53 独りでも
『特殊案件受諾物品リスト』
操が手にしたその書類にはそのような事が書かれている。
リストには聞いた事も無いような、恐らく実験器具や医療機器、化学薬品と思われる物の名称がズラリと並んでいた。
搬入日と搬出日、保管量や保管時の注意事項、更に搬出の際の受取人の名前等が記されたそのリストは、一見すると単なる倉庫管理側の記録書類のように見える。
しかし、実際にはこのリストに載っている物品はほとんどが通常の方法では手に入らない物、言ってしまえば違法に調達しなければ手に入らないような物ばかりだった。
特に化学薬品類は、化学薬品とは言っても実際には危険な毒薬として知られる物が多くある。
国によっては国外への持ち出しが厳しく制限されるような技術が使われている物すら含まれるこのリストは、明らかな違法物品の取引リストだった。
操はそんなリストを細かく確認して行く。
ここに探している物がある筈だからだ。
「汎用強化活性剤……『DD-4032』…………あった」
操が警察署で思い出した光景は、『ダイス倉庫管理』の事務所でこのリストを手に取り、『DD-4032』の名前をリストの中に発見した際のものだった。
その後の記憶は今の所思い出せていないが、この場所に記憶を失う前の自分が探し求めていた物があるのは間違いなさそうだ。
(……あの後、どうしてDD-4032を入手出来ていなかったのかは分からないけど、私はここに来た事があった。 ……それは間違いない)
その後どこをどう巡ってホテルの一室に閉じ籠っていたのかは不明だ。
そもそも、記憶喪失になった経緯も依然として分からないままなのだ。
かつての自分がDD-4032……『汎用強化活性剤』とやらを使って何をしようとしていたのかも気になる。
しかし、今はDD-4032という薬品が自分の記憶を取り戻す手段に繋がると信じて行動するしかないと操は考えていた。
そうでなければここまで来た意味が無いのだから。
リストには搬入された各製品が保管されている場所の詳細が記載されていた。
ほとんどは一時保管のような状態であるらしく、搬入後短い期間で搬出されているようだ。
そして、受け取り人として名前が記載されているのは、当然のようにサイディス社の人間だった。
(受け渡し予定日4月18日……受取人、機材管理課トーマス・ミルズ……)
予定としては数日前がサイディス側にDD-4032を引き渡す予定日だったようだ。
しかし、その二日前に街が『青い花』の災禍に巻き込まれてしまっている為、DD-4032は今もこの倉庫街にある筈だった。
(S社より今回の薬品類は特に厳重な保管が必要との通達有……。 事前に保管用特殊機材をS社から搬入の上保管する事……)
どうやらDD-4032を含め、このとき納入された薬品類はかなり特殊な物であるらしく、専用機材が必要なようだ。
特殊な薬品の中には温度の変化によって性質が変化してしまう薬品もある為、DD-4032もその類だと思われる。
(冷却用液体窒素及び機材本体の搬入は完了済み。 機材の扱いに関しては本件担当者がS社担当者より説明を受ける予定…………保管場所は東側セキュリティ区画内倉庫とする……か)
操には知る由もないが、この東側セキュリティ区画とはライナが警察署で見つけた供述調書の中で、アレンが侵入を試みていた場所だった。
その事実を操は知らないが、どちらにせよ操にはどうあってもそこに向かう理由がある。
だが、そこで待ち受ける者の存在を、この時の操は想像もしていなかったのだった。
事務所を出た操はリストにあった東側セキュリティ区画へ向かった。
倉庫街は似たような倉庫が整然と立ち並んでいる為、自分が今どの辺りに居るのか分かり難い。
しかし、倉庫のゲートに記載された識別用の記号と数字を見る事である程度場所を把握する事が出来た。
だが、ここでもやはり『青い花』はその猛威を振るっていた。
(……妨害のつもり?)
これまでにも街中で異常な程に繁殖している『青い花』が地面や壁、果ては天井まで枝葉や蔓、或いは蔦を伸ばして無秩序に広がっている光景を目にして来た。
だが、操が今目にしているのは、『繁殖』と言うのも憚られるような有様だった。
一言で言うならば………『森』または『ジャングル』だろうか。
街の中心部、グリーンフォレストのシンボルになっている時計塔を文字通り飲み込んでしまっている巨大花。
流石にアレよりは小さいが……それでも高さが5、6メートルはある花が、倉庫の間の細い通路や車両が通行するメインストリートにまで根を広げているのだ。
既に植物ではあっても断じて『花』ではない存在となっているそれらが、通路は勿論倉庫内にまで広がり操の行く手を塞いでいた。
もはや『樹木』と言った方が良さそうな『花』の姿は、聖メアリー記念病院で目にした異常繁殖した『青い花』に似ているように感じられる。
操が考えたようにこれが『花』の妨害だとするなら、病院で見たあの光景も妨害の一環だったのかもしれない。
『茨の鞭』を使えば塞がった道を避けて進めるかもしれないが、屋根の上にも花の一部が侵食しているように見える。
そう考えると足場の不安定な倉庫の屋根の上には登るべきではない。
屋根に上がった途端に怪物の襲撃を受ける気がするからだ。
操は若干遠回りにはなってしまうが、倉庫と倉庫の間にある細い道を通りつつ、別の倉庫の内部を経由して目的地に向かう事にした。
そのルートでも怪物の待ち伏せがあるだろうが、屋根を伝って行くよりはマシだろう。
倉庫街に来て以降怪物の襲撃は数える程だが、操の『感覚』はこの場所に何か異質な存在がいる事を感じ取っていた。
思い付きで行動するのは危険だと、操自身が無意識に判断したのは当然だったかもしれない。
倉庫同士の間の細い通路は、先程通った道と似たような造りだった。
廃棄物用のコンテナが置かれているのも同じだが、先程と違って壁や地面が『花』に浸食されてデコボコしている。
足場が不安定という意味ではこちらも屋根の上も同じかもしれないが、少なくとも通路に怪物の姿は無い。
通路は反対側まで抜ける事が出来るようだが、その先はやはり異常成長した『花』に浸食されており、四方を花の『幹』に囲まれた袋小路となってしまっていた。
(………こっちからは行けない。 それなら……)
操は通路の途中にあったコンテナの上方に視線を向ける。
そこには倉庫に設置された大型の換気扇が設置されており、低い音を立てながらファンが回転していた。
操はおもむろに『茨の鞭』を換気口に伸ばすと、壁に嵌め込まれた換気扇のフレームの四隅にそれぞれ蔦を這わせる。
そして、四隅の部分に鞭の先端を突き刺すとそのまま力を込めた。
メキメキという音を立てて換気扇が歪み、ひしゃげて行く。
ある程度鞭で「掴んだ」状態になった所で、操は鞭を力一杯引っ張った。
バキンッ!!
大きな音を立て、細かい壁材や金属片を撒き散らして壁からもぎ取られた換気扇は、そのまますぐ下にある廃棄物用のコンテナの中に落下した。
換気扇が取り除かれた壁には当然ながら大きな穴が空いている。
操はコンテナの縁によじ登ると、その穴に手を伸ばす。
(……何とか……届きそう)
人一人くらいなら余裕で通れる大きさの穴に手を伸ばし、再びよじ登る。
身を屈めて穴を潜り抜けながら倉庫内を確認すると、内部は明かりの類は何も点いていなかった。
誰もいない筈なので当たり前だが、このまま内部を進むのは流石に危険だ。
操は穴の縁に身を屈めて乗り、見える範囲に何か使える物は無いかと見回した。
すると、穴の右手に倉庫の制御盤がある事に気が付いた。
ランプが点灯している事から電源は入っているようだ。
操は注意深く周囲の気配を探りながら静かに床に飛び降りた。
今の所近くに怪物はいないようだが、倉庫内に漂う淀んだ空気が奇妙な雰囲気を醸し出している。
素早く制御盤に駆け寄った操は制御盤のスイッチを全てONにした。
途端に周囲が明るくなる。
「…………酷いね」
思わず操はそう呟いた。
倉庫に入る前から、周囲を浸食している『花』の一部が倉庫内にも入り込んでいる事は分かってはいた。
しかし、倉庫内は予想以上に『花』に浸食され、保管されている物が納められた棚を花の一部が薙ぎ倒してしまっている。
更に倒れた棚や棚の中身を花の根らしき物が飲み込んでしまっており、ここが倉庫だと言われなければ、それこそジャングルか何かかと思っただろう。
壁も床も天井も蔦や蔓が伸び、その先で無数の青い花が花開き、ヒラヒラと花びらが舞い散る光景は幻想的ではあったが、無節操に咲き乱れる青い花々の姿は、何処か歪にも見えた。
倒壊した棚を避けつつ倉庫の奥、先程見た肥大化した花の壁の向こう側に面した場所に向かう。
ここに来るまでに確認したが、倉庫には正面以外にも裏口のような小さな出入り口が付いていた。
その為、正面のゲート側から見て奥側に行けば、花の壁を越えて反対側の通路へ抜けられる可能性がある。
尤も、裏口も塞がっていたとしても壁を破壊するなりすれば通り抜けられるとは思うが。
ジャングルのように『花』が生い茂る倉庫内を操は進んで行く。
倉庫内にある物品の保管用の棚は高さが4m以上はある大きな物だ。
その為、棚の向こう側は通常の状態でも見え難いと思われるが、『花』に浸食された現状では更に見通しが悪くなっている。
天井から電灯で照らされていても、光が届き難く薄暗い場所があるので、そうした場所を通る際は操も慎重に歩みを進めた。
大型の4つの棚が3列に並んでいたであろう倉庫内は、西側の壁の中程から花の一部が侵食して来ており、特に床に広がった根らしき物が大きく広がっている。
その根が真ん中の列の西側2つの棚を倒壊させてしまい、倒れた棚や棚に保管されていたサイズの大きな機器類が棚から落下し、本来なら通る事が出来る棚の間の通路を塞いでしまっていた。
その為、操は明かりの制御盤があった正面ゲート側から大きく東側に迂回する形で裏口へ向かっている。
周囲には怪物の姿も気配も無いが、何となく『花』から距離を取った方が良い気がした為、にとっては丁度良いとも言えた。
だが、通路を進む操の視界に裏口と思われる扉が映った時、それは起こった。
「…………!?」
突然、倉庫内に『気配』が出現する。
今の今まで全く怪物の気配を感じなかったというのに、突然湧き出るように操の感知範囲内に気配が出現したのだ。
水路での『根腐れ』の時とも違い、そこにあるのに具体的な位置が不明なのではなく、何も無かった筈の場所に、突如気配だけが出現したような感覚だ。
操は慌てて周囲を見渡すが、視界には特に変化が無い。
だが……その『音』だけは操の耳にしっかりと届いた。
メキ……メキ…………ミシッ……
何かが軋む音が微かに聞こえる。
そして同時に、淀んでいた倉庫内の空気が振動するかのような感覚。
倉庫その物が揺れているのだ。
(地震……?)
操は一瞬そう考えた。
だが次の瞬間、その考えは消え去った。
ベキベキベキッ!!
微かに聞こえる、などと言う生易しい物ではない、生木を裂くような音が倉庫内に響き渡る。
音の出所は操のすぐ真上からだった。
「!?」
操が音に反応して顔を上げるその僅かな間に、それは操に対して腕を振り下ろした。
咄嗟に身体を倒すようにして横に跳び、辛うじてそれの腕を躱す操。
しかし。
「がっ!?」
強烈な衝撃が操の全身を襲う。
回避した方の腕とは別の腕が、横に飛んでいた操の体を捉えたのだ。
防御もままならない体勢で思い切り殴り付けられた操は、体をくの字に折り曲げたような体勢で勢いよく弾き飛ばされた。
そして倉庫の裏口方向まで飛ばされ、そのまま裏口の扉を突き破り地面にゴロゴロと転がる。
「が…………ハッ……ぁ……!」
操は全身を打ち抜いた凄まじい衝撃により息が出来ず、混乱する頭も相まってすぐには動けなかった。
しかし、自分が何者かの攻撃を受けたという事を遅まきながらに認識すると、地面に手を付き、吐血しながら立ち上がった。
いくら自己再生能力を持っていると言っても、流石に瞬く間に治るというわけではない。
操はふらつく足に力を込めると、自分が殴り飛ばされた倉庫の奥を睨み付けた。
操の体によって突き破られた裏口は、扉が吹き飛び壁の形も変わってしまっている。
しかしそれ故に倉庫内の様子はよく見えた。
「ロロロロロロロロォォォォォ…………」
今迄遭遇して来た怪物の中でも特に奇妙な唸り声を上げ、人間サイズの裏口をメキメキと音を立てながらそれが無理やり押し広げて行く。
そして、裏口だった物がただの大穴サイズにまで拡張された所で「それ」は屈んだような体勢から上体を持ち上げた。
一言で言うなら『巨人』だ。
一見するとシルエットは人型の物だったが、明らかに身長が異常だった。
どう見ても3mを優に超えるその姿は、下手に人型をしているせいで逆に異様に見える。
しかし一方で、『人型』とは言ったものの体つきはかなり細く、祖の姿は木の枝を連想させる程の細さだ。
その異様に細長い姿は、木の枝に擬態する昆虫であるナナフシを思い起こさせる。
身体と同じく細長い頭部には目や耳、鼻といった器官のような物は見当たらず、辛うじて口らしき洞の様な物があるのみで、そこからヘビの舌を思わせるような極細の蔦らしき物がチョロチョロと伸びて蠢いていた。
だが、何といっても特徴的なのはその巨大な両腕だ。
指すらないその巨大な腕は、いっそ棍棒と言った方が納得出来るような木の瘤の集合体のような見た目をしている。
『爆弾ガエル』のような多肉植物に近い見た目のようにも思えたが、よく見ると質感が異なっており、木の幹のような硬い植物質の表皮に覆われているらしい。
腕を下に下ろした状態で既に地面に腕の先が触れており、歩行の際は両手をついた前傾姿勢で歩くらしい。
先程倉庫から出て来た際の動きからして素早く動くタイプの怪物ではないのだろう。
だが、その力だけは侮るべきでない事は確かだ。
先程、身をもってその力を体験した操にとっては、一切油断の出来る相手ではなかった。
既に操の身体は損傷ヶ所を修復し終えている。
先程の攻撃を受けてしまう直前、操は自分の体に『籠手』と同じ要領で装甲を纏ってダメージの軽減を試みていた。
にも拘らず、操はすぐに立ち上がれない程のダメージを受けてしまっている為、目の前の『巨人』の力の程が分かる。
傷が再生して行く感覚から恐らく……肋骨が折れていた筈だ。
『籠手』と同様の装甲を身に纏ってなおそれ程のダメージを受けるというのはあまりに危険だ。
間違いなくこれまで遭遇した怪物の中で一番の怪力の持ち主だろう。
生身の人間がこの怪物の攻撃を受ければ、文字通りひき肉になってしまう。
だが、そんな怪物を前にしても今の操は揺るがなかった。
口に残っていた血を唾液と共に吐き出すと、『茨の剣』を展開して両手で構え、『巨人』を睨み付ける。
「邪魔を……するなっ!!」
そして、息を吐き出すと共に咆哮すると、自らに差し向けられた『刺客』へと臆さず立ち向かって言った。
「ロォォォォォォッッッ!!!」
甲高く、くぐもったような声を発しながら『巨人』が左腕を振り下ろす。
自分に向かって来る操の動きに合わせ、カウンター気味に繰り出されたその攻撃はそのまま行けば操に直撃するコースを取っていた。
しかし、操もこの怪物がそうした攻撃を繰り出して来る事を予測していた。
「……ッ!!」
操は『巨人』の手前辺りで動きに急制動を掛けつつ、地面を蹴って思い切り横に跳ぶ。
急に前進を止め、ほぼ直角に曲がった操の動きに『巨人』は対応し切れず、そのまま床に腕を叩き付ける。
ドゴンッ!!という轟音が響き渡り、地面に亀裂が入った。
大きくへこんだ地面はクレーターが出来たかのようであり、周囲には割れた石材がパラパラと飛び散っている。
「はぁっ!!」
攻撃を躱した操はそのまま間髪入れずに『巨人』に斬りかかった。
『巨人』は左腕を振り下ろした体勢である為隙だらけだ。
操は相手の右手側から『巨人』の頭部を狙って剣を斬り下ろした。
しかし。
「ロロォォォッッッ!!!」
「!!」
操の一撃は突如体勢を変えた『巨人』の丸太のような右腕に防がれた。
予想に反して素早い動きで操の攻撃に反応して見せた『巨人』は、人間には不可能な動きで右腕を盾にしたのだ。
『巨人』の腕は硬い表皮に覆われた瘤状の物体の集合体である為、操の『茨の剣』による攻撃ですら表面を僅かに傷付けるに留まっている。
更に『巨人』は操の攻撃を防いだ動きのまま、操の体を押し返した。
「くっ!!」
「ロォォォォッッッ!!!」
力任せに振るわれた腕により再び弾き飛ばされ、操の体が宙に浮く。
今度はダメージこそ無いものの、空中に跳ね飛ばされる形となった操は受け身を取る事も出来ずに無防備な状態となっている。
そこへ『巨人』の繰り出した、左腕による横薙ぎの一撃が、再び操を襲った。
……が、操はそれも想定していた。
「……!」
操は身体が宙に浮いた段階で、自らの背中から地面に向けて蔦の先端伸ばしていた。
コンクリートすら貫通する威力の蔦による刺突は地面の石材を容易く貫く事が出来る。
操はそんな蔦の先端を鉤爪のように変化させると、コンクリートの地面に爪で噛み付く様にして蔦を固定した。
要するにそれは、蔦で作ったアンカーのような物だ。
そのまま自分の体を蔦のアンカーで引っ張り、空中で身動きが取れなかった筈の操は不自然な軌道で空中を滑ると、地面近くまで高速で移動してのけた。
ぶぉんっ!!という重い風切り音が聞こえたと同時に、『巨人』が振るった左腕が操の上を通過して行く。
相手の攻撃を躱した操は、そのまま背中から生やしたアンカーを屈伸させるように動かすと、地面に寝ころんだような体勢だった体を一気に跳ね上げさせた。
「……ふッ!!」
身体を跳ね上げた反動を利用して、操は『巨人』に対して突きを放つ。
不自然に細い体の巨人は点での攻撃が狙い難いが、その分耐久力が無いのではと考えた操は頭部を狙った必殺の一撃を放ったのだ。
しかし、またしても『巨人』は振り抜いた左腕を引き戻すと、操の攻撃を防いでしまった。
「!!」
「ロォアァッッッ!!!」
『巨人』はそのまま再度操を弾き飛ばそうとするが、操もそう何度も同じ手は食わない。
自分を押し返そうとする『巨人』の丸太のような腕を蹴り、『巨人』との距離を取ったのだ。
弾き飛ばされた時よりも勢いよく空中を跳んで『巨人』から離れた操は、地面に着地すると即座に身構えた。
「ロロロロロォォォォォォァァァァァッッッッッ!!!!」
すると、操の視界には大股でこちらに突進して来る『巨人』の姿が映る。
攻撃の激しさやこちらの隙を付くような行動から予想はしていたが、追撃の手を緩める気は無いらしい。
『巨人』は突進しながら右腕を掬い上げるようにしながら振り上げて来た。
不格好ではあるがアッパーカットのような体勢だ。
だが、地面を擦るようにして放たれようとしているその攻撃がそれだけで済むとは思えない。
「ロォアァッッ!!」
叫び声と共に『巨人』の腕が振り上げられる。
そして、腕が振り上げられるのと同時に砕けた地面の石材の礫が飛び散った。
操は『巨人』の腕を更に後方へ飛び退いて回避すると同時に、背中から生やした蔦を鞭の様に振るって飛び散る礫を叩き落として行く。
更に、左腕から生じさせた束ねていない状態の4本の『茨の鞭』を、続け様に追撃して来ようとする『巨人』に向かって放つ。
一本に束ねていない為威力は落ちるものの、攻撃範囲が広い『茨の鞭』を嫌がった『巨人』は、両腕を振るってそれを防御しつつ後退した。
移動のスピード自体は遅いものの、その巨大な両腕と長い足を用いて移動をする為、一歩毎の移動距離が長いようで一気に距離が離れる。
操の牽制攻撃を見て後退を選んで仕切り直すという事は、ある程度考えた行動もしているらしい。
やはり、今までの怪物達とは違って、闇雲に突っ込んで来るだけではない辺りに知性を感じる。
操は以前、聖メアリー記念病院で戦ったクロフォード医師の遺体が変異した怪物を思い出していた。
アレもまた他の怪物と違い、騙し討ちを仕掛けるなどの知性があるような行動を取っていたからだ。
しかしこの『巨人』はあの怪物とは『タイプ』が全く異なっている。
操は『巨人』から注意を逸らさずに周囲に視線を向けた。
『巨人』の攻撃は一撃一撃がまともに喰らえば即死級のダメージとなる、自らの怪力を用いたものだ。
そしてそれは『巨人』の巨躯から繰り出されるという関係で、リーチが長いという面も厄介だった。
リーチが長ければ、当然それだけ攻撃範囲も広いという事になるからだ。
つまり、『巨人』が腕を振り回す度に周囲への被害も増える。
この怪物は周辺の状況、それこそ周囲を浸食している『同族』たる『花』に対してすら一切配慮せずにその暴力的な力を振るっている。
その結果、周囲の建物は勿論『花』すら巻き込み粉砕しながら操に攻撃を行っているのだ。
既にまわりの倉庫の壁や廃棄物用のコンテナ、『花』が形成した壁や根などが叩き潰され大穴が空いてしまっている場所も見られる。
操も今更周囲に配慮しようとは思わないが、このままだと周りの倉庫が倒壊する恐れがあった。
それ故、あまり戦闘を長引かせるのは得策ではないと考えられる。
だが、この怪物は知性が高いのと同時に戦闘技術が優れているらしく、操の攻撃に対して的確に防御行動を取った上、操の体勢を意図的に崩して回避不能なタイミングを狙って攻撃を加えて来ている。
更には操が攻撃を回避した後も追撃の手を緩めず、反撃を封じつつ攻勢に出続けた。
そして操が体勢を整え『茨の鞭』による牽制攻撃を行ったのを確認すると、仕切り直そうとするかのように距離を取ったのだ。
既に戦闘に関しては人間と遜色ない戦術を思い描いて実行しているように見える。
ただの死体擬きだった今までの怪物とは明らかに違う。
そして、操は同時にこの怪物が現れた状況に『悪意』を感じ取っていた。
戦闘中にちらりと見えた、操が通って来た倉庫内。
気配も無く突如現れたこの『巨人』に攻撃を受けたその場所の「頭上」の様子が視界に映った。
倉庫の西側から侵食して来ていた『花』は主に床に広がる形で倉庫内で繁殖していた。
しかし、あくまで「主に」であってその他の場所、例えば壁などにも『花』の蔦や葉は広がっていた。
そして、床ほどではなかったが、天井にも太い蔦、あるいは根のような物が伸びており、丁度操が通り抜けようとした倉庫の通路上を通って反対側の壁まで到達していたのだ。
その蔦あるいは根の一部に大きく開いた……いや、破れたような跡があった。
そこは丁度操が『巨人』の攻撃を受けた場所の真上であり、操が何かが軋むような音を聞いた場所だった。
状況から見てこの『巨人』はあそこから産み落とされたのだ。
操があの場所を通りかかったタイミングで、偶然頭上から産まれた?
ここまで来れば、そんな事はあり得ないと理解出来る。
『花』は操をこの場所へ近付けさせたくなかったのだ。
消えない頭痛、不調を来す体。
倉庫街へ近付く程に増す衝動は、今も尚操を苦しめている。
そして、操はその衝動を振り切ってここまでやって来てしまった。
ならば『花』は……人間のように考え、罠を張り、無数の僕とも言える怪物を指揮する、高い知能を持っている可能性がある未知の生命体は、一体どうするだろうか?
どの様に……『敵』を排除しようとするだろうか?
その答えが、今操を襲っているこれまでの相手とは一線を画した知性を持った怪物だった。
この『巨人』は明確に操を抹殺すべく『青い花』が差し向けた刺客なのだ。
今まで操は『青い花』に危険に晒され、また『青い花』によって助けられて生き延びて来た。
しかし、この場所へ近づくにつれて、今まで自分を助けてくれていた『青い花』すら自分に危害を加え出している。
そうなると、今まで自分の力になってくれる味方だった筈の青い花も、ただ単に自分の体に寄生し自分を操る異物であった可能性が再燃するのだ。
ならば、操にはもう味方と呼べる者は居ない。
人間の味方は自分から突き放してしまった。
人間以外の味方など、最初から存在しなかった。
本当の意味で独りとなってしまった操に残ったのは、自分に向けられる異形の存在からの悪意だけだ。
「……ッッ……!!」
しかしそれでも、操は歯を食いしばって自らを奮い立てる。
どれも最初から分かっていた事だ。
自分は目の前の怪物と同じ、異形の花に取り憑かれた異形の存在。
本当の意味での味方など居なかったのだ。
ならば、独りでも戦い抜いてやる。
失われた自分自身の真実を知るにはそうする以外にないのだから。
「ロロロォォォ…………」
唸り声を上げて再度攻撃を仕掛けるタイミングを計る『巨人』を前に、操は大きく息を吸い込み吐き出した。
そして、目の前の敵を倒す事以外の考えを頭から無理やり追い出すと、悲壮な決意を込めた鋭い視線を怪物に向けるのだった。




