41 遭遇
「具合どうだ? 操」
「うん、もう大丈夫。 ごめんね、心配掛けて……」
中央水路から脱出を果たした操達は、とある建物の中に身を潜めていた。
限界ギリギリまで力を行使した操は休むべきだという、ライナの主張に操が折れた形だ。
しかし実際の所、操が体力を消耗していなかったとしても補給と休憩は必要だっただろう。
消防指令センターで怪物の群れと戦い、中央水路でさらに大量の怪物と戦ったせいで操もライナも手持ちの弾薬が尽きかけていた。
二人共銃を使わずとも戦えるだけの戦闘能力を持ってはいたが、水路で遭遇した怪物である『根腐れ』のように、接近して戦うのが危険な怪物も存在する。
それを考えると、遠距離攻撃の手段として銃は必要だった。
特に操は中央水路の戦いで散弾銃を失ってしまった為、代わりの武器を探す必要がある。
それ故に操はライナの案内で休息を兼ね、とある場所までやって来ていた。
「……それにしてもいいのかな、勝手に入っちゃって……」
操が周囲を見渡しつつライナに話し掛ける。
その視線の先にあるのは、壁に掛けられた大量の銃器だ。
「緊急時だし気にすんなって。 それに、こういう時ガンショップに逃げ込むのはお約束だろ?」
ライナの声が操に届くが姿は見えない。
何処に居るのかと言えば、広々とした室内にあるショーケースの向こう側にしゃがみ込み、部屋に設置された棚を漁っているのだ。
その反対側の壁には『エヴァンス銃砲店』と書かれた派手なタペストリーが掛けられている。
休息が必要だと操に提案したライナは、近くにガンショップがあるからついでにそこで弾薬の補給もしようと言い出した。
消耗して碌に頭が回っていなかった操は良く考えずにその提案に頷いたが、良く考えなくともそれは窃盗なのでは?と後から気が付いた。
店内に付いて早々に家探しを始めるライナを止めるべきかと考えた操だったが、店の中には銃どころか弾の一発も残されていなかった。
ショーケースは叩き壊されて中に展示してあったであろう銃は持ち出され、弾薬箱が並べられていたと思われる棚も全て空になっていたのだ。
店主が町の住民に銃を気前よく配ったのでなければ、暴徒に持ち去られたという事なのだろうが、操達にとっては都合が悪い状況だった。
「……まいったな。 映画とかだとこういう時でも、店主のコレクションルームが隠し部屋にあって、そっから頂戴したりするんだけどなー」
そんな風に溜息を吐きつつ家探しを続けるライナに苦笑を返し、操も店内の捜索に加わる事にする。
……と、壊されたショーケースに目を向けていた操は、見え難い位置にあるスイッチのような物を見つけた。
何だろうと思って手で触れてみると思ったよりも固定が軽く、スイッチが作動してしまった。
今思うと、かなり迂闊な事をしたと反省するばかりだが、あの時はそれだけ疲労していたのだろう。
スイッチがONになり、カチッという音と共に何かの作動音のような物が聞こえ出して慌てる操。
するとその直後、カウンターの中を調べていたライナのすぐ傍にあった陳列棚の一ヶ所が、ガコンという音と共に奥側にズレた。
「……いや、本当にあるのかよ…………」
ライナが呆れたような声を上げながらズレた棚を更に押し込んでみると、そこには本当にコレクションルームと思われる隠し部屋が存在していた。
室内は明かりが点いていて、店頭とは異なり銃も弾薬も棚に残ったままだ。
更に隠し部屋内にはコレクションを眺める為か、三人掛けの大きなソファーが設置されており、ここでなら休憩出来そうだという事で使わせて貰う事にしたのだった。
そんな訳で暫く家探しを続けているライナを横目に、消耗が激しかった操は座って体を休めていたのだが、棚を漁っていたライナが微妙そうな顔をして戻って来た。
「どうだった?」
「うーむ……駄目だな、無いわ。 いや、銃はあるっちゃあるんだけど……」
そう言ってライナが視線を向けたのは、壁に掛かった何挺かのライフル……いや、ライフル「らしき」物だ。
操はあまり銃の種類に詳しい訳ではない。
分かるのは精々、銃には拳銃だとか散弾銃であるとかの種類がある、程度の物で、その銃がどこで製造されたどういう銃なのか、等はさっぱり分からなかった。
しかし、そんな操にすらこの部屋に飾られている銃がかなり変わった物…………ハッキリ言ってしまえば、『キワモノ』であるという事が察せられたのだ。
事実、粗方周囲を調べ終わったライナも、この部屋にある銃器類が極めて偏った種類の物ばかりであると操に告げた。
「古式銃コレクターとか珍銃コレクターとかって言うのかなぁ……。オークションとかじゃないと手に入らないような奴ばっかだぞ」
「あー……なるほど……」
操もチラリとソファーの傍の陳列ケースに展示された銃を見たのだが、そこに展示されていたのは巨大なシリンダーが付いた20連発リボルバーであるとか、銃と刃物、ナックルダスターが一体になった小型拳銃だとかだった。
ご丁寧にスポットライトを当てた上でその銃の解説まで表記されている。
コレクションルームを映画のような隠し部屋にしている辺りこの店の店主は大分「拗らせて」いたようだ。
「古式って程じゃないのもあるけど、殆ど世間に出回らなかったような奴ばっかなんだよな……そこにあるポンプアクションのグレネードランチャーなんて、世界に50挺ない奴じゃなかったっけ? どうやって手に入れたんだか……」
ライナが呆れたように零す。
つまりは、銃自体は整備もされている為使えなくはないのだが、変わり種過ぎて態々使用するのが躊躇われる物だったり、そもそも使用出来る弾が無く使い物にならない物ばかりだという事だった。
「ま、弾薬の方はまともな物があったから最低限補給にはなったけどな」
そう言ってライナが示したのはいくつかの弾薬ケースだった。
よくある軍用の弾薬箱のようで、開けてみると中には大量の拳銃弾やショットシェルが入っている。
箱は3つあり、それぞれ9ミリ弾、12ゲージ散弾、……そして10ミリ弾がぎっしり詰まっていた。
「9ミリ弾と散弾は分かるけど、この……10ミリ弾?はどうするの?」
「ん? 俺の銃に使うんだけど?」
「え?そうなの?」
銃に関する知識がそれ程無い操だが、弾の種類に関しては最低限の知識は持っている。
それはこの国が身近に銃がある国だからなのか、以前の操がある程度銃を取り扱う技能を持っていたからなのかは不明だが、9ミリ弾が一般的な拳銃弾であるという知識は頭の中にあった。
一方で、散弾銃に使う12ゲージ散弾はともかく、10ミリ弾……正確には10ミリオート弾という拳銃弾については全く記憶に無かった。
ライナに聞いてみると、実際の所マイナーな拳銃弾なのだそうだ。
「どうしてそんなの態々使ってるの?」
「んー……別に理由がある訳じゃないけど……強いて言うなら、威力がデカいからかな?」
10ミリオート弾は対人用としては威力過多であるとされ、ハンティング等において対野生動物用に使われる事が多いのだそうだ。
ライナ曰く、自分は射撃があまり得意ではないので一撃の威力が大きい銃弾を使い、可能な限り迅速に相手を無力化出来るように工夫しているのだという。
「実際あの化物共にも結構効果があったからな。 まあ別に、あんなのを想定して10ミリ使ってる訳じゃなかったんだけど……」
ライナが射撃が苦手だという部分にはツッコミを入れたくなる所だが、怪物にも効果があるという部分には操も興味を引かれた。
「……相手によっては使う弾を変えたりした方が良いのかな?」
「うーん……。 効果的かどうかって言えば効果的だろうけど、リボルバーでもなけりゃ装填してある弾を変更するのって結構面倒だからな」
リボルバー式の拳銃であれば、シリンダーを開放して装填された弾を抜き別の弾を装填する、という行為は比較的簡単に行える。
しかし、マガジン式の銃等ならまだしも、例えば散弾銃のような銃は咄嗟に装填されている弾薬を別の弾薬に変更するというような事を行うのは難しい。
もしかしたらそうした事に対処する為の技術もあるのかもしれないが、その道のプロではない操には難易度が高かった。
「どっちかって言うと事前に備えておく方が確実じゃないかな。 なんかこう……古い中折れ式の散弾銃とかなら別だろうけど」
結局の所、怪物達の生態を理解した上で効果的な攻撃手段を用いるのが無難という事だ。
それを考えると、やはり散弾銃を失ったのは痛手だったと操は思い返すのだった。
「……あ、そうだ。 操が使えそうな散弾銃は見当たらなかったんだけど、こんなの見つけたんだ」
流れで自分達の銃について話が弾んでしまっていた所、ライナが唐突にそう言ってプラスチック製のケースを操に差し出した。
開ける様に促された操は、留め具を外してケースを開いてみた。
するとそこには、黒とシルバーのツートンカラーの拳銃が収まっていた。
操が今持っているよりも若干大きいその銃は、かなり丁寧に手入れがされているようでシルバーの部分は光り輝くかのようだ。
「わ……綺麗…………どうしたの?これ」
「弾薬が保管してあった棚に仕舞ってあったんだ。 しっかり整備してあるし、この店の店主の私物だろうな」
箱から銃を取り出してスライドを操作してみる。
すると、操にも分かる程滑らかにスライドが後退し、手を放すとシャキッという音と共に元に戻った。
マガジンが入っておらず、弾が装填されていない事を確認すると、操は壁に向かって引き金を引いた。
撃鉄が落ち、カチッっという澄んだ音が室内に響き渡る。
「……すごいね、私が持ってる銃に比べて、色んな動作がスムーズに感じる……」
「まあ、かなり珍しい銃だしな。 メーカーが射撃競技用に専用のカスタマイズした奴なんだ」
「そうなの? じゃあ元々こうなのかな?」
「どうかなー……。 ここの店主は銃に拘りがありそうだしなぁ」
なんでも、この銃は競技に使用する事を前提に、専用弾を使用する物として開発されたのだそうだ。
しかし、競技のルールが変更された結果、専用弾がルールに抵触する形となり、あっという間に廃れてしまったのだという。
「だからこの銃は銃本体も弾もレア物なんだ。 けど見た所こいつは、ただ保管してあるコレクションじゃなくて、しっかり整備してあるっぽいから……」
ライナはそう言いながら操から銃を受け取ると、銃の側面の文字を調べた。
「ああ、やっぱり。 専用弾じゃなくって普通の9ミリ弾仕様にコンバートしてあるな」
「それって……使い易いように改造してあるって事?」
ライナが言うには、元々専用弾の口径自体は9ミリ弾とほぼ同じである為、使用弾薬の変更自体は簡単に出来るのだという。
しかし、専用弾が当初の目的である射撃競技で使用出来ないという事になった時点で、通常の9ミリ弾が使用出来るという利点もあまり活かせなかったらしい。
「そういう事。多分、それ以外の部分も弄ってあるんだろうな。俺もさっき触ったけど、かなり手が入ってたぞ」
「……でも私、拳銃に関してはもう持ってるよ?」
操は自分の右腿のホルスターに収まった拳銃を指す。
この銃もライナがアパートにあった物を見つけて来てくれた物だ。
あまり戦闘向きではない、護身用としての側面が強い物らしいが、操は今の所使い難さを感じてはいない。
「そうなんだけどな。 こっちの方が精度が良いし、装弾数が多いんだよ」
要するにより戦闘向きであろうという事らしい。
当初、ライナも護身用の意味合いで操に銃を渡したのだが、再会した後の操が思った以上に銃を使いこなしているのを見て、もっと戦闘向きの武器を渡した方が良いかと考えていたのだそうだ。
確かに散弾銃を失ってしまった現状、少しでも攻撃手段を強化しておく方が良いかもしれない。
「ここなら大容量のポーチみたいな物とか色々と便利な物もあるだろうし、銃以外の物も含めて揃えておいたらどうだ?」
「なるほど……分かった、そういう事なら使ってみるよ」
そうして操は、ライナに店内にあるミリタリー用品の中から使えそうな装備をいくつか見繕って貰う事にした。
銃に関しては保管されていた棚にホルスターも一緒に保管されていたようで、以前と同じ様にライナが操の体に合わせて調節してくれた。
以前までの太腿の部分で銃を保持するレッグホルスタータイプとは異なり、腰の位置で固定するヒップホルスターと呼ばれるタイプの物だ。
右腰に銃が来る形なので少々銃の位置が今までより高いが、その代わりに足の動きを妨げる事が無い。
蹴り等の格闘攻撃も駆使して戦う様になった操にとっては、こちらの方が相性が良いかもしれない。
「後はホルスター以外だと…………こんなもんかな」
ライナが操の装備として選んだのは、今まで使用していたウエストポーチよりも大きなウエストバッグと拳銃用のマガジンポーチだ。
ウエストバッグは単純に今までのポーチよりも大容量になった他、大きめのポケットが付いており、弾薬等の小物類を用途に応じて収納しておく事が出来る。
マガジンポーチは新しく手に入れたツートンカラーの銃のマガジンを4本収める事が出来た。
ホルスターと同じくベルトで腰に固定出来るタイプだった為、左腰に装着してマガジンの交換がスムーズに出来るようにする。
「どうだ? きつかったり動き難いとか無いか?」
操は銃の抜き撃ちをしてホルスターの位置を確かめたり、マガジン交換の動きを試したりして全体的な動きを確認して行く。
マガジンポーチに予備マガジンが無くなってしまった時の為に、ウエストバッグにも装填済みのマガジンを可能な限り詰め込んで、バッグから直接マガジンを取り出せる様にもした。
体を動かしてみて問題が無い事を確かめ、操はライナに向き直った。
「うん、大丈夫。 体の動かし易さに関しては前より動き易い位だよ」
「そうか、それならよかった。 散弾銃とかもあれば良かったんだけど……リボルビング散弾銃とかじゃなぁ」
そんな事を呟きながら溜息を吐くライナだが、操としては十分装備が充実したと思っている。
新しい拳銃に関しても装弾数が15発に増えた為、銃に装填してあるマガジンと合わせて70発以上の弾薬を保持しておけるようになった。
バッグの中にある弾薬も含めれば、「弾持ち」に関してはかなり強化されただろう。
「この格好で身に付けると、ちょっとというか、かなり浮いて見えそうだけどね……」
「そうか? 俺は似合ってると思うけど」
さらっとそんな事を言うライナ。
お世辞でも照れるので勘弁して欲しい。
今の服装は操の唯一の持ち物だった物なので、記憶を失う前から着ていた服なのだが、少々薄着過ぎるのだ。
少なくとも戦闘向きではない。
絶対に。
それに、水路での戦闘で『根腐れ』に消化液を浴びせられて胴周りに穴が開いてしまった。
『青い花』の能力のお陰で破損した部分の修復は出来たので、問題無いと言えば問題ないのだが。
「病院で怪物と戦った時にも大穴が空いちゃったし……後で替えとか用意した方が良いかなぁ……」
聖メアリー記念病院での激しい戦闘の事を思い出し、ついポロリとそんな事を呟く操。
すると、ライナがその呟きに反応した。
「え? 大穴? 怪我したとは言ってたけど、そんな酷かったのか?」
指令センターでそれまでの経緯を説明した際、異形の怪物と戦闘になり負傷した事はライナにも話してある。
しかし、あの時は操の『青い花』の能力を隠していた為、大した怪我ではなかったと説明していたのだ。
実際には怪物の槍状の腕で胴体を貫ぬかれて串刺し状態になるという、重傷どころか致命傷レベルの怪我だった。
つい口に出してしまった操は、ばつが悪そうにしながらはぐらかそうとするが……言い逃れが出来そうな雰囲気ではない。
「はあ!? 化物の攻撃で串刺しにされた!?」
「で、でもこの通り大丈夫だったんだよ? 傷もすぐに再生したし……」
「全然大丈夫じゃないだろそれ……。 結果的に無事だったってだけだろ!」
案の定怒られてしまった。
尤も、あれに関しては操も無茶をしたという自覚があるので反論出来ないのだが。
「はぁ………まぁ、怪我しても治るってのは分かったよ。 けど、だからって無茶して良い事にはならないんだ。 もっと自分を大事にしろよ?」
ライナは真剣に操の身を案じてそう言ってくれているようだ。
そこまで心配させてしまった事に、操はやはり言うべきではなかったと後悔する。
と、そこでライナがある事に気が付いた。
「……ん? 服に大穴が空いたって言ってたよな? ……空いて無くね?」
そう言ってライナが視線を向ける操の衣服は、表面上何も変わりが無いように見える。
しかし、実際には鳩尾辺りが思い切り槍によって貫かれており、今の状態は操の『花』の能力で損傷部分を植物質の材質で補っているのだ。
ある意味では擬態能力とも言えそうだが、触ってみると若干元の素材と感触が異なっている為、完璧な擬態とは言えない。
「あ、うん。 私もこんな事が出来るとは思ってなかったんだけど……破れた部分を『花』の一部で塞いでるの。 色も同じになるからすごいよね」
操の言葉にライナは目を丸くして驚く。
「ええ? そんな事も出来んのか? もう何でもありだな……。 見た感じ、全く分からないぞ」
まじまじと操を…………正確には操の衣服の状態を観察するライナ。
図らずもライナと向かい合う構図になっている操は、少しドギマギしてしまう。
段々恥ずかしさが高まって来た操は、少しずつ余裕が失われて行く。
その結果、自分自身でも思いも寄らない言葉が口をついて出た。
「ええっと……さ、触ってみるとちょっと感触が違うんだよ! ほら!」
「え? ちょ……」
そう言って操は手を広げて体を前に突き出すような体勢になった。
その姿はどう見ても「触ってOK」という様な意味合いに見える。
操はそこまでやってから漸く自分の行動を冷静かつ客観的に分析した。
そして、顔を真っ赤にして激しく後悔した。
なぜ自分は異性に対して、自分の体を触れという様な事を突然口走っているのだろうか?
そして、操にそんな事を言われたライナも固まっていた。
言い出した手前、後に引けなくなった操は顔を赤くしてプルプル震えていた。
なんなら涙目である。
数秒の間、二人の間にある種の緊張感が漂う。
その空気を最初に破ったのはライナだった。
「あー………っと……じゃ、じゃあ、触るぞ?」
意を決したようにそう言ったライナが操に手を伸ばす。
操は目を瞑って少しでも「ダメージ」が抑えられるように備えている。
実際には操の服にライナが触れようとしているだけなのだが。
そっとライナが操の服の、先程操が破れたと言っていた部分に触れた。
普通の服と同様の、しかしほんの少しゴワゴワした感触が指先から伝わって来る。
見た目も触った感触もほぼ実物通りの衣服に、ライナは再度驚愕した。
「おお……本当に触った感触がちょっと違うくらいだな。 どうなってんだ、これ……」
そんな事を呟きながら該当箇所を触るライナ。
重ねて言うが、『花』の能力で修復された部分は鳩尾の辺りである。
「ん………! あ、あの、ライナ………そ、そろそろ………」
「え? あっ! わ、悪い。 つい夢中になってたわ……」
慌てて手を離すライナ。
操は早鐘を打つ心臓を落ち着かせる為深呼吸をしている。
「えーと………ご、ごめん、大丈夫か? 操………」
顔を赤らめながら若干涙目でライナを睨む操。
「………………触って良いとは言ったけど、じっくり触り過ぎだと思います……」
「………………本当にすいませんでした」
暫くお互いに顔を見る事が出来なかった。
「……さてと、休憩も出来たし、弾薬の補充も出来た。 えっと……操も体は大丈夫か?」
「……うん、少し休んで回復出来たみたい」
ガンショップ内を調べつつ30分程の休息をを終えた操達は、目的地である警察署を目指して店を出た。
因みに、先程の出来事は「何も無かった」と言う操の強権により、お互いの記憶から抹消される事となった。
時刻は16時近くとなり、辺りは既に暗くなり始めている。
幸いにも店の周囲の霧は相変わらず濃いものの、怪物の姿は無く安全に移動が出来そうだ。
大通り沿いの道路は東側エリアと似たり寄ったりな惨状だったが、それ以外の場所は東側エリアに比べて比較的綺麗なようだった。
街灯も無事な物が多く、夕刻に近くなったせいか自動的に明かりが点灯し始めている。
何故だろうと操は考えていたが、どうやら西側エリアにはあまり巨大花の根が地面から突き出て来ているような場所が無いらしい。
少なくとも、操達が目指している警察署周辺は、青い花が大繁殖している場所はあっても、建物が倒壊していたりしている場所は見当たらなかった。
「……こっちの方は結構建物がキレイなんだね」
「東側の方が川に近いからかもな。 あいつら一応水分が主食みたいだし」
道路を歩きながらの操の呟きにライナが反応して答える。
そう言えば以前ライナからそんな話を聞いた気がする。
「でも今となってはそれも正しいのやら……。 どんな姿になっても人間を最優先で襲うのは変わらないらしいけど……」
確かに異形の怪物達と何度も遭遇している中で、怪物について今迄の認識と食い違っている部分がある事が何度かあった。
しかし、それは認識が間違っていたというよりは、怪物の生態が急激に変化している為だとも言える。
まるで人間の戦闘能力に対応する為に『進化』しているようだ。
地下水路で組織だった連携能力を見せた事と良い、怪物達を『指揮』している何かが居る可能性を操は考えていた。
「この先も今迄と同じ認識だと危ない怪物が出るかもね……。 どんなのが出て来ても落ち着いて対応しないと」
「ははは、操も大分慣れて来たな。 でもあんまり無理に戦おうとするなよ? 無視出来るなら無視した方が楽なんだしな」
怪物との戦闘を前提に対応方法を考える操に、ライナは苦笑しつつ逃げられる時は逃げるべきと主張した。
……確かに全ての敵と戦う必要は無い。
少し考え方が物騒だったか、と若干恥ずかしくなり顔を赤らめる操。
何とか言い訳をしようと口を開きかけた…………その時。
「!?」
「……銃声だな。 あそこの路地だ」
突如響いた数発の銃声。
聞こえたのはやや前方、建物と建物の間にある裏路地からだった。
反射的に銃を構え、ライナと視線を交わす操。
ライナも既に銃を手にしており、操と目配せをした後、路地に近付いて行く。
操も周囲を警戒しつつ後に続く。
銃声が聞こえた後は特に動きは無いが、操の『感覚』が反応を捉えた。
「……ライナ」
「……何匹だ?」
操の声色から意図を察したらしいライナが簡潔に問い掛ける。
「……多分2体。 路地の入口近い所に1体、奥の方に1体。 手前の方は段々こっちに近付いてるからもうすぐ見えて来ると思う」
操から怪物の位置を告げられたライナは銃を路地の方向へ向ける。
こちらに近づいて来ているという事は、もう間もなく道路側へ飛び出して来るという事だ。
出て来た所を不意打ちで銃撃してしまった方が安全に処理が出来る。
しかし、銃を構える二人の耳が捉えたのは、怪物の息遣いや気配ではなく、人間の足音だった。
「……! 誰かこっちへ?」
「……追いかけられてるな」
怪物に追われる何者かが接近している事に操達が気付いた直後、路地から飛び出す影があった。
「……ッ……! ハァ……ハァ……くそっ……こっちへ……来るなっ……!」
息も絶え絶えのその人物は、出血した傷口を押さえつつ片手で路地の方向に銃を向ける。
全身が血で汚れているものの、身に付けている制服からどうやら警官のようだと察する事が出来た。
指令センターで聞いた警察無線で声を聞いた警官達の一人だろうか?
負傷したその警官は、足元をふらつかせつつ路地に向かって発砲した。
乾いた3発の銃声が辺りに響き渡る。
だがその直後、操達の位置からは見えない路地の先から、4本の細長い何かが飛び出して来た。
「ミ゛ィィィィィィィィィッッッ!!」
「がっ!?」
奇妙な甲高い声と共に素早い動きで警官に襲い掛かった細長い物体は、容赦なく警官の体を貫いた。
警官を貫きうねうねとのたうつそれは、どうやら植物の蔦のようだった。
「ぐぁぁぁぁっ!!」
「ミ゛ィィィィィ……」
蔦は警官の体を刺し貫いたままその体を持ち上げ、路地方向へ一気に引き寄せる。
すると、路地からぬぅっと「蔦の出所」が姿を現した。
怪物である事は間違いない。
しかし、今までの怪物が辛うじて人型であったり人以外の動物の形をしていたのに対して、「それ」は奇怪としか言えない形をしていた。
一言で言ってしまえば、「歩く木」だった。
三本の足で体を支え、上半身には腕は存在せず、人間でいう所の胸の高さから上が無数に枝分かれした蔦、もしくは枝の様になっている。
先程警官を刺し貫いた蔦もこの内の何本かのようで、どうやら操の蔦と同様に伸縮させる事が出来るらしい。
そしてもう一つ目立つのが、人間の胸元辺りから体を縦に割る様に走った「裂け目」とその中にびっしりと並ぶ「歯」だ。
(いけない!あの人を食べる気だ!)
操はそう気づいた瞬間、自分の正体が露見する事も厭わず花の能力を使用しようとした。
操の腕では銃撃であの警官を救い出すのは難しいと考えた為だ。
しかしその前に、先程警官が放った3発の銃声よりも鋭い4発の銃声が辺りに響き渡った。
「ミ゛!!?」
ライナが放った4発の銃弾は怪物の4本の蔦を正確に撃ち抜いていた。
銃撃によって蔦が千切れ、蔦に刺し貫かれていた警官が地面に倒れる。
「操!」
ライナの声が聞こえるや否や操は銃を構え、突然の銃撃に怯んだ様子の怪物に向けて発砲した。
タタタン!とリズミカルな音を伴って響いた銃声の後、怪物の腰……腰らしき部分に3発の銃弾が着弾する。
怪物の他の体の部位に比べて瘤の様になっていたその箇所が銃弾によって破壊されると、内部から肉に埋もれたような状態の『青い花』が顔を覗かせた。
操は瘤に隠れていた花を確認した瞬間、今度は一発だけ発砲し、銃弾が花を打ち砕いた。
「ミ゛ギャァァァァァァッッッ!!?」
すると、怪物は奇妙な断末魔の悲鳴を上げて戦慄くと、全身を大きく痙攣させてから仰向けに倒れ込んだのだった。
「ふぅ……」
「ナイスショット!」
ライナが笑顔で操を労う。
操としてはそれ程完璧な行動が取れたとは思っていなかった為、苦笑を返すので精一杯だった。
「う……うう……」
と、そんな二人の耳にくぐもった声が届く。
どうやら先程の警官が辛うじて生きているらしい。
操はすぐに駆け寄って警官の容体を確かめた。
ライナは操が警官の様子を見ている間、周辺を警戒する役に回る。
(……うっ……これは、もう……)
警官の傷は深く、既に手の施しようがない状態だった。
怪物の蔦の触手が2本腹部を貫通し、残りの2本は右肩と左腕に突き刺さっている。
人体を貫く強度があるとはいえ、植物の蔦のような表面の粗い物が突き刺さった為、傷口が酷く損傷してしまっているのだ。
仮にこの場に医者が居たとしてもどうしようもない状態だろう。
「う……あ……」
その時、瀕死の警官が操に何かを訴える様に目を向けた。
そして、震える手で路地を指差して言葉を絞り出す。
「奥に…………もう……一人……」
「えっ!?」
警官が指差したのは先程彼と怪物が出て来た裏路地だった。
操の位置からは人影は見えないが、路地は少し進んだ先に曲がり角があり奥に続いているらしい。
そこにまだ、怪物に襲われている誰かが居るというのだろうか?
「頼……む…………」
「……ッ……しっかりして!」
警官はそれだけ言い遺すと力尽きた。
最後の力を振り絞って操に仲間の存在を知らせようとしたのだろう。
「ごめんなさい……」
操は警官を助けられなかった事を悔やんだが、今はそれよりもやる事がある。
その場から立ち上がり、周囲の警戒を続けていたライナの元へ急いだ。
ライナは路地の入口近くで銃を手にして立っていた。
その視線の先には先程感じ取ったもう一体の怪物…………の死体が転がっている。
銃声がしなかった事から、操が警官の容体を見ている間にワイヤー短剣で処理したらしい。
「……ライナ」
「……ダメか?」
「……うん」
操の表情から警官の最期を察したライナは、気遣わしげな表情を操に向けた。
そんなライナの気遣いに心中で感謝しつつ、操は警官から告げられた事をライナに伝える。
「路地の奥にもう一人仲間がいるらしいの。 その人を頼むって……」
「なるほど、怪物に襲われてはぐれたのか?」
奥に居る仲間というのがどういった人物かは分からないが、今のこの街で初めて出会うまともな生存者かもしれない。
放置する事は出来ないという事で二人は救出を試みる事にした。
「場所分かるか? すぐ近くには動く物の気配はないけど……」
「待って……普通の人間の位置は分からないけど、怪物の位置を感じ取れば……」
『青い花』の影響を受けていない人間の気配は操にも感じ取る事は出来ない。
しかし今回の場合、怪物の動きからおおよその位置を把握出来ると操は考えていた。
(さっきの警官が一人でこちらに逃げて来ていたって事は、そうする必要があったって事……。 つまり囮になって怪物を引き離そうとしていた可能性がある。 それなら……)
意識を集中して周囲の怪物が放つ、青い光のような『気配』を探る。
すると、程なくして怪物が複数集まりつつある場所を発見した。
「……あった! 怪物が3体、周りを取り囲むように集まって来てる!」
3体の怪物はとある場所に向かって徐々に距離を詰めて行っている。
その動きは先程から変化が無いようなので、警官の仲間だという人物は身動きが取れない状況なのかもしれない。
仮にそうなら、あの警官が囮になって怪物を引き離そうとしたのも頷ける。
「マジか。 見つかっちまったのかな……何にせよ、早く行った方が良さそうだな」
「うん。 それ程遠くじゃないから急いで行こう!」
操とライナはそう結論付けると、急ぎ警官の仲間を救出するべく路地の奥へと急ぐのだった。




