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50 暗躍


「………は? な……何を言ってるんだ……?」


ライナから予想外の情報を告げられ、バーンズは一瞬呆けたような表情になった。


突然自身が頼みにしていたサイディス・カンパニーが消えて無くなると言われたのだから無理もないかもしれない。


「さ、サイディスが無くなるだって……? な、何を根拠に……」


「……あの研究所はサイディス所有の研究所だが、本社は別の街にある。 だから確かに本来なら、あの研究所が潰れようが施設の職員が全滅してようが、損失はあっても会社がどうこうなる事は無い」


サイディス社は国内有数の大企業だ。


本社は大都市の一等地にあり、グリーンフォレストにある研究所は所有する数多くの施設の内の一つに過ぎない。


それ故、研究施設の一つや二つが無くなったとしても、無傷とまではいかないが、それだけで会社が傾くような事は無い。


―――本来であればその筈だった。


しかし、ライナが次いで口にした話は、バーンズを一気に絶望の淵に追いやった。


「ちょうど、街がこうなったその日、本社の方からサイディス社の社長を含めた重役連中が雁首揃えてあの研究所に視察って名目で集まってたんだよ。 実際には何らかの重要案件に立ち会う為って話だったが……、今にして思えば、操の絡みだったんだろうな」


サイディスの研究所から発生したと思われる無数の巨大な『青い花』。


それによって街は瞬く間に飲み込まれてしまった。


そして、その異変が起きたのは大体昼頃であり、ちょうどその頃にサイディスの社長以下、最高幹部とも言える面々が異変の中心地である研究所に滞在していたのだとライナは語った。


何故そんな事を知っているのかライナは語らなかったが、バーンズはそれ所ではなかった。


「ば……馬鹿な……そんな、そんな事がある訳がないっ! そ、そんなのはお前のお得意の推測だろうっ!?」


口ではそう言いつつも、バーンズの顔は恐怖と絶望に染まっていた。


サイディスという強大な後ろ盾がある自分は、地獄と化したこの街から生き残る事が出来る。


自分だけは安全圏にいる。


そうしたアドバンテージがある事がバーンズの現状の警察署における、表面上落ち着いた礼儀正しい雰囲気を保たせていた。


しかし、そのアドバンテージを維持する大前提であるサイディス社そのものが消滅必至と聞き、突如奈落へ叩き落とされたに等しい心持ちだった。


精神的な支柱が一気に揺らぎ、心が折れ掛けたバーンズだったが、ライナの言葉を否定する事でどうにか己を保とうとする。


しかし。


「生憎、これは推測じゃない。 俺は既に崩壊した研究所に行ってる。 そこで挽肉になった職員や警備員……それにお偉方の死体だった物を確認してる。 ……当然社長のスタインもな」


大部分が瓦礫と化した元研究所には異変が起きた直後、ライナは自らの()()の為にすぐに向かっていた。


かなりの数の怪物が研究所の敷地内を徘徊していたが、単独で行動するなら怪物達の目を掻い潜って研究所内部に侵入するのはそれ程難しくは無かった。


そこで見たのは、怪物に殺されたのではなく崩れ落ちた瓦礫の下敷きになったり、巨大化・急成長した『花』の根に押し潰された人間の死体だった。


そして、敷地内の一角にあった大きなスペース……、大型の格納庫のような場所で、高級そうなスーツを着た幾つもの死体を確認したのだ。


「そこは他の場所に比べてやたら根だの蔓だのがびっしり張り巡らされててジャングルみたいだったけど、一応サイディスの幹部たちの身元が分かる位には死体が残ってたんでな。 全員しっかり死んでるのは確認してるよ」


中には上半身が完全にぺしゃんこになっている者も居たが、身分証などを引きずり出して身元を確認する事が出来た。


今思えばあの格納庫が異変の『発生源』だったのかもしれない。


ライナもその時は『花』の事をそこまで注視していなかった為、そこがそのような場所だとは考えていなかったのだ。


「ま、色々言ったけど……俺が言いたかったのは、お前がやって来た事は無駄だったし、お前はこの街から生きて出られないって事だ。 良かったな? 諦めがついて」


先程まで全くの無表情だったライナの顔に微笑みが浮かぶ。


バーンズの知り得ない事だが、操に向けて優しく微笑んだ時と今のライナの微笑みは全く別物だった。


同じ笑みを浮かべているのは間違いない。


しかし、その表情からは例え様の無い冷たさが感じられた。


いっそ無機質であるとすら言えるそんなライナの微笑みの影に、バーンズは死神の姿を見た気がした。


そこでバーンズの精神はついに限界を迎える。


「………嘘だ…………嘘だ……!……そんな、そんな事ある訳がない……」


掠れた声で発された言葉は、ライナに向けたものではない。


誰に対してでもなく、ただブツブツと呟くように頭に思い浮かんだ言葉を吐き出しているようだった。


「俺はやったんだ署長も他の奴らもみんな死んだ俺は役に立つから助かるんだ他の奴らとは違うんだ俺だけは大丈夫なんだ金も俺だけのものになるんだ嘘だ嘘だ嘘だうそだうそだうそだうそだちがうちがうちがうちがう」


床に抑え込まれたまま、指を切り落とされて大量に出血している右手で頭を掻きむしるバーンズ。


顔中を自らの血で染め、魂が抜けたように顔を引き攣らせて笑うその姿は既に正気とは思えなかった。



「ちがううそだちがううそだおれたすか」



バシュッ



ブツブツと呟かれていたバーンズの声が、そんなくぐもった音と共に途切れる。


その額には小さな穴が空いており、脳天を貫通した銃弾が床を穿っていた。


バーンズは、恐怖で引き攣った笑みを顔に張り付けたまま絶命していた。




ライナはバーンズが息絶えたのを確認すると、無言で腰に付けたポーチから黒い手袋を取り出した。


精密作業などをする際に使用する事がある生地の薄いタイプだ。


それを両手にはめると、手にしていたバーンズから奪った銃の弾倉(マガジン)を抜き出す。


更に、スライドを操作して薬室(チャンバー)に装填されていた銃弾も取り除いた。


そして今度はポケットから布を取り出すと、銃のグリップやスライドなど、先程自分が触れた可能性がある部分を中心に指紋を拭き取った。


そうして銃に残っていた指紋を拭き終えると、それをバーンズの死体の左手に握らせる。


すると傍目には減音器付きの銃を左手に握ったまま撃たれて死んだ……ように見える死体が出来上がった。


右手の指の大部分が無くなっている上あちこち血塗れだが、一応体裁は取り繕われた………かもしれない。




ライナは無言のまま死体の状態を確認すると、今度は今現在いる部屋の中を物色し始めた。


室内に置かれている物品、設置されている備え付けの機器類等をつぶさに、そして速やかに調べて行く。


バーンズに「武器庫」と偽られて連れて来られたこの部屋は、どうやらただの倉庫のようだった。


ライナは怪物の群れを吹き飛ばした後の警官達のやり取りの中で、ハリソンが「地下の武器庫」と言っていたのを聞いていた為、バーンズが案内しようとしているのが武器庫ではない事に気付いていた。


何処に連れて行くつもりなのかと思い、言われるままについて来てみたのだが………、随分とあからさまな場所に連れて来られたものだ。


周囲の棚には使われていない清掃用具や交換用の蛍光灯など、日常的に使うであろう備品類が保管されている。


そうした雑多な物の中からライナは幾つかの品を持ち出した。


それは、補修用の針金とマッチ、備蓄の医薬品類の中にあった消毒用のアルコール…………そしてポリタンクに入った灯油だ。


ポリタンクには満タンと言う程ではないが、ある程度の量の灯油が入っているようだ。


医薬品も灯油も専用の保管庫の中にあった物だが、当然のように道具を使って鍵を開錠して盗み出している。


ライナはそれらを死体の近くまで持って来ると、おもむろに窓に掛けられたカーテンをレールからもぎ取った。


そして、カーテンの一部をを裂いて2本の細長い布を作り、残りの布を死体に掛ける。


一応これで死体は隠れる形にはなったが、当然傍から見れば丸分かりだ。


すると、ライナは今度はポリタンクの蓋を開けると、その中に消毒用アルコールを流し込み始めた。


数本あったアルコールを全てポリタンク内に流し込み終えると、ポリタンクに蓋をして中身をある程度攪拌する。


更に、先程作った2本の細長い布を針金に結び付け、アルコールと灯油の混合液に浸して行く。


混合液をよく染み込ませた後に布を取り出すと、その内の一本の端を死体に掛けてあるカーテンの布に触れさせた。


細長い布をまっすぐ伸ばし、反対側の端が平らになるように床に広げる。


そして、もう一本の混合液が染み込んだ状態の細長い布を、天井に設置されているスプリンクラーに結び付けた。


丁度死体の真上辺りにある為、必然的にスプリンクラーから細長い布の一本が垂れ下がっているような状態になる。


勿論、布はたっぷりと混合液が染み込んでいた。


ライナは二本の布と死体の位置を再度確認すると、ポリタンクに残っている混合液を………布で覆われた死体に振り掛けた。


ポリタンク一杯に液が入っているわけではないとはいえ、それでもかなりの量のアルコールと灯油の混合液が死体に降り注いで行く。


やがて容器が空になるまで中身の混合液を掛け終えると、ライナはポリタンクを死体の側に置いて距離を取った。


部屋の扉のすぐ側まで来ると、今度はポケットから先程見つけたマッチと……タバコの箱を取り出した。


タバコの方はオフィスで書類を漁っていた際にくすねておいたものだ。


ライナは念の為さらに一歩、死体から距離を取ると、取り出したマッチを擦った。


そして、そのままタバコに火を点ける。


タバコは先端からゆっくりと燃焼を始め、細い煙が立ち上り、辺りに特有の臭いが立ち籠め始めた。


ライナはそんなタバコの臭いに嫌そうな顔をすると、煙を手で払いつつ慎重に死体からライナがいる方向へ伸びている細長い布に近付いて行く。


そして、布の下に煙を上げて燃焼を続けるタバコをフィルター部分よりやや先、最終的に燃え尽きる部分が一部隠れるくらいまで差し込んだ。


混合液がたっぷり染み込んだ布にタバコの燃焼部分が触れれば、もしくは揮発した液の成分が火に引火すれば…………どうなるかは明らかだ。


ライナは最後にタバコの煙が充満しつつある室内を見渡すと、手にはめていた手袋を外した。


左右の手袋を裏返して一つに纏めると、死体の側に向けて放り投げた。


狙い違わず死体の傍らに転がった手袋を確認すると、ライナは再び布を取り出し、布越しにドアノブを捻る。


扉を僅かに開け、廊下の様子を確認し、周囲に誰もいないのを確認するとそっと扉を閉めた。


布を仕舞い、鍵開け用の道具を取り出して扉の鍵を掛け直す。


そして再度周囲に人の気配がない事を確認すると、何事も無かったようにその場を立ち去ったのだった。




2階の倉庫を離れたライナはそのまま3階に向かった。


倉庫の周辺は普段からあまり使われていないのか人気が全くなかったが、一応倉庫がある2階の西側の一角にも階段があり、そこから上下の階に行く事が出来る。


ライナはそこから3階へ上がると、自然な動きで周囲の人間と接触しないように移動し始めた。


その動きは何気ない所作に見えるが、巧みに周囲の人間の視界に入らず注意も引かない、その場の背景と同化したかのようにライナの姿を人々の意識から隠した。


その気配の無さは、廊下で他の避難民と話をしているジェフリーが、すぐ横をライナが通っても気付かない程だった。


そのまま建物の反対側、東側の階段までやって来たライナは、3階から更に上階へ上る階段の前に立った。


近くにあるフロア表記を見ると、どうやらこの上は屋上のようだ。


階段に特に変わった物は無い。


……普通ならそう見える筈だが、ライナの目はある変化を捉えていた。


(…………最近誰かが通ったな)


見た目は変わった所は何もない様に見える階段だったが、その階段……というよりも、屋上自体がほぼ使われていない場所らしい事が分かった。


何故なら、階段には薄らとだが埃が積もっており、あまり手入れがされていないらしい事が察せられたからだ。


そして、その階段に積もった埃の上をつい最近誰かが通ったらしく、極々僅かにではあるが複数の足跡が残っていた。


どうやら足跡は2種類あるようで、一つは大きめの足跡で、靴裏がゴツゴツした滑り止めが付いた物。


恐らくサイズから、大柄な男性の物だろう。


そしてもう一つの足跡は………小さめの足跡で、恐らく女性の物だと思われた。


何より、ライナはその靴跡に見覚えがあった。


(……水路から出た後の濡れた靴跡と同じだな)


地下水路を抜けた後、外へ出てガンショップへ向かう道中に、濡れた靴跡が地面に付いていた。


足元が濡れていた為偶然に付いたものだったが、ライナはそんな事まで覚えていた。


そして、その時の記憶から間違いなく屋上へ向かった一人は操で間違いないと判断する。


しかし、もう一方の男性の物と思われる足跡は、屋上へ向かった足跡とは別に屋上から戻って来た時の足跡が残っていたが、操の物と思われる小さい足跡には屋上から戻って来た形跡が無かった。


ライナは辺りを見渡してみるが、流石にもう何らかの痕跡がある様子は無い。


だが、階段ではなく階段の正面、建物の南側の壁に()()()()を見つけた。


「なあ、あんた。 ちょっといいか?」


「…………んあ?」


そこに居たのは大柄な体格の男性だった。


髭を生やし、少々ゴツイボディアーマーのような物を身に付けた40代位の中年男性で、彼も避難民のようだ。


他の避難民は3階にある部屋に三々五々に分かれて避難している者が殆どだったが、何故かこの男だけは一人離れた場所……正確に言うと階段の真正面の壁に胡坐をかき、壁に寄り掛かって座っていた。


ライナが声を掛けた時の反応からして、どうやら眠りこけていたようだが。


「……何だ? 誰だお前さんは」


「ああ、寝てたのか、悪いな。 俺はライナ。 ここに新しく避難して来たモンだ。 あんたにはまだ挨拶してなかったと思ってさ」


人当たりの良さそうな笑顔を浮かべてそう言ったライナに、男は訝し気な顔を向ける。


「避難して来た? 今になってか? よくまぁ生きてたもんだな」


呆れたように言う男に、ライナはこれ見よがしに溜息を吐きながら答える。


「そうなんだよ。 ここに来るまで何日も掛かっちまった。 しかも、ようやく助かったかと思ったんだけど……何だかそうでもないみたいだしな」


ライナが疲れたように言うと、男は鼻で笑いながら吐き捨てる。


「……ふん。 パンデミックが起きた時に警察は役に立たないって相場が決まってるのさ。 事実、あのバケモノどもにみんなやられちまって、もう何人も残ってない……」


男はせせら笑うように言いながら、苛立たし気に顔を顰める。


何やら警察に偏見があるらしい。


「そのくせ市民の安全が第一とか空とぼけた事を抜かしやがって………終いにゃ、俺の装備を危険だからと取り上げやがった! 国家権力の乱用だろうが!」


やや声を荒げて不機嫌そうに言う男にライナは内心呆れていた。


どうやらこの男は、何というか……大分拗らせているタイプのようだ。


兵士が身に付けるようなボディアーマーを上半身に装着し、下半身は迷彩柄のズボンにプロテクターを付けている姿は一見本物の兵士の様にも見える。


しかし、太腿に装着したホルスターには何も入っていない他、それ以外にも武器になりそうな物は何一つとして身に付けていなかった。


警察が役に立たないんなら、何で警察署に来てんだよ、と心の中で呟くが、そんな事はおくびにも出さずに会話を続ける。


「装備ねぇ。 自前で武器を用意してたのかい?」


「ああそうだ! いつか来るパンデミックと文明崩壊に備えて揃えておいたうちの店のとっておきだ! あれさえあればあんなバケモノなんぞ敵じゃないってのに……」


恐らくこの男に武器を持たせておくのは危険だと判断したハリソン達が銃器の類を取り上げたのだろう。


まさに「市民の安全が第一」である。


しかしそれよりも、男の話の中にはライナにとって気になる言葉があった。


「ん? うちの店?」


「ああ、俺はこの田舎街でガンショップをやってるんだ。 銃器の多さなら都会の店にも負けないんだぜ」


男はそう言って胸を張った。


この街のガンショップ……と言うと、ライナは一つしか知らない。


「ああ、なるほど。 あんた、エヴァンス銃砲店の人か」


「おっ! うちの店を知ってるとは、感心だな兄さん! 俺の苗字のエヴァンスから付けたんだが、西部開拓時代にあった多弾倉連発ライフルと同じ名前なんだぜ!」


誇らしげに言う男……エヴァンスに、ライナは表情こそ変えなかったが内心の呆れがさらに深まっていた。


ハッキリ言って、めんどくさいのに話し掛けちゃったな、と思っていたのだった。


そこからは店の名前の由来になった、自分の名字と同じ名前のライフルの話が延々続いた。


先程までの不機嫌そうな雰囲気はどこへやら、エヴァンスは大層機嫌が良さそうだ。


「へーそっかー」


聞いてもいないのに始まった銃のうんちく話を右から左に聞き流し、相槌を返していくライナ。


やがて、話が一段落したと思われるタイミングでライナはある話を切り出した。


「そういやエヴァンスさん。 さっき何かこの辺で揉めてたか? 1階まで声が聞こえてたけど」


ライナがそう言った途端エヴァンスの顔が再び不機嫌そうに歪む。


だがそれはライナに対して気分を害したというわけではなく、思い出したくない事を思い出してしまった、といった雰囲気だ。


「そうなんだ! 警察の奴ら、泥棒一人捕まえられないんだぜ! あいつが俺の店から銃を盗み出したのは間違いないってのに……」


「泥棒?」


憤懣遣る方ない、といった様子でエヴァンスが怒りを滲ませる。


どうやら相当立腹する事があったようだ。


「少し前……1時間も経ってないか? 俺は3階のこの廊下の西側の辺りにいたんだが、ちょうど今俺達のいるこの階段を上に上がって行く女を見たんだ」


現在、ライナとエヴァンスは警察署3階の東側階段正面の廊下で話をしている。


エヴァンスの話によると、暫く前に今いる廊下の反対側、西側の端辺りを歩いていた所、この東側階段を上って行く女性の姿を見たのだそうだ。


ただそれだけなら何も問題は無かったのだが、エヴァンスの目にその女性が右腰に下げている物が映り……それが彼にとっては大問題だった。


「あれは間違いなく俺の店のコレクションルームに保管しておいた銃だ! ホルスターもだ! あの特徴的なツートンカラーのスライドは遠目からでも見間違えたりしない!」


その女性が自分の店から銃を盗んだと思ったエヴァンスは、廊下を全速力で走って女性を追いかけた。


しかし、階段を上って行った先、つまり屋上に上がって行った筈の女性の姿は何処にも無く、エヴァンスはその姿を見失ってしまったと言うのだ。


そこで近くを通りかかったヘンリー医師に事の次第を()()していた所、アンナとジェフリーの二人の警官が出て来て話を有耶無耶にした……というのがエヴァンスの主張だった。


「くそっ、あいつら……俺の言った事を嘘だと決めつけてやがるんだ。 絶対に見間違いじゃないってのに……」


「……なるほど」


ライナはエヴァンスが見たという女性が操であると確信していた。


エヴァンスが盗まれたと言っている銃というのは実際にエヴァンスの店にあった物であり、ライナが操に渡したあのハンドガンの事で間違いないだろう。


そもそもライナはエヴァンスがあの銃砲店の店主であると当初から見当を付けていた。


その上で何も知らない風を装って彼に話しかけたのだ。


階段に残っていた屋上と廊下を往復した大柄な足跡。


その足跡と階段の前に陣取っているエヴァンスの靴底の凹凸が一致している事に気付いていたからだ。


その上で如何にも武装した素人、といった姿の彼を見て、どういった人物かもおおよそ把握した。


更には先程階段を降りる際に僅かに聞こえた何者かとアンナ達との口論の内容から、その何者かが目の前の男であり、エヴァンスと言えばあのガンショップの店主であろう……という所まで推測していた。


その上で、わざわざ他の生存者から離れて階段の前に陣取っている理由も予想が付き、それはライナにとって必要な情報……操がここを通ったかどうか、を知っている可能性があったのだ。


そして実際に彼は操である可能性が高い人物が屋上へ向かい、そして姿を消したのを目撃したと思われた。


「確かに盗人がいたら皆安心出来ないよなぁ。分かった、もしあんたの銃を見つけたら、あんたの所に届けるよ」


いけしゃあしゃあとそんな事を言ってのけるライナ。


全く心にも無い事を笑顔で言う彼の姿を仮に操が見ていたとしたら、大変白い目でライナを見た事だろう。


「おお、本当か? そうしてくれるとありがたい。 ぜひ頼む!」


そんな口約束をして適当に話を切り上げたライナ。


エヴァンスはライナが自分の話を否定せずに聞いてくれた事に気を良くしたのか、機嫌よく元の位置である階段の正面に座り直した。


ハッキリとは言っていなかったが、彼がこの場所にわざわざ居座っているのは再び「盗人」が通るのを待ち構えているからだろう。


つまりこの場所にこの男が居続ける限り操は戻って来ていないという事だ。


そして同時に、これ程長時間操が戻って来ていないという事は、やはり操は警察署を立ち去ったと考えるべきだろう。


どの様な手段を用いたかは不明だが、ライナにはいくつか心当たりがあった。


いずれにせよ、ライナは操の後を追うべく次なる行動に移るのだった。




警察署を脱出したであろう操の後を追うのであれば、まず屋上を調べて彼女の行き先の手掛かりを探すべきだが、ライナが次に向かったのは何故か警察署の地下だった。


地下フロアは検死室や留置場など、特殊な目的に使用される部屋が多いエリアとなっている。


それ以外には地下駐車場が存在しており、地下フロアと地下駐車場は直接繋がった構造となっていた。


緊急時は各隊員が地下フロアで準備を整えた上で車を地上に発進させるのだろう。


そして、準備が行えるという事はそういった部屋もあるという事だ。


ライナは地下フロアの少し奥まった場所、地下駐車場に繋がる大扉の正面にある重厚な扉の前にやって来ていた。


扉の横には『火器管理室』との表記があり、その下にはカードリーダーのような物がある。


普段であれば電子ロックが掛かっている筈だが、カードリーダーの液晶画面には『UNLOCK』と表示がされている。


重そうなドアレバーに手を掛けて回すと、ガコン、という鈍い音と共に扉が開いた。


「ん? あれ?あんたは……」


そう言って火器管理室………つまりは武器庫に入って来たライナに声を掛けたのは、先程正門のバリケード前で会話をした体格の良い警官だった。


人の気配がする事に扉を開けた時点で気付いていたライナは特に驚かなかったが、目の前の警官はライナが武器庫にやって来た事に少々驚いているようだ。


「おっと、先客が居たか。 仕事の邪魔して悪いな」


「ああ、いや、気にしないでくれ。 ちょいとバケモノ対策に銃を変えようかと思って来ただけだからな」


体格の良い警官の話を聞くと、どうやらあの大規模な怪物の襲撃に遭った為、手持ちのサブマシンガンでは一撃の威力が低いと感じて武器を変える事にした……という事のようだ。


武器庫内の中心に置かれた机の上には一挺の散弾銃(ショットガン)が置かれている。


確かにショットガンであれば、大抵の怪物には大きなダメージを与えられるだろう。


「なるほど、確かにアイツらは散弾銃(ショットガン)なら大体一撃だからな。 大型の奴は流石に何発か必要だけど……」


話題に上がった銃の話をしつつ、ライナはさりげなく警官に近付く。


警官は特に不審には思っていないようで、ライナ口にした銃に関する意見に大きく頷いている。


「だよな。 おれはあんまり射撃が得意じゃないからなぁ……、そういう意味でもやっぱり散弾銃(ショットガン)だと思ってな」


「あー、分かる。 俺もそれ程射撃は得意じゃないからさ、ここに来るまで苦労したよ」


いかにも世間話、といった具合に警官と会話をするライナ。


周囲を見渡して特に問題がない事を確認する。


「ま、こんだけ銃が揃ってるんなら、いざって時にも選り取り見取りだろ? ……なんか、マイナーな銃とかもあるみたいだけど」


火器管理室、所謂武器庫には、壁際に設置されたガンラックに大量の銃がマウントされていた。


GF警察署で正式採用されている拳銃(ハンドガン)散弾銃(ショットガン)短機関銃(サブマシンガン)、或いはより高火力な突撃銃(アサルトライフル)なども少数だが保管されている。


部屋の一角には弾薬が保管されていると思われる棚も存在しており、ライナが言った通り有事の際は選び放題といった様子だった。


「ああ……変わった銃に関しては署長の野郎が無理やり採用した奴だよ。 普通の警察じゃほぼ使われてないと思う」


「……あの署長は本当に好き放題してたんだなぁ」


本心から呆れの言葉を零したライナは、そんな『署長コレクション』の内の一挺を手に取った。


それは少々変わった形状の散弾銃(ショットガン)だった。


ブルパップ式と呼ばれる、機関部が銃の後部に収められた形の銃だ。


機関部が後部にある事でバレルの長さを確保したまま銃を短く保持する事が出来る。


そうする事で射程や威力などを保ちつつ、銃本体の取り回しがしやすくなる、という利点があった。


この散弾銃(ショットガン)は、本来であればチューブ状のマガジンが2列に並んでいる事で散弾銃(ショットガン)としては弾数が非常に多い、という特徴がある銃だった。


しかし、ライナが手に取った散弾銃(ショットガン)はマガジンチューブが1列に簡略化されたモデルのようだった。


装弾数は通常の半分になっているもののその分軽量であり、弾数が減っていると言っても7発の弾薬を装填出来る。


操が無くした散弾銃(ショットガン)の代わりとしては丁度良いだろう。


「……これ、借りてもいいか?」


「ああ、構わないぞ。本当は避難民に銃は緊急時以外渡さない事になってるんだが………、あんたなら問題ないだろ」


銃の持ち出し許可を得たライナは、ついでと言わんばかりに散弾……ショットシェルを収納しておけるシェルホルダーも借りる事にした。


弾薬をそのままポーチに入れるよりも持ち運びがし易くなるだろう。



ブルパップ式散弾銃(ショットガン)を使用出来るように準備するライナ。


そんなライナを見て大柄な警官はふと思い出したようにある事を尋ねた。


「そういやあんた、どうしてここに? 上で何かあったのか?」


「ん? いやなに、一応どこに何があるのか確認しとこうと思ってさ。 地下も一応駐車場経由で外に出られるだろ? もしかしたらそこを通って外に出ないといけない……なんて事もあるかもだしな」


尤もらしい事を並べ立てて話すライナ。


しかし、頭の中では全く別の事を考えていた。


「おお、成程。 そういう事か。 確かにそういうのは必要だよな」


そうとは知らずに大柄な警官――今だに名前を聞いていない事を思い出した――は、納得したのか、うんうんと頷いている。


やがて、弾込めを終えたライナは散弾銃(ショットガン)に合う負い革(スリング)を見つけると銃に取り付けて背負った。


そして大柄な警官の方に向き直ると、少し困ったような顔で切り出した。


「なぁ、あんた……えーと………悪い、名前何だっけか?」


「うん? あ、そういえば名乗ってなかったな。 俺はダニエル・ギャラガーだ。 よろしくな!」


そう言うとダニエルは手を差し出して握手を求めて来た。


ライナも微笑んで握手を返す。


「ああ、改めてよろしくな。 ……ところでダニエル、突然で申し訳ないんだけど一つ頼みがあるんだが……」


と、握手したまま、ライナが急にそんな事を言い出した。


「頼み? 何だ?」


ダニエルはライナの突然の発言に訝しげな表情で頭に疑問符を浮かべる。


そんなダニエルに、ライナは微笑んだまま言葉を続けた。


「悪いんだけど、ちょっと寝ててくれ」


次の瞬間、ダニエルの下顎にライナの裏拳が叩き込まれる。


ダニエルは何が起こったのか理解する間もなく、意識を刈り取られて床に倒れた。





「んーーーーー!! んぐーーーーー!!!」


「大丈夫だって。 別に殺したりはしないからさ」


ライナによって突然気絶させられたダニエルは、すぐに意識を取り戻した。


しかし、意識を取り戻すまでの僅かな間に、ライナによって手足を縛られ口をテープで塞がれてしまっていた。


今は更に椅子に縛り付けられている最中である。


「むぐーーーーーー!!!!! うぐーーーー!!!??」


「あーもううるさいな……。 もうちょっと待ってくれって。 多分そろそろ……」


そうライナが言い終わらるか終わらないか、というタイミングで、警察署内にけたたましい警報音が鳴り響いた。


「!?」


「お、来た来た」


それは火災の発生を知らせる警報だった。


この部屋だけでなく署内の全域で鳴り響いている警報音は、建物内にいる人間全てに異常を知らせていた。


「んぐぐ!!! んむーーーー!!?」


ダニエルが必死の形相でライナを睨み付け、何事か叫んだ。


しかし、口をガッチリ塞がれている為、その口からはくぐもった声が出るのみだった。


「ま、そんな訳で俺はこの隙にここからおさらばするよ。 いろいろ世話になったな。 ……あ、火災の方はすぐに収まるから心配しなくていいぞ」


そう言い残すとライナは縛られて首から上しか動かないダニエルに手を振り、武器庫を後にする。


どうにか拘束を解こうと暴れるダニエルに苦笑しつつ武器庫の扉を閉め、ロックもしっかりと掛けると、一度伸びをする。


「ふー……。 んじゃ、行くかぁ」


ライナはそんな気の抜けるような声を上げると、今度こそ屋上へ向かうべく、上階へ続く階段を上って行くのだった。


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