57 三つ首の獣
『ギギギィィィッッッ!!!』
「……ちッ!!!」
先手を打って『三つ首』に斬り掛かった操だったが、『三つ首』が放った攻撃に出鼻を挫かれてしまった。
三つ首は飛び掛かって来る操に対してその場から動かず、三本の首を伸縮する触手の様に伸ばして喰らい付いて来たのだ。
まるで蛇が喰らい付く様に素早い動きに対し、操は辛うじて反応すると体を捻って回避する。
操も恐らくその様な攻撃をして来ると踏んではいたので攻撃を躱す事は出来たが、機先を制して相手に一撃を入れるという当初の目論見は阻まれてしまった。
だがそれでも、触手による中距離攻撃を放った直後では『三つ首』も動きが制限されるだろう。
ならば、その隙に首を斬り落とす。
そう考えて『三つ首』の胴体に向かって疾駆する操だったが、不意に背後から嫌な気配を感じた。
「……ぐっ!?」
ブォンッ!!と言う音が、咄嗟に体を横に倒して回避行動を取った操の耳元で響く。
高速で操の真横を通り過ぎたのは『三つ首』の頭の部分だ。
しかし、その形状は操に喰い付かんと襲い掛かって来た先程とは違い、花弁を閉じた蕾の様な形状をしており、長く伸びた首と合わせて紐付きの鉄球のような見た目になっていた。
三つの首全てがその形に変化しており、『三つ首』が自分の方へ首を引き戻す勢いのまま操に先端の球状になった頭を叩き付けようとしたらしい。
身体を横に倒して行く体勢のまま、加速された思考の中で操が最初に感じたのは『三つ首』の攻撃の速さだ。
最初の噛み付き攻撃も遅い訳ではなかったが、続け様に放たれた蕾状の頭部を用いた叩き付け攻撃の速度は尋常なものではなかった。
操なら集中すれば『茨の剣』で弾いて防御する事位は出来るかもしれないが、逆に言えばそれ以外の攻撃を同時にされたら防ぎ切れない可能性が高いという事でもある。
そして、そんな風に『三つ首』の蕾攻撃が警戒するべきものだと操が認識する最中、『三つ首』は引き戻した三つの首を鞭の様に高速でしならせると、体勢を崩した操に対して凄まじい勢いで振り下ろして来た。
「くッ!!!」
操は咄嗟に背中から蔦を生やすと蔦をバネの様にして床を蹴った。
普通なら回避出来ないタイミングの攻撃だったが、右側に倒れ込んだ体勢から身体を一気に蔦のバネで跳ね上げる。
直後、3回分の轟音が響き、床にヒビが入った。
勢いよく宙に押し出された操は、空中で側転をする様に回転しつつ身を捻ると、倉庫の区画間に広がる通路に飛び退き怪物から距離を取る。
『ギギィィィィィィィ!!』
攻撃を躱された『三つ首』は金切り声を上げながら操を追いかけて来た。
のしのしと歩く姿は鈍重そうな動きであり、一見それ程素早く動けなさそうに見える。
だが、操はそんな怪物の動きには騙されなかった。
『ギィィィィエエエエエエエッッッッ!!!!』
「!!!」
突如、咆哮を上げた『三つ首』が鉤爪が付いた手足で床を蹴って突進して来た。
そのスピードは直線的ではあるが、大型の四足獣らしい力強く機敏なものであり、先程までの鈍重さからは想像も出来ない程の速度だ。
突進自体は操の予想通りではあったが、見立てよりもスピードが速い。
周囲をコンテナに囲まれた一本道である事も考えると、あの巨体を左右に避けるという事は現実的ではないだろう。
操は左手を上空に振り上げると、『茨の鞭』を天井の梁部分に向かって伸ばした。
梁に絡み付いた鞭を巻き取って身体を引き上げ、天井近くまで跳び上がる事で『三つ首』の突進を回避する。
そのすぐ下を、操に喰らい付こうとした『三つ首』の頭が通り過ぎると同時に、ガチンッ!と口が閉じる音が聞こえた。
『ギギィィッッ!!』
「うっ!?」
しかし、天井に向けて跳び上がった操に対して三つ首は爪を床に突き立てて急激にブレーキをかけると体を反転させる。
そして、天井近くまで跳び上がっっていた操の背中に向けて、蕾状の3つの頭部を振るった。
伸縮する頭部はそのまま行けば操の背を直撃する軌道だ。
操は空中で左手の鞭を強く引っ張り、体を無理やり持ち上げて体を捻る。
直後、『三つ首』の頭部は数瞬前まで操の体のあった場所を風切り音と共に通り過ぎて行った。
「ッ……このっ……!」
身体を無理に捻った事で僅かに体勢を崩した操は、空中でよろめきながらも積み上げられたコンテナの上に着地する。
天井の梁に絡み付かせた『茨の鞭』を巻き取り回収しつつ、振り向き様に右手に握っていた『茨の剣』の剣身を鞭状に変化させ、お返しと言わんばかりに『三つ首』に振るった。
びゅうっ!と空気を引き裂く鋭い音を立てながら剣身が変化した鞭が『三つ首』に襲い掛かる。
操を攻撃した直後の『三つ首』もまた、コンテナの下の通路に着地しており、このまま操の鞭による攻撃が届けば、避けられたとしても間合いを仕切り直す事が出来る筈だ。
……操はそう考え、鞭を速度優先で振るっていた。
しかし、それに対して『三つ首』は予想外の行動を取った。
『ギィィィッッッ!!』
「なっ!?」
鞭による攻撃を、『三つ首』は回避しなかったのだ。
代わりに、操を攻撃した後即座に引き戻されていた『三つ首』の蕾状の頭部が、うねうねとのたうつ様に高速で振り回される。
そこへ飛来した操の鞭を、何と『三つ首』は3つの頭部を激しく振り回す事で迎撃して見せたのだ。
操も鞭を手元で操作すると同時に、操の体の一部でもある鞭自体に意思を通わせ、極めて複雑な動きをさせる形で連続攻撃を仕掛けていた。
しかし、『三つ首』はそんな操の嵐のような鞭の乱打を、3つの頭部の鉄球のような蕾で弾き、あるいは叩き落して防いでいる。
操の鞭と遜色ない速度で振るわれる『三つ首』の頭部は、最早視認するのが困難な程の速度で擦り回されている。
それは、あの『巨人』が放つ丸太のような剛腕による一撃にも匹敵する威力を持ち、操の『茨の鞭』とほぼ互角の速度と正確性を持っているとすら感じられた。
まるでフレイル――鎖の先に付けた鉄球を遠心力を持って振るう中世の武器――を3つ同時に振るっているかのようだ。
(スピードが速くて攻撃力も高い。 おまけに器用でフェイントを掛ける様な知能もある……本当に勘弁してよね……)
手元に鞭を引き戻しながら、操は『三つ首』をそう分析する。
明らかに『巨人』や『双子』の上位互換とでもいうべき存在だ。
数の上では一対一とはいえ、手数の時点で既に不利と思われる。
だが恐らく……最も差があるのは機動力だろう。
『ギギギギッッッッ!!!』
「!!?」
コンテナの上から相手の能力を分析していた操に向かって、『三つ首』が突然走り出した。
重ねて言うが現在、操は複数積み重ねられたコンテナの上、天井近い場所に立っており、『三つ首』はその下方、コンテナ同士の間にある通路に居た。
しかし『三つ首』は、そのコンテナの側面……垂直の壁とも言える場所を、さも当然の様に駆けあがって来たのだ。
手足に生えた爪をコンテナや、それを支えているフレーム部分に引っかける事でそうした移動を可能としているようだが、地上を走っていた時と何ら変わり無い速度で自分の元へ迫る『三つ首』に操は驚愕の表情を浮かべる。
操は、咄嗟に立っていたコンテナの上からジャンプし、隣のコンテナの上に飛び移った。
しかし、『三つ首』はスピードを緩めずに突進し、操がいたコンテナまで到達すると、そのコンテナを蹴ってすぐさま方向転換し、操の方へと飛び掛かって来た。
「ッ!!」
ジャンプしたまま『三つ首』が自分の方へ飛び掛かって来るのを視認した操は、隣のコンテナに着地するのを断念し、コンテナの端を思い切り蹴って地面に向かって落下した。
『ギッ!!』
操に飛び掛かった『三つ首』はそのまま反対側のコンテナを薙ぎ倒すように突っ込んでしまう。
『三つ首』が激突した結果、いくつものコンテナが轟音を立て地面へと崩れ落ちて行く。
『三つ首』と擦れ違う様にして交差した操は、地面に激突する寸前で体を捻る。
そのまま床を滑る様にして着地した操は、『茨の剣』を両手で構えて『三つ首』が突っ込んで行ったコンテナ群の方へ向き直った。
崩れたコンテナの方向へ目を向けて警戒していると、再び轟音が響き渡り『三つ首』が1トン以上はある筈のコンテナを跳ね飛ばすようにして操の前に飛び出して来た。
『ギィィィィィィアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!』
「くッ……!!」
咆哮を上げ、操目掛けて疾走する『三つ首』。
その叫びには多分に怒りの感情が含まれており、飛び出した勢いのまま操に向かって突進して来る。
そのまま体当たりでも受けようものなら、間違いなく全身の骨が砕けるだろう。
操は突進を回避するべく距離を取った。
コンテナが立ち並ぶ倉庫内は通路があるとは言ってもその幅は狭く、容易に『三つ首』の突進を左右に躱す事が出来ない為だ。
かと言って上に逃げれば、身動きのとり辛い空中にいる状態で先程のように蕾のフレイルで攻撃されてしまい、最悪の場合そのまま地面に叩き落とされてしまうかもしれない。
何とか突進を回避しつつ、蕾のフレイルを掻い潜って攻撃しなくてはならないが……生半可な攻撃が通る相手とも思えない。
しかも、『双子』達との戦闘で体力を大きく消耗してしまっている操は、最悪の状態からは脱したとはいえ今も万全からは程遠い状態だ。
無茶な行動が出来る程の余裕は流石に無い。
(何だか……ギリギリの戦いばっかりだな、私……)
『三つ首』から逃げつつ、現実逃避気味にそんな事を考える操。
しかし、ギリギリであれ何であれ、最終的に生き残れば勝ちなのだ。
既に惜しむべき身など自分には無いのだから。
少なくとも、そう考えればやり様は幾らでもあると思えた。
―――例えそれが、人間を捨てた戦い方だったとしても。
『ギギギィィィィィィッッッッ!!!!!』
金切り声を上げながら『三つ首』が操に迫る。
身体能力が強化されているとはいえ、流石に四足歩行の生物の速度から逃れる事は困難だ。
操は極寒の倉庫内をコンテナの間の通路を上手く利用する形で走り、『三つ首』との距離を離そうとしていた。
しかし、『三つ首』も操のそうした思惑を察しているらしく、各区画の角を曲がって『三つ首』の視線を切ろうとする操の動きに対し、最短距離となるコース取りをして追いかけて来る。
それに対して、『蕾のフレイル』を振り回しつつ文字通り縦横無尽に走り回る『三つ首』に対して操は攻め手を欠いていた。
(ッ……! 近付けばフレイルで迎撃されて、離れても似た様なもの……。 そもそも身体能力が違い過ぎて距離を離そうとしても、すぐに追い付かれる……)
『三つ首』の攻撃方法は至ってシンプルだ。
頭部の花弁による噛み付きと、花弁を閉じた『蕾』状の頭部による打撃……フレイルによる攻撃だ。
後はその巨体に見合わぬ機動力を生かした体当たりぐらいだが、いずれにせよ致命の威力を持った攻撃であろう事は想像に難くない。
特に、フレイル攻撃は振り回す事で防御の役割も果たす為、『茨の剣』による接近戦が最大の武器である操にとっては極めて厄介な攻撃だった。
(『茨の鞭』を迎撃出来る位に細かい動きが出来るって事は、迂闊に接近したら一方的に嬲り殺しにされかねない。何とか隙を作って間合いを詰めないと……)
操がそう考えている間にも、距離を詰めて来た『三つ首』がフレイルを伸ばして操に振り下ろして来る。
流石に伸ばした状態で高速振り回しのような動きは出来ないようだが、『巨人』の一撃にも匹敵する威力の攻撃を中距離攻撃として放てる時点で十分に脅威だ。
「くっ!」
しかも、ただ叩き付けるのではなく、操を追跡しながら操の体勢を崩すように攻撃を加えて来るので始末が悪い。
明らかに操の動きに対して効果的な攻撃を選択しているのだ。
フレイルをどうにか躱しつつ、曲がり角を利用して攻撃を防ぎ、時には積み上がったコンテナの上まで『茨の鞭』を使って跳び上がって『三つ首』の追跡を逃れようとする。
いっその事この倉庫から一旦脱出するべきかとも考えたが、二重扉を通り抜ける際の隙をこの怪物が見逃してくれるとは思えない。
扉が開くまでに背後から飛び掛かられるのがオチだ。
そして何より、『DD-4032』の解凍が終わった場合、それをこの怪物に破壊される可能性がある事を考えるとこの場を離れるのは得策ではないだろう。
これまでの事から、『青い花』が操の行動の妨害を行っていると仮定するなら、妨害する理由はどう考えても『DD-4032』しかないのだ。
もしこの場に『DD-4032』が無防備な状態で存在したなら……今までにも感じた『青い花』の悪意の程を考えると、『DD-4032』を破壊する位の事は行うと思われる。
操としては絶対にその様な事態は避けなければいけない以上、この場から逃走するという選択肢は初めから存在しなかった。
『ギギギァッッッッ!!!』
「!?」
突然、『三つ首』が突進の向きを変えてコンテナに体当たりを行った。
自分から離れようとする操に対しての攻撃ではなく、自分の横にある詰み上がったコンテナに対して繰り出されたものだ。
その巨体によって行われた体当たりは、1トン以上ある筈のコンテナの山をあっさり崩してしまった。
操は崩れて来たコンテナからある程度離れた位置にいた為被害は無い。
しかし、直前にそのコンテナの崩落ヶ所の方へ曲がり角を曲がろうとしていた為に、行く手を崩れて来たコンテナに塞がれる形になってしまった。
当然、操は走る足を止めて急停止する他なくなる。
そこへ、『三つ首』が放った蕾のフレイルによる攻撃が3本同時に襲い掛かった。
『ギアォォッッッ!!!』
「ッッ!! このっ……!!」
動きが止まってしまった操は『三つ首』のフレイル攻撃を躱す事が出来ないと判断し、『茨の剣』での迎撃を試みる。
ガギンッッ!!
鈍い金属音のような音を立てて剣とフレイルがぶつかり合う。
フレイルは文字通り金属並みの硬度を持っているのか、『茨の剣』と打ち合っても些かの傷も付いていない。
しかしそれ以上に操は、攻撃がぶつかった際に腕に感じた衝撃に冷や汗を掻いていた。
(ッ……重い!)
一撃の重さは『巨人』並みだと分かってはいたが、単純に力で殴りつけて来るだけだった『巨人』に比べ、『三つ首』の一撃は重い上に変則的だった。
打撃部である頭部を振り回す事による遠心力が加わっている事もあるのだろうが、腕に感じる衝撃が単純に一方向からではなく剣を絡め取るような、油断すれば体勢を崩しかねない力の掛け方をしている。
更に、『三つ首』は一撃を繰り出して終わりにするつもりは毛頭無いらしい。
『ギギギギィィィィィィッッッ!!!!』
「ッッうっ……!!」
高速で振り回される3本の蕾のフレイルが操に容赦なく襲い掛かる。
操は変幻自在に動く『三つ首』の攻撃に翻弄されつつも、集中力を限界まで高める事で何とか攻撃を弾き、受け流して行く。
しかし防御に限界まで集中しなくてはならない為、その場から離れて距離を取る事が出来ずにいた。
その場に釘付けにされた操は、徐々に壁際へと追い詰められて行く。
「くぅっ……!?」
『ギィアアッッ!!』
と、その時、突然『三つ首』のフレイルの動きが変化した。
3本の内の1本が突然動きを変え、閉じていた蕾を開いて『茨の剣』に牙を突き立てたのだ。
『茨の剣』も金属並み……というより金属を切断出来る程の強度を持っている。
その為、如何に驚異的な力を持った『三つ首』の力であっても、力尽くで剣を破壊するという事は困難だ。
しかし、『三つ首』の目的は『茨の剣』を破壊する事では無かった。
「ぐっ!?」
剣に喰らい付いて来た『三つ首』の頭部が『茨の剣』を引っ張った。
操も流石に『三つ首』相手には力負けしてしまい、引っ張られるままに体勢が崩れてしまう。
そこへ、他の2本の頭部が、ぶぉんっ!と風を切りながら先端の打撃部をしならせて襲い掛かる。
このまま剣を操が手放さなければ、蕾のフレイルと化した2本の頭部が操を捉え、剣を手放せば操は攻撃手段を一つ失う事になるだろう。
どちらに転んでも操にとっては不利な状況となり、『三つ首』には有利になる。
操に2択を迫る『三つ首』の行動に操は改めて驚愕する思いだった。
しかし、操は『三つ首』の思惑を理解すると、あっさり『茨の剣』を手放した。
そして、自分に向かって同時に振り下ろされて来た蕾のフレイルを、横に大きく跳ぶ事で回避する。
空振りした形となったフレイルによる攻撃は、操が寸前まで立っていた場所に叩き込まれ、轟音と共に床を粉砕した。
無手となった操はそのまま通路のある程度開けた場所に下がり、『三つ首』から距離を取る。
奪われた『茨の剣』は『三つ首』の首の1本が咥えた状態で保持しており、取り返すのは困難な状況だ。
だがその時、操の脳裏に突然ある考えが浮かんだ。
「………!」
操は、攻撃を繰り出した『三つ首』が体勢を整えるよりも先に、『茨の剣』を握っていた右手を開いて『三つ首』に翳した。
思考が加速されゆっくりと流れる時間の中で、操は意識を集中して『三つ首』を、より正確には『三つ首』に奪われた『茨の剣』を「視る」
現状、『茨の剣』は操の手から奪われており、『三つ首』の牙に捕らわれている。
しかし意識を集中した操の目には、自分の右手と『茨の剣』を繋ぐ『青い光の粒子』が見えていた。
それは先程、怪物に囲まれ窮地に陥った際に自分の身体や『茨の剣』が纏った青い光に比べると微々たる量だったが、あの時と同じ青い光のエネルギーであると操には理解出来た。
そして、自分と『茨の剣』が文字通りその青い光を通して『繋がっている』事を操は確かに感じ取っていた。
「……ッッ!!!」
目に力を籠め、自分に繋がった光を通して『茨の剣』に意思を飛ばす事を強くイメージする。
同時に、翳した手を………強く握り締めた。
『ギギギギェェェェェェェェッッッッ!!!??』
途端に、『三つ首』の悲鳴が響き渡る。
その理由は『三つ首』の首の1本が咥えていた『茨の剣』が突如蠢き出したかと思うと、剣の形状を解いて茨の塊と化して『三つ首』の3本の首に襲い掛かったからだ。
『茨の剣』だった茨の塊は、『三つ首』の3本の首に次々絡み付いて行く。
まるで生き物……それこそ蛇の群れの様な動きで『三つ首』に襲い掛かる茨は、『三つ首』の体にあっという間に広がった。
『三つ首』は突然の事態に暴れ回り、周囲のコンテナに体当たりしたり、両手の爪を使って茨を引き剥がそうとするが中々取れないようだ。
そんな『三つ首』の姿を目にしつつ、操は一人納得の表情を浮かべていた。
(……思った通りだ、私の身体から生み出された物は体から切り離されていても、あの『青い光』で繋がっていれば遠隔操作が出来るみたい)
操が自分がこのような事が出来ると理解出来たのは、先程、天啓めいたものが頭の中を駆け巡ったからだった。
今までにも何度かあったが、操は自分でも理解していない自分の能力を土壇場で本能的に理解する事でこれまでにも窮地を脱して来た。
先程の現象もそれと同じであり、そうして今回理解出来たのは、あの『青い光』に関してだった。
(あの光は、私の体に宿った力であり、私自身でもある……って事なのかな。 実体が無いエネルギー体としての自分だから、あの光さえ繋がっていれば、体から離れてもそれは『私』なんだ)
言ってしまえば『魂』のようなものだろうか?
実際の所、そこまでオカルトめいた物なのかは分からないが、少なくとも生命エネルギー的なものではあるのだろう。
あの『強化状態』も自分自身の生命エネルギーを一時的に燃え上がらせ肉体を強化していたと考えれば説明が付く………かもしれない。
エネルギーを消費しすぎた結果、ガス欠に等しい状態に陥ってしまい、死にかけたのはそういう事とも取れる。
そのエネルギーの補充手段………恐らく、燃料補給の仕方が他の生物の血を啜る事であろう……と言う事は納得出来ないし、したくないのだが。
『ギギギィィアアッッ!!!』
「!」
『三つ首』の忌々しそうな吠え声を耳にして操は思考の海から意識を戻す。
元『茨の剣』であった茨が『三つ首』に絡み付いてから、実時間ではほんの数秒しか経っていない。
しかしそれでも、『三つ首』は絡み付いた茨の大半を取り除きつつあり、このまま行けばすぐにでも再び自由を取り戻すだろう。
(動きを阻害している間に何とか攻撃しないと……!)
そう考えはしたものの、接近しての攻撃は危険な事に変わりは無い。
『茨の鞭』による攻撃も考えたが、『三つ首』の外皮は頭部の蕾部分と同じ様な硬質の植物装甲に覆われており、恐らくあまり効果は無いだろう。
あの装甲を破るには、それこそ再び『茨の剣』に青い光を纏わせて斬る位しか方法が無いと思われる。
一方で、『茨の剣』はもう一度操自身の身体から生成し直せば、再び使用する事が出来る。
青い光に関しても、今ならあの力を自分の意思で制御して扱えるという確信があるが、この怪物相手にあの力を使い、再び身動きが取れない状態になってしまえば今度こそ死あるのみだ。
操自身が万全な状態ではない以上、制御が可能になったとはいえ、青い光の力は慎重に扱わなくてはならない。
そして、瞬間的にそこまで考えた操が咄嗟に手にしたのは……自らの『青い花』の能力を用いた物ではなかった。
「ッ!!」
『!!!?』
渇いた数発の銃声が周囲に響き渡る。
操が手にしていたのは、警察署を後にして以降、手に取る事すらしていなかったツートンカラーの拳銃だ。
競技用にカスタマイズされた銃から放たれた銃弾は、『三つ首』の体を正確に捉えていた。
大型化された照準器により視認性が向上した結果命中精度が上がり、銃の扱いに慣れていない操にも正確な射撃を行う事を可能としたのだ。
しかし、やはり『三つ首』の外皮は非常に高い防御力を持っているらしく、体に着弾した銃弾は『三つ首』に何の痛痒も与えていないようだ。
だが、操にとってもそれは想定内の事だ。
(やっぱり効いてない。 それなら……!)
『三つ首』の胴体から狙いを変え、今度は照準を少し上に上げる。
狙うのは『三つ首』の頭部……そこにある、大きく開かれた花弁のような口腔内だ。
銃撃を受け、思わず動きを止めて操を睨み付けるような動きをした『三つ首』は、絡み付いた茨を牙で取り除く為に開いていたその口を、操のいる方向に向けてしまった。
その瞬間を逃さず、操は銃の引き金を引いた。
狙いすまして放たれた銃弾は、『三つ首』の開かれた口内に高速で飛び込み……その内側の肉を穿った。
『ギィィィィィィァァァァァァァァッッッッ!!!!???』
途端、悲鳴を上げて仰け反りのたうち回る『三つ首』。
口内から血を噴き出し、地面を転げ回る様にしながら周囲のコンテナを薙ぎ倒して行く。
思った以上の反応に銃撃した当人である操も驚きの表情を浮かべて固まってしまう。
(もしかして……口の中が弱点? だとするとこいつは多分、死体が元になった怪物だから……あの3本の頭、あれ自体が本体の『花』……!?)
死体が苗床になり『青い花』が成長した結果誕生する『花』の怪物は本体となる『青い花』が弱点だ。
本体を破壊すれば怪物は即死する上、後々本体が残っている事で苗床となっている死体を修復されるという事も無い。
それ故、怪物の中には本体の『花』を隠したり、逆に本体を露出させていても耐久力を高めている物など、弱点を克服しようとしているかのように見える『花』が存在している。
『根腐れ』や『爆弾ガエル』等がそうだが、それらもあくまで、『防御』を考えているのみだった。
しかし、操の推測が正しければ、『三つ首』は本体を露出させた上でそれを武器として利用している事になる。
実際強力かつ厄介な武器ではあるが、随分思い切った進化をしたものだ。
(いや……もしかすると、それだけ私を殺したいって事なのかも……)
理由は不明だが、先程倉庫街の一角において、『双子』と『三本足』が待ち伏せに等しい状況で出現した事からも、『青い花』は確実に操個人に強い敵意と殺意を抱いている。
この『三つ首』もそうした『操に対する敵意』から『青い花』が差し向けて来たのだとすれば、ある意味で捨て身とも言える生態を持ってしてまで操を襲うのも分からないでもない。
自分の身を危険に晒してでも、操という『標的』を抹殺する攻撃特化型の怪物。
そんな物をわざわざ生み出す程の敵意を『青い花』が操に対して抱いているとすれば………それは最早『憎悪』の領域だ。
(そんなにも……私が憎いの?)
記憶の無い操にはそれが何故かは分からない。
しかし、分からないながらも、操は今まで目を背けていたある一つの可能性に思い至る。
以前、夢の中で見たクロフォード医師との会話の中で、夢の中の操はこう発言していたのだ。
『私が現在研究している物は、内包したDNAの働きから、一部を体内に取り込んだ生物に何らかの影響を与える可能性がある』……と。
更にはクロフォード医師も『植物性の物体』と発言していた。
今ならそれが、考えるまでもなく『青い花』の事だったと分かる。
街が『青い花』に飲み込まれる以前の状況で、操が『青い花』の研究に携わっていたとすれば、『青い花』の元々の出所はサイディスではなく、操自身なのではないか?
ならば、グリーンフォレストがこうなってしまったのは、数え切れない程多くの人々が惨たらしく命を落とした事態の、その元凶は……。
『ギギギガガガギャャャァァァァァァッッッ!!!!』
「!!」
『三つ首』の怒りの声に操は我に返る。
また思考の海に沈みかけていたようだ。
『青い花』が操を憎んでいる理由。
それが、記憶を失う前の操が原因でグリーンフォレストの街が壊滅状態になってしまった可能性がある事と関係があるのか?
今の操には分からないが、一つ言える事はこのまま『青い花』の悪意に負けてしまえば、何も分からないまま死ぬだけだという事だ。
正直に言えば真実を知るのは怖い。
しかし、それでも「私」は真実を知りたい。
全てを知った時、償いの時が訪れるとしても……何も知らないまま消えるのだけは嫌だ。
だから、今は。
「……お前なんかに、構ってる暇は無いんだ……!」
操は手にした銃を構え、自らに襲い掛からんとする、『悪意の塊』にその銃口を向けた。




