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52 独りで


「……此処だ……」


頭が割れんばかりの頭痛に苛まれながら、操は街の南にある倉庫街にやって来ていた。


目の前には倉庫街の敷地に入る為のゲートがあり、その横の看板には『ダイス倉庫管理株式会社』と表示がされている。


敷地の周囲はゲート以外からの侵入者を拒むようなフェンスと有刺鉄線で囲まれており、フェンス上には監視カメラが設置されている場所もある。


一見して真っ当に倉庫会社として運営されているようではあるが、やけに警備が厳重な事に違和感を覚えた。


ゲートも何処かの軍事基地を思わせるような大きく重厚な物だ。


そのすぐ近くには、倉庫から何かを搬入する途中だったのだろうか? ヘッドライトが付いたままのトラックが中途半端な位置で停車している。


当然車内に人影は無く、荷台に乗った荷物が一部崩れて道路に散乱していた。


ゲートの手前には警備員の詰め所があり、そこで入場者のチェックをしていたらしく、詰所内にゲートの開閉を制御する制御盤や監視カメラのモニターなどがあるのが見える。


だが、倉庫内に侵入しようとしている操にとっては間の悪い事に、それら制御盤は壊れてしまっていた。


何かが強くぶつかったような跡と、恐らく人間のものと思われる血がベッタリと付着しており、ここで何があったかは何となく察する事が出来る。


割れた窓から手を突っ込み、制御盤にあるゲートの開閉スイッチと思われるボタンを押してみるが案の定ゲートは反応しなかった。


「…………」


操は大きく息を吐き出すとフラフラと歩き出した。


こういった機械制御の大型ゲートの場合、恐らく警備員用の通用口のような物がある筈だ。


そこからなら内部に侵入出来るかもしれないと考えた操は、激しい頭痛に耐えながら通用口を探すべく詰所から離れる。


しかその時、すぐ近くに停車していたトラックの下から呻き声と共に蠢く何者かが這い出して来た。



「イ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァ……」


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ……」


「ウ゛ェ゛エ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァ……」



トラックの下から這い出て来たのは木人1体と花人2体だ。


木人の方は今までと同じ様に全身が植物の蔓に覆われてしまっている為判別は付かないが、花人の方はどこかの作業員のような恰好をしていた。


状況から察するに、このトラックの運転手だろうか?


「ウ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!」


「は゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!」


両目が飛び出してぶら下がり、眼球の代わりに両目から花が生えた作業員の花人と、口元以外の上半身の殆どが植物の蔦に覆われた花人が、叫び声を上げながら操に襲い掛かって来た。


操が何か行動を起こす前に仕留めようとしているかのような速攻の攻撃だ。


しかし、2体同時に操に掴み掛かろうとした花人は、その手前で真っ二つに引き裂かれた。


「……………」


いつの間にか2体の花人とすれ違った位置に『茨の剣』を振り抜いた体勢で立っていた操は、剣に付いた血糊を振り払った。


その表情は普段の操からは考えられない程に無表情であり、同時に鬼気迫る雰囲気を漂わせている。


「イ゛イ゛イ゛イ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!!」


そんな操に残った木人が枝槍の腕を振り上げて襲い掛かる。


2体の花人が襲い掛かっている間に死角に回り込み、奇襲を仕掛けようとしたのだ。


だが。



「……邪魔しないで」


「ギュェゲッッ!!?」


奇妙な声と共に木人の頭部から胴体に掛けて巨大な『鉤爪』が突き刺さった。


襲い掛かって来た木人の方を見もせずに操が展開した左手の爪が、木人の体を刺し貫いたのだ。


右手に『茨の剣』を握ったまま木人の方へゆっくりと向き直った操は、『鉤爪』に貫かれた木人を何の感情も宿っていないかのような瞳で見つめる。


痙攣する木人を視界に捉えながら、操は『茨の剣』を持ち上げると……。



片手一本で剣を振り抜き、木人の体を両断した。


「……………………」


上半身と下半身を泣き別れにされた木人からは夥しい量の血が飛び散り、操の顔や体にも血飛沫が付着する。


しかし、操は一切気に留めず、爪に刺さったままになっていた木人の上半身を無造作に放り捨てた。


死体から血が飛び散り、辺りに濃い血の臭いが漂う。


「…………」


それでも操は表情を変えず、右手に持った『茨の剣』を引き摺るようにフラフラと覚束ない足取りで歩き出した。


やがて、詰め所裏手辺りにやって来た所で、通用口らしき扉を発見する。


操は扉に近付くと施錠されているかどうかを確認しようともせず、躊躇いなく形状を変化させたままの左手の爪を扉に突き刺した。


耳をつんざく様な金属音が響き渡り、扉を『鉤爪』が貫く。


操はそのまま腕に力を籠めると、扉を力ずくで押し開けてしまった。


バキッ!という扉が壁面からもぎ取られる音が響き、次いで放り投げられた扉が地面に落下する音が盛大に響く。


操は左腕の形状を元に戻し、血濡れの『茨の剣』を右手に下げたまま倉庫街の敷地に足を踏み入れると、熱に浮かされたように呟いた。


「……ここに………ある筈……」


心なしか頭の痛みが更に増したように感じる。


この場所に来なければいけなかった。


この場所に来てはならなかった。


操を苛む頭痛、その正体である相反する思考がせめぎ合う中で、操は自分がすべき事を辛うじて認識していた。




「………探さなきゃ………」




いつか見た夢の中で、自分の頭に直接話し掛ける様に響いた声。


その声と同じ言葉を呟きながら、操は倉庫街の奥へと足を進めて行った。




誰にも告げる事無く警察署を去った操は、自分を呼ぶ声が導くままに街中を駆けて行った。


当然、一人街を行く彼女を怪物達は徒党を組んで襲撃して来たが、襲い掛かった端から斬り捨てられ、引き裂かれ、叩き潰されていった。


無感情に剣を振るい、無慈悲に爪を叩き付ける操の姿は普段の彼女からは想像も出来ないものだっただろう。


そうして走り続けた操が辿り着いたのが、この『ダイス倉庫管理』の所有地にある倉庫街だ。


この場に辿り着くまでに相当な数の怪物に襲われたが、その全てを一顧だにせず屠った操。


これまでは倒した怪物の本体である『青い花』を処理してしっかりと止めを刺して来たが、警察署からここに来るまでに遭遇した怪物達は唯々殺すのみだった。


一分一秒でも惜しいと言わんばかりに目的地に向かった為か、その戦闘能力は今までの操と比べて格段に高まっているようだ。


だがそれは、銃を使って戦う等の()()()()()をする余裕が無いという事の表れとも言えるかもしれない。


実際、操の現在の体調は精神面も含めて最悪だった。


警察署の仮眠室で悪夢から目覚めた直後から猛烈な頭痛と吐き気に襲われており、それは今も続いている。


『この場所に行かなくてはならない』という衝動と『この場所に行ってはならない』という衝動が操を責め苛んでいるのだ。


この場所に近付けば近付くほど体の異常が増して行き、近付けば近付くほど強い焦燥感に襲われる。


早く、早く、早く、と何故かもわからない焦りが自分の中で大きくなっていく。


正反対の思考が脳内に渦巻く中、それでも操はこの場所に持てる力の全てを使って駆け付けて来たのだ。


自分の中の何かがここへ来る事を拒絶しているのを自覚しながら、その衝動を無理やり押さえ付け、その結果体中に痛みすら感じ始めていたが、歯を食いしばって耐えている。


そうまでして操が一人で倉庫街へやって来たのは、自分が最初に聞いた『声』が求めていたのがこの場所に来る事だったのだと気付いたからだった。


夢の中で聞こえた声の言っていた『DD-4032』………それが『何』なのか、そして何処にあるのか()()()()()のだ。


にも拘らず、操の体は操の行動に拒絶反応に等しい反応を見せている。


操にとって、それは大いに違和感のある事だったのだ。


これまで操が危機に陥った際には『青い花』の力の加護故か、体が自然とどのように動けば良いのか理解しており、その通りに体が動く事で危機を脱して来た。


しかし、今操の体に起きているのはそれと真逆の現象だ。


現われた怪物達を情け容赦なく、そして危なげなく葬った操だが、今の操の体は普段のように危機に際して最適な動きを取ろうとはしない。


それどころか、操が倉庫街に近付こうとする度に操の動きを阻害しようとさえしているのだ。


全身を苛む痛みはその現象に操が力づくで抗っているせいであり、現状の操は『花』の補助といえるものが無い状態、つまりは完全に操自身の意思と力で戦っていた。


今まで自分の命を救ってくれた力が突然自分に牙を剥いたに等しい状況。


しかし、それが却って操が自分の取るべき行動を確信させていた。


――――『青い花』は、操に『DD-4032』と呼ばれる何かを手に入れて欲しくないのだ。



痛む体に鞭打ち操は倉庫街の奥へと足を進める。


ダイス倉庫管理の敷地内は『倉庫街』とあだ名されるだけあって、大型倉庫がずらりと並んでいる。


それぞれの倉庫の閉鎖された大きな搬入・搬出用の扉には識別用のアルファベットと数字が記されており、すぐ横には通用口と思われる扉もあった。


周囲は既に日が落ちている事もあって暗闇が満ちているが、倉庫の通用口や搬入口を照らす蛍光灯が各倉庫に設置されいる為、倉庫自体の正面を通る道路はそれなりに明るい。


しかし、操が足を向けた倉庫同士の間にある歩行者用の細い通路にはそういった物が設置されていない為、通路の先は薄暗く視界が悪かった。


搬入口の扉に書かれた識別番号以外は同じ見た目の倉庫が、碁盤目状の形で並んだ倉庫街を最短ルートで移動しようとすれば、そうした視界が悪い通路も通らなくてはならないが………当然、その様な場所には危険が潜んでいる。



「ミ゛イ゛ィィィィィィィィ……」


「シュルシュルシュゥゥゥ…………」


薄暗い通路を進む操の前に現れたのは、警察署周辺で遭遇した三本足の蔦の怪物だ。


怪物達は上半身から生えた触手のような蔦をウネウネと揺らしながら、通路に置かれていたゴミ処理用と思われるコンテナの陰から姿を現した。


相変わらず三本足と触手以外は体の中心にある口しか無い奇妙な姿をしているが、その口はモゴモゴと蠢き、閉じたり開いたりしている。


流石に操にも怪物達が何を考えているか等は分からないが、何となく獲物を見つけた愉悦に顔が歪んでいるような印象を受けた。


「ミ゛イ゛イ゛ャ゛ァァァァァッッッッ!!!!」


そうこうしている内に2体の「三本足」の片割れが動いた。


涎を撒き散らし、触手を振り乱しながら操に向かって突進して来たのだ。


この怪物の特徴としては、何といっても触手による中距離攻撃が厄介な点が挙げられる。


長い触手を伸縮させ、営利な先端を突き刺すべく相手に伸ばすのだ。


警察署に辿り着くより前、マシュー・エイムズ巡査がこの怪物に襲われている現場に遭遇した際には、エイムズ巡査の体をいとも簡単に貫いていた。


それだけ殺傷能力が高く、また離れた場所から攻撃出来るという能力は、この怪物と戦う際に最も警戒しなければいけない事だ。


だが、そんな強力な攻撃手段を持っているにも関わらず、目の前に怪物は操に突進して近付くという行動を取った。


どうやら、この怪物……少なくともこの個体はそれ程知能が高くないらしい。


もう一体の怪物も、特に連携して攻撃しようとする素振りは見せず、ノソノソと歩きながら操に接近して来ていた。


ある意味でどのような行動を取るか予想が出来ない、という懸念があるという事でもあるが、操は今の内に目の前に突進して迫って来ている怪物をさっさと処理する事にした。


操は左腕に『爪』を展開し、自分の方から怪物に突撃した。


触手を振り回しながら突進して来る「三本足」は、そのまま正面から操と衝突する位置にいる。


しかしそれは、怪物本体と衝突する前に、怪物が振り回す触手が操に襲い掛かるという事を意味していた。


だが、操もそんな事は百も承知であり、そもそもこの怪物は単純に振り回しているだけの触手であっても侮るべきではない。


太さが数センチある触手……あるいは蔦や蔓。


それを文字通り手足のように操り、刺突すれば人体を貫く事すら出来るうえ、少なくとも数本集まれば成人男性を持ち上げて運ぶ事すら出来るのはエイムズ巡査の件で確認済みだ。


そんなパワーを持っている触手なら、ただ振り回すだけでも相応の凶器となる。


だからこそ操は、盾としても使える『鉤爪』を展開した左腕を掲げるようにすると、敢えて振り回される触手に左腕を叩きつけた。


「ミ゛ッ!?」


バシッ!という音と共に操の左腕にジグザグの傷跡が刻み込まれた。


怪物の振り回した触手の内の何本かが、肥大化した操の腕に直撃したのだ。


とはいえ、分厚い植物質の装甲に覆われた『籠手』の重装甲強化型と言える『鉤爪』は、表面に傷が付いていても操自身に大したダメージは無い。


そして一方、触手を装甲で弾かれた形となった怪物は、若干バランスを崩してよろめいてしまう。


今の操が、そんな隙を逃す筈も無かった。


「……フッ!!」


気合と共に吐き出された呼気に合わせ、操は右手の『茨の剣』を逆袈裟に切り上げる。


強化された操の筋力によって放たれる茨の斬撃は、怪物の体を真っ二つに引き裂いた。


声も無く絶命した三本足の怪物は、血飛沫を巻き上げながら上半身と下半身に分かれて地面に落下する。


しかし次の瞬間、そんな怪物の血飛沫を目晦ましにするようにして、もう一体の怪物の触手が操に襲い掛かった。


「……ッッ!!」


「ミ゛ィィィィッッッ!!!」


狙いすましたかのような触手一本だけの一撃は、振り回される怪物の触手を防いだ体勢だった操の肩を貫く。


即座にもう一体の怪物は触手に力を籠め、自分の方へ操を引き寄せようとした。


しかし。


「ミ゛ィッ!?」


「………!!」


操は肩から触手を抜こうとせず、寧ろ触手を左手で掴んで自分の体の方へ引き寄せた。


必然的に怪物の触手を操と怪物の間で引っ張り合う形になるが……力が拮抗したのは一瞬だけだった。


「ハァッ!!」


「ギッ!?」


『三本足』は『青い花』の怪物の例に漏れず、通常では考えられない怪力を有している。


細い触手で人一人を持ち上げられる事等からも、そうした事は簡単に推測する事が出来る。


しかし現状の操の力、特に膂力に関しては、そんな怪物達と比べても異様な程に高まっていた。


操が掴んだ触手に力を込め思い切り引っ張ると、怪物の身体は呆気なく宙を舞う。


そうして自分の元へ引き寄せられた怪物に、操は容赦なく上段から『茨の剣』を振り下ろした。


「……!!??」


肉が削られる独特な音と共に怪物の身体が左右に割れる。


先程の怪物と同じ様に血飛沫を巻き上げ、もう一体の『三本足』は地面に落下するとそのまま動かなくなった。



「…………っ」


操は無造作に肩に突き刺さった触手を引き抜く。


先端が硬化した植物の触手は肩を完全に貫通しており、本来ならかなり深い傷の筈だ。


乱暴に引き抜いた事で血が噴き出し、操は少し顔を歪めるが数秒後には傷口が急速に再生を始めた。


しゅうしゅうという音を立てて塞がって行く傷を操は無感情な瞳で見つめる。


やがて、完全に傷口が塞がると、傷から流れ出した血で汚れた手を拭い、操は再び倉庫街の奥へと足を進めて行った。



倉庫街はそこそこ明かりがあるが不気味な程静かだった。


元々人があまりいなかったのか、敷地自体は広いが怪物と遭遇する頻度はあまり高くなかった。


遭遇したとしても、『花人』や『木人』といった今の操にとっては既にあまり脅威ではない怪物が殆どだ。


先程遭遇した三本足も触手による中距離攻撃は厄介だったが、逆に言えばそれだけであり、立ち位置に気を付け動きを注視していれば攻撃を躱すのは難しくなかった。


倉庫街には『犬ネズミ』のような速度と数で攻める様なタイプや、『根腐れ』のように接近して攻撃するのが躊躇われるような特殊な怪物はいないようだ。


その為、操は特に迷わず最初の目的地に辿り着く事が出来た。


「……あれだ、間違いない」


そこは2階建ての小さな建物だった。


いかにも事務所、といった外見の建物で、車を数台止めておける駐車スペースと駐輪場が併設されている。


建物には『ダイス倉庫管理 管理事務所』と小さなプレートで表示されていた。


操はプレートに表示された名称を確認した後、特に施錠もされていないその建物の扉を開け中に足を踏み入れた。



建物内は外観通り非常に狭かった。


とはいえ、数人の事務員が事務仕事をする場所、と考えればそれ程違和感のある事ではない。


1階には最低限の受付スペースや給湯室、トイレなどが纏まっており、実際の事務スペースは2階にあるようだ。


操は1階には目もくれず、入り口を入ってすぐの所にある階段を上って2階へと向かった。


2階には事務所の他に応接スペースなどが併設されているようで、意外にも広々としている。


建物内の明かりは最低限点灯した状態だがどこも人の気配は無い。


だが、事務所内には所々血溜まりのような物が点在しており、ここにも怪物が入り込んでいたようだ。


操が気配を探った限りでは事務所内に怪物はいないようだが、『根腐れ』の例があるので油断は出来ない。


「…………」


操は何かを思い出すように事務所内を見渡すと、事務所の奥の方にある机の一つに目を留めた。


その机は何かしらの役職に就いている人間が使用している物であるらしく、他の机よりも広々としている。


一方で他の机とは比べ物にならない程書類の類で埋もれており、まるで家探しでもされたかのような有様だ。


……いや、実際に家探しをした何者かが居たようだ。



「………あった……」


操が手に取ったのは、そんな乱雑に積み上がった書類の一番上にあった一枚の紙だった。


操は警察署で目を覚ました後、このダイス倉庫管理の倉庫街を自分が訪れていた光景を思い出していた。


そして、その光景が頭に浮かんだ途端、頭が割れるような痛みに襲われたのだ。


痛みと共に湧き上がって来たのは、自分で自分を押さえ切れない程の焦燥感だった。


何が何でも今すぐあの場所に向かわなくてはいけない。


そんな考えが頭を支配し、居ても立ってもいられなくなったのだ。


だが、ライナやアンナ達にそんな話をする訳にはいかなかった。


警察署は絶対安全というわけではないが、現状のグリーンフォレストの街においては最も安全な場所であると言える。


そんな場所に漸く辿り着き、身の安全をある程度確保出来た矢先に……別の場所に行きたいというのだから。


そして、何より問題なのが、恐らくライナもアンナも、操のそんな我儘に応えようとするだろうという事だ。


操の失った記憶を取り戻したいという望みはあくまで操の個人的な問題だ。


にも拘らずライナ達は操が記憶を失っているという事実を知ると、我が事のように気遣ってくれた。


操はそれが心から嬉しかった。


そしてそれ以上に………後ろめたかった。


自分の事情で彼らを……特にライナを、危険な目に遭わせてしまっているのではないか、と。


ライナはきっと、気にするなと笑って言うだろう。


だが、それが操は苦しかった。


見ず知らずの、得体の知れない怪物と同じ力を持った小娘である自分を、ライナは見返りも要求せずにただ善意だけで助けてくれている。


自分はそんなライナに対してまだ何も返せていない。


にも拘らず、この上自分の突発的な衝動に付き合わせる様な、再び命を危険に晒す様な事に巻き込む事はどうしても出来なかったのだ。


その結果操が取る事が出来たのは「一人で行く」という行動のみだった。


結果的に見ればライナ達を見捨てて逃げた様にすら見えてしまう事も理解している。


その結果ライナに見限られたとしても、ライナが無事でいてくれればそれで良い。


怪物と変わりない存在である自分と行動を共にし、自分の事情に巻き込んで傷付けてしまうよりはずっとマシだ。


操は自分の中に湧き上がる衝動が、「行く」にしろ「行かない」にしろ、『青い花』に……自分の中に存在する、悍ましい怪物達の源泉と同じ物によって齎されている事に、例えようのない恐怖心と嫌悪感を抱いていた。


そんな物の齎す衝動に巻き込んでしまう位なら……。


結局の所、操が抱いたのは数少ない自分の大切な人々を危険から遠ざけなければ、という想いだった。


自分が既に人間ではないのではないか、という今まで目を背けていた事実が少しずつ操の心を浸食して行った結果、元々自己犠牲的な思考の持ち主だった操の性格に、そうした想いが結び付いた形だ。


それが『青い花』による思考誘導なのかどうかは分からない。


だが少なくとも、そうした操の自己犠牲的な性格とライナを始めとした人々への後ろめたさが、操を苛む衝動と合致してしまった為に、彼女は仲間の元を離れるという、ある意味で最悪の選択をするに至ってしまったのだった。


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