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51 離別


警報が鳴り響く中、ライナは特に急ぐでもなく階段を上がって行く。


突然の事態に建物内にいる警官達や避難民達は混乱に陥っていた。


『な、何だ!? 何があったんだ!?』


『うわあああ!! 怪物がまた攻めて来たんだぁ!!』


『お、落ち着け! まずは何が起こったかを把握して……』


『お、おい! ろ、廊下の向こうから煙が流れて来ているぞ!?』


人の多い3階が近付く程にパニック状態になった避難民達の声が聞こえて来る。


その中には住民達を宥めようとするジェフリーの声もあった。


ライナはそんな声を無視し、そのまま屋上へ向かおうとする。


しかしそんなライナに声を掛ける者がいた。


「お、おい、あんた!」


「……よう、エヴァンスさん。 どうしたんだ?」


ライナに声を掛けたのはエヴァンスだった。


どうやら相変わらず階段前に陣取って銃を盗んだ犯人を待ち伏せていたらしい。


しかし突然鳴り響いた警報に動揺しているようで、その表情からは他の避難民と同じく混乱が見て取れる。


「い、一体何が起こった? こ、この警報は一体何なんだ!?」


「ああ、心配ないよ。 これは火災報知器さ。 怪物が攻めて来たとかじゃない」


ライナは落ち着いた態度でエヴァンスの問いに答えた。


しかし、そんなライナの態度が逆に癪に障ったのか、畳み掛けるように詰め寄って来た。


「か、火災だとぉ!? それのどこが心配ないってんだ!? パンデミックが起きた時に、安全地帯で火災なんぞ起きたら、バケモノ共の餌に……」


「えーと、悪い、流石に急いでるんだ」


そう言うとライナは音もなく身を引くと、エヴァンスの下顎に上段蹴りを叩き込んだ。


「けへっ?」


顎を揺らされ奇妙な声を上げたエヴァンスは、ふらつきながら後退る。


ライナはそんなエヴァンスの額をちょん、と小突いた。


その衝撃でバランスを崩したエヴァンスは背後の壁に寄り掛かるようにぶつかると、そのままズルズルと崩れ落ちるように座り込んだ。


「はいお休みー。 ……おっと、急がないとな」


そうして「障害」を取り除いたライナは、警報が鳴り響いた事で混乱し続ける人々を横目に屋上へ向かうのだった。




階段を上った先には手入れのあまりされていない錆が浮いた扉があり、ライナはその扉を開けて屋上へ出る。


屋上、とはいったものの、特に何があるというわけではなく、強いて言うならば建物の空調関係の室外機らしき機械が並んでいるくらいだ。


そもそもあまり人が来る事を想定していないのか、屋上の端には柵のような物も無く、簡易的な縁がある程度だった。


「さて……どこかな?」


既に時間は19時を過ぎ、周囲の日は沈んでいる。


警察署の正面は相変わらず爆発炎上した車の炎で明るいが、屋上の上は周囲の建物の明かりで少々照らされている程度で薄暗い。


ライナは建物内で警報が鳴り響く中、特に慌てる事も無く周囲を見渡しながら屋上を歩く。


当然人の気配は無く、また人が立ち入る事も殆ど無かったであろう屋上にはこれと言って目に留まるような物は見当たらない。


しかし、それはあくまで「屋上には」だ。


「うーーーーん……………。 ああ来てこう来ると、こっちに来るから………この辺かな?」


一体何を基準にしたのかは不明だが、ライナは操が向かったと思われる方角に当たりを付けた。


特に痕跡のような物は見当たらない為、完全にライナの勘である。


しかし、その勘は正しかった。


「あー………やっぱりあった。 あそこに引っかけて跳んだんだな」


そこは屋上の東側の端に位置する場所だった。


警察署の敷地を挟んだ向こう側には警察署よりも大きな建物………具体的には5、6階建てのマンション、或いはアパートらしき建物が並んで立っている。


その為、警察署の敷地東側は道路などに面しておらず、道のような物は無いとの事だった。


しかし、正確には()()()()、であって、建物同士の隙間はあるようだ。


ライナが視線を向けていたのはそんな場所であり、建物の非常口として設置された避難用の階段が見えていた。


建物同士の間にギリギリ収まっている形であり、避難通路としてはともかく、通常の道としては使用出来そうにない。


そんな狭い隙間に押し込められたようになっている避難階段の4階に当たる場所。


その階段の踊り場の手摺部分に、何かで引っ掻いたような傷が幾つも付いていた。


「こっちから例の茨を伸ばして巻き付けて……巻き取る感じで引っ張ってジャンプ、かな?」


重ねて言うが、建物同士に出来た『隙間』に押し込めるようにして設置された非常に狭い避難階段である。


例えあの場所にワイヤーを結び付ける等した後、高速で巻き取ってその勢いのままライナが現在立っている場所からジャンプする事に成功したとしても、両側の建物の壁に叩き付けられるか各階の踊り場に衝突するか、といった結果にしか普通はならないだろう。


「どんなアクロバット飛行したんだか……。 ま、操なら出来るか」


ライナも操の花の能力を事細かに知っているわけではない。


しかし、これまで行動を共にして来て目にした操の能力からその位の事は可能であろうと判断していた。


そもそも戦闘慣れしていないというだけで、素の身体能力はライナを遥かに上回っているのだ。


そこに体から生じさせた『青い花』を自在に操る能力があれば、常人には到底真似出来ない行為も行えるだろう。


だが、逆にそれがライナに違和感を抱かせていた。


「黙って居なくなった事といい……、なんか焦ってるように感じるんだよな」


これまでの操の様子を観察していた限りでは、操は非常に『まともな』感性の持ち主だ。


未知の怪物に襲われれば怯み恐怖し、理不尽な出来事に遭遇すれば憤る。


自分の身よりも他者の身を案じ、自身に出来る事ならば相手に手を差し伸べる事を躊躇わない。


そしてその一方、困難に立ち向かい、逆境を跳ね除けようとする意志の強さも持ち合わせている。


少々真面目すぎるきらいはあるものの、その性質は善良で一般的だ。


そんな彼女が突然何も告げずに姿を消す、という行動を取ったのはライナにとっても予想外だった。


自分の体に起きている事、つまり『青い花』に浸食されつつあるのでは、という事に関して苦悩しているのはライナにも分かっていたが、突然行方を晦ますという行為が『操らしくない』と感じていた。


(少なくとも、警察署(ここ)に来るまでの間はそれ程追い詰められているって感じじゃなかった。……と、なると、休んでる間に何かあったかな)


操は夢の中で何度か自身の記憶に関する光景を目にしているとライナにも語っている。


ライナも恐らくは再び何かを『視た』のだろうと考えてはいた。


しかし、これ程劇的な反応を見せる程の何かを見たとするなら、ライナが危惧したように操の精神状態が危ぶまれる状況にある可能性も否定出来ない。


操の行動に焦りが見えるのも、そうした精神状態の表れなのかもしれないのだ。


それ故、ライナとしては早急に操を追わなければならなかった。



しかし、そんなライナの足を止める音が背後で鳴り響いた。



「ライナッッ!!!」


屋上のドアを突き破る勢いで飛び出して来たのはハリソンだった。


両手で銃を構え、その銃口をライナに向けている。


しかしライナは、特に慌てる事も無くハリソンに話しかけた。


「ようハリソン。 そんなに慌ててどうした?」


今迄と何も変わらないライナの態度。


対照的にハリソンの顔は非常に険しかった。


「……何故だ、ライナ」


「何故? 何がだ? 具体的に行ってくれなきゃ分からないぜ」


「……何故バーンズを殺したのかと聞いているんだ!」


ハリソンにしては珍しく感情的に叫ぶ。


彼の目から見れば自分の部下……それも、腹心に等しい人物を殺されたのだから当然とも言えるかもしれない。


ライナはそんなハリソンに変わらぬ口調で答えた。


「そりゃもちろん敵だったからだよ。 こっちに危害を加えて来る犬っコロを生かしておく程優しくないぞ、俺は」


少々大げさな手振りでライナがバーンズを殺した理由を語ると、ハリソンは驚愕の表情を浮かべる。


やはり、ハリソンはバーンズがサイディスと繋がっている『署長一味』であるとは気付いていなかったようだ。


「バーンズが……犬? それは、サイディスの……手先という事か? 署長と同じように?」


必死に動揺を押し殺し、努めて冷静にライナを問い詰めようとするハリソン。


しかし、ライナは遠慮しなかった。


「そうさ、しかも只の犬じゃなくて、ご主人様に逆らうネズミを狩る猟犬だ。 ……警官って身分を悪用して何人殺したんだかな」


「……………」


ライナの発言にハリソンは明らかに動揺を深めていた。


それでもライナから目を離さず、その一挙手一投足を注視している。


既にハリソンの中でライナは敵として認識されているらしい。


「アンタだって、署長以外にも連中の手先がいる可能性は考えてたんだろ? 誰がネズミか分かりかねてたようだけどな。 ……それに、事が起きて真っ先に俺の所に来たって事は、最初から警戒してたって事だろ? 俺達を……さ」


「……気付いていたのか」


最初に会った時からハリソンはライナや操に一貫して友好的な態度を取っていた。


だがその一方で、どこか一線を引いて接しているようにも感じていたのだ。


それはつまり、警戒心を解かずに接する必要があるとハリソンが考えている、という事だとライナは考えていた。


「俺は基本的に他人は信用しないようにしてるんだ。 出会って数時間しか経ってない人間を信用する理由も、配慮する必要も感じないしな」


「……だから建物に火を放ったというのか? 発見があと少し遅ければこの建物全体に火が回り、犠牲者が出たかもしれないんだぞ!」


ハリソンのライナに対する非難は至極真っ当な物だ。


あの倉庫には他にも可燃物が保管されていた。


火が一度回ってしまえば警察署全体が火災に見舞われていたとしてもおかしくない。


しかしライナは笑ってそれを否定した。


「大丈夫だって。 あれはあくまであんた達に対する陽動の為だし、火がそんなに燃え移らないようにスプリンクラーは壊してない。 それに、すぐにスプリンクラーが作動するように細工もしたしな」


ライナがバーンズの死体に施した奇妙な仕掛けは、火災を引き起こす為というよりは火災が起きた事を迅速に周囲に知らせる為の仕掛けだ。


その上で死体が燃えて身元の判別がし辛くなるように、可燃性の液体を死体に巻き付けた布に染み込ませて火が付く様にした。


布に染み込んだ可燃性の液体は発火しやすくなる事もあって瞬間的に燃え上がるが、スプリンクラーに垂らした布に火が付けばすぐにスプリンクラーが作動する。


そうすれば火は消し止められるであろうし、何より警報によって火災の発生が周囲の知る所となる。


「それにあんた達ならその位すぐ気づいて消し止められるだろ? その辺に関しては()()してるんだぜ」


ハリソンを揶揄うようにわざと「信用」という言葉を使うライナ。


明らかに挑発だがハリソンは乗らなかった。


「君達が……いや、君が「そういう類」の人間なのは理解した。ならば、私も自分の職責を果たさせて貰う」


「この状況でか? 本当にクソ真面目だな。 ……ま、だからこそ生き残ってるんだろうけどな」


サイディスに通じていたとはいえ、バーンズを殺害したライナを野放しには出来ない。


ハリソンはライナにそう宣言し、手にした銃を握り締めた。


そんな彼に対し、ライナは少し困ったような表情で溜息を吐くと呟くように言った。


「はぁ……まいったなぁ。このままだと、アンタも殺さないといけなくなるんだけど……流石にそれは嫌だぞ」


それを聞いたハリソンは表情を険しくする。


つまり場合によっては、ライナは署内の誰でも殺す可能性があるという事だからだ。


「私や他の者達を殺さないといけない理由は何だ? まだ何か隠しているのか?」


ライナの呟きに対してハリソンは再度ライナに問いかける。


バーンズは危害を加えようとした邪魔者だったから殺した。


ならば、ハリソン達を殺さなければいけない理由とは?


しかしライナの答えはハリソンの予想外のものだった。


「あんただってそうだろ? 自分が守ってる誰かを好き好んで危ない目に遭わせたくない……ってのはさ」


「……何だと?」


ハリソンは突如背筋に寒気を感じて身震いした。


ライナの言葉に、ある可能性が脳裏をよぎる。


「あんたの場合は………そう、娘さんとか?」


そう口にしたライナが視線をハリソンの背後に向けた。


すると、ハリソンの耳に階段を上って来る誰かの足音が届く。


足を引きずっているかのような不規則な足音の主はすぐ近くまでやって来ていた。


ハリソンが止める間もなく、半開きになった扉を押し開けて屋上に飛び出して来たのは……アンナだった。



「警部補!ライナ!」


「ッ……! こっちへ来るな!アンナ!」


ハリソンは一瞬だけ視線をライナから外しアンナに叫ぶ。


―――ライナには、その一瞬で十分だった。


「駄目っ!父さん!!」



アンナの声に即座に視線を正面に戻そうとするハリソン。



しかし、前を向いた時には既に目の前にライナが立っていた。



「がっ!?」


トリガーを引く間もなく手から銃をもぎ取られ、胸元に肘鉄を打ち込まれるハリソン。


体重を乗せた一撃はハリソンの体を後方へ吹き飛ばした。


「くっ……! あうっ!?」


ライナがハリソンとの間合いを一瞬で詰めたのを目にした時点でアンナは自分の銃を抜いていた。


だが、その銃口をライナに向ける前に、逆にライナが放った銃弾がアンナの銃を弾き飛ばした。


ライナはハリソンから銃をもぎ取り肘鉄でその体を後方へ吹き飛ばした後、即座に自分の銃を抜き放っていた。


そしてアンナが自分に狙いを定めるよりも前に、彼女の手に握られた銃に弾丸を撃ち込んで弾き飛ばしたのだ。


一連の流れが終わるまで数秒も経過していない、ほんの一瞬の攻防だった。


ライナは右手で自分の銃を持ってハリソン達に向け、左手でハリソンの銃の銃身部分を握って持っていた。


その表情はやはり無表情であり、アンナは本能的に恐怖心を抱いた。


「ッ……ライナ、どうして……っ」


「悪いな。 あんた達には話せる事と話せない事があるんだ」


ほんの少しバツが悪そうにそう答えたライナは倒れたハリソンに目を向けた。


「駄目っ! お願い、やめてっ!」


ライナがハリソンを撃つと思ったのか、アンナが足を怪我しているとは思えない程の素早さでハリソンを庇おうとする。


そんなアンナを今度はハリソンが押し留めた。


「ごほっ……止せアンナ……」


強い力で瞬間的に胸に衝撃を受けたハリソンは、苦しそうに胸を押さえながらそう言葉にする。


額には冷や汗を掻き、何かを覚悟したような表情で、彼はライナに問いかけた。


「…………私とアンナが親子だと、どうしてわかった?」


意外な質問だったのか、ライナが少し驚いた表情になる。


相変わらず銃口は二人に対して向けたままだが、頬を掻いて少し考えた後ライナは問いに答えた。


「いくら怪我してるって言っても、人手不足の状況で戦える人間を戦わせないって時点で察するさ」


確かにアンナは怪物との戦闘で足を負傷している。


しかし移動に若干の難があるというだけで、銃を持って戦う事は出来るのだ。


現に、今この場へ現れている為、この考えは間違っていないだろう。


そしてその場合、ハリソンのアンナへの気遣いは、過剰という程ではないものの、状況に即したものとは言えないとライナは感じていた。


「娘とはいえ警官の一人。……でも、やっぱり娘だから気になるっていうのは俺にも分かるしな」


そう言って肩を竦めるライナ。


俯くハリソンにアンナは複雑そうな視線を向けている。


そんな二人から目を離さずにライナは右手の銃を下ろした。


そして、奪った銃からマガジンと薬室の弾を抜くと床に放る。


「……ま、そんなわけで俺はここを立ち去るから、邪魔しないでくれよ」


「え……?」


アンナが意外そうな声を上げる。


どうやらアンナはライナがハリソンに銃を向けているのを見て、ハリソンを殺そうとしていると思っていたらしい。


ライナにこれ以上自分達に危害を加える気が無いと分かって気が抜けたようだ。


「操がここから出て行っちまったからな。 俺も後を追う事にした。 行き先は………まあ、追っかけながら探すよ」


屋上から東側の建物に向けて『花』の能力を使って飛び移った事は分かった。


しかし、何処に向かっているのかは現時点ではライナにも分かっていない。


だがライナとしては痕跡を探しながら行けば見つけられるだろう、という程度の事だった。


「待って! どうして操はここから出て行ったの? それに、あなたは何故そこまでして彼女を守ろうと……」


アンナには操が突然姿を消した理由も、ライナが他人を手に掛けてまで操を守ろうとする理由もわからなかった。


警官として市民を守る為に日夜奔走している彼女からすれば、危険を顧みず自分の命を救ってくれた恩人が、目的の為に他者の命を躊躇いなく奪った事が理解出来なかった。


もう一人の恩人である操も打ち解ける事が出来たと思っていたが、ライナの言葉から察するに何か重要な事を隠しているという事が分かる。


操に関しては『青い花』の事がある為隠している事があるのは当然だが、アンナはそれを知る由もない。


そして、ライナに至っては……『立ち位置』がまず真逆だった。


「それが話せない事なんだよ、アンナ。 あんたと俺達だと生きてる場所がまず違うんだ。 あんた達は日のあたる場所の住人で、俺達は日の当たらない場所の住人だからな」


諭すように言うライナにアンナは困惑した表情になるアンナ。


一方ハリソンは何かを察した様子だった。


「本当なら俺達みたいに真逆の立場の人種は出来る限り関わり合いにならない方が良いんだ。 ……今回みたいに、死人が出るかもしれない状況になるからな」


「それは君が手に掛けたからだろう! 君が何もしなければ……」


「俺は積極的に誰か殺したりはしないぞ? 何もされなければな」


ハリソンの反論に対してライナは一切表情を変えずにそう答えた。


ライナの主張は単純だ。


何もしないから邪魔するな、それだけだ。


そしてそれは、邪魔をするなら覚悟しろ、という意味でもあった。


「あんたら二人も……俺にこれ以上「何か」する気なのか? 自分の娘か、自分の父親の命を賭け金にして?」


ほんの少しだけ困ったような顔をしたライナの表情は、アンナが警察署内で言葉を交わした際のライナと何も変わらない。


しかし、肌で感じる空気が徐々に張り詰めて来ているのがアンナにも分かった。


恐らく、返答次第でライナはアンナ達もあっさり殺すだろう。


殺したくないというのも本心だが、それ以上に邪魔者は排除する事を優先した『殺人者』の思考だった。



アンナとハリソンが返答に窮しているとライナがぽん、と手を打った。


突然のライナの行動にアンナはびくり、と肩を震わせる。


「とにかく! これ以上はお互いに邪魔し合ってても良い事ないから、これまでにしようぜ、って事だ。 あんたらもその方が良いだろ?」


張り詰めた空気に嫌気がさした、とでも言わんばかりに無理やり話を戻すライナ。


実際、アンナやハリソンからすれば全てに納得がいったわけではないが、これ以上互いの主張をぶつけ合っていても意味がないのも確かだ。


アンナとハリソンは戸惑ったようにお互いに顔を見合わせるが、ライナはそんな二人を放っておいて屋上の東側の縁の方へ歩いて行く。


「ま、待ってってば! 操の後を追うって言っても、その後どうするの? もう日は暮れてしまっているし、外は相変わらず怪物だらけなのよ!?」


アンナは思わず立ち上がってそう叫んだ。


そんなアンナの言葉に少々面食らった顔をするライナ。


この期に及んでまだ自分の心配なんてするのか、という意味合いの表情であり、本当にお節介焼きだなという驚きの表情でもあった。


「……少なくともあんた達よりは大丈夫だよ。 足手纏いを守らないといけないわけじゃないんだしな」


突き放すようなライナの言葉にアンナは言葉に詰まる。


確かにアンナ達は警官である以上避難民の保護を優先しなければいけない。


そういった意味ではライナ達の方が身軽に動けるだろう。


だが、その後に続いたライナの言葉にアンナは驚愕した。


「まあ、あんたらも心配すんな。 騒がせた詫びってわけじゃないけど、この街の状況は俺達の方でどうにかしてやるから、今は警察署に籠ってな」


「……どうする気なんだ?」


ハリソンも驚きの表情でライナに問いかける。


既にライナに対して何かをしようというつもりは無いようで、力なく床に座ったままライナの背を見つめていた。


「どっちにしろ、街に蔓延ってる『青い花』をどうにかしないと街からは出られないんだ。 ……だったら元から断つしかないだろ?」


そう言ってライナは街の中心に位置する時計塔……今は巨大花の『芯』となってしまった建物がある方向に目を向けた。


暗くなってしまった現在でも立ち込めている霧のせいで、薄らと影が見える程度だが、相変わらずの威容を見せつけている。


「……あの巨大花を? い、一体どうやって?」


「さあ? それをどうにかすんのさ。 ……操なら分かるかもな」


最後の呟きの部分は聞き取れなかったが、ライナが本気で『花』を滅ぼそうと考えている事がアンナにも分かった。


普通ならば不可能と考えるような事だが………ライナはさも当然のように『花』を排除すると宣言した。


「そういうわけだから、あんた達がこの後しないといけないのは、出来る限り損害を出さずに警察署に籠って籠城戦って事だから、頑張ってくれ」


そう言うとライナは屋上の縁に足を掛けた。


どう見ても飛び降りる体勢だ。


確認しておくと、この警察署は3階建てである。


「ちょ、ちょっと……!」


「じゃ、世話になったなアンナ、ハリソン。 色々迷惑かけて悪かった。 ジェフリーにもよろしく言っといてくれ。 ……達者でな」


ライナはそう言ってにっこり笑うとアンナが止める間もなく別れの言葉を告げた。


そして次の瞬間、ほんの少し助走をつけたかと思うと、猛烈なスピードで走り出し、屋上の縁を足で強く蹴りつけるようにして空中に身を躍らせた。


人間の身体能力とは思えない程の跳躍で東側の建物に向かってジャンプしたライナだが、そのままでは流石に届かない。


だがライナが跳躍の頂点に達した辺りで右手を左から右へ振るうようにすると、バシュ!という音と共にライナの右腕の袖口から、黒っぽいワイヤーが射出された。


射出されたワイヤーは反対側の建物の、操が茨を引っ掛けた傷がある辺りに勢いよく飛んで手摺に絡み付く。


そしてライナはワイヤーを手掛かりとして振り子のように空中を移動すると、建物にぶつかるやや手前辺りで思い切り両手でワイヤーを引っ張った。


ワイヤーを支えとして腕力だけで自分の体を引っ張り上げたライナは、建物に設置された階段に上階の床と下階の手摺の間を縫って飛び込んだ。


そして空中で一回転して勢いを殺すと、綺麗に踊り場部分に着地した。


屋上ではアンナとハリソンが唖然とした様子で避難階段上のライナに視線を向けている。


ライナはそんな二人に笑顔で手を振ると、避難階段の踊り場から東側の奥、反対側へ抜けられる通路側へ飛び降り、地面に着地するとそのまま何事も無かったように走り出した。


「……あ、そういやダニエルの事伝えるの忘れてたな…………ま、いっか」


途中で思い出した、武器庫の椅子に雁字搦めで拘束して来てしまったダニエルに心の中で謝りつつ、周囲の痕跡を探っていく。


常人なら全く気が付かないような僅かな痕跡も、ライナにとってはごく当たり前に見分けられる事でしかなかった。


「さて、水臭いお花のお姫様は何処行ったのかな……?」


ライナはそう呟きつつ、時折建物の陰から現れる花人や木人を散歩のついでのような気軽さで屠りつつ、操を追って街へ向かうのだった。


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