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02 生存者


「はぁ……嘆いても始まらないし、何とか下に降りる方法を探そう」


崩れた階段をぼんやり眺めていたが、気を取り直して打開策を考える。


「下に降りる手段でまともな状態の物は、エレベーターと非常口だけど……

どっちも今は使えないんだよね」


先程確認したフロアマップを見た限りでは下の階に降りる手段は三つ。


しかしその内の一つである階段室の階段は使用出来ない。


さらに、無事であるとはいえエレベーターは電源が入っておらず、非常階段は扉に鍵が掛かっている。


八方塞がりではあるが、最悪、非常階段の扉を破壊する等すれば出られなくもない。


「……とはいえ、それは最終手段かな。

大きな音を立てるのはまずそうな気がするし」


具体的に何がまずいかは自分でもわかっていないが、本能的に危険を感じていた。


現状、自分自身の事も含めて不明な事が多すぎる為、慎重すぎるという事はないだろう。


今しがた階段室に入って来た扉の向かい側を見る。


入って来た扉と同じ扉が反対側にもあるのが見えた。


「あんまり気が乗らないけど、この階を細かく調べてみるしかないかな……」


一応自分が目覚めた部屋の側の廊下は一通り確認した。


このフロアで客室以外に見ていないのは反対側の廊下だけだ。


そう考えてふと先程のフロアマップの内容を思い出す。


「……そういえば、反対側の廊下に『リネン室』ってあったっけ。

扉を開けるのに使えそうな物とかないかな……」


リネン室が便利な道具の置いてある場所だとは思っていないが、何かしら状況を


打開できる物が見つからないか、という期待を持たざるを得なかった。


今の所、状況を好転させる要素が皆無である以上、少しでも進展が欲しい。


そう考えて反対側の扉をドアノブを捻ってそっと引き開ける。


「ッ!?」


その瞬間、異常が目に入った。


廊下自体は先程通って来た北側の廊下と同じだった。


しかし、廊下に落ちている「それ」は北側廊下には無かった。


それは()()()()だった。既に血は乾ききっているが、周辺には血の跡がべったりと残っている。


さらに、そのまま廊下の左奥を見ると、大量の血の跡が廊下の先に続いている。


「…………」


青ざめ、息を呑みつつ血の跡の先を見やると、ガラスが割れた窓が目に入った。


嫌な予感がした。 とても嫌な予感が。


しかし、確認しないわけにもいかない。


意を決して、しかし恐る恐る割れた窓に近づく。


窓を良く調べてみると、ガラスはほぼ全て割れてしまっており、殆ど窓枠だけになっていた。


その一方で割れたガラス自体は廊下側にあまり落ちていない。


あまり考えたくはなかった、しかし、床から続いた血の跡は途中で曲がり、


壁を伝い、窓枠を乗り越え…………外へ。


あの「腕」の持ち主がどうなったかは嫌でも想像がついた。


しかし、だとするならば……。


「……猛獣でもいるの? このホテル……」


少なくとも人間の腕を食いちぎる、あるいは引きちぎる力を持った「何か」がいるという事になる。


「血の跡を見ると、そのまま襲われた人と一緒に落ちて行ったみたいだけど……」


現在いる場所は最上階の5階。 真っ逆さまに落ちたとすればまず助からない。


窓の外は相変わらず霧が立ち込めているが、フロアマップの内容を思い出せば、


この下は東側の中庭になっていたはずだ。


「本当に一体何が起きているの……?

人間をこんな風に出来る生き物がいるなんて……」


外の巨大花を見た時にも感じた得体の知れない存在への恐怖感が再び蘇る。


あの時と違い頭痛は少しずつ和らいで来ている為、冷静に頭を働かせる事が出来てはいる。


しかしだからこそ、理解不能な今の状況が幻覚や妄想の類ではなく、実際に目の前で起きている


現実の光景であると否応なしに理解させられてしまう。


『下手をすればお前もこうなるぞ』と突きつけられているような気分になったが、


頭を振ってそのような考えを頭から追い出す。


ともかく当初の目的であるリネン室へ向かうべく廊下を引き返す。


廊下の惨状を確認する為にリネン室の扉の前を通り過ぎてしまっていたからだ。


「ここだよね……」


扉にはしっかりと『リネン室』とある。 ……血の跡も一緒についているが。


「さっきと同じ人……かな?」


さすがに血の跡だけで個人を特定は出来ない。


先程の、何かに襲われた誰かの血と同じ物かどうかは分からなかった。


どちらにしろ、最大限の警戒をしなければならない。


先程の惨状を引き起こした何かが周辺にまだいるかもしれないのだ。


扉の前で息を殺して聞き耳を立てる。


特に物音の類は聞こえない……と思う。


「………………」


扉を開いたとたん、得体の知れない何かが自分に飛び掛かって来る最悪の光景が頭をよぎる。


しかしこのまま立っていても何の解決にもならないと自身を鼓舞し、リネン室の扉を開いた。




リネン室の中は、部屋の壁の上部にある小窓から入る日の光だけが差し込む薄暗い部屋だった。


思ったよりも広々とした部屋の中には、名前の通り使用済みのリネンが大量に保管されている。


リネンを集めるスペースや、各部屋を回ってリネンを回収する際に使うと思われる


カーゴ等、ホテルのベッドメイキングの際に必要となる機材があちこちにあった。


部屋の中に動く物がいないのを確認し安堵の息を吐く。


そして、気を取り直し部屋の探索をするべく動き出す。


(何か使えそうな物は……)


見た所工具などの類は置いていないようだ。


この際、非常口の扉を破壊するために使えそうな物でもいいので、何かあってほしい。


そう考え奥の方にあるカーゴへ近づこうとした。


……すると。


「だ、誰……だ? 誰か……いる……のか?」


「……ッ!?」


突然声を掛けられ、飛び上がらんばかりに驚く。


何とか叫んだりせずに済んだが、心臓の音が耳元で聞こえる程に高鳴っている。


身構えつつも、どうにか冷静さを保ち、声の主を探す。


すると、奥にあったカーゴの影、人一人がやっと収まる程度のスペースに


男が一人寄りかかっているのが見えた。


どうやら、薄暗かったのと、男が微動だにしなかった為気付けなかったらしい。


服装からすると、このホテルの従業員のようだ。


念のため警戒しつつ近づく。


「ここにまだ……生き残りが……いたのか」


途切れ途切れに言葉を発する男の状態は見るからに悪かった。


体のあちこちに引っかき傷のような跡があり、腹部からは大量に出血している。


応急処置は施されているようだが……この傷ではもう持たないだろう。


「その傷は……何にやられたの? この街の状況は一体どうなっているの?」


思わずそう問いかけると、男はやや困惑した顔をした。


「街の人間じゃ……ない、のか? だったら、早く……ここから、逃げ、るんだ」


「……どういう事?」


「外を、見ただろう? あの……忌々しい、花のせいで……みんな、花にやられた……」


「……花に、やられた?」


この状況を引き起こしているのが、あの巨大花だという事は予想が付いたが


『花にやられた』とは一体どういう事か。


「いや……違うか。 みんな、『花になっちまった』んだ……」


「え……?」


意味が分からず困惑していると、うわ言を呟くように男が続ける。


「このホテルは……避難所……だったんだ。 大勢……避難、して来た。

けど……何人か花が咲いて……」


男は途端に咳込んだ。 やはり傷が深いようだ。


「待って! もう喋らないで!」


このままでは男は死んでしまうだろう、気休めだとしても何か手を打たなければ。


そう考えて喋らないように言いつつ身を乗り出そうとしたが、男は手でそれを制した。


「どの道俺は、もう……助からない。何とか、立て籠って、救助を……待とうと思ったが、

一緒に、逃げ、ていた友人も……死んじ、まった」


男の呼吸が荒くなって来る


「それよりも、君……ここから早く、逃げ、ろ。

花が咲いた、連中が、ここには……大勢いる」


「……!」


『花が咲いた連中』というのが何かは分からなかったが、恐らくそれこそが、


客室前で感じた嫌な予感の正体であり、人間を襲う何者かなのだろう。


今まで目にした惨状を思い返して動揺していると、男が何かを差し出した。


「これ……を。 非常階段の……鍵、だ」


驚いて目を見張り、思わず受け取る。


「通常の……階段は、使えなく、なっているが……、非常階段、は、大丈夫な、はずだ……」


「……わかった、ありがとう」


受け取った鍵を確認すると『5F非常階段』と書かれたタグが付いていた。


「このフロアを……封鎖して、あいつらが、入ってこれないように……しようとしたんだ」


男が自嘲気味の表情を浮かべて呟く。


「けど……逃げ遅れた客が、部屋の中で……花が咲いてて、あいつと、俺は……その客にやられたんだ」


「………………」


「花が咲いた……連中は、どこにでも、いる、君も、気を付け……ゲホッ!ガホッ!」


言葉の途中で激しく咳込むと男は吐血する。 やはりもう時間はないようだ。


何と声をかけていいかわからず、差し伸べようとした手を宙に彷徨わせていると


男が縋るような表情になり呟いた。


「さ、最後に……君に、頼みが、ある」


「な、何? 私に出来る事なら……」


死を迎えようとしている人間からの最後の頼みだ、出来る限り叶えてやりたい。


……そう思っていると、男は懐から何かを取り出し……こう言った。


「俺を……殺してくれ」


「……なっ!?」


男が懐から取り出したのは小型のリボルバー拳銃だった。


「一発だけ、残って……いる。 自分では、どうし、ても、出来なかった」


「な、何で、そんな事をしないといけないの!?」


驚き固まっている間に、銃を握らされる。


「たの……む!。 俺は……あいつらの、ようには……なりたく、ない……!」


「あいつらのようにって……」


混乱しつつ手元の銃を見る。


護身用の小型リボルバーで、恐らく引き金を引けば弾が出る状態だ。


「どうせ死ぬのなら……俺は、人間のまま、死にたいんだ! ……頼む」


男の懇願に頭が混乱する。 もうすぐ死んでしまう見ず知らずの人間とはいえ


今は生きて目の前にいる。


殺せと言われて簡単に出来る事ではなかった。


「で、でも、私は、そんな事……」


突然の事に動揺を隠せない。 どうして自分がやらなくてはいけないのか?


本当に撃たないといけないのか? 他に方法があるのではないのか?


様々な考えが頭の中を駆け巡る。


「ゴホッ!ゴホッ!ゲホッ!ガハッ! ……た、頼む……どうか……」


一際激しく男が吐血し、もはや時間は無い事を告げていた。




……唾をごくりと飲み込み、震える右手の親指で撃鉄を起こす。


先程以上に心臓の音がドクドクとうるさい。


息が荒くなり、目がちかちかする。口の中が乾いている。


血まみれになり、目が虚ろになった男の顔へ向けて銃を構える。


…………男と、目が合った。


「あり、がとう……」


男が、目を瞑る。



そして。



引き金を引いた。



轟音と共に銃弾が発射され、狙い違わず男の頭を射抜いた。


血と脳漿が壁に飛び散り、男の体が一瞬ビクリと痙攣した後、そのまま横向きに倒れた。


暫く銃を構えたまま呆然と立ち尽くしていたが、やがて、脱力するように座り込んでしまった。


「…………………………」


自分の手に握られた銃をもう一度見る。


再び先程と同じような、これで良かったのか?というような自問が頭に浮かぶ。


……が、答えは結局出て来ない。


しばらくそのまま座り込んでいたが、左手に握られていた『5F非常階段』というタグの付いた


鍵の存在を思い出し、ふらつきながら立ち上がる。


「………………非常階段から、外に出よう」


そう呟くと、物言わぬ屍と化した男に近づき、手にした銃を傍らに置いた。


「……これ、お返しします」


そう言葉にしてみるが、当然返事はない。


せめて安らかに眠って欲しい。 そう思い小さく黙祷を捧げると、背を向けその場を後にする。






……………………………………その時だった。






カラン、 と、音がした。


背後、男の死体がある方から。


……ゆっくりと、振り返る。


振り返った先には、先程と同じく、横向きに倒れた男の死体があるのみだった。


……いや、一つだけ先程と違う所があった。 男の銃だ。


先程確かに男の傍らに置いたはずの銃が……足元にある。


「……え?」


銃がひとりでに移動した? そんなことはあり得ない。


では、誰かが移動させた? 誰が? 自分はそんなことしていない。


では……男が? 頭を撃ち抜かれて死んだ人間が?


そう考えて男を見やる。


……銃のある位置の延長線上に、男の足が延びている。



……………………。





『さっきと足の位置が変わっている?』





そう考えた直後。


唐突に男が体を起こした。



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