47 消えた操
連続投稿2話目
「………あった………」
大量の資料を漁る事3時間と少し。
遂にライナは目当ての物を見つけた。
「……全く関係ない資料の山に紛れ込んでるとか、勘弁しろよな……」
散らばった資料を集め、内容を確認し、机の上にある資料の山も一つ一つ確認して行く。
しかし、その資料の山は特にカテゴリー分けされた物ではなく、それぞれ関連性のない書類が山積みになっているだけだった。
バーンズの話を信じるなら、街の異変が起きる少し前にジョンソンは調書を書いていたという事だった為、ライナは比較的新しい山にあるのではないかと考えていた。
しかし、実際にはそうした資料の山の内の一つの丁度真ん中辺りに目的の調書は挟まっていた。
資料の向きが一致していなかった為、恐らく小さい山の上に別の山を乗せてしまったのだろう。
ようやく見つけた時には怪物と戦った時以上の疲労感を感じて脱力してしまった。
「何にせよ見つかったのは確かだし、良いんだけどな……」
そう呟きながらライナは見つけた資料に目をやる。
既に見つけた直後、内容に目は通している。
その内容は以下のような内容だった。
■ダイス倉庫管理敷地内における不法侵入事案に関する報告書
記入者:エディ・ジョンソン巡査部長
4月14日 AM11:20頃、グリーンフォレスト南エリアにあるダイス倉庫管理の敷地周辺に不審人物がうろついているとの通報があり、周辺パトロール中だった本官が対応。
その結果、ダイス倉庫管理敷地の東側壁付近を登って敷地内に侵入しようとしている被疑者を発見。
投降を呼び掛けると素直に指示に従った為拘束、そのまま事情聴取を行った。
当初、被疑者はこちらの質問には素直に答える等協力的な態度だったが、無線に連絡が入り、本官が気を逸らした隙を付いて本官を突き飛ばすとその場から逃走した。
すぐに後を追ったが、狭い裏路地をまるで猿か何かの様に素早く駆け抜けて振り切られてしまった。
方角としてはアーウェン通り沿いを北に向かって逃走したが、その後の足取りは掴めなかった。
直前のボディチェックでは危険物などは所持していなかったが、身のこなしなどを見るにただの物盗りとも思えない。
本官を突き飛ばす直前に手錠を自力で抜け出すなど、特殊な技能を持っている事からも、要注意人物であると思われる。
パトロール担当者にはその旨周知の上、速やかかつ厳重な拘束を行うよう伝達する事とする。
次に見つけた時は雁字搦めにしてひっ捕らえる為にロープを用意しておく所存である。
以下に被疑者本人より聴取した情報を記載しておく。
偽名等の可能性もあるが担当者には周知を求む。
・氏名:アレン・カーティス
・年齢:20
・職業:冒険家?(本人の弁による)
街へは観光で来たという事だが、倉庫へ侵入しようとした理由については「盗まれた物を探しに来た」と供述。
ダイス倉庫管理内のいわゆる『倉庫街』のどの倉庫に侵入しようとしたのかは黙秘。
しかし、侵入地点が敷地東側の壁側であった事からその方面であったと推測される。
何を盗まれたのか、何故ダイス倉庫管理にあると考えたのかに関しても頑なに語ろうとしなかった。
それ以外の詳しい事情は署の方で聞こうとした所で上記のような行動を取り逃走。
その他詳しい情報は得られず。
観光客であるという供述が事実である可能性を考え、市内宿泊施設への問い合わせを……
「……後は対応についての記述だけか」
この後街が異変に見舞われ、アレンを探すどころでは無くなってしまったのだろう。
それにしても、この報告書の内容は……。
「倉庫に不法侵入? 何やってんだコイツ……」
実の所、アレンという人物についての情報をライナは全くと言って良い程持っていない。
操の恋人、あるいは身内……最低でも知人。
今の所分かっているのはその程度な上、それすらも推測の域を出ない。
グリーンフォレストに異変が起きた際の本人の行動について分かっている事も、聖メアリー記念病院に侵入してサイディス側に捕まり拉致された、という事だけだ。
それ以降の足取りに関しては完全に途絶えてしまっているが、拉致された先がサイディス社の研究所であると仮定するなら、街を襲った異変に関係している可能性はある。
しかしそれも推測でしかなく、結局アレンに関してもはっきりとした事は何も分からなかった。
「しかも、職業冒険家ねぇ……何か急に胡散臭くなって来たな。 俺が言うのもなんだけど、操とどういう関係だったんだ? 本当に」
『便利屋』等と名乗っているライナが言えた事ではないが、『冒険家』も相当にアレである。
記憶を失う前の操の交友関係が心配になってしまうのは、少々過保護気味だろうか?
「まぁ何にせよ、一応情報は見つかったし……操が起きたら見せてやるか」
そう言って席を立ちつつ大きく伸びをするライナ。
ふと窓の外を見やると、既に周囲は暗くなりつつあった。
「……いけね、もうこんな時間か。 一旦操の様子を見に行くかな」
アンナに様子を見て欲しいと頼んだとはいえ、そのまま操を放置しておくわけにはいかない。
丁度資料も手に入った事もあり、ライナは操の様子を見に行く事にした。
階段を下りて1階に向かう。
警察署へ来て暫く経つが、逃げて来ているという避難民とは殆ど顔を合わせていない。
どうやら避難民は万一の事を考え、基本的に警察署の2階から上に避難しているらしい。
そして出来る限り怪物から逃れたいという心理が働くのか、2階には殆ど人影は無かった。
2階オフィス前の廊下にはぽつぽつと人影があるが、皆疲労からか顔を俯けて覇気の無い顔をしている。
しかし、中にはそうでない者……つまり元気のある者も居るようで、階段を下りるライナの耳に3階の方から野太い大きな声が届いた。
『くっそ―! アイツめ、何処行った!? 盗人め……。 あれは絶対俺の……!』
『分かりましたから、落ち着いて下さいエヴァンスさん! 探し物なら私達の方でしますから……』
最初に聞こえた声に覚えは無かったが、後から聞こえたのはアンナの声だ。
何やら最初の声の主を宥めているようだ。
『あんまり大声を出さないでくれ、エヴァンスさん。 皆不安なんだ。 騒いだら他の人が怖がっちまうよ』
続いて聞こえて来たのはジェフリーの声だ。
話の内容的に、何やら盗まれたと言って騒いでいる誰かを二人で宥めているらしい。
避難生活が一週間以上経過し、警察署に避難して来ている住民達のストレスが溜まりつつある……とハリソンは話していた。
あの騒ぎもその類なのかもしれない。
一瞬止めに入るべきかとも思ったが、警官であるアンナ達はともかく、ライナは一応一般人だ。
ここでライナが口を挟むと余計にややこしくなってしまうかもしれない。
気にはなるが今は首を突っ込まず操の元に向かうべきだろう。
「……警察も大変だなー」
ライナは相変わらず聞こえて来る騒ぎの声を背に、そんな事を呟くと階段を下りて行った。
階段を下りて1階に辿り着くと、ライナは廊下を進んで仮眠室を目指した。
先程オフィスから案内されて向かった時もそうだったが、1階には殆ど人が居ない。
居るとしても敷地周辺を警備して怪物が入り込まないように見張っている警官達、あるいはヘンリー医師くらいだ。
その上で仮眠室は睡眠の妨げにならないようにする為か、1階の少し奥まった所にあった。
「あれ? ヘンリーの爺さんじゃん」
廊下を何度か曲がりつつ進んで行ったライナは、仮眠室前の廊下に出た所でヘンリー医師と鉢合わせた。
丁度ライナが廊下を曲がって来たタイミングで向こうも反対側の廊下を曲がってきたようで、ライナを見ると少々驚いた表情になった。
「おっと! ……ああ、ライナか。 人が居ると思っとらんかったから驚いたわい」
そう言って胸を撫で下ろすヘンリー医師。
何というか、仕草がいちいち芝居がかっている人だ。
「……悪かったな。 そっちはどうしたんだ? 住人のケアってやつしてたんだろ?」
苦笑を浮かべつつライナがそう尋ねると、ヘンリー医師はやや疲れた表情で溜息を吐いた。
「そうなんだがな。 ちと騒ぎが起こってしまったので、アンナ達に任せて来たのだ」
「ああ、そういやなんか上で騒いでたな……」
恐らく先程聞こえて来た盗人がどうとかいう話の事だろう。
医者として住人の様子を見ているとはいえ、ヘンリー医師も一般人なのだ。
荒事に発展しそうな事となると、警官達に任せるしかないのだろう。
「中々相手が収まらんのでな、アンナとジェフリーが対応してくれている。 で、代わりにお前さんの相棒の様子を見て来て欲しいと頼まれたのさ」
どうやらアンナが騒ぎの対応で動けなかった為、ヘンリー医師に操の様子を見て来て貰うよう頼んだらしい。
二人がかりで宥めていた事から、そこそこ騒ぎになっているようだ。
「なるほどな。 警察も大変だねぇ」
「なーにを他人事のように言っとるんだ。 こういう時こそ若いもんは腕っぷしを生かしてガツンとやるもんだろう」
暗に「ぶん殴って黙らせて来い」と言うヘンリー医師に呆れた表情を浮かべるライナ。
医者じゃないのか、アンタ。
「死んどらんかったら私が治療してやるから心配はいらんよ。 こう見えて私も若い頃はそりゃあもう……」
そう言っておどけたように言いながら、仮眠室の扉に近付くヘンリー医師。
その時。
「待て。 爺さん。 扉から離れろ」
突然ライナが真剣な表情でヘンリー医師を制止した。
「うん? 何だ?」
「扉から少し離れてくれ」
再度そう言ったライナはいつの間にか銃を抜いていた。
先程までの気安い雰囲気は一切残っていない。
ただならぬライナの雰囲気にヘンリー医師も非常事態だと察し、扉から下がって距離を取る。
右手に銃を持った状態で仮眠室の扉にライナが近付く。
扉は開いていた。
しっかりと閉めてあった筈の扉が半開きの状態になっており、扉の隙間から室内の暗闇が僅かに覗いている。
ライナは身を隠すように壁際に寄り、左手で扉を押し開けた。
ギィ、と音を立てて扉が開く
「…………」
扉が開かれても特に何も起こる事は無く、一瞬の静寂が廊下を支配する。
ライナは廊下の反対側に避難しているヘンリー医師に目配せし、そのままそこに居るように促すと仮眠室にそっと足を踏み入れた。
室内の電灯は消された状態だった。
先程操が眠った後、部屋を離れる際に薄暗い程度に明かりは付けてあった筈だ。
しかし現在は完全に明かりが落とされ、室内は廊下の明かり以外の光源は無く、真っ暗な状態となっている。
ライナはその暗闇に向かって銃を向けたまま、視線を外さず入り口横の明かりのスイッチを入れた。
パチッ、という音が室内に鳴り響き、頼りない蛍光灯の明かりが暗闇を照らした。
「…………はぁ……。 爺さん、来ても良いぞ」
明かりで照らされた室内を確認したライナは、大きく溜息を吐くとヘンリー医師にそう声を掛けた。
「一体どうしたというんだ?」
訝しげな表情でライナの元へ近づいて来るヘンリー医師。
そんな彼にライナは眉間に皺を寄せて呟くように言った。
「……操が居ない」
中に入った時点でライナは室内に操が居ない事に気が付いていた。
眠る操の息遣いや、部屋の中に人間が一人いるという状況で感じる空気の流れ……。
そういった物が感じられない時点で予想は出来たからだ。
「居ない? 確かかね?」
そう言いつつヘンリー医師も室内へ入って来る。
ヘンリー医師は、操が寝ていたベッドに彼女の姿が無いのを確認すると室内をぐるりと見渡して言った。
「あの体調で何処へ行ったんだ? 眠ってから3時間も経っとらんぞ」
どうやらヘンリー医師の見立てでは、操の体調不良は完全に解消されるまでもっと時間が掛かる筈だったようだ。
3時間というとそこそこ経っているように思えるが、彼の想定では一晩程は睡眠が必要との事だった。
「爺さん。 あんたが最後に操を見たのは?」
「私が最後に操を見たのは君らと一緒に彼女を診察した時だよ。 暫く寝かせてやる必要があると思ったからな」
操の診察をした後、ヘンリー医師は3階に避難している住民の中に体調不良を訴える者が居た為、そちらの面倒を見ていたのだそうだ。
その為、仮眠室はおろか、1階にも来ていないという。
「何かあったという話は聞いておらん。 その辺りは警部補達が目を光らせているから、何も知らせが入らないという事は無い筈だが……」
ライナは操を寝かせた後、ハリソン達と話をしてそのまま2階のオフィスに籠り切りになってしまっていた。
それ自体はハリソンやアンナも知っているし、オフィスまでライナを案内したバーンズもいる。
操に何か異常があればライナの元にも知らせが来るはずだ。
「……水が入ったコップが置いてあるな。 操をここに連れて来た時は無かった。 ……水がちょっと減ってる」
操が目を覚ました時を考えてアンナが置いてくれた物だろうか?
コップに付いた水の跡から中身が減っている事が分かる。
つまり、第三者が居たのでなければ、操が目を覚まして自分で水を口にしたという事だ。
その上で姿が見えないという事は……。
「………爺さん、悪いんだけど、操が居なくなった事は黙っておいてくれるか?」
「何? 何故だ?」
突然のライナの言葉に驚いた声を上げるヘンリー医師。
その反応も当然だが、考えておかなくてはいけない事もあった。
「考えたくはないけど、怪物に……なんて事が無いとも限らない。 ただでさえ上の住民達の間でいざこざが増えてるんだろ? ここで下手に人が居なくなったなんて話したら、火に油だぜ」
大勢の人間が閉鎖された空間に閉じ込められたに等しい今の状況で、最も恐ろしいのは住民達の間でパニックが起こる事だ。
先程の3階での騒ぎからも分かるように、住民達のストレスは限界に達しつつある。
この状況で人が一人行方不明になった可能性がある、などと言う話を聞こうものなら、あっという間に暴発してしまうと思われた。
「ううむ……確かにそうだが……。 お前さん一人で探す気かね?」
「探すのは、な。 ハリソンやアンナには伝えるよ。 あんまり警官連中の手を煩わせたくないし……」
操が何処へ行ってしまったのか、何故一人で姿を消してしまったのかは分からないが、建物内……あるいは敷地内を探すとしても、警察署はそれなりの広さがある。
手分けして探すとしても、割ける人員が極端に少ない現状ではハリソン達に手伝わせる事は出来ない。
そうなると、探すのはどの道ライナだけで行わなくてはいけないだろう。
「それなら、せめてアンナに話を聞いて行くと良い。 恐らくだが、最後に操の様子を確認したのは彼女だろうからな」
ヘンリー医師がアンナから操の様子を見るよう頼まれた際、アンナは「さっき見に行った時には変わった様子は無かった」という趣旨の話をしていたのだという。
それがいつ頃なのか分かれば操が部屋を出たタイミングがわかる筈だ。
「そうだな、一度アンナに話を聞いてみるよ。 ……上の騒ぎ、収まってればいいんだけど」
そう言ってライナは、先程騒いでいた住民を宥めているアンナとジェフリーの事を思い出していた。
ヘンリー医師と別れて仮眠室を後にしたライナは、その足で3階に向かった。
先程階段を降りる際に聞こえていた大きな声は既に聞こえなくなっており、どうやら騒ぎは収まったようだ。
階段を登り切った所で廊下が正面に見えて来るが、そこには身を寄せ合うようにして毛布に包まった、住民と思われる人々の姿があった。
左右に伸びた廊下には、同じように疲れ切った表情で床に蹲る人の姿がチラホラとあり、文字通り緊急避難所、といった様相を呈していた。
3階には署長室を始めとして、資料室や証拠品を保管する保管庫、鑑識室や倉庫などがある。
しかし、今はどの部屋も機能しておらず、全て住民の避難所として開放されている状態だった。
廊下には休憩スペースや部屋の中にあったと思われる椅子が並べられており、それらを簡易的な寝床として使っているようだ。
当然と言えば当然だが、住民達に覇気は無く、皆憔悴し切った面持ちだ。
いつになれば救助が来るのか、それ以前に本当に救助は来るのか。
それどころか、自分は生きてこの街から出られるのか……。
そんな一歩間違えれば気が狂ってしまいそうな状況に長く晒され続けた事で、住民の精神はギリギリの所まで追い詰められているのが、フロアに漂う重苦しい空気から感じ取る事が出来た。
ライナは小さく溜息を吐いて肩を竦めると、廊下で蹲る住民達を避けながらアンナの姿を探した。
先程、騒ぎを収める為に3階に来ていた筈だが、よくよく考えたら、あの足の怪我でここまで来るのは中々大変なのではないだろうか。
暫く大人しくしているようにハリソンから言われていた筈だが……。
「……ま、言われたとおりに大人しくしてるって感じじゃないか」
「誰が大人しくしてないって?」
思わず漏れた呟きに返事を返され、ライナは驚いた表情で声のした方へ顔を向ける。
そこに立っていたのはジェフリーだった。
両手でダンボール箱を抱えて部屋の一つから出て来た所だったようで、足で扉を閉めている。
「あんたにせよアンナにせよ、ちょっと働きすぎなんじゃないかって事さ」
「この状況じゃ仕方がない。 俺達警官は市民を守るのが仕事だからな」
そう言って笑うジェフリーは、疲れた様子も見せずに持っていた段ボール箱を床に下ろすと、箱の中から何やら取り出した。
「というわけで……ほら。 連れの娘と食べてくれ」
そう言って渡されたのは、二つのパッケージされたレーション……らしき物だった。
カラフルな包装がされており、軍用の非常食としてのレーションよりも菓子類に近い印象を受ける。
「備蓄してあった食料の一部なんだけどな、軍用のだと食べられない奴もいるだろうからって用意してたんだ」
「用意が良いな。 ……お子様も安心ってわけだ」
肩を竦めてそんな事を言うライナに、ジェフリーは苦笑を返す。
実際、軍用レーションというものはお世辞にも美味くないと有名だ。
最近ではかなりマシになったとも聞くが、少なくともライナはその辺りに関してはあまり詳しくない。
「まあ何にせよ有難く貰っとくよ。 ……あ、そうだ、ちょうどいいや。 アンナがどこに居るか知らないか?」
「ん? アンナならこの奥の倉庫の方で食料の残数チェックしてるぞ。 ……どうかしたのか?」
ライナがアンナを探している事に、ジェフリーは若干訝し気な表情を向ける。
……幾ら鈍くとも、そんな反応をされれば流石にライナも気が付く。
ライナは笑ってジェフリーに補足した。
「ああ、操の事でちょっと聞きたい事があるんだ。 ……別に取ったりしないから心配すんなよ」
「んなっ……!?」
分かりやす過ぎるくらいに顔が真っ赤になるジェフリー。
というか、実を言うと正門前で初めてジェフリーを目にした時からアンナに対して気があるのでは、と思ってはいたのだ。
何かとアンナを気遣っているし、先程の騒ぎの時もジェフリーはアンナと一緒にいた。
つまりはそういう事なんだろうな、くらいに思っていたのだが…………反応を見るに図星だったようだ。
「安心しな、あんたの他の同僚はわかんないけど、俺は応援してるからさ!」
とても良い笑顔でジェフリーの肩をベシベシ叩くライナ。
ジェフリーは顔を赤くしたまま俯いて動かない。
「っ……。 べ、別に俺はそんなんじゃ……」
「そういうのは素直が一番だぜ? ……まぁ、俺もよく分かんないけど」
ライナの適当なアドバイス(?)に呆れたような顔をするジェフリー。
実際、色恋の話などライナは全く経験が無いのだから仕方がない。
「……その割にはアンナはあんたの事、「手慣れている」って言ってたぞ。 なんか、「人誑しっぽい気配がする」とも言ってたな」
「……あいつ、人の事裏でどういう評価をしてるんだよ……」
複雑そうな表情を浮かべるライナだが、まあ他人から見るとそう見えるのも仕方がないかもしれない。
“そういう風に”生きているのだから。
「恋愛経験なんて0だけど、“仕事上の付き合い”って事ならまぁ……色々あるからな。 そういう所かもしれないな」
「…………そういう物なのか」
ライナの言う“仕事上の付き合い”が何を指すのかジェフリーには分からなかったようだが、色々とあるのだという事は伝わったらしい。
なので、ライナは最後に本当にためになるアドバイスを送る事にした。
「ま、“健全なお付き合い”ってやつがしたいなら、ちゃんと『許可』を取れよ。 取るべき相手からは、さ」
「え?」
そう言ってジェフリーの肩をもう一度だけポン、と叩くと、ライナはそのままアンナがいるという倉庫へ向かって歩いて行った。
「……許可って、何の許可だ……?」
背後から聞こえたそんな声にライナは苦笑しつつ、前途多難だと溜息を吐いた。
ジェフリーから聞いた倉庫は3階の奥まった場所にあった。
日当たりが悪い……というよりも窓すらないその部屋には、ダンボールに入った物資が集められていた。
ちらりと見える箱の中身は水と食料が殆どのようだ。
やはり、万が一襲撃を受けた際に物資を失わない為に3階に集められているのだろう。
「あら、ライナ? どうしたの?」
箱の中身を確認しつつ、クリップボードの紙に食料などの在庫状況を書き込んでいたアンナが、ライナに気が付いてそう言った。
「アンナ、ちょっと問題が起きた」
ライナは単刀直入に話始める。
操が仮眠室からいなくなった事を伝えると、アンナの顔が驚きと困惑に染まって行く。
「操が? 仮眠室に居ないの?」
「ああ、ヘンリーの爺さんと確認したけど、部屋にはいなかった。 爺さん曰く、まだ動けるような体調じゃない筈らしいんだけどな……」
実の所、ライナは仮に操の身に危険が降りかかったとしても、操なら自力で対処出来ると考えていた。
ここまで操が潜り抜けて来た修羅場は尋常な物ではなく、また実際にライナが目にした操の身のこなしを見た上でもそう思う事が出来る。
しかし、それは操の身が正常な状態であればの話だ。
正確に操がどういう状態だったかは分からないが、少なくとも万全な状態ではあるまい。
そう言った意味でもライナは速やかに操を探す必要があると思っていた。
「私が最後に操を見たのは1時間くらい前よ。 様子を見に行った時には少し寝苦しそうな感じだったけど、まだ眠っていたわ」
そのすぐ後、3階で騒いでいる住民がいるとの知らせが入った為、アンナは3階へ向かったそうだ。
その後は騒いでいた人物を後から合流したジェフリーと共に宥めていたそうで、以降操の姿は見ていないそうだ。
「中々相手が納得しなかったから、仕方ないんで途中でヘンリー先生に操の様子を見て来てほしいって頼んだんだけど……」
「ああ、そこん所は爺さんに聞いた。 ……とすると、少なくとも今から1時間前までの間に操は目を覚まして何処かへ行ったって事だな……」
1時間もあれば警察署のどこへでも行ける。
それこそ、周囲の目を避けて敷地の外へ行く事も操には容易いだろう。
ライナは難しい顔をしつつアンナに向かってある事を頼んだ。
「……アンナ、悪いんだけど、ハリソンにこの事知らせておいてくれるか? 避難して来てる連中に知られると面倒だろ?」
そう言うと、アンナはライナの意図を察したのか、真剣な顔で頷いた。
「……わかった、伝えて来るわ。 あなたはこのまま操を探すの?」
「そのつもりだ。 警察署内にいるんなら良いんだけど……可能性は低いだろうな」
操が既に署内にいないだろうと暗に言うライナにアンナは驚きを露わにする。
敷地内はともかく、敷地の外は当然怪物がうろついているのだ。
そんな状況で外へ行く程の理由が操にはあったのだろうか。
「まさか……外に行ったって事? この危険な状況で?」
「勘だけどな。 俺も、ここを離れる理由は無いと思うんだけど……あいつ、時々無茶するからさ」
困ったように笑うライナにアンナも溜息を吐く。
ライナも操と付き合いが長いというわけではないそうだが、それでも二人の間には二人にしか分からない事があるようだ。
ライナの勘が正しいのかどうかアンナには分からないが、何となくアンナもその勘を信じるべきだと感じた。
「……ごめんなさい。 本当なら頼まれた私が見ていなきゃいけなかったのに……」
やむを得ない事情があったとしても、アンナは操の事をライナから頼まれていた。
にも関わらず、操の行方が分からなくなってしまった事にアンナはライナに謝罪したのだった。
「あんたのせいじゃないよ。 本来なら俺が近くにいれば良かっただけなんだからな。 あいつが居なくなった責任があるとすれば俺の方さ」
操が休息を取っている間、操の記憶を取り戻す手がかりをライナは求めた。
それは単にその方が効率が良いとか、操が目を覚ました時に良い報告が出来れば操も安心するだろう、といった考えも確かにあった。
しかし、実際にライナが一人で情報を求めた理由の大半は、操が予想だにしていなかった情報が出て来る事を危惧しての事だった。
操には何か、操自身も気付いていない重大な秘密があるのではないか。
操と行動を共にする内にライナはそう考えるようになっていた。
操自身が自分の身に起きている事を正確に理解していないという事はライナも知っている。
であれば、何か重大な見落としがあり、操がそれを不意に知ってしまう事で、操自身の精神の均衡を崩してしまうのではないか。
操の精神が不安定であるという事はライナも薄々感じていた為、そのような状況になれば取り返しがつかなくなってしまう。
要するに、ライナは操が自分よりも先に操自身の真実を知る事を恐れたのだ。
先に自分が操の『真実』を知っておけば、操が壊れてしまわない様に情報をコントロール出来る。
それは、操の為でもあるが、ライナ自身の為でもあった。
ともすれば独りよがりとも言える行為であり、アンナにその片棒を担がせているような物なのだ。
アンナには感謝こそすれども、謝罪が必要な事など何一つとして無かった。
「とにかく、まずは署の中を探してみる。 あんたはこの事をハリソンに伝えて、署内に異常が無いかそれとなくチェックするように言ってくれ」
「……わかった。 もし操が見つからない様なら声を掛けて。 その時は私達も探すわ」
ライナはアンナにそう頼むと、まずは1階から探すべく階段へと向かった。
1階には避難民は居ないが生き残りの警官達は常駐している。
仮眠室から出た後の操の姿を目撃しているかもしれない。
「さて……何処に行ったのかな」
ライナはそう独り言を呟きながら、無意識に足を速めるのだった。




