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59 堕ちる


「……はぁっ……はぁっ……はぁっ………!」


動かなくなった『三つ首』を睨み、肩で息をする操。


最終的に立っている事すら出来ない状態になった『双子』達との戦闘時よりはマシだが、それでもギリギリの戦いだった。


わざと攻撃を受けて劣勢を装ったお陰で、『三つ首』の隙を付いて確実に仕留める事が出来た。


しかし、その為にかなりのダメージを負ってしまった為、体力の消耗が激しい。


エネルギーを消耗し切ってしまうのを避ける為、喰い千切られた左腕も止血程度に傷口を塞いだだけで、意図的に再生させていない。


損傷した肉体を再生させるのにも恐らく体力を……『血』を使うからだ。


ともかく、目論見通りの展開には出来たが………決して余裕がある状況とは言えないのだ。


「……早く、『DD-4032』を……回収、しないと……」


既に解凍予定時間の5分をとうに過ぎている。


急いで『DD-4032』の保管コンテナに向かって回収しなくてはならない。


操は鉛のように重い体に鞭打ち、手にした『茨の剣』を杖代わりにして歩き出す。


足を引き摺る様にしてよろよろと歩く操。


その姿は『双子』達と『三つ首』との連戦により血みどろとなっている。


それは怪物の返り血による物もあるが、殆どは自分の血だ。


身体の傷は左腕以外ほぼ再生しているので生傷は消えているが、血に汚れたその姿は幽鬼の如き有様だ。


変異してしまった右半身の状態も相まって、怪物の一体が彷徨い歩いている様にしか見えない。


それでも操は歩みを止めずに足を動かす。


あと少しだ。


あと少しで無くした記憶の最後の手掛かりが手に入るのだ。


よろめきながら保管庫へ向かう操は、そう自分に言い聞かせて己を奮い立たせた。



しかしその時。



「がっ!?」


突然背中に衝撃が走る。


強烈な痛みと共に吹き飛ばされた操の身体は地面を転がり、丁度『DD-4032』が保管されているコンテナの前で止まった。


「がっ……げほっ……!?」


完全に油断していた操は全く受け身も取れずに吹き飛ばされた為に思わぬダメージを受けてしまった。


何とか立ち上がろうとするが、体が思うように動かず上半身を起こすのがやっとだ。


『茨の剣』を床に突き立ててどうにか起き上がろうとしていると……視界に先程の衝撃の原因が映った。


『ギッ……ゲッゲッ……グゲッ……』


「……ぐっ……まだ……生きてるの……!?」


操の視線の先に居たのは『三つ首』……のなれの果てだった。


操の最後の一撃で残った頭部の半分が消し飛び、胴体も同様の状態になったにも拘らず、『三つ首』はまだ生きていた。


死んだふりをしていたのか、それとも実際に途中まで死んでいて息を吹き返したのかは分からないが、結果的に操の不意を突く事に成功してしまったのだ。


半分になった胴体では以前の様な高速移動はおろか満足に歩行する事も出来ず、床を無事な方の腕と足で引っ掻きながら這いずって操に近づいて来ている。


最後に残った首は操の放った光の斬撃によって原型を留めない形になる程に焼かれていたが、そんな状態でも本体の『花』としては機能しているらしい。


失われた体の傷口から血なのか分泌液なのか分からない物を垂れ流しながら、操に止めを刺そうと迫って来る。


今も執拗に操に向かって這いずって来ており、その姿にはもはや執念の様なものが感じられた。


「……ッッ……!!」


全身に走る痛みに耐えて身を起こす操だが、足に力が入らない。


どうやら『三つ首』の最後の一撃で、ギリギリだった体力が底を突いてしまったらしい。


流石に、身動きが取れない今の状況で『三つ首』に近寄られてしまえば一巻の終わりだ。


花の能力を使う事も出来ず、立つ事すら出来なければ抵抗の術はない。


だが、むざむざやられるつもりは無い。


「……来るなら来い……! お前なんかに殺されてやらないからね……!」


辛うじて身を起こす事に成功し、息を切らしながら剣を向けた操は、同じく満身創痍の『三つ首』を睨み付ける。


『三つ首』は歩みを止めず、崩れかかった頭部から涎を垂らしながら操に向かって這いずって行き……。



次の瞬間、倉庫内に轟音が鳴り響いた。




『ガッ!?』


「え!?」


『三つ首』に()()の雨が降り注いだ。


拡散した散弾は『青い光』によって外皮が焼け爛れた『三つ首』の体に着弾し、弾痕から赤黒い血が吹き上がる。


『ギィェェェェェェ!!!???』


突然の痛みに仰け反る『三つ首』。


そんな『三つ首』の上空後方に影が躍った。


『!!?』


風を切って空中を滑る様に飛行して来たのは、操の見知った人物だった。


「ライナ……!?」


突如現れたライナは、左手に天井に引っ掛けたワイヤーを握り、右手に散弾銃(ショットガン)らしき物を携えている。


恐らく、ワイヤーを天井に引っ掛けた状態で慣性に任せて飛び降りて来たのだろう。


振り子のように空中を滑りながら、ライナは無表情に、しかし確かな敵意を宿した瞳で『三つ首』を見据えていた。


そして、銃撃によって堪らず身じろぎした『三つ首』とすれ違うその瞬間―――。


右手一本で構えた散弾銃(ショットガン)のトリガーを、再び『三つ首』に向けて引いた。


『ゲガッァァァァ!!!??』


先程よりも遥かに近距離で放たれた散弾銃(ショットガン)の散弾は、『三つ首』の胴体に全て着弾し、辛うじて残っていた片腕をバラバラに粉砕する。


その衝撃で『三つ首』は絶叫しながら床を転がった。


一方ライナは、ワイヤーに掴まったまま空中を滑って『三つ首』の脇を通り過ぎ、左の袖口から伸びているワイヤーを手元で勢い良く引っ張る様に操作して切り離すと、空中で一回転して操の目の前に着地した。


「ライ……」


「……ちょっと待ってな、操」


目の前にやってて来たライナに思わず声を掛けようとする操だったが、ライナがそれを止める。


一瞬、操の姿を見た際に表情が変わったが、すぐにいつもの明るい表情になった。


だが、ライナが一瞬だけ見せたその表情は、初めて見る怒りの表情だった事に操はすぐに気が付いた。



『ギ……ギギ……』


散弾による2度の銃撃を受けてなお『三つ首』には息があった。


しかし、流石に瀕死なのかピクピクと体を痙攣させて床に倒れたままの状態になっている。


そんな『三つ首』に、ライナは散弾銃(ショットガン)の次弾を装填しながら、つかつかと歩み寄って行き―――


おもむろに銃口を向け、発砲した。


『グゲッ!?』


轟音と共に再び放たれた無数の散弾に晒された『三つ首』は悲鳴を上げるが、当然ライナは一切斟酌せず次弾を装填して発射する事を繰り返して行く。


2発 『ギィッッ!!?』


3発 『ゲッ…ゴッ……』


4発 『ガッ……』


5発 『………』



最初に天井付近からライナが発砲した時から数えて、都合7発もの散弾を全身に受けた『三つ首』の胴体は、最早ただの肉塊となっている。


残っていた手足も操との戦闘でボロボロになっていた所に散弾を撃ち込まれ続けた為、既にその機能を喪失していた。


そして痙攣すらしなくなり、完全に動きを止めた『三つ首』に対して、ライナはダメ押しと言わんばかりに8発目となる散弾を撃ち込んだ。


倉庫内に轟音が響き渡り、束の間、静寂が訪れた。



操は『三つ首』に容赦のない攻撃を浴びせるライナを唖然とした様子で見つめていた。


何故ここにライナが居るのか。


どうしてここが分かったのか。


そもそも……一体何と声を掛ければ良いのか。


様々な考えが頭の中をぐるぐると回り、しかし明確な言葉とならずに喉元で止まる。


変わらぬライナ。


変わってしまった自分。


今の自分の姿を思い出し、操は途端に怖くなった。


覚悟していた筈なのに。


怪物としてライナに殺されるという結末を。


にも拘らず今、自分は心から恐れている。


殺される事ではなく、怪物となり果ててしまった自分の姿を彼に見られる事を。


そんな自らの心の揺れに混乱していた操は、ライナが『三つ首』から離れてこちらに歩いて来ている事にこの時点で初めて気が付いた。


散弾銃(ショットガン)をスリングで身体から提げたライナは、特に気負うでもなくこちらに近づいて来ている。


その視線は操に向けられており、何処か痛ましい物を見るような表情をしていた。


何か言わなければ。


操は反射的に声を上げようとした。


しかし、その視界の端、ライナの背後に、ある物が映った。


「―――ッ!?」


それは、最後まで辛うじて残った首をもたげた『三つ首』だった。


身体を肉塊の様に変えられてもなお、首が一本だけ残っていたのだ。


本体が残っているとはいえ、体をあれ程破壊されればいくら怪物でも行動不能は免れない、そう思っていた。


しかし、操はこの怪物が他の怪物とは一線を画した特殊な個体だという事を遅まきながら思い出したのだった。



「ライナッ!!」


危険を知らせる為に力の限り叫んだ。


思考速度が一気に加速し、周囲の時間の流れがゆっくりと流れる。


『三つ首』は焼け爛れ、半分に欠けた頭部に限界まで発達させた牙を突き出し、首をライナに向かって高速で伸ばした。


操の元へ向かっていたライナは『三つ首』に背を向けた状態であり、『三つ首』のその行動に気付いた様子は無いように見えた。


しかし操の叫びに反応してか、ライナが振り返るような動きをする。


だが、その速度は遅く、『三つ首』が首を伸ばす速度からすると、振り返り切る前に『三つ首』の攻撃がライナに到達してしまうだろう。


操は必死に立ち上がろうと体に力を籠めるが、やはり両足に力が入らない。



駄目だ、このままではライナが私のせいで。



操の脳裏に最悪の光景がよぎった。


その直後。


「あ?」


心底鬱陶しそうな声を上げたライナの姿がブレた。


『三つ首』の頭部は攻撃を空振りし、ライナの横を通り過ぎてしまう。


『!!!?』


「え?」


思わず呆けた声を漏らす操。


だが、そんな声を出してしまっても仕方がないだろう。


なぜなら、今のライナの動きは思考速度が加速した状態の操にも見えなかったのだから。


操の理解の範疇を超えたのか、思考が止まってしまう。


しかし、本当に理解出来ない光景が繰り広げられるのはここからだった。



一瞬とはいえ、操にも視認出来ない程の速度で横にずれ、『三つ首』の噛み付き攻撃を躱したライナ。


間髪入れずに彼が繰り出したのは自分の()()だった。


グシャッ


そんな音と共に、伸ばされた『三つ首』の首部分をライナの左手が掴む。


あまりに強く掴まれている為か、『三つ首』の外皮には獣が喰らい付いたかの様に指がめり込んでいる。


そして、伸ばされた首をライナが掴んだと操が認識した瞬間、その首が斬り落とされた。


『!!!!!!!!?????』


操の目には辛うじてライナが懐から取り出した短剣で『三つ首』の首を斬った光景が映っていた。


しかし、ライナは左手で『三つ首』の首を掴み、右手に短剣を握っているのだが、右脇にホルスターで吊っている短剣を右手で抜いたにも拘わらず、その瞬間が見えない程の速さなのはどういう事なのだろうか。


首を一瞬で落とされた『三つ首』は、ビクンッと体を震わせたかと思うと、伸ばした首を振り乱しながらのたうち回った。


『………!!! ………!!!? ………!!!???』


一応あの花のような形の頭部は発声器官の役割もあったようで、首を落とされた『三つ首』は声も無くもがき苦しんでいる。


それにしても、操が本体と考えていた首を全て破壊されても尚生きているとは……驚異的な生命力だ。


それとも、あの三本の首は、やはり本体ではなかったのだろうか?


操がぼんやりそんな事を考えていると、ライナは左手に掴んだままだった斬り落とした首を放り捨てると、短剣を左手に持ち替えた。


左脇のホルスターに吊っていた愛用の拳銃(ハンドガン)を取り出し、今だに蠢く『三つ首』に歩み寄って行く。


そして、ある程度接近した所で『三つ首』に銃口を向けると、その胴体に向けて乱射し始めた。


鋭い銃声が倉庫内に連続して響き渡る。


連続して放たれる銃弾は『三つ首』の胴体を文字通りの意味で肉塊に変えていく。


無表情だが、怒りの感情を吐き出すかの様に引金(トリガー)を引くライナ。


初めて見るライナのそんな姿に、操は心の中に戸惑いが生まれるのを自覚したのだった。




ライナの握る拳銃(ハンドガン)のスライドが下がり切り、弾切れとなった事で再び倉庫内に静寂が訪れる。


完全に動きを止めた『三つ首』に対して、ライナは銃を下ろすと―――。


おもむろに右足を持ち上げ、『三つ首』の胴体を思い切り踏み潰した。


骨が砕け、肉が潰れる水気を帯びた不快な音が響く。


その段階になって漸く『三つ首』の体が変色し、枯れ崩れる様に萎みだした。


どうやら今度こそ完全に絶命したらしい。


ライナは『三つ首』の死亡を確認すると、空になった弾倉を交換した。


その間も『三つ首』の死体からは目を離さない。


そうして暫く死体が枯れ崩れていくのを見続けた後、踵を返して操の方へ歩み寄って来た。


操は何を言えばいいのか未だに分からず、ライナと目も合わせられなかった。


そんな操に構わず近付いて来たライナは、操の側でしゃがみ込むと―――肘から先が無くなってしまっている、操の左手を取った。


「あッ……!」


思わず声が漏れる操。


ライナはそんな操の様子に反射的に手を放した。


「あっ、悪い。 痛いよな……」


その声は操が驚く程に沈痛なものであり、自分が触れたせいで痛みがあったのだと思っているようだった。


実際には操が今の自分に触れられる事を恐れる余り、つい拒絶の声を上げてしまっただけだ。


ライナは手を引っ込めると、改めて操を見た。


全身血だらけであり、傷が無くともボロボロの姿の操を、眉間に皺を寄せて見つめている。


そんなライナの様子に、操も戸惑いの表情を見せているが、様子のおかしいライナの姿を見たせいか、幾分動揺も収まって来た。


しかし、次にライナが取った行動に、操は今度こそ驚きの声を上げてしまう。


「きゃっ!? ラ、ライナ、何を……」


有無を言わせずに自分を抱き上げようとしたライナに、操は困惑した様子で問い掛けた。


「ともかくすぐに応急処置しないとだろ。 ここなら薬の類を探すのには困らない。 このままここにいるのだって危ないしな」


一息にそれだけ言ってのけたライナは、操の困惑を他所に、操の左腕に何処かから取り出した布を巻こうとする。


「ま、待って、ライナ……」


「止血剤があれば何とか……いや、でも、操の体質とか考えると普通の薬とかって効果あるのか? 流石にその辺は専門外だからな……」


「ライナ、私は大丈夫だから……」


「大丈夫? 腕もがれて大丈夫な訳ないだろ! 心配すんな、簡単な手当て位なら俺にも出来る……」


「……私は、大丈夫なのッ!!!」



操は自分の声の大きさに驚いた。


思わず叫んでしまったが、これ程の大声が出るとは思っていなかったのだ。


操の発した叫びにライナも驚きの表情となっている。


自分が原因で気まずい空気が流れた事に、操は居たたまれない気持ちになるが、意を決して言葉を続けた。


「……本当に、大丈夫だから」


「いやでも、大丈夫って……」


ライナも困惑した様子で操を見つめる。


それはそうだろう。


彼は単に、死にかけているようにしか見えない操の手当てをしようとしただけなのだ。


それを操本人に拒絶されたのだから、わけが分からないのは当然だ。


だから、操は覚悟を決めた。


「……これ、見て」


そう言って操は、ライナが左腕に巻いた……止血の為に巻いてくれたのであろう布を取った。


一瞬、ライナがそれを止めようとするような動きをしたが、操が身振りでそれを止める。


左腕の傷口は、植物装甲を纏う事の応用で、損傷個所を植物質の細胞で包み込む事で止血がしてある。


操は、その傷口部分に意識を集中した。



「……!」


ライナが驚愕の表情を浮かべてその光景を見つめていた。


植物質の外皮に覆われた操の左腕の傷口付近がモコモコと蠢くと、徐々にその体積を増していく。


急速に増殖・肥大化して行く植物質の細胞は、徐々に先端部分が枝分かれして形状が安定し始める。


やがて、蠢いていた植物質の塊は失われた筈の操の左腕の形状を取ると、動きを止めた。


操は新たに形成された左腕の感触を確かめるように動かし、指を閉じたり開いたりして動作を確かめる。


その表面は植物質の外皮で覆われており、右半身に続いて左腕の肘から先も植物質の外皮に覆われた事により、操の外見は益々人間離れした姿になってしまった。


操は心の中でその様に自分の姿を自虐的に俯瞰しつつ、ライナに泣き笑いの様な表情を向けて言った。


「ライナ……私…………私、怪物になっちゃった……」



「操……」


ライナは戸惑いながら、それでも沈痛な面持ちを浮かべて操を見つめていた。


半身が変異した今の操の姿と態度、言動を見て、ライナは彼女の身に起こった事を凡そながら把握したのだ。


しかし、ライナがそんな操の様子を目にして口にした言葉は、操が予想していたものとは真逆の言葉だった。


「……ごめん、操」


「……えっ?」


突然、頭を下げたライナに操は困惑した声を上げる。


身勝手に行動し、挙句窮地に陥った所を助けられた。


果ては、『青い花』に浸食され、肉体が他の怪物同様にに変異しつつある。


そんな自分をライナが生かしておく理由など無い。


操自身は自らの行く末についてそう考えていた。


そうなってしまったとしても仕方が無い、と。


……だというのに、どうしてライナが謝るのだろうか。


すると、混乱している操に気付いたライナが、後悔を滲ませた表情で言葉を続けた。


「……操が自分の事について悩んでいるのは気付いてたんだ。 そりゃそうだよな、自分の記憶が無くなった上、得体の知れない植物に身体を乗っ取られるかもしれないんだから。 ……けど、俺と話をしてる時の操はいつもと変わらない様に見えたんだ」


ライナは少しずつ思い返す様に述懐して行く。


それは操に自らの心の内を曝け出すのと同時に、自分自身への問い掛けでもあった。


「本当はそんな訳ないって事は分かってた。 けど、なんて言うか……俺が踏み込んで良い事なのか分からなかった。 踏み込んで、逆に取り返しがつかなくなったらって思うと……怖かったんだ」


苦しそうに言葉を紡ぐライナを操は黙って見つめる。


その姿は、傍目にはじっとライナの言葉に耳を傾けている様に見えた。


……実際には、初めて見るライナの心の深い部分に触れている事に、自身の感情が滅茶苦茶に掻き乱され、固まってしまっているだけなのだが。


操のそんな様子に気付いていないのか、ライナは更に言葉を続ける。


「だから、せめてその代わりに、操が記憶を取り戻せるように手伝って、操が危険な目に遭わないようにしようと思った。 ……今考えてみれば、ほんとに独り善がりだよな……」


ライナは自嘲しながら呟くようにそう言った。


操はライナを自分の事情に巻き込みたくない、巻き込んで危険な目に遭わせたくないと思ってここまで一人で来た。


自分の事以上に、ライナの為を思って行動していた。


……だが、それはライナも同じだったのだ。


そして、ライナは操の力になる為に、操と共に行く覚悟をとっくにしてくれていた。


―――操は、背を向けて逃げ出したというのに。


本当に独り善がりなのは……一体どちらなのだろうか。


「本当はさ、俺が一人で考えて決めるんじゃなくて……操と一緒に考えるべきだったんだ。 操の記憶の事も、『花』の事も、二人で一緒に頭を悩ませて考えてれば、操にだけ重荷を背負わせる事にはならなかった。 ……操に、一人で行くっていう選択肢を選ばせなくて済んだ筈なんだ」


操は言葉もなくライナの告白を聞いていた。


違う、と言いたかった。


ライナは操の事を考えてくれていた。


考え続けてくれていた。


自分の事しか考えていなかったのは自分なのだと言いたかった。


しかし、罪の意識に押し潰されそうになり、震える唇は何の言葉も紡がない。


今、操の心は猛烈な罪悪感と必死に戦っていた。


そんな操の目に、醜く変貌した自分の姿を正面から見つめ、一切言葉を取り繕わず、偽りない自分の想いを伝えようとしているライナの姿が映った。


それは、これまで操を見守り常にその身を案じ続けてくれた、操が誰よりも信頼している青年の有るがままの姿だった。


「俺がちゃんと操と向き合って話をしていれば、操をこんな目に遭わせずに済んだ。 だから……ごめん」


そう言ってライナは頭を下げた。




「違……う……違う……違うの、ライナ……ライナは何も悪くない……。 悪いのは、……悪いのは……」


漸く動いた口から、操はどうにかそれだけを絞り出した。


声が震える。


操の左右で異なる色をした目から、涙が溢れた。


その涙は普通の人間の涙と何も変わらない。


操は肩を震わせて俯き、自分の体を抱き締めるようにしながら涙を流した。


自分の心の弱さが情けなかった。


分かっていた筈なのに。


一人で戦うという選択をした時点で覚悟していた筈なのに。


いつしか自分の命よりも優先してしまう程、大切に思うようになった人を裏切る事になると。


その結果、その人に殺される事になるとしても、覚悟の上だと。


なのにその人は、操の行動を知ってもそれを裏切りだとも思わず、悪いのは自分だと言う。


その上、一人で逃げた自分を追いかけて、こんな危険な場所まで助けに来てくれた。


操はそれが申し訳なくて、情けなくて――――嬉しかった。


嬉しいと………思ってしまった。


本当は、そんな風に思う資格すらないのに。


人間ですら無くなってしまった自分がライナと共に居れば、それだけでライナを危険に晒してしまう事になるのに。


ライナは、それでも操と対等な立場で居てくれると言っているのだ。


無意識の内に、人間としての自分を見失いかけていた操の心には、ライナのその言葉は何よりも強く響いた。


溢れ出る涙が止められない。


本当はこんな顔をライナに見られたくなんてないのに。


ただでさえ変異してしまった為に、不気味な顔になってしまっているというのに、今の操の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。


顔を上げられず、俯いたまましゃくり上げる操。


そんな操をライナは黙って抱き締めた。


操は一瞬体を強張らせるが、すぐに身体の緊張を解いてそれを受け入れた。


「……俺も、その……年の近い女の子の気持ちとかって今一つ分かってないし、色々間違える事はあると思う。 それでも、次からはちゃんと相談するからさ。 だから……一人で戦おうとしないで、頼ってくれよ」


「…………うん……………」


声を震わせながら、操はライナの胸に顔を埋めて呟いた。


伝わって来るライナの体温を感じながら、操は暫くの間泣き続けた。




……ああ、駄目だ。


もう誤魔化せない。


私はあの怪物達と同じ異形の生き物。


彼と一緒にいるべき存在ではない。


いつか彼を襲ってしまうかもしれないから。


いつか彼を人間と敵対させてしまうかもしれないから。


だから考えない様にして来た。


だから知らない振りをして来た。


気付かない振りをして自分に嘘を吐き続けて来た。



―――でも、もう無理だ。


私は彼が―――ライナが好きだ。


この感情が、ただの依存から来るものだという事も分かっている。


それでも、彼を愛してしまった自分の心を偽る事はもう出来ない。


こんな私と共に居ると言ってくれた彼を、私はもう突き放す事など―――たとえ真似事であっても出来ない。


きっと私は、碌な死に方をしないだろう。


彼の優しさに甘え、それを喜んでいるのだから。


けれど、もうそれでも良い。


私はもう逃げない。


自分がどうなったとしても、ライナが側に居てくれると分かったから。


だから、私は碌な死に方をしないとしても、それはライナの後でだ。


私と共に居てくれる彼を守る為に。


二人で共に生き抜いて行く為に。


私は、人間であり怪物である前に『操』なのだ。


ライナが共に居て、私を『操』と呼んでくれるのなら……自分を見失う事など、もう無いのだから。


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