58 命を賭して
『ギィィィィッッッッ!!!!』
「ッ!!」
頭部の蕾のフレイルを振り回しつつ飛び掛かる『三つ首』。
操は右手に『茨の剣』、左手に拳銃を構えてそれを迎え撃つ。
と言っても、正面から『三つ首』の突進を迎撃するのではなく、今までと同じように距離を取りつつだ。
先程、口内を銃撃されてダメージを負った『三つ首』は、頭部の花弁を閉じて銃撃を防ごうとしている。
しかし、操も今の状況になってから気付いたが、『三つ首』は移動の際、特に走行時には必ず頭部の花弁を開いていた。
どう見ても『三つ首』の頭部には目に当たる器官は無かった様に思えるが、あの花弁を通して視覚ではなく聴覚や嗅覚の様な感覚で操の位置を把握しているのかもしれない。
要するに、あの頭部の花のような物は獲物を捕食する捕食器官であると同時に、獲物の位置を感知するアンテナの役割も持っている可能性があるのだ。
仮にそうなのであれば、三つ首が操を攻撃する為には、どうしてもある程度は花弁を開く必要がある。
恐らく、操にとってはその瞬間が唯一のチャンスだろう。
(蕾のフレイル部分の硬さは感触から考えると『茨の剣』でも破壊出来そうになかった。 首の部分は柔軟性が高いから斬れるかもしれないけど、あのスピードで動いている以上、迂闊に攻撃したら不意を突かれて逆に危険だよね……)
3本のフレイルと化した『三つ首』の頭部による攻撃は、『茨の剣』を用いれば弾いたり受け流したりする事が出来ると先程の攻防で分かった。
しかしその一方で、その破壊力自体は何とか受け流せるが、動きそのものが早すぎる為、先端の蕾部分を狙って受け流す事しか出来なかった。
それで攻撃自体は防げるとしても、防御を行いつつ『三つ首』の首部分を攻撃するのは流石に無理があった。
拳銃一挺だけでは威力に不安がある為、可能であれば『茨の剣』での攻撃を行いたいが……。
『ギギギギギィィィィィッッッッ!!!!』
(ぐっ……! この攻撃を掻い潜るのは……!)
右手の剣を片手で振るい、襲い掛かる3本の蕾のフレイルを弾いて行く。
防御しつつ『三つ首』に対して攻撃を試みるが、逆に剣を弾かれて体勢を崩されそうになってしまう。
蕾のフレイルの攻撃は威力が高いのは勿論だが、正面からまともに打ち合うと打撃に伴う衝撃で剣が弾き飛ばされてしまうのだ。
操も女性としては小柄という程ではないが、流石に小型車以上の体格を持つ『三つ首』と比較すれば、体の大きさに伴う体重は比べるべくもない。
何らかの攻撃を受けるだけで体勢を崩してしまい、致命的な隙を晒しかねない危険性を孕んでいる。
その為、剣で相手のフレイル攻撃を弾くか受け流すかして、タイミングを見て銃弾を頭部の口内に撃ち込む、という戦法を取らざるを得なかった。
『ギガァァァァァッッッッ!!!』
「ごふっ!?」
弾き損ねたフレイルの一撃が操の腹部に突き刺さる。
弾いたフレイルの軌道が半端にズレてしまった為に避け損ねたのだ。
直撃を受けるよりは威力が減衰しているものの、それでも操の体勢を崩すには十分であり、そのまま後ろに吹き飛ばされてしまう。
『ギギギッッッ!!!』
そんな操の姿に『三つ首』はチャンスと見たのか、全ての花弁を開いて操に喰らい付こうと首を伸ばす。
―――だが、食らい付く直前、『三つ首』は異常に気が付いた。
『ギギッッ!!?』
3本の首の1本、先程操の体に突き込まれた頭部に何かが付着していた。
花弁の外側の外皮の部分に引っかかる様に絡み付いていたのは、非常に細い青緑色の茨だ。
そして、その茨が伸びる先にあるのは当然操の腕だ。
『茨の剣』を握った操の右腕から伸びた細い何本もの茨が、『三つ首』の頭部に絡み付いているのだ。
『三つ首』が状況を認識した直後、操が右腕を強く引き、絡み付いた細い茨で自分の体を『三つ首』の方へ引き寄せた。
「……ッッ!!!!」
『!!?』
茨を引く事で吹き飛ばされた状態から一気に『三つ首』との距離を詰める。
かなり無理矢理な動きをした為か、右腕の骨が軋んで肩に痛みが走った。
しかし、痛みを認識するのは後回しだ。
捨て身にでもならなければ、この怪物は倒せないのだから。
『ガッッッ!!!??』
3発の銃声が響き渡る。
操に喰らい付かんと開かれていた『三つ首』の首の一本に操が銃撃を加えたのだ。
放たれた銃弾は正確に『三つ首』の口内に撃ち込まれ、『三つ首』は口から血を噴き上げながら、たまらず首を仰け反らせた。
この時点ではまだ操の身体は空中にあり、銃撃を受けて仰け反った首以外の首は、空中を滑る様に自分達とすれ違った操を追い、首を曲げて反転しようとしている。
操が後ろに下がって逃れる事が出来ない様に、2本の首を内側に囲い込む形で操の背中を狙ったのだ。
しかしその直後、操は首の一本に銃撃を加えた体勢から、空中で素早く体を丸めた。
喰らい付こうとしていた2本の首は突然的が小さくなった事で狙いを外し、ガチンッ!と空を切った歯が打ち鳴らされる。
2本の首を躱した操は、そのまま空中で体を回転させながら右足を伸ばす。
思考が加速され、スローモーションで推移して行く操の視界の中、右足に植物質の装甲が形成されて行く。
足を完全に『足甲』が覆うと、更に踵の部分から上向きの刃が出現した。
そして、回転による遠心力が加わった右足は、銃撃を受けて仰け反っていた『三つ首』の頭部に踵落としの形で振り下ろされる。
『ギッッッガッッ!!!???』
右足の踵に踏み潰される様に『足甲』の刃を頭上から突き立てられた『三つ首』の頭部は、地面に叩き付けられながら、そのまま振り抜かれた刃によって断ち割られてしまった。
『ギギギギギィィィィィィィィァァァァァァァッッッッッ!!!!??』
頭部の一つを破壊され絶叫する『三つ首』は、健在な2本の首を振り回して暴れまわる。
そして怒りのまま操に喰らい付くべく、大きく口を開いて襲い掛かった。
「……ふッ!!」
それに対して操は破壊した『三つ首』の頭部を踏み台にすると大きく跳び上がる。
再び空を切る『三つ首』の牙。
攻撃を空振りした2本の首に銃口を向けると、操は上空から再度銃弾を叩き込んだ。
『ギヤァァァァァァァッッッ!!?』
思わずといった様子で上空に逃れた操の方を向いた『三つ首』の頭部に、何発もの銃弾が襲い掛かる。
わざわざ顔を向けるような動作で操の方を向いた事から、やはりあの花弁が何らかの感覚器官である事は間違いなさそうだ。
2本の首の先、花弁が開かれた頭部をそれぞれ数発の銃弾が射抜き、『三つ首』が悲鳴を上げながら大きく後ずさる。
操が弱点と見た口内への攻撃は、操が思った以上に『三つ首』にダメージを与えているようだ。
そして、やはり予想通りあの3本の首がこの怪物の本体という事か。
『ギギィィィィィィ……!!!!』
上空に跳び上がった勢いのまま後方に距離を取った操。
それに対して『三つ首』……今は『二つ首』になった怪物は怒りの声を上げた。
しかし今度は怒りに任せて攻撃を仕掛ける、と言う様な事はして来ない。
流石に本体の内の一つを破壊された為、警戒心が増した様だ。
『ギィィィアアアアアア!!!!!』
「……!?」
と、突然『三つ首』が体を震わせると、メキメキと言う音と共に肉体の形状に変化が生じた。
今まで『三つ首』の体の形は如何にも獣、といった四足歩行の生物のような形をしていた。
それ故に地面を発達した爪で蹴る事で巨体ながら非常に高い機動力を発揮していたのだが、形状が変化した後の『三つ首』の姿はそうした獣然とした姿とは異なるものだった。
その姿は『爆弾ガエル』に似ていると言える。
左右に張り出した両腕は、元々発達していた爪を更に長大なものへと変化させており、恐らく関節部分も以前とは異なる動きが出来るようになっている。
両足に関してはそれ程変化していないようだが、肉体そのものが更に大型化した事で両足もそれに合わせて巨大化していた。
全体的に見て、四つん這いになった首のない巨大な人型に2本の花らしき物が生えた物体………とでも言うべき姿となっている。
はっきり言って醜悪と言わざるを得ない姿だが、操には『三つ首』が何故この様な姿に変化したのかがすぐに分かった。
(首が減ったからその分を長くなった両手の爪で補って、体を大きくして完全に力で私を上回るようにした……って事ね)
3本の首が1本減り、手数が減ってしまった『三つ首』は、減った手数を補うと同時に増やしたのだろう。
3本の首を用いた蕾のフレイルによる攻撃を、操は何とか剣で防御する事が出来ていた。
にも拘らず手数が減れば、自らに対する反撃の余地を操に与えてしまうと判断したのかもしれない。
そして、それを補うべく、走行の為の発達した爪をさらに巨大化させ、武器としても利用出来る様に腕の関節の形状すら変化させたのだ。
一方、単純な力………腕力の面では当初から操を上回っていたが、操が力だけではなく剣捌きでもって『三つ首』の攻撃を防いでのけた事も相まって、その防御を力尽くで突破する事が出来なかった。
そんな操の防御を破るべく、更なるパワーを発揮出来るように肉体を大型化させた、という事だ。
操の立ち回りを封じる為に即席で自らを進化させる。
そんな理不尽な生き物に辟易しながらも、操は冷静に相手の能力を考察していた。
(本体の形状は変化していないから、恐らく拳銃だけでもダメージは与えられる筈。 けど、今まで以上にパワーが増したって事なら、片手剣の状態じゃ防御は難しいかもしれない……)
これまで、右手に『茨の剣』、左手に拳銃、という組み合わせで『三つ首』に対して対応して来た操だが、ここから先は防御の面でも攻撃の面でも今の武器の組み合わせでは間に合わないと感じていた。
少なくとも、巨大化した両手の爪の一撃は剣を片手で持った状態では受け流せそうにない。
そして、攻撃面でも拳銃では火力不足だと思われた。
(離れた所から正確に狙えるけど……さっきの蹴りみたいな致命傷を与えられる程の威力が無い。 ……ショットガンでもあれば良かったんだけど……)
ある程度離れた場所から高い火力を発揮出来るショットガンがあれば、距離を取って残りの頭部を潰して行く事も出来ただろう。
しかし、中央水路での戦闘の折、操は所持していたショットガンを失ってしまった為、今持っているのはガンショップで調達した新しい拳銃だけだ。
遠距離攻撃手段に乏しい今の状況では、進化した『三つ首』相手に対して安全な距離を保ちつつ、安定したダメージを与える手段を操は持っていないのだ。
『ギガガガガガッッッッ!!!!』
「くぅッ!?」
肉体の変化が完了した直後、『三つ首』は爪を振り上げて操に飛び掛かって来た。
より巨大化した体躯から放たれる巨大な爪が生えた片腕を、やや離れた位置に立つ操に向かって振り下ろす。
まさか助走無しのジャンプで一気に距離を詰められるとは予想していなかった操は、虚を突かれて動揺しつつも紙一重で爪の一撃を躱した。
「!?」
しかし、回避行動を取った操の体に衝撃が走る。
『三つ首』の爪を躱した操の横合から伸ばされた蕾のフレイルが操の脇腹に叩き込まれたのだ。
「……このッ!!」
『ギギッ!?』
だが、操は一瞬体勢を崩したものの、今度は衝撃で吹き飛んだりせずに持ち堪えていた。
攻撃に耐えた操に若干動揺を見せた『三つ首』の隙を付き、操はその蕾のフレイル……『三つ首』の頭部を『足甲』を纏った状態で思い切り蹴り上げる。
衣服の上からは分かり難いが、操は体の表面に『籠手』や『足甲』のような植物装甲を纏っていたのだ。
とはいえ『三つ首』の攻撃を受け、咄嗟に体に纏った物であった為、その防御力は『籠手』などに比べて低く、完全にダメージを遮断出来た訳ではない。
勿論、それでも全くの無防備でフレイルの一撃を受けるよりは遥かにダメージを軽減出来ているのだが。
『ガァァァァァッッッッッ!!!!』
頭部の一つを蹴り上げられ、『三つ首』は再び怒りの声を上げる。
左右の爪を振りかざし、蕾のフレイルの動きと組み合わせて操に襲い掛かった。
「くッ……! ……はぁぁぁぁぁッッッ!!!」
これ以上逃げられないと悟った操は、『茨の剣』を振るって『三つ首』の猛攻を迎え撃つ。
少なくとも力では操は『三つ首』には敵わない。
その為、剣で弾いたり受け流したり出来るのはフレイルによる攻撃のみで、爪による攻撃は回避する形で対処するしかなかった。
両手両足に『籠手』と『足甲』を纏い、衣服の下には植物装甲で覆った状態にする事で、爪による攻撃が体を掠めても致命傷にならない様に工夫もしている。
それでも尚、狂った様に振るわれる『三つ首』の攻撃の前に、操の身体は徐々に傷付いて行った。
体全体を植物装甲で覆う事が出来ればそうしたダメージを減らす事も出来るだろうが、現状の操の能力ではそこまでの事は出来なかった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!!」
『ギギギギギギギッッッッ!!!!!』
激しい攻撃に晒され、荒く息を吐きながら操は『三つ首』の攻撃を体全体で捌いて行く。
致命傷を負わない様に、時には敢えて体でフレイルの攻撃を受け、『三つ首』の攻撃のリズムを崩す事で相手の隙を作ろうとする。
そうしてようやく生まれた隙を付いて『茨の剣』による斬撃を繰り出すが、それすらもフレイルか爪によって阻まれてしまう。
傍目から見れば、傷だらけになって行く操の方が圧倒的に劣勢であり、このまま行けばスタミナ切れで詰みの状況に追い込まれる事は確実と思われた。
しかし、それでも操の目は諦めの色を帯びる事は無かった。
操は待っていた。
銃撃では決定打とはならず、接近戦は圧倒的に不利。
それでも相手の懐に飛び込んだのは、『三つ首』のある攻撃を誘う為だ。
『ギギギィィィィィッッッッ!!!!』
いくら傷付けても怯まない操に苛立たしげな声を上げ、『三つ首』が2本のフレイルを操に向かって叩き付けようとする。
操はそれを剣で弾いて受け流す事で防御した。
しかし。
「―――!!?」
がくん、と操の膝が崩れる。
操の体力が限界に達したのではない。
突然、体重を掛けていた片足から力が抜けた様に折れてしまったのだ。
『ギギッ!!』
異形の怪物である『三つ首』に表情などという物があろう筈もない。
しかし、この時操は確かに『三つ首』が口元を歪ませ、にたりと嗤ったのが分かった。
―――まさか、狙ってやったと言うのか?
フレイルによる攻撃を、操にそうと悟らせずに一定方向から叩き込む事で、操の片足に負担が集中する様に仕向けたのか?
人間であっても実行するのは困難な技術を見せつけた『三つ首』に、操は驚愕の表情を浮かべた。
『ギィィィィアアアアアアアッッッッッ!!!!!』
崩れ落ちた操に『三つ首』が渾身の力を籠めた爪による一撃を放つ。
完全に隙を付かれた操にその攻撃を回避する余裕は無く、せめて少しでもダメージを減らすべく『茨の剣』を、自らに振り下ろされつつある『三つ首』の腕に向かって振り上げた。
ガギギギッッッ!!!
耳障りな金属音を響かせて操の『茨の剣』と『三つ首』の爪がぶつかり合う。
しかし、やはり力の差は歴然だった。
「ぐッ……あッ……!?」
『三つ首』の爪とぶつかり合った『茨の剣』は、ある程度その勢いを削ぐ事に成功していた。
だが、その剛腕の勢いを完全止めるには至らず、爪の攻撃は操の頭を掠める形で通過して行く。
直撃を受けていれば操の首が飛んでいたであろう事は容易に想像出来る程の一撃を、その程度で済ませる事が出来たのは僥倖ではあっただろう。
しかし、そんな『三つ首』の一撃による衝撃は、僅かに頭を掠めただけで操の正常な思考を奪っていた。
症状としてはごく軽い脳震盪のようなものだったのかもしれない。
意識を失ったわけでもなく、ふらついてはいたが自らの足で立ってもいる。
言うなれば立ち眩み程度のダメージでしかなかったのだ。
だがそれは、今の操にとっては致命的な隙となった。
「ごッッ!?」
瞬間、頭部に走る衝撃。
『三つ首』が振り下ろした腕を返し、裏拳のように操の顔面を殴り付けたのだ。
視界が揺れ、意識が刹那の間暗転する。
次いで操の身体が感じ取ったのは、全身を激しく打ち据える凄まじい衝撃だった。
「……ガハァッ!!?」
壁に叩き付けられ、手足を大きく開いた大の字の状態で、文字通り壁にめり込む操。
砕けた壁の一部が飛び散りヒビが入る。
操は内臓が傷付いた……いや、破裂したのか、口から夥しい量の血を吐き出した。
全身を苛む激痛に、操は意識が飛びそうになる。
そこへ、更に『三つ首』が追い打ちを掛けた。
『ギィィィャァァァァァッッッッ!!!!』
「……がッ……あッ……!!?」
壁に叩き付けられた操目掛けて『三つ首』が飛び掛かり、その長大な爪を操の体に突き刺したのだ。
発達した爪の何本かが操の体を貫き、壁に縫い付ける。
「ごッ……はッ……お゛ッ……あ゛ッ……」
不幸中の幸いと言うべきか、壁に叩き付けられた衝撃で意識が飛び掛かっていた操は、『三つ首』に爪で磔にされた際の痛みで意識が覚醒した。
だが、当然の事ながら状況は最悪と言って良い。
これまでの戦闘で操は既に無数の傷を負っていたが、更に串刺しにされた上、壁に体を縫い付けられた事で身動きを封じられてしまった。
操にこの後の『三つ首』の攻撃を回避する手段は無い。
「がほッ……ぐ、ウ……!」
『ギギギギギギ………』
腹部を貫かれた状態で手足をバタつかせてもがく操に、『三つ首』が残った2つの頭を近付ける。
ガパッと開かれた花弁のような口からは涎のような分泌物が垂れ落ちた。
口の中に並ぶ無数の不揃いの牙が蠢き、舌なめずりをするかの様に脈動する。
どうやら『三つ首』は操を頭から噛み砕く事で止めを刺すつもりらしい。
腹部の傷口から出血し、口からも血を零す操は虚ろな目を『三つ首』に向ける。
しかし、それでも生存への渇望の火が消えた訳ではない。
「……こふっ………はぁ、はぁ、ぐっ……」
『ギギギギギギィィィィィィィ…………』
そんな操に対して『三つ首』は獲物を追い詰めた愉悦に浸るかの様に腕に力を籠め、より深く爪を操の腹部に沈めて行く。
「あ゛ッ……! ぎッ……イッ………ッッ!」
操の口から激痛に耐える喘ぎ声が洩れる。
『三つ首』が力を籠める度に操の華奢な体がびくん、びくん、と痙攣する。
腹部の傷口からはだらだらと血が流れ出し、壁を伝って床に血だまりを作って行く。
暫くそうして操の激痛に耐える声が辺りに響き続けた。
そんな操の声に反応を見せる『三つ首』は、まるで、おもちゃを手に入れた子供の様だった。
それとも、操を殺さず痛め付けるのは、操が絶体絶命の状況になっても絶望していない事を理解したからか。
どちらにしろ、その残虐さはどこか人間臭さを感じさせるものだった。
『ギッギッィィィィィィ………』
耳障りな金切り声を上げて『三つ首』が頭部の一つの鎌首をもたげる。
一通り操を責め立てた事で満足したのか、もしくは我慢が出来なくなったのか、止めを刺す事にしたらしい。
大口を開けて操に迫る『三つ首』の頭部。
操は既に動く力も残っていないのか、ぐったりとしてしまっている。
そして、ある程度の距離まで『三つ首』の頭部が近付くと……一気に操に喰らい付こうとした。
その瞬間
「ッッッ!!!!」
カッと目を見開いた操が腹部を爪に貫かれた体勢のまま上半身を捻り、左腕を『三つ首』の口に向かって突き出した。
『!!!??』
突然の操の行動に『三つ首』も虚を突かれ、そのまま口内に腕を突き込まれてしまう。
腕を『三つ首』の口の中に捻じ込んだ操は、そのまま肘まで腕を押し込むと、左腕を覆っている『籠手』に意識を集中させた。
そして、『籠手』の表面、植物質の装甲部分から、無数の『棘』を生じさせる。
『三つ首』の体内を無数の棘が突き刺し、貫いて行った。
『ギッィィィィィエエエエエアアァァァァァッッッッッ!!!!?』
突如口内で発生した痛みに『三つ首』が暴れ出す。
その勢いで操の腹部に突き刺さっていた爪が抜け落ちた。
「う゛あ゛ッ……!」
磔にされた状態から自由になり、くぐもった声を上げる操。
しかし、操の窮地は終わっていない。
左腕が『三つ首』の頭部に差し込まれたままである為、暴れる『三つ首』に体を引っ張られ、宙を振り回される状態になってしまっているのだ。
『ギギギギギギィィィィィィィッッッッ!!!!』
思わぬ反撃を喰らい激怒する『三つ首』
痛みと怒りから後退ったが、操の腕が頭部の一つの口の中に差し込まれたままなのを認識すると、怒りのまま、ある意味当然と言える行動に出た。
『ギガアアアァァァァァッッッッ!!!!』
『三つ首』は操が腕を差し込んでいる口に渾身の力を籠めると、口内にびっしりと並んだその牙を……操の腕に突き立てた。
「!!!!!」
操の左腕に激痛が走る。
植物装甲で覆われているとはいえ、『三つ首』の咬合力はそれすら容易く貫く威力だ。
操の左腕に突き立てられた『三つ首』の牙が装甲を貫き、肉を引き裂くと……『三つ首』はあっけなく操の腕を食い千切った。
「うッ……ああああぁぁぁぁーーーー!!!!」
あまりの激痛に操が絶叫する。
食い千切られた腕の傷口からは大量の血が噴き出し、周囲を赤く染めて行く。
操の左腕を喰いちぎった『三つ首』はまだ体内から攻撃された痛みに悶えてはいたが、その原因を作った操に痛撃を与えた事で留飲が下がったのか、幾らか落ち着きを取り戻していた。
だがそこに、片腕を失ったにも拘らず、痛みに耐えながら冷静さを失っていない操の声が響いた。
「ッッッ……! 忘れた、の……? 私と、私の中の『花』は……繋がってるんだよ……」
血が流れる左腕の傷口を押さえつつ、操は『三つ首』を消えぬ闘志が宿った瞳で睨みながらそう言った。
そんな操の言葉が分かったわけでもないだろうが、『三つ首』は只ならぬ操の気迫にほんの一瞬気圧される。
仮に、この瞬間に『三つ首』が操の言葉にも怯まず止めを刺しに掛かったなら、結果は違っていたかもしれない。
だが、『三つ首』は操に即座に止めを刺すのをほんの一瞬とはいえ躊躇った。
その時点で『三つ首』の行く末は確定したのだ。
操が言葉を切ったその直後。
操の腕を喰いちぎった『三つ首』の口内で操の左腕が爆発した。
『!!!!!?????』
『三つ首』の口の中で爆発した操の左腕は、周囲に『棘』を撒き散らしつつ、腕を飲み込んでいた頭部を首諸共粉々に吹き飛ばしていた。
操は最初から片腕を犠牲にして首の一つを破壊するつもりだった。
『三つ首』は今まで戦った『花』の怪物の中でも飛び抜けて戦闘能力が高い個体だ。
それ故、今の操の能力や装備では無傷で倒す事は不可能と判断したのだ。
そして、中途半端に戦い続ければ恐らく先に体力が尽きるのは操だろう。
仮に、『三つ首』が戦闘を継続できる状態で、あの『双子』達との戦闘の時の同様に操が『血』を消耗して身動きが取れない状況になったら目も当てられない。
しかし、そうならない為には身を惜しんで戦っていては駄目だ。
リスクを恐れた戦闘に終始している様な精神では、この異形の怪物に打ち勝って生き延びる事は出来ない。
そう考えた操は、捨て身の不意打ちを敢行する事を決意したのだ。
方法自体はすぐに思い付いた。
『花』の怪物達は様々な能力を持っているが、その能力の殆どは操にも再現が出来るのではないかと前々から思っていた。
そんな中で、今回操が参考にしたのは『爆弾ガエル』だ。
爆弾ガエルが自らの体を爆散させて周囲の敵を殺傷する能力は、恐らく何らかの化学物質を体内で生成する事で体の内圧を急激に高め自爆する………という様な仕組みによる物だと思われる。
流石に操も自分の体内で、しかも体の一部のみに同じような現象を引き起こせるとは流石に思ってはいなかった。
しかし、化学物質の生成は出来なくとも、別の物で代用が出来るのではと考えたのだ。
そして、その代用するの別の物とは……あの青い光だ。
あの光が正確にはどの様な物なのかは操にも分かっていない。
しかし、『双子』との戦いの際、あの青い光は『茨の剣』の攻撃範囲以上の範囲を消し飛ばすなど、『物理的な破壊力』を有しているようだった。
ならば、同じ様に周囲の敵を狙って殺傷する事も可能な筈だ。
その結果操が考えたのが、自分の体の一部を犠牲にした『自爆』攻撃だった。
当たり前だが、操自身が自爆しては元も子もない。
だからこそ体の一部、具体的には腕を即席の爆弾とするのだ。
身体を流れる青い光を意識し、それが腕に集まる様にイメージする。
操の意思に呼応する様に体を流れている光が左腕に集まって行くのが感じ取れた。
そうして操の目には光り輝く塊に映る左腕を『三つ首』に食わせる。
そこに至るまでの間にかなりの深手を負ってしまったが、最初からそうと覚悟して隙を晒していた事もあり、痛みは何とか耐える事が出来た。
しかし、流れ出る血は演技でも何でもない為、あのまま甚振られ続けていたなら危険だっただろう。
それでも、通常の『花』の怪物達と比べて高い知能を持つ『三つ首』を騙すには、念には念を入れる必要があると操は考えていた。
そして、油断した『三つ首』が操に止めを刺そうとした所で、『爆弾』となっている左腕を『三つ首』の口の中に捻じ込んだのだ。
勿論、腕を喰いちぎられるのも想定の内……というよりも、そうしてくれなくては爆発に操自身も巻き込まれてしまう。
予定通り操の左腕を喰らった『三つ首』が操から距離を取るであろう事も予想が付いた。
この怪物はどうにも、獲物を痛めつけて遊ぶ『癖』の様な物があるらしい。
そこから判断すると、腕を喰い千切るという痛々しい方法で操を再び追い詰めたのだから、その痛みに悶える操の様子を確認しようとするだろうと踏んだのだ。
案の定、『三つ首』は操からやや距離を取ると、痛みに耐える操を嘲るように首を動かし操の姿を観察しているようだった。
その時点で準備が整い、操は『青い光』で繋がった左腕に『点火』したのだ。
結論を言うなら、『三つ首』の敗因は操の強さが『三つ首』を上回っていたといった事ではなく、その悪意に満ち溢れた醜い人間臭さを操に利用された事だったと言えるだろう。
『ギィィィィィィィエエエエエエエァァァァァァァァアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!????』
残った2本の首の内、1本が突然粉々に爆発し、残る1本も周囲に飛び散った『棘』が銃弾のように降り注いだ事で少なからぬダメージを負った事で、『三つ首』は悍ましい悲鳴を上げる。
その巨体を地面に投げ出しのたうち回って暴れる姿は、死に掛けの虫の様にも見えた。
操が『三つ首』の口内に捻じ込んだ左腕に『棘』を生やしたのは内部から攻撃する為ではなく、腕の位置をその場に固定し、爆発時に『棘』が飛び散らせる事で殺傷力を上げる為である。
要するに破片手榴弾の様な役割を果たす事を狙って腕に『棘』を生やしたのだが、思った以上に効果があった様だ。
残り1本の首は頭部も含めて傷だらけであり、胴体の方も飛び散った棘が思わぬ貫通力を発揮した為か、何か所か穴が空いてぷしゅう、ぷしゅう、と血らしき赤黒い液体が噴き出している。
しかし、それでも『三つ首』は健在だった。
大ダメージを負ったのは確かだが、本体と目される首はまだ残っており、恐らく痛みから立ち直れば再び操に襲い掛かって来るだろう。
現に『三つ首』は既にのたうち回って暴れるのを止め、よろめきながらも立ち上がろうとしている。
だが操は慌てていない。
操の最後の策が残っているのだ。
「ふぅー……」
操は壁に叩き付けられた際に取り落としてしまった『茨の剣』を拾い上げると、落ち着いて呼吸を整え、身体の力を抜く。
喰い千切られた左腕は傷口を植物装甲で覆う事で止血し、腹部の傷も既に再生していた。
それでも流した血の量は多く、『双子』との戦闘の際と同様に激しく消耗した状態に近い。
だが一方で、あの時よりはマシな状態だとも感じられた。
まだ自分の足で立つ事が出来ているのだから。
「……ッッッ!!!」
目を見開いた操は全身を巡る『青い光』を再び意識する。
身体を流れる光の奔流をコントロールし、右手に握った『茨の剣』に流し込む。
『青い光』が流れ込んだ『茨の剣』は以前と同じように陽炎のように揺らめく光の粒子に覆われ、やがて青く輝く光剣と化した。
操は『茨の剣』を片手で後方に振りかぶり、肘から先を失った左腕は体の前にだらりと垂らす。
そしてその直後―――ヒビが入る程の力で以て床を蹴ると、矢の様に『三つ首』へ向かって疾駆した。
「……フゥゥッッ!!!」
バシンッ!
強烈な威力の踏み込みによって床が砕け、操の身体が『三つ首』との距離を一瞬で詰める。
空気を叩き付ける様な音が響き、『三つ首』に肉薄した操は後方に引き絞った右手の剣を渾身の力を籠めて振り下ろした。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!」
『!!!!????』
『三つ首』ですら反応出来ない程の速度で斬り掛かった操は、そのまま光剣と化した『茨の剣』で『三つ首』を切り裂いた。
首の最後の1本と、肥大化した胴体の両方が光の刃と化した『茨の剣』に飲み込まれる。
剣の刃が触れた部分は『青い光』に焼き切られるようにして消滅し、それ以外の部分は光によって焼かれていく。
さらに、斬撃が放たれた際の衝撃波によって『三つ首』の巨体が宙を舞うと、そのまま後方に吹き飛んで行った。
『ギェェェェェェェェアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!???』
轟音を立て、周囲のコンテナを巻き込みながら地面を転がる『三つ首』
やがて、地面を転がって壁際まで到達すると、その勢いのまま壁に激突して止まった。
『ゲッ………ギッ…………ギギッ………………ギ……ィ………』
そうして焼き尽くされ、半分になった頭部と、『茨の剣』で真っ二つになった胴体を暫く痙攣させていた『三つ首』は、漸く動きを止めたのだった。




