46 操の過去とアレン
しばらくライナパート
期間が少し空いてしまったので3話掲載です
ライナは警察署に生存者がいるという理由で操と共にここまで来た、とハリソン達には話していた。
実際それは嘘ではなく、ある程度安全を確保する為に警察署までやって来ている。
しかしその一方、ライナは今まで操から聞いた記憶を失う前の操に関する情報を、警察署なら調べる事が出来るのではないかと考えていた。
「操くんの? ……しかし、先程の話では大した事は思い出せていないとの事だったのでは?」
「まあな。 でも、俺達が聞いた限りじゃ大した事なくても、この街の人間なら分かる事もあるんじゃないかと思ってさ。 現状だと俺は勿論の事、操もこの街の人間ってわけじゃないしな」
街の外部の人間であるライナと、この街の人間だと思われるが記憶喪失の状態の操では、グリーンフォレスト内の事柄に関して知識が不足している可能性があった。
例えば、最近住民の間で噂になっていた事や以前起きた事件など、街に実際に住んでいた人間でなくては知らない細かな事柄だ。
ライナはこれまで操と行動を共にしつつ、操自身や街中の様子から彼女の記憶の手掛かりになりそうな情報が無いか探っていた。
しかしその結果わかったのは、情報がほぼ無いという事だった。
「そっか、操はこの街に住んでた筈なのよね……。 でも、それなら街の中を移動している内に何か記憶が戻りそうなものだけど……、実際、ほんの少しは戻る事があったんでしょ?」
アンナの言う通り、病院などで自分に関わりがあった場所などを目にした際、操はごく一部ではあるが記憶を取り戻している。
であれば、それ以外にも街中を暫く移動して来たのだから、かつて見慣れた風景などを目にする機会があったとしても不思議ではない。
しかし、今の所操は街中で過ごしていた記憶を思い出すような事は無かった。
「そう、そこなんだ。 最初、俺は操が実はこの街の人間じゃないんじゃないかって考えたんだ」
「うん? 何故だ?」
ライナが操と今後の行動方針についての話をしている際、時折この街の暗部……つまりサイディスに関連した部分に話が及ぶ事が多々あった。
そういった話が出た際、操は決まって必ず強い嫌悪感と呆れの感情を露わにしていた。
その時はライナも同じような感想を抱いていた為気にしなかったが、よく考えてみると違和感を感じたのだ。
「操が昔からこの街に住んでるんなら、そう言う話の一つ二つは聞いてるんじゃないか? だとすれば、そういった類の話を聞いて全く何も思い出さないっていうのは……どうなんだ?」
ライナから見てもその類の話を聞いた操はかなり感情を露わにしていた。
そこまで強く嫌悪するのなら、記憶を失う前も同じように感じた可能性は高い。
ならばそれが呼び水となって記憶がほんの少しでも甦るのでは? とライナは考えたのだ。
そして、そうした事が無いのであれば、操がこの街の住人ではない可能性もある。
「それは……ちょっと話が飛躍しすぎじゃない? 記憶障害って一概にこうと決められる症状の変化をするようなものじゃないでしょ?」
「そうだな。 記憶喪失になった人間が記憶を取り戻すのは、自身に深く関わりがあった事柄に触れた際が多いというが……必ずしもそうだとは限らないと思う」
アンナとハリソンはライナの考えに否定的なようだ。
しかし、ライナが操の素性についてそう思ったのには別の理由もある。
「一応理由が他にもある。 操が記憶を失った状態で目を覚ましたっていうのは話したと思うけど、その目を覚ました場所っていうのが『ホテル・ロイヤルフォレスト』っていうホテルの一室だったんだ」
先程、オフィスでハリソン達に操の事情を話した際、最初に目を覚ました場所がホテルだとは話していなかった。
そこまで細かく話してしまうと、話の流れで操の特殊能力についての話を避けられなくなる可能性があったからだ。
だが、記憶を失う前の操の情報を得る為には、そうした細かい部分もギリギリまで話す必要があると考え、ライナはハリソン達にそれらの情報も伝える事にしたのだ。
実際、ハリソン達の表情が明らかに変わった。
「ホテル・ロイヤルフォレスト? あの金持ち御用達の?」
「操があのホテルに居たの?」
ハリソンとアンナが顔に浮かべたのは複雑な感情だった。
その表情からはサイディスに対してとはまた違った嫌悪感が見て取れる。
「金持ち御用達? そんなホテルなのか?」
ちなみにライナは別の場所にある安宿に泊まっていた。
乗って来た車等もそこに置いて来てしまっている為、荷物が無事か今更ながら若干心配していたりする。
「御用達………というわけでは勿論ないんですが、この街で一番の高級ホテルなのは事実ですね。 ただちょっと……高級な分……その、気位が高いというか……」
「要するに客見てお高くとまるって事よ。 金持ち相手にはあからさまに媚びへつらうの。 ……例えば、サイディスの重役とかね」
「あー…………」
何となくアンナ達が嫌そうな顔をした理由が分かったライナ。
つまり、そういう連中がよく滞在している場所であり、何かしら問題が起きやすいホテルなのだろう。
「……あまり特定の企業を、それも違法な事をしているわけではない企業を悪く言いたくはないんだが……、あのホテルに関しては、うちの署員でトラブルの対応に駆り出されていない者はいないと言って良いだろう」
「……民度低いなぁ……」
呆れ顔で呟くライナにハリソン達も揃って溜息を吐く。
……どうやら余程の事らしい。
「ゴホン! とにかく、操はそのホテルの一室で目を覚ました。 街がこんな状況になってる中でそんな場所にいるっていうのはどんな理由があると思う?」
わざとらしく咳払いをして話を戻したライナは、ハリソン達にそう問いかける。
一部の者以外は街の人間が遠巻きにする高級ホテル。
そんな場所に操が居る可能性、となれば……。
「まあ……あなたの言う通り、外から来てホテルに泊まっていた人、がまず一つよね」
「他には……ホテルの宿泊客の身内? いや、それなら外部から来た人間である事と変わらない……か? しかし、操くんはジェイムズ・クロフォード医師と旧知だったそうだし……」
「ええと……操さんが街の住人なら、単純に街がこんな状況になってホテルに逃げ込んだ、とかでは?」
ハリソン、アンナ、バーンズがそれぞれ意見を口にする。
どの意見も有りそうと言えば有りそうだが、操を近くで見ていたライナからすると、どれも違和感がある内容だった。
だが同時に、どの意見もライナの推測に近いものでもある。
「……自分で言っておいてなんだけど、今俺は操が街の外から来た人間だとは思ってないんだ。 クロフォードがこの街に操がいる事を前提に、メールを送っていたらしくってな」
「え?」
「もしこの街に異変が起きた時に操が街にいないなら、無事を確かめる様な内容を含んだメールは送らないだろ?」
「それは……まあ、確かにそうですね……」
操から内容を聞いていたクロフォードから操に宛てたメール。
その文面から考えて、この街に操が居るという事を確信している文章の様にライナは感じていた。
更に、ハリソン達には話さなかったが、操が記憶を失う前の自分とクロフォードが親しげに話していたのを夢の中で目にしている。
それがいつの光景かはっきりしていないが、操が見た限りそれ程前というわけではなさそうだとの事だった。
それらの事からライナは、操はやはりこの街の住人である可能性が高いと現在では考えていた。
しかし、そうだとすると、ライナの脳裏にある一つの推測が浮かんで来る。
「なら、どうして操はホテルに……しかも街の評判が悪いホテルに居たの?」
アンナがライナに結論を促した。
街の住民である筈の操が、悪評が立っているホテルにわざわざ泊まっていたと思われる理由。
それは、操と行動を共にしていたライナが、“操についての情報を街を探索する中で全く見つけられなかった事”と繋がるのではないだろうか?
「……さっきの電波妨害の件と同じで、これも俺の完全な推測だ。 だから証拠も何もないんだが……」
ライナはそう言って難しい顔を作る。
それは、ライナとしても厄介な話に発展しそうな、あまり想像したくない話だった。
「……操はそもそも、この街に何かから逃げて来ていて、街の人間と接触しないように隠れ住んでたんじゃないかな」
ライナは操と行動を共にしている際、操の細かな反応を密かに観察していた。
仮に、街の様子を見て必ずしも記憶が戻らずとも、“体に染みついた動き”は日常生活の中でも身に付いているものだからだ。
そうした普段通りの振る舞いを見れば大体の場合、相手がどういう人間かを判断する事が出来る。
少なくとも、ライナにとってはそういうものだった。
だが、そうして操を観察した結果わかった事は、“操はこの街に慣れていない”という事だった。
記憶喪失なのだから当たり前と言えば当たり前だが、それでも操の動きには“慣れ”が無かった。
ライナから見ても“初めてこの街へ来た人間”でしかなく、この情報から判断するなら操は街の人間ではないと考えるべきだろう。
しかし、先程ライナがハリソン達に言ったように、クロフォードとのやり取りからは、この街に住んでそれなりの時間が経っている人間であるという印象を受けた。
全くの正反対である結論が出た事にライナは頭を悩ませた。
しかし、仮にどちらの結論も正しいのだとしたら?
そう考えた結果、ライナが出した答えが、“操はこの街に隠れて住んでいたのでは?”というものだった。
「隠れ住んでたって……一体何から?」
「クロフォード医師と接触していたのは事実なのだろう? それでいて身を隠していたというのは……どういう事なんだ?」
アンナとハリソンが困惑した様子でライナに疑問を投げかける。
バーンズは黙っているが、ライナの仮説に懐疑的なのか眉間に皺を寄せていた。
「実はさ、詳細は省くけど……操とサイディス社の間でトラブルがあったらしいんだ。 クロフォードが操に送ったメールにそう書いてあったらしくてな」
「何だと?」
またもサイディスの名前が出て来た事にハリソンは顔を顰めて驚く。
聖メアリーの件然り、署長の件然りだが、この上更に何かあるのか、という表情だ。
「トラブル……と聞くと穏やかじゃないですが、一体それは……?」
バーンズがライナに尋ねる。
これまでサイディス関連の話は“トラブル”でなかった試しがない為警戒したような表情だ。
「具体的に何がどうなったのかは分からない。 ……ただ、クロフォードのメールの内容を要約すると、操の知り合いをサイディスの連中が誘拐して、操に何かさせようとしてたみたいなんだ」
「「「………………」」」
ライナが話した内容に思わず言葉を失うハリソン達。
どう考えてもそれはトラブルですらない、完全な“犯罪行為”だ。
「……操くんはそれを聞いて何と?」
「……ま、困惑してたよ。 しかも、名前だけならその誘拐された相手の事は思い出してたからな」
誘拐された相手、つまりアレンに関しては、ライナは元より操自身も殆ど何も情報を得られていない。
それでも、操が唯一身に付けていた持ち物であるペンダントの中に二人で映った写真があった事から、操にとって重要人物である事も間違いなかった。
「……何て名前なの? その誘拐されたっていう知り合いは」
「えーと……アレン・カーティス、だったかな。 因みにクロフォードもカーティスくんって呼んでたみたいだから、そっちとも知り合いっぽいな」
ペンダントには『アレンからミサオへ』としか書いていなかったが、メールを読んだ操がアレンのフルネームを思い出している。
しかし、フルネーム以外で思い出せたのはアレンについての情報というよりは、自身が過去に見た光景のフラッシュバックのようなものだったらしく、明確な手掛かりにはならなかったようだ。
「うーむ……特別珍しい名前というわけでもないな……。 何か特徴があれば探せるかもしれないが……」
「街がこんな状況じゃ戸籍情報を調べるなんて事も難しいですよね。 その人の事が分かればもしかしたら手掛かりになるかもしれないけど……」
悩むハリソンとアンナ。
二人も恩人であるライナと操の為に力になりたいのは山々なようだが、何せ街が壊滅状態に陥っている今の状況では通常時の捜査方法が使えない為難しいようだ。
「まぁ、何か知ってたら教えて欲しいって程度だから、今すぐどうにかして貰わなくていいよ。 他の連中とかにも聞いてみてくれたら……」
ライナはそう言って二人を宥めようとした。
しかしその時、意外な所から声が上がった。
「カーティス……アレン・カーティス…………? 何処かで聞いたような……?」
「え?」
『アレン・カーティス』の名前に反応したのはバーンズだった。
彼は腕を組み、悩ましげな顔で唸っている。
「バーンズ、それは本当か?」
「いや、その……はっきりとは思い出せないんですが、つい最近その名前を何処かで見たか聞いたかしたような気がするんです」
そう言ってバーンズは自信なさげな表情をした。
確証はないが覚えがあるような気がする、といった顔だ。
「マジか。 どんな些細な事でも良い。 何か思い出さないか?」
ライナがそう言ってバーンズに思い出すよう促す。
促されたバーンズは唸り声を上げながら何かを思い出そうとしていた。
「どこで……いや、いつ、か? 見たのは警察署内で間違いない………そうだ、事件が起きる前、オフィスで……」
順を追って思い出そうとしているらしく、口からブツブツと呟きが洩れる。
そうして暫くライナを含めた3人が固唾を飲んで見守る中、バーンズが突然はっと顔を上げた。
「そうだ! 調書だ! 事件が起きる少し前、誰かが書いた供述調書を見て……そうだ!ジョンソン先輩だ!」
「ジョンソン巡査部長ですか?」
「しかも、供述調書だと? どういう事だ?」
アレンの名前を目にした時の光景をはっきりと思い出したのか、バーンズはしきりに頷いている。
「街の異変が起きる何日か前……だったと思います。 ジョンソン先輩がデスクで調書を書いていたんです。 何だか不機嫌な顔で……」
ライナはジョンソンという名前に聞き覚えがあった。
確か、アンナと共に捜索班として警察署の外に出ていた警官だ。
案の定、アンナの様子を伺うと、怪物の群れに襲われてジョンソン達が死亡した際の事を思い出してしまったのか、表情が強張っている。
「ああ! 思い出したぞ。 確か、南にある倉庫街に侵入しようとしていた不審者を見つけて事情聴取をしようとしたという話だったな」
「ええ、そうです。 ただ、手に怪我をしていたので何があったか聞いたんです。 そうしたら、『事情聴取の途中で被疑者が急に暴れ出して逃げられた』と……」
バーンズによると、倉庫街で不審者を発見したジョンソンは、その不審者を拘束し事情聴取を行おうとしたらしい。
そこで最低限名前などを聴取した上で応援を呼ぼうとしたそうなのだが、何と相手が手錠を抜け出し、ジョンソンに当て身を喰らわせて逃走したのだという。
その際にジョンソンは手を負傷してしまい、不機嫌そうに調書を書いていた為、バーンズも覚えていたのだそうだ。
「ああ、そういやヘンリーの爺さんが怪我人の治療に来たとか言ってたな。
……ん? という事はその不審者って……」
ライナは話の流れから嫌な予感を感じた。
尤も、この話の大本を考えれば予感ではなく当然の帰結なのだが。
「……そうです。 その時巡査部長に見せて貰った調書に書かれていた被疑者がアレン・カーティスだったんです」
「マジかよ……。 何か、どんどんややこしくなるな……」
ようやく操の知人らしき人物の足取りを発見出来たと思ったら、まさかの逮捕からの逃走。
身内かもしれない人間がそのような事をしていたと操が知ったら、どんな顔をするだろうか。
それでも一応収穫ではある為、ライナはバーンズにさらに情報は無いか尋ねる事にした。
「名前は記録してたって事は他にも何か聞き出してたりしてないか? ちょっとでも情報が欲しいんだ」
「すみません、調書の内容までは詳しく覚えていなくて……。 ああ、でも、その後何日かして街の異変が起こりましたから、もしかしたらまだデスクに調書があるかもしれません」
バーンズによると、彼がジョンソンと会話をした数日後に『青い花』の事件が起きたのだそうだ。
事件が起きて警察署の全職員は対応に当たるよう非常招集が掛けられた為、バーンズもジョンソンもそちらを最優先に行動する事となった。
ジョンソンはアレンの件の調書以外にも報告書の整理を行っていたようで、当時の机の上は書類だらけだったそうだ。
その為、まだ調書は完成していたとしても、書類整理自体が終わっていない可能性が高く、そうであるならジョンソンのデスクに調書がまだ残っているかもしれないとの事だった。
「ジョンソン巡査部長のデスクなら2階のオフィスね。 良ければ案内しましょうか?」
「気持ちは嬉しいけど、怪我人だろあんた。 建物の中には怪物もいないんだし、自分で探すよ。 ……良いよな?」
ライナがそう言ってハリソンに視線を向けると、ハリソンもライナの言い分に同意した。
「そうだな、アンナはまずは安静にしているんだ。 無理をして傷が悪化してしまっては元も子もない」
「案内なら私の方でしておくよ。 避難している人達の件もあるし、トラブルが無いとも限らないからね」
「……分かりました。 ならお願いします、巡査部長」
ハリソンとバーンズ、上司二人からも止められてアンナは渋々ながら引き下がった。
と、そんなやり取りを眺めていたライナは、アンナにある仕事を頼む事にした。
「その代わりと言っちゃなんだけどアンナ。 操の様子を時々見てやってくれないか?場合によっちゃ、俺は暫く掛かり切りになりそうだからな」
アレンの調書そのものはともかく、この街が非常事態に陥ってから一週間が経っている。
その調書自体がすぐに見つかるかどうかは分からないとライナは考えていた。
その間、休んでいる操の様子も気になる為、アンナに見ていて欲しいと頼んだのだ。
「ええ、任せて。 ヘンリー先生もいるし、そっちは大丈夫だと思うわ」
「悪いな。 よろしく頼む」
「操くんの事は他の者にも気に掛けるように伝えておこう。 その方が君も安心だろう」
ハリソンがそう補足してくれる。
仮眠室が1階にある為、万一の場合を考えてそう言ってくれているようだった。
「ああ、助かるよ」
「バーンズ、ライナくんの案内を頼む」
「了解です、警部補」
そうしてライナはバーンズに案内され、ジョンソンが書いた調書を探して2階のオフィスに向かった。
「…………で、これか」
バーンズに案内されて2階のオフィスにやって来たライナ。
ジョンソンのデスクは入り口から奥に入った場所にあり、入口からオフィス内に入った時には見えていなかったのだが、デスクに近付くにつれてライナの顔が嫌そうなものに変わっていった。
「騒ぎが起きて、皆慌てて出て行きましたから……」
少々言い訳がましく聞こえるバーンズの言葉に思わず溜息を吐く。
目的の資料……調書が置いてあるというジョンソンのデスクは、とんでもない惨状になっていた。
ファイリングの途中だったと思われる様々な報告書が散乱した机の上は、いくつもの紙束の山が積み上がりとても個人のデスクだとは思えないような有様だ。
おまけに、風か何かで飛んだのか床にまで報告書の束が散乱している。
それ以外にも資料室から持って来たのか、既にファイリングされた資料などもあり、この中から目的の調書を見つけるのは骨が折れそうだ。
「ジョンソン巡査部長ってのは資料整理係とかだったのか? あんたの同僚なんだろ? 階級同じだし」
机の周辺に落ちていた紙の一枚を摘み上げながらライナが尋ねる。
内容は今年初めに起きた窃盗被害に関する報告書であり、もちろんライナが探すアレンに関する資料ではない。
「ええ、まあ……。 ジョンソン巡査部長は私の先輩にあたる人だったんですが、非常に几帳面な人で…………時々こういう資料整理を纏めて行う事があったんです」
何でも本人曰く『趣味』だったそうで、ムシャクシャした時に資料整理をしてストレス解消をしていたのだという。
「………常人の身からすると、余計にストレス溜まりそうなんだけど」
「先輩が言うには、整頓されていないものを綺麗に整理するとスッキリするそうで……」
分かるような、分からないような事を言うバーンズにライナも若干呆れ気味だ。
何であれ、タイミングとしては最悪のタイミングで街の異変が起こってしまった事は確かなようだった。
(まさかこれも『花』の野郎が狙って…………いや流石に無いか)
一瞬現実逃避しそうになったライナだが、もう一度溜息を吐くと意識を切り替えた。
操の為にもここは頑張らねばなるまい。
「……まあいいや。 ここに例の…………供述調書? があるのは間違いないんだろ? なら気合入れて探すとするさ」
「申し訳ないですがそういう事になりますね……。 私も手伝いますから、手分けして調べましょう」
気合を入れて資料漁りを開始しようとしたライナにバーンズがそう提案して来る。
どうやら最初から一緒に調書を探すつもりだったようだ。
「そう言ってもらえるのは有り難いけど、遠慮しとくよ。 署の警備の人出が足りてないんだろう? 個人的な探し物にまで人手を割かせるわけにはいかないよ」
アンナが負傷して戦線離脱状態である以上、戦力として数えられる警官組はバーンズを含めても5人しかいない。
正門と敷地内の見張りに3人が対応しているようなので、これ以上は人員を減らす事は出来ない筈だ。
「ですが……この量はかなり時間が掛かりますよ? 二人で調べれば半分の時間で終わります」
しかし、ライナの予想に反してバーンズはライナ一人では時間が掛かる事を理由に食い下がって来た。
そんなバーンズに苦笑を浮かべつつ、ライナはバーンズの申し出をはっきりと断った。
「いいや、一人でやるよ。 あんたらはあんたらの仕事をしてくれ。 どっち道、連れがあの状態だから時間はあるしな」
ライナの言葉にバーンズは何か言おうとしたが、ライナに引く気が無いと分かると仕方ないと言った様子で引き下がった。
「そうですか……分かりました。 では私は下に戻っています。 何かあれば声を掛けて下さい」
「ああ、悪いな」
そう言ってバーンズはオフィスを出て行った。
当然の事ながらオフィス内にはライナ以外は誰もおらず、途端に周囲がしんと静まり返る。
そんな中でライナは改めて資料の散乱するデスク周りを見渡して独りごちた。
「流石に普通のデスクワークは得意じゃないんだけど………ま、しょうがない。 やるかー……」
頭を掻きつつ周囲に落ちていた資料を拾い上げて行く。
よく見れば机の下にも入り込んでいる報告書があるようで、ライナは早くも手伝いを断ったのは失敗だったかと思い始めるのだった。




