33 群れ
「ギィィィィョェエエエエエエエエ!!!???」
全身が炎に包まれた怪物が叫び声を上げた。
炎は怪物の体に纏わり付くように燃え盛り、怪物がもがく程に広がって行く。
操はのたうち回る怪物を唖然とした表情で見詰めていた。
そんな操の横手から、柱の陰から現れたライナの声が聞こえて来た。
「ほれ、追加だ」
そう言って何かを火達磨状態の怪物に向かって投擲する。
怪物に向かって投げ込まれた何かが怪物に「着弾」すると、炎がさらに燃え上がった。
「す、すごいね……。 一体何をしたの?」
「ん? あー、簡単に言うと、起爆装置付きの火炎瓶……かな?」
そう言ってライナが手の中にあった起爆スイッチと思われる機械を見せる。
先程聞こえた爆発音……というよりも破裂音は、起爆装置が作動した際の瓶が割れた音だったらしい。
瓶が割れた瞬間に中の液体が広がり、怪物の体に一気に燃え広がったようだ。
「化学反応を起こして発火させるタイプだけど、ちょっとアレンジして粘着爆弾風にしてみたんだ」
「いやそんな、隠し味にちょっと一手間加えましたみたいに言われても……」
如何に怪物とはいえ、目の前で生き物が火達磨になって焼け死にそうになっている光景を前にして、そんなほのぼのした感想は口に出来そうになかった。
「ギ……………ギュ………ゲギュ……………ゲッ……」
……と、そんな風に操がライナに投擲物の正体を聞いている間に、全身を炎で焼かれた怪物は力尽きつつあった。
既に体だけではなく手足も炎に包まれ焼け爛れており、全身に重度の火傷を負っている。
外見通りに生命力が強いのかまだ息はあるようだが、息絶えるのも時間の問題だろう。
「まあ、これで周りに香りを撒き散らさずに済みそうだね」
「そうだな。 でも犬ネズミ共が近づいて来ているのは変わらないし、今の内にさっさと出発しようぜ」
ライナの言う通り、犬ネズミの気配は消えていない。
最初に感知した時よりも動きは遅くなっているようだが、この建物に集まりつつあるのは変わりないようだ。
犬ネズミの大群に包囲される前にここを離れた方が良いだろう。
だがその時、操もライナも予想していなかった事態が起きた。
「……ギュロォッ…………ゲッ……」
「うん?」
「え?」
身動きも取れなくなり、既に息絶えていると考えていた怪物が声を発した。
そして操達が怪物の方に目を向けた次の瞬間。
怪物の体が一気に膨れ上がった。
いち早く反応したのはライナだった。
ライナは状況に頭がまだ追いついていない操を抱える様にすると、一番近くにあった柱の陰に飛び込む。
その直後、膨れ上がった怪物の体が、爆音と共に勢いよく破裂した。
「ッッ!!?」
操は柱の陰でライナに庇われた状態で、破裂した怪物の肉片や骨らしき物を凌いでいた。
爆発と共に飛び散った怪物の破片は弾丸の如き速度で周囲にばら撒かれており、相当の殺傷力を伴っている。
怪物が破裂しする直前、ライナが操ですら反応出来ないような速さで柱の陰に退避させてくれなければ、操でも危なかったかもしれない。
飛び散った肉片が着弾して破壊された周囲の壁や天井の一部がパラパラと床に落下して来る。
何とか無事に爆発をやり過ごせたと判断したらしいライナが、抱えたままの操を体から離した。
「ふぃー……あっぶね。 焼いても結局撒き散らすのかよ……」
柱の陰から顔だけ覗かせてライナがぼやく。
その声を聞いた段階で、操はライナに助けられた事をようやく思い出した。
「あ、ありがとうライナ。 助けてくれて……」
「ん? ……ああ、気にすんなって。 寧ろなんか危なそうだったからとはいえ、無理やり引っ張り込んで悪かったな」
そう言って笑うライナだが、すぐに顔を顰めて怪物に破壊された入口方面に目を向けた。
「……操、犬ネズミの気配分かるか? 近付く速度が速くなってないか?」
「……えっ!?」
そう言われて操は周囲の気配を探ってみる。
すると、確かに先程まで動きが遅くなりつつあった犬ネズミの気配が速度を増して近づきつつあった。
これはもしや…………。
「……確かに近付く速度が速くなってる。 もしかして、あの怪物が破裂したから?」
怪物が最後に破裂した際、自ら体を膨らませて自爆したように見えた。
周囲に他の怪物を引き寄せる『香り』を撒き散らす目的でそうした行動に出たという事だろうか?
「多分そうだろうな……。 どっちにしろ犬ネズミ共を引き寄せちまうんなら、小細工しないで二人でボコれば良かったかな」
言いつつ銃を構えて入り口正面に立つライナ。
それを見た操も慌ててライナの隣に並んでショットガンを構える。
先程一発撃っているのでポーチから弾を取り出して装填しておく。
「どうするの?」
「こうなったらしょうがないから、このまま建物の中に籠城して寄って来る犬ネズミ共を迎撃しよう。 外で囲まれるよりはマシだろうしな」
確かに今から犬ネズミが集まってくる前に目的地の水路へ逃げるというのは無理がある。
かと言って、大通りに出て犬ネズミの大群と戦うのは無謀すぎる。
ライナの言う通り、この建物内で……より正確に言うならこのエントランスホールで犬ネズミを迎え撃つのが無難だろう。
操とライナは建物の入口に銃を向けたまま距離を取った。
怪物の群れが飛び込んで来たならすぐに迎撃出来るようにだ。
始めはショットガンを使おうとしていた操だったが、装弾数が少ない為ハンドガンを使った方が良いとライナに指摘された。
「あいつら、怪物共の中では小型だから、拳銃弾でも突進を止められるしな」
確かに他の怪物に比べて体格が小さい為、ハンドガンの威力でも容易に行動を阻害出来る。
その間に追撃を加えたり、他の敵を攻撃したりとその時々で行動を選ぶ事も可能だ。
「あと、操って意外と『動ける』みたいだし、銃に拘らずにさっきみたいに蹴ったりするのもアリだと思うぞ」
どうやら先程の巨漢の怪物に対して行った踵落としを見られていたらしい。
少々はしたなかったかと密かに後悔していた操だったが、ライナからは高評価だった。
「えーと……、う、うん。 やってみる……」
そんな操の内心を知らず、歯切れの悪い反応の操にライナは一瞬訝しげな顔をするが、すぐに視線を正面に戻す。
「……そろそろ来るな。 最初に飛び込んで来た奴を撃って転倒させて、後続の奴の動きを妨害するぞ」
「わかった」
操は倒壊したバリケードの向こうから近づいて来る『気配』に意識を傾けた。
銃の扱いに操自身は慣れている訳ではないが、犬ネズミ達が襲って来た際には最適な動きが取れるように意識しておく。
その上で意識を集中すると、建物の外の霧の向こうから群がって来ている犬ネズミの影が僅かに見えた。
「今だ!」
その直後ライナが叫ぶ。
同時に、エントランスに二つの影が飛び込んで来た。
操はその影がまだ空中にいる段階で、片方に向かって発砲した。
「ヂュビャッ!?」
「ギュペビッ!?」
放たれた銃弾に射抜かれた犬ネズミが悲鳴を上げて転倒する。
それと同時にもう一体の犬ネズミもライナが放った2発の銃弾を受けて倒れ込んだ。
「やった!」
「まだだ!追加がすぐに来るぞ!」
ライナの言葉通り、霧の向こうからは複数の犬ネズミと思われる気配が再び近づいて来ている。
今度は続けざまに3体が建物に走り込んで来ようとしているようだ。
操は霧に怪物の影が見えた瞬間、今度は建物内に入ってくる前に銃を2連射した。
先程と同じ様に犬ネズミの悲鳴が聞こえ、撃たれた犬ネズミに足を取られたらしい他の個体が動きを鈍らせた状態で姿を現す。
そこへライナが間髪入れずに銃弾を撃ち込んで止めを刺した。
だが残った1匹の犬ネズミが、そのまま仲間の死体を飛び越えて建物内に侵入、操目掛けて飛び掛かって来た。
「ッ!」
操は咄嗟に体を捻って犬ネズミの突進を躱すと、自分の脇を通り抜けて行った犬ネズミに向け、右手のみで銃を構えて発砲した。
「ピギュッ!?」
背中から銃弾を撃ち込まれた犬ネズミが悲鳴を上げて床に転がる…………が、まだ生きているようだ。
不安定な体勢で撃ったせいか、一撃で仕留める事が出来なかったらしい。
操はすぐに走り寄って止めの銃弾を撃ち込もうとしたが、直前で思い留まり犬ネズミの頭を思い切り踏みつけた。
「…………!!?」
グシャッ! という音と共に犬ネズミの頭が弾け飛ぶ。
……確かに弾の節約にはなりそうだが、中々グロテスクな光景だ。
「操! 大丈夫か!?」
ライナが外から向かって来る怪物の群れに発砲しながら、操の安否を確かめて来た。
今の所ライナだけで抑える事が出来ているらしい。
「うん!大丈夫!」
すぐに操もライナの隣に戻って、建物内に入って来ようとする怪物への銃撃を再開した。
そのままエントランスに飛び込んで来る怪物達を二人で迎撃し続ける。
これまでの所、二人で対処し切れない数の怪物が雪崩れ込んで来るという事にはなっていない。
しかし、こちらも銃弾が無限にある訳ではない以上、あまり楽観視は出来ないだろう。
時々攻撃を掻い潜ってこちらに襲い掛かって来る動きの良い個体が飛び込んで来た事もあったが、あっという間にライナに処理された。
銃撃した後に止めを刺すのならまだ分かるのだが、一対一の状況の際ライナは銃すら使わず犬ネズミを蹴り殺してしまっている。
操も銃撃後の追加攻撃として踏み潰したり蹴り飛ばしたりはしているが、完全に素手で相手をしようとは思わなかった。
本人曰く「一応生き物だし、蹴れば死ぬと思って……」
との事だった。
若干引いた操だったが、弾薬の節約にはなるので苦笑するに留めた。
何はともあれ、このままの襲撃が収まって行ってくれるなら何も問題は無い。
………しかし、そうはならなかった。
「っ!?」
「何だ!?」
突如、エントランスホール内にガラスが割れる様な音が鳴り響いた。
しかも、一度や二度ではない。
操達がいる1階のフロアのあちこちから、何度も同じようなガラスの割れる音が聞こえて来ているのだ。
「まさか、裏口の方からも群れが……!?」
慌てて気配を探ってみると、建物内に既に相当数の怪物が入り込んでいるのが分かった。
しかも、気配の感覚からして、犬ネズミだけではない。
花人や木人までもこの指令センターに集まって来ている。
「ライナ! 裏のゲート方面からも怪物が群れで来てる! 入って来てるのは殆ど犬ネズミだけど、花人や木人もいる!」
最早形振り構っていられなくなった操は自身の『感覚』で知り得た情報を全てライナに伝えた。
この状況で挟み撃ちにされるのはどう考えてもまずい。
怪物に周囲を囲まれる前に、この場を離れなくてはならないだろう。
「……マジか。 まだ大通りの方の犬ネズミは結構な数がいるってのに……」
ライナの言葉通り、入り口側からはまだ犬ネズミが散発的に走り込んで来ようとしている。
流石にそのまま入っても撃たれるだけだと学習したのか、こちらの隙を伺う様に遠巻きにしている者が殆どだ。
しかし、この状況で操達の背後から別の怪物の群れが襲い掛かって来たなら、その隙を見逃すとは思えない。
あの怪物達ならそのくらいの知恵はあるだろう。
操はそう考え、怪物を迎撃すべく裏口に通じる廊下側へ向かおうとする。
しかしその瞬間、思わぬ場所から操に向かって影が迫った。
「ッう!?」
「操!?」
操に飛び掛かって来たのは、いつの間にか天井から柱を伝って迫って来ていた犬ネズミだった。
視界の端に穴の開いた天井が映り、操はこの犬ネズミが天井裏を通って接近して来ていたのだと察した。
飛び掛かって来た怪物の体を何とか受け止める。
しかし、犬ネズミは操に食らい付こうと、その大口を開けて操に圧し掛かって来た。
「ヂュババババババァァァァァ!!!!!」
「ぐっ……! この……!」
力づくで押しまくろうとする犬ネズミをどうにか引き剥がそうとするが、意外な程に強い力で抵抗して来る為、なかなか押し退けられない。
操は『棘』を使って犬ネズミを仕留める事を考えるが、すぐ近くにライナがいる為躊躇してしまった。
ここまで追い詰められても自分の異質なな能力をライナに明かす事が出来ない事に、操は歯噛みする。
ライナが自身の能力の事を知った時に拒絶の態度を示されたとしたらと考えると、操の心は言い様のない恐怖心に囚われてしまった。
この街で操の事を知っているのは今の所ライナだけだ。
そのライナに拒絶されてしまったら、操は一人ぼっちになってしまう。
そう考えると、どうしてもあと一歩が踏み出せず、遂には現在のような致命的な状況に追い込まれてしまった。
今更ながら操は、ライナが自分にとって思った以上に大きな存在になりつつある事を自覚した。
(……こんな状況で何考えてるんだろ、私)
視界の中では操に押し留められている怪物が業を煮やしたのか、口内の蔦を操目掛けて伸ばそうと大きく口を開けている所だった。
窮地に陥っている影響か、周囲の光景がゆっくりと動く中、操は自分に伸ばされる怪物の蔦をどこか他人事のように眺めて……。
次の瞬間、目の前に居た怪物が突然消えた。
「ゴゲバァッ!!?」
操の目に映ったのは、サッカーのシュートを打つような体勢で怪物を蹴り飛ばすライナの姿と、体をくの字に折り曲げて吹き飛んで行く怪物の姿だった。
蹴り飛ばされた先の壁に叩き付けられた怪物は床に落下して転がるが、まだ死んではいないようだ。
が、ライナは攻撃の手を緩めなかった。
蹴りの体勢から直ぐさま銃を片手で構えると、3発連続で発砲する。
放たれた銃弾は全て怪物の頭に命中し、怪物の頭は半ば砕け散った。
「大丈夫か!? 操!?」
こちらに振り返りつつ駆け寄って来るライナ。
しかし、操はその背後……正確にはライナの頭上の天井裏に複数の『気配』がある事に気が付いた。
「だめっ!! ライナ、危ないっ!!」
咄嗟にそう叫んだ操だが、それを合図にしたかのように天井を破って犬ネズミが飛び出して来る。
ライナも操の言葉に即座に反応して振り返るが……間に合うとは思えない。
このままではライナが怪物にやられてしまう。
頭の中でそう思った瞬間、操の思考速度が限界まで加速された。
周囲の景色がほとんど停止しているに等しい状態で認識出来る。
そんな中で操は一切迷い無く右腕に『荊の鞭』を生じさせた。
ライナに自分の能力がバレてしまうかもという恐れは、先程までの恐怖心は何だったのかと言いたくなる程に無くなっている。
そしてそのまま意識を集中させ、無駄を省いた最小限の動きで鞭を振るった。
掌から生じた『荊の鞭』は凄まじい速度で伸びると、ライナに飛び掛かった怪物達を瞬く間に引き裂いた。
『!!!??』
引き裂かれた怪物達は、ほとんど悲鳴も上げられずに絶命し、バラバラになって床に転がった。
「……ふぅー…………」
襲い掛かって来た怪物達を排除出来た事を確認し、操は息を吐いた。
今だに周囲には怪物の群れが居るようだが、取りあえず第一波は防ぎ切ったらしい。
今の内に体勢を整えなければいけない。
ライナの方を見ると、左手を懐に入れ、唖然とした表情で固まっている。
操はその姿を見て、先程は全く感じなかった恐怖心が甦って来るのを感じた。
今の操は腕からあの怪物達と同じような植物を生やした異形の姿をしている。
そんな姿を見て、もしもライナが操を他の怪物と同様の存在と見做したら?
ライナは操を殺そうとするかもしれない。
だが、操はもうそれでも構わないと考えていた。
(私は……ライナを助けたかった。 あの状況で彼を助けるにはああするしかなかった)
やはり、これ以上ライナに隠し事をし続ける事は操には出来そうにない。
操は自分の命の恩人であるライナに嘘を吐き続けるよりも、真実を明かして判断を委ねる事を決心した。
「操……今の……」
ライナが振り返り操の方を向く。
その瞳は間違いなく今の操の姿を捉えている。
その表情からは操の姿に対してどのような感情を抱いているのかは窺い知れない。
操は処刑台に上がるような気分でライナの言葉を待った。
「今の何だ!? すげーカッコイイな!」
「へ?」
思わずそんな間抜けな声が零れる。
「いやー、飛び掛かって来た怪物がいきなりバラバラになったのには驚いたけど……これ、腕から生えてるのか? ちょっと痛そうに見えるけど平気なのか?」
心配そうに操に駆け寄りつつ、そんな事を言うライナ。
……心配そうにしつつも、心なしか目がキラキラ輝いて見えるのは気のせいだろうか。
そんなライナの様子を見て、どんな言葉を投げかけられるかと身構えていた操は一気に体から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
「えっ、お、おい、どうしたんだ?大丈夫か?」
急に床に座り込んでしまった操に驚いたのか、ライナが焦った声を上げる。
「あ、うん、大丈夫……。 ちょっと……安心したら気が緩んじゃって」
そう言って操は笑うが、恐らくその笑顔は弱々しい物だったのだろう。
ライナは操の様子を見て表情を引き締めた。
「……ってそうか、まだあの怪物共、周りに居るんだよな……すごいもん見たからってはしゃぎ過ぎたな」
そう言って苦笑したライナは、立ち上がる。
「もう少し粘らなきゃいけないけど……立てるか?」
そう言ってライナは右手を操に差し伸べる。
操はその手を恐る恐る取って立ち上がると、耐えかねたようにライナに問いかけた。
「ライナは……気にならないの? 私のこの体の事……。」
「ん……、まあ、気になるっちゃ気になるけど……。 操が話したくないなら無理に聞くつもりはないよ」
それに対しライナは、困ったような顔をしてそう言った。
操の事を疑うような素振りを微塵も見せずに言うライナに、寧ろ操の方が動揺してしまう。
「…………でも、ライナならこれがあの怪物達と同じ物だっていうのは分かるでしょ?」
暗に操が自分を騙していたとは思わないのか、と問うてみる。
しかし、ライナの答えは至極単純だった。
「大丈夫だって。 こう見えて俺、人を見る目はあるし、操の事は信じてるしさ」
「…………ふふっ……もう、何それ?」
怪物同様の姿の操を前にしても変わらないライナの言葉に、操はそう呟く。
これまでと同じ、良く言えば楽観的な、悪く言えば適当なライナの在り方は、拒絶される事に怯えていた操の心を解きほぐしてくれた。
「……ありがとう、ライナ」
操は目尻に溜まった涙を拭うと、笑顔でライナにそう言うのだった。
「さて、取り敢えず第一波は防いだっぽいけど……まだいるよな?外」
「……うん、正面玄関も裏口方面も、気配は消えてない。 遠巻きに様子を見てる感じかな」
操は『気配』を探って感じた事を包み隠さずライナに伝えた。
ライナが操の正体を知った上で操を受け入れてくれた以上、操もそれに答えるべきだと考えたのだ。
周辺の怪物の気配は建物を包囲して減っていないが、先程のように次々と突撃して来る様子は無い。
「さっきみたいな奇襲してくるようなのは?」
「そっちも今はいないみたい。 ……でも、裏の駐車場には犬ネズミが沢山いるし、ゲートの向こうには木人とか花人とかも集まって来てるよ」
犬ネズミはどうやら勢いを付けて建物周囲の壁を駆け登って来ているようだが、木人や花人は流石に壁を乗り越えては来れないらしい。
しかし、あまりに大群で集まられてしまえば壁やゲートを破壊されてしまう可能性もある。
操達が今いるのは、消防指令センターであって要塞ではないのだ。
『敵』の襲撃に備えて設計されている訳ではない以上、壁やゲートの強度にも限界はある。
「そうなると……第二波が来る前に手を打つか」
そう言ってライナは腰に装着したポーチを探る。
この状況を打開する何かがあるのだろうか?
「どうするの?」
「まああれだ、籠城戦してるからって、こっちから仕掛けちゃいけないなんて事はないからな」
そんな事を言いながらライナがポーチから取り出したのは、先程巨漢の怪物に使ったのと同じ様な液体の入った二つの瓶だった。
操が訝しげな顔をしていると、ライナは片方の瓶の中身をもう一つの瓶の液体と混合して……唐突に裏口方面に繋がる廊下へ投げた。
「え」
操はライナが投げた瓶を思わず目で追ったが……当然、投げられ床に落ちた瓶はパリン!という音を立てて砕け散り、瓶の中身をぶちまけた。
次の瞬間、裏口へ繋がる廊下が炎に包まれた。
「ええええ!?」
「おー、良く燃えるなー。 壁紙の材質のせいかな?」
ライナによる突然の放火に、驚愕の声を上げる操。
それに対して張本人たるライナは他人事のように呟いた。
……ところで、何故もう一つ同じ液体の入った瓶を手に持っているのだろうか?
「あっちにもよいしょーっと」
「なんで!?」
まさかの追加に、操は再度悲鳴じみた声を出してしまう。
追加で投擲された瓶が反対側の廊下の前で砕けると、こちらも同じように一気に火の手が上がった。
あっという間にエントランスホールの奥側一帯は火の海になってしまう。
「良し、これで取りあえず後ろの心配をする必要は無いから、正面から来る連中に集中できるだろ?」
「そ、それはそうかもしれないけど、火が燃え広がったら……」
操がそう言っている間にも燃え盛る炎は周辺に広がって行く。
火の勢いから見て建物全体にまで燃え広がるのも時間の問題ではないだろうか。
「建物の中には他に生きてる人間はいないから大丈夫だって。 ここは敷地が広いから他の建物に燃え移る事も無いだろうしな」
そう言ってライナはホルスターから銃を再び取り出すと、左手に持った。
先程までのライナは銃を右手に持っていたのを覚えていた操は、その行動に若干の違和感を感じる。
しかし、疑問を口にする前に、ライナが操に問いかけて来た。
「で、話は変わるんだけど操。 さっきの「あれ」って自由に動かせるのか?」
「え?」
突然のライナからの質問に面食らう操だが、ライナが言う「あれ」が何なのかはすぐに分かった。
「あれって……『荊の鞭』の事?」
「おお、あれそんなカッコいい名前なんだな。」
思わず自分で付けた名前を口に出す操。
しかし、最早手遅れな気もするので少しだけ顔を赤くしつつ話を進める。
「一応そうだけど……大勢の怪物を一気に倒したりは出来ないよ? ここだと障害物も多いし……」
そう言いつつ操は周囲を見渡す。
エントランスホールは柱が何本か立っているだけではなく、破壊されたバリケードの一部等が散乱している。
今の操なら力尽くで鞭を振り回す事も出来るだろうが、複数の怪物……中でも、素早い動きが武器の犬ネズミが相手では、正確に一撃で仕留めるだけの精度は発揮出来そうにない。
だがライナが求めているのはそういう事ではないらしい。
「いや、そこまでしなくて良い。 あいつらを仕留められないまでも、ダメージを与えて牽制するってのは出来るか?」
「それくらいなら多分出来ると思うけど……どうするの?」
操が疑問を口にすると、ライナは右手を懐に伸ばしながら答える。
「まともに相手してると弾の無駄だからな。 操に牽制してもらってる間に、一匹ずつぱぱっと始末する」
そう言いつつライナがジャケットの懐から引き抜いたのは、一振りの大型短剣だった。
刃が黒塗りのその短剣は、所謂両刃短剣という物のようだった。
先端に向かうにつれて細くなっている刃は、刺突を意識した武器のように思える。
だが、通常の両刃短剣よりも太く大型のそれは、鉈か何かのようにも見えた。
何より、そうした物に詳しくない操から見ても使い込まれたそのダガーは、短剣であるにも拘らず異様な存在感を放っていた。
「一匹ずつって……あいつら相手に短剣だけで戦うの?」
そう言って心配そうにライナを見る操だが、それに対してライナは意外な答えを返して来た。
「大丈夫だって。 俺、どっちかって言うと接近戦の方が得意だから」
……あれで?と思わず言いそうになる操。
今まで見ていた限り、ライナは銃の扱いにかなり慣れている様だった。
襲って来る怪物をほぼ一発で仕留めているのを何度も目撃している操からすると、あれ以上に得意というのが想像出来ないのだが……。
「……おっと。 怪物共もそろそろ痺れを切らして来たみたいだな。 準備良いか?操」
「あ、うん。 大丈夫。」
色々と疑問点はあるが、怪物達は待ってくれそうにない。
操は先程ライナに言われたように、この後飛び込んで来るであろう怪物への牽制をする為、左手に『荊の鞭』を展開する。
だがその形状は先程とは違い、束ねていた蔓を解いた初期の頃に操が用いていた4本の蔓の形だ。
牽制目的なら、威力ではなく攻撃範囲を重視したこの形が良いと判断したのだ。
「おお? そういう事も出来るのか。 さっきも言ったけど、超能力っぽくてカッコイイなそれ!」
「そ、そう……? 私はそういうの良くわからないけど……」
目を輝かせながら操を見るライナ。
先程も思ったが、ライナのの感性は何だか子供っぽいような気がする。
……と、そんな事を考えていると、正面玄関外の気配がざわめき出した。
どうやら建物内部で火の手が上がっている事に怪物達が気付いたようだ。
実際、操達の背後は既に火の海と言っても良い有様となっている。
確かにこれなら裏口から侵入して来る怪物に背後を突かれる事は無いが、操達としても火の手が燃え広がる前にこの場を立ち去らなくてはならない。
勿論ライナもこの状況を理解しているとは思うが、いくら操が牽制するとはいえ、短剣一本でどうにか出来るのだろうか?
「おっと、外の連中も建物が燃えだしたのに気が付いたな。 ……そろそろ来るかな?」
そんな操の心情を知ってか知らずか、ライナが外の気配を感じ取って霧が満ちた外を見つめる。
右手に短剣、左手にハンドガンを持ち、両腕をだらりと下げた状態だ。
一見すると特に身構えているようには見えない体勢だが、ある意味力を抜いた状態とも言えた。
操も自分がすべき事をするべく、いつでも動けるように『荊の鞭』に全神経を集中させ、深呼吸をした。
そして、場の空気に一瞬の空白が生まれ、操の耳に聞こえる音は背後で爆ぜる炎の音だけとなった次の瞬間。
『ヂャァァァァァァァァァァァァ!!!!!』
再び殺意を剥き出しにした怪物達が、咆哮を上げながら一斉に建物内に飛び込んで来た。




