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55 血


「はぁぁぁッッッ!!!」


「ロロォッ!!」


「ロァァッッッ!!!」


互いに叫び声を上げながら正面からぶつかる操と『双子』。


一方の個体がアッパーカットのように腕を振り上げ、もう一方の個体は逆に腕を振り下ろす。


体を横にずらす事で振り上げを回避した操に、もう一体が振り下ろした腕が迫る。


普通の人間であれば回避するのが困難なタイミングで放たれた攻撃だが、今の操には両の足以外にも四本の足があるに等しい。


操の体が回避した方向とは逆方向へ引っ張られ、通常では有り得ない軌道を描きながら『双子』の片割れが振り下ろした腕を回避する。


轟音を立て、地面を砕いた『双子』の片割れだったが、既にそこには操の姿は無い。


そして、操は相手の攻撃を回避するのと同時に身体を空中で回転させ、そのまま勢いを付けて『片割れ』の腕に斬りつけた。


硬い外皮に覆われているらしい『巨人』達の腕に攻撃を加えても殆どダメージを与えられない。


それ故、操は硬い外皮に覆われていない部分、具体的に言うと棍棒のようになった腕の付け根部分を狙って『茨の剣』を振るった。


「ロ゛ア゛ア゛ッッッ!!!」


しかし、片割れの方も付け根を狙われるのは不味いと理解しているらしく、操の放った斬撃を咄嗟に腕を外側に逃がす事で回避しようとした。


結果としては片割れは操の攻撃を完全に回避する事が出来ず、付け根部分に傷を負い、痛みからか怒りの声を上げた。


しかし操としても狙い通りとは行かなかった。


ダメージこそあったが傷が浅いのだ。


腕を傷を付けられた片割れは無事な方の腕を横薙ぎに振るい、操を殴り飛ばそうとする。


それを見た操は着地と同時に地面を蹴り、前転をするようにして片割れの攻撃を回避した。


ぶぉんっ!!という風を切る音が回避行動を取った操のすぐ頭上で聞こえる。


操は地面を転がると体勢を整えて立ち上がろうとしたが、そこに影が差した。


「ロォォォォォッッッ!!!」


「……くぅっ!?」


今まさに操に対して巨大な左腕を、後ろに倒れ込みつつ裏拳をするような体勢で振るって来たのは『双子』のもう一方だ。


操に対して先程アッパーカット攻撃を仕掛けた後、自分の片割れの攻撃に対して回避行動を取った操の動きに合わせ、追撃を仕掛けて来たのだ。


単純な腕の振り下ろしではなく、腕を伸ばし体ごと倒れ込むような体勢で繰り出された攻撃は、操の位置からは横に回避するしかない。


しかし、操から見て左の方向には、腕を横薙ぎに振るった状態の『双子』のもう一方がいる上、腕を振るった勢いのまま体を捻り、こちらに向き直った体勢になっている。


このまま左に回避した場合、倒れ込み攻撃をして来た方の『双子』に攻撃をする前にもう一方の『双子』に攻撃を受けてしまう。


その為、操が取れる回避行動は右側に飛ぶ事だけだ。


瞬間的にそこまで考え至った操は、自分に対して振り下ろされようとしている『双子』の片割れの腕から逃れるべく、右へ跳ぶ。



「ミ゛ィィィィィィィィッッッ!!!!」


「ミ゛ギャァァァァァッッッッ!!!!」


「ミ゛ャァァァァァァッッッッ!!!!」



「!!?」



そこで待ち構えていたのは、残っていた3体の『三本足』だった。


3体の『三本足』は操が飛び込んで来ると同時に、一斉に触手を伸ばして来た。


何本もの触手が操の体を貫こうと勢いよく襲い掛かって来る。


操は体勢を崩した状態ではったが、何とか『三本足』達に向き直ると『茨の剣』を振るって襲い来る触手を迎撃した。


「………ッッ!! せりゃぁぁぁぁぁっっ!!!」


『三本足』達は触手を斬られても怯みもせず更に触手での攻撃を続ける。


触手は斬られたそばからすぐに再生しているらしく、斬り口から新しい触手が生えて来た。


更に、最初は単純な刺突だけだった『三本足』達の攻撃が、徐々に変則的な動きの打撃攻撃に変わって来る。


操はその触手の動きの変化にも対応して見せたが、流石に完全には捌き切れず、攻撃の一部が頬を掠め、脇腹を僅かに抉った。


「ぐっ……!!」


痛みに顔を顰める操。


しかし、『三本足』達にこれ以上の動きの変化は無いらしい。


3体の『三本足』達の動きを読み切った操は、反撃に転じるべく触手攻撃の隙間を縫って『三本足』に向かって突撃する為に両足に力を籠めた。




だがその時。




(……!?)


再び操の頭上に影が差した。


そして、それは先程よりも大きな影だった。


「ロロロロロロァァァァァァっっっっ!!!!!」


「ッッッ―――!!!!??」


反射的に頭上へ目を向けた操が見たのは、上空から今まさに操を目掛けて落下して来ている『双子』の片割れだった。


先程、操が腕に傷を負わせた方だ。


その片割れは、倒れ込み攻撃を行った『双子』のもう片方を飛び越えるようにジャンプすると、操を体と両腕で押し潰さんと落下して来たのだ。


つまり、『巨人』の全体重を乗せたボディプレスだ。


完全に虚を突かれた形の操は、咄嗟に前方へ飛び込むように回避行動を取った。


「ロ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!!」


「―――ッッッぐッ……!!」



ドンッッ!!!



次の瞬間、『双子』の片割れが地面に落下し、辺りに地響きが鳴ると同時に砕けた地面の破片が飛び散った。


極太の丸太の如き両腕に比べると歪なまでに細い体を持つ『巨人』達だが、普通の人間サイズである操からすれば十分に巨体であると言える。


身長だけではなく質量も大きいらしい『巨人』が全体重を空中から自由落下させたのだから、その衝撃と威力は相当なものの筈だ。


幸いにも、操はギリギリのタイミングで下敷きになる前にその場から逃れる事が出来たが、砕けて飛び散ったコンクリートの地面の破片が幾つも操に襲い掛かって来た。


回避する事で精一杯だった操は『花』の能力を使ってそれらを防御する事も出来ず、生身の両腕で体をガードする事しか出来ない。


容赦なく飛来した小さな破片は操の腕や足、体に突き刺さり、少なからぬ傷を操に負わせて行く。


どれも致命傷には程遠い怪我ではあったが、この時の操にとって防御行動を取った事自体が致命的な隙を生む事になった。


「ミ゛ィィィィィッッッ!!!!!」


「なっ……!?」


いつの間にか至近距離まで肉薄して来ていた『三本足』の内の一体に操は全く気付いていなかった。


この時になり、漸く操は先程『双子』達が行った一連の攻撃が囮だった事に気が付いた。


『双子』は最初から、『三本足』に操の動きを止めさせる為に、操の動きが限定されるような攻撃を選択していたのだ。


巨躯を誇る『双子』の動きに隠れるように『三本足』が死角に回り込み、時折触手で牽制攻撃をする事で「『三本足』は中距離から攻撃する援護役だ」と操に思い込ませたのだ。


しかし実際には『双子』に意識を向けさせる為に、『双子』と『三本足』両方が囮として行動しつつ本命の、「接近して操を仕留める」役の『三本足』を隠していた。


その上、飛び散った破片から身を守る為に操は視界を両腕で遮ってしまっていた事もあり、『三本足』の接近に気付けなかったのだ。



――――まさか、そこまで考えての連携だったの!?



操の脳裏にそんな考えが去来するが、それ以上思考を巡らせる余裕は操には無かった。


「ミ゛ャァァァッッッ!!!」


「あぐッ!!?」


接近して来た『三本足』は素早く何本もの触手を伸ばすと、操の両腕に絡み付かせた。


操も抵抗しようとしたが、虚を突かれた事もあり、殆ど抵抗出来ずに地面に押し倒される形になってしまう。


「ギャパァァァァッッッ!!!」


そして『三本足』は、操の両腕を自民に触手で押さえつけて馬乗りの状態になると…………口内に縦に並んだ牙を、一切の躊躇無く操の体に突き立てた。


「う゛ああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!???」


腹部に容赦なく無数の牙を突き立てられた操は、あまりの激痛に絶叫する。


傷口周辺の衣服が出血により赤く染まっていく。


だが、傷の深さに対して出血量が少なかった。


「あっ…………が…………ぐ……うぁ…………」


両腕を押さえ付けられ身動きの取れない操は、継続して襲い掛かる激痛により視界に火花が散る。


身じろぎして逃れようとしているのだが、何故か力が入らないのだ。


「う……あ…………」


そして、その答えは自分に覆い被さるようにしている目の前の怪物にあった。



ヂュルルルルゥゥゥ…………ヂュルゥゥゥゥ…………



怪物の鳴き声ではない、そんな音が意識が朦朧としている操の耳に届く。


霞む目で見てみれば、自分の体に突き立てられた怪物の牙の内側を何かが通って行くのが見えた。


考えるまでもなく、それは操の血液だった。


(血を……吸われてる…………?)


以前、ライナと怪物の習性に付いて話をした時に、ライナは怪物達は水分を栄養源としており、人間を襲うのは人間の血液を水分補給の手段として利用しているからではないか、と推測していた。


しかしその後、様々な姿、様々な能力を持った怪物と遭遇した操は、怪物達の姿が様々に変化して行っている事から、人の血液を栄養源としているという習性自体も変化し、失われて行っているのではないかと考えるようになっていた。


実際、『爆弾ガエル』や『根腐れ』等、吸血行為を必要としているようには見えない攻撃を行って来る怪物が存在している。


その為操は花人など一部の怪物が行う吸血行為には、種類毎の糧を得る方法であるという事以外に特別な意味は無いと思っていた。


しかし、現在交戦中の『双子』及び『三本足』は、恐らくであるが操を抹殺する為に『花』が差し向けた特殊な個体だ。


『双子』が先に撃退した単体の『巨人』よりも連携能力と戦闘センスが高いのは勿論だが、同時に生まれて来た8体の『三本足』も、以前戦った同種の個体より連携能力や動きが優れている。


そんな『特別な個体』に吸血能力が備わっているという事は、『血』が『花』の怪物達にとって重要な要素である可能性があった。


そして、仮にそうだとすれば………現在の状況は、目の前で起きている光景以上に危険な状態である可能性がある。



「―――ぐぅぅぅぅあああッッッ!!!!!」


操は朦朧とする意識に喝を入れ、咆哮と共に自分に覆い被さった状態の『三本足』を思い切り蹴り上げた。


「ギミャッッッ!!!?」


気合を入れる事である程度体に力が戻った操の蹴りは、それなりの体格を持つ『三本足』を空中に跳ね飛ばす威力を見せる。


同時に操は両腕に力を込めて絡み付いた『三本足』の触手を引き千切った。


『三本足』が上空に蹴り上げられた事により、操の腹部に刺さっていた『三本足』の牙も抜けるが、同時に傷口から大量の血が噴き出した。


「うぐ……あっ……」


地面を転がりうつ伏せの体勢になった操は、よろめきながらも腹部の傷を押さえながら地面に手を付いて立ち上がろうとする。


しかし、そんな隙を怪物達が見逃す筈もない。


「ロオオオアアアアアアァァァァァッッッ!!!!!」


「ごッッ―――!!!!?」


最初に倒れ込み攻撃をして来た方の『双子』がいつの間にか起き上がり、大きく振りかぶった腕を操に叩き込んだ。


『三本足』に負わされた傷も再生し切っていない操にその攻撃を回避する余裕は無く、その剛腕による一撃を正面からもろに喰らってしまう。


凶悪な威力の一撃による衝撃が操の体を打ち据え、体の内側から骨が砕け肉が潰れる音が聞こえる。


全身を駆け巡る衝撃が身体を破壊して行く激痛に、操は意識が飛びかけた。



ドゴッ!!!!!



次の瞬間、さらなる衝撃が操を襲った。


『双子』の重い一撃を受けた結果、反対側まで殴り飛ばされ壁に叩き付けられてしまったのだ。


「ごっ……ぼっ……ぉ…………」


『花』の幹によって形成された壁に半ばめり込む勢いで叩きつけられた操は、その衝撃で内臓の何処かを損傷したのか、大量に吐血する。


自らの血に塗れ、ずり落ちるように地面に倒れ込む操。


ダメージが大きすぎるせいか、身体は指一本動かなかった。


(……から……だ………なおら……ない……?)


朦朧とする意識の中、身体から流れ出る血のぬるりとした感触を腕に感じ、操は傷口が塞がり切っていない事に気が付いた。


現状、辛うじて意識は途切れていないが、傷の再生速度が明らかにいつもより明らかに遅い。


事ここに至り、操は『花』にとって、ひいては自分にとって『血』が『花』の能力を行使する為に重要な役割を持っていると確信した。


どういった仕組みなのかは不明だが、少なくとも操は負傷した際に傷が急速再生するのに血が必要であるらしい。


肉体の再生が行われる際、通常であれば修復は瞬く間に行われていた筈だが、今はジワジワと傷が再生している、という感覚がある程度だ。


思えばこれまでも操が傷を再生させたり『花』の能力を行使したりした後、操の体が不調を来す事があった。


病院での戦闘の際、戦闘後に意識を失ってしまったのも重傷を負った肉体を修復し、戦闘中に自信の能力をフルに発揮した結果なのかもしれない。


常人を超えた能力の行使が無制限に行える事に以前から違和感はあったが、それは自身の体内の『血』を燃料の様に消費していたという事なのだろうか?


とはいえ、分からない事だらけなのは確かだが―――少なくとも今はそんな事を考えている余裕はない。


『双子』の一撃による肉体のダメージと出血によって朦朧とする意識の中、力を振り絞ってうつ伏せの状態から顔を上げた操。


その視界に、自分に止めを刺そうと歩み寄る『双子』の姿が映った。



瀕死の重傷を負った操はどうにか立ち上がろうとするが、ダメージはまだ回復しておらずまともに身体が動かない。


傷は少しづつ再生しているようだが、このままでは回復する前に『双子』に殺されるだろう。


死が間近に迫った極限状態に陥り、操は今までにない程の速度で思考を巡らせていた。


『双子』は健在。


『三本足』は3体が残っている状態だ。


操に止めを刺そうと接近して来ているのは『双子』のみであり、『三本足』達は少し距離を開けてこちらを遠巻きにしている。


恐らく操が万が一にも逃げられないように、今度こそ本当に援護に徹するつもりなのだろう。


今の状況で操が動けたとして、単純に『双子』から逃れようとしても『三本足』達の触手の餌食になるだろう。


(立た………なきゃ……こんな……)


操は何とか震える手を付いて上半身を起こす。


腹部の傷からの出血は止まったようだが、何せ出血量が多すぎた。


『三本足』の牙に出血を促す機能でもあったのか、常人なら既にショック死していてもおかしくない量だ。


操は今の所そこまで行かずに済んでいるが、今の操にとって『血』が重要な要素であると分かった以上、追い詰められている事に変わりは無い。


(こんな………ところで………私は………)


操は最後の力を振り絞って立ち上がろうとして………失敗する。


既に限界に達した体では立つ事も儘ならない。


ダメージの深さ故か、背中から生やした蔦も既に萎れて力が入らなくなっている。


加速された思考の中、操は自分が限りなく『詰み』に近い状況にいる事を自覚し――――。


(私は…………まだ、死ねない……!!)


それでも尚歯を食いしばり、眼前の怪物達を見据えた。


(私の……私自身の真実を知るまでは…………! 何より………)


操はよろめき、再び倒れそうになりつつも立ち上がる。


その脳裏には一人の青年の顔が思い起こされていた。


(ライナに………勝手に出て来た事、謝ってないんだから………!!)


ライナは危機的状況にあるこの街で、見ず知らずの自分を何の見返りもなく助けてくれた。


それだけではなく記憶を失い途方に暮れていた自分を励まし、記憶を取り戻す方法を共に考える事すらしてくれた。


にも関わらず操は自身の勝手な都合で彼の元から去ってここまでやって来てしまった。


だというのに、何の成果も得られず怪物に敗れ命を落としたなどという事になっては、立つ瀬が無い所の話ではない。


操は必ず生きて帰り、ライナに謝りたいと思っていた。


例えライナから既に見放されていたとしても。


例え自分が『花』の怪物になり果て、彼に銃を向けられるとしても。


ライナにだけは背を向けたくなかった。


だから―――。



「私は……! まだ…………! 死なないッ!!」


自身に残った生命力を全て燃やすかのような裂帛の気合と共に操が叫ぶ。


その気迫に、操に対して接近しようとしていた『双子』の歩みが一瞬、怯んだように止まった。



直後、操の身体に異変が起きる。


突如操の肌の上に青い光の線が走ったのだ。


一見すると細い血管の様にも見えるそれは、以前操が変異クロフォードと戦った際に『茨の剣』に纏った青い光と同じ光を放っている。


その光はやがて操の体全体を包み込み、陽炎のように揺らめき出す。


その段階になって操は、いつの間にか自分の傷が完治し、体に蓄積したダメージも消えている事に気が付いた。


自分の身に何が起こったのかは分からない。


だが、これが最後のチャンスだと操は確信する。



操は意識を身体に向け、両腕に『籠手』、両足に『足甲』を生成するようにイメージする。


すると、今までとは比べ物にならない程の速度で両手両足にそれぞれが生成された。


文字通り瞬きする程度の間に装甲の装着が完了した事に操は驚くが、考えるのは後回しとして次なる行動に移る。


今度は右手に『茨の剣』を作り出す。


これもまた、一瞬の内に生成されて手の中に柄が納まった。


操は気付いていなかったが、操が身体に青い光を纏ってから『籠手』『足甲』を装備し、『茨の剣』を右手に持つまでに要した時間は1秒にも満たない刹那の時間の中で行われていた。


身体の回復力、『花』の能力の発現速度。


全てが通常時の操を大きく上回っていた。


更に操は体の中と外、全身全てに青い光が行き渡り、今まで感じた事のない力が沸き上がって来るのを感じていた。


未知の力である青い光。


それが何なのかは操には分からない。


だが、ほんの少しだけ理解出来た事があった。


(これは……私自身の力。 『青い花』の力じゃない。 今までも、ずっと傍にあったモノ……)


人間は自分の体の中を流れる血液を意識する事は出来ない。


そこに()()のが当たり前の物を特別意識する必要が無いからだ。


操にとって自分の体に流れる青い光のエネルギーはそういった類の物だった。


それ故にこれまで自身の体に宿った力に気付かずにいた。


それが、操自身が危機的状況に陥った為か、操の体の内側から湧き出て来たのだ。


しかし、人間が自分の血液の流れをコントロール出来ないように、操も青い光を完全にコントロールする事は今はまだ無理なようだった。


―――だから、操は今すべき事をするべく……地面を蹴った。


「!!??」


次の瞬間、操に一番近い位置にいた『双子』の左腕が斬り飛ばされる。


そして、『双子』の後方、離れた位置に陣取っている『三本足』達の目の前には『茨の剣』を振り抜いた姿の操が立っていた。


殆どその場から掻き消えるように加速した操は、一瞬だけ動きを止めた『双子』が再び動き出すよりも速く『双子』の片割れの腕を擦れ違い様に斬ったのだ。


その速さは操にとっても驚愕する程の物であり、思わずその場で固まってしまっていた。


しかし、目の前には『三本足』3体が居る。


慌てて相手の攻撃に備えるが……様子がおかしい。


その時点になって、漸く操は自分の周囲の時間の流れがいつも以上に遅くなっている事に気が付いた。


文字通り時間が止まって見える程に周囲の時間がゆっくりと流れているのだ。


それ程までに今の自分の思考速度が加速しているのだと思い至った操だが、同時に危険だとも感じた。


なぜなら、先程まで『血』を流し過ぎたせいで窮地に陥っていたにも拘わらず、突然青い光に体が包まれると傷は全て癒え、身体能力が強化されるどころか別次元のレベルになったのだ。


『花』の能力に何らかのリスクがあるのだとすれば、今の操の状態もそうである可能性が高く、生命の危機に瀕した結果発現した能力なのであれば、よりリスクが高い事も考えられる。


仮にこの『強化状態』が突然終わってしまった場合、傷は治っているものの、恐らく今の操には戦う力どころか立ち上がる力すら残っていないだろう。


(そうなる前に……!!)


現実時間にすれば瞬きをする時間にも満たない僅かな時間で操は覚悟を決めた。


「グゲッ!!?」


「ベッッ!!!?」


「ペギャッッ!!??」


『三本足』達が目の前の操に反応する事も出来ず纏めて横薙ぎにされる。


『茨の剣』で身体を上下に断ち切られた三体の『三本足』は呆気なく絶命した。


「ロォアァッッ!!?」


「ロロロォォォッッッ!!!!」


この時になって『三本足』が全て倒された事、ひいては操が片割れの腕を斬り飛ばして後ろに移動している事に『双子』が気付く。


怒りの咆哮を上げながら振り向き、操に向かって突進して来た。


片腕を失った方の個体は特に怒りに満ちており、無事な方の腕を振り上げて操を叩き潰そうとする。


しかし、今の操にはその動きも止まって見える。


「ふッ!!」


操は短い呼気と共に剣を一閃させた。


「ロ゛ッッッ!!!?」


硬い樹皮に覆われた『双子』の片割れの腕がまるでゼリーか何かのように切り裂かれる。


やや斬撃が浅かった為、腕が切り落とされる事は無かったが、それでも半ば程まで断ち切られてしまった。


『巨人』達は通常その巨躯故に両手両足を使って自分の体を支えている。


常に支えているわけではない為、疑似的な四足歩行とでもいうべき形なのだが、それでも巨体を支える為と移動の為に両腕は重要な役目を持っていた。


そんな腕が片方は完全に切り落とされ、片方が半ばまで切り離されてしまった。


しかも、この時この『双子』は、操に対して攻撃する為に腕を振り下ろしながら前方に体重を掛けていた。


腕の振り下ろし攻撃の直後に『双子』の体重を支えるのは、他ならぬ「武器」でもある腕だ。


そんな腕が、力を掛ける事が困難な程に断ち切られてしまえば、体を支える事も出来なくなる。



支えを失った『双子』の片割れは大きくよろめき倒れ込みそうになった。


そこへ操が追撃する。


「はぁぁぁっ!!」


操の声に合わせるように『茨の剣』に纏われた青い光が陽炎のように揺らめき輝きを増す。


青い光は操の身体だけではなく『茨の剣』にも伝播し、剣身から切先に至るまでを覆っていた。


既に『茨の剣』その物が青く輝く光の剣と化している。


そんな青い燐光を纏った『茨の剣』を、操は『双子』の片割れに振り下ろした。



「……!!!!??」



光の斬撃が『双子』の片割れの体を飲み込んだ。


正確には斬撃の軌道をなぞる様にして太い青い光の波動が放たれ、その波動に触れた双子の体が消し飛んだのだ。


上半身を消し飛ばされた『双子』の片割れは声も無く絶命し、辛うじて残ったパーツが地面に転がった。


よく見ると消し飛んだ『双子』の体の傷口が焼かれたように青く瞬いているのが見える。


どうやら今の斬撃は、()()()のでもなければ()()()()()のでもない未知の現象による物らしい。


青い光に焼き切られたと表現するのが一番近い気がするが、一方でその光を剣だけでなく全身に纏っている操自身は熱を一切感じていなかった。


またもや自身の身に宿った未知の部分が明らかになってしまった形の操だが、今は考えない事にした。


ともかく、操を窮地に陥らせた『双子』の内の一体を倒す事が出来たのだから。


「……後はお前だけだよ」


「ロロォォォォォ…………」


最後に残った『双子』のもう片方は、自分の片割れが()()した時点で突進を止めて操から距離を取っていた。


事ここに至っても尚『双子』の戦闘に対する合理性は健在なようだ。


しかし、距離を取って攻撃を仕掛けて来ないという事は……攻撃すればやられると理解しているという事を示している。


突如劇的に強化された操に対して『双子』……今はもう双子ではなくなった『巨人』は、既に対抗手段が無くなっていると言っても良い。


操の『強化状態』が無くなれば分からないが、今の状態がまだ暫くは継続する事を操は感覚として自然と理解していた。


むざむざ強化が無くなるまで時間を掛けるつもりが操に無い以上、『巨人』は既に詰みの状態だ。


それでも尚『撤退』という現状における最も合理的な選択をしない辺り、やはりこの怪物も『花』の怪物なのだ。


「ロオァァァァッッッ!!!!」


『巨人』が雄叫びを上げながら突っ込んで来る。


形振り構わず、といった様子からは何処か投げ遣りな雰囲気も伺えた。


「……ッ…………!!」


その場に立ち、両手で『茨の剣』を構える操。


青い光は今も操の体を包み込んでいるが、それもあと僅かな間だけだと何となく理解出来る。


操にはこの力がいつでも使える類の物なのか判断出来なかったが、仮に限定的にしか使えない力だとしても、力の制御の仕方は習得しておくべきだと本能的に理解していた。


自分に向かって突進して来る『巨人』を前にして、操は冷静に自分の体の状態を確認して行く。


『双子』と『三本足』に負わされた傷はほぼ完治している。


しかし、現状の体の状態を意識してみる程、操は今の自分が青い光による一時的なドーピング状態にあると感じていた。


先程懸念した通り、今の状態が解除されてしまった場合、既に操は身動き一つ取れない状態になってしまうだろう。


……つまり、残り時間をより効率的に運用する必要があるという事だ。


操はゆっくりと剣を上段に構える。


先程『双子』の一体を斬撃と共に放たれた波動で消滅させた際、操は自分にあんな事が出来るとは思っていなかった。


当然と言えば当然だが、思ってもみない現象が突然起きた為、あの時放たれた青い光の波動は全く制御が効いていない状態だったと思われる。


実際、操が斬ろうとした『双子』だけでなく、地面まで幾らか抉れてしまっていたのだ。


つまりは攻撃に無駄が発生してしまっていたという事であり、逆に言えばより効率的に敵を倒す事も出来たという事でもある。


そこで、操は今度は意識を集中し、自分の身体と剣に流れる青い光を意識した。


(病院の地下であの怪物と戦った時にも同じような事が出来ていた気がする。 でもあの時とは違って、今度ははっきりとこの力が意識出来る。 それなら……)


操は意識を集中すると、剣に纏っている青い光をより一層強く意識する。


すると、陽炎のように揺らめいていた青い燐光が動きを変えてゆっくりと消えていった。


だが剣に纏われていた青い光が無くなったのではない。


剣身から吹き上がり、無駄に放出される事で発生していた燐光が消え、全ての青い光が剣身に吸い込まれて行った。


剣が纏う青い光が一段と強くなり、先程『双子』を倒した時と同じか、それ以上の光を放つ青い光剣と化した『茨の剣』の柄を操が握り締める。


突進して来る『巨人』を剣を上段に構えたまま待ち受け、剣の間合いに入るその瞬間を待った。


「ロロオオオォォォォォォォッッッ!!!!!!!」


最後に残った『巨人』は両手を合わせるように構えると、突進のスピードはそのままに前方、つまり操に向かって両腕を振り上げる。


「ロオァッ!!!!!」


そして、そのまま全体重を掛けて両腕を操に向かって倒れ込むように振り下ろした。


片手ずつの振り下ろしでも小型のクレーターが出来る威力の『巨人』の一撃。


それを両手で行いつつ、捨て身で飛び込みながら放つのだからその威力は凄まじいの一言だ。


仮に生身の人間が直撃を受ければ、原型を留めた姿ではいられまい。


しかし、操は臆さず『巨人』を見据えていた。


『茨の剣』の間合いに『巨人』が入る一呼吸前。


操は意図的に体の力を抜いた。


身体が一瞬弛緩し無駄な力みが失われ、『茨の剣』と操が一体となる。



そして



「………………ッッ!!!」



『巨人』が間合いに入った瞬間、操は裂帛の気合と共に剣を振り下ろした。


「セッ……リャァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!」



渾身の気合と共に放たれた光の斬撃は、振り下ろされようとしていた『巨人』の腕ごと『巨人』を縦に両断した。


硬質な外皮を持った両腕ごと真っ二つにされた『巨人』は、地面に体が倒れ込む前に声も無く絶命したのだった。


両断された『巨人』の身体は慣性に従い左右に分かたれ、『茨の剣』を振り下ろした体勢の操とすれ違うようにしながら地面に落下する。


ズシンッという重量物が地面にぶつかった事による地響きを響かせながら、『巨人』の死体が地面に転がった。


両断された死体の切り口は、本来なら斬るというよりは削ると表現した方が正しい『茨の剣』によるものとは思えない滑らかな切り口をしている。


傷口はやはり火が燻るように青い光が瞬いており、耳を澄ませてみればパリパリという何かが焼けるような音が聞こえた。


しかし、やはり青い光からは熱さを感じず、あくまでも青い光を仄かに放つのみだった。。



「…………ハァ…………ハァ…………ハァ…………」


操は肩で大きく息をしながら、両断され完全に息絶えた『巨人』を見つめていた。


何とか生き残る事が出来た。


しかし、予期せぬ新たな力の発現があっての薄氷の勝利だった。


『双子』と『三本足』に痛めつけられ、傷の再生が間に合わなくなる程に消耗してしまった上、怪物達に止めを刺される寸前だったのだから。


実際、今の操は自身の血に塗れて酷い有様だ。


腹部を『三本足』の牙に貫かれ、『双子』の剛腕の一撃をまともに喰らって壁に思い切り叩き付けられた結果、骨は砕け内臓の何か所かが損傷してしまっていた筈だ。


あの時の出血量は完全に致死量であり、普通ならそのままショック死していてもおかしくはない。


操も傷が再生するお陰で即死する事は免れたが、大量出血を伴ってしまった為に更なる窮地に追い込まれた。


『花』の怪物……そして操も含め、『血』が傷の再生などの能力の行使に重要な役割を果たしている事に、操自身が気付いていなかったからだ。


そして、気付いた時には手遅れだった。


もしもあのまま『強化状態』になる事が出来ていなかったら、操は生きていなかっただろう。


だが一方で、何故追い詰められた状態だったとはいえ突如能力が覚醒したのか操には分からなかった。


宿主である操が生命の危機に瀕した為に、操に寄生した『青い花』の生存本能がドーピングのような形で力を齎したのだろうか?


だが、操が生命の危機に陥ったと言えるのは、程度の違いは有れど今回が初めてではない。


どうして今回だけこのような現象が起きたのだろう?


操は息を整えながら思考を巡らせていたが、ふと自分の体が纏った青い光が消えかかっている事に気が付いた。


「うっ…………」


途端に、体が変調を来す。


身体中が痛み、全身から力が抜けて行く。


「……あ…………」


やがて、立っている事すらままならなくなり、操はその場へ完全に倒れ込んでしまった。


(……まず……い…………このまま……じゃ……)


視界が霞み、体の自由が利かなくなって来る。


このまま身動きが取れなくなってしまっては、倉庫街に潜む他の怪物に襲ってくれと言っているようなものだ。


何とかして意識を保たなくては、と力を振り絞って這いずる様に体を動かす。


しかし、その場から移動して身を隠すような力はもう残っていない。


何か方法は無いかと必死に思考を巡らせる操の視界に、ある物が映った。


「…………………」


それは、未だ傷口で青い光が瞬く『巨人』の死体だ。


この『巨人』や『三本足』は恐らく、『青い花』が死体を乗っ取った結果生まれた他の怪物とは違う。


異常成長した『青い花』から直接生まれた事もそうだが、『花』の怪物の弱点とも言える本体の花が存在していない。


言うなれば、青い花その物が怪物の姿に『変異』した存在だと思われる。


それ故か、『花』から直接生まれた怪物達は、死亡すると本体の『花』を破壊された怪物のように全身が枯れ、萎れてしまう。


だが、今目の前に倒れている『巨人』の死体はまだ枯れておらず、操の攻撃によって損傷した箇所からキラキラと青い光が洩れている。


その光は段々と弱くなって行っているようにも見え、このまま行けばやがて消えてしまうだろう。


「…………!!」


どくん、と操の心臓が大きく脈打つ。


死体から漏れる光を目にした途端に、操は強烈な飢餓感を覚えた。


あのホテルで目覚めて以降、一度も空腹感など感じた事も無かった。


しかし、今操の身体は耐え難い程の『渇き』を操自身に訴えているのだ。


突然の事に動揺する操。


しかし、操の視線は目の前の怪物の死体に釘付けとなり離れてくれない。


まるで本能が操に命じているようだった。


「私……は…………」


()()()()()()()()()()()()()()()()


だがそれでも、強い拒否感が先に立つ。


()()を行ってしまえば、自分は完全に人間ではなくなってしまうだろう。


(……それでも……ここで死ぬ訳には、いかない………)


操は最後の力を振り絞り地面を這いずって行く。


未だ枯れ果てていない『巨人』の死体の元へ少しずつ近付いて行く。


既に視界はぼやけて殆ど見えていない状態であり、微かに見える輪郭だけを頼りに進んで行った。


「ハッ……ハッ……ハッ………」


息が荒くなる。


指先が震える。


全身が凍える様に寒い。


それでも、操は何とか『巨人』の死体の元に辿り着いた。


死体に手を掛け、縋りつくようにして何とか身を起こす。


これ以上動ける気がしない。


実際、もう足は動かなくなっている。


上手く行かなければ…………操の命はここまでだろう。


「……ぐうっ…………ああっ……!」


体中を苛む痛みにも耐えながら、操は可能な限りの力を右腕に籠める。


腕から『茨の鞭』や蔦を生やすような事は出来ない。


しかし、指先が第二関節辺りまで植物質の装甲に覆われた。



そして、操はその指先を―――。



「…………ッッ!!」



『巨人』の死体に、青い光によって枯れず保存された状態の『血』が滴る死体に、深々と突き刺した。


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