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36 忘れられた場所

短いので2話投稿


「それで……ここが例の水路の入り口?」


「……ああ、地図で見た限りじゃそうらしいな」


目の前にある地下への鉄格子を眺めつつ、操がライナに問いかけると、ライナからはそのような答えが返って来た。



大通りから移動した操とライナの二人は、人一人がようやく通れるような狭い路地を地下水路目指して進んで行った。


途中、花人や木人などの怪物が道を塞ぐように現れたり、頭上の窓から落下して来たりする事もあったが、今更その程度の奇襲は二人にとって、どうという事は無かった。


地下への入り口の場所を知るライナの先導で進んで行ったが、木人は行動を起こす前にライナが射殺。


花人に至っては武器すら使わずに、やはりライナが処理していた。


操も背後を警戒しつつ、必要なら蔦による牽制でサポートしたり、背後に木人達が回り込んで来た際は散弾銃(ショットガン)で迎撃するなど、互いに援護し合って進んで来た。


その甲斐あって、相変わらず迷路のように入り組んでいた路地を操達は、比較的短時間かつ無傷で通過する事が出来たのだ。


そうして住宅地の中程に唐突に現れた地下水路入口まで辿り着いたのだが、入り口を前にしたライナが微妙な顔をしている事に操は気が付いた。


「……どうしたの? 何だか変な顔して」


「ん? ああ、ちょっとな……」


そう言って鉄格子に近付いて行くライナ。


鉄格子の間からは奥に続いているアーチ状の石造りの廊下が見える。


しかし、明かりの類が無いらしく、内部は真っ暗だ。


ライナは鉄格子の手前から内部を覗き込んでいたが、暫くして溜息を吐いた。


「うーん……やっぱり、明かりが点いてないな。 非常灯くらいは点いてるはずなんだけど」


そう呟いて怪訝そうな顔をするライナ。


「え? 本当なら明かりが点いてるの? でもここって、閉鎖されてるんでしょ?」


指令センターでライナから聞いた話では、この水路は観光資源として利用する計画だったが、計画が立ち消えになって放置されてしまっているという事だった。


ある程度整備がされてはいるとの事だったが、全域に明かりが設置される程に整備されていたのだろうか?


「まあ閉鎖されてはいるんだけど、設備を管理する管理人が派遣されてるみたいだから、ある程度明るいと思ったんだけどな」


そのような会話を操としつつ、ライナは鉄格子のカギ部分を何やら弄っている。


と、ガチャリという音がした直後に、あっさり鉄格子が開いた。


「よし、開いたぞ」


「あっさり開けるなぁ……」


鉄格子を開けて中に入ると、心なしか湿った空気が操の体を包み込んだような感覚を覚えた。


周囲に水は流れていないが、恐らくこの奥には病院の地下で見たような水路があるのだろう。


「……ライナに言われて思い出したけど、指令センターで見たここの監視カメラの映像には、蛍光灯が付いてる場所があったんだよね」


「そうだな。 単純にこっち側の明かりが点いてないのか、あるいは……」


……何かしらの原因で電気が通っていないか、だ。


そして、今の街の状況で何かしらの原因など考えるまでもない。


「……地図によると、こっちの入り口近くに、管理人が詰める為の管理室があるみたいだな」


「え? こんな所に人が常駐してたの?」


ライナが手元の端末を見ながら呟いた内容に、操はやや驚いたように声を上げた。


操達が今いる入口から少し足を踏み入れただけの場所ですら湿気が感じられるというのに、このさらに奥へ進んだ場所に人が常駐など出来るのだろうか?


「例の観光利用の話が出た時に後から追加したらしいな。 他にも当時最新鋭の電子ロックとかも導入したんだと」


ライナ曰く当時の詳細は不明だが、観光利用の話が出て間もない頃、計画が本決まりする前に役所が工事に着手してしまったのだという。


そうして設備がおおよそ導入される、という所で街の市民団体から反対の声が強まったのだそうだ。


「………………税金の無駄って奴だね」


「同感」



そんな会話をしながら通路を進んで行く操とライナ。


ちなみに明かりの無い通路は、ライナが何処からか取り出したライトで照らしながら先行している。


操は先程と同じ様に後方を警戒しつつ後をついて行った。


やがて、狭い通路の先が開け、病院地下で見たのと同じような水路と、その片側に備え付けられた金属製の足場が見えて来た。


明らかに後から取って付けたような簡易的な足場は、一見すると工事でもしているかのようだが、水路の奥の方にまで延々と続いている所から見るに、どうやらこれがこの水路の一般的な通路らしい。


「…………後付けって言っても限度があると思うなぁ」


「……そうだな。 そして、そんな「後付け」の極みみたいなあの『小屋』が、もしかして管理室なのかな?」


そう言ってライナが指差した場所にあったのは、どう控えめに言っても『小屋』としか言えないプレハブの建物だった。


操達がいる金属製の通路も含めて水路の水面から足場を伸ばして支える形になっている為、やはり何処かの工事現場にしか見えない。


観光資源として利用しようとしているというのなら、景観を自ら崩してしまっていると思うのだが……。




「で、管理室まで来たわけだけど……」


「……カビ臭い……」


工事現場の休憩小屋の如き外観の管理室に操達は足を踏み入れる。


ライナが事前に調べた限りでは、この管理室で水流を制御したりセキュリティを管理したりする事が出来るとの事だった。


実際、室内の一角にそのような作業に用いると思われる制御盤らしき物が見える。


しかし、管理室自体があまり通気性が良くないのか、室内はカビ臭い上にやたらとジメジメしており、とても人が常駐出来る場所とは思えなかった。


「あー……通気になんか異常があるみたいだな」


操が室内の様子に呆れていると、いつの間にか稼働している制御盤を調べていたライナがそんな事を言う。


因みに、管理室の電力は水路とは別の経路で供給されているらしく、スイッチを入れたらあっさりと明かりが点いた。


「異常って? ……まあ、予想は付くけど」


操が溜息を吐きながらそう言うと、ライナも苦笑しながら答える。


「まあ、「何か」が通気口に詰まってるって事みたいだな。 それで換気が悪いみたいだけど……一番の問題はそこじゃないみたいだな」


ライナも操につられて溜息を吐く。


今ライナが調べているのは、水路全体に異常が起きていないかを調べるセンサー類の制御盤らしい。


操もライナの横から覗き込むようにして制御盤の画面を見るが……今一よく分からない。


アラートが複数表示されているようなので、いくつかの異常が発生しているという事は分かるのだが。


操は説明を促すようにライナの顔を見る。


「そうだな……今の状況を簡単に言うと………………向こう側に行くのに通らないといけない水路が水没してて通れない、って感じかなぁ」


「…………はい?」


思わず間の抜けた声を上げる操。


というのも、異常というのが『青い花』が通気口に詰まっているとか、異常成長した巨大花の根が水路を塞いでいるとかだと考えていたからだ。


しかし、ライナが言うには、この地下水路の一番大きな水路が何らかの理由で水没してしまっているというのだ。


「なんでまたそんな事に…………いや、『青い花』のせいだっていうのは分かるけど」


花の根が水路を塞いでいる光景であれば操も病院地下の地下水路で目にしている。


しかし、恐らくあの水路と同じ規模であろうこの地下水路が、一部とはいえ通行出来ない程に水没している理由が分からなかった。


「うーん……多分だけど、何処かから水が流れ込んで来てるんだと思う。 ここの水は川から引き込まれてる奴だからな」


そう言われて操は、自分が最初に目を覚ましたホテル近くに流れていた川を思い出す。


確かにあの川はそこそこの大きさがあった。


かつてはあそこから水路に水を引き込んで使用していたのかもしれない。


となれば、使われなくなった今でも川と繋がっている可能性が高いわけで……。


「……もしかして、『花』の根で塞がったんじゃなくて、何処かに穴が空いて水が流れ込んだ?」


「あー………かもな。 水没してる水路って、この地下水路の一番低い所にあるから、どっかで水漏れが起きて水が溜まったって感じかな……」


『青い花』の怪物も巨大花の根も、比較的水場に近い場所に出現する傾向がある。


病院地下の巨大花の根の様子を見るに、この水路にも同じように花の根が構造物を突き破って出現していてもおかしくはない。


そもそも、この地下水路の上には巨大花の根がメインストリートを覆い尽くすように広がっているのだから、そうなっていない方が難しいかもしれない。


「でも、だとしたらどうするの? 水没した場所を泳いで行く訳にも行かないでしょ?」


どのくらいの距離があるかもわからない水路を、それも恐らく一切明かりが無い状態で進むのは幾ら何でも自殺行為だ。


他に道を探すにしても、この地下水路内を探索したとして、まともな道があるとは思えなかった。


「……そこで出て来るのが無駄に整備されたハイテクシステムな訳さ」


「えっ、何それ」


操の疑問に対して苦笑しつつ答えるライナ。


そして、目の前にある制御盤とは別の制御盤の前に移動すると、画面のタッチパネルを何度か操作した。


すると、画面に何かの機械の図のような物が表示され、その横に機械の状態を表すと思われるパラメーターが並んだ。


「これは…………『非常排水システム』?」


画面に表示されたウィンドウのタイトルにはそのようにある。


文字通り非常時に水を緊急排水する為のシステムらしい。


しかし、この地下水路は観光用に使用する予定があったとはいえ、現在は使われていない筈だ。


なぜこんな大仰な物があるのだろうか?


「ここの水路は元々川から水を引き込んでた関係で、雨で川が増水したりするとすぐ水浸しになっちまうらしいんだ」


操が疑問に感じた事を察したのか、画面を操作しながらライナが説明してくれる。


「だから、観光利用以前にその辺をどうにかしないといけなかったらしいんだけど……水が入って来ない様にする工事は水路の強度的に無理だったみたいだな」


言われて操はここまで目にした水路の様子を思い出す。


街自体が古いという事もあって、今も形を残している地下水路もかなりの年代物だ。


そのまま工事を行うのは難しいというのは理解出来る。


「……でも、だからって排水システムを導入するのもどうなの? それだって工事が必要でしょ?」


「だよなー。 けどそこはほら、工事の受注の利権がどうのこうの……って話になるんで割愛させてくれ」


ライナが呆れたような表情で溜息を吐く。


要するに、そういう話がこの地下水路には多く絡んでいるという事なのだろう。


「とりあえず理解はしたけど……実際の所どうなの? この状況でその排水システムって動くの?」


先程この水路に入ってから、水路全体の明かりが落ちて暗い、通気口に何か詰まっている、水路が一部水没している、といった異常が発生している。


この非常排水システムとやらも、まともに機能しているのか非常に疑わしいと操は思った。


そして操の危惧はどうやら当たってしまったらしい。


「まあ、正常に作動してたら水路が水没してたりしないよな」


そう言ってライナが操に見るように促したのは、画面に表示されたアラートの一覧だった。


ウンザリする程大量の警告表示が並ぶ画面の中で、一番上の警告文をライナが指し示した。


「大本の問題は水路全体の電力供給が落ちてる事みたいだな。 ……これも水路が水没したせいみたいだけど」


ライナによると、この地下水路……正式名称グリーンフォレスト市営中央地下水路は、大きく分けて上層エリアと下層エリアに分かれている構造をしているらしい。


この内、水路内の電灯や排水システムの電力供給を行う発電機があるのが下層エリアなのだという。


だが今回、『花』の影響で起きたと思われる水漏れにより、発電機が破損してしまった為に電力の供給が止まってしまったのだ。


その為、排水システムは作動せず下層全体が水没してしまった、という事らしい。


「……いつもの事だけど、コメントに困る杜撰さだね。 ……非常時の予備電源とかは無いの?」


「あるみたいだぞ。 でも、明かりが点いてないって事は、そっちも作動してないんだろうな」


思わず天を仰ぐ操。


ここに至るまでに、管理が杜撰だった施設は色々と見て来た。


だが、今回の水路の状況はその中でも最悪の物だろう。


管理室が設置されているという事から、ある程度保守点検がされているのだと期待していたのだが、どうやら甘かったらしい。


とにかく、結論としてはこの水路を通って街の西側のへ抜けるのは不可能という事だ。


しかし、どうやらライナの考えは操とは異なるようだった。


「まあ、そっちは多分水没してないだろうし、手動で動かすやつなのかもしれないから、確認しに行った方がいいな」


「え? そうなの?」


ライナが言うには、先程の話に出て来た予備の発電機が上層エリアにあるのだという。


水路の電力全てを賄える程の出力ではないようだが、ともかく今は排水システムが動けば良い。


発電機を作動させる事さえ出来れば、後は管理室内の制御端末から電力の供給ラインを変更して、排水システムを作動させれば水を取り除く事が出来るだろう。


「なるほど……それなら何とかなる…………のかな?」


「見てみないと何とも言えないけどな。 ……操が言った通りこの街の公共施設は管理が雑だし、予備の方も壊れてる可能性もある」


「はあ……そうだね、とにかく行ってみるしかないかぁ……」


思わず溜息を吐きながらそう呟く操。


……あまり考えたくない事だが、ライナの言う通りだろう。


と、いうか、その可能性の方が高いと操は考えていた。


しかし、何はともあれ、予備の発電機をまずは確認するという事で二人の意見は一致した。


思わぬ足止めを食らってしまう形になったが、まだ完全に道が閉ざされたわけではない。


そう自分に言い聞かせるようにして、操は不安に思いつつもライナと共に予備の発電機を探すべく管理室を後にするのだった。


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