32 乱入
「あ、そうだ。 ついでにここで正面玄関のシャッター開けらんないかな?」
今後の行動方針が決まり、移動しようとした矢先、唐突にライナがそんな事を言い出した。
「え? この端末ってそんな事まで出来るようになってるの?」
操の認識ではこの端末は、街の監視カメラのシステムにハッキングして映像を盗み見る為の物だ。
しかし、ライナが言うにはそれだけではないらしい。
「色んな所のシステムにハッキング出来るようになってるみたいだからな。 オンラインに繋がってる物なら遠隔操作出来るんじゃないか?」
今すぐ何でもハッキング出来るわけではないようだが、ある程度時間を掛ければ可能なスペックはあるのだという。
昨今、オンラインで管理していない物の方が少なくなりつつある世の中で、それはかなり危険な状況だ。
「その辺りも悪用してたのかもね……」
「まあ、元々評判悪かったみたいだし、サイディスに有利な調書とか作ってたんじゃないか? あの署長」
何とも呆れる話だが、今回はそのおかげで打開策が見出せたのは皮肉である。
「死人の事は気にしてもしょうがないけどなー…………お、あったあった」
そんな話をしている内に、ライナが指令センター内のセキュリティシステムにアクセスするプログラムを見つけた。
いくつか操作をして、正面玄関のシャッターを開けるように指令を出すと、操の耳に何かが作動するような音が聞こえた。
この距離でもそうした音が聞こえる事に操は自分で自分に驚いたが、今更かとも思った。
(身体能力だけじゃなくて五感も強化されいるから、この距離でもかなりはっきり聞こえるね……)
そんな風に操が自分の体の特殊性を改めて認識していると、操の耳がシャッターの開閉音とは別の音を捉えた。
(……!? 今の音は……!?)
突然聞こえたその音は、複数の何かが動くような音だ。
最初は獣型の怪物こと犬ネズミが移動している音かとも思ったが、あれに比べるとやや大きな物体のように感じる。
それが何なのかはっきりとは分からないが、正面玄関周辺でかなりの数が蠢いている音が操には聞こえていた。
「……どうした? 何かあったのか?」
ライナの怪訝そうな声で操は我に返った。
シャッターを開く操作をした直後に、あらぬ方向を見つめて動きを止めていれば誰でも気になるだろう。
だが、操は何と答えるべきか迷った。
正面玄関のシャッターが開いた音が聞こえた、程度ならば分からなくもないが、その周辺で得体の知れない何かが動いていたと言う事は躊躇われる。
操が答えに窮していると、ライナが少し困ったような顔をして言葉を続けた。
「もしかして、何か聞こえたとか?」
「え?」
意外にもライナは操が建物の外の音を聞きつけた事を予想していたらしい。
図星を付かれた形になった操だが、何とか表情を取り繕って答えを返す。
「う、うん。 気のせいかもしれないんだけど……外で何かが動くような音がした気がして……」
頭で考えている事を言い当てられてしまっては正直に話すしかない。
操はそう考え、気付いた事を隠さずに話した。
現在操達がいるのは、警察署長が設置した隠し部屋の中だ。
この部屋がどのような構造になっているのかは不明だが、部屋の様子を見る限り防音ではないという事は考え難い。
そんな部屋の中にいるにもかかわらず、「外の音が聞こえた気がする」等と言われても普通なら信じないだろう。
しかし、操の言葉を聞いたライナは何の疑問も抱いていない様子で操の言葉を肯定した。
「あー、やっぱり? なんか空気変わったよな建物周りの……。 やっぱり根っこの周りは何かしらいるのかな?」
あっさり自分の言葉を受け入れたライナに、操は目を見開いて驚いた。
そんなに簡単に信じられる事なのだろうか、と。
「……信じてくれるの?」
「え? ああ、うん。 感覚が鋭い奴って結構いるからな。 俺も昔っからそうだし」
さらっとそんな事を言うライナ。
……昔からなのか。
「まあ、操がなんか違和感を感じるんなら、ちょっと注意して行くかな」
ライナはそう言って端末から離れると隠し部屋から出て行く。
「え?、あ、ま、待ってよ、ライナ!」
しばし固まっていた操は我に返ると、慌ててライナの後を追った。
応接室を出た操とライナは、そのまま階段を下りて1階までやって来ていた。
しかし、1階に到達した時点で操はフロアに漂う異様な雰囲気を感じ取る。
(……空気が張り詰めてる)
元々指令センターの1階は、怪物に襲撃されたと思われる死体が転がり、血の匂いが漂うなど殺伐とした気配が満ちていた。
しかし、今の1階の空気はそれ以上に殺気が漂っているように操には感じられた。
思わずライナと顔を見合わせると、ライナも周囲の異様な気配に気付いているようで、人差し指を口の前に立て、音を立てないようジェスチャーで伝えて来た。
ライナに頷きを返し、拳銃を構えつつ廊下の様子を確認する。
廊下の見える範囲には異常は見当たらないが、やはり周囲に漂う殺気は消えない。
ライナに目を向けると、何やら驚いた表情をしていたが、操の視線を受けて頷くと廊下の西側、エントランスの方へと銃を構えて歩いて行く。
廊下の終端、エントランスへの曲がり角に辿り着いたライナは、壁際に身を寄せると、ほんの少しだけ顔を覗かせて慎重にエントランスの様子を伺った。
操も周囲を警戒しつつ、ライナの元へ向かう。
エントランスの様子を伺っているライナに近付いた操は、出来る限り声量を落としてライナに声を掛けた。
「……どう?」
「うーん……見た限り何も変化は無いんだけど……」
操と同じく声のトーンを落としたライナが自分の左横を少し空けて操を見る。
……横から覗いて見ろという事らしい。
壁の角から顔を出したライナのやや下辺りから顔を出し、エントランスを覗き込む。
……位置的にライナに覆い被さられているような体勢になっているので内心少々穏やかではないが、今は意識しないようにする。
ライナの言った通り、エントランスには変わった様子は無い。
しかし、先程から感じている異様な気配は、弱まる所か強まっているように感じる。
しかもその気配は、操達が向かおうとしている正面玄関から発せられているらしい。
「……シャッターはちゃんと開いてるみたいだね」
「ああ、後はバリケードを退かせば大通りに出られるんだけど……。 覚悟決めて行くしかないかな」
危険ではあるが、このまま手を拱いていても状況は変わらない。
操とライナは再度顔を見合わせて頷き合うと、壁の陰から出て正面玄関へ近付いた。
玄関周辺はエントランスに元々あったと思われる椅子など、この施設の備品と思われる物を積み上げたバリケードで塞がれていた。
先程まで閉まっていたシャッターも合わせればそれなりの防御壁となったと思われるが、バリケードのみでは怪物を防げたかどうか微妙なレベルだ。
周囲を警戒しつつ玄関前までやって来た操は、バリケードを撤去出来るかどうかを調べる事にした。
辺りに漂う気配は消えていないが、今の所何かが起こる予兆のような物は見られない。
今の内に可能な限りの行動を起こしておこうと考えたのだ。
隣ではライナも積み重なったバリケードを調べている…………のだが、何やら不穏な気配がした。
「……ねえ、ライナ? 念の為聞きたいんだけど、手に持ってるそれは何?」
操が気になったのは、いつの間にかライナが左手に持っていた円筒状の物体だった。
先程までそんな物は持っていなかったと思うのだが、何処から取り出したのだろうか?
もしかしたらバリケードを撤去する為の道具か何かかな、と一瞬思ったのだが、今までのライナの大雑把極まる行動が頭をよぎり、嫌な予感がしたのだ。
「んー? これか? 爆弾」
「そんな気はしてたけど何で!?」
確かに『バリケードを撤去する為の道具』ではある。
しかし、いくら何でも物騒すぎるのではないだろうか?
「いや、だってさ……これ、手で退けるのは骨が折れる所の話じゃないぜ?」
そう言ってライナは目の前のバリケードを指し示す。
良く見れば操が椅子や机などが積み上がっているだけだと思っていたそれは、鎖やロープで結び付けられており、簡単には撤去出来ないようになっていた。
ライナが言う通り手作業で撤去するのは時間が掛かる…………とは思うのだが……。
「それはそうかもしれないけど……やり過ぎじゃない? 隙間を作ってそこを通るとかすればいいんじゃ?」
色々な物を積み上げて築かれたバリケードは、急造である為そこかしこに隙間がある。
怪物が通る事が出来る程の隙間ではないが、もう少し広げればどうにか通れそうではある。
操としてはそのように穏便な方法で建物から出るつもりだった。
「えー……? でも、狭くないか?」
ライナはあまり乗り気ではないようだが、実際の所、今の操なら力づくでバリケードを撤去する事も可能だ。
しかし、自らの能力を明かす事を迷っている操には、その事実をライナに伝える事が出来なかった。
その為、何とか隙間を通って向こう側へ行けないかと考えているのだが……。
「もうちょっと広げる事が出来れば、私は割と余裕で通れると思うし、ライナも体格的には通れると思うよ?」
記憶を失っている為、操は自分の身長を正確に認識しているわけではないが、鏡で自分の姿を見た限りでは大体160センチ程だと認識していた。
それに対してライナは操より目算で10センチ程高いようなので、170センチと少し、といった具合だ。
恐らく日本人と思われる操からするとそうでもないのだが、細身の外見も相まって意外と小柄であると言える。
「…………悪かったな、身長低くて」
……と、若干不機嫌そうにライナが呟く。
「……え? あ、いや、別に低いとは……170センチくらいでしょ?」
「……172」
……正確な身長を即答された。
気にしているのだろうか?
正直な所170センチ台が低いとは思えないのだが。
「……日系の血が入ってるらしいんだけど、何処の国行っても周りに居るやつが背がデカいのばっかりだから、ちょっと気になるんだよ」
疑問に思った操の表情を読み取ったのか、そんな事を言うライナ。
確かに欧米人などはアジア人からすると見上げる程大きいような人がざらにいる。
ライナもそんな人々と関わる際に少し気になるのだという。
それを聞いた操は操は一瞬口元が緩みそうになるのを必死に堪えていた。
「…………何だよ。 いいだろ? ちょっとくらい気にしたって……」
そんな事を言って不貞腐れたような顔をするライナ。
……どうやら堪え切れていなかったらしい。
そんなライナを見て、何やら弟の相手をしているような気分になっていた操は微笑みながら謝った。
「ご、ごめんごめん……。 ライナがそういう事気にしてるとは思わなくって」
そう言って笑う操に、ライナは不貞腐れた表情のまま溜息を吐くのだった。
しかし、その時。
ドンッ!!
という、バリケードに何かがぶつかる音が周囲に響き渡った。
「!?」
音に反応して飛び退こうとする前にライナが操の肩を引っ張りながら距離を取る。
その素早さに面食らいながらも、目の前のバリケードを見渡すと、一部の椅子などのバリケードの一部が崩れ落ちて来ていた。
その様子から、外側から何かが衝突して来たという事が見て取れる。
「……一体何!?」
「……まあ、変な気配の主だろうな」
そう言いつつ、更に距離を取る。
何となく二人共、この後の展開を予想出来る様な気がしているのだ。
そして、再度バリケードに何かが強くぶつかった。
操達がある程度距離を取った事に気が付いたのか、今度は衝突音が連続して響く。
不安定な位置に積み重ねられた椅子や机が徐々に崩れ落ち、それらを縛り付けていたロープが引きちぎられる。
操はその様子から、バリケードを破ろうとしているのが病院で戦ったあの異形の怪物のような大型の怪物である可能性を危惧していた。
その為、手にしていたハンドガンをホルスターに素早く戻すと、ベルトで体から下げていたショットガンを構える。
操の隣ではライナが銃を構えており、ショットガンを構えた操を横目で見て少し驚いたような顔をしている。
しかし、敵が目の前に居る状況では話しかけるつもりは無いらしく、すぐに表情を戻して視線を正面に向けた。
やがて、周囲に響き渡っていた体当たりの音が唐突に鳴り止んだ。
先程までの喧しさが急に消え、辺りが一瞬しん、と静まり返る。
だが、操は気を抜かずに銃を構えたままバリケードを睨み続けた。
何故なら、先程から漂っている殺気がより一層濃くなっているのを感じ取ったからだ。
「……来るよ!」
ライナに注意を促しつつ、いつでも動けるように身構える。
次の瞬間、一際大きな衝突音と共に、正面のバリケードが吹き飛ばされた。
「っ!!」
破壊され、吹き飛んで来たバリケードの一部が操達に襲い掛かる。
操は咄嗟に横に飛んで躱して床を転がると、すぐさま体勢を立て直して銃を構えた。
するとそこには、崩れたバリケードの残骸を踏み潰しながらエントランスへ入って来る巨大な影があった。
『それ』を一言で表すなら、人型の多肉植物の塊、だろうか?
独特の質感を持った植物質の瘤のような物が全身を覆った姿は、動くサボテンのようにも見えた。
しかし棘等の生えていないつるりとした体表に出来た裂け目の入った瘤からは、得体の知れない液体が分泌されており、すぐにサボテンとはかけ離れた物だと分かる。
そして何より、人型……いや、『人型に近い姿』をしているのが異様さを際立たせていた。
(獣……ううん、蜘蛛? やっぱり、病院で見たあの怪物に似てる)
厳密に言えば、操が以前戦った異形の怪物とは姿は異なっている。
しかし、あの異形の怪物も、目の前の多肉植物のような怪物も、体が植物の蔦に覆われているというよりは体全体が植物質の何かに変質してしまっているような外見をしていた。
『青い花』の浸食がより一層進むとこのようになってしまうのだろうか?
そして、全身が瘤のような植物で構成されている一方、中には人間の頭だったと思われる物体も複数存在しているが、機能しているようには見えない。
そもそも、手足こそ存在しているが、関節の向きが人間のそれとは違い、外側に向かって折れ曲がった昆虫の節足のようになっている。
その姿は最早、「人間の死体に寄生して咲く花」などとは思えない悍ましい物だった。
「うえ……気色悪……。 仮にも植物だろ? 何をどうしたらああなるんだよ」
横合から呆れたような声が聞こえる。
どうやらライナも吹き飛んで来たバリケードを無事に躱す事が出来たようだ。
「ライナ、そっちは大丈夫?」
操は少し離れた場所に居るライナに無事を確かめる。
しかしその直後、目の前の怪物の後方、大通りに立ち籠める霧の向こうから複数の『気配』が近付いて来ている事に気が付いた。
「ああ、こっちは何とも無いよ。 とは言え、こいつを始末しないと外には出られそうにないけど」
「……こいつだけじゃないみたい、霧の向こうから気配が複数近寄って来てる。 多分、『犬ネズミ』だと思う」
そう言って操はライナに警戒を促した。
多肉植物の怪物は今の所動きを見せていないが、どうやら瘤の裂け目から分泌されているのは液体だけではないらしい。
(ほとんど無臭だけど……この香りはアイツから感じる。 もしかして、匂いでおびき寄せているの?)
犬ネズミと思われる『気配』は一直線にこちらへ向かって来ている。
その気配は、この醜悪な怪物が現れてから突然動き出した事から、今も怪物から発されている操だけが感じ取れる香りが作用している可能性がある。
「げっ、マジかよ。 こいつ、もしかして匂いとかで仲間を呼んでないか? なんか液体出てるし」
と、ライナに怪物の危険性をどう説明したものかと悩んでいた操だったが、ライナはあっさり怪物の能力に当たりをつけた。
「え? あ、うん、もしかしたらそうかも……」
「なら、匂いが飛び散らないように焼き殺すか。 準備がいるけど手ならあるし」
事も無げにそんな事を言うライナ。
操はもうこの際爆破でなければ良いかと諦めた。
「……なら、私が囮になって怪物の気を逸らすから、その間にお願い」
ライナには話していないが、操は致命傷に近いダメージを負っても時間経過で傷が治る。
であれば、危険な役目は自分がやるべきだと判断した。
「……大丈夫か? 多分あの……コブだらけのカエル?みたいな奴、さっきから反応鈍いけど、結構強いぞ?」
ライナが心配そうに聞いて来るが、強く止めるつもりはないようだ。
ここまで生き残って来れた操の戦闘能力を、ある程度信頼してくれているという事なのかもしれない。
元より、操もやられるつもりはない。
「……多分大丈夫だと思う。 銃は使わない方が良いよね?」
「まあ、出来ればな。 でも、全部焼けば良いから別に気にしないでも大丈夫だぞ」
そう言うと怪物を警戒しつつライナは数歩下がる。
それに対し操は逆に前に出て怪物と対峙した。
そんな操の行動に対して怪物も初めて反応を見せる。
「コルルルルルル…………」
奇妙な声……というよりも「音」を発する怪物。
ライナはこの怪物を『カエル』と呼んだが、本当にカエルの鳴き声のようだ。
しかし、次に怪物が見せた行動は、明らかにカエルとは異なるもの。
「シ゛ャ゛ッ゛!!」
「ッ!?」
突然怪物の体の瘤が数か所開き、そこから何らかの液体が操に向かって射出された。
未知の相手である為、すぐ対処出来るように警戒していた操は、自分目掛けて飛来する液体を何とか躱す事が出来た。
しかし、まさか遠距離攻撃の手段を持っているとは思っていなかった為、意表を突かれた形だ。
左に飛んで受け身を取った操はすぐに体勢を立て直すが、そこへすぐさま怪物が巨体に物を言わせて突進をして来た。
「グロオオオオオオオッッッ!!!」
ライナは大丈夫だと言っていたが、念の為銃は使わないようにしようと操は考えていた。
しかし、怪物の予想外の攻撃方法と、思った以上のスピードを目の当たりにして、即座に考えを改める。
「くっ!!」
操は再び地面を蹴ってその場から飛び退いて突進を躱すと、まだ空中にいる段階で体を捻ってショットガンの銃口を怪物に向ける。
そして、操の横を地響きのような足音を立てつつ通過して行く怪物の「後ろ脚」に散弾を撃ち放った。
「グゲロォォォォォッッッ!!??」
脚に散弾を叩き込まれた怪物は悲鳴を上げながら突進した先にあった柱に激突した。
周囲に激突による振動が伝わり、反対側の柱の陰で「準備」をしていたライナが怪物の方を覗き見つつ顔を顰める。
「おいおい……建物潰す気か? あの化物」
実際激突された柱にはヒビが入っており、何度か同じ事を繰り返した場合、そのまま崩れてしまいかねない。
あまり動き回らせるべきではないと判断し、操は激突した衝撃で一時的に動きが鈍っている怪物に走って接近する。
そしてその勢いのまま、散弾を撃ち込まれて負傷している怪物の脚に踵落としを叩き込んだ。
「ギゲェェェェェェッッッ!!???」
怪物の脚がへし折れ、関節が逆方向へ曲がる。
『足甲』こそ纏っていないが、この怪物と同程度の巨体だったクロフォード医師の怪物を数メートル吹き飛ばす蹴りだ。
如何に怪物の巨体を支える丸太のような脚とて、耐えられる筈も無かった。
「グロロロロロロォォォォ!!!!!」
「!?」
と、後ろ脚の一本をへし折られた怪物が突如体を激しく震わせ始めた。
危険を感じた操は、反射的にその場を飛び退き距離を取る。
直後、一瞬前まで操が立っていた場所に、先程怪物が吐き掛けて来たのと同じ物と思われる液体が降り注いだ。
怪物を中心とした周囲の床に液体が撒き散らされると、液体が落ちた場所からジュウッという音と共に白い煙が上がる。
「まさか、溶けてる……!?」
よく見れば、先程怪物が吐き掛けて来た液体が当たった場所からも白い煙が上がり、床の一部が溶け崩れたように抉れていた。
どうやらあの液体は溶解液のような物らしい。
食虫植物が捕えた獲物を消化吸収する際に消化液を分泌するそうだが、あれも同じ意味合いの物だろうか?
どちらにしろ、おいそれと触れて良い物ではないという事だけは確かだ。
「ゴロロロロロォォ…………」
威嚇するように体を震わせ唸り声を上げる。
後ろ脚をへし折られて動きは鈍っているが、あの溶解液を用いた遠距離攻撃や、周囲に溶解液を撒き散らす攻撃はそうした機動力の不利を補う事が出来る能力だ。
出来れば周囲にあの『香り』をこれ以上撒き散らす前にこの怪物を倒してしまいたい所だ。
だが、脚を破壊された後の動きを見るに、この怪物を素早く倒すには胴体に攻撃しないと倒すのは難しいだろう。
時間を掛ければ、今も徐々に近づきつつある『犬ネズミ』と思われる怪物の群れがこの場所に集まって来てしまう。
操は怪物を攻撃する事で、周囲に『香り』が撒き散らされてしまう事も覚悟しなければいけないと気を引き締めた。
しかしその時。
ベチャッ
そんな音が操の耳に届いた。
「ゴルルッ?」
「えっ?」
怪物も操も音の発生源である物体……怪物の体の側面に張り付いた『物体』に目を向ける。
それは一見すると、何らかの液体が入ったガラス瓶だった。
瓶の横には配線が伸びた機械のような物が取り付けられている。
そして、操がその奇妙なガラス瓶のような物が飛来したと思われる方向に目を向けると、いつの間にか柱の陰から出て来ていたライナの姿が目に入った。
その手には何らかのスイッチのような物が――――――。
「っ!!!」
次の瞬間、操は身を翻して跳躍すると、飛び込むようにして床に伏せた。
その直後、ライナが手元のスイッチを押す。
カチリ、という小さな音がエントランスに響き渡った。
ボンッ!!!
次の瞬間、何かが破裂するような音と共に怪物の体が炎に包まれた。




