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30 再会


 応接室にある隠し部屋を後にした操は、警備室の前まで戻って来ていた。


 殺されていた警察署長の記憶を読み取り終わった後に細かく記憶の内容を確認してみた所、警備室のロックを解除する為の暗証番号の記憶を見つけたのだ。


 あの男の記憶が正しければ扉のロックを解除出来るはずだ。


(ちゃんと開きますように……)


 怪物になってしまった人間の記憶であるせいかクロフォード医師程ではなかったが、見えた記憶が少々不鮮明だった。


 それでも何とか読み取れた番号を、操は一桁ずつ入力して行く。


 やがて、6桁の内の最後の一桁を入力し終えると、操は意を決してエンターキーを押した。


 すると、カチッという甲高い金属音が静かな廊下に響き渡った。


(よし、開いた!)


 扉のレバーを捻って扉を押し開けると室内は特に荒らされた様子も無く、監視カメラのモニターが建物内の映像を映していた。


 操は部屋の中に足を踏み入れ扉を閉める。


 室内はそれ程広く無いが部屋の中心に椅子と机が置かれており、机の上にはコーヒーカップや灰皿などが置かれていた。


 恐らく、この部屋は警備員の休憩室も兼ねていたのだろう。


 操は室内を見渡しつつ防火シャッターの制御装置を探す。


 すると、部屋の一番奥の壁際にそれらしき機械を発見した。


(あった、これね……。 ええっと……『シャッターの作動に問題が発生した場合は制御装置の電源を入れ直して再起動を行って下さい……』……電源はこのレバーね)


 正直な所、良く分からない機械を操作するのは少々躊躇われたが、ここは思い切りが必要だと考え操は電源レバーをオフの方に入れた。


 操の操作に伴い、制御装置の電源が落ちる。


 そして、少し間を空けて再び電源レバーをオンに入れた。


 微かな起動音と主に制御装置が再起動される。


 すると、甲高い電子音が鳴り響き、装置に付いている液晶画面に、防火シャッターが正常に作動した事が表示された。


 それに伴って、部屋の外からシャッターが開放される音が聞こえて来た。


(これで各階のシャッターが開いた筈。 ……急いで3階に向かおう)


 1階から3階までのシャッターが開放された為、このまま階段を使って3階へ向かう事が出来るだろう。


 恐らくライナは3階の消防指令本部……中央指令室に向かったはずだ。


 操はシャッターが起動した事を確認すると、足早に警備室を後にするのだった。



 周囲を警戒しつつ廊下を走る操。


 封鎖されていたシャッターが開放されたという事は、今まで荒らされていなかった場所にも怪物が入って来る可能性がある。


 ライナと早く合流したいという思いももちろんあるが、怪物がいない今の内に先へ進みたいという事もあった。


 そうこうしている内に階段前に辿り着く。


 階段前のシャッターはしっかり開いており、通行の妨げになるような物は無くなっている。


(一応横の非常口の鍵も開けておこう。 ……よくよく考えると、わざわざ1階から3階までの非常口全てに鍵を掛けるって変な話だね)


 おかげで散々回り道をさせられてしまった為、思わず溜息を吐きたくなる。



 銃を構えて階段を上がって行く。


 今の所物音はしていないが、踊り場付近に来た所で操は警戒感を強めた。


(血……と、火薬の臭い……?)


 先程聞こえた銃声の元だろうか?


 踊り場から覗く廊下には何もないように見えるが、空気の流れに乗って血と火薬……正確には硝煙の臭いが微かに漂って来ていた。


 操は念の為、壁に体を寄せるようにしつつ足音を立てないように階段を素早く上がる。


 そして壁の角から顔を出して廊下を覗き込んだ。


(…………!)


 廊下には花人や木人が数体血塗れで倒れていた。


 他には動く物は無く、倒れた怪物達も『枯れて』はいないが、既に死んでいるようだ。


 操は反対側の廊下にも何もいない事を確認し、壁の陰から出て中央指令室がある方へ歩き出した。


 死んでいる怪物の横を通りしな、操は死体の状態も確認して行く。


(木人は頭に2発ずつ…………花人は1発で仕留められてる。)


 怪物達はほぼ全て頭部を撃たれて射殺されていた。


 木人は体に硬い蔦が巻き付いているので、9ミリ弾程度だと例え頭部でも数発撃つ必要があった。


 しかし、この木人達は正確に2発で仕留められており傷口の大きさから、9ミリ弾よりも大きな口径の弾を使用しているらしい。


 花人に至っては恐らく1発目で頭部を破壊されたようで、壁に肉片が飛び散り酷い有様になっている。


(さっき血の臭いを感じたのはこれのせいね……)


 ほぼ何も抵抗出来ずに射殺されたようで、辺りには木人の爪痕なども含めて一切痕跡が残っていない。


 その様子から、怪物が行動を起こす前に即座に「処理」した事が分かる。


(……でも、これは一体何をしたの?)


 操が疑問に思ったのは廊下に転がる死体の内、一番奥に倒れていた死体の状態だった。


 その死体は、壁にもたれ掛かり座り込むようにして息絶えていた。


 それだけならそれ程おかしくは無い。 しかし……。


(首がほぼ切断されてる……)


 その花人は首がほぼ切断されており、かろうじて首の一部が繋がってぶら下がっているような状態になっていた。


 どう見ても鋭利な刃物で切られたようにしか見えないが、怪物相手にナイフか何かで戦ったのだろうか?


(私はともかく、生身で怪物相手に接近戦を挑むのは無茶だと思うんだけど……)


 だが、この怪物達を倒した人物は、恐らく無傷でこの場を切り抜けたのだろう。


 相当な戦闘能力を持っているのは間違いない。



 操は怪物達の死体を調べ終えると、廊下の先へ進んで行く。


 この廊下の左右に分かれた突き当りを右に曲がれば、目的地の中央指令室のはずだ。


 しかし、廊下に転がっていた怪物達を死体に変えた「誰か」もこの先に向かったと思われる。


(でもそれって要するに……あれをやったのが、ライナって事だよね?)


 そう結論付けつつも、操は若干困惑していた。


 状況証拠的にそれしか考えられないのだが、操の中であの惨状を作り出した者=ライナの構図がどうしても成り立たなかった。


 操にとってライナは自分の命の恩人だが、どこか楽天的で適当な性格に見える人物だった。


 良く笑顔を見せ、時には困ったように笑う様子から、若干頼りないような印象すらあるのだ。


 しかし実の所、操がライナと接触したのはほんの短い時間であり、彼の具体的な素性自体を操は知らない。


 もしかしたら、自分が考えているライナの姿は全くの偽りである可能性もあるのでは…………。



「ギギャギャゲェェェ!!」


「!?」



 突然聞こえた怪物の叫び声に、思考に意識を取られていた操は慌てて身構える。


 すると、何かに吹き飛ばされたらしい獣型の怪物が、操の視線の先、廊下の突き当りに転がって来た。


 怪物は慌てたように手足をばたつかせて身を起こすと、廊下の左方向に顔を向けて威嚇の声を上げる。



「カァァァァァッッ!! グギッ!?」


 だがその直後、銃声が響き渡った。



 威嚇の声を上げて開かれていた怪物の口内に銃弾が撃ち込まれ、怪物は血を噴き出して再び倒れる。


 その様子を操は呆気にとられながら見つめていた。


 そして、その場に立ち尽くす操の耳に、足音が聞こえて来た。


 聞こえて来た足音は怪物の物ではなく、人間の足音だとすぐに分かった。


 少しづつ足音が近づいて来る。


 足音の主は廊下の角を曲がった先から近づいて来ている為、姿はまだ見えない。


 しかし、操はそれが自分が探し求めていた人物だという確信があった。


 やがて、廊下の角から姿を現した人物……ライナは、銃撃を受けて床に倒れ伏している怪物に近付いて行く。


 そして、怪物にまだ息があるのを確認すると……即座に止めの銃撃を浴びせた。


 1発


 2発


 3発


 等間隔に間を空けて放たれた銃弾は、至近距離から放たれた事もあって、怪物の頭を粉砕する。


 怪物の肉片らしき物が廊下に飛び散り、響き渡った銃声が収まると、廊下は一瞬静寂に包まれた。


 その段階でようやく我に返った操は、遂に再会出来たライナに思わず駆け寄ろうとしてほんの少し体を動かした。


 念の為補足しておくが、この時操の耳に聞こえた音は、極微かな衣擦れの音だけだった。


 しかし次の瞬間、怪物に銃口を向けていたライナが、爆発的な速さで反応し、一瞬の内に右手に持っている銃を操へ向けた。


 その表情は全くの無表情であり、その視線は一切の感情を排した、冷気すら感じるものだ。


 その視線にさらされた操は息を飲み、体を強張らせる。


 しかし、それはほんの一瞬の事で、直後に行動を起こした。


「待って! 撃たないで! 私よライナ!」


 銃口を向けるライナに対して操は両手を上げて叫ぶ。


 すると、すぐに反応があった。


「…………操?」



 確認するかのように操の名前を呟いたライナはすぐに銃を下ろした。


 その表情は驚き半分、安堵半分、といった様子だ。


「操! 良かった、無事だったんだな!」


 そう言って歩み寄って来るライナ。


 操も安堵し、息を吐いて上げていた手を下ろした。


「それはこっちのセリフだよ……アパートがあんな事になっていたから、心配してたんだよ?」


 操が若干恨めしそうに言うと、ライナはばつが悪そうな顔をする。


「あー……悪い。操が病院に向かった後あたりから、あの辺の怪物の数が増えて来てさ……。流石にあのまま留まっているのはマズそうだったんで、移動する事にしたんだ」


 申し訳なさそうにそう言うライナ。


 実際、操がアパートに戻った際には、部屋は怪物に占拠されていた。


 ライナの見立ては正しかったのだろう。


「それについてはとやかく言うつもりはないよ。 実際あの部屋、怪物だらけだったし……」


 操がそう言うと、ライナが心配そうな表情を見せる。


「大丈夫だったのか? ここで合流出来たって事は、俺の置き手紙見てくれたんだろうけど……」


「アパートの方はね。 病院の方が色々大丈夫じゃなかったけど……」


 溜息を吐きつつ呟く操に訝し気な顔をするライナ。


 実際あの病院で遭遇した出来事をどのように説明した物だろうか……。


「……まあ、お互い話す事は色々あるよな。 廊下で話し込むのもあれだし、とりあえず指令室に入ろうぜ」


 ライナはそう言うと、廊下の先にある両開きの扉を指差した。


 しかし扉にはカードキーを通す機械が付いている。


 このまま入る事は出来ないのではないだろうか。


「ああ、心配ないぞ。 あの扉を開ける為のカードキーを探すんで、あっちこっち部屋を調べてたんだ」


 そう言うとライナは、ポケットから取り出したカードキーを操に見せる。


 どうやら扉を開く手段を見つけたので、これから指令室を調べる所だったようだ。


「……指令室でなら、街の外と連絡が取れるかな?」


「……だと良いんだけどな。 俺の予想が当たってない事を祈るよ」


 うんざりした様子でそんな事を言うライナに、操は違和感を感じる。


 何か心当たりがあるのだろうか?


「ま、中を調べれば分かるよ。 ……多分だけど」


 そんな頼りなさげな事を言いつつ、ライナはカードキーで扉のロックを解除し、指令室に入って行く。


 若干不安になった操だったが、気を取り直してライナの後を追った。




 中央指令室に足を踏み入れた操。


 室内をざっと見渡して見るが、特に動く物はいないようだ。


 操はいつでも銃を構えられるようにしながら、周囲を警戒しつつ部屋の奥へ歩き出そうとした。


 しかし、そんな操の横をすたすたとライナが通り抜けた。


 室内に怪物がいる可能性を考えて身構えていた操とは対照的に、全く警戒した素振りを見せずに部屋の奥へ歩いて行く。


 右手に銃こそ持っているが、操の目から見ても警戒心がゼロにしか見えない無造作ぶりだ。


「え、ちょ、ライナ?」


「んー? どした?」


 思わず操が声を掛けると、ライナは特に変わった様子も無く返事をした。


「いや、あの………もうちょっと警戒した方が……」


「え? 何で?」


 不思議そうにそう言うライナ。


 操は若干の呆れを含んだ声でライナに苦言を呈する。


「怪物が隠れてるかもしれないんだよ? もうちょっと警戒した方が良いんじゃない?」


 そう問いかける操に対するライナの答えは至ってシンプルだった。


「ああ、大丈夫だよ。 この部屋にはいないから」


 ライナの返答に疑問符を浮かべる操。


 何か根拠があるのだろうか?


 操の表情から疑問点を察したらしいライナは、室内が安全だと考える理由を説明した。


「例え隠れているとしても、そこにいるのが生き物なら、息遣いとか気配とかで大体わかるからな」


 そう言われて操も『花の気配』を探ってみる事を思い出した。


 ライナに気付かれないように気配を探ってみると、指令室内に花の気配は感じられず、


 それどころかこの周辺にそもそも怪物がいないようだった。


 とはいえ、だ……。


「……気配もだけど、息遣いって……そんな簡単に感じ取れるものなの? 私には全然分からないんだけど……」


 『花の気配』が感じ取れる事は口にせず、疑わし気に言う操。


 実際の所は今の操なら集中すれば感じられるかもしれないが、ライナは操と違って普通の人間だ。


 しかも、特に集中していたわけでも無かったように見えたのだが……。


「まあ、こういうのは慣れだよ、慣れ」


 そんな適当な返答に、操は思わずじとっとした目付きでライナを見た。


 ライナはそんな操の視線を受けつつ、苦笑しながら言葉を続ける。


「それよりほら、目的の物あったぞ。」


 言われてライナに示された方を見やる。


 そこには街の消防隊へ指令を発したり、情報を取り纏めて各所へ伝達する為に使うと思われる、


 各種通信端末と大型スクリーンが設置されていた。


「これが外部へ連絡出来る通信設備なの?」


「……の筈だな。」


 ライナはそう言うと、目の前にある端末に近付いてキーボードを操作し始める。


 操にはそれがどのような機械なのか分からない為、外部との通信が可能かどうかはライナに任せるしかない。


 その為操はライナが作業を行っている間、周囲の警戒を行う事にした。


 『花の気配』を感じ取れば、近くに怪物が近づいて来てもすぐに察知出来るはずだ。


「周りの警戒は私がしておくから、機械を調べるのはお願いしていい?」


「ああ、任せとけ。 というか、ちょっと時間が掛かるから一息入れてて良いぞ?」


 明るくそう言ったライナは、操のすぐ側にあった椅子を示した。


 ……怪物だらけの建物内で一息入れるのは危険ではないだろうか。


「大丈夫だよ。 この建物自体頑丈に出来てるし、ここは窓も無いからいきなり怪物が飛び込んで来る事も無いって」


 そう言われて操は、この部屋に窓が無い事に気が付いた。


 確かにこの部屋なら不意打ちを受ける可能性は低いかもしれない。


「気持ちは分かるけど、ある程度力を抜くタイミングも無いと持たないぞ?」


「……そうだね、ちょっと気を張りすぎたかも」


 ライナと別行動を取って以降、周囲を常に警戒し続けて来た。


 ライナとの合流が叶った今ならば、少しは気を緩めても良いかもしれない。


 それにその場合、操にもしておきたい事がある。


「なら、ちょうどいいからライナにも聞いて欲しい事があるんだけど……良い?」


「ん? 聞いて欲しい事?」


 ライナは作業の手を止めず操の方を見る。


「うん……病院で見た事とか、それ以外にもこの街について疑問に思った事とか……私の記憶に付いて分かった事とか……ライナの意見も聞かせて欲しいの。 一人で考え続けても答えが出ないから……」


「……成程な。 その様子だと本当に色々あったみたいだな」


 俯きがちに疲れた表情を見せる操に、ライナは操が見た物がどのような事だったのか何となく察したようだ。


 実際あの病院で操が体験した事は、既に操の手に負えるレベルを超えていた。


 意見を聞きたいという事も確かにあるが、ただ話を聞いて欲しかったのだ。


「良いぞ。 俺も操の話を聞きたかったしな」


 ライナはそう言うと操を見て微笑んだ。


 そんな優し気なライナの表情に、操は救われたような気持ちになるのだった。



「…………と、こんな所かな」


 そう言って操は話を終えた。


 ライナと別れた後、病院や街中で遭遇した出来事、その際に考えた事……。


 操は思い付くままにライナに語って聞かせた。


 自分でも思った以上に負担になっていたのか、ほとんど一方的に操が話してしまったが、ライナは終始真面目に話を聞いていた。


 そこそこの時間話しを続けて、操としてはかなりスッキリしたのだが……ライナは大丈夫だろうか?


「えっと…………ごめんね? 私だけ喋り続けて……」


 操がそう言って謝罪すると、ライナはあっけらかんとした様子で操の言葉を否定した。


「いやいや、大丈夫だって。 作業しながら聞くには丁度いい話だよ」


 そんなライナの言葉に操は苦笑する。


「……私の話、ラジオとかじゃないんだけど?」


 冗談交じりに操がそう言うと、ライナも笑って答えた。


「悪い悪い……。 それにしても、予想はしてたけど……とんでもない目に遭ってるな、あんた」


 若干呆れを含んだライナの物言いに、操はやや不満そうに反論する。


「私だって好きでそういう目に遭ってるわけじゃないよ。 ……正直何度も死ぬかと思ったし」


「まあそりゃそうだろうな。 ……しかしあの病院、きな臭いとは思っていたけど、想像以上だな」


 手元の作業を続けながら、ライナは呟くようにそう言った。


「……ライナはあの病院の連中がああいう事してるのは知っていたの?」


 はっきりそう告げられたわけではないが、言葉の端々からあの場所で何かが行われていた、という事を認識していたように感じる。


 操があの場所に向かうと言った際に難色を示していた事もあり、操はライナにそう問いかけた。


「具体的に何をしてるか……ってのは流石に知らなかったけど……あそこの院長とその周辺に、悪い噂があったのは知ってたな」


「悪い噂?」


「どっかの企業と癒着関係にあるとか、あの病院に入院すると二度と出て来れない……とかさ」


 ライナが語ったのは、よくある陰謀論のような物や都市伝説のような話だった。


 そもそもあの病院は、昔はもっと規模の小さい病院だったのが、ある時から急に設備が充実し、院長など一部の人間の金回りが良くなったのだという。


 実際に病院内の黒い部分を目にして来た操からすれば、「ある時」というのは聞くまでも無い程に明らかだ。


「……つまり、かなり昔からサイディスと繋がりがあったのね、あの病院」


「そういう事だろうな。 そもそも、サイディスの方は裏の顔はほぼ真っ黒だし、支援を受けてるって時点で黒だろ」


 ライナはさらっとそのような事を言った。


 サイディスに裏の顔があるのは百も承知だが……。


「……真っ黒?」


「そ。 一部じゃ有名な話なんだけど、あの連中、細菌兵器みたいな化学兵器を密かに開発して他国に売り捌いてるらしいんだよ。しかも、その研究の為に、紛争地帯なんかで戦闘のどさくさにまぎれて人間を誘拐して、その人間を人体実験の材料にしてるんだとさ」


「……………最悪だね」


 病院内で得た情報から、サイディス・カンパニーという企業が違法行為も平気で行う企業だという事は分かっていたつもりだった。


 しかし、ライナが語ったような紛争地帯での暗躍などの話が事実であれば、違法行為を行う企業どころではない。


 危険な兵器を売り捌いて私腹を肥やす……典型的な『死の商人』だ。


「でも、一部で有名なのに、なんで普通に企業としてまだ活動出来てるの? そんな事してたらいくら何でも国が見逃さないでしょ?」


 自国の企業が化学兵器を他国に売り捌いている、という事が露見したりすれば、この国の威信は地に落ちる。


 この国の政府であれば、そうした事態は許しがたい事だと考えるはずだが……。


「それはまあ…………そうならないようにしてる奴がいるんだろうな、身内に」


「……………」


 つまり、政府内にもサイディス側と癒着している者がおり、サイディスが行っている兵器開発の事実を揉み消しているという事か。


 もはや何処から突っ込んで良いのか分からない。


「というかぶっちゃけると、外と連絡が取れないってのも、その辺のせいじゃないかって俺は思ってるんだけどな」


「……え? どういう事?」


 思わぬライナの発言に驚く操。


 しかしライナはそれには答えずに、手元のキーボード操作を止め、難しい顔で画面を睨んだ。


「んー……やっぱ駄目だな。 うんともすんとも言わない」


「……やっぱり、通信が繋がらないの?」


 ライナが見つめる画面に表示された数値を横から覗く操。


 ……複雑な数値や、グラフのような物がびっしり並んでいて頭が痛くなりそうなので、すぐに視線を元に戻した。


「うん、駄目だな。 ま、予想通りではあるから驚きはしないけど」


 そう言って椅子の背もたれに体を預け、天井を仰ぐライナ。


 言葉の通りあまり驚いた様子は無い。


「さっきの話だけど、サイディスがやってる事を揉み消してる奴が政府の身内にいるとして、今この状況は連中にどう映っていると思う?」


「え? それはまあ……何か事故があって、街が危険な状況に晒されていて……街に居るサイディスの人間もどうなってるか分からない……とか?」


 ライナの質問に対して、操は考え付く限りの外部から見たグリーンフォレストの状況を言葉にして行く。


 実際の政府関係者がどう思うかは分からないが、サイディスと関係している者ならサイディスの人間の事は気にするだろう。


「そうだな、その通りだ。 そして、もし本当に事故が起きたのであれば、街にあるサイディスの研究所が原因である可能性がある。となれば、この街に住んでる人間に、街の情報を外に漏らされたら拙いわけだ」


「…………その『情報』が自分達の致命傷になるかもしれないから?」


「そういう事だな。 事実がどうであれ、未知の何かによって生まれた化け物が、街中を闊歩して人間を襲ってるんだ。 まず最初に疑われるのは、サイディスの研究所だろう」


 操はライナの言わんとしている事を察した。


 つまり、街の中の情報を漏らさない為に、サイディスと癒着している政府の人間が通信を妨害しているのでは、という事だ。


 確かにその可能性は否定出来ない。


 出来ないが……。


「それって……何の意味があるの? 思惑通り街の中の人間が全滅するまで待ったとしても、最終的に調査は入るでしょ? サイディスのやって来た事がバレるのが、遅いか早いかの違いしかないと思うんだけど……」


「俺もそう思うよ。 まあこれは俺の推測でしかないし、実際には別の理由で通信が出来ないのかもしれないしな」


 ライナは肩を竦め、呆れたように操の言葉を肯定した。


 しかし、直後に表情を変えて続ける。


「…………けど、実際に政府の一部が妨害をしていて、妨害に意味があると奴らが考えているとしたら、ちょっとヤバいんだよ」


「…………え?」


 普段は見せないような真剣な表情でそう言うライナに、操は息を飲む。


 一体何が問題なのだろうか。


「要するにその場合、そいつらは生き残りがいなくなったと判断された後、調査自体が入らないと考える根拠があるって事だ。 でも、さっき操が言ったように普通はそんな事はあり得ない」


「………………」


 操は猛烈に嫌な予感がした。


 ()()()()を本当にまともな頭を持った人間がやろうとするのだろうか?


「であるなら、考えられる事は一つ。 調査するべき街自体が無くなっていれば問題無くなる」


「…………保身の為に、自国内の街を一つ消し去るっていうの?」


 つまりは、ミサイル攻撃か何かで物理的に街を消滅させてしまおうとしているという事か。


 正気の沙汰とは思えない。


 だが、確かにそれなら証拠は灰になり、自分達との背後関係を探られる恐れは無くなる。


 しかしそうだとしても……。


「……本当にそうだとしたら、その連中は映画か何かの見過ぎだと思うよ」


「同感だな」


 操もライナも、呆れを多分に含んだ溜息を吐く。


 二人共、この街を調査するに当たって関わったサイディス関係者の滅茶苦茶な振る舞いには、ほとほとうんざりしていた。


 まともに相手をしていると、余計に疲労感を感じるので正直関わり合いになりたくないのだが……。


「関わらないで済むんならそれが良いんだけど、どうにもな……。 この街自体がサイディスとベッタリだから、無理なんだよ」


「…………ますますうんざりだよ……」


 がっくりと肩を落とす操に、ライナは苦笑する。


 恐らくライナもこの街の調査をした結果、色々と心当たりがあるのだろう。


 操は、今後も同じような事態に出くわさない事を、無駄かもしれないと思いつつも祈るのだった。




「ところで、さっきの操の反応を見るに、あんたは外と連絡が付かない理由として、別の理由を考えてたみたいだけど、どういう事を考えてたんだ?」


 操の話が一段落したタイミングでライナがそう尋ねて来た。


 操の話しぶりから、別の可能性を考えていた事を感じ取ったのだろう。


「あ、うん、ええとね……」


 操はライナにあの『青い花』……正確には花の本体であろう巨大花が、何らかの手段で通信を


 妨害しているのではないか、という可能性を話した。


 勿論これは、完全に操の推測である為説得力は低い気がする。


 それに最も強い根拠である『青い花』の超常的とすら言える力の説明をするという事は、


 必然的に操の体の事もライナに明かさなければいけない。


 本音を言えばその事についてもライナに相談したかったが、それに対するライナの反応を知るのが操は怖かった。


 もしも、操がライナを騙していた怪物だった、と思われてしまったら?


そう考えると、操はライナに自身の身に起きている事を話すのを躊躇った。


「『青い花』が通信を妨害してる…………ねぇ」


「ライナが言った外からの妨害とは違って、根拠は乏しいんだけど……何となくそんな気がしたの」


 操から話を聞いたライナは難しい顔をして考え込む。


 無理もないだろう。


 植物が自分の意思で通信を妨害する、などという荒唐無稽な話を信じろという方が無茶だ。


 しかし、それに対するライナの答えは操の予想に反した物だった。


「植物程度がそんな事出来るとは普通なら思えないけど……「死体に寄生して操る」だの「寄生した生物の体を作り変える」だの、今わかってる事だけでも十分オカルトだし、あり得ないとは言えないかなー……」


 困ったような顔でそんな事を言うライナ。


 ……信じてくれたのは嬉しいがそれで良いのだろうか?


 操の表情から何を言いたいか察したのか、ライナが笑いながら続ける。


「だってさ、操も街を探索した時に見ただろうけど、あんな滅茶苦茶な生き物を見たら納得するしかないと思うぞ?」


 言われて操はこれまで遭遇した怪物達を思い浮かべる。


 ……確かに、操の理解の範疇を超えた者達ばかりだった。


 そう考えれば確かに『花』が意思があるかのような振る舞いをするとしても納得出来る……かもしれない。


「感覚がマヒしちゃってたけど、花人も木人も通常ならあり得ないような生き物だもんね……」


 改めて思い返してみて、ライナが言う事も尤もだと感じた操は、ついそのように呟いた。


「ん? 花人と木人って何だ?」


「え? ……あ」


 ライナにそう言われて操は、自分の中で怪物達に便宜上付けている名前を口に出してしまっていた事に気が付いた。


 ……ネーミングセンスに自信が無かったので誰かに話すつもりは無かったのだが。


「え、えっと……それはその……」


「……あーなるほど。 アイツらの呼び名か。 確かに分かりやすい名前で識別できた方が良いもんな」


 ライナは名前のセンスについては特に何も思わなかったようだが……逆に気を遣われた様な気がしてつらい。


「ネ、ネーミングセンス無いから、ちょっと恥ずかしいんだけど……」


「いや、良いんじゃないか? 誰が聞いても分かる名前だし」


 そう言ってライナは操をフォローしてくれる。


 思いやりがつらい。


「大丈夫だよ。 俺も四足の怪物を『犬ネズミ』って呼んでるし、同じ様なもんだって」


 と、若干落ち込み気味だった操を慰めるように、ライナがそのような事を言った。


「……犬ネズミ? 四足の、って……あの獣みたいな奴? ネズミなの? あれ?」


 この建物に来て以降、何度も襲われたあの獣型の怪物だ。


 操は野犬か何かの死体に『青い花』が寄生した物だと思っていたのだが、ライナ曰く違うらしい。


「確かにアイツら犬っぽく見えるけど、前足で物を掴めるって事を考えると、ネズミ系だと思うよ」


 そう言われて操は獣型の怪物こと『犬ネズミ』と対峙した時の事を思い出す。


 確かに、あの怪物は天井に張り付いて移動するという行動でこちらの意表をついて来た。


 ライナの言う通り前足で物を掴む事が出来るのなら、そういった事も出来るかもしれない。


「それに以前から、街のあちこちでネズミが増えてるって話があったみたいだしな。駆除されたネズミの死体に『青い花』が寄生して爆発的に増えたんじゃないか?」


「なるほどね……どうりで数が多いと思ったよ」



 どちらにせよ、『青い花』の影響は既に人間以外にも及んでいるという事だ。


 このまま外部との連絡が取れない状態でグリーンフォレストにただ留まり続けるというのは賢い選択とは思えない。


 通信強度の高い設備を使って外部と連絡を取る、という当初の目的が叶わなかった今、操達は街から脱出する為の別の方法を探す必要に迫られていた。


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