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28 花咲く迷い道


建物と建物の間に出来た「隙間」と言って良い程の狭さの路地を進んで行く操。


流石にここでは『荊の剣』や『荊の鞭』を使って戦うのは難しい為、一応ショットガンを構えている。


こんな所で銃を撃ちたくはないが、狭い所だからと言って怪物が一匹ずつ襲い掛かって来るとは限らないからだ。


「早く抜けたいけど……これじゃあね」


元々狭い裏路地なのだろうが、今は狭い所の話ではなくなっていた。


大通りに広がっている花の根の一部が建物や地面を突き破って路地まで伸びて来ており、道を塞いでいる。


通れる道もあるようだが、回り道になってしまう為に思ったように目的地へ進むのが難しい。


(あの公園側から行ければよかったんだけど……間に建物があって通れないみたいなんだよね)


わざわざ狭い裏路地を通る事にしたのもそういった理由なのだが、本当に抜けられるのか操は段々自信が無くなって来ていた。


物陰に怪物がいないか警戒しつつ裏路地を進んで行くが……再び花の根で破壊された建物が崩れ、行く手を塞ぐ。


「また……。 無理に瓦礫を登ったりしても崩れて危ないし、どうしようかな……」


そもそも、この街が古い街であるという事もあってか、妙に入り組んだ路地だ。


そこへ建物が崩れたり花の根が伸びて来たりしている為、余計に迷いやすくなっている。


普通に道を進もうとしても、通り抜けるのは困難かもしれない。


「どこか別の道は…………ん?あれは?」


ふと上を見上げた操は瓦礫で塞がった道の頭上に、辛うじて残っている非常階段の梯子がある事に気付いた。


階段の踊り場部分が壊れてしまっているが、梯子自体はまだ使えそうだ。


「……あそこから屋上に上がろう」


そう呟くと操は、腕から蔦を伸ばして梯子に絡み付かせ、そのまま体を持ち上げた。


そこそこの高さがあったが、特に問題なく梯子に手が届く。


登る際に少々揺れたが、特に問題なく梯子を登り切る事が出来た。


だが、更に上に登ろうと階段の手すりに手を掛けた時……金属が軋む嫌な音が操の耳に届いた。


「……ッまずい!」


咄嗟に操は、腕で頭を防御しつつ、すぐ横にあった建物の窓へ身を躍らせる。


ガラスが割れるけたたましい音と共に操が建物内に飛び込むと、続け様に今まで操がいた非常階段が音を立てて崩れ落ちた。



窓を突き破り室内に飛び込んだ操は、非常階段が倒壊する音を聞きつつ息を吐いた。


しかしその直後、すぐ傍で自分を見下ろしている男に気が付き、慌てて銃を向ける。


だがすぐにその男がそこに立っているのではなく、天井から伸びたロープでぶら下がっているという事が分かった。


(び、びっくりした……。 首を吊って……自殺?)


状況に絶望して自ら命を絶った自殺者……だろうか?


壊れた窓から吹いて来る風に揺られて、左右にゆっくりと、僅かに揺らいでいる。


操は室内を見渡しながら立ち上がり、今しがた自分が突き破った窓に近付き、窓の外を覗き込んだ。


眼下には倒壊した非常階段と梯子の残骸が積み上がっており、元の道に戻るのは難しそうだった。


(まあ戻るつもりはないけど……この後はどうしよう)


改めて室内に目を向けてみると、どうやらここはアパートのようだ。


内装は比較的綺麗だが、新しい建物という訳ではないようで、デザインもやや古めだ。


今は亡き部屋の主の性格なのか小奇麗に使っていたようだが……。


(天井から死体がぶら下がっている時点で台無しね……)


操は目の前で揺れる男の死体を見てそんな感想を抱く。


しかし同時に、ある事が気になった。


(……この人も花が咲いていない。 死んだら全ての人が怪物になるわけじゃないのかな)


公園の管理小屋で発見した死体もそうだったが、目の前の死体は、死後時間が経っているにも関わらず『開花』して怪物になる兆しが見られない。


ライナから聞いた限りでは現状のグリーンフォレスト内では、死んだ生物は『青い花』に死体を乗っ取られてしまう事になる筈だった。


操も実際に死んだ直後に怪物化した人間を目にしている為、そうなのだと思っていた。


しかし、直近で目にした2つの死体や、病院周辺で目にした死体は『青い花』が咲いている事こそあっても、怪物として襲い掛かって来るような事が無かった。


また、中途半端に体が癒着した奇妙な死体も目にしている為、そうした例も含めると『開花』イコール『怪物化』とは言い難くなって来る。


それが単純に必ず怪物化すると言う考え方自体が誤りだったという事なのか、もしくは別の理由からなのか……。


(そもそも街を歩いていて思ったけど、普通に地面で咲いてる『青い花』もあるよね)


ここに来るまでの間に、街への浸食範囲を広げつつある『青い花』を目にして来たが、「死体に花を咲かせて操る」という特徴ともズレがある。


大小様々な花をあちこちの土壌で咲かせている以上は、死体でなくとも成長出来るという事だが……。


(そうなって来ると益々『青い花』が死体を乗っ取るような事をしている理由が分からない。 繁殖が目的なら、普通の花と同じで良い事になるんだし)


ライナ曰く、街を覆っている霧が巨大花から放たれた青い花の種子なのだという事だが、ごく普通の花と同じように繁殖出来るのなら、他の生物の死体を乗っ取って苗床にする、等という効率の悪い繁殖方法を取る必要は無いはずだ。


そして、何よりも……。


(本当に『青い花』が「妨害」なんて事を行っているんだとすれば、死体を乗っ取って人間を襲っている事にも理由があるのかもしれない)


実際の所、本当に『青い花』がこの街の外部との連絡を遮断する、というような事を行う程の自我のある行動をしているのかは不明だが、仮にそうだとすれば、街に残っている生存者にとって良くない事が起きるのではないだろうか?


(その辺りも含めてライナに相談してみよう。 私よりこの街で行動してた時間は長いだろうし……)


操は取り敢えず、そうした疑問点に関してはライナと合流してから情報交換をするべきだと考えた。


恐らく操しか得ていない情報もある為、ライナとその辺りの擦り合わせを行えば、分かる事もあるかもしれない。


今はまずライナと合流する事に集中するべきだろう。



気を取り直して室内の探索を再開した操は、部屋の奥に隣室へつながるドアを見つけた。


隣室には特に気配は無く、何もいないようだ。


ドアを開けて室内に入ると、そこはライナのアパートと同じように寝室になっていた。


正面に窓があり、他にはベッドと机、収納などがあるのみで特に変わった様子は無い。


(ん? 窓って事は……?)


近付いて窓の外を見てみると、先程操が通って来た非常階段のような物は無いが、窓の下は変わらず裏路地が通っている。


窓を開けてみると、操なら何とか通り抜ける事が出来る広さがあるようだ。


(ここから降りれば、瓦礫で塞がっていた通路の先に行けそうね)


そう考えた操は、窓と窓の間にある柱に蔦を伸ばして巻き付けると、窓から外に身を乗り出した。


蔦に掴まりゆっくり蔦を伸ばす事で降下して行き、特に何事も無く裏路地に着地する。


伸ばした蔦を手に回収し、通路の少し先へ進む。


途中にある曲がり角を覗くと、そこはやはり、先程見た崩れた通路の反対側だった。


(ふう……何とか地図で見た道の先に来れたみたいだけど、これじゃあ他もどうなってるか分からないなぁ……)


幸いこちら側の通路は『青い花』の根が多少伸びて来てはいるが、通行不能になるほど破壊されていない。


しかし、指令センターまでの道も同じように無事とは限らないだろう。


場合によっては先程と同じように、無事な建物の中を通って行く必要があるかもしれない、と操は考えていた。



裏路地を目的地に向かって進んで行く操。


狭い道である為怪物には遭遇したくないと考え、足早に通り抜けて行くが、やはりそう都合よくは行かなかった。


「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛……」


「やっぱりいるんだね……」


通路の先、出口付近にいるこちらを認識した木人が、奇怪な呻き声を上げながらこちらへ近づいて来る。


狭い通路である為、横を通り抜ける事は出来そうにない。


操はその場でショットガンを構え、木人に銃口を向けた。


ゆっくりと歩いて来る木人だが、花人と違って突然走り出したりする為、油断はしない。


相手は一体。


そして周辺に潜んだ敵の気配なども無い。


操は十分に木人を引き付け、木人の攻撃が届くギリギリまで待った。


「イ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」


そして、操を間合いに捉えた木人が腕を振り上げ襲い掛かって来た所でトリガーを引く。


轟音と共に発射された散弾が木人の頭部を蔦の装甲ごと破壊し、破片が飛び散った。


悲鳴のような声を上げて木人が大きく仰け反るが、頭部が半分欠けた状態でもまだ倒れていない。


操はフォアグリップを素早く操作し次弾を装填する。


そして、まだ体勢を崩した状態から復帰していない木人に、更に銃撃を加えた。


「ギュブッ!?」


2発目の散弾を食らった木人は、残っていたもう半分の頭部も粉砕され、今度こそ仰向けに倒れた。


倒れた状態でピクピクと痙攣しているが、起き上がって来る様子は無い。


だが、本体の花はまだ無事なようで、体を覆っている蔦や蔦に咲いている花は枯れていない。


操は銃を構えたまま慎重に近づくと『青い花』の気配を探る。


すると、木人の左脇腹辺りに咲いている『青い花』から他とは違う気配を感じた。


操の視界にはその花が青い光を纏ったように映っている。


操はその花に蔦を一本伸ばし、そのまま花を毟った。


途端に倒れた木人が痙攣を止め、体を覆っていた蔦や花が急速に枯れ落ちた。


(ちゃんとトドメを刺しておかないと、後で復活するかもしれないしね……)


戦闘中の攻撃で本体も含めて破壊出来ればいいのだが、複数の敵を相手にしている時などはそうも行かない。


怪物を一旦行動不能にした後、なるべくこうして「後始末」を行わなければならないのだ。


(単純に攻撃して倒すんじゃなくて、もっと効率よく……せめて花人くらいは、複数相手でも処理できる様にならないとね……)


ショットガンに弾を込めながら、そう考えを巡らせる操。


銃による攻撃だけでなく、『青い花』の力を用いて戦う場合も『青い花』の気配を感知しつつ、相手の「弱点」である本体を付く様に立ち回るべきだ。


今の所、操にはそうした戦闘に関する技術や経験が不足している。


だが、操に寄生していると思われる『青い花』の防衛本能故なのか、操が窮地に陥った際、自身がどう動くべきか直感的に分かる為、その感覚を上手く制御出来れば、そうした技術不足を補う事が出来る。


(全部、自分の糧にして行こう。 そうしないと……きっと、生き残れない)


自分の中にある『青い花』の様々な能力。


それらを自分の力として完全に制御する。


……恐らく、病院の地下で異形の怪物を倒した時のように。


そこまでしなければ操は、地獄の様相を呈しているこの街から生きて出る事は出来ないだろう。


そうして操は、行動一つ一つの効率を考えつつ動く事を意識しようと決め、さらに路地を進んで行くのだった。



木人を退け裏路地を抜けると、開けた場所に出た。


そこは地面がむき出しになった小さな運動場のようになっており、ベンチや水飲み場等が設置されていた。


水路沿いにあった公園と同じような雰囲気だが、こちらはどこか殺風景な雰囲気だ。


「住人の為の運動場……とかかな?」


それにしても物が無さ過ぎる気もする。


操は路地から出て広場の外周を歩いてみた。


外周とは言ったが、広場の大きさは徒歩でもあっという間に一周出来る程の物である。


そうして、それ程時間もかからず広場を歩き切った操だが、ある違和感に気が付く。


周囲を確認する為ぐるりと広場を歩いたが、地図で見た通路が見当たらないのだ。


「おかしいな……この辺りに北側に抜ける道がある筈なんだけど」


地図によると、広場の北側に反対側の路地に抜ける通路がある事になっている。


しかし、周囲を見た限りそのような通路は見当たらない。


運動場周辺にも『青い花』が群生している為、また花の根が生えて来て塞がったりしているのかとも思ったが、そういった様子もない。


「地図が間違ってる? でも、別に古い地図ってわけじゃ…………あれ?」


地図を再確認した操は、地図では通路がある筈の場所に、大きな扉……というかシャッターがある事に気が付いた。


見た目が重厚なシャッターだったので気が付かなかったが、どうやらアーチ状のトンネルの入り口のようだ。


「もしかして通路って、ここ?」


どうも、建物の1階部分を貫通する形でトンネルが通っているらしい。


地図に載っていた通路はここを示しているらしい。


「歴史のある街の建物って感じね。 でも……」


ここを通れば目指していた道に出られると考えた操だったが、すぐにそう簡単には行かないらしい事を理解した。


何故なら、重厚なはずのシャッターが内側から何かが衝突したように変形して歪んでしまっていたからだ。


恐らく花の根のせいだと思われるが、どちらにせよ、これだけ変形してしまっていては開ける事は出来そうにない。


「これじゃ、ここを通る事は出来ないね……。 そもそもどうやって開ければいいのか分からないし」


シャッターとは言ったが、見た目は古城などにありそうな鉄製のゲート、といった雰囲気だ。


何かしら開ける手段がある筈だが、シャッターその物には特にそういった仕掛けがあるようには見えない。


「どこかにレバーとかあるかと思ったけど、見当たらないし…………ん?」


近くに必ずシャッターを開ける仕掛けがあると考え周囲を見渡した操は、広場の奥の壁面に何やら金属製のボックスがあるのを見つけた。


歴史がありそうな建物が立ち並ぶ周囲の風景に明らかに不釣り合いなそれは、否が応にも目立つ。


「…………端っこにあるから気が付かなかったのかな。 ものすごく目立つのに……」


自分の注意力の無さにちょっとだけ呆れる操。


取りあえず近づいて調べてみると、何かの機械のようでケーブルが地面に伸びている。


本来なら蓋に鍵が掛かっているようだが、取っ手を回してみると特に抵抗なく回す事が出来た。


「ここも不用心だなぁ……」


病院に引き続き管理が甘い。


尤も、そのおかげで操が腕力に訴えずに済むわけだが。


「…………なんか、だんだん私、パワーキャラになって来てる気がする……」


そんな事を呟きつつボックスの蓋を開けてみると、中には二つのスイッチが設置されていた。


スイッチにはそれぞれ、『①道路』、『②遊歩道』という表示が記されている。


「やっぱり、これがシャッターの操作盤みたいね。 壊れたシャッターの方が『道路』かな?」


二つのスイッチの上にはランプが点灯しており、その更に上には小さな液晶モニターが付いている。


モニターには何も表示されていないが、ランプが点灯しているという事は、電源は入っているらしい。


「そのままの意味で捉えるならシャッター開閉スイッチだけど、「道路」はともかく「遊歩道」って……?」


スイッチがあるという事はこのスイッチもシャッターのスイッチだと思うが、周囲にそれらしい物は無い。


「……ん? 遊歩道ってもしかして、私が水路から出て来た所?」


あの時通った公園らしい場所は、確かに遊歩道らしい道もあった。


よくよく考えてみると、この広場はちょうどあの公園の西に位置している。


こちら側から見て東側にある建物が、丁度公園と広場を隔てているようだ。


「霧でよく見えなかったけど、あっちにもシャッターがあるのかな?」


広場の東側は運動場とは異なりレンガで舗装されており、考えてみれば公園の地面と同じ材質のレンガだった。


恐らく、道路へ抜ける為のトンネルと同じように、公園と広場を行き来する為の通路が開くのだろう。


そして、実際に広場の東側へ確認しに行ってみると、操の推測通り北側と同様の閉鎖されたシャッターがあった。


「なるほど、本来はこの通路で公園と広場が繋がっているのね」


非常事態である為、誰かがシャッターを閉じたのだろうか?


どちらにせよ、この通路は通れるようにしておいた方が良さそうだ。


操は操作盤のあった場所まで再び戻った。


操作盤は先程蓋を開けっ放しにしておいた状態のまま変化は無い。


後はスイッチを操作するだけだ。


「ちょと不安だけど……押しちゃって大丈夫だよね?」


やや躊躇いつつそう呟くと、操は『②遊歩道』と書かれたスイッチを押した。


するとその直後、東側のシャッターの方から何かが作動した音が聞こえて来た。


「多分これで遊歩道側のシャッターが開いた筈だけど……道路の方はやっぱり開けられないかな?」


操は『①道路』と書かれた方のスイッチも一応押してみる事にした。


先程と同じようにスイッチを操作すると、少し離れた所にあるシャッターが作動する……が、


耳障りな金属音を立てると同時に動きを止めてしまった。


操作盤の液晶モニターを確認すると「№1エラー」と表示されている。


「やっぱり開かないみたい。 どこかから迂回しないとだめかな……」


歪んでしまったシャッターは、やはり開ける事は出来ないようだ。


しかしそうなると、予定していたルートが使えない為、別の道を探す必要が出て来てしまう。


その場合、かなり大回りしないと指令センター側に近付く事は出来そうにない。


「公園の方から何とか近づけないかな……」


公園側はまだ詳しく調べていない為、もしかしたら道路側に抜ける道があるかもしれないが、


少なくとも地図にはそういった道は記載されていない。


遊歩道方面へ向かいながら、操は今後の行動について考えを巡らせた。



「……よし、ちゃんと開いてるね」


シャッターで閉じられていた遊歩道と広場を繋ぐトンネルは、問題なく開通していた。


トンネルの先には見覚えのある小屋がおぼろげながら見える。


「向こう側は花人がうろついていたし、見つからないようにしないと…………あれ?」


トンネルを抜けて遊歩道方面に向かおうとした操だったが、通路の途中に扉がある事に気が付いた。


丁度トンネルの中間辺りにあったその扉には、『シャトー・フォレスト倉庫 関係者以外立入禁止』とある。


「もしかして、ここから中に入れる?」


試しに扉のノブを回してみると、抵抗なく扉が開いた。


「……不用心ね。 まあ、私としては助かるけど」


扉を入った先は表示があった通り倉庫のような部屋だった。


やや錆の浮いた金属製の棚に掃除用具や洗剤、交換用の電球など、実に様々な日用雑貨が保管されている。


特に不審な所は無く、どうやら極一般的な備品倉庫のようだ。


室内の気配を伺いつつ歩みを進める操だが、部屋の中に動く物は存在しないらしい。


やがて、部屋の奥に到達すると、そこには操が入って来た扉とは別の扉が存在した。


(さっきの扉を、通用口とか搬入口として使っていたのかな?)


先程の扉にあった「シャトー・フォレスト」という名前からして、恐らくこの建物は住宅地にあるアパートの内の一つなのだろう。


ならば、上手く行けば建物内を通って反対側へ抜ける事が出来るかもしれない。


(病院の時みたいに、建物の中まで花に埋め尽くされたりしてなければいいけど……)


1階部分がほぼ『青い花』に飲み込まれ、内部に立ち入る事すら出来なかった聖メアリー記念病院の惨状を思い返す操。


一応今の段階で、操が感じる『青い光』の気配は建物内からは感じないが、油断は出来ない。


花の浸食が建物に広がっていない事を祈りつつ、操は奥に続く扉を開いた。


扉の向こうはすぐ横に壁がある狭い空間であり、正面には東西に伸びる少し広めの廊下があった。


操が今現在立っている場所は、登り階段のすぐ横の空間のようだ


どうやら操が通って来たのは階段下にある倉庫だったらしい。


扉を抜けて廊下に出てみると、西方面へ伸びる廊下には机やタンス、板などで作られた即席のバリケードが設置されていた。


階段も同じように、その場にある物を積み上げて封鎖されており、怪物の侵入をどうにか防ごうとしていたようだ。


(……けど、廊下の様子を見る限り、防げたようには見えないね)


バリケードのある方とは反対の、東に伸びた廊下に目を向ける操。


そこには割れたガラスが散乱し、外側から破壊されたと思われる窓の残骸がいくつも転がっていた。


姿は無いが、恐らく外から建物内に怪物が侵入して来たのだろう。


そして、バリケードは一見破壊されていないように見えるが、良く見ると鋭い爪で引っ掻いたような跡が無数に付いていた。


(爪痕って事は木人かな……。 だとすると、このアパートに立て籠もっていた人達がいたとしても……)


一般的な9ミリ弾程度では中々死なないような生き物に群れで襲われたりすれば、一般人では太刀打ち出来ないだろう。


……と、廊下の状態を調べていた操は、東に伸びる廊下の先に、道路方面へ出られそうな両開きの扉がある事に気が付いた。


(あそこからなら道路側に出られるかも。 道路を通って西に向かえば、ライナが向かった指令センターがある筈)


目的地が近づいた事を確信し、操は足を速めて扉へ向かおうとする。


(……あれ?)


だがその際、足元に見える床に違和感を感じ、思わず足を止めた。


(……床にも爪痕……が…………)


そこにあったのは、バリケードに付いていた物と同じ引っ掻いたような跡だ。


それだけなら特におかしくは無いのだが、その痕の「付き方」が奇妙だった。


(細い爪痕が細かく浅く2列で付いて……それに、数が多い。 木人が付けた傷なら、腕の枝で引っ掻いた時に太くて深い傷が付く筈)


細かい間隔で2列の傷が付いた床の状態は、操の知っている木人が付けた物とは異なっているように思える。


攻撃で付いた物ではないそれは、まるで……。


「……!?」


そこまで考えた時、操は急激に接近する「気配」を感じ取った。


花人や木人ではない。


それらとは比べ物にならないスピードで迫って来る「それ」は、外から……道路の方から建物内にいる操へ向けて一直線に近付いて来ている。


そして、操が臨戦態勢を取ると同時に、まだ無事だった窓を突き破って「それ」が廊下に飛び込んで来た。


「……ッ!?」


ガラスが割れ、けたたましい音を周囲に響かせる。


それと同時に、床に散乱するガラス片を踏みしめ廊下の床に着地したのは、四足歩行の奇怪な生物だった。



(……犬? いや、違う? 元が何だったか分からないけど、獣……?)


突如飛び込んで来たその生物は、見た目は四足歩行の獣のような姿をしていた。


犬のようなシルエットだが、頭部は妙に細長く、耳のような突起が頭頂部から生えており、やはりと言うべきか、体毛に覆われた体の表面を血管のように『青い花』や花の蔦が覆っていた。


花の蔦で覆われた体はずんぐりとした体形だが、そこから伸びる4本の手足は、寧ろ貧弱に見える程に細くなっている。


だが、そんな細い手足の先には以上に発達した鉤爪が備わっており、全体的に非常にアンバランスな見た目となっている。


そもそも、頭部には目のような物が見当たらず、口らしいものも無い。


体から伸びた尻尾に見える物も、良く見れば花から伸びた蔦の一部らしく、触手のように蠢いている。


(床の爪痕はアイツが付けた物。 だとすれば……)


操が目の前の四足獣の怪物を警戒していると、怪物は周囲の匂いを嗅ぐような動きを見せた。


そして、操の方へ頭を向けると、怪物の頭部が花弁のようにパックリと4つに割れ、内部から舌のような植物の蔦がチロチロと覗いた。


「……!!」


次の瞬間、四足獣の怪物は操に向かって猛烈な勢いで駆け出した。


「ヂャァァァァァァァァ!!!!!!」


花人などとは比較にならない速度で走った怪物は、操の少し手前で一瞬身を屈めると、操の顔目掛けて飛び掛かって来た。


「くっ!?」


操は咄嗟に身を屈め、飛び込んで来た怪物の下を潜り抜ける様にして、怪物の噛み付き攻撃を回避した。


バクンッ! という音と共に、操の頭上を怪物が口を閉じながら通り過ぎた。


しかし、怪物はそのまま操の背後の床に着地するかに見えた怪物は、そのまま壁に「着壁」した。


「なっ!?」


その光景に驚く操を尻目に、怪物は壁を走って駆け抜け距離を取ると、今度は反対側の壁を走って操へ向かって来た。


「ジュァァァァァァァ!!!!!」


再び耳障りな鳴き声を上げつつ突進してくる怪物。


操は一瞬銃を構えようとするが、直前で思い留まり、代わりに右足を引いた体勢で怪物が接近するのを待った。


怪物が壁を駆けて再び操に飛び掛からんとするまで、体感で数秒も無いだろう。


しかし、その一瞬の間に、操の右足は膝の辺りまで操の形成した『足甲』で覆われていた。


そして、操目掛けて再度壁から飛んで来た怪物へ、カウンター気味に回し蹴りを叩き込んだ。


「はぁっ!!」


「ジュビッ!!?」


空中にいた怪物は、横から叩き込まれた蹴りを回避する事が出来ず、思い切り蹴り飛ばされて壁に叩き付けられる。


壁に叩き付けられ反動で吹き飛んだ怪物は、廊下の床を転がって行くが、途中で尻尾を用いて体を跳ね


上げて立ち上がると、即座に体勢を立て直して再び操に向かって来た。


「ヂィィィャァァァァァァ!!!!!」


今度は床を走り正面から噛み付くつもりのようだ。


床を爪で蹴って走り、怪物が操の眼前に迫る。


そして、花弁のような口を大きく開くと、怪物は操目掛けて再度飛び掛かった。


「ヂャァ!! …………!?」


だが、怪物がジャンプした瞬間、怪物の体を青い剣閃が走り抜けた。


時間が止まったかのような一瞬の後、真っ二つになった怪物が、突進の勢いのまま左右に分かれて操の横を通り抜ける。


べちゃり、と音を立てて落下した怪物の体は、暫く床を転がった後動きを止めた。


暫くピクピクと痙攣していたが、やがて動かなくなると、体全体が急激に萎れて行った。


「ふぅ……」


その様子を『荊の剣』を振り抜いた体勢のまま首を巡らせて見ていた操は、怪物の体が萎れたのを確認し息を吐いた。


獣型の怪物は、体の形が歪に変形しているが、木人のように体全体が蔦に覆われているわけではない為、防御力は低いらしい。


頭部が植物質の何かで覆われているようで、斬った感触は少々硬かったがその程度だ。


恐らく防御を捨てて機動力を高めた姿なのだろう。


(銃でも倒せただろうけど、あの速度と壁まで走る機動力が相手じゃ、私にはちょっと難しいかな……)


カウンターで蹴りを食らわせたのは、銃で迎撃しようとした場合に、狙いを外してしまう可能性を考えた為だ。


体格が小さい事もあって、蹴りの一発で吹き飛ばして距離を取り、その間に『荊の剣』を作り出す事が出来た。


後は再び飛び掛かって来た怪物を、問題なく斬り伏せたという訳だ。


(それ程強くは無かったけど……多分1匹だったからだよね)


操は怪物の死体を調べつつ、廊下の床の状態を見る。


床には先程の怪物が鉤爪で付けた爪痕が残っていた。


そして、それ以外にも「複数の」爪痕が付いているのが分かった。


(確実にあの一匹以外にも同じ怪物がいる。 恐らくここに立て籠もっていた人達は……)


バリケードに付いていた爪痕はこの怪物の物だろう。


そうなると上の階に人が立て籠もっていたとしても、その末路は想像に難くない。


(……他の怪物に見つかる前にここを離れよう)


嫌な胸騒ぎを覚えた操は、急ぎこの場を離れる事にした。


怪物の死体から離れ、すぐ傍にあった外へと通じる扉へ近づき、ほんの少しだけ扉を開けて外の様子を伺う。


外は相変わらず霧が満ちて視界が悪いが、とりあえず近くに怪物はいないようだ。


(今の内……かな)


扉をするりと通り抜けた操は、音を立てないように扉を閉じた。


アパート前の通りは、車が街灯に衝突して停車していたりするものの、花の根等で荒れた様子は今の所見られない。


通行するのに特に障害物になる物は無さそうだった。


操は出来る限り物音を立てずに通りを西に向かって歩いて行く。


この方向にライナが向かった指令センターがある筈だ。


しかし。


(…………!?)


突如、背後から殺気にも似た『気配』が感じられた。


咄嗟に背後を振り返る操。


そこには何もいない……かに見えた。


「ヂユユユユユユ……」


「ヂュラララララ……」


「ギキキキキキキ……」


霧の中から先程も聞いた獣型の怪物の声が聞こえ、薄っすらと複数の怪物の影が浮かび上がって来る。


霧のせいで正確な数は不明だが、少なくとも1匹や2匹ではない。


霧の向こうには獣型の怪物の群れとでも言うべき集団がいることは疑いようがない。


状況を理解した操は即座に反転し、指令センターのある方向へ全力で走り出した。


『ヂュア゛ア゛ア゛ァァァァァァァ!!!!』


その瞬間、操の存在に気が付いたのか、怪物の群れも叫び声を上げて操の背を一斉に追い掛け出す。


操は後ろを振り返らずに一心不乱に走り続けた。


(いくら何でも多すぎる……!!)


『青い花』の力のせいか、走る速度も上がっている操だが、流石に四足歩行の獣が相手では分が悪い。


最初の時点で多少距離があった為、まだ追い付かれていないが、獣の先頭集団が操目掛けて飛び掛かって来るのも時間の問題だろう。


その前に何としても指令センターに逃げ込まなければ……。


(!! あれは!?)


全力で走る操の前に霧の向こうから現れたのは、周囲を仮設の足場で囲まれた建物だ。


恐らく、外壁の修理か何かを行っているのであろうと思われるが、設置された足場を見た操の脳裏にある考えが浮かんだ。


指令センターに走りつつ、操は腕に『荊の鞭』を生やすと、建物の前に組んである足場の柱に鞭を振るう。


「……ッッ!!!」


そして、その横を通り過ぎながら、腕と鞭の両方に渾身の力を込めて引っ張った。


次の瞬間、固定されていた柱があっけなくへし折れ、足場全体が轟音を立てて道路に崩れ落ちて来た。


「ヂャァ!?」


「ギュェ!?」


操の背後に迫っていた怪物達の先頭集団は、崩れて来た足場に巻き込まれて押し潰されてしまった。


しかし、足場の下敷きになった怪物は全体の一部であり、無事だった怪物の集団は、崩れて積み重なった足場の残骸を一息に飛び越えて操を追跡して来る。


それでも足止め程度にはなったようで、操と怪物達の間には多少の距離が空いた。


その間に操は、目的地の指令センター前まで何とか到達する事が出来た。


道路の右手側には高い壁に囲まれた大きな建物があり、車両が出入りする為の物と思われるゲートが開放されている。


操は速度を緩めずに敷地内に走り込むと、ゲート横にあった守衛室に駆け込んだ。


そして、目的の物を発見すると、躊躇なくその()()()()を押し込む。


スイッチを押した直後、警告音と共にゲートのランプが点灯し、開いたままになっていたゲートがゆっくりと閉じ出した。


ゲートが作動したのを確認すると、操は急いで守衛室を出て、ゲート前でハンドガンを構える。


程なくして、操の後を追って来た怪物がゲートの前に飛び出して来た。


操は間髪入れず、道を曲がる為にスピードを緩めて無防備になった怪物へ銃弾を放つ。


「ギャピ!?」


「ヂャピュ!?」


「ピギュェ!?」


連続して放たれた銃弾は飛び出して来た怪物達を次々と襲い、銃撃を受けた怪物達は悲鳴を上げて転倒した。


高速で走る獣型の怪物を横合いから仕留めるのは難しい。


その為、操は怪物の息の根を止めるのではなく、あくまでゲートが閉じるまでの時間稼ぎとして銃を使用した。


しかし、機動力重視ではないかと目した獣型の怪物は、思った以上に防御面が低いらしく、ハンドガンの射撃のみで動きを封じる事が出来るようだ。


とはいえ、操は次々飛び出して来る怪物達に銃撃を加えて転倒させて行くが、転倒した怪物も暫くもがいた後に再び立ち上がって操に走り寄って来ようとする。


銃撃の空隙に弾倉を交換するべく、素早くマガジンポーチから予備マガジンを取り出して、銃に再装填する。 ……しかし。


「ヂャァァァ!!!」


「ギュピィィ!!!」


「くっ!?」


再装填の隙を狙ったわけではないだろうが、2匹の怪物が閉まりかけていたゲートの隙間をすり抜けて敷地内に入って来てしまった。


スピードを緩める事無く飛び込んで来た怪物の内の1匹は、やはり操目掛けて飛び掛かって来た。


身を屈めつつ怪物の攻撃を横に回避する操。


しかし、もう1匹の怪物が思わぬ行動に出た。


「ゲェェェェェェ!!!」


「なっ!?」


飛び掛かって来なかった方の怪物は、口を大きく開くと、そこから数本の蔦を操目掛けて伸ばして来たのだ。


かなりの速度で飛来した蔦の動きを目にした操は、回避は不可能と悟り、両腕で首や胸などの急所を防御する。


しかし、高速で伸びて来た蔦が向かったのは操の左足だった。


瞬く間に巻き付いた怪物の蔦に足を取られ、操は仰向けに倒れ込んでしまう。


「あうっ!?」


その隙をもう1匹の怪物が見逃すはずもなく、操に攻撃を躱された直後、着地・反転していた怪物はすぐさま操に襲い掛かった。


「ヂュアッ!!!」


「ぐっ!?」


仰向けに倒れた姿勢から、何とか上体を起こした操は、咄嗟に右腕を『籠手』で覆って怪物の噛み付きを防御する。


腕を盾にした事で、怪物の口内に生える無数の突起が『籠手』の表面に突き立った。


「ギュギュギュギュ!!」


「……ッ!このッ!」


硬い装甲とはいえ、『籠手』も操の体の一部であるが故に、若干の痛みを感じる。


このまま腕に食らい付かせておくわけには行かない為、操は左腕も『籠手』で覆うと、そのまま怪物に拳を叩き付けた。


ドゴンッ!!


「ゲバァッ!!?」


全力で振り下ろされた操の拳は、怪物の頭を無惨な程に粉砕してしまった。


ついでに怪物の真下のアスファルトにも亀裂が入った。


「ゲゲェア!!」


「うっ!?」


その光景を見た為か、操の左足に蔦を巻き付かせた怪物はその場に踏ん張ると、蔦を自分の方に一気に手繰り寄せた。


再びバランスを崩しかけた操が慌てて体を支える。


蔦を引き寄せ動きを妨害しつつ、そのまま噛み付こうというつもりなのだろう。


「……いい加減にしてよ!」


怒りの声を上げた操は左足に絡んだ怪物の蔦を掴むと、逆に自分の方に力一杯引っ張った。


「ギョッ!?」


成人男性程の体格の花人ですら放り投げる事が出来る操にとって、花人よりも小型の獣型の怪物を力ずくで引き寄せる事は容易かった。


急激に強い力で引っ張られた怪物は、そのまま宙に吊り上げられ、操の方へ引き寄せられる。


操は口を広げたまま自分の方へ跳んで来る怪物の口内に向けて、右手から『棘』を生やし、怪物の体を刺し貫いた。


「グゴッ……ギョッ……!?」


口から後頭部へ向けて『棘』を突き刺された怪物は、体を一瞬硬直させた後、崩れ落ちる様に倒れて動かなくなった。



「ふう……」


絶命した怪物を見て操はようやく安堵の息を吐いた。


足に絡まった怪物の蔦を引きはがして立ち上がると、周囲の様子を確認する。


どうやら今いる場所は、指令センター裏の搬入口のような場所らしい。


駐車場から繋がっており、車両の出入りに使用されているようだ。


既に入口のゲートは閉じられており、操の後を追って来た怪物の群れは、ゲートの向こうで奇声を上げて走り回っている。


しかし、幸いにもゲートや建物の周囲にある壁は、敷地内が外から見えない程に高く、壁の上には「返し」が付いている為、さすがの怪物達も登って来れないようだ。


とはいえ、この先も入って来れないとは言い切れない。


あの数の怪物に襲い掛かられては一溜りもない。



「早くライナを探さないと危ないかも……」


そう呟きながら指令センターの建物を見上げる操。


思っていたよりも大きなこの建物の中でライナを探すのは骨が折れそうだ。


溜息を吐きつつも、すぐ近くに見つけた通用口が開いているのを発見し、そこから内部に入って行くのだった。


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