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31 作戦会議


 外部との連絡を取る事が現状では不可能だという事が判明し、途方に暮れる操とライナ。


 助けを待つのは得策ではない事から、何らかの脱出手段を探す事を操は考えていた。


 しかし、陸路は巨大花の根によって道路が寸断されてしまっている為使用する事が出来ない。


 となると、残されているのは空路ぐらいなのだが……。


「……仮に街から自力で脱出するとして、空からっていうのはどうなの? ……例えばヘリとか」


 ライナに対してそう問いかける操。


 この街であれば、どこかにレスキューヘリやドクターヘリ等が有りそうなものだ。


 この建物周辺にはそういった物の格納庫は見当たらないが、ライナなら格納場所の見当が付くのではないだろうか。


「あー……ヘリなぁ……。 まあ、確かにあったよ」


「…………あった?」


 不穏な言葉が聞こえた為、操は思わず聞き返した。


 何とも嫌な予感がする。


「異変が起きてすぐに状況把握か何かでヘリを飛ばしてたみたいなんだけどな……。 今は街の向こうの山の中で黒焦げになってるよ」


 案の定、ライナの口から語られたのは操の希望を打ち砕く内容だった。


 街でもあちらこちらに焼けた事故車両が放置されているとは思っていたが、まさかヘリコプターまで事故を起こしているとは思わなかった。


「……はぁ……。 何だかもう八方塞がりだね……」


 聖メアリー記念病院や、この指令センターで多数の怪物に襲われ、普通ならあり得ないような犯罪行為を行う者達と否応なしに関わりつつも、何とか生還して来た操。


 しかし、そうした修羅場を潜り抜けて判明したのは、現在進行形で地獄と化しているこの街からの脱出が現状では困難だという事実だった。


 現状が好転するどころか悪化して行く状況に、どうしても徒労感を感じてしまう。


「まあまあ。 そう気を落とすなって。 まだ何かしらの方法はあるかもだし、諦めちゃだめだぜ」


 膝に肘をつき、両手で顔を覆って俯く操に、ライナは慰めの言葉を掛けた。


 操は顔を上げ、やや疲れた表情をしつつ、笑って答える。


「ああ、うん。 私も諦めるつもりはないよ。 ……ただ、病院でもこの建物でも、怪物に襲われるだけじゃなくって、変な仕掛けで隠された知りたくも無いような事を知っちゃったりしたから、ちょっと疲れがね……」


 溜息を吐きつつそう呟く操。


 すると、ライナがある事に反応を示した。


「うん? 変な仕掛け?」


「え? うん。 ほら、病院での事を話した時に言ったでしょ? 地下に隠し部屋があって、そこから死体を運び出してたみたいだって」


 先程ライナに病院での事を話した際に、地下の隠し部屋の事、そしてそこで何が行われていたのかも話してある。


 何か疑問に思う事が出て来たのだろうかと操が考えていると、ライナが引っ掛かったのは病院での事ではなかった。


「確かに病院の話は聞いたけど…………この建物でも、ってのは聞いてないぞ」


 そう言われて操は、指令センター内を探索した際に見た謎の隠し部屋の話をライナに話していなかった事に気が付いた。


 病院で遭遇した様々な事柄が濃すぎて忘れてしまっていたのだ。


「あっ、そうか。 この建物での事を話してなかったね。 ええとね……」


 操は掻い摘んで先程発見した隠し部屋の事をライナに話した。


 部屋の中に居たのが何故かグリーンフォレスト警察の警察署長だった事。


 室内にあったPC端末で建物内の盗撮が行われていたらしい事……。


 操の話しを黙って聞いていたライナは話が進むにつれて訝しげな表情になって行った。


「警察署長ぉ? ……ここ、『消防』指令センターだぞ?」


「だよねぇ……」


 やがて、話の内容に我慢出来なくなったのか、ライナがツッコミを入れて来る。


 操としてもライナの疑問に全面同意である。


「しかも、部屋ん中で盗撮って……何やってんだ? …………いや、盗撮なんだろうけども」


 ライナの言う通り、消防指令センターの建物内などを盗撮して一体何の意味があるというのだろうか?


 操は特殊な趣味のある男だと断定して深く考えないようにしたが、ライナの考えは違うようだった。


「狭い部屋の中にPC端末……んで、『趣味』ねぇ……」


 ライナはそう呟くと、すぐ側の機械を操作した後、懐から携帯端末を取り出した。


 そして、ケーブルを伸ばして機械に繋ぐと、携帯端末のキーを何度か叩きつつ画面を確認して行く。


 操には何をしているのか分からなかったが、あの携帯端末で何かを調べているのは理解出来た。


「……うん。 間違いないな。 この指令室のシステムにバックドアが作られてるみたいだ」


「……バックドア?」


 聞き慣れない単語に首を傾げる操。


「システムに裏からアクセス出来る……要するに正規のルート以外のアクセス方法があるって事さ。 多分、その隠し部屋の端末からここの指令システムにアクセス出来るようになってるんだろうな」


「…………でも、アクセスしてどうするの? そういうのって、街で活動してる消防車に指示を出したりするのに使うんでしょ?」


 火事が起こった際、消防車両を迅速に現場に向かわせる為に的確な指示を出す……というのが操の指令システムに対するイメージだ。


 そんなシステムに『裏口』を作ってまで干渉出来るようにして、警察署長は何がしたかったのだろうか?


「んー……心当たりはあるけど……直接確かめた方が良いかな」


 そう言うとライナは椅子から立ち上がる。


 機械に接続していた携帯端末はいつの間にか回収していたようだ。


「え? 確かめるって……隠し部屋に行くの?」


 突然の展開に操は驚く。


 あの部屋をあれ以上調べる意味があるのだろうか?


「隠し部屋なんて大仰な物用意しといて、この建物の中だけ盗撮してるなんてのは流石に考え難いからな。 まあ、念の為だよ」


 自分の銃の状態を確認しつつそんな事を言うライナ。


 隠し部屋を再確認するのは少々疑問ではあるが、実際の所、操にはこれ以上状況を打開するような案は思い浮かばない。


 ライナの言う通り、念の為に一度調べた所も再確認するのも手ではあるだろう。


「……分かった。 なら案内するね。 ……と言っても、2階に降りるだけだけど」


 あまり期待は出来ないと思いつつ操は席を立った。


 正直またあの部屋に行くのは気が乗らないが、もしかするとライナにしか分からない事もあるかもしれない。


 状況を打開出来る策が見つかる事を祈りつつ、操はライナと共に指令室を後にしたのだった。



 部屋を出た操はライナと共に廊下を進む。


 階段までの間に居た怪物達は既にライナが排除してくれている為、階段まで問題なくやって来れた。


 だが、もうすぐ階段前という所で操の『感覚』が異常を感知した。


 階段の踊り場の角付近に、待ち伏せしている怪物の気配を感じる。


「……階段に何かいる」


 すぐ側に怪物がいる状況で声を上げるのは危険ではあるが、ライナに注意を促した。


 ライナは一瞬驚いた表情をするが、すぐに状況を理解して頷きを返す。


 ……しかし、ライナは操の予想外の行動に出た。


「えっ……ちょ……」


 あろう事かライナはスタスタとそのまま歩いて行き、怪物が潜んでいる踊り場の角に無防備に身を晒した。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!! あ゛っ゛?」


 案の定、曲がり角に潜んでいた怪物が叫びながら掴み掛かろうと飛び出して来た。


 しかし、怪物が姿を現した直後、間髪入れずに銃声が鳴り響く。


 放たれた銃弾は怪物の脳天を正確に射抜いていた。


 怪物は血飛沫を上げながら仰向けにゆっくり倒れ…………倒れ切る前にライナに蹴りを入れられ、階段を転げ落ちて行った。


「うわぁ……」


 グシャッ、ボキッ、というような音を響かせながら、階段を転げ落ちて行く怪物の有様に思わず声を上げる操。


 そんな操の様子に気付いたライナが、不思議そうな顔をして振り返った。


「ん? どした?」


「えーと…………何でもない」


 襲い掛かって来た怪物を雑に処理したライナに若干呆れる操だったが、今更なので触れない事にした。


 これまでのライナの様子を見ていて分かったのは、彼が非常に多岐に渡る分野で高い能力を持った人間という事だ。


 怪物が蔓延る街にあって全くの無傷で生き延びる戦闘能力は勿論、専門知識の必要な機械の操作や修理まで行える知識を持っているようだった。


 更に、この街の人間ではないにもかかわらず、街の歴史や情勢にも詳しかった事から、事前に綿密な下調べを行っている事も察せる。


 しかしその一方で、実際に行動する際の対処法がかなり……何というか、大雑把な印象を受ける。


 いっそ野性的とすら言える行動を取る事があるので、操も驚かされる事がある。


 だが実際にはそうした行動を取っても、能力の高さ故か押し通せてしまえるので問題ないようだ。



「さっき通った時に粗方始末したはずなんだけどな……どっから出て来たんだコイツ?」


 階段を下り、怪物を横目で見つつ呟くライナ。


 確かに先程通った時は怪物の姿は残っていなかった。


 しかし、操が感知できる範囲の怪物の気配を探ってみると、建物内のあちこちに蠢く『青い光』の気配が感じられた。


 血の匂いを嗅ぎ付けて、どこかから入り込んで来たのかもしれない。


「他の階にもまだ怪物が居るみたい。 あんまり数は多くないみたいだけど……」


 不意に遭遇して、襲い掛かられないように注意を促す意味でライナにそう告げる。


 しかし、ライナは驚いた顔をして操の顔を見た。


「えっ。 なんで分かるんだ?」


 ライナのそんな反応を見て、操は内心しまったと舌打ちする思いだった。


 『青い花』に自分も侵されているという事をライナにはまだ話していない。


 『怪物の気配を感じ取れる』などと話してしまえば、その辺りの事を黙っているのは難しいだろう。


「あ、ええと……さっき通って来た時と何となく雰囲気が違うような気がするの。 何となくザワザワしてるっていうか……」


 取りあえず操はその場を取り繕う為に曖昧な答えを返した。


 実際、操の体の事を隠した上で答えるとすれば、そう答えるしかない。


 何処の達人だと言われそうな苦しい答えだが、これで納得してくれるだろうか?


「あ、成程な。 操は2階を通って来たんだっけ」


 操の心配とは裏腹に、ライナはあっさりと納得してくれた。


 自分で言っておいて何だが、もう少し疑った方が良いのではないだろうか。


「……あれ? 私はって、そういえばライナはどうやって3階まで来たの?」


 操はライナの言葉を受けてふと気が付いた。


 3階は操がシャッターを開けなければ入る事は出来なかった筈だ。


 しかし、ライナは操よりも先に3階に来ており、そこに居た怪物達を処理して周囲を探索していた。


 時間的に考えて、シャッターが開いた後に3階に向かって操とすれ違ったとは思えない。


「ああ、俺は壁伝いに3階まで登って来たんだ。 配管とか使って」


「ええー…………」


 確かに野性的とは言ったが、流石にそこまでとは思っていなかった。 …………猫か何かだろうか。


「気にしない気にしない。 緊急時だから大目に見てくれるよ、多分」


 笑顔でそんな事を言うライナだったが、操は喉まで出かかった、違う、そうじゃない、という言葉を飲み込むのに苦心するのだった。




 操はライナと共に2階へ降り、応接室までやって来た。


 思った通り2階には新たに怪物達が姿を現しており、廊下を通る際に襲い掛かって来た。


 その殆どは花人だったが木人も何体か混ざっており、銃だけで対処しようとすると難しい、と思ったのだが……。


(殆ど何かする前に終わっちゃった……)


 木人に限った事ではないが、怪物が現れると即座にライナが『対処』してしまうので操がする事がほぼ無いのだ。


 木人に関しても、襲い掛かって来た瞬間に距離を一気に詰め、膝を踏み折って体勢を崩し、下がった頭にほぼゼロ距離から銃弾を撃ち込む。


 ライナがやった事を言葉にするとこのような形になるのだが、かなり荒っぽいやり方だ。


 因みにライナに何故そのようなやり方なのか、と聞いてみた所、「いや、だってあいつら硬いし……」との事だった。


 ……どうやら銃撃で無力化し難いので、確実に仕留める為に接近戦を行っているようだ。


「それに俺、射撃はあんまり得意じゃないからさ。 近付いた方がやり易いんだ」


 本人曰くそういう事らしい。



 応接室の扉を開けて室内に入る。


 部屋の中の様子は特に変わりが無く、元警察署長だった怪物の干からびた死体が転がっていた。


「こいつがさっき言ってた警察署長か?」


 ライナが死体に近付きながらそう問いかけて来る。


 一応襲い掛かって来ないか警戒はしているようだが、本体の花を取り除いてある為、実際には起き上がって来る事は無い。


「うん、そうみたい。 ……確かバッジに名前が書いてあったと思うよ」


 記憶を読み取って素性を知ったと言うわけにも行かない。


 しかし、操は事前に署長の死体を調べていた為、身に付けているバッジに階級と名前が記されているのを知っていた。


 死体を調べたのは自分が署長の素性を知っている辻褄合わせの為…………という訳ではなかったが、結果的に功を奏したようだ。


「あー…………確かに署長だな、コイツ。 何でこんな所に居るんだ? 本当に……」


 ライナの疑問には全面的に同意だが、恐らく隠し部屋の内部を見ればある程度は納得してもらえる……かもしれない。


 ライナが死体を調べ終わった所で隠し部屋へ向かう。


 扉の仕掛けを説明すると、ライナが呆れた表情になる。


「なんで消防指令センターに警察署の署長がそんなもん作ってるんだよ……」


「私が聞きたいよ……」


 そんな愚痴を漏らしつつ扉を開け、隠し部屋に再び足を踏み入れる。


 ライナは念の為と言って扉の仕掛け部分も調べていたが、すぐに操に続いて部屋に入って来た。


「で、これが例の盗撮マシーンか」


「そうだけど、何かその言い方だといかがわしく聞こえるね……」


 そんな事を言い合いつつ、部屋の奥の端末に近付く。


 部屋自体が狭い為、端末を調べるのはライナに任せて操は後方を警戒する。


 ……ちょっとライナと物理的な距離が近くなった為か、なんだか緊張してしまう。


 ライナが端末のマウスとキーボードを操作して行く。


 暫くの間キーを押すカタカタという音だけが部屋に響いた。


 操はライナの後ろに位置する場所で周囲の気配に気を配っている。


 やがて、キーボードを叩く音が止み、呆れた声でライナが呟いた。


「……一応、監視カメラの映像のモニター室って体裁を整えたつもりなんだろうな、これ」


「え? そうなの?」


 大仰な仕掛けで隠され、酒が常備されたモニター室……。


「…………無理があると思うよ?」


「まあ、そりゃな。 実際にモニター室ってんなら、あんたが見つけたっていう警備室がそうなんだろうし、何より……モニター室ってトイレの中を音声付きで監視する所じゃないだろ」


 モニターについてのライナの分析を聞いた操は思わず顔を顰める。


 トイレの中にカメラが設置されている事は先程一人で来た時に確認していたが、音声まで聞こえる様になっているとは思わなかった。


「取りあえず、総評としては…………あの署長殿は完全にビョーキだな。 こういうのを盗撮癖って言うのかな?」


 露骨に嫌そうな顔をしてそんな事を言うライナに操も同意する。


「そうだね……。 でも、この建物の中を盗撮してどうするつもりだったんだろう? ……いや、そういう性癖なのかもしれないけど」


 特殊な「趣味」を持っている人間がいる事は操も知識としては知っている。


 しかし、微塵も理解出来るとは思えなかった。


「同感。 ……でも、あの署長、能力は高いみたいだぞ」


「え?」


 そう言ってライナは再びキーボードを操作する。


 すると、画面に映った建物内の映像が切り替わり、屋外と思われる映像が映し出された。


 映っている周囲の様子から察するに、グリーンフォレストの街中の道路と思われる。


「これは……?」


「街ん中の監視カメラさ。 指令センターのセキュリティ管制システムを利用して、カメラをジャック出来るようにしてるらしいな」


 ライナが言うにはこの監視カメラは、国内で増加する犯罪を抑止する為、という名目で随分前に街のあちこちに設置された物らしい。


 どうやらこの端末がアクセス出来るのは、指令センター内の隠しカメラや監視カメラだけでなく、そういった街中の監視カメラも含まれるようだ。


「ここの機械を使えばそういう事が出来るって事?」


 操はこの端末にそういった機能があり、署長はそれを使って盗撮行為をしていたと考えてそう問いかけた。


 しかし、ライナから返って来た答えは操の予想とは異なるものだった。


「いいや、確かにこの端末のスペックがあるからこそそういう事が出来たんだろうが……システムをハッキング出来たのは本人のスキルが高かったからだろうな」


 何でも、システムへのハッキング自体はこの端末を使って自力で行っていた可能性が高いのだという。


 ……そんなに高い能力を持っているならもっとまともな事に使えばいいのに。




「……あれ? ライナ、何だか画面に……」


 隠し部屋の端末についてライナと言葉を交わしていた操は、画面上に先程まで無かったアイコンが表示され点滅している事に気が付いた。


 アイコンの形は何というか、電波を受信しているような形とでも言えばいいのだろうか?


「お? 本当だ、何だろ?」


 ライナが再びキーボードを操作すると、いくつかのウインドウが表示された。


 残念ながら操には何を表わしているのかは分からない。


「んー…………どうやら無線を傍受したらしいな」


「え? 無線? やり取り出来るの?」


 外部との通信は遮断されているという話だったが、通じるようになったのだろうか?


「いや、やり取りされてる無線の電波を傍受しただけだから、応答は出来ない。 ……これ多分、警察無線だな」


 そう言うとライナはマウスを操作し、傍受した無線をスピーカーから出力されるように設定を弄った…………ようだ。


 すると、スピーカーからノイズが混じった人間の声が途切れ途切れに聞こえて来た。


 ライナが表示されているウィンドウの設定項目を変更して行くと、徐々に聞こえている声が鮮明になって行く。


『………………班、こちら…………………………答してくれ…………らジョンソン班! 本部応答…………』


「……本部?」


「警察無線って事を考えると、普通ならこの街の警察だけど……生き残りがいたのかな?」


 ライナと並んで聞こえて来る声に耳を傾けていると、ようやくノイズが消えて無線の内容がしっかり聞こえて来た。


『本部! 応答してくれ! こちらジョンソン班マシュー! 署の北側の通りから移動中! 化物の群れに追われてる!』


『こちら本部、了解した。 マードック班を応援に向かわせている、そのまま通りを抜けて南下、警察署前のミルズ通りで合流してくれ』


 無線から緊迫した声が聞こえ、それに応答する声が続いて聞こえる。


 『ミルズ通り』が何処かは不明だが、警察署に面した道路なのだという事は分かった。


「警察署って事は、この指令センターの西側……大通りを挟んだ向こう側の区画に居るみたいだな、この連中」


 ライナが無線の内容から読み取れた情報について補足説明をしてくれた。


 警察署が本部という事であれば、他にも生存者がいるのかもしれない。


 操とライナが無線の内容を整理する間も無線のやり取りは続く。


『北側の中央通り付近には生存者はいない! それどころか、あそこは化物だらけだ! あの辺りには近づくべきじゃない!』


『了解した……ところで班長のジョンソンはどうした?』


『班長は死んだ! 中央通り近くで人間がくっついたような三つ首の化物に襲われた時に、俺を庇って……畜生が!』


『…………そうか…………了解だ。 ともかく今は、署まで撤退する事を最優先に……』


『……待て! くそっ! あいつら、追い付いて来やがった! ロイ! 撃て! 撃ちまくれ! 近付かれたらヤバイ!』


 直後サブマシンガンと思われる発砲音が連続して聞こえ、片方の無線は聞こえなくなってしまう。


『どうした!? マシュー!? 応答しろ! くそっ! マードック! ジョンソン班が未確認の敵と交戦中! 合流を急いでくれ!』


 緊迫した様子のその声を最後に、無線は途切れてしまった。




「……どう思う?」


「うーん……生き残りがいるんなら、合流した方が良いかもしれないけど……」


 ライナはそう言うと、難しい顔をした。


 実際他に生き残りがいるのであれば、合流した方が安全なのは確かだ。


 しかし、ライナの反応を見るに何か問題があるらしい。


「何かまずい事でもあるの?」


 操の脳裏に院長達や署長を殺したであろう何者かの存在がよぎる。


 ライナがそうだとは思いたくないが、もしもここで警察関係者との接触が都合が悪いとなれば、疑惑がさらに深まってしまう。


「うん、まあ、物理的な問題がちょっとな……。 さっきも言ったけど、警察署がある場所ってこの指令センターの西の方なんだ。 ……大通りを挟んで、な」


「………………なるほど」


 大通りは現状、巨大花の根で埋め尽くされており、とてもではないが通る事は出来ない。


 しかも、先程の警察無線で確証が深まってしまったのだが、根の周辺は何かしらの危険な怪物が現れるらしい。


 そうした情報も踏まえると、根を登って向こう側に抜ける等の方法を取るのは非常にリスクが高いだろう。


「でも、今の所合流するしかないんじゃない? 警察署の方は無線で連絡を取り合ってるみたいだから、ある程度の設備が無事なんだろうし、何か情報を持ってるかも……」


「うーーーん………………でも、根っこをよじ登るのは無いとしても、他の道を今から探すのもなぁ……」


 ライナの言う事も尤もだった。


 今の所、遭遇している怪物は手持ちの手段で対処出来ている。


 だが対処出来ていると言っても、数が増えれば対処し切れなくなる可能性が高い。


 流石に希望的観測に頼って博打を打つ訳にはいかない。


「ライナ、前に根の周辺に怪物が多いって言ってたけど、突破出来ない程に多いの?」


 操は念の為ライナに大通りの状況を確認してみた。


 怪物が少ない場所等が有ればそこを通って反対側へ抜けられないかと思っての事だった。


 しかし。


「まあ、怪物を倒すだけなら何とでもなるんだけどな。 根っこをよじ登りながらって事だと……流石にキツイな」


 ライナから返ってきた答えは操もある程度予想していた事だった。


 操が花の能力を使えば……とも思ったが、ライナに力を隠している以上は自力で対処するしかない。


 操の素の状態での戦闘能力は高くない、というよりも、ライナに比べれば低いとすら言える。


 ライナですら困難と判断するような場所を進んだりすれば、まず間違いなく足手纏いになってしまうだろう。


「そう……やっぱり別の手段を探すしか…………?」


 と、操がそう言って何気なく表示されたままの端末の画面を見た時、ある物が目に入った。


「あれ? この画面って……どこの映像?」


「え?」


 操が指したのは、街の外ではなく、コンクリート造りの何らかの施設内らしき映像が映った画面だった。


 蛍光灯が灯っている為、一応明かりはあるのだが、妙に暗い。


「ああ、これか? これは…………んー? 『中央地下水路』?」


 ライナが映像を中央のモニターに大きくして表示する。


 そこには、見覚えのある水路とその横に設置された通路が映し出されていた。


 正確に言えば以前見た事のある水路……病院地下の搬出用水路とは若干違うようだが、雰囲気はよく似ている。


 もしかしたら、という考えが操の脳裏に浮かんだ。


「ライナ、この地下水路って向こう側に繋がってたりしないかな?」


「え? この中央地下水路か?」


 操は病院地下で見た水路が格子で封鎖されていたものの、他の場所にも繋がっていそうだった事を説明した。


 搬出に使われていたルートは操が通って来た水路以外は通行出来なくなっていたが、水路の水は他の所からも流れて来ていた。


 同じように街の地下を通って、警察署のある方向へ至れるルートがあるのではないだろうか?


「…………あ、待てよ? そういえば……なんか聞いた気がするな」


そう言うとライナは携帯端末を取り出して操作を始めた。


 しばらく携帯端末に表示された何らかの資料らしき物をスクロールさせた後、とあるページで操作を止めて画面を凝視した。


「……うん。 間違いない、これだ。 確かに地下水路が無事なら、操が言う通り、そこを通って向こう側に行けるかもしれない」


 そう言ってライナが見せて来たのは、携帯端末に表示された、この街の何処かと思われる画像だった。


 そこには、街の道路傍から水路の入り口に降りる事が出来る階段が映っている。


 入口自体は鉄格子で封鎖されているようだが、良く見ると格子の一部は扉状になっており、中に入る事が出来る様になっている。


「これ、街の中から水路に入れるようになってるの? いくら古い町だからってこういう物って、ずっと残しておくものなのかな」


 画像を見た操の口から疑問の声が零れる。


 操が通った水路もかなり古い物だったが、今も使えるようにしているとなると維持する為の費用も馬鹿にならない筈だ。


 画像を見る限り、入口の状態はそれなりに整備されているように見える。


「なんでも、観光資源として利用しようって話があったらしいんだけど、賛成派と反対派で分かれてあーだこーだって状態になっちまったんだとさ。 そこから話も進まなくなって、保存したまま放置されてるって話だな」


「あー……そういう。 道理で妙に綺麗な筈だね」


 しかし、疑問もある。


 水路が街の意向で保存されているというのであれば、病院地下の水路も公的機関によって管理されている、という事になるのではないだろうか。


 操がそのように尋ねると、ライナから意外な答えが返って来た。


「いや、それがさ……街の連中が議論してるのは、街の中央部にある比較的保存状態が良い水路に関してだけなんだよ」


「え? じゃあ他の所……それこそ私が通った水路とかは?」


 ライナが言うには、観光地化について議論が交わされているのは、街の地下にある水路の内の中央部付近についてのみであり、その他の場所については管理状況が曖昧なのだという。


 そもそも、古くからあった地下水路は、グリーンフォレストが発展するにつれて、殆どの箇所を解体して埋め立ててしまっているのだそうだ。


 その為、今現在残っている水路は水こそ流れているが、他の無事な水路とは繋がっていない為、水路としては機能していないのだという。


「じゃあ、水が流れてるだけの元水路の一部が、街の地下に飛び飛びで残ってるだけって事?」


「有り体に言うとそうなるな。 ついでに言うと、一企業とつるんでる程度の悪党に、どさくさに紛れて私物化されてる訳だ」


 一応、街の行政機関の全てがサイディスの傀儡ではないのだそうだが……幾らなんでも杜撰が過ぎる。


 とはいえ、今重要な中央部の水路は、観光地化を考えて人が通れるように整備されているようなので、通り抜ける事も可能かもしれないという事だった。


「この中央部の水路が、ちょうど街の大通りを潜るような感じであるから、画像にある入口から入れば……行けるかもな」


「それしかなさそうだね……」


 幸い、水路の入り口はこちら側の区画にあるらしいので、裏通りを通って行けば辿り着けるだろう。


 ……と、言うか、操が水路から出て来たあの遊歩道の近くなのではないだろうか?



「そうと決まれば早速行くか。 最短ルートで行くなら、正面玄関だな」


「え? 大丈夫なの?」


 この建物の正面玄関は大通り……つまり、巨大花の根で埋め尽くされている為、近付くのは危険な筈だ。


 そもそも正面玄関が開くのだろうか?


 バリケードが築かれていて怪物が入って来れないのは勿論、人間も通る事は出来そうになかったが……。


「大丈夫大丈夫。 何とかなるって」


 相変わらず楽観的なライナの物言いに呆れた顔をする操。


 だが、それを気にした様子も無い笑顔のライナに、暗澹とした気分がほんの少し晴れた気がしたのだった。


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