを手助けしてくれるライナ。
操は『花』の怪物にとって『血』が重要な要素であり、操もまた消耗した体力を早く取り戻すには『血』が必要である事を告げていなかった。
隠しておこうという気はもう無いが、これに関しては流石に話すのに勇気がいる。
タイミングを見て話そうとは思ってはいるものの、すぐに伝えるのは無理そうだった。
「ごめん、ありがとう……。 時間が経てば元に戻るとは思うんだけど、流石にここまで消耗してると色々治りが遅いみたいで……」
これは本当の事だ。
操は、自分の体の感覚が徐々に戻りつつあるのを感じていた。
操自身が言ったように、その速度は遅々としているが、少しずつ身体に活力が戻って来ている様だ。
とは言え、すぐに全回復とはいかない様なので油断は禁物なのだが。
ライナに肩を支えられつつコンテナに近付く操。
コンテナに設置された操作パネルを見てみると、黄色いランプが点滅し、液晶パネルにとある文字が表示されていた。
「……処理保留中? 解凍処理が止まってるって事?」
良く見るとそのすぐ下に詳細ステータスという項目がある。
だが、その内容は……操にはよくわからないものだった。
「う……な、なんて書いてあるか分からない……」
何だかよく分からない数字や記号が羅列されたその表示は、要するにエラー表示のようだが、それが何を表わしているのか不明だ。
操は機械関係はさっぱりなのだ。
「あー……そうだな、大雑把に言うと、何かコンテナによく分からん衝撃があったから、安全の為に一旦処理を止めるぞって事みたいだな」
と、そんな操の横手から、一緒に画面を覗き込んでいたライナが表示されたエラーの内容を解説してくれた。
やはりこういう事は専門家に委ねるべきだろう。
「それって、処理を再開出来るの? 一応最初は解凍まで5分って表示されてたんだけど……」
操にそう問われてライナはパネルのキーを操作して行く。
暫く操作を続け、内容を確認すると頷いた。
「大丈夫みたいだな。 途中で処理が止まった場合は、一定の待機時間後に自動で保留にしてた物を収納するみたいだ。 一応まだ待機時間内だぞ」
それを聞いて操は安堵した。
ここまで来て怪物との戦闘に巻き込まれ、目的の『DD-4032』が失われた等という事になっては目も当てられない。
何にせよ、中身は無事なようで何よりだった。
ライナがパネルを更に操作すると、保管用コンテナ内部の機構が動き出す。
暫くすると取り出し口が自動で開き、中から金属製のカプセルが出て来た。
冷凍保存されていたのを解凍した為か、白い靄が辺りに立ち込める。
しかし、そんな中でもはっきりと分かる程大きな文字で、カプセルには『DD-4032』と書かれたラベルが貼られていた。
「……これか?」
「うん……間違いない。 これが汎用強化活性剤、『DD-4032』……」
操はライナから場所を譲られると、そのカプセルを手に取った。
まだひんやりとしたそのカプセルは、直径3センチ、縦15センチほどの大きさだ。
カプセルの中身は見えないが、恐らく品質の劣化を防ぐ為に遮光処理が施されているのだろう。
意外に重さがあるが、カプセルその物が金属製な事を考えると当然とも言えた。
遂に目的の『DD-4032』を手にした操。
だが、これをどのように使えばよいのだろうか?
「……で、これをどうするんだ?」
「……私にも分からない。 ただ、とにかくこれを手に入れないといけないって事しか……」
操は戸惑っていた。
『DD-4032』さえ入手出来れば、記憶の手掛かりが掴めると思って今まで行動して来たのだが、こうして実際に『DD-4032』を手にしても何の変化もない。
一体これからどうすればいいのだろうか。
「うーむ……記憶を失う前の操にとって、重要な物だったのは間違いないんだろうけどなぁ……」
これをどう使うのかもそうだが、何故これが必要になったのかも操には分からない。
そして、下手をするとグリーンフォレストを地獄に変えてしまったのが自分かも知れないという事を考えると、最悪の場合、碌でもない理由で自分がこれを求めていた可能性すらある。
「……やっぱり、私がこの街をこんなにしちゃったのかな」
「は? 何で?」
ライナが驚きの声を上げる。
「前に夢で、クロフォード先生と話をしていた時の光景を見たって話したでしょ? あの時は話の内容が良く分からなかったけど……今考えてみれば、あの話に出て来た私が研究してる物って、どう考えても『青い花』の事だと思うの」
少なくとも、自分が『青い花』の研究に携わっていた可能性が高い事を操はライナに告げた。
その為、『DD-4032』に関しても何らかの研究に必要な為に求めていただけなのでは、と。
しかし、ライナはそれをはっきり否定した。
「ああ、多分そりゃ違うぜ。」
「え?」
「実は、操が警察署を出た後の話だけど、色々分かった事があるんだ」
そう言ってライナは操が去った後、警察署で起きた事を説明する。
街に異変が起きる前、アレンがこの倉庫街、それもセキュリティ区画に侵入しようと試みていた事。
その際、警官に一時拘束され、『盗まれた物を探しに来た』と話していたらしい事。
そして……。
「操は会ってないだろうけど、警察署の生き残りの中にバーンズって奴が居たんだが……そいつ、サイディスの犬でな、俺や操を殺そうとしてたんだ」
ライナの説明に驚く操。
まさか警察署内にまでそんな輩がいるとは思っていなかったのだ。
そして、ライナの話は続く。
「そいつから聞き出した事なんだけど、例の指令センターで死んでた署長……あいつが連中の元締めだったらしいんだけど、そいつが『花を盗ませたと思ったら次は小娘を誘拐か』とか言ってたみたいなんだ」
「それって……」
この場合、『花』と言えば『青い花』の事しか無いだろう。
先程のアレンの話と合わせれば、操の元にあった『花』をサイディス側の人間が盗んだという事になるのではないか。
操はそう考えたが、それと操が異変を引き起こした元凶ではないという話はどうつながるのだろうか。
「まあ、はっきりした事は確かに分からないけど、操が研究してた物をサイディスの連中が盗んで何かやらかしたって事じゃないか? 記憶を失う前の操と今の操の人間性が全く違うとは思えないし、操がそんな事やらかすとは俺には思えないよ」
ライナはそう言って微笑むと、操を落ち着かせるように肩に手を置く。
知らぬ間に体が強張っていたらしい操は、ライナの手の温もりを感じて身体の緊張を解いていった。
しかしそれでも、ライナの推測は希望的観測に過ぎないのでは、という考えは消えない。
仮にライナの言う通りでも、『花』の元々の所有者が操であるならば、グリーンフォレストに『花』を持ち込んだ以上、無関係ではないのだから……。
その後、ライナから過去の自分の情報……どこかの大学の研究所に所属する研究者だった事、研究所でのトラブルが元でグリーンフォレストに移住して来た事などを聞かされた。
異変の元凶が自分かもしれない、という操の話は操にもライナにも現時点では判断が付かない。
それ故、ライナが操を気遣って意図的に話を逸らした形だったのだが……それが、操の記憶を刺激した。
「うっ……」
「操? 大丈夫か?」
再び頭痛に襲われる操。
しかし、倉庫街に至るまでに操を苛んでいた頭痛に比べれば、まだ常識的な痛みだ。
そして今回の痛みは、ただ苦しみのみを与えて来た以前の症状とは違い、とある光景を操の脳裏に甦らせた。
「……今のは……」
呟きながら操は、手にした『DD-4032』のカプセルを見つめると、腰の後ろのポーチに入れた。
そして、先程脳裏に浮かんだ光景……恐らく、この倉庫の一角であろう場所へ足を向ける。
「……一体どうしたんだ?」
ライナは困惑したようにしつつも、歩いて行く操の後に続いた。
何かあればすぐフォローに入れるよう隣を歩くライナに、操は心配無いと微笑み掛けた。
「……大丈夫、ちょっと今、頭に映像が浮かんで……すぐそこだと思うんだけど」
そう言って操が指し示したのは、言葉通りすぐ目の前のコンテナの角を曲がった所にあった。
そこは、最初に操がこの倉庫内に入って来た際、コンテナが崩れて、周囲に人の一部と思われる肉塊が散らばっていた場所だ。
「……うげ、人か? これ。 あの怪物の餌場だったのか? ここ……」
肉塊を目にしてそんな事を言うライナ。
しかし、操の視線は肉塊ではなく、その後ろにある崩れたコンテナの方に向いていた。
そうしてほんの少しの間コンテナを見つめていた操は、おもむろにその肉塊が散らばった床に、いくつもの血の跡と思われるものが出来ている床にしゃがみ込んだ。
背後でライナがやや心配そうに操を見ているのが分かる。
しかし、操にはこの場所を調べる事が、今の自分にとって『DD-4032』を手に入れるのと同じ位に重要な事だという確信があった。
床の血の跡は幾つもある。
勿論それは、周囲に散らばっている肉塊の元の持ち主の物ばかりだろう。
しかし、肉体が人間の枠を離れつつある今の操には、この場所にそれ以外の血がある事が分かった。
「……ライナ、これ」
「……うん?」
操に呼ばれ、ライナが側にやって来る。
そんなライナに操が指し示したのは、床の血の跡の一つ。
他の痕跡に比べると、何かが引き摺られた様な形になっているものだった。
「……見た限り死体は2人分だったと思うけど……この血の跡は3人目、か?」
床の血の跡を調べた際、操は手でその痕跡に触れてみた。
すると、その血の持ち主の『識別』が出来たのだ。
勿論名前や顔が分かるようなものではない。
それでも、Aの血の持ち主とBの血の持ち主が別人である事や、そこで記憶した血の情報と照らし合わせ、その他の血に触れた際に同一人物かを判別したり……といった事が出来る様になったらしい。
これは、死体から残留思念のようなものを拾い上げる、『読取』能力の簡易版のようなものだと操は解釈していた。
そして、その『識別』能力は、ライナが『3人目』と表現した血の痕を、操が知っている人物だと判定した。
その人物とは―――。
「……この血、私の血だと思う」
「……何だって?」
床に残った血の痕の一つ。
崩れたコンテナの下に続いた血の痕を、操の『識別』能力は「自分自身の血である」と判断したのだ。
そしてそれは、操の脳裏に浮かんだ映像の内容と合致する情報だった。
「……ごめん、ライナ、手伝って貰っても良い? 今の私だと、これを動かすのは難しそうで……」
操はこのコンテナを動かすつもりだったのだが、『三つ首』との戦いで消耗した体力がまだ戻っていない今の操には、そこまでの力を発揮する事が出来そうになかった。
そう考えてライナに協力を求めたのだが……当のライナは、何やらキョトンとした顔をしている。
「……え、動かすって……このコンテナをか?」
「うん」
即答する操。
この時の操は目の前のコンテナが小型とはいえ、重さが1トン以上ある代物だという事を忘れていた。
ライナが大変微妙な顔をしているのも当然である。
「二人で押せば多分動くから大丈夫だよ?」
「えぇー……?」
操に促され、ライナは若干恐る恐るといった様子でコンテナに近寄り両手を置いた。
因みに、手で押してみたライナの感覚では『無理』だった。
「……いや、無理じゃね?」
「大丈夫だってば。 ……ふぬっ!」
いつぞやに続き、女性らしからぬ呻り声を上げて操が両腕に力を籠める。
ライナも操に合わせて力を籠めるが、このコンテナが動くとは思えなかった。
しかし。
「……よし、動いた……!」
「ええ……? マジ……?」
ガリガリガリ! とコンテナが床を削りながら動く。
疑問を口にしてはいても、ライナは腕に力を籠め、真面目にコンテナを押していた。
しかし、そこから感じる手応えは先程判断した通り、ほんの僅かにでも動かせるとは思えないものだった。
にも拘らず、華奢な容姿の操が加わった途端に一気にコンテナが奥に動いたのだ。
ドン引きも止む無しである。
「操……パワータイプだったんだな……」
どこか優し気な、もしくは生暖かい目で操を見るライナ。
ライナの中で操がパワー寄りの立ち位置になった瞬間だった。
「ち……違うから!『花』の影響でちょっと力持ちになってるだけだから!」
そんなライナの呟きを慌てて否定する操。
しかし、多分ちょっとではない。
悲しい事に、反論になっていなかった。
「そ、そんな事よりも……ほら、これ!」
「ん? ……あ? これは……?」
そう言って操が移動させたコンテナがあった場所を指し示す。
ライナがそこに目を向けると……床に大きな亀裂が入っているのが見えた。
「いや、亀裂じゃないな。 ……床に穴が空いてるのか?」
「もう少し押してみよう。 多分……もっと大きいと思うよ」
言われてライナも、操と共に再びコンテナを押す。
ゴリゴリガリガリと盛大に床を削る音を響かせながら、コンテナが動いて行く。
そうして、暫くコンテナを奥側に押し込んで行くと……床に空いた『穴』の全容が明らかになった。
「でっか」
「……穴が空いた後にコンテナが崩れて来たから、気が付かなかったんだね」
コンテナの下から現れたのは、縦横2mはあろうかという大穴だった。
崩れたのか破壊されたのかは分からないが、床下に空間がありそこに瓦礫が降り積もっている。
と言っても、隠し部屋があるとかではなく、何かの……水路のようだ。
「多分だけど……あの『三つ首』の怪物は最初、ここから入って来たんだと思う」
「それって操が記憶を無くす前の事か?」
ライナの言葉に頷く操。
断片的に甦ったこの倉庫内での出来事の記憶。
端的に言うと、『DD-4032』を入手するべくやって来た操を、突然床を突き破って現れた『三つ首』が襲った、という事だった。
解凍処理を待っていたかつての操は、その間に出現した『三つ首』に襲われ負傷、『DD-4032』を入手する事が出来ずに逃走を余儀なくされたのだ。
解凍処理がなされたであろう『DD-4032』は、取り出し口から回収されなかった為に、そのままコンテナ内に再収納されたのだろう。
そして、操はどのようにして逃走したかと言えば……この穴である。
「ハッキリと思い出せたわけじゃないんだけど、あの怪物に襲われた後、私はこの穴に飛び込んで……その後、上から何かが崩れるような大きな音がした様な気がするの」
『三つ首』に襲われた当時の操は恐らく負傷してしまっていた。
それも、思い出したその時の光景を思うと、かなりの重傷だった。
故に、一か八かの賭けでその場から逃走するべく、『三つ首』が空けた穴に飛び込んだ様なのだが……その後の記憶は曖昧だ。
しかし、穴に飛び込んだ直後、体に衝撃を感じると同時に周囲の景色から光が失われ、何かが崩れ落ちる様な轟音が響き渡ったのを操は朧げながらに覚えている。
「なるほどな……操が穴の中に逃げ込んで、その直後にコンテナが崩れて穴を塞いだってワケだ。 で、倉庫の中に閉じ込められた後の怪物は天井から出て行った……と」
ライナがそのように操の話を補足する。
天井を見上げて見ると、その一部が破壊されており、その大穴の奥には夜空の暗闇が広がっている。
正確には霧に覆われた夜空だが。
しかしよく見ると、その大穴は確かに内側から破られている様に見えた。
死体に関しては操の記憶にも無いが、当時が異変の起きた直後だったと仮定すれば、怪物が居ると知らずに生存者が倉庫内に入って来てしまったのかもしれない。
この状況でどうしてこの倉庫に来る必要があったのかは分からないが、それは操も同じだろう。
「………」
操は床に開いた穴をじっと見つめていた。
血の痕は操が立っている場所からでも見える程、ベッタリと水路の壁面に付いている。
壁に手を付き、体を支えながら水路を進んで行ったのか、一定間隔で血の手形の痕が付いている。
明かりの無い狭い水路の先は暗闇に閉ざされており、何処まで続いているのか分からなかった。
「んじゃ、行ってみるか」
そんな操に、ライナが唐突に声を掛ける。
「えっ?」
突然のライナの言葉に驚きの声を上げる操。
この先に何が待っているのかもわからないのに、そんなに簡単に先へ進む判断をして良いのだろうか。
そもそもライナは……。
「言ったろ? もっと頼ってくれって。 操の記憶を取り戻すの、俺も手伝うよ」
そう言ってライナは笑った。
操は胸の内に温かいものが込み上げる。
再び目から涙が溢れそうになって、慌てて目元を拭った。
ほんの一瞬、ライナにそんな事はさせられない、と口から言葉が洩れかけるが、今操が口にするべき言葉は否定の言葉ではない
微笑むライナに操もまた笑顔を返すと、心からの感謝の言葉を述べた。
「……うん。 ありがとう、ライナ」
ここまで一人で来ていたなら、きっと操は不安と焦燥に押し潰されてしまっていた事だろう。
だが、もうそんな事にはならない。
もう、一人で戦おうとしなくて良いのだと、彼が……ライナが教えてくれたのだから。
二人でなら、あの暗闇の先に進んでも恐れる事は無い。
そうして操は、独り立ち向かう決意をした時とは正反対の決意を胸に、崩れた穴の中にライナと共に飛び降りた。
「ところで、ここって……あの水路と同じだったりするのかな?」
狭い水路内を歩きながら操が呟く。
あの水路、と言うのは勿論、操達が通って来た中央水路の事である。
操としては通算3度目の水路なのだが、壁の材質などが今まで通って来た水路の物と似通っているように思えていた。
「多分そうなんじゃないか? 昔あった水路の一部が残ってる所もあるって話だったし……まあ、中央水路と繋がってるかは分かんないけど」
倉庫内に空いた穴に飛び込んだ操とライナは、明かり一つない狭い水路内を進んでいた。
水路、とは言っているが、中央水路等と違ってこの水路は完全に使われていないようで、足元に水も流れていない。
そもそも人が通る事など想定していないのか、水路内の天井もかなり低く、明かりの類は一切設置されていなかった。
現在はライナの持つ小型ライトで通路を照らしながら歩いているのだが、水路は一本道でもかなり曲がりくねっており、中々通路の先が見えて来ない。
……と、そうこうしている内に進行方向に漸く開けた空間が見えて来た。
「……お、何か広い空間が見えて来たぞ」
「……あ、ライナ、多分だけど足元に気を付けて。 いきなり高い段差になってると思うから」
操がライナに注意を促す。
以前病院から脱出した際に通った水路が、そのような構造をしていたのだ。
あの時は広い水路側から天井に近い場所にぽっかりと口を開けた狭い水路に登り、その先の壁を破壊する事で外に出た。
水路のデザインが似ていた事から、自分達があの時と真逆の位置関係にいると予想していたのだ。
「おっと……確かに。 なるほど、ここからメインの水路に水が流れ込むようになってるんだな」
果たして、狭い水路を抜けた先は広い水路の上方に位置する場所だった。
3m程の高さの段差の上に出て来た形の操とライナは、広い水路側を覗き込んでみる。
相変わらず明かりの無い水路内は真っ暗だが、同時に水も流れておらず怪物の姿も無い。
そして、血の痕は更に先へ続いていた。
「……この先に進んで行ったみたいだね」
「そうだな……でも、なぁ……」
操の問い掛けに何故か言い淀むライナ。
その視線は自分の側の壁に残る、かつての操の物と思われる血痕に向けられていた。
「……どうしたの?」
そんなライナの様子に、操も違和感を覚える。
何か気になる事があるのだろうか?
操のそんな疑問を感じ取ったのか、ライナは自分の感じた懸念を口にした。
「いや……な。 あの倉庫からここまで続いてる血痕、どう見ても致死量なんだよ。 あの怪物に襲われた時、操は瀕死の状態だったんじゃないかな……」
ライナにそう告げられ、操は息を飲む。
今の操自身が強靭な肉体を持つに至ってしまっている為に忘れがちだが、記憶を失う前の操は当然ごく普通の人間だ。
ライナの言う通り、ここまで辿って来れる程にはっきりと残った血痕は、かなりの出血量に見える。
そんな状態で………それも目的の『DD-4032』を入手する事が出来ていない状況で、かつての操は何処へ向かっていたのだろうか。
明らかに、自分の命を削ってまで。
「……血痕を辿ってみよう。 何処に向かったのか確かめないと」
操とライナはお互いに頷き合うと広い水路へ降り立った。
暗闇に閉ざされた水路内は静まり返っており、二人の息遣いだけが響いているかの様だ。
小型ライトで照らされた水路の先へ歩き出した操達は、壁際に残された血の痕跡を追った。
血痕を辿って歩いて行くと、時折その間隔が乱れる。
壁に寄り掛かったと思われる大きな染みが出来ており、足元がおぼつかない様子に見えた。
やはり、かなり危険な状態だったようだ。
(穴に落ちた後に思い出した光景が真っ暗になったのは、この暗闇の中を進んで行ったから? ……私、一体どうやって……)
思考を巡らせながら血痕を追い、水路を更に進んで行く。
すると、僅かに水路の先が明るくなって来ている事に気が付いた。
「あの曲がり角の先、どうやら外に繋がってるらしいな」
「そうみたいだね……。 あっ、血痕も明かりの方に……」
水路を進んで行った先はT字路になっていた。
しかし、T字路と言っても右に行く道は鉄格子で閉じられており進めない。
そして、反対側の左に曲がる道の方からは僅かに光が漏れており、壁の血痕もそちら側に向かって曲がっていた。
操とライナは念の為、警戒しつつ角の向こうを確認する。
操の感覚には怪物の気配は感じられないが、未だ本調子ではない操の状態を考えて、万が一を想定してお互いに動いていた。
明かりの方向には反対側と同じく、鉄格子が嵌め込まれた水路の出口があった。
一応人が出入りする事も想定していたのか、右脇に鉄格子の扉が設置されている。
しかし、今の状態ではあまり意味があるとは言えないだろう。
「あー……つまり、あのデカブツはここから水路に入って来たって事なんだろうな」
ライナが溜息を吐きながらそんな事を言った。
操の目の前には、凄まじい力でこじ開けられ、グチャグチャに捻じ曲げられた鉄格子だった物が転がっている。
外側から水路側に向かって引き千切られたようになっている事から見て、外から何者かが侵入したと容易に推測する事が出来る。
状況を考えると、『三つ首』の仕業なのは間違いないだろう。
「……行ってみよう。 血の痕も、外に続いてる」
「……ああ」
そうして二人は嫌な予感を感じつつ、鉄格子の扉を開けて外に出た。
外は夜間である為に当然暗いが……街灯だろうか?
上から明かりで水路の出口付近も照らされていた。
水路を抜けた正面は川になっており、恐らく以前は水路から水が流れ出ていたのだろう。
『三つ首』が破ったと思われる鉄格子は、水の出口に当たる場所だったようだ。
だが、操は外に出た途端、それ所では無くなってしまった。
「……ッ……!? ここ……は……!?」
目の前に広がる幅の広い川。
夜の帳が下りたその景色に、操は強く記憶を刺激された。
しかし、それは失われた操の記憶が甦って来たのではない。
思い起こされたのは、記憶を失った後の操の記憶だ。
(間違いない! ここは、あのホテルの近くの……!)
そこは、操がこの街で初めて目を覚ました後、何とか脱出しようと足掻いていた際、怪物と共に身を投げる結果となってしまった、あの川だった。
夜間故に印象が異なってはいるが……間違いない。
何せ、死に掛けた体験をした場所なのだ。
殆どトラウマめいた記憶として操の脳裏に焼き付いている。
身を乗り出して川を凝視していた操はそこで、自分を微かに照らしている光を見上げた。
夜間でもお構いなしに立ち込める霧のせいでぼんやりと光っているだけだが、確かにその光は街灯による物だ。
そして、その街灯の光には見覚えがあった。
(あの時、非常階段から覗き込んだ時に見えた光……やっぱり、あれと同じだ!)
という事は、今操がいるのはあの非常階段のすぐ側という事になる。
そして、それはつまり―――
「おい、操、どうしたんだ?」
ライナの声に我に返る操。
心配そうに操を見るライナに顔を向けると、この場所に覚えがある事を告げる。
「私、ここに来た事がある。 記憶を失う前じゃなくって、記憶を失った後に」
「……何だって?」
それでライナも察したようだ。
水路の上部、街灯の光が見える右方向を見やる。
その方向には石の階段があり、上の道に上がれるようになっている。
どうやらここは、水路の点検用の通路か何かだったらしい。
「……行ってみれば分かるか」
「……うん」
頷き合うと、二人して階段を上って行く。
恐らく、お互いにこの先にある物が何かは予想が付いている。
そしてそれは、これから全ての辻褄が合うであろう事を意味していた。
一歩ずつ階段を上がって行く操。
ただ階段を上がっている、それだけなのに心拍数が上がって行くのが分かる。
それ程長くない階段を上がっているだけなのに、途轍もなく時間が掛かっているように感じる。
この先にある物を確かめたい。
この先にある物を確かめたくない。
相反する感情がせめぎ合い、操の足取りが重くなる。
しかし。
「――――!」
肩に、体温を感じた。
そちらに顔を向けると、微笑むライナと目が合った。
大丈夫だ。
無言でも、そう言っているのが分かった。
そうだ、もう一人で抱え込む必要は無いのだ。
ライナが一緒に居てくれるのだから。
もう、独りではないのだから。
深呼吸をして心を落ち着ける。
ライナを見つめ返して頷き、再び階段を上って行く。
先程よりも軽くなった足取りで、一歩ずつ階段を上がって行くと――――やがて、最上段に辿り着いた。
そして、そこには操の予想通りの物があった。
「………やっぱり…………そういう事だったんだね」
思わず、零れ落ちる様に声が漏れた。
操の目の前にあったのは大きな建物だった。
1階が一番広く、それより上の階はアルファベットのHを横倒しにした様な形をしており、全体としては5階建ての建物の様だ。
操達の正面にはメインエントランスに繋がる立派な屋根の付いた入口があり、その正面にはそのまま車を乗り入れる事が出来るスペースがある。
そして、その屋根の部分には、飾り文字でこの建物の名称が描かれていた。
『ホテル・ロイヤルフォレスト』
そこは、操が最初に目を覚ましたあのホテルだった。
忘れもしない、忘れられる訳が無い。
自分が何者か、どうしてここに居るのか、何も思い出せず混乱と不安の中逃げ出す事しか出来なかった場所。
操は、過去の自分の影に導かれる様に、全ての始まりの場所に帰って来た。
操の記憶を取り戻す為の戦いが今、遂に終わりを迎えようとしていた。




