42 生き残った者達
死んだ警官の仲間が居ると思われる裏路地に足を踏み入れた操とライナ。
『気配』から感知出来る怪物が集まりつつある場所から、救助対象の大体の位置は把握出来ている。
ライナが地図でざっと調べた限りでは、袋小路に追い詰められているのではないかという事だった。
「怪我した仲間を助ける為に囮になったのかもしれないけど……あの怪物、何か特殊な知覚でも持ってるのか? 隠れてる人間を囲んで追い詰めてるって事は……」
「かもしれないね……あいつら、もうほぼ人間の見た目じゃなくなってたしね」
入り組んだ裏路地……裏道とも言えるこの場所は、様々な物が置かれている他に怪物に荒らされたと思われるゴミ等も散乱している。
それ故、障害物が多く進み辛い道なのだが、その分物陰に隠れられそうな場所が多かった。
そんな場所に身を隠した人間を的確に追い詰めているという事は、人間には無い知覚能力を持っていると考えてもおかしくは無いだろう。
(まるで私みたいな……)
そこまで考えて操は嫌な想像を頭を振って追い出した。
今考えるべきは窮地に追い込まれている筈の警官の仲間の救出だ。
「操がさっき気配を感じたって場所はあの辺だ!」
傍を走るライナが指差したのは、前方に見えて来た建物と建物の間にある小さな広場だった。
操の『感覚』にもしっかりと怪物の気配が感じられる。
「……怪物は3体! さっきの奴と同じみたい!」
そう叫びながら操も拳銃を構える。
角を曲がって広場に二人が飛び込むと、そこには広場の奥側を取り囲むようにしながらジワジワ距離を詰めている3体の怪物と、壁を背にして座り込んだ女性の姿があった。
女性はどうやら警官のようだが足に怪我をしているらしく、足に巻いた布に血が滲んでいる。
女性警官は片手で銃を構えてはいるものの酷く消耗しているようで、とてもあの怪物の群れに対処出来る状態とは思えない。
操とライナは怪物と女性警官の姿を視認した瞬間、怪物がこちらに気が付く前に発砲した。
「!!!??」
「ミ゛キ゛ャ゛ッ!!?」
「キ゛ィ゛ィ゛ィ゛!?」
こちらに背中を向けた状態だった怪物達は、突然の奇襲を受け激昂したように叫び声を上げて振り返ると、蔦の触手を振り乱しながら操とライナに襲い掛かった。
警官を襲った時と同じ様に、正面に居る操の体を貫かんと触手を伸ばす。
しかし操は事前に警官に対する攻撃を見ていた為、ある程度攻撃の予測は出来ていた。
自身を狙ってうねりながら襲い掛かる触手を、操は体を捻って紙一重で躱す。
最小限の動きで怪物の触手を躱した為、隙が出来た怪物に余裕を持って狙いを付けた。
正面を晒した状態の怪物は、口を大きく開けてそのまま操に食らい付いて来ようとしていたようだが、操はその前に大きく開いた口の中に銃弾を叩き込んだ。
パパパンッ!という乾いた音と共に3発連続で放たれた銃弾は、怪物の口腔内……その奥にあった「瘤」に着弾し、「瘤」の中に隠された本体の花ごと怪物の体を撃ち抜いた。
「ピギィッ!!?」
「ミ゛ィィィィィィッッッ!!!」
銃撃によって絶命した蔦の怪物が倒れる。
しかし、倒れる怪物のその向こう側から、触手を振るいながら大口を開けて突進する別の怪物が迫って来た。
操は冷静に照準をその怪物に合わせ……ようとした所で動きを止めた。
ゴキンッ!バシュッ!
直後、何かがへし折れるような音と何かが引き千切れるような音が広場に響いた。
「意外と素早いなぁ、こいつ」
操に突進しようとした怪物を横合から攻撃を仕掛けたのはライナだった。
操に意識を向けていた為か、怪物はライナに全く気付いておらず、一切抵抗出来なかった。
怪物の側面から体重が掛かった膝を蹴り砕き、バランスを崩した怪物の口の右上辺りにあった「瘤」を中の花ごと短剣で切り裂いたのだ。
深々と「瘤」を肉ごと削がれた怪物は、殆ど声も上げられずに絶命した。
「大丈夫だったか?操」
「うん、私は平気。 ライナの方は…………まぁ大丈夫だよね」
苦笑しつつライナの後方に目を向けると、同じ様に体の一部をくり抜かれた怪物の死体が転がっている。
「相変わらず早い……。 私、いらなかったんじゃない?」
「いやいや、3体同時はキツイって。 今回は俺達だけじゃないんだからさ」
操が若干揶揄い気味に言うとライナも苦笑して答える。
確かに今回は救出しなくてはいけない相手がいる以上、不測の事態も考えられる。
そう考えると自分もそれなりに役に立っているのか、と操も少し気が晴れるのだった。
「あ、ありがとう。 助かったわ……」
そう言って呆然とした様子を見せているのは、怪物に追い詰められていた女性警官だ。
怪物を処理し終えた二人は彼女のケガの状態を確認していた。
見た限り足の怪我は重症という程ではないが、一人で移動するのは困難とも言えるものだった。
話しを聞いてみると怪我をして身動きが取れなくなってしまった為、仲間が救助に来る事に賭けて隠れていたのだという。
結果としてそれが功を奏した形だが……途中ではっと何かに気が付いたように顔を上げた。
「近くに同僚の警官が居る筈なの。 お願い!私は良いから彼を助けてあげて!」
必死な様子で操とライナにそう訴える女性。
どうやら、怪我をした彼女から怪物を引き離す為に囮になった同僚の警官がいたらしい。
未知の怪物に襲撃されてチームが壊滅してしまい、二人で逃げて来ていたらしいのだが……。
「……その同僚の方って、マシュー・エイムズ巡査ですか?」
「え……?」
操は先程、怪物に襲われて亡くなった警官の様子を見た際、彼のバッジを調べていた。
血で汚れて見え難かったが、彼の仲間と合流する可能性を考え、スムーズに話を進められるように名前を確認したのだ。
「……気の毒だけど、あんたの相棒は怪物にやられちまったんだ。」
「私達がここに来れたのは、他に仲間がまだ居るとエイムズ巡査が教えてくれたからなんです……」
操達の口から語られた同僚の死に女性警官は悲痛な表情を浮かべて俯いてしまう。
「そう……そうなのね……マシュー……」
顔を歪め、今にも泣き出しそうな女性警官に操は掛ける言葉が見つからなかった。
「……ごめんなさい。 もう大丈夫よ」
顔を伏せ、悲しみに暮れていた女性警官だったが、暫くして目元を拭い、気丈にも操達に笑顔を見せた。
それが無理をしての事だというのは操にも理解出来たが、わざわざそれを指摘する事も無いだろう。
「改めて助けてくれてありがとう。 ……マシューの事も、あなた達が教えてくれなかったら分からなくなる所だったわ」
「いえ、気にしないで下さい。 こんな状況なら、助け合うのは当然ですから……」
操も精一杯の笑顔で女性と言葉を交わす。
せっかく生きている人間と出会えたのだから、暗い空気にはしたくない。
そう考えたのが伝わったのか、女性は自己紹介を始めた。
「名乗ってなかったわね。 私はアンナ・コールリッジ。 この街の警官よ」
「あ、私は操と言います」
「俺はライナだ。 よろしくなコールリッジさん」
「アンナで良いわ。 ……二人はこの街の人? 随分戦い慣れているみたいだけど……」
さてどう答えた物か、と操が頭を回転させて回答を思案していると、操が答える前にライナが口を開いた。
「俺はこの街に仕事で来たんだけど……操はちょっと特殊なんだ」
操はライナの顔を見る。
そこまで話してしまって大丈夫か、という意味合いだが、ライナは視線で大丈夫だと操に告げる。
「特殊? どういう事?」
「えーっとな、説明したいのは山々なんだけど……」
そう言ってライナは困ったように顔を顰めると周囲を見渡した。
「この場で話し込むのはヤバそうだし、とりあえず移動しないか?」
操も先程から周囲に怪物の気配を感じ取っていた。
まだ距離はあるが、じわじわと近づいて来ているような動きだ。
こちらの位置を正確に把握している訳ではないようだが、大まかな方向は分かっているようにも思える。
実際の所、ここで話し込むべきではないだろう。
「……そうね、いつまた怪物が襲って来るか分からないし……話は警察署まで逃げられたらにしましょうか」
「そうしてくれると助かるよ。 ……いや、実の所俺達も警察署目指してたんだ。 安全地帯もそうだけど、その操の特殊な事情の事で協力して貰いたくってさ」
ライナのその言葉を聞いて操は納得した。
ライナは警察のデータベースを使えば、操についての情報も得られるのではないかと考えたのだ。
ライナ自身が生き残る為だけではなく、操の失われた記憶を探す手段も考えてくれていると理解して、操はライナに感謝すると同時に申し訳なく思った。
(……ライナには本当に手間を掛けさせちゃってるな……)
これまで幾度もライナには助けられて来た。
同じく操もライナを助ける機会が何度かあったが、正直な所ライナならば自力でどうにか出来たのでは?とも思っていた。
自分がライナの足を引っ張っているのではという罪悪感にも似た思いに、操は若干の焦りを覚えていた。
「……よくわからないけど、私が力になれる事なら協力するわ。 ……署に無事戻る事が出来ればだけど」
そう言って壁に手を付いて立ち上がろうとするアンナに、操は肩を貸して立ち上がらせる。
「ありがとう。 ……でも、こういう役って男性がするものじゃない?」
「あー……それだとほら、色々と問題ありそうだし……訴えられたりとか」
少し目を逸らしてそんな事を言うライナの言葉を聞いたアンナは、呆れたように溜息を吐くと操を気遣った。
「ミサオは大丈夫? 装備とか色々身に付けているから重いでしょ、私」
そのように述べたアンナは、体にマガジンポーチが幾つも付いた戦闘用の防弾・防刃ベストのような物を装備し、無線機なども腰に下がっている。
確かにそれらを合わせると、いかに女性とはいえ重量が重くなってしまうのは致し方ない。
しかしそう言われた操は、このままだとアンナのライナに対する心象が悪くなってしまうのではと考え、とある事を思い付いた。
「……え? きゃっ!」
肩を貸した体勢からアンナの膝裏に手を回し、そのままヒョイと持ち上げる。
水路から脱出する際に操もライナに受けた不意打ちの「お姫様抱っこ」だ。
「この通り大丈夫です。 こう見えて結構力持ちなんですよ」
そう微笑んで操が答える。
実際、今の操にとっては多少重量が増えたと言っても、人間一人を持ち上げる程度は何という事も無い。
軽々と自分を抱える操にアンナは驚き意外そうな顔をしていたが、一応納得したようだ。
「な、なるほどね……。 人は見かけによらないものね」
「……アンナの運搬役サラッと振っといて言うのもあれだけど、操……本当にすっかりパワーキャラだな……」
恐らくライナは水路から脱出した時の「壁抜き」を思い浮かべているのだろうが、あれは花の力が発揮されてああなっただけなので、それだけで「パワーキャラ」扱いされるのは不本意だ。
「異議あり!」
「ライナ、あなたね……それはデリカシーに欠けるわよ?」
先程までライナを擁護しようとしていた操も敵に回り、あっという間にライナは二対一の状況に追い込まれた。
「あっはいすみません」
そしてそんな二人に対してライナは即時降伏するしかなかったのだった。
ライナが周囲を警戒しつつ先行し、アンナを抱えた操が後に続いて路地を進んで行く。
アンナは抱えて貰わずとも大丈夫だと主張したのだが、この周囲に潜む怪物が蔦の怪物だった場合、素早く動けないと危険だとのライナの判断でそのまま移動していた。
現在操達が進む裏路地は、以前操が病院からアパートに戻る際に通ったルートのような人一人がやっと通れるような狭い道ではない。
一応小さな商店等が軒を連ねており、普段は観光客向けの小さな商店街のような場所だったらしい。
しかし、今は怪物に荒らされ、無残な姿になった店が殆どであり、看板や店先に陳列されていたと思われる様々な商品類が道に散乱していた。
今も3人が進む道の横に野菜や果物類を売っていたと思われる店が見えるが、破壊された陳列台からは押し潰されたのであろう果物の香りが漂って来ている。
「……この辺りはパトロール中に通る場所なの」
アンナがふいに異変が起きる前の街の事を口にした。
「そこの店の店主さんは気の良い人でね、私がマシューや他の同僚と通りかかるといつも声を掛けてくれたわ。 ……「売れ残りだから」って袋にどっさり果物を詰めて渡してくれた事もあったっけ」
操とライナは黙ってアンナの話を聞いている。
しかし、どちらかと言えば掛ける言葉が見つからないと言った方が正しかった。
「…………どうして……こんな事になってしまったのかしら……。 確かに古い街で、少し不便な所はあったけど、穏やかで良い街だったのに……」
「……街がこうなったのは、やっぱり突然だったんですか?」
思わず、といった様子で操が当時の事を尋ねる。
操に抱えられたまま、アンナは街に異変が起きた時の事を思い出しているのか、顔つきが険しくなって行った。
「……最初は何が何だか分からなかったわ。 急に街全体が大地震にでも襲われたみたいに揺れて……その後、被害状況を確認しようとして外に出たの。 そうしたら……」
その時の光景は一生忘れる事が出来ないだろうとアンナは言った。
巨大な植物の、緑色の根のような物が目の前の建物を押し潰し、掬い上げて破壊し、瓦礫の山に変えて行ったのだ。
幸いにも警察署は根の被害に遭わずに済んだが、その時点で大勢の街の人間が死んだという。
だが、悪夢はそこからが本番だった。
「巨大植物の根から次々怪物が生まれて来たわ。……そいつらが根に押し潰された建物に居た人や、その人達を助けようとしていた人達に次々襲い掛かって……そこでも大勢死んだ」
「根から直接生まれて来たんですか? 死体に寄生したとかじゃなくて?」
アンナを抱えて歩きながら操が訪ねる。
今まで遭遇した怪物達は全て人間の死体を苗床として生まれたと思われる姿をしていた。
しかしアンナの話によれば、異変が起きた当初怪物達は巨大花の根から直接生まれ落ちて来ていたのだという。
「死体を苗床にして花が繁殖し出したのは、そいつらがある程度人間を襲ってからだったわ。 ……私達警察も住民の救助と怪物の駆除を行っていたんだけど、助けた後に亡くなった人達が避難所で「開花」して……私達も大打撃を受けてしまったの」
元々グリーンフォレスト市警察は、街の規模がそれ程大きくない関係で、警察署の規模もそこに勤務する警官の数もそれ相応の数しかいなかったのだそうだ。
そんな中で内部からは蘇った死体と化した者達、外部からは根から生まれて来た怪物達が同時に襲い掛かって来る事態となり完全に対応能力を超えてしまった。
何とか警察署の建物の一部を確保し、僅かに生き残った人々を建物内に避難させる事には成功したが、その数は警官を含めても30人に満たない数だった。
「警官に至っては生き残りは私含めて10人程度しかいなかった。 ……でも、生き残りの捜索に出ていた私達のチームは、私以外全員が死んでしまった……もう署内には数える程しか残っていないわ」
「そうだったんですか……」
操は事態の収拾に警察が動いているらしい事は病院の全滅した警官隊を見て予想していたが、まさか生き残りがあと数人程度しかいないとは思っていなかった。
これでは確かに、住民を守りつつ何処かに籠城する位しか出来なかったのも仕方のない事だろう。
「…………」
「……ライナ? どうしたの?」
……と、そこで操は先程からライナが何やら険しい顔をしている事に気が付いた。
「ん? ああ、いや……さっきのアンナの話でちょっと気になった事があってさ」
「気になった事?」
「……何かしら?」
ライナが周辺の警戒を行いながら口を開く。
「さっきの話だと、地響きの直後に根が建物を壊しまくって、その後に根っこから怪物が生まれて来て、最後に死体が怪物になるようになった、……って事で良いんだよな?」
「ええ、そうよ。 あ、因みに全部異変が起きた初日の出来事ね」
操はアンナの話には特に疑問を感じなかった。
ライナは何処に引っ掛かる部分があったのだろうか?
「それなら……巨大花はいつ出て来たんだ?」
「……あっ」
ライナの言葉に操はようやくある事に気が付いた。
アンナの話の中に、街の中心にそびえ立つあの巨大花についての情報が無かったのだ。
「ああ、あの時計塔に巻き付いてる巨大な花ね……あれは住民の救助や怪物への対処を私達がしている間にあっという間に生えて来たのよ」
街が混乱の極みに陥っている最中、街中に青い花が加速度的に生い茂って行き、そうこうしている内に時計塔があの巨大花に飲み込まれたのだという。
当時、怪物との戦い等で手が離せない状態だったアンナ達警官は、巨大花の存在に驚愕しつつも手に余る事案として住民の救助を優先したのだそうだ。
「実際驚きはしたんだけどね…………正直そっちまで気にしてる余裕は無かったわ。 ……まあその後、あの花から花粉?が放出され出して、益々事態が悪化したんだけど……」
「あー……なるほど。 つまり、根っこが街破壊、怪物出現、死体苗床化ってのは巨大花が咲く前から起きていたって事か?」
「そうね、そうなるけど……どこかに疑問点があるの?」
アンナが訝し気にライナを見る。
しかし、操にはライナが言わんとしている事が理解出来た。
「私達はこの街の状況を引き起こしたのがあの巨大花だと思ってたんです。 あの花が咲いて花粉が撒き散らされたから死体が怪物になり始めたんだと……」
今迄グリーンフォレストの異変が起きた当時の状況を知っているのはライナのみだった。
しかし、そのライナも当初街の東側エリアに居た為、西側エリアでの出来事までは知らなかった。
だが、アンナの話によると、巨大花が出現したのは異変が始まった初日暫くしてだという。
それはつまり、異変の震源はあの巨大花ではないという事になる。
「……最初に植物の根が押し寄せたのって何処からとか分かるか? 地面の下からいきなり生えて来た感じか?」
「え? えっと……違うわ。 最初に押し寄せて来た植物の根は、街の一部を飲み込むような……そう、津波みたいに押し寄せて来たわ」
周囲の状況を確認するべく警察署の外へ出たアンナは、巨大な植物の根が押し寄せ、街を蹂躙する様をはっきり見ていた。
しかしその様子は、地面の下から根が生えて来たという状況ではなかった。
「何処から……いや、どの方角からだった?」
ライナの問いにアンナは暫し考え、そして確証を持った表情で答えた。
「警察署を出てすぐ、私の正面を巨大な根が伸びて横切って行ったから…………そうね、西から東へ伸びて行ったわ」
アンナの答えを聞いたライナは難しい顔をする。
「西…………街の西側だと、サイディスの研究所があるな」
「え、じゃあ……」
操にとってサイディスは信用に値しない相手……というよりも、既に「敵」認定している存在だ。
あれだけ裏で非合法な行為に手を染めていたのだし、何より操自身にも「街の西側にあるサイディスの研究所」に心当たりがあった。
(院長のニーマンスが言っていた『あの場所』って、もしかしてその研究所の事……?)
サイディスが『花』の研究をして居る場所であり、聖メアリー記念病院の一味がアレンを連れ去った場所。
院長のニーマンスが記憶の中で言っていた『あの場所』こそが件の研究所だとすれば、ライナの推測通り全ての発端となった異変の『震源地』である可能性が高かった。
「……ちょ、ちょっとちょっと。 言いたい事は分かるけど話しが飛躍しすぎじゃない? 企業の研究所がこの異常事態の原因だなんて、出来過ぎだと思うわよ?」
アンナがライナにそう反論する。
操は今まで見て来たサイディスの裏の顔をアンナに伝えるべきかと一瞬考えたが、その場合は操の正体も説明しなくてはいけない為、やめておいた方が良いと判断した。
ライナも同じ考えらしく、一瞬操に視線を向けると苦笑しつつアンナに答える。
「ま、そうなんだけどな。 それこそ映画とかじゃよくあるだろ? 悪の大企業が謎の物質の研究に失敗! 事故によって世界的なパンデミックが―……なんて奴」
おどけた様子でそう語るライナ。
話しをはぐらかす為にそのような事を言っているのだろうが、実際この状況がライナが口にした「映画でよくある光景」その物である為ちっとも笑えない。
アンナも微妙な顔でライナを見ている。
「……まあ、あれだよ。 今の所これって言えるこの異変の原因らしき物が見当たらないからさ。 なんかそれらしい情報がないかなって思ったんだよ」
ライナ自身も自分が口にした内容が実際の状況に合致しすぎている事に嫌な予感を感じているらしい。
実態を知っている操からしても、そうであってほしくないとは思う。
一企業の愚かな行為で大勢の罪無き人間が一夜にして命を落とすなど、あってはならないのだから。
お互いに情報交換をしつつ警察署を目指していた3人は、ようやく署の近くまで辿り着いた。
途中、幾度かあの蔦の怪物と遭遇したが、複数ではなく単体ずつでの遭遇だった為、問題なく対処出来た。
と言っても操はアンナを抱えた状態だった為、全てライナが対処したのだが……。
触手を伸ばし、操達を攻撃しようとした怪物達は、次の瞬間には銃弾を何発も撃ち込まれて次々絶命して行った。
最早作業と言って良い手際の良さで処理されて行く怪物達に、アンナは呆れたような声を絞り出すので精一杯だった。
「……完全武装の私達でも苦戦したのに……。 あなた、何者なの?」
「あー……そこはほら、ノーコメントって事で……」
あからさまにはぐらかすライナにアンナはますます懐疑の目を強めるが、操があれこれとフォローした事で一応その辺りに付いては聞かない事にはしてくれたようだ。
「あそこ!あの曲がり角を曲がればグリーンフォレスト警察署よ!」
そんなやり取りをしつつ、入り組んだ裏路地を進んで来た操達3人は、ようやくここまでやって来たというわけである。
しかし…………。
「そうらしいな。 ……盛大にドンパチやってるみたいだし」
ライナが顔を顰めてそう呟いた。
裏路地を進んでいる時から既にある程度聞こえていたのだが、辺りに散発的に銃声が響き渡っている。
方角的に警察署の方だというアンナの言葉に、操達は歩みを速めて進んで来ていた。
「まさか、怪物に襲撃されてる……?」
「確かに何度か群れに襲撃された事はあったけど、ここまで長引いた事は無いと思うわ……」
ようやく戻って来る事が出来た警察署から聞こえる銃声が鳴り止まない事に、アンナも不安げな表情を見せている。
そして、建物の角から警察署がある方角を覗いて見ると、やはり怪物の群れに襲撃されているのが確認出来た。
「……あの触手お化けの群れだな。 裏路地に思ったより数が居ないと思ったらこっちに集まってたのか?」
「そんな……! このままじゃ署のみんなが……」
中央水路の時ほどではないようだが、それでもかなりの数の怪物が警察署の正門に殺到している。
門の周辺にはバリケードが形成され、バリケード上から数人の警官が接近して来る怪物に短機関銃や散弾銃で銃撃を加えている。
今の所何とか押し留められているが、今以上の勢いで怪物が襲って来れば一気に戦線が崩壊するだろう。
「どうしよう……このまま正門側に近付くのは危険だし、そもそも警察署自体が危ない……」
「さっきも言ったけど、生き残っている警官は6人……私を除いたら5人しか居ないわ。 数で押されたら食い止めるのは……」
アンナもこの状況を好転させる方法が思い付かないでいるようだ。
仮に怪物達の間を縫って警察署に駆け込む事が出来たとしても、怪物にバリケードを突破されてしまっては意味が無い。
そもそも最悪な事に、あの蔦の触手を持った怪物は触手を用いた中距離攻撃を武器としており、その威力は人体を貫通する程のパワーがある。
それはつまり、取り付かれた時点でその怪力によりバリケードを破壊されてしまう可能性があるという事だった。
現在の操達の位置は警察署を正面に東へ向かう道の脇にある路地であり、警察署に向かうだけならこのまま路地を出て道路を走れば良い。
問題は怪物の群れが押し寄せて来ているのが警察署の南、正門前の道だという事だ。
もしそのまま操達が正門前まで駆け込むような事をすれば、当然怪物の群れの中に突入する形になる。
更に言うなら、正門周辺にバリケードを築き、その上から怪物達を攻撃している警官達は操達を助けるべく動くだろう。
そうなってしまえば操達の救助に人手が割かれ、ギリギリ均衡が保たれている戦線がその時点で崩れる事になってしまう
(私が力を使えば何とかなるとは思うけど……その場合、警察側からは多分、敵だと思われるよね……)
ライナがまったく気にしないので忘れがちだが、花の力を用いて戦っている操は、傍から見れば花の怪物の一体に過ぎないのだ。
もしも警官達に花の怪物だと認識されてしまえば、操は元より行動を共にしていたライナやアンナですら敵と疑われる事になりかねない。
(最悪の場合、二人だけでも署内に避難させて、私が怪物の処理を……)
操が自分を囮にしている隙にライナとアンナを警察署内に避難させるべきか、と悲壮な決意を抱きつつあったその時、ライナが少し面倒くさそうな声で呟いた。
「……しゃーない、ちょっと強硬手段で行くかー……」
「……え?」
「強硬手段?どうするの?」
ライナは二人の問いには答えず、路地から出て道を警察署とは反対側に歩き始めた。
「二人はちょっとそこで待っててくれ。 すぐ戻るからさ」
振り返りつつそんな事を言うライナは駆け足気味にそのまま道を進んで行き、やがて操達が身を隠す路地とは別の路地へ入って行った。
ライナの突然の行動に操もアンナも唖然としてしまうが、アンナより若干付き合いの長い操の方が早く正気に戻った。
「ええっと…………ま、まあ時々あるので、ライナは……心配無いと思います……よ?」
「……滅茶苦茶目が泳いでるし、ものすごく自信無さそうに聞こえるんだけど?」
疑いの目を向けるアンナから顔を逸らす操。
仕方がないのだ、若干付き合いが長い程度では彼の行動は予測出来ないのだから。
「はぁ……まあ、あなたが恋人を心から信頼しているのは見てたら分かるけどね」
「あはは……まあ………………」
『……………………………………』
「違いますよ!!!?」
「うわ、ビックリした!? え?何が?」
急にサラッと言われたので流してしまいそうになった操だが、時間差で自分の失言に気付いたのだった。
「わ、私とライナは別に、こ、恋人とかそういうアレじゃないです!!」
「えっ、そうなの? あんまり仲が良いからてっきり……」
顔を真っ赤にして否定する操にアンナは純粋に驚いた表情を見せる。
……そんなに意外だったのだろうか?
「確かにライナとはここまで一緒に行動して来ましたけど、知り合ったのは街の異変が起きた後です!」
「ふ〜ん、そうなのね……。 でも、その割に随分必死に否定するのねー。 ……顔赤いし」
ニヤニヤ顔で揶揄って来るアンナを操は睨み付ける。
だが赤い顔のままでは少々説得力に欠ける。
「もうっ、今はそんな事言っている場合じゃないでしょう? ライナがああ言っていたといっても、他の方法も考えないとダメですよ」
「ふふ、そうね。 まあ、なるようにしかならないんだし、あんまり思い詰めないようにね」
そう言われて操はアンナに自分が捨て身の行動に出るべきか、と考えていた事を気付かれていたのだと察した。
アンナがわざわざ操を揶揄う様な事を言ったのは、操の緊張を和らげる為だったようだ。
気を遣わせてしまったかな、と操は考えてアンナに礼を言おうとするが…………その時、突然轟音が辺りに鳴り響いた。
「!?」
「な、何!?」
突如聞こえた騒音に操とアンナは身構える。
音が聞こえたのは警察署の方ではなく、操達が身を隠している道の先…………具体的には先程、ライナが向かった路地の方からだった。
何となく嫌な予感がした操はアンナを咄嗟に抱え直し、路地の方向に目を向けた。
次の瞬間
ドガァァァァァァァァンッッッッッ!!!!!
『!!!?』
道沿いに立ち並ぶ古い建物を突き破って、大型のタンクローリーが道に飛び出して来た。
ギャリギャリガリガリッッと車体を反対側の建物に激しく擦りつけ、飛び散る瓦礫を轢き潰しながら無理やり道路を曲がって来たタンクローリーは、真っすぐ操達のいる方へ向かって来ている
こちらへ突っ込んで来るつもりかと一瞬身構えた操だったが、運転席に座る人物を目にして動きを止めた。
「ライナ!?」
「一体何してるのよ!!?」
操達の悲鳴じみた声が聞こえた訳ではないだろうが、ライナは操達に笑顔で手を振っている。
そして、驚愕している操達の目の前を猛スピードで通過し、警察署の正門前に向かって直進して行った。
ブォォォォォォッッッという重低音のクラクションを鳴らし、道の途中にあったゴミ箱や車等を力づくで巻き込み跳ね飛ばして突き進んだタンクローリーは、そのまま正門前に飛び出した。
操達の位置からは警官達の様子はあまり見えないが、それでも驚愕した表情を見せている者が目に入る。
そんな周囲の人々を置き去りにしてあっという間に道路を横断したタンクローリーは、そのまま直進を続けると…………急ブレーキを掛け、反対側の建物に激突した。
「ラ、ライナ!?」
「ちょっと、大丈夫なのあれ!?」
思わず路地から飛び出す操。
タンクローリーはかなりの勢いで激突したように見えた為、流石にライナの身が心配になってしまった。
道を全力で走り車に駆け寄ろうとする操だったが……操達が傍へ寄る前に運転席のドアが蹴り開けられた。
「うぇっほ!ゲホ! あー……思ったよりもスピード出ちまった……」
その様に愚痴りながら運転席から降りてきたライナは、煙たそうに手を振りながら車から離れる。
車内からは白い煙がもうもうと上がっており、何かしらの異常を来しているように見えた。
「おーい! 操!アンナ! もうこっちに来て大丈夫だぞ!」
「……本当に滅茶苦茶ね」
「あはは……」
表情筋が死んだかのように無表情となり、心底呆れたように零すアンナに、操は遠い目で乾いた笑いを漏らす事しか出来なかった。
「アンナ!無事だったのか!」
ライナに呼ばれ、アンナを抱えた状態で正門前に走った操。
門の前に辿り着くと、バリケードの向こうからアンナの同僚と思われる警官が駆け寄って声を掛けて来た。
「何とかね。 この人達に助けてもらったのよ。 ……そっちは大丈夫?」
「ああ、何とかな……と言ってもこの有様だけどな」
そうしてアンナが同僚の警官と再会を喜び合っていると、別の警官が近付いて来た。
「アンナ!無事で良かった! ……マシューや他の連中は?」
仲間の安否を問われたアンナは、表情を硬くして黙って首を横に振る。
「……くそっ!」
悔しそうに顔を歪める同僚の警官。
しかし、そこへ更に別の警官から声が掛かる。
「無事をを喜ぶのはまだ早いぞ、お前達! ともかく彼らをバリケードのこちら側に避難させるんだ!」
その様に叫んだのは他の警官達よりも幾分年嵩の警官だった。
いかにもベテラン警官といった雰囲気があり、この場を指揮する人物なのだろうと察する事が出来た。
「悪いけどそうしてもらえると助かるな。 あの触手お化け共、まだ諦めてないみたいだし!」
操達の元まで戻って来たライナが、タンクローリーの方へ銃を向けつつそう述べる。
操がそちらへ目を向けると、車両の下を潜ってこちらへ来ようとしている怪物の姿が何体か見えた。
「アンナさんを先に!」
そう言って操は、足を怪我しているアンナをまず警官達にバリケードの向こうへ引き上げて貰う。
アンナは苦戦しつつも操に下から押し上げてもらう形で何とかバリケードの上までよじ登る事が出来た。
「さあ、次は君達だ!」
「手を出して、操!」
そう警官達に言われた操は、背後から聞こえた銃声にライナの方を振り返る。
するとライナは、少しずつ後退しながら車体の下を抜けようともがく怪物達を銃撃している様だった。
その他の警官達もライナと同じように、こちらへ来ようとしている怪物を銃撃して食い止めようとしている。
「ライナ!」
「先行け!操!」
ライナに促され操はやや逡巡したが、指示に従ってバリケードの上によじ登った。
アンナや警官達が操の手を取って引き上げてくれる。
バリケード上で再度振り返ってみると、車体を潜り抜けた怪物が立ち上がろうとしている所だった。
「ライナ!登ったよ!早く!」
「了解!」
操の声にライナは銃撃を止めると、その場から走り――
「いよ……っと!」
一息にバリケード上に駆け上がった。
「うおっ!」
予想外の動きで上に上がって来たライナに、手を貸そうとしていた警官達が驚きの声を上げる。
どうやらバリケードに出来た僅かな凹凸に足を掛けて手を使わず一気に駆け上ったらしい。
相変わらずの身体能力の高さに、操もさすがに呆れ気味だ。
「……よし、そろそろいいかな」
ライナはそんな周囲の反応を他所に何やら呟くと、近くに居た警官の持っている短機関銃に目をやり意外な事を口にした。
「あんた、悪いけど、その銃ちょっと貸してくれ」
「え? あ、お、おい」
そう言って有無を言わさず先程のライナの行動に驚いていた警官から銃を受け取ると、残弾を確認して腰だめに構えた。
銃口を向けた先は……怪物が群がるタンクローリーだ。
周囲が動く前にライナは躊躇無く銃の引き金を引いた。
タタタタタタタッ!という軽快な音と共に発射された無数の弾丸が、タンクローリーのタンク部分に突き刺さる。
勿論それだけでは爆発したりはしないが、タンクに空いた穴から内容物――風に乗って流れて来た臭いからガソリンと思われる――が流れ出し、起き上がろうとしている怪物達に降り注いだ。
「よし、後は……っと」
驚く周囲を他所にそう呟いてライナが懐から取り出したのは、古びたジッポーライターだ。
彼はそのライターに火を点けると、大きく振りかぶってタンクローリーに向かって投げ付けた。
「ふ、伏せろぉ!!」
現場の指揮をしていた先程のベテランらしい警官が慌てて周囲の人間に叫ぶ。
操とライナもバリケードの上からすぐさま飛び降り、その陰に隠れた。
投擲されたライターは火が付いた状態のまま道路のタンクローリー寄りに落下していた。
ライナが加減して投げたのか、投擲されたライターはタンクローリーまで届いていない。
「ミ゛ミ゛ミ゛ィィィィィィィィ…………」
「ミ゛ミ゛ミ゛ミ゛ミ゛ィィィィ…………」
しかしその直後、車体の下を潜り抜け、ガソリンをたっぷり浴びた状態の蔦の怪物達の内の一体が漸く立ち上がり、操達の隠れたバリケードの方へ接近しようと一歩を踏み出し――
そこに落ちていた着火したままのライターに、足先が触れた。
「ミ゛ギャ?」
次の瞬間、その場に居た怪物の群れも、車体を潜り抜け警察署に殺到しようとしていた怪物も、そしてタンクローリー自体も―――燃え盛る爆炎に飲み込まれた。




